外務省員の声

外務省員の声
鉄道の旅を通して見たインドネシア
第1話 日本の中古車両が大活躍,ジャカルタの通勤電車

平成27年6月5日

  • 満員の通勤客を乗せてジャカルタ市内へ向かう,元東急電鉄田園都市線の車両

在スラバヤ総領事館 首席領事 古賀俊行

 私が最初にインドネシアの首都,ジャカルタの大使館に赴任したのは2003年でした。この時ジャカルタ市内を走る通勤電鉄路線を,かつて東京都営地下鉄で使われていた電車が走っているのを見て,大変驚いたのを今でも覚えています。

 日本から南へ約7時間,赤道直下の国インドネシアは東南アジア最大,およそ2億4千万の人口を擁し,東西5千kmに及ぶ広大な国土に加え,大小あわせて1万5千以上の島々からなる大国です。新興国の中でも経済発展著しい近年,日系企業の進出先としての関心も急速に高まり,首都ジャカルタ近辺だけで在留邦人は1万数千人を抱えています。
 その首都ジャカルタと周辺の衛星都市をあわせた首都圏は,その地名の頭文字をとってジャボデタベック(JABODETABEK)と呼ばれ,人口は2千数百万人に上ります。他の途上国の例に漏れず,年々,首都圏へ人口が集中しています。それらの人々の通勤通学の足として走る近郊電車といえば,屋根までたくさんの乗客を乗せて走る姿が有名で,日本のメディアに度々登場したこともありました。これは使用可能な車両の不足から,供給が旅客需要に追いついていなかったためで,毎年のように屋根上の乗客が高圧架線に触れたり,屋根から転落したりする事故が発生していました。

 また,私の着任する数年前には,インドネシアはアジア経済危機(1998年)の深刻な影響を受け,当時インドネシアの国鉄では,新しい車両の追加導入や既存車両のメンテナンスもままならない状況にありました。

  • ジャカルタはアジア有数の大都市。中心部の光景は東京やシンガポールあたりと変わりない

 そんな中,ジャカルタと姉妹都市関係を結んでいる東京都の都営地下鉄三田線で,新車の導入により大量の廃車が発生。線路の幅や電圧などの主要な規格がほとんど同じで,大規模な改造をせずにほぼそのまま使用が可能ということで,72両の中古の電車が東京都からジャカルタに無償で譲渡されたのでした(運送経費は円借款にて支援)。これらの車両は製造後30年以上経過した古いものでしたが,日本の厳しい基準でメンテナンスされてきたため,車両の状態は良好で,エアコン付きということもあってサービス向上に一役買い,追加料金を徴収する急行電車として運行され,増収にも貢献したそうです。この際,東京都交通局からはメンテナンスの専門家が派遣され,インドネシア側の整備スタッフのトレーニングが行われました。

 これに気をよくしたジャボデタベック電鉄運営会社は,その後も毎年のように日本の中古電車の調達を進め,現在までJR東日本,東急電鉄,東京メトロといった各社から既に約800両もの中古電車がジャカルタに運ばれ,活躍しています。この数は現在ジャカルタ首都圏で走る電車の9割以上を占めるに至っています。譲渡にあたっては,JRや東京メトロなど各社から専門スタッフが派遣されて技術指導にあたり,またジャカルタ側から職員が日本に研修に赴くなど,この分野での人的交流・技術移転も進んでいます。
 この結果,2013年には危険な屋根上乗車・ドア開けっ放しの従来型の「エコノミ(Ekonomi)」電車は姿を消し,残念ながら(?)現在では既に見ることの出来ない過去の風物となってしまいました。

  • ジャカルタ名物だった,屋根まで満員の通勤電車は姿を消した

 従来,ジャカルタ首都圏における電車は,政府の補助金施策により運賃が低廉に据え置かれ,どちらかというと貧困層の通勤の足,という扱いでした。そのため1970~80年代に導入された古い車両はメンテナンス不足で,自動ドアは故障して開けっ放し,エアコンはもちろんなく,スリも多く発生するなどの問題があり,大使館としても在留邦人や旅行者に対して,これらの電車を利用しないよう注意喚起をしていました。インドネシア人でも一定程度の所得がある中間層は,自動車やバイク,エアコン付きのバスを利用していましたが,経済成長に伴う所得の向上により自動車やバイクを購入できる層が増大し,一方で新たな道路の建設は遅々として進まず,これがジャカルタ首都圏における渋滞の深刻化に拍車をかけてきていました。

 このような中,通勤電車が冷房化され,整備の行き届いた状態で安全に運行されるようになったため,深刻な渋滞や,バイクで毎日長距離を走るリスクから,電車通勤にシフトする中間層も少しずつ現れてきているそうです。快適な通勤環境が提供されることにより,ジャカルタの渋滞緩和と,自動車交通の減少による大気汚染の減少に繋がれば喜ばしい限りです。

 このほかにもインドネシアには,最も人口の集中するジャワ島と,赤道をまたいで北西に長く延びるスマトラ島に,総延長約4千kmの鉄道が走っています。

 途上国の汽車というと,“汚い”,“遅れる”といったネガティブなイメージを持つ方が多いと思いますが,いやいやどうして,なかなか魅力的な,興味深い経験をすることができます。次回は,この鉄道を通して見たインドネシアと,日本との関わりなどについて簡単に紹介してみたいと思います。

  • 夕暮れの“線路市場”をかき分けて走る,元東京メトロ千代田線の電車

このページのトップへ戻る
外務省員の声へ戻る