[4]パキスタン

1.概 説

(1) 99年10月、シャリフ首相が外遊中のムシャラフ陸軍参謀長の解任を突如発表し、同参謀長の乗った航空機の着陸を妨害したのに対し、軍部は国際空港等を制圧し、シャリフ首相を軟禁した。ムシャラフ参謀長は、パキスタン全土に非常事態を宣言するとともに、憲法及び国会(地方議会を含む)の機能を停止し、行政長官に就任した。
 ムシャラフ政権は、2000年3月、同年12月からの地方議会選挙の開始を発表するとともに、クーデター発生日から3年以内に上下院及び州議会選挙を行わなければならないとの同年5月の最高裁判決を受けて、これを受け入れる方針を明らかにした。
(2) 外交面では、従来同様に非同盟、イスラム諸国との連帯を重視しつつ、インドとの対抗上、中国との関係を重視し、西側諸国との友好関係を強化する路線をとっているほか、国連のPKO活動等にも積極的な貢献を行っている。冷戦構造の崩壊に伴い、現在のパキスタン外交は、このような基本路線を維持しつつ、対米関係の一層の改善、東アジア経済との関係緊密化、SAARC等を通じた域内諸国との経済交流のより実質的な展開、また、中央アジア地域との経済交流促進のための障害となっているアフガニスタン情勢の安定化 (97年5月にシャリフ政権はタリバーン政権を承認)が重要な課題となっている。他方、インドに対抗して行った98年5月の地下核実験により国際社会の非難を浴び、99年10月に上述の軍事クーデターが発生したため、主要国はパキスタンへの対応に慎重姿勢を示している。
 対インド関係はパキスタン外交上最大の比重を占めているが、98年5月の印パ両国の地下核実験実施のほか、カシミール問題(カシミール地方の帰属をめぐり、47年、65年、71年と過去3度戦争を行った)を巡り両国関係は依然緊張している。
 98年5月の核実験後、印パ両国の対話の先行きが懸念されたが、同年7月のSAARC首脳会議及び9月の国連総会における印パ首脳会談、10月のイスラマバードでの印パ外務次官級協議等を通じて対話のチャンネルは維持された。また、99年2月にラホールにて印パ首脳会談が行われ、対話による信頼醸成を謳ったラホール宣言を含む三文書が発出されるなど、緊張緩和に向けた動きが見られていた。しかし、99年4月にインドに対抗する形で、パキスタンは中距離弾道ミサイルの発射実験を行った。
 5月には、管理ライン(LOC:71年の第三次インド・パキスタン戦争の停戦時点での両国の支配地域に基づき画定された境界)を越境して、武装勢力がパキスタン側からインド側に侵入し、インド軍と衝突した。この紛争以降、インドはパキスタンによる越境テロを理由に対話再開に応じていない。更に、12月下旬に発生したインディアン航空機ハイジャック事件等を巡り、両国関係は一層悪化した。
(3) 経済面では、農業部門が、GDPの約1/4、就労人口の約半分を占めるが、天候に左右されやすい脆弱性を有している。また、高い人口増加率(年間2.6%、98年国勢調査)、失業率の増大(実質は10%以上といわれる)、恒常的な財政赤字と貿易赤字を抱え、外国援助に大きく依存した経済となっている。
 慢性的な外貨不足の中、98年5月の核実験実施を受けた国際金融機関の融資停止及び我が国をはじめとする主要ドナー国からの援助の停止等の措置により、経済は危機的な状況になった。同9月の国連総会においてシャリフ首相が99年9月までにCTBTに参加する旨表明したことを受け、99年1月にはIMFによる同国向け支援パッケージが決定され、世銀による構造調整融資が再開されるとともに、パリ・クラブにおいても公的債務33億ドルの返済繰延が承認され、経済危機は深刻な状況を脱した。
 ムシャラフ行政長官は、99年10月の就任直後から経済再建を政策の柱の一つに据え、12月には国内外投資家の信用回復、民間部門の活性化及び貧困緩和に重点を置いた包括的な「新経済政策」を発表した。更に政府は2000年5月から徴税網の拡大、税収増を確保するため、密輸取り締まりや納税実態調査など国内経済統計の整備に向けた施策を開始した。今後は、外貨準備高の水準維持、国際的信用回復、IMFからの融資(99年5月以降停止)再開等が注目される。
(4) 日・パ関係は貿易、経済・技術協力を中心に良好な関係を維持している。2000年8月には、森総理が、日本の総理としては10年ぶりにパキスタンを訪問するなど両国関係は緊密である(その他最近の両国要人の相互訪問:97年7月池田外務大臣(当時)のパキスタン訪問、96年1月ブットー首相訪日、98年3月カーン外相訪日、98年11月アジス外相訪日)。
 貿易関係では一貫して我が国の輸出超過であり、我が国は、パキスタンにとり最大の貿易相手国でもある。外国からの投資については、近年着実な伸びを見せているが、我が国の対パキスタン投資は、アジア向け投資の0.3%と依然低い水準にとどまっている。パキスタンが我が国からの投資拡大に寄せる期待は大きく、政府としても投資促進調査団を派遣し、投資受入環境の整備等についての提言を行っている。また、95年のザイディ投資委員会委員長訪日招待、96年1月のブットー首相訪日の際の日・パキスタン投資会議への支援、97年5月の経済使節団の派遣等を行っている。

(参考1)主要経済指標等
(参考2)主要社会開発指標

2.我が国の政府開発援助の実績とあり方

(1) 我が国は、パキスタンが南西アジア地域及びイスラム諸国の中で政治・経済上重要な役割を担っていること、我が国と伝統的に友好関係にあること、高い人口増加率や恒常的な財政・貿易赤字等の経済社会問題に直面しながら積極的に国内開発に取り組んでおり開発需要が大きいこと、近年、経済自由化、国営企業の民営化を含む各種規制緩和を進めていること等に鑑み、パキスタンへ積極的な協力を行ってきた。
(2) ODA大綱との関連では、我が国はパキスタンによる核開発の可能性に関する内外の懸念を踏まえ、核不拡散に関する二国間協議(93年2月第1回、93年11月第2回、95年1月第3回)及び種々の経済協力政策協議の機会に、パキスタンの核関連政策に対する我が国の懸念を申し入れ、パキスタン側の自制を働きかけ、核関連プログラムの透明性を高めていくよう求めてきていた。
 98年5月、インドの2度にわたる地下核実験に対抗してパキスタンが核実験を行うことのないよう、我が国は総理特使を派遣する等最大限の自制を求めたが、結局、パキスタンは地下核実験を実施した。我が国はパキスタンに対し核実験の即時中止及び核兵器開発の停止、NPT及びCTBTへの無条件加入を求めるとともに、新規無償資金協力の停止(緊急・人道的性格の援助及び草の根無償を除く)、新規円借款の停止、国際開発金融機関による対パキスタン融資への慎重な対応等の措置を決定した。
 98年6月のG8外相会合で合意された世銀等の国際金融機関による基礎生活分野(BHN分野)以外の対パキスタン融資の審議延期や、主要各国による経済措置を受け、もとより不安定なパキスタン経済情勢は急速に悪化した。このような中で、シャリフ首相は98年9月の国連総会で99年9月までにCTBTに参加する旨表明し、また、99年2月の印パ首脳会談においてラホール宣言を発出する等、インドとの緊張緩和及び信頼醸成への取り組み姿勢を見せたが、一方、99年4月、パキスタンはインドに対抗する形で中距離弾道ミサイル発射実験を実施した。
 98年11月のパキスタン外相訪日の際、パキスタン側より、99年9月までのCTBTへの参加及び核・ミサイル関連資機材・技術の輸出管理の厳格化のための国内法制化の着手の二点につき、明確な意図表明があったことから、我が国はパキスタンの経済的窮状にも鑑み、例外的措置として、G8諸国と協調してIMFによる緊急的な対パキスタン支援パッケージを支持するとともに、意図表明された措置の実施が確認されれば、二国間経済協力の部分的な再開を検討しうる旨表明した。一方、99年4月の中距離弾道ミサイル発射実験に際しては、我が国はパキスタンに対し、改めて自制を求めた。また、2000年8月の森総理のパキスタン訪問の際には、森総理よりムシャラフ行政長官に対し、改めてCTBT署名を初めとする核軍縮・不拡散についての我が国の立場を明確に伝え、先方より、CTBT発効まで核実験モラトリアムを継続するとの確認を得た。パキスタン側は、CTBT署名に向けて最大限努力することは明らかにしつつも、署名時期についての直接的言及がなかったことに鑑み、我が方は98年5月以来の措置の見直しはしなかったが、パキスタン側に対して、経済状況等を勘案し、継続中の円借款1案件の追加的資金供与に対し前向きに対応する旨伝えた。
(3) パキスタンにおける開発の現状と課題、開発計画等に関する調査・研究及び96年2~3月に派遣した経済協力総合調査団及びその後の政策協議等によるパキスタン側との政策対話を踏まえ、核実験実施以前の対パキスタン援助方針として次の分野を重点分野としてきた。
(イ) 社会セクター
 社会セクターへの取り組み強化を旨とする社会行動計画(SAP)への支援を重視していく。教育面では特に基礎教育及び初等レベルの女子教育水準向上への協力を推進する。また、人口及びエイズ対策を含む保健・医療等の分野を中心とする人材育成支援を行うとともに、上下水道が未整備であるなどの現状に鑑み、居住環境改善への協力を進める。
(ロ) 経済基盤整備
 パキスタンにおける経済開発の制約要因たる経済基盤整備への協力を推進する。電力需要の増加に供給が追いつかない状況を踏まえ、農村電化、電力設備の効率化に対する支援を行うとともに、輸送網の整備を進めるため、国道及び地方道等の新設・改修、鉄道施設及び車輌のリハビリ支援を行っていく。
(ハ) 農業
 農業は、GDPの約1/4、全就業人口の約半分を占める基幹産業であるが、農業生産性は極めて低く、生産の増大、食料の安定供給の確保は急務である。また、耕地面積の約80%には灌漑施設があるが、施設の老朽化が著しいことから、既存灌漑施設の整備及び維持管理・補修、灌漑施設等の農業生産基盤が脆弱な地域への整備・拡充、農業研究支援等の協力を行っていく。
(ニ) 環境保全
 パキスタン政府は、近年、自然環境保全及び公害対策の必要性を強く認識し、環境保護局の設立等の取り組みを行っているところ、我が国としても森林破壊の進行による土壌浸食、洪水、砂漠化、都市環境悪化等の環境問題、産業公害防止に関する協力を推進していく。
 なお、対パキスタン援助を実施する上で、パキスタン側実施機関の案件実施能力や、IMF及び世銀と合意したコンディショナリティー(徴税制度改革、経済構造改革、金融システム健全化、投資環境の整備等)の実施状況等には留意すべきであり、また、パキスタン側による我が国の技術協力の一層の活用を図るべきである。
(4) 我が国は、90年以降パキスタンに対する最大の二国間ODA供与国となった。98年までの支出純額累計でみると、パキスタンは我が国二国間ODAの第7位の受取り国である。
 有償資金協力については、近年では、従来よりの経済インフラに対する円借款に加え、洪水災害緊急支援としての商品借款、公共セクター調整計画に対する円借款、社会行動計画(SAP)支援に関する円借款等を供与してきた。
 無償資金協力については、教育、保健・医療などの基礎生活分野及び水供給、衛生等の生活環境分野を中心に協力を実施しているほか、食糧増産援助、債務救済、文化無償、草の根無償等を供与してきた。
 しかしながら98年の核実験以降は、新規円借款の停止、緊急・人道的性格のものや草の根無償を除く新規無償資金協力の停止を行っている。
 技術協力については、パキスタンが比較的高い技術力を有していることもあり、技術協力の実績は比較的少なく、行政、農業、人的資源などの分野での研修員受入れ、投資促進、鉄道、警察、教育等の分野での専門家派遣により協力を実施している。プロジェクト方式技術協力では保健・医療分野、社会開発分野等における協力を実施している。また、開発調査については経済インフラ分野、農業、工業開発分野を中心に協力実績がある。
 緊急援助については、99年のサイクロン災害に対して、毛布、医薬品等の緊急援助物資(1800万円)を供与した。

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