平成19年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
日本のODAについて
平成19年度 ODA民間モニター事業について
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インドネシア Republic of Indonesia
各モニターの全体報告
野畑 圭造(団長) 野畑 圭造(団長)
富山県 団体役員
 我国がODAを何故続けねばならないのかと疑問を持つ人達の声をこれまで時々聞いていましたが、今回モニターでインドネシアを訪問し、ODA事業の必要性を再認識しました。我国も戦後経済復興が未だ完全でない時期に米国や多くの国々から援助を受けており、世界銀行からの借款で、東海道新幹線や東名高速道路の建設、愛知用水や黒四ダムの工事が出来たはずです。その後、我国の経済発展でG7・G8と言われる先進国になったのですから、援助の必要な国に対して手助けしてあげるのは当然と思います。アジア、ASEAN諸国との関係強化は、アジアの一員である我国にとって極めて大切であり、ASEAN最大の国として中核を担うと思われるインドネシアとは特に重要と考えます。今回視察した案件は、草の根・人間の安全保障無償、草の根文化無償、無償資金協力、有償資金協力や技術協力等様々な形の援助でありましたが、やがてインドネシアが自立出来る時が必ず到来すると思いました。何故ならインドネシアには、エネルギーを中心とする重要な天然資源が豊富であり、人口も多いが故に多才な人材の確保の可能性も大であると考えられるからです。我国はインドネシアの将来に向けた経済発展の基盤づくりに、同国の発電所の建設、空港の建設や道路の建設等に円借款を供与していますが、私は続けるべきと思います。同国の経済発展は、同国の政治的安定にもつながり、我国の海上輸送の安全確保にもなるであろうし、更には円借款の未返済分約2兆円も将来確実に返してもらうことにつながると考えられるからです。インドネシアの悩みは、多くの島々をつなぐ情報通信、交通運輸手段の整備であろうと思います。ジャワ島とそれ以外の島々との経済格差を解消する為にも解決しなければならない課題であり、我国の円借款の活用も一つの方法と考えられるので、要請には我国は積極的に応じてゆくべきと思います。
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坂戸 英樹(副団長) 坂戸 英樹(副団長)
大阪府 会社員兼大学院生
 以下に敢えて辛口の提言のみを述べる。
 1. 対インドネシアODAの重点について
 重点をマラッカ海峡の安全や同国産天然資源の確保に直結する分野に置き、他の分野ではお付き合い程度の対応に留めるべきである。根拠は次の3点―(1)対同国ODAの真の目的は、「同海峡の安全と天然資源等を確保すべくODAで同国の安定と発展を助けること等」(大使館からの回答の要約)(2)援助案件を図示した地図等から見て、案件の配置は総花的(3)上述した重点とお付き合いの組み合わせで、目的適合性と外務行政の効率向上(援助先中屈指の同国向け援助の削減を含む)を両立できる。この程度の意見に備えてメリハリを示さなければ、広報してもODAに批判的な方々からの批判が増幅しかねない。
 2. 貧困削減に向けた案件について
 必要性と使途を政府等関係者に再度吟味してほしい。(1)必要性→施しや相互扶助が根付く社会で、現地政府による貧困削減の成果が乏しいなら、日本の金と人を投入しても、独善、焼け石に水になり易い。削減の程度は相手国の尺度に任せればよい。また、マラッカ海峡や天然資源との関連も薄い。(2)使途→草の根活動への支援継続が効果的か、貧困削減のしくみの構築・普及に力点を移すか等、議論の余地があると考える。JICA隊員一人が訪問看護に尽くしても救われるのは僅か数名だ。
 3. 政府等関係者が知恵を向ける先について
 国民への上記の目的の明示、個々の事業の効率向上・支出削減が疎かである印象を全般に受けた。モニターの我々への対応(例 資料の膨大な量や重複、私が副団長であること等をAPIC某幹部が繰り返し問いただしたこと)からも感じた。一事が万事ではないことを祈る。関係者は給与や予算の根源(税金)を再認識し、ODA本体の活動を含めて、効率・支出を改革してほしい。
(注) ODA民間モニター事務局では、上記坂戸氏の報告のうち、3.のカッコ内について認識を異にする。
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小林 知子(副団長) 小林 知子(副団長)
愛知県 教員(中学校)
 「もし世界が100人の村だったら」を授業で扱った際、生徒の感想の中に「病気で苦しんでいる人を助けられるのは、健康な人しかいない」「食べ物や着る服もなく苦しい生活をしている人を助けられるのは、比較的余裕のある私たちがするべきである」というものが多くあった。ODAの開発途上国に対する資金援助は、正しく生徒の言う「苦しんでいる人を助ける活動」である。
 一番印象に残っているのは「河川の汚れ」である。大都市であるジャカルタをはじめ、田舎の町の汚れた河川、住宅の横を流れる生活排水に胸が痛んだ。「公衆衛生」「環境美化」に対する地域住民の意識向上を早急に図ることが大切だと感じた。文化の違いに始まり、生活習慣や細かい部分での考え方の違いによって、住民の意識レベルにまでODAが入り込むのは難しいだろう。しかし「環境を大切にしよう」「居住地域をきれいにしよう」という「環境美化」の精神は、きちんとした教育で身につくはずである。永久に援助を続けることは無理なのだから、今後ODAには教育の充実に力を入れてほしい。施設の充実を図り、ある程度成果をあげることはできた。今後は、地域住民が自分達の力で環境を守り、生活を向上させようという態度の育成を図ることが必要な段階に入ったと言えるのではないか。本来身の周りの環境を整えるという行為は、地域住民がやるべきものなのだから。
 インドネシアの各地で「ありがとう」「感謝しています」という言葉を、何回も何十回も聞いた。決して恵まれた環境とは言えない中で、現地の人の逞しく生きる姿や温かい気持ちに触れて、実にいろいろなことを考えさせられた。こちらこそお礼を言いたい。
 生徒はODAについて詳しいことは知らない。これまでの研修や8日間の視察で見たこと感じたことを分りやすい言葉で生徒に伝えよう。そして「あなた達は何ができるのだろう」と問いかけよう。自分とODAとの関わりは、まだまだ続きそうである。
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雨宮 章 雨宮 章
京都府 公務員
 初めてなのに懐かしい国“インドネシア”・・・日本のODAのすべてがここにはあった。
 東南アジア最大の人口をもつこの国は、また世界有数の親日国でもあり、日本の最大のODA援助国でもある。本当に痒いところに手が届く援助、顔のみえる援助とは何なのか・・・。
 9箇所の現地現場すべてに共通していたことは、これまでの援助が心から感謝され、何よりもこれからも支援を期待されていたことだ。とりわけジョクジャカルタ特別区の震災復興では、青年海外協力隊による日々の訪問看護の姿に、現地との信頼と絆による日本版ODAの真骨頂を垣間見ることができた。
 しかし、これからのODA展開の在り方について、課題も感じないわけではなかった。
 まず、あくまでも同国の「自助努力」を触媒する支援でなければならない。そのためにも目標ステージとそれまでのロードマップをしかと共通認識し、主体である政府や現地のオーナーシップを尊重した・・・時に「伴走型」、時に「背押し型」の援助でなくてはスムーズなリリースもままならなくなる。
 さらに今後も、持続可能なモデル定着のためには、しっかりとしたニーズアセスメントにくわえ、他のドナー(他国・世銀・ア銀・NPO等)との密接な調整の下、ODA案件の選択と集中が不可欠であり、時には自治体間の支援(ex.京都府は友好提携先でもあるジョクジャカルタ特別区を復興支援中)も枠組みに入れて進めていく必要もあろう。
 これからも、インドネシアにおける多分野にわたるODAの在り方が、とりわけアジアにおけるプロトタイプになることは間違いない。ODA予算の緊縮が進む中、アンタイドな“草の根”の視座とともに、国民の税金を使ってやる効果等への説明責任も高まる。
 アジアの中の日本・・・インドネシアがいつまでも日本のパートナーとして・・・さらにODAの“安全保障”の戦略的な視点での展開も強く求められることになる、と実感した。
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毛利 彰宏 毛利 彰宏
愛知県 会社員
 インドネシア向、ODAを視察して、
 第一に、相手国の側から見て
(1)真に必要な援助になっているか。
(2)真に国民の利益にかなっているか。
(3)援助の効果は持続しているか。
の3点でスクリーニングしたい、と考えたのが、当モニター応募の動機であった。
 今回の9案件を視察したが、どの案件も上記3点に照らし合わせて、緊急性があり、必要且つ効果的なものであったと思う。
 どの視察先でも、にこやかに、そっと差し出される手や、子供達の屈託のない笑顔、黒く輝く瞳に迎えられたことが、その“証し”ではないかと思っている。
 第二に、現地のODA関係者の奮闘振りを、広く人々に伝えたい、との目標もあった。
 この国で出会った青年海外協力隊やコンサルタント・工事会社等を含めたODA関係者の多くが、(1)永年この国に駐在し、援助に携わっていること、(2)「この国の人や、気候、風土、景色全てが好き!」といって憚らないこと。(3)現地の人々に溶け込み、尊敬されていること、など、私の周りの多くの人々に伝えたいと思った。大袈裟に言えば、こういう人々の日々の研鑽と自己犠牲の上に、日本のODAは支えられている、と言っても過言ではない。
 第三に、私は以前から、文化遺産に興味があり、プランバナンやボロブドゥール遺跡を訪れることを楽しみにしていた。
 去年5月の地震による破壊が、特に、プランバナン遺跡で大きく一刻も早い修復が望まれるが、是非「安全第一」を希望したい。
 先祖を尊い、遺跡を大切に保存し、後世に伝えていく姿は、我国の人々の歴史遺産への敬愛の念にも通ずるものがあって、個人的にも、今後永く付き合いの出来る民族と思った。
 今回のモニター行で、今後の私の人生に、“国際協力”の4文字が大きく浮かび上がって来たのは確かである。
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宮崎 恭子 宮崎 恭子
神奈川県 主婦
 私には在インドネシア日本国大使館で働く知人と、在東京インドネシア大使館で働く知人がいます。かねてより双方の知人から、自国に対する熱い思い、相手国に対する愛情の念を聞いており、インドネシアには特別の思いと関心を抱いていました。
 去年の夏、ジョグジャカルタの遺跡(プランバナン・ボロブドゥール)を訪れる機会に恵まれました。ジョグジャカルタの大地震から二ヶ月経っていましたが、倒壊したままの遺跡や破片を見て、同行した子供と共に大変なショックを受けました。今回のモニター参加の大きな目的は、プランバナン遺跡の修復を視察する事でした。
 日本のODAについて、私の周りでは非常に評判が悪いです。政治部新聞記者の知人は「ODAで支援を受ける事を相手国は戦後の賠償として捉え、当たり前だと思っている」と教えてくれ、国会議員の知人は「ODAモニターの存在は、民間に視察させているという野党に対するパフォーマンスに過ぎず、意味がない」と助言してくれました。
 そんな言葉を胸に今回モニターとして視察し、感じた事は「日本のODAが本当に有効に使われているかどうか、それは視察だけでは分からない」という事です。現地にて素晴らしいホテルに宿泊し、美味しい食事を頂き、快適なバスで連れて行ってもらった場所には、「支援を有難う」と連呼する現地の人々が待ち構えています。成功している支援しか見せられていないのかも知れないし、分からない事だらけです。
 しかし私が見た事実は、「確かに現地の人々は支援を喜んでいた」という事。そして現地で頑張っている日本人スタッフの大変熱心な仕事振りです。遠い異国の地で使命に燃え、現地の人々の為に働く姿には本当に頭が下がり、同じ日本人である自分を嬉しく思いました。
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大矢 弘子 大矢 弘子
山口県 歯科医師
 ODAというものは、難しいものであると感じた。現地を視察し、ODAの支援が少しでも住民の生活向上に役立っていれば、結果として成功だと言うべきなのだろうが、国民の税金が投入されている点や、ODA自体に対しての理解不足、国民の意志があまり反映されていない点で、批判が大きくなっているのだと感じた。
 インドネシアでのODAに関しては、全て必要なものであり、効果は少しずつ出ているように感じた。日本のODAの方針である、「自助努力」と「要請主義」もきちんと存在していた。インドネシアの、のんびりとした国民性に苦労しながら、支援後の運営や経済発展のための自助努力の道を拓いている様子には頭が下がった。反面、要請主義の難しさは感じた。こちらからの一方的な押し付けでないことで相手を尊重しているつもりでも、相手方は、日本は自国にとって良いスポンサーであると感じているかもしれない。実際、いくつかの案件で、「日本の支援に感謝している。でも、もっともっとお金が足りない。これからもよろしくお願いします。」という声を聞いた。案件を視察して、これからは自助努力で大丈夫と思っても、まだ支援を請う。資金援助から知的支援(人的)への転換が大きな課題となるだろうと思った。
 もう一点、井戸という援助物資や建物のシール(From the People of Japan)も気になった。もちろん支援する側として感謝されたい気持ちは無いとは言えない。しかし、シールや広報で日本を知ってもらうのではなく、住民たちが生活向上した中で、「日本のお世話になったのだ」と自覚した時こそが、ODAの成果が出る時だと思った。私たちは、支援の途中で結果や感謝を求めてはならないのだと思った。
 今、ODA改革がいろいろなところで論議されている。国民全体が税負担を許容し、ODA改革に意見できるよう、私は私が見たままのODA情報を広めていきたいと思った。
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中谷 順子 中谷 順子
東京都 公務員・看護師
 今回の視察では、本に書かれているような貧困の光景は目にしなかった。もちろん、まだ貧困と呼ばれる人たちは存在するし、今回の視察ですべてを見たとも思っていないが、インドネシア人の生活は豊かになったと感じた。そして、今回視察したジャカルタ漁港や共同井戸、考古学公園などの案件を見る限り、日本のODAはその豊かさに貢献したと思った。また、ODAの案件はすべて、目的、効果、影響力、地元に根付くプロセスがよく考えられていたと思った。重ねて、現場で働く日本人技術者には尊敬の念を覚え、同じ日本人として誇りに感じた。
 一方、費用対効果はどうなのかという面では疑問を感じた。今後のODA評価報告で検討されるだろうが、一案件毎の費用面での評価と共に、ODAで国際的地位はあがったのかという点で疑問を抱いた。見返りを求めないのは日本人の美徳であるが、奉仕に価値を見出す文化的背景を持たない日本国内では、成果をインパクトがありながら、わかりやすい形にしなければ、国民の理解は得られないだろう。また、言葉にしなければ伝わらない国際舞台では、貧困削減や平和の構築、経済成長などのキーワードで成果をアピールしなければ、日本の存在感を高めることは出来ないだろう。今回の視察にあたりさまざまな資料を頂いた。成果を形にしているのだが、ODAに関心のない人には目につかない場所にあり普及していない。「広報」が今後のODAの課題と感じた。新しい評価基準やPDCAサイクルが機能することにも期待したい。
 また、今回の視察で、日本が誇れるものは人材と技術力であるということを感じた。私自身が国際舞台に立つことはないだろうが、少しでも国内の技術力を高めたり、優秀な人材の育成にかかわることで、私も国際社会に貢献したいと思った。
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西村 保広 西村 保広
千葉県 教員(中学校)
 ODA民間モニター応募にあたり、もし当選したら、次のような目標をもって、参加を考えていました。それは、「百聞は一見に如かず」ありのままの姿を見ること。さらに、「郷に入っては、郷に従え」ここはインドネシア。インドネシア人の視点で考え物事を見ること。
 それでは、視察の中で、印象に残った内容と若干の考えを述べたいと思う。今回の視察は、地震被害による援助の内容が多かったと思うが、その中で特に、学校の建設と被災者救済に取り組む、青年海外協力隊の活動が印象に残った。
 まず、『中学校の建設』完成予定は、平成19年11月下旬、現在は仮設の教室で学習している。本来ならグラウンドで走り、理科室で実験など、いろいろな活動ができたはずである。できなくなり、暗く沈んだ学校生活を送っているものと思っていたが、教室にはいったとたん、その思いはなくなった。
 明るく、元気な声で迎えてくれました。折り紙やカエルの歌で交流後、子供たちに聞きました。「今一番の望みは何ですか」子供たちはみんなで答えてくれました。「早く新しい校舎で勉強すること」と。新校舎の完成を子供達は、指折り数えて待っていました。
 次に、寝たきりで、床ずれに苦しむ年配のお父さんと、その看護にあたる青年海外協力隊の姿に感動しました。生活環境はけっして良いとは言えないものでしたが、献身的な看護を見た時、強い信頼関係と心のふれあいが生きる元気、勇気、根気を与えているようでした。「病は気から」を思い起こしました。
 実は、この8月22日を持って、青年海外協力隊は帰国するそうです。次に看護を担当するのは、地元の方だそうですが、協力隊員の意志をしっかりと受け継ぎ、地域密着のきめ細かい看護サービスを提供してほしいと思いました。
 最後に、この民間モニターに参加し、どのODA活動もそれぞれ重要な役割を担っていることがわかった。ぜひ、この貴重な体験を学校現場で、生徒、職員に伝えていきたいと思う。
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秋山 満代 秋山 満代
静岡県 教員(高校)
 インドネシアにおける日本のODAは役に立っているだろうか?ODAを最大限に活用するためには何が必要だろうか?この二点を私自身の眼で確かめ、答えを探そうと今回の視察に臨んだ。
 ODAは役立っているかとの疑問には、素直に「役立っている」と言うことができる。インドネシアの人々は感謝の気持ちで私達視察団を迎えてくれた。共同井戸の設置が、人々の暮らしを以前に較べ楽にしたことは事実である。ジャワ島中部地震で倒壊した小学校や中学校の生徒達は、新校舎の完成を心待ちにしている。この子供達の記憶の中に、日本という国はずっと生き続けるに違いない。また今回の視察で、あの美しいバリ島の海岸が、日本の援助により復元されていたことを初めて知った。
 次に、ODAを最大限に活用するために必要なものは何か、視察を通してわかったことがあった。ジャカルタ漁港、砂防ダム、マングローブの保全、バリ海岸の保全と、日本人技術者が関わり、情熱を持って取り組んでいた。インドネシアという国を思い、慈しみ、最も良いものを作ろうという意気込み、心意気を感じた。その心なしにはODAは活かされない。このような日本人技術者がいることを誇りに思う。また、ジャワ島中部地震で傷ついた人を、青年海外協力隊の若い隊員達が親身になって手当をしていた。人々の心に灯った温かい気持ちは、やがて国と国との友好という大きな光になるだろう。物や資金も必要だが、人々の心に残る援助こそ、ODAを最大限に活かすものであると感じた。
 最後に今後の課題であるが、援助を受ける側の自立の問題がある。いつまで、どこまで援助するかという問題は、慎重に考察しなければならない。援助が終わった後のことを考慮し、現地の人が自分達で管理・運営できる体制作りや、技術教育に関する支援を、今後も継続して行う必要がある。
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