平成19年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
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ホンジュラス共和国 Republic of Honduras
各モニターの全体報告
太田 博之(団長) 太田 博之(団長)
東京都 会社社長
 “助け合い”という事は、個人が社会生活を営む上で大切なことであるが、国家においても世界の中で存在するには忘れてはならないということを再確認した。ODAを考える場合にまずこの認識が必要だと思う。
 ホンジュラスの対日感情は大変良かった。ODAに関わってこられた方々の献身的な働きによるものと思う。
 “助ける”場合、自分の得意な分野で行えば有効な働きができる。日本人にあったODAという視点から見ると次のプロジェクトが印象に残った。
 1.シャーガス病対策プロジェクト
 プランを立て、現場に入って確実に実行し、抜けが無いようにチェックしてプランを修正していくという日本人が得意な仕事の進め方で、医学的なバックグラウンドも充分ある。シャーガス病での成果は、世界の風土病対策に有効に活用できる。
 2.算数指導力向上プロジェクト
 数字が共通語で、言葉の問題も比較的少なく日本人が得意な分野である。算数の学力向上は国力を強め、国民性を変えていく可能性がある。
 3.コパン考古学プロジェクト
 日本にも多くの遺跡発掘実績があり、国民の関心も高く得意な分野だと思う。
 4.地方女性のための小規模起業支援プロジェクト
 中小企業の発達している日本人のアイデアが生きる分野であり、地方の女性にきめ細かくアプローチする仕事は日本人に適している。
 緊急災害支援、医療支援、インフラ整備等の事項は国際協調の中で分担しあい行っていく事が大切だと思う。ODA実施体制については、新体制移行後も外務省の直轄とされている“草の根・人間の安全保障無償協力”を段階的に実施部門を持っているJICAに移行していくべきと考える。
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小林 新(副団長) 小林 新(副団長)
埼玉県 非常勤講師(大学)
 私が見たものは笑顔、笑顔のホンジュラスの人々、そして生き生きと援助活動を行なっている大使館・JICA・JOCVのメンバーだった。各プロジェクトはホンジュラス政府の要請に基づき、援助が開始されていた。この国のODA案件は金額的に小規模なものが多いが、どの案件についても政府や地域住民・他の援助団体との十分な検討がなされていた。また、他の援助団体との協調による費用の効率的な運用に工夫が見られた。ODAでは建築物や橋梁などのハード面での援助が多いが、ホンジュラスではソフト面での援助の組み合わせによる技術移転など、住民の立場を配慮していた。ホンジュラス政府も日本の援助活動に対する広報活動を積極的に行っており、地域住民からの感謝意識も大きく親日感情につながっていた。日本人として他国に有効な援助ができている事は誇りである。特に文化遺産は次世代に向けて遺産保護の教育も含めた総合的な援助を期待したい。
 今回の案件を見た限り、ODAはホンジュラス国民にとって有用で、成功事例となっている。しかしその援助効果は案件ごとに異なるので、現地の援助進捗状況を把握しながらフレキシブルな予算・援助人員の再配分、援助期間の延長などの配慮をお願いしたい。
 今回の訪問で教育の大切さを再認識した。教育の低さが援助効果を妨げる事例もある。日本の教育レベルの高さに感謝すると共に、ホンジュラスにおいても教育レベルが向上して自立・発展していく事を願ってやまない。
 ホンジュラスについて理解すると共に、より良い友好関係を維持できればと思う。一国民としてODAの有効性、ホンジュラスの魅力を広くアピールしたい。また、若き学生達にODA視察体験も含めて海外に目を向けることの大切さを伝えて行きたい。次の世代ではホンジュラスは日本の援助を最早必要としない状態になり、より多くの親日派の国民の笑顔となっていることを期待してやまない。
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木下 陽子(副団長) 木下 陽子(副団長)
長崎県 教員(高校)
 飛行機が離陸し、眼下にホンジュラス全土が広がると、このモニターで出会った人たちの顔が一斉に思い出された。この町の中で、森の中で、必死に頑張っている日本人がいる。母国でその活躍が広く知られることなく、遠く離れたホンジュラスのために黙々と努力している日本人がいる。そう思うと胸が熱くなり、民間モニターとしての責務の重さを感じた。日本の人々に彼らの姿を伝えていかねばと。
 私はボランティア活動と聞くと、その思惑や背景を考えず単純に素晴らしいと思ってしまうたちである。この視察では、私たちの税金がどのように使われているのかを冷静にモニターする責務があり、決して情に流されるまいと肝に銘じてきた。しかし、彼らのひたむきな姿にただ脱帽した。
 資金の使い道では、冷静に考えても無駄と感じた部分は皆無であった。全てのプロジェクトが市民生活改善のために活かされており日本の協力を現地の人々は心から感謝していた。コミュニケーションも非常によくとれており、上から与える、と言うより、現地の人々の目線に立ち、ニーズにそった支援を提供できていた。
 視察を終えて、人造りは国造りだと改めて感じた。与えるだけの援助で終わらないためにも、ホンジュラス人の中に未来のリーダーを育てなければなるまい。そのために必要な教育現場は、少しずつ改善されてはいるものの、未だ教員や教育委員会の質の面に特に多く問題を感じた。日本の支援を離れ、彼らが自立していけるよう、今後もハード面だけでなく教員の育成といった人材育成支援に力を入れてほしい。
 今回の経験を通し、日本人が現地の人から尊敬されていると強く感じた。それは現地スタッフの誠実で、謙虚でひたむきな姿に向けられているのだと思う。私自身、日本人としての誇りを取り戻すことができたことに感謝している。素晴らしい体験ができた。
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請川 剛史 請川 剛史
大阪府 学生
 総括:訪問前のODAに対する印象は、実は「箱モノ建設で日本企業が莫大な利益を得ている。自然環境や地域文化を無視した援助を行っている。顔の見えない援助が多い。さらに援助される側も依存体質から抜け出す気配がない」というマスコミのいささか偏った報道と、開発援助に批判的なうちの大学の先生からの入れ知恵をもとに構成されていたに過ぎなかったのでした。今回援助現場を見せていただき、ODAのイメージが変わりました。
 無駄のない援助:今回の視察ではどこへ行っても日本のODAに非常に好意的な所ばかりでした。橋の現場、遺跡保存の現場、起業支援の現場など、至る所で感謝の言葉を聞きました。日本政府はいわゆる「箱モノ援助」以外にも、「草の根・人間の安全保障」という少額の援助など、手を変え品を変え、色々な方法で地域に見合った援助を行っている現実を知りました。大使館とJICAがタッグを組んで奔走していることも現地の職員さんとの交流で分かりました。予想以上にODAは効率的に使われていました。
 自立心の芽生え:また援助を受ける側も「援助漬け」の状況に甘んじているわけではなく、たとえば日本が校舎を建てた小学校ではPTAの募金で塀を建てたり、日本が病棟を建てた産科病院では独自に手術室を増床したりと、援助後の自立の気風が芽生えていました。さらにどの現場でも援助物資にODAシールが貼ってあり、いやでも日本の援助を実感できるしくみになっていました(小学校では背もたれの一つ一つに日の丸が描かれており、少しやりすぎな感じもしましたが、現地の方の説明では「海外ではこのくらい主張しないと伝わらない」とのことです)。
 提言:毎年ODA予算が削られていく現状を理解した上で、あえて教育分野へのさらなる支援をお願いしたいです。というのは、今回の視察で、教育の有無によって同じ援助をしても技術の根付き方や到達レベルに格差が生まれることを知ったからです。遺跡の見取り図を描くにも、自宅で裁縫をやるにも、寸法を測る数学力が必要です。
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白野 絹子 白野 絹子
新潟県 教員(看護学校)
 ODAの現場を視察し実際に目で見、触れ、感じることがいかに大切かを再認識した。どの案件も「日本人は友人である」という表現を用い感謝の言葉があり、ホンジュラスの経済、社会からみても無駄なものは無かった。案件の幾つかは実施計画年度で打ち切ってはODAの目的である自助努力支援まで行き着かず倒れてしまうのではないかと思われるものもあった。特に女性を対象としたプロジェクトでは貧しい家庭事情から教育や技術習得の機会に恵まれないまま成長、若い年代で出産、育児、また男尊女卑の傾向が強く社会参加の機会も閉ざされ、経済的自立も困難という悪循環を少しでも改善し、人生を切り開こうとしている多くの女性達への援助はこの地域の文化習慣を鑑みても、もう少し長い時間が必要であると強く感じた。
 ODAの現場では多くの日本人が地元の担当者だけでなく地域住民と共に精力的に活動され、それぞれの地域で一番必要な存在になっていた。米百俵学校の校長は施設に一番必要なものを教育省の局長に要望した。図書室でも無くコンピューターでも無く、青年海外協力隊員の名前を挙げた。この分野に限らず、どの分野でも人と人との関わりが施設設備や機材供与に相乗効果を与え、自助努力の大切さを意識させる事に繋がっている為だと考える。
 ODAを通じて開発途上国の手助けをし、その国の安定と発展への貢献は先進国としての責任のみならず国際平和への重要な役割の一つと考えているが、与えるだけの支援ではなく育てるための支援が必要である。ホンジュラスは歴史が浅く民族のアイデンティティーが育っていないと言われている。それぞれのプロジェクトに対する謝意は多く挙げられるが、現地の人々の「国民としての誇りと向上心」が希薄な様に感じられた。ホンジュラス国民が自分達の力で努力で問題解決出来るよう、「サンタクロース」にならずに引き続き日本の支援は必要であると考える。
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山本 百合子 山本 百合子
東京都 学生
 今回のODA案件を視察した率直な感想として、ODAは役立っていると私は感じました。もちろん課題や批判はありますが、全体を通してホンジュラス国民にとって裨益していると思います。国内にいてはなかなか知ることはできませんが、特に現地で活動されているJOCVなどの方々の姿がとても輝いており感銘を受けました。また、教育や基礎医療、文化からジェンダー問題などODAが携わっている分野がとても多様だということもわかりました。現場を見ずにODAを批判することは簡単ですが、彼らの活動の姿やODAにより喜んでいる現地の人々の姿を見ると、ODAは無駄だと簡単に切り捨てることなどできません。一方で、現地での人々の活動の様子をどのように日本国民へと伝えるかが課題となってくるでしょう。
 今回の案件の中で女性のエンパワーメントを図っているものがいくつかありました。一般的にホンジュラスの女性は男性よりも確りしていると言われる反面、男尊女卑の風潮により貶められています。こういった男尊女卑の現状が少しでも改善すれば、女性達の能力を国の発展のためにより活かせると思います。また学校教育の重要性も再認識しました。やはり人間は生きていくことが何より大切で、教育は二次的要素となりがちです。しかし女性起業支援プロジェクトや橋梁架け替えによる労動、技術者育成などで男女共に雇用が創出されれば、少しでも生活が楽になります。そうすれば彼らも教育に関心を持つ余裕が出てくるのではないでしょうか。要するに雇用面からも教育問題にアプローチすることができます。こう考えてみますと、ODAによる多様な分野に及ぶ援助も、各分野が互いに影響しあって効果を発揮しているということが見えてきました。今回の案件はホンジュラスという国の社会状況に上手くリンクしたものだと思います。
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山口 裕美 山口 裕美
群馬県 学生
 「ホンジュラス」と聞いて、その地を確かに認識している人は少ない。実際、私自身も中米の一国であること以外、何も知らなかった。ODAの現場を自身の目で確かめたいとの想いを持って参加したが、その国で行われているODAについて、到底知る由もなかった。
 今回の視察を通して一番強く感じたことは、ODAの現場には必ず『ひと』が関わっているということだ。当たり前のことのようだが、これは机上でのODA理解からは感じられなかったことで、今回実際に視察できたからこその収穫である。
 日本でも知られている青年海外協力隊の活動などはもちろんのこと、どんな分野においても、専門家、現地スタッフ、日本企業など多くの人がODAに携わっていることを知った。そして、何よりこの地に暮らすホンジュラス国民が、自己の自立発展のためにODAに関わっていることに、日本のODAの意義を感じることができた。加えて、これら関わるすべての人の持つ想いに、日本人の一人として考えるべきことがあると実感した。人の関わりがなければODAは成り立たない。有益な援助が行われるためには、その関わりが重要になってくるということを強く認識した。
 そういった点を含め、ホンジュラス国における日本のODAに関して、少なくとも今回視察を行った案件については、その有効性・必要性を感じることとなった。
 また、資金のみ、施設のみを渡すだけでは援助とはいえない。ホンジュラスの人々が、その援助を一つのきっかけとして自らの力で国を支えていけるようになることが、援助の真の目的であり、今後の日本のODAについても当該国による自助努力を促す援助を期待したい。
 開発援助の最大手段であるODAではあるが、多様化が進む国際社会において、NGO等他機関との連携や日本国民の理解・関心を深めることで、より発展していくことを望む。
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河野 久美子 河野 久美子
東京都 学生
 今回視察した先々での現地の方々からの手厚い歓迎そして日本の援助への感謝が印象深い。行く先々で現地の方のお話を聞くたびに私は単純に「あぁ日本の援助は現地の方に役立っているんだ」と思った。
 これまで日本のODAによる援助というとついつい資金援助や一方的なインフラ整備を想像してしまっていたが、しかしこのODA民間モニターを通じて実際視察をしてみると人材派遣での専門家や協力隊員の方たちの現地の人と密着し、現地の人の内面から自立を目指した支援や現地の人が本当に必要としているインフラ整備など、私が想像していたよりもはるかに日本の支援は現地の方に密着していたものだと感じた。
 今回視察した案件はどれも完全という状態ではないけれどそれでもやはりかなり恵まれた状態にあるものだと思う。学校や病院はホンジュラス全国には山ほどあり、設備が整っていないものもたくさんある。小学校においては全国のうち70%が1校につき先生1人もしくは2人という状態だ。これらが全国全て同じ状況にしていくことが今後の課題である。そのためには単に援助を増やすのではなく、ホンジュラス国民がいかに自分たちが発展するか考え行動する自主性をどうやって育てていくかを考えていくことが重要だと思う。ODAへの予算が年々減少しているのなら、なおさら自立をより具体的な目標とした援助が必要になるだろう。
 日本のODAによる支援への意見は様々あるが、その大半が実態を知らずに憶測による意見ではないかと思う。やはり現場が遠すぎて実態が見えてこないのだ。これが日本のODAの最大の問題点である。いかに日本国民に知らせていくべきか、そしてどうやって日本国民が知りたいと自主的に考えて行動するようにするかが課題であろう。その大きな糸口となるのがこの民間モニターであり、私が実際に見て思ったことをより多くの人に知らせたいと思った。
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楡木 悦夫 楡木 悦夫
栃木県 教員(高校)
 視察の内容は、橋の復旧という極めて生活に直結すること、小・中学校などのホンジュラスの将来を担うであろう教育の現状、女性が技術を習得することによる将来の安定、シャーガス病という途上国特有の病気の根絶と予防対策やマラリヤ熱・デング熱などの生活不安の解消に向けた取り組み、地域医療による人命救助や女性の出産に重点を置いた取り組み、マヤ遺跡の復元などによる文化的・歴史的な重要物の保存や観光事業においての国内経済の活性化による経済・教育振興や、先住民の方達や女性への職業普及のための技術の習得と販売による収益の確保と自立を促すプロジェクトなど、極めて重要な案件の視察をさせていただくことができた。
 これらの案件への日本の支援が、ホンジュラスの人たちにどれだけの影響を与えているのかを考えたとき、かつての日本がそうであったように、資金援助を受け鋭意自助努力をし、マニュファクチュアから工業化さらに大規模重工業化へと発展し、GDPでは経済大国といわれるまでになった。今日までの過程を踏まえ、資金とともに技術協力をすることで、ホンジュラスという国が一刻も早く自活能力を身につけた自立国家となることを祈っている。援助は貯蓄と同じであり、いつかは利息がつき、利子を払える国となることも願っている。また、そのためには生活ライフラインの充実・整備は基より、IT化の活用による産業の積極的誘致などの国家的整備と外貨獲得のための観光立国としての交通インフラの充実と積極的な広報活動などの展開をしっかりとやらなければならない。また、職業観の導入だけではなく、付加価値としてのブランド力も付けなければこの先生き残れない。
 今後とも、日本はホンジュラスへの支援や協力は惜しまず、手を差しのべ協力をしなければならないというのが視察をとおしての実感である。そして、日本との友好国としてともに発展することを心から願ってやまない。
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石川 晴朗 石川 晴朗
兵庫県 教員(小学校)
 今回の視察は、建設、医療、教育、遺跡整備、小規模起業支援と多岐にわたった。このことが、広い視野に立って日本のODAを見つめるのに、とてもよかったように思う。
 視察で感じたことは、ODAの活動が多岐にわたっていると共に、現場で活動している人たちが、国じゅう、まさに山の奥の奥にまで入りこんで活躍しているという事実である。これらの方々の地道な努力が、教育であれ、技術指導であれ、地元の人たちの援助になり、この国の人たちが自立していく上での礎になっているのだと感じた。
 国民の半分が若者と言われるこの国の将来を考えた時、日本人が播いた種がこの地に根付き、やがて自助努力で成長し、最終的には今の日本のように援助を必要としない国になることが大切なのだと思う。
 ODAに対する批判を日本でもよく耳にした。これだけ援助が多岐にわたれば、失敗もあるだろうし、改善するべき部分も出てくると思う。しかし、視察した様々な現場で、あるいは政府関係者との意見交換の場で、感謝の言葉を聞き、援助の継続の要望を聞くと、私たちはその立場にはないが、ODAの予算が削減されているのは、とても残念に思う。
 忘れてはならないのは、日本もかつては援助を受けていたということ、世界銀行からの融資を完済してからわずか17年しかたっていないということである。援助がなければ、東海道新幹線、東名・名神高速道路、黒部第四ダムなどもできなかったのである。今の日本があるのは、勤勉な日本人の努力の結晶だと言われるが、決してそれだけではないのである。
 数字的には経済大国になった日本が、その資金や技術を、今度は開発途上にある人たちに届け、伝え、その国の発展を支援していくということは、歴史の流れから見ても当然だろう。同じ一つの星、地球に住む者として、国力に見合った、適切な海外援助は、今後も継続的に行われていくべきものだと思う。
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