平成19年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
日本のODAについて
平成19年度 ODA民間モニター事業について
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ホンジュラス
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エチオピア連邦民主共和国 Federal Democratic Republic of Ethiopia
各モニターの全体報告
水谷 篤志(団長) 水谷 篤志(団長)
三重県 公務員
 滞在5日間という短期間で8案件(うち1件は降雨による路面崩壊により中止)を視察しました。雨季での道路事情もあり、現地の視察時間は各々1~2時間でした。このような中で、何年も要するODA案件の成果を十分に理解することには困難もあります。ここには、人々が安心して生きる基本的なものは不十分であると現地を見て感じました。エ国において日本は農業及び水を最重点分野、社会経済インフラ、教育、保健を重点分野とする政策を進め、ODAもこれに対応しています。不十分な分野への援助は整備水準の差はありますが、先ず実施することで効果が発現します。また、効果の度合いは、小職はインフラ整備を担当していますが、例えば整備水準の高い日本ととても低いこの国で同額の費用により整備を行う場合の効果を比べると当然、この国で行う方がその必要性、即効性、波及性は大きく、費用対効果も遥かに大きくなります。視察した7つの案件についても、同様に無から効果を生み出す援助であります。この国の厳しい自然、社会、経済環境の中で自ら率先して任務遂行のため働いている多くの関係者の方々と接し、話を聞いて、無駄な案件はないことを確認しました。また、その意気や使命感を感じ、日本人としての誇りや勇気を与えられました。この国は近年、高い経済成長を持続しており、今後も協力+自立+天候が続けばあと10年余りで中進国になるだろうと言われています。当国政府関係者も日本との友好関係や信頼感、ODAの評価をし、今後の援助の継続により貧困を解決し農業国になれるという考えを示され、援助による将来への期待が見られました。この国の将来を考えると、自らの判断による、ゆっくりと着実な制度変革が進められれば良いと思われ、今後のODAの方向にも変化が出てくるのかと感じました。また、ODAの存在感とは相手国民が幸せになったと思うものをどれだけ提供できるかであると理解しました。
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柿沼 久美子(副団長) 柿沼 久美子(副団長)
東京都 会社員
 「ODAはエチオピアの人々に、単にモノ・カネ・ヒトだけでなく、彼らが持つ可能性や力を引き出すきっかけも提供している」と感じた。
 初めて「途上国」と呼ばれる国に行ったとき、教育の重要性を感じた。例えばHIVの予防について知らなければ防ぐことができないし、水が健康にもたらす影響を知らなければ、状況が改善されることはないだろう。教育が受けられなければ、それらを知らないままで時は過ぎていく。貧困削減・安全な生活のためにも教育が重要であると考えてきた。
 今回エチオピアの援助を垣間見て、教育はもちろん「道路」「水」「食糧」「保健」全てが相互に関連していることに初めて気づいた。ひとつでも欠けたら、安全な最低限の生活ができない。国の状況とバランスを見て、いかにこの5分野の援助を行っていくかが大切だと感じた。
 しかし、今回訪問して気づいたことはそれだけではない。例えば農業のプロジェクトを通して、結果が出せた農家の人たちは、「次は農業を拡大するために機械を手に入れたい」と次のステップに目が向いていた。教育のプロジェクトでも同様のことがあった。援助を通して機会が提供され、今までは知ることさえできなかった感情を持てたことが、人々のやる気を引き出していると気づいた。
 機会がないことが人にとっては一番辛いことだ。なぜなら人は行動して初めて面白さややりがいを感じ、「~したい」という次の感情が生まれてくると思うからだ。ここまでの道のりは決して楽観的な見方をできるものではないかもしれない。しかし、今回出会った人たちの中には確実に「次は~したい」という感情、意思が生まれていた。援助は途上国の人たちが最終的には自立して、自分たちで立っていけるように自助努力のサポートをするものだと考えている。ODAによる援助は、その一歩を着実につくり出していると感じた。
 また、エチオピアを訪問して嬉しかったことは、日本人の方々の熱心な眼差を見れたこと。一方で、その日本人の方々と日本で暮らす私たちとの間にギャップを感じた。現地で働いている方々が現場での援助の必要性を感じていても、実際を見るまではその重要性を実感することはなかった。今後は、現地の人たちにはできるだけODA・援助の重要性を日本に向けて発信をして頂き、日本にいる私たちはそれをとりにいく努力をする必要があると思う。途上国のためにできることは、まず「知ること」。知らなければ動くことはできない。「お互いがお互いを理解する機会を作ること」が今後のODA事業の課題の一つだと考える。
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横山 勝 横山 勝
高知県 公務員
 ある社会的に地位のある方が、日本国内にまだ援助が必要な人がいるのだから、海外の援助をするよりも、まずは国内の援助をすべきだとおっしゃっていたのをうかがったことがある。実は、それは勇気を持った発言かもしれない。何人かの人はそう思っていても、言ってはいけないのかもしれないと口をつぐんでいるだけで、本音としてはそのことを疑っておらず、それだから日本の財政のどこかを減らそうとした時、海外への経済協力を減らすことが上程されてしまうようにも思う。
 私はそうした現状は何か違うとは思っていたが、これまでは実際に日本からのODAがどのように行われているかに接する機会はなかった。民間モニターに何度目かの応募の後、幸い今回はエチオピアを訪ねることができた。
 もちろん、ODAのプロジェクトが、皆申し分なくうまく行ったという訳ではないだろうが、私が実際に見た現場は、そうした課題を試行錯誤の中で乗り越え、様々な形でエチオピアの人に利していた。
 一方、具体的な供与額の数字を見ても、少なくこそないものの、日本におけるプロジェクトに比べれば限られた額と言ってよいと思った。私としては、こうした予算の制約のある中で、現地の実情を精密に調査し、少しでも良いプロジェクトが実施できるような体制になっていると思った。これで現実にエチオピアの人の日常生活が改善されるならば、決して高い額ではないし、国際社会における日本の当然の役割であり、それらの人々が、日本に好感を持っていただくことも、日本にとって代え難い「大切なこと」であると実感した。
 そして、そのような中で、少しでも良いプロジェクトになるように、日々尽力していらっしゃるのが、現地大使館やJICA等の方々である。日本とは異なる風土、国情の中、様々なコーディネートに日夜奔走されていらっしゃった。日本人の代表としてのその姿には頭の下がる思いであるし、大変心強く感じた。私も、この経験を無駄にしないよう、日本にいながら、他の国の人々にできることを実践し、また、現地で頑張っておられる日本人にとっての応援団になりたいと思った。
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角田 裕三 角田 裕三
東京都 団体職員
 経済援助は国益確保の国家戦略の一つである。一方、援助を受ける国も、どのような援助が自国の利益に合致するかを推し測る。最貧国では人々が生きていく上での最低条件を整えていくことが最大の課題といえる。その意味ではインフラ整備は国家の礎を築くのに最も有効な手段である。しかし、日本からのインフラ援助は多くはない。視察中に一般の人からチャイナと呼ばれた。聞けばここ何年も中国がエチオピアに限らずアフリカ諸国に多大な経済援助をしているとのこと。資源の輸入確保のためである。確かバンコクでの乗継ぎ便は中国の広東発であった。アフリカ重視の姿勢が見てとれる。ちなみに日本発の便は無い。その中国の援助は一目瞭然のインフラ整備が中心で現地の人には判りやすい。エチオピア政府関係者は、日本は大切なドナーと話していたが、日本以上にドナーをしている他国の名前も挙げ暗に日本の経済援助の力不足を指摘しているみたいでもあった。日本はどう評価されているのか!結果がブーメランの様に影響を及ぼすかもしれない!一方、ODAの現場レベルにおいては、現地の視点に立った農業生産の拡大や品質向上、生活改善や健康の増進等、現地の環境の中で最大限の試行がされていた。これらの技術をスムーズに移転するため人間関係の構築に多大な努力が払われている。日本人には総じて不得意とされているが日本人特有の繊細さや気配り、立場を考慮しての姿勢は現地の人に受け入れられている。そこには国益をも凌駕した日本人ボランティアの熱い思いが見てとれた。貿易立国日本は世界と協調・共存する為の努力が不可欠である。しかしODA予算が伸び悩む中においてはソフト面のより充実が必要と思われる。多くの日本人が直接現地の人々とふれあうことにより、日本の認知度を向上させることは国益としても有効な手段であると思慮する。その成果が増大すればチャイナからジャパンと呼ばれる日も近いかもしれない。
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渡邊 直之 渡邊 直之
京都府 学生
 私はこの視察に参加するにあたり、ODAは有効に活用されているのか、そしてODA自体を行う意義は何かという2つの疑問を持っていた。まずODAは有効に活用されているかという点については、3つの観点から評価できると考える。第1に例えば道路建設や水供給事業では、現地での資材調達を重視していた。ODAは日本企業の利益になるだけだという批判があるが、これは間違いである。第2に雇用の創出という点で役に立っている。例えば農業組合支援活動であれば、男性のみならず女性の雇用創出にも貢献している。第3に情報・知見を広めるという点で役に立っている。例えば両青年海外協力隊の案件では、HIVやバスケットボールについてそれぞれ普及活動が行われていた。こういった情報・知見を広げる活動は、FRGでの現地の人の話のように、知らなかったことを知ることで質が向上するという価値を持つ。このようにエ国において日本のODAが役立っているという現状を実際に確認できた。続いて、そもそもODAをする意義とは何かという疑問についてである。この疑問に対する私なりの答えは、ODAには人々を救うという大きな意義があるということである。ODAをしたからといってエ国から今すぐに何か見返りがあるというわけではない。それでも支援するのは、エ国をサポートすることにより、より短期で貧困の現状を改善できるからだ。エ政府は貧困を削減する義務が自分自身にあると考えており、パートナー国にはあくまでサポートを望んでいる。ともすれば、支援が有効に活用される限りにおいて、日本のODAは人々を救うという大きな意義があるといえよう。今回の視察を通して、日本のODAが実際に有効に活用されており、かつManaBUのように住民の、全体としてはエ国の自立支援が行われていることを認識した。今後も日本として可能な方法で、エ国の自立をサポートするODA実施が望まれると考える。
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小野里 純子 小野里 純子
神奈川県 団体役員
 2007年9月12日にエチオピアはミレニアムを迎える。(偶々その日は私の古希の誕生日)アディスアベバの町は至る所ビルの建設ラッシュで活気に溢れ2千年紀を祝うスタジアムも大車輪で建設中。都心のジャンクションは中国がODAで立体交差道路の建設に着手しており中国の大きな存在感が感じられた。これまでに雨曝しのODAの建物やメインテナンスされずに放置された機器等を海外で見てきた。顔の見えないODA支援との批判の報道から、嘗て10年間も世界のトップドナーとして世界150カ国で巨費を投じた支援が如何なるものか知りたくて応募した。そしてODA視察を体験し我々の貴重な税金が世界最貧民国から脱却しようと自助努力をしているエチオピアのインフラ整備、生活環境を改善するために住民参加型で有効に活用されていることが十分に確認できた。だがこの度の視察では現地技術指導専門家のブリーフィングばかりが多く、現地の技術後継者や裨益住民との直接のやり取りの機会が少なかった。誇り高くシャイな国民ではあるが、緊張せずにもっと自然な楽しい表情で語り合えるゆったりした時間が欲しかった。エチオピアの財務・経済開発省二国間協力局長との意見交換会で局長は繰り返し謝意を述べた後「ODAは誤用することなく国民の生活向上のために一円に至るまで正確に使っている。今は最貧民国でも過去4年間経済成長10%を持続してきたので、中進国入りできるだろう」と語ってくれた。又強く印象に残ったのは、この度の7案件の視察を通して、現地で働く大使館、JICA、JOCVの方々の使命感と情熱に燃えて奮闘している姿である。殊に誠実で人間味あふれる大使の存在はまさに「人間の安全保障」である。グローバルな視点の支援と共に1人1人の人間を中心に据えて貧困、飢餓、教育、医療等できっと「人間中心のODA」をエチオピアに対して力強く進めていくであろうと確信している。
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上野 優 上野 優
東京都 学生
 今回の視察は、近くて遠かったODAについて考えるだけでなく、自分自身の視野を大きく広げる機会を与えてくれた。アフリカ=貧国というイメージは、帰国後すっかり変わったと言える。確かに貧しくて苦しんでいる人は大勢いる、しかし彼らの生活改善への努力を目にし、贅沢な暮らしに慣れた日本人より、人間一人一人の生きる力やたくましさを強く感じた。また現場で頑張っているJICA職員、協力隊員の努力や情熱は、私の想像をはるかに超えるものだった。この国に対するODAは例に漏れず減少しているが、今回まわった一つ一つの案件、どれも資金難であることを感じた。エチオピアでの援助はここ数年でやっと住民参加型、住民主体の体制が整ってきており、これを育てていくことが本当にこの国のため、ひいては国際社会の安定につながっていくと私は信じている。今回の視察が全てではないのは承知であるが、水、教育、インフラ、農業、保健と基本5つ柱において本物の国民支援、質の良い支援体制が整ってきているのは確かだ。数年で目覚ましい結果が見えないからといって、さらにODAの削減を進めてこの芽を摘み取るようなことをしてはいけない。目に見えてこないレベルでも、確実にエチオピアは前進している。
 今の日本を考えてみると、国民のODAに対する関心がとても薄い。ODA自体何のことかよく分かっていない人も多い。できるなら国民全員にODAが使われている現場を見てほしい。一人一人がもっと日本のしている援助や援助国に関心を持つことが、今の日本における第一歩だと思う。そしてそのために国民自身のみならず、ODAをつかさどる機関自体からも、両者がしっかりとコミュニケーションが図れる体制作りのアプローチを推進していってほしい。両者の距離が近づき、我々がODAの主体だと考えられれば、もっと効率的で良質な援助を目指すことができるだろう。
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高山 昇 高山 昇
広島県 教員(中学校・高校)
 私は中・高の教員として公民科を教えている。その教科書のなかで日本のODAは「ひもつき援助」「アジア偏重」などと批判的に捉えられ、私もそう考えてきた。しかし今回視察したエチオピアでのODAは、まるで違っていた。初めて訪れたエチオピアはやはり最貧国といわざるを得ない状況だった。大部分を占める農村部は過去に訪れたアジアの途上国と比べても厳しい貧困にあえいでいた。重点項目にあげられている水・農業(食糧)・インフラ(道路)・教育・保健(エイズ)といった、生命に直結する分野が極度に不足していた。とくに、特殊な地形と気候による水不足は致命的だった。日本では「湯水のように」使える水が、エチオピアでは給水率24%とアフリカ最低レベルで、農村部ではさらに深刻だった。ひとたび干ばつに見舞われれば、生活用水・農業用水が涸れ、飢餓で何万人もの人々が死に瀕することが予測できた。健康で文化的な最低限度の生活のスタートラインにさえ達していないといった印象で、緒方貞子氏の「人間の安全保障」という言葉がずしりと胸に響いた。まさに「百聞は一見にしかず」で、日本にはアフリカ諸国に関する知識や情報が少なく、改めて「知る」ことの重要性を実感させられた。そのエチオピアで、重点5項目を中心に、外務省・JICA・協力隊の方々が献身的に無償援助・技術協力されている姿には頭が下がる思いだった。現地の人々の視点に立って、現地の人々の手で自立できるようにと配慮しながら、共同作業で事業が進められていると感じた。その活動が貧困を根本的に解決しているとはいい難いが、現地の人々のために不可欠な援助なのは事実だった。今後、日本政府によるODAは縮小される方向だと聞いたが、援助額だけで比べるのは間違いだと思う。現地の人々のニーズに応え、日本らしい援助を、できることから少しずつ、継続的におこなっていくしかない。そう強く感じた。
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林 久枝 林 久枝
滋賀県 教員(中学校)
 国際協力、国際理解への関心は、ここ20年以上私の中に常にあった。今回の視察でそれに対する理解が深まったと感じている。ODAは国際協力、援助の一つの形である。実際にその現場を視察する機会を持てたことは何ものにも代え難い経験であり、経験に裏付けされた知識は、今後の私の職場や活動の中で、活かす事ができると確信している。
 空港から眺めたアディスアベバは周りに山々が連なる美しい都市のように見えたが、あっという間にその印象を変えていった。汚れた道路、町行く人々の埃にまみれた姿、フェンスの裏側のごみごみした住居など、ホテルまでの僅かな時間で厳しい現実を突きつけられ、何とも言えない気持ちになった。
 援助を必要としている国々は、自国だけでは解決出来ない数多くの問題を抱えている。資金面のみならず人的技術的な多方面に渡る援助が必要であり、この国では、日本によって農業、水、教育、衛生、インフラ整備などの分野で、様々な援助がなされている。視察によりODAの内容を具体的に知ることができた上に、多くの日本人が援助の現場で活躍している姿を見ることができた。
 一方、要援助国で最も重要なことは教育であり、この国にはそれがもっと必要であると感じた。援助の結果、徐々に小学校数、就学率、教師数等の増加が見られることを知り、国民が教育の重要性を十分に認識している事が伺えて嬉しく思った。今後は、全ての子どもたちが教育の機会を与えられ、国やアフリカの発展のために働く人材が一人でも多くなることを願わずにはいられない。
 道路、学校、水供給施設など、目に見えるODAの結果も重要であるが、輸送量増加による様々な効果や、農民の意識の変化、若者の失業率の低下など、二次的な現象まで含めて評価する事が必須である。世界的視野で見れば、ODAを含む援助や協力を決して惜しまず、それらを可能な限り継続する事が、日本や先進国の責務であると痛感した。
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松井 明美 松井 明美
奈良県 教員(中学校)
 まず感じたことは、日本の若い世代の人たちが誠意と情熱をもって任務に取り組んでいることである。特に青年海外協力隊の方々はその国の民衆の中に身を置いて真摯な活動をされていて頭が下がる思いがする。
 エチオピアは経済成長率が10%を超えるということであるが、それは各国からの多額の援助によるものであり、まだまだ国として自立できているとは言い難い。特に都市部と地方の経済的な格差は想像を絶する。また都市部もスラム化し貧困が蔓延している感がある。このような貧困層に焦点を当てた支援が当面しばらく必要であると思われる。
 日本の援助が政府の高官の私腹を肥やすだけのものにならないよう、色々な面で努力をされていることを目にすることができた。特に長期的な視野に立って、人材の育成や技術の指導に重点が置かれている点、女性の地位向上に配慮している点は評価できると思う。今回視察した援助の殆どが原始的ともいえる技術の指導であったように思うが、発展は国民のニーズと照らして段階的に行われるべきであり援助国の押しつけであってはならないと思うので、この点は非常に納得できた。
 援助をする上で一番大切なことはこの国が今どんな援助を必要としているかということを見極めることであると思うが、それは現地にいるODAのスタッフの判断にかかっていると思うので、そこをがんばってほしい。軸足がぶれると何のための援助かわからなくなってしまう。
 私達国民は、旱魃・洪水・地震など天災については心から援助をしたいと思うが、内戦や紛争などによる難民問題など人災については政治的な側面も絡み理解することが難しい。ODAは現政権の政策に沿った援助であるが、他のアフリカ諸国同様エチオピアも政権が安定しているとはいいがたく、「人間の安全保障」という観点からそれが本当に公平で人道的な援助であるのかという判断が難しい。その判断の基準をODAは国民に説明する義務があると思う。
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