平成19年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
日本のODAについて
平成19年度 ODA民間モニター事業について
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中華人民共和国 People's Republic of China
各モニターの全体報告
中島 敏(団長) 中島 敏(団長)
滋賀県 会社顧問
 民間モニターの機会を与えられ、残り20年余?の人生を精一杯生きられそうで深感謝。調査先は調査に選ばれた事そのものにも感謝し「日本の政府が来てくれる」位の緊張感で何度も打ち合せをし、ミスのない精一杯の対応を期した様だ。私達も全身全霊の意気込みで臨んだ満足感があり、モニター事業が続くのであればモニターを信じて今回の様にハードな日程を組まれる事、それが私達が示せる精一杯の誠意でもある。中国の課題はオーナーシップでのODA成功事案を波及させられるか?事業に付随する安心安全基準の整備や人道問題(建築基準、道の安全、労働安全衛生etc)貧困に対する国民の認識(自助互助公助)など。日本側の課題は円借款を含む支援体制の再構築、NGO・NPOの横の連携、関係職員の熱意使命感そして冷静な目。中国政府機関との意見交換会では、居眠り遅刻携帯マナーの悪さなど残念な対応であり又、日本大使館の大使には御目に掛かれず、激励や労いの代読もなかった。民間モニター事業を認知されているのなら団長として顛末書を頂きたいと思っている。「ODAを通じて中国とはもっと仲良くなりたい。その意味で反日教育や反日工作、大使館への投石などあってはならない」と訴えたが中国側はODAと戦後賠償問題や過去の不愉快な出来事などと外交的表現で痛撃、大使館投石は小泉前総理の靖国参拝など日本に非があると指弾された。反論は控えたが我々民間にまでブレない厳しい外交姿勢。ODAは「我が国の安全と繁栄を確保」(国益)するものであり平和を希求する日本と国民の最も重要な外交手段である。だからこそ「困っている人を助けるのは当たり前」の様なヒューマニズムを持ち込むのは控えて、国益に叶うかどうか考えるべきでそこに冷徹な外交的思考を忘れてはならない。相手国の感謝、善意、親日などを信用しすぎると外交を誤るのでは?又ODAが年々減額される様では日本の平和外交は色あせたものになる。もちろん中国へのODAは、円借款も含めて今しっかり展開しなければ後悔し、国益を失うだろう。
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児玉 博昭(副団長) 児玉 博昭(副団長)
埼玉県 大学准教授
 まず、中国に対する日本の政府開発援助のあり方についてだが、中国は日本にとり今や最大の貿易相手国であり、直接投資額や在留邦人数も相当な数にのぼる。日中関係が深まる中で、中国が抱える農村の貧困、官僚の汚職、環境の破壊、食品の偽造といったリスクは日本にも影響しかねず、単に中国の国内問題だとして傍観してはいられない。ODAは日本が中国に働きかけられる数少ない外交手段であり、引き続き実施すべきと考える。
 もっとも、ODAの形態については見直しを要する。これまで対中ODAの大半を占めた有償資金協力(円借款)に関しては休止の方向が妥当である。今の中国には十分な資金調達力があり、晴れた日に傘を貸す必要はない。他方、技術協力や無償資金協力に関しては拡充の方向が妥当であろう。援助にあたってはODA大綱が示す平和構築の理念に則り、中国の軍事大国化に対し日本国民の懸念を払拭できるような働きかけが望まれる。
 中国の政府関係者の話を聞くと、ODAの煩雑な手続きが不評で、また円借款の一方的な打切り表明には反発もあるようだ。日本側には円滑かつ円満な対応を心がけてほしい。逆に中国側にも注文がある。「中国は発展の途上にあり国土も広いので統制が行き届かない」というのが彼らの常套句だが、今の中国の国力からすれば、もはや国際社会では通用しまい。中央政府の関係者には地方の実状にも眼を見開きしっかり取り組んでほしい。
 むすびに、民間モニターの意義についても触れておこう。ODAは国民が納めた税金が海外で使われるという意味で、納税者からの距離が遠い。納税者の代表が現地を直接視察する民間モニターは、こうした「タックス・マイレージ」を縮めるのに有効な仕組みだ。担当者には相当な負担だろうが、仕事を見つめ直す契機ともなるし、市民との対話を通じて新たな発見もあるはずだ。「見える国際協力」として今後とも続けていただきたい。
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小山 一輝 小山 一輝
京都府 学生
 「ODAは税金の無駄使いなのではないか。特に、対中ODAはその最たるものではないのか。」無知な私はマスコミの報道を鵜呑みにして、そう思っていた。怠慢な人達が考えもなしに無償で援助を行っていると、失礼ながら思っていた。だが、実際にODA民間モニターとして活動して、自分で見聞きして考えは変わった。マスコミではODAは無償の援助であるかのように報道されているが、実際は、ほとんどが有償資金協力であり利子付きできっちり返ってくること。どの事業も日本の国益につながるように、しっかりとした戦略に基づいて行われていること。ODAに携わっている方々が、真剣に他国と日本のことについて考え、使命感を持って仕事に取り組んでいること。この3つを強く感じた。
 今回視察を行った案件は、全て中国に必要とされていて、日本にとっても意義のある事業だった。だから、これまでの対中ODAは必要だったと私は感じた。だが、北京五輪を機に2008年で円借款を終了させるのは正しい判断だと思う。中国政府は円借款終了に不満を抱いていたけれど、これからは自助努力が必要であろうし、実際、自国で出来る力を持っていると感じたからだ。
 色々と批判の多い対中ODAであるが、対中ODAがなければ日中関係はもっと悪くなっていたのではないかとすら思う。日中の友好と相互理解を深めるために、今後は日中の人材の交流を活発にして、直接触れ合う場をもっと作るべきだ。両国共にマスコミの報道に踊らされ、相手国に対して間違ったイメージを持っているので、直接、交流することでしか相互理解はできないとモニター活動を通じて感じたからだ。円借款は終了するが無償資金協力と技術協力を通じて、日中間の人材の交流をもっと活発に行って欲しい。「人」中心の援助だ。外交やマスコミの力だけに頼らず、日中の人材交流を通じて相手国のことを好きな人が増えるように地道に努力をすることが将来の友好関係につながると私は思う。
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寺田 憲代 寺田 憲代
千葉県 会社員
 「ODAの援助により、現地の方はどのように感じ、思っているのだろうか?」それが今回の視察を通じて一番知りたかったことです。
 ODAは国同士での同意に基づきますが、実際に援助を受けているのは、そこで暮らしている人々であり、私達と同じアジアの仲間でもあるのです。現地の人々の声に勝るものはありません。
 今回の7案件では中国側の担当の方及び日本から出向いている方々に温かく、熱烈に歓迎していただきました。それは私の想像をはるかに超えるものでした。
 実際に自分の目で見た案件は、確かに援助により現地の方々の生活向上に向けて、少しでも役立っている事を実感できました。それは「学校ができてうれしい」「日本の技術者と接してみて、日本に対する見方が良い方に変わった」という現地の方々の声を聞けたことで納得できるものでした。それらの言葉を聞けて本当にうれしく思いました。ODAの意義の一端がここにあるのではないかと思われます。その声を聞き出せたのは、それまでの案件が立ち上がってから今日までの取組みの成果でもあるからです。また、日本と中国側が相互に協力しあうことで「援助」以上の「つながり」ができ、それが大きく「日中友好」の結びつきへと強く発展していくのだと考えられます。
 今回視察した案件以外にも中国各地において様々なODAが行われていますが、その案件1つ1つを必要とし、生活向上を願っている人々が確かにいることでしょう。そのためのODAならば、成り立つ意義はとても大きいものであると思います。ODAは、中国のみが恩恵を受けるものではなく、日本のためにもなるのではないでしょうか。ODAの事業について身近な方々に伝えていく責務を感じ1人でも多く理解してもらい、それが「日中友好」につながることを願います。
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青島 はるな 青島 はるな
東京都 システムエンジニア
 最近は対中ODAの議論に耳を慣らされた。中国でどういった事業が行われたのか、現地の人々はどんな反応があったのか、これを念頭において中国の現場に赴いた。六日間の視察は貴州省、内モンゴル、北京市の現場を南船北馬回った。近年は中国の経済発展は著しいが、農村部と都市部の格差はどんどん開いていることを実感した。農村の貧しい現状が目に残った。農村地域で行われているODA事業が旱天の慈雨のような印象を感受した。一方、経済発展で環境問題が深刻化する中国の大気や水質の汚染が、日本への酸性雨や黄砂、日本海や東シナ海の水質汚染の原因になって被害が広がるとの懸念があること、中国の環境改善にODA事業が有効に利用されていったことが分かった。今回の視察は表面にざっと触れた感じで見られた場所と接した人は限られたが、一応モニターに応募した初意の確認ができた。
 対中ODAの意見は様々だが、実に中国の台頭で「強大な中国」に対し日本がどう対応するのかそれぞれの考えを表したと思う。先進国の列に並んだ日本は世界から受けた支援で戦後の困難を乗り越えた時期もあった。ODAの意義が中国より日本のほうが国民の理解を得やすいはずだ。然し東海道新幹線や、東名・名神高速道路や、黒部ダムなどとODAとの関係をどれほど人は知って、覚えているのか。視点を変えて考えれば、中国で一般国民にODAに関する反応をこれ以上期待しても無理だろう。私の知る限りではもはや日本の援助が要しない考えを持つ中国人が少なくない。いま中国は力を付けてきた事だ。日本は対中ODAを通して中国と友好関係を築いたのは否めないが、支援の立場は決して救世主と勘違いしてはいけないことだ。中国も日本のようにODAの受入れから支援の立場へ変わりつつ、これは時代の必然な流れである。常に相手の変化に相応な考えを見直すことが求められるのではないかと思う。対中円借款は北京五輪が開かれる08年度に終了することが決まっているそうだ。今後ODAに代わる財源をどうするのか関心を持っている。中国でODAの努力が結びついた結果なのかが分からないが、中国政府は08年度から砂漠化防止に三千億円を投じるとの嬉しい発表があった。ODAの枠外であっても日本の支援資金と技術で中国政府の力不足となる地域の環境・教育問題解決に引続き支援し、対中関係で共同発展の道を歩んでいくことを二つ祖国を持つ私は望んでいる。
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菅沼 しずか 菅沼 しずか
北海道 学生
 モニターに参加して分かったことは、一. 中国は「途上国」そのものである。二. 地方の人々は日本の協力に深く感謝しているし、広報もしている。三. ODAは明らかに進化し続けている、の三点である。
 一. 単に視察対象が「途上国の中国」に限られていたからではない。アジアの最貧国にも等しいレベルの農村地域が国土の8割以上を占め、あらゆる深刻な環境・社会問題を生み出しておきながら、自分たちでは十分には対処・解決できない状態にあること。その原因は、共産主義体制、人材・技術レベル、そして変革の歴史によって培われた、独自の「感覚」・基準に求められる。現在の中国における諸問題は、今や中国一国ではなく国際社会の問題でもある。それらを解決するためには、外部から問題の所在を指摘すること、国際基準の技術や「感覚」を教え伝えることが必要である。これは、地政学的な観点からも、隣国である日本の責務といえるだろう。対中ODAの第一の目的はそこにあると思う。
 二. 現場へ行き、直接にその姿・状態を見たこと、彼らに「出来る限り」のもてなしで「熱烈歓迎」された体験による。また、元上海総領事の記すODA要請システムの変更の歴史を見ても、その事実は確かである。私たち日本国民が、それらを十分に知ることが出来ない現状を憂える限りだ。
 三. 現場のプロの方々が、あらゆる過去のプロジェクトの経験を踏まえ、常に「どうしたらより良い、効率的な支援ができるのか」と計画してきた/している姿を直接に見たからである。現に、伝統的な支援スタイルに捕らわれない、包括的なプロジェクトがいくつもあることを知り、彼らのプロとしての腕前に感嘆した次第である。
 最後に、ODAが転換期にある現在、私たち国民の更なる意識の変革が必要であろう。平和外交国として「東アジアの奇跡」の基盤づくりを行ってきた経験と成果を自身が認め、国際社会や外交に対する認識をより高めていくこと。そもそも、それが政治やメディアをより良い方向へ動かす力になる点を思い出したい。
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本田 浦子 本田 浦子
神奈川県 ファイナンシャル・プランナー
 東シナ海での海底油田開発、北京での反日デモ、農村部の貧困という実態がありながらのロケットの打ち上げ・他国への援助等、昨今の中国の動静に遣り切れなさを覚えていたので、2008年にODA終了と知り安堵していました。しかし、事前研修及び視察で多くの点が事実と異なることを知り、周りの人達へ、それを伝えなければと痛感しました。このモニター制度は、地味ですが確実に理解者が増えていくと思いますので、今後も続けてくれる事を望みます。私の最大の思い違いは、ODAは無償援助だと思っていたことです。実際は9割が借款であるとのこと。ならば、これからの中国を成長株と考え、国際分散投資としてODAを位置付けるのも面白いかもしれません。日本は今後、少子高齢化や経済成長率の鈍化・所得税率の低下等で、税収の伸びが期待できないでしょうから、外貨準備高世界一の中国には、もう少し高利のODAの再開を検討してみるのも案ではないでしょうか。今回オリンピックを機に借款が終わるのは、中国にとって真剣に貧困対策に取り組む契機になると思われます。豊かな都市部と貧しい農村部との格差は深刻な問題ですが、困難を克服するエネルギーと知恵を持っている国だと思います。日本もオリンピックを契機に世界銀行から融資を受けて経済成長し、90年代には見事完済、その間に海外支援を開始した、ということも今回知りました。中国の人達に日本からのODAが知られていないのも、支援を受けつつ他国へ援助するのも当然と思えてきました。経済が国境を越え複雑に絡み合っている現状を考えると、好む好まざるとに関わらず、イデオロギーの違いを超え共存共栄を図らなければならない時代になってきたといえます。活発な交流で互いの信頼感を高めることにより、平和的共存が実現すると考えます。急激な経済成長による公害、人心の荒廃などを回避しつつ、ODAを有効活用してくれることを希望します。
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西 正志 西 正志
北海道 教員(小学校)
 ODA民間モニターとして、中国の7案件を見聞し、支援事業の実際を確認することができた。すべての案件、様々な考え方や課題もあるが、今後も支援は必要な事を痛感した。(1)生活環境問題は優先的に~「人類みな兄弟」である。農村部の生活環境は目を覆いたくなるほどの劣悪な状況である。人間として最低条件の生活を営むためにも生活環境問題(生活条件・教育・医療等)は優先的なプロジェクトに位置づけ、早期に短時間に効果や改善が表出することが重要である。「国づくりは人づくりである」教育問題が不十分な環境は一刻も早く改善し、子供すべてが皆教育を受けられる環境を整えるべきである。(2)関係諸国や団体との連携・協力~地球規模の問題(空気汚染・砂漠化・地球温暖化・植林・砂漠の緑化・大河の洪水・森林破壊等)人類の生存に関わる環境破壊問題は関係団体のプロジェクトチームで連携した取り組みがより効果や大きな成果を導くと思う。先進国や諸団体のノウハウを活かしグローバルな視野で推進する事が重要である。(3)人材派遣・研修等の技術提供の重要視~中国の円借款は2008年オリンピックで終止符を打つという。異論のあるところだが、箱作りの案件は重要度や緊急性の高いものだけとし、人材育成・研修等の技術協力を充実させていくことが望ましい。そのことが支援国のレベルアップに繋がる。支援の最終目的は、「自立」させることである。(4)説明責任の伴う情報発信~ODAのプロジェクトの様子はよほど関心がある人以外は目にする機会が少ない。事業は外国で行っている。もっと身近に情報が伝わってくるよう様々な手段で情報発信が必要である。支援のアカンタビリティーが強く求められる。ODAの活動を国民に広げていくことが支援の理解や協力に繋がるものである。ある関係者が言っていた。「日本は、歴史的に中国文化を見習った。これからは恩返しをする時である。」心に響く印象的な言葉である。
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小野 俊明 小野 俊明
神奈川県 教員(中学校)
 ODAが実際に機能している現場を見た感想は「有効に使われている」というものであった。視察したどの案件も、住民の生活改善に役に立っていたり、その方向で使われようとしている。
 対中国ODAに関しては、日本国内にいろいろな声があり、来年の北京オリンピックまでに新規の円借款の供与を終了する方針である。
 ここで、考えておかなければならない事がある。多くの日本人はODAが政府開発援助を意味する事を知っていたとしても、その内容を知っているわけではない。’05年を見ると、日本のODA全体の半分近くは返済義務がない無償資金協力である。ここから、ODAはあげるだけの援助であると思いこんでしまう。それでは、対中国ODAはどうなのであろうか。統計を見ると、大部分が有償資金協力(円借款)であるのがわかる。利子をつけて返さなければならないのだ。しかも、日本国内の普通預金の金利より高くなっており、その上円建てである。中国は、しっかり返済しており、かつての円高状況を考えても、日本は損をしていない。
 日本のODAは中国の改革開放に伴い、中国経済・社会の発展に貢献してきた。これは中国政府も認めるところだ。そして、同時に日本企業の進出、対中貿易の伸びなど日本経済の利益につながっている。
 今後、日本は環境問題と貧困問題の二つにしぼり、援助を続けるべきである。砂漠化を含めた環境対策に円借款が国際機間経由で援助する事を望む。貧困問題は中国内の問題ではなく、グローバル化した社会で解決していかなければならない課題である。大切なのは、現地の自立を目指し、援助者と共に明日の社会のイメージを共有できるようにすることである。すぐに成果を求めず、十年後二十年後に感謝される事業を展開することが求められる。日本のNGOを更に活用してほしい。
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西本 睦子 西本 睦子
滋賀県 教員(小学校)
 今回の視察では、観光旅行では見ることができない中国の光と影を見ることができた。2008年のオリンピックの開催でわきたつ北京は高層ビルが立ち並び高速道路にはドイツ製をはじめとする高級車が走っている。一方地方を見れば、汚れた服を着た子ども達が家畜の糞尿とごみの散乱したぐにゅぐにゅの未舗装の道を裸足で歩いている。さすがに中国は広い。同じ2007年を生きているとは思えない様々な人達との出会いがあった。
 行く先々でその地の人達から日本の援助に対して感謝の言葉があった。日本と中国の関係は過去の歴史的な問題を抱え複雑ではあるが、民間の個人としてのレベルにおいては相通じるものがあった。また現地の最前線で中国の人達と交わり、日夜情熱を注いでおられる青年海外協力隊、JBIC、NGO等の方々の活躍されているお姿を拝見すると「ODAが中国に対する日本の外交の切り札になるか」という次元を超越した境地が感じられ、すぐに見返りを期待する自身のあさましさにひどく恥じ入った。
 私は小学校の教員で大学院では環境教育を専攻したので、中国の人達の環境に対する意識レベルの低さが気になった。日本は環境問題においてはすでに過去に通った道である。中国が日本と同じ轍を踏まぬよう発展と環境保全が両立するよう支援をするべきである。飛行機で降り立った北京の空はスモッグがかかり、道々バスの窓からオレンジ色の煙を出す工場を見かけた。クリーン炭工場の粉塵の中での作業、工場排水が流れ込む紅楓湖等枚挙に遑がない。最近ではうなぎ、歯磨き粉、農薬のかかった野菜など食の安全も脅かされている。これらの環境問題は中国一国だけにとどまらず、隣国であり最大の貿易相手国の日本にとっても由々しき問題である。引き続き日本は、日本の子ども達が日本の国に生まれたことを誇りに思えるような国際貢献につとめていただきたいと思う。
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