平成19年度 あなたの目で見る国造りの現場 ODA民間モニター報告書 Official Development Assistance
日本のODAについて
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カンボジア王国 Kingdom of Cambodia
各モニターの全体報告
山口 真知子(団長) 山口 真知子(団長)
福岡県 教員(中学校)
 「危機にさらされている世界遺産」がなくなる前にとアンコールワットを訪問したのは4年前。今回はもう一度遺跡を見たくて応募したものだったが、カンボジアの現実とODAについて深く学習する機会となった。
 急速に経済発展を遂げるASEAN諸国の中でカンボジアは最貧国の一つ。約20年にわたる内戦でインフラが破壊され、国造りをする人がほとんどいない状態となり、あらゆる分野での援助を必要としている。
 日本は無償資金協力や技術支援協力等最大の援助国で、ODA大綱の理念に基づき各国や国際機関とも協力しながら優先順位をつけ援助している。単に水道・井戸・病院等を作るだけではなく、援助が終わった後でも自分たちで維持・管理・運営できるように考えられた援助をしている。決して恵まれているとはいえない環境の中でシニアボランティアや青年海外協力隊の人たちがカンボジアの人々と生き生きと活動する姿を見た。
 「きずな橋」「JICA WELL」等日本の援助はカンボジアの人の生活と密接につながっており、役に立っていた。視察する案件ごとに私たちは大歓迎を受けた。カンボジアの人たちが日本の支援に感謝していると感じた。
 ODAの予算は1997年をピークに減り続け10年間で38%削減された。2007年ODAの予算は一人当たり約7,000円使われていることになる。G7各国がODAを増額するなか、来年度は米に続いて2位の座から5位に転落するであろうという。
 ODAの活動は開発途上国の安定と発展に寄与し、国際社会の平和と安定に重要な役割を果たすものである。憲法の前文にある、「・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」これを具体化する国際貢献なのだとカンボジアの地で確信した。
 ODAの活動を国民にもっと広報するとともに、予算の増額を望むところである。
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湯浅 俊介(副団長) 湯浅 俊介(副団長)
千葉県 高校生
 今回カンボジアへと視察に行き、わかっていた事とは言え、日本との大きな格差にとても驚かされた。カンボジアはいわゆるポル・ポト政権下の時代に大量の未来を担っていく人材を失っている。学校の教師、思想家、挙句の果てには眼鏡をかけているというだけで拷問され、亡くなった方もいたそうだ。これはカンボジアにとってとても大きな痛手をこうむったのだろう。いろいろな場面で、「人材から育成しなくてはならない、カンボジア人のオーナーシップを育てていかなくてはならない」そういう声が聞かれた。人材育成は確かに時間がかかるものだろう。それも莫大な時間が。そのせいであろうか、今回の視察案件の中にもいくつか「人材育成プロジェクト」というのが見られた。また、目に付いたのはやはり貧困そのものであろう。不発弾処理の現場で必死に金属片を集めようとしている子供たち。トンレサップ湖に行った時に私たちの写真を撮り、それを皿にはめ込んだものをまさに生活がかかっている、という必死の形相で売りつけようとする子供たち。どれもこれも、平和な国に生まれた我々には信じられないようなことばかり。この国には発展途上国にはよくあることだが、衛生面への意識が非常に低い。道端にはゴミが山積みになり、それを漁る人がいた。地方では特に水。生活には絶対に必要な水への意識が低い。勿論、昔からあった事であるし、ある程度仕方がない面もある。しかし、現地で見てきた状況は日本人だからというのもあるが、目に余るような状況であった。このような、特に衛生面、貧困に関しての部分、そして当然ながら地雷と不発弾の処理、そういった部分に関して日本のODAにもっともっと、今以上に活躍していただき、この国の現状をもっとよくしていってほしいと思う。現地独特の習慣等々、難しい面もあることだろう。しかし、そういったものを乗り越え、支援を一層頑張っていただきたいと、そう思った。
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棚橋 志穂(副団長) 棚橋 志穂(副団長)
東京都 高校生
 今回視察した案件は、各分野で素晴しい成果をあげていて、日本の援助が本当に役に立っている事を実感した。また、カンボジア人だけでも施設の維持管理や問題解決ができるようにする為、ソフト面の充実が図られていて、日本からの援助が終了した後を見据えた援助が行われていると感じた。
 視察を重ねるうちに、「豊かさとは何か」と疑問を感じるようになった。シアムリアップの田園地帯が、プノンペンのように都市化するのが本当に良い事とは思えない。カンボジアの発展に伴い、相手国の必要としている援助を実施する事が、ますます求められるのではないかと思う。
 ODAの事業は、国と国との間の大きなプロジェクトだが、今回視察して感じたのは、全ての事業が、人と人との信頼関係抜きには成り立たないという事だ。二十年にわたる内戦で、国内の人間関係が希薄になってしまったと言われるカンボジア。ところが、視察したどの案件でも、日本人とカンボジア人、あるいはカンボジア人同士が協力して国造りに携わっていた。
 ODAという大きな組織を通じて援助をするのは人であり、それを受けるのも、当然、人である。しかし日本で暮らす私たちは、自分たちもその当事者であるという認識が低すぎはしないだろうか。
 私のような平凡な高校生が見てきた途上国開発援助の現場を、他の平凡な高校生にも共有してもらいたいと強く感じた。
 一人でも多くの人に、自分を含めた世界の問題として、国際協力に関心をもってほしい。そして、批判ではなく、自分には何が出来るのかを一緒に考えてほしい。
 今の私に出来る国際協力のひとつの形として、私の見て、聞いて、感じたありのままを広く伝えていこうと思う。
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黒川 貴功 黒川 貴功
北海道 教員(小学校)
 カンボジアの現状は、ポル・ポト政権下で多くの知識人が虐殺され、また、長い内戦のため当時の若者が十分な教育を受けることができなかったことが原因であると考える。そのため、カンボジアの政治を担う十分な資質を備えた人材が少なく、法整備も整わず、それに伴い海外の資本が入りにくいという悪循環になってしまう。世界中から支援を受けてはいても、政府が十分な機能を果たすことができなければ、カンボジアの自立は難しいのである。そこで日本のODAでは単に貧困層を支援したりインフラを整備したりするだけでなく、政府機能の向上(グッドガバナンス)を目指す支援も行っている。
 施設を建て、スタッフに教育を受けさせ、指導を行い、それで1つの案件が片づくのではない。自分たちで技術面、資金面でも自立し、また発展していく力を持つこと(サステナビリティ)が重要である。視察した案件のほとんどでサステナビリティに配慮された支援がなされていた。
 カンボジアの未来をカンボジアの人々自身で造り上げていくことが大切で、国際協力はそのお手伝いであると実感した。グッドガバナンス、サステナビリティはカンボジアの支援に不可欠なキーワードであると感じた。
 観光資源や地下資源にも恵まれ、カンボジアは今後大きく発展していくであろう。しかし、日本のODAはどこまでカンボジアの開発に関わっていくべきか、そのタイミングを計ることが重要である。ビルや工場が乱立し、水田と椰子の木と水牛というのどかなカンボジアの原風景が失われてしまう可能性があるとしたら、それが未来のカンボジアにとって本当に必要な支援と言えるであろうか。しかし、現在、必死にカンボジアを復興しようとしている人々や、貧困に喘いでいる人々が、国の未来像を適切に判断できるであろうか。かと言って支援する側の人間、例えば日本人が代わって判断することはできない。
 カンボジアがどのように発展し国際社会でどのように歩んでいくのかを自分たちで判断し、実現に向けて行動できる力をつけるその時まで、ODAの支援はこの国を支える大きな柱として不可欠である。
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津藤 洋一 津藤 洋一
山形県 教員(高校)
 「水」について考えることの多い視察であった。プノンペンの浄水場とコンポンチャム州の村落給水事業の視察は、カンボジアの都市と地方の現状を痛感させられる対照的なものであった。蛇口をひねれば出てくる水に慣れた日本人の感覚を改めて実感させられた。「安全な水」を安定的に供給することが今後の工業用水利用の増加を含め、カンボジア経済の発展の鍵となると実感した。母子保健センター・小児病院等の視察において、これからのカンボジアを担う子ども達の姿に触れることができた。未来の国づくりを支えるのはなによりも教育と福祉であり、若い世代が安心して学び成長するための条件整備に日本の支援が有効に活用されていることを知った。民間モニターの募集要項にあった「あなたが見る国づくりの現場」というコピーについて考えさせられたことも多い。カンボジアの教育・医療・福祉の様々な現場で、国づくりが行われている姿を実際に視察し、それらの事業の中で日本の支援が重要な役割を占めている事が今回のモニター参加で十分に理解できた。単純に途上国支援と言っても対象国の状況によって大きな違いが生じることは間違いない。カンボジアにおいては、社会の中心となって国家を運営すべき世代が、内戦の影響で教育の機会を十分に得てこなかったこと、また共同作業への意欲や他者への信頼感といった日本人であれば前提となる感覚すら、長い混乱の中で阻害されてきたことが、現在の支援の障害となっていることを実感させられた。今回の視察の中で印象深かったのは現場の一線で働く日本人の姿と、その人達が己の任期の終ったあとを考えながら、現地での人材育成を第一に考えて行動している姿だった。単に一過性の資金や建物の供与では終らない今後のカンボジアの発展を考えたプロジェクト運営の姿を見ることができた。困難な条件の中、国づくりの課題に立ち向かう多くの人々の姿に勇気付けられた視察であった。
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古関 明子 古関 明子
秋田県 教員(中学校)
 「教育」の必要性と必然性を随所で考えさせられた視察であった。1960年代、自給自足の出来る豊かな農業国として社会の教科書に載っていたカンボジア。それが内戦と政治的混乱とでこれほど疲弊するとは、予想外だった。それ以上に人々の荒廃ぶりに驚かされた。視察を通して中間層の知識人が極端に不足し、倫理観の欠如、行政、司法等の人材育成、能力開発の立ち後れ等カンボジアの抱えている問題の深刻さを知った。「教育の荒廃」にカンボジアの貧困の源があるように思えた。
 ODA民間モニターに参加でき、世界観が変わったような気がしたのは私だけではないと思う。それ程どの案件も日本と世界、支援と開発、ボランティア等について考えるには十分すぎるほど充実していた。しかし、常に国際支援の難しさが私の念頭を離れなかった。それは「かわいそう」を売り物にしている人々を見たとき一層深刻化して内在していった。が、トンレサップ湖で出会った物売りの少年や少女の控えめな態度、農村の子供たち、孤児院の子供たちそして学生たちの姿に、JICAの方が「カンボジアに惹かれるんですよ」といわれたことが思い出された。素朴でまだ観光汚染されていない人々が残っているからこそ、援助を心から待っている人々がいるからこそ再びカンボジアの土を踏むのだろうか。
 国際援助は対等でなくてはならないと私は思う。なぜなら自国に対する誇りや民族に対する尊厳は侵してはならないと思うからだ。その意味ではODAの伝統文化に対する支援や人材育成等の方向性は間違っていないと思える。人間としての尊厳を保障し、出来るだけのことを、それも必要とされるものを現場で支援するのが国際協力ではなかろうか。生徒たちに伝えたい、私の見たODAを。出発の日、国際協力費七千円は高いと言った我が娘には、将来のための税金だったと。
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川嶋 康平 川嶋 康平
京都府 高校生
 初めての発展途上国訪問は驚きと感動の連続でした。聞くのと見るのは大違いで、まさに「百聞は一見にしかず」でした。このモニター視察では、普段見ることのできない国際援助の現場を見ることができました。カンボジアの医療機関、上水道整備、孤児センターなどどれも援助が必要なものばかりでした。私が一番印象に残っていることは、カンボジアの働いている子供たちの姿です。私たちが乗船中に船を横付けしてバナナを売ろうとしたり、私たちの写真をお皿に貼り付けて必死に集まってきたり、子供が生きていくためにお金を稼ごうとする姿に胸を痛めました。ODAに対しては日本にも困窮者がいるのにとの意見もありますが、いくら格差社会になった、ホームレスが増えたと言っても、法が整備され生活保護で最低生活が保障されている日本の困窮者は、カンボジアの比ではありません。子供たちが働かなければならない背景には、私の想像を絶するカンボジアの貧しさがありました。しかし、貧しくても、孤児センターの子供たちの元気な笑顔は印象的でした。
 カンボジアは今、政治・経済・教育・医療の人材育成・地雷不発弾の処理など様々な問題を抱えています。自国のことは自国でまかなうことが基本だと思いますが、自国の力だけではどうにもならないことがわかりました。このような状況のカンボジアが、自らの手によって解決していくことは難しいと思います。やはり何らかの手助けが必要です。最低限度の生活を確保するためにも、生活の基本であるライフラインの整備や教育・医療機関の充実などへの日本の支援の重要性を感じました。また、ODAは技術力向上や人材育成に力を入れているのがよくわかりました。
 私が日本でODAについて知る機会は、新聞やテレビ・学校などでしたが、あまり詳しい内容までは触れられていません。海外の発展途上国の深刻な状況や、それに対する日本の支援の大切さをもっとPRすることが必要だと思いました。
 日本の支援が、日本とカンボジアのよりよい関係構築につながっていってほしいです。
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安藤 涼真 安藤 涼真
岐阜県 高校生
 初めてプノンペンに着いた時、正直かなり驚いた。「ここが本当に首都なのか?」と疑問が頭をよぎるほど、首都のプノンペンですら日本ではありえないようなところだった。日本はこの国でどんなことをしているのだろうかと少し不安になってしまったことを覚えている。しかし一つ目の案件でそんな不安はなくなった。日本は、カンボジアの人達の生活をよくするためにたくさんの工夫をし、また日本の援助がなくなっても自分たちの力で何もかもできるように、何かをするのではなく、やり方を教えるという援助のしかたはとてもすばらしいと思った。またどの案件にいっても担当の人が「日本の方々にはとても感謝している。」と言ってもらえるのは僕自身は何もしていないのだけれど、とてもうれしかったし、このモニターに参加してよかったと思えた。また、どの施設でもカンボジアの人と日本のODAの人はとても仲がよさそうでとても良い雰囲気の中で仕事ができていると思った。
 日本ではまだODAというものはよく知られていないと思う。僕が学校でODA民間モニターに参加すると話した時、たいていの生徒は「ODAって何?」「それって何のためのものなの?」と口々に聞かれました。正直僕自身も正確にODAが何かということを説明できたとは思えません。しかし、このモニターに参加して、ODAが何をしているのか、何のための機関かを知り、またODAの重要性を理解することができたと思います。しかし、ODAのことをよく知らない人たちはまだたくさんいます。そんな人たちにもODAがどういうものなのかを知ってほしいです。
 また、カンボジアを含め援助を必要としている国はまだまだたくさんあると思う。そんな国を助けるためにODAに携わるみなさんにはもっとがんばってほしいと思うし、僕は僕にできることを考え、そのことを実行していきたいと思います。
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寺田 舞香 寺田 舞香
埼玉県 高校生
 私は今回カンボジアに視察に行く前までは日本のODAはカンボジアという国自体に国規模で援助をしていると思っていて、遺跡や村などの地域では援助の効果が見られないものだと思っていた。しかし、実際視察をしてみると人々の生活をより充実させる施設や設備、現地の人々も大切に思っている遺跡の修復作業を見て人々の生活に密着した事業を日本のODAはしていることが分かった。また、それによってたくさんの人が助かっている現場を見ることができた。その一方で道で物乞いをしている子供を見ると日本のODAの援助を受けることができるのはやはり恵まれている人々だということも感じた。
 また、今回視察をしてとても印象に残っていることは母子保健センターで日本のODAの援助でこのセンターができたということを知っているこのセンターにいた現地の人がそれほどいなかったということである。私はそれを知って、専門家派遣が減って現地の人に事業がなじんでいく一方でこのように日本の援助が忘れられつつあると思う。現地になじむのはいいことだが、カンボジアの民間の人にもこれを知ってもらうことで日本とカンボジアの関係がよりよくなると思う。
 私は今回実際に日本のODAによって作られた施設が現地の人に有効活用されていることや現地の人も主体的に日本のODAによる事業に関わっている様子を見て、日本では日本のODAについて色々言われてはいるものの私たちの税金は無駄になっていることはないと思った。私は現地で日本のODAのようにカンボジアの援助をするのは無理だけれど、日本で私ができる援助の方法を考えて実行し、カンボジアがODAや他の支援団体に頼る必要がなくなるほど発展する日がくるまで続けていこうと思う。
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川原 隆実 川原 隆実
千葉県 高校生
 今回の視察を通して、日本にいた時にはわからなかったODAの必要性、重要性がわかった。視察したどの案件でも、日本の援助に対して感謝をしていた。特に、コンポンチャムの村で村人のみなさんが拍手で迎えてくださった時には、本当に日本の援助が人々の役に立っているということが強く感じられた。そして、ODAの現場でたくさんの日本人がいろいろなかたちで、カンボジアの自立のために活動されている姿を見て、日本人として誇りに思った。
 支援活動には、NGOなどとの協力、住民との連携が大切だと知った。また、何かプロジェクトを行う時には、現地の人が主体となってやっていくことが大切であり、そして、いずれは現地の人々が自分達だけで但っていけるように、人材育成などソフト面を充実させることが重要であるということを知った。
 ODAに対して、日本の国内がきちんとしていないのになぜ外国に支援するのだという批判的な意見もあるが、日本も以前外国から支援を受けていたことがある。先進国にしかできないことは、先進国がサポートしていく必要があるのではないだろうか。国民のODAに対する関心を強め、援助の必要性、重要性を理解してもらい、現在削減され続けているODA予算を増やしていく必要があると思う。援助を必要としているところはまだまだたくさんある。
 今、高校生の私にできることは何か。今回の視察で見て、聞いて、感じたことをしっかりと伝えていくこと。それが実は、確実な国際協力への一歩だと思う。私自身、今回カンボジアへ行く前は、カンボジア=地雷、ポル・ポトといったマイナスのイメージばかりが強かった。そのイメージを取り除き、私が体感したカンボジアの姿を伝えていきたい。
 最後に、今回の視察を通して考えさせられたことがある。本当の豊かさとは何なのか。これから長い時間をかけて考えていきたい。
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