中華人民共和国 People's Republic of China

モニターからの意見・感想:

3. 蘭州中川空港拡張計画(有償資金協力)

視察プロジェクト概要
実施年度
供与限度額
被供与団体等
交換公文締結日(借款契約調印日): イメージ
1996年12月24日(1996年12月26日)
63.38億円
実施機関:中国民用航空総局
実施目的
必要性
 蘭州中川空港は、1970年に蘭州市内より西北に70Km離れた場所に開港したが、その後、本事業の開始時点までに地盤沈下や凍結、設計荷重を超えた大型機の運行により滑走路の損傷が著しくなり、中国と中央アジアを結ぶ航空路の安全性を確保するため、同空港は緊急な整備を要していた。
事業概要  本事業は、蘭州中川空港の滑走路、ターミナルビル(2.5万m2)、航空保安施設を整備するものである。
効果
 本事業は、増大する旅客需要に対応し、中国中央部の航行の安全性を確保するものである。
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モニターからの意見・感想
近藤 義男
 蘭州空港に到着してすぐ空港の管制塔に上り、空港全体の説明を受けた。以前の空港は1968年に完成し1日20便の発着であったが、大型機の発着増等で老朽化が激しく、緊急の改修・拡張が必要となった。日本の円借款を活用し2001年に完成し、現在は1日80便の発着数になって、増大する旅客数に対応しているとのこと。以前の管制塔やターミナルが残っていたが、見るからに見すぼらしいものであった。
 午後は空港の安全施設、運行施設を見学した。日本製の機器も多く使われていたが、レーダー等はアメリカ製が使われていた。紐付き援助についての議論があるが、もっと多く日本企業が関わってもよいと思う。
渡辺 明春
 甘粛へは友人宅のホームステイと莫高窟を訪ねて以来3度目になる。中川空港は初めてで、ましてや管制塔や空港内部等は日本で見たこともない。素人が知ろうと努力しても、大したレポートは書けない。そこで視点を変え手当たり次第現地の人へ質問をしてみた。(1)空港建設に対し日本の有償資金協力が一部入っていることを知っているか?(2)北京空港の様にパンフレットはあるか?あれば有償資金協力についてどう記載されているか?その結果、残念ながらいずれも「没有(ノー)」という答えであった。搭乗券にも空港の紹介はあるが有償資金協力については触れていなかった。航空傷害保険窓口後ろに1ヶ所標示が出ていただけである。広報の再考を期待したい。
我妻 雄子
 鄭州空港を発って1時間余り、窓から見える下界は一面の砂漠。蘭州空港に到着。管制塔に案内され空港全体を見渡しながら、新しい滑走路や施設の説明を受ける。すべて円借款で事業をし、自分達で返しているとの事。日本のお陰と感謝の言葉。心から感謝している様子が印象深い。経済的自立に向けた自助努力の支援として円借款は効果的であった。また、空港内には、日本のODAで空港を作ったというりっぱな看板が貼ってあった。
 広い中国ならでは、こんな砂漠の中に必要な航空事業。一日で80機離着陸するという。砂嵐も植林事業のお陰で昔ほどひどくない上に、管制塔の設備も良くなったので、飛行機の誘導は数段改善されたと言っていた。また、電気設備室等見学させてもらった。機材は日本製が多い。
 安全に運行し、大きく発展してもらいたいものである。
土井 謙次
 赤茶けた大地の上に突如現れた蘭州中川空港。この空港では、中国人のたくましさと明日への希望を感じ取ることができた。
「日本のODAは諸外国に比べて円借款が多く無償援助が少ない」というフレーズが日本のODA批判に使われるが、それは誤りだと思う。資金を借りてそれを元手に収入を得る仕組みをつくり、自助努力で返済していく、これこそが本当の援助ではないだろうか。
 この空港では、円借款により造った施設により、安全性が向上し、発着便数が4倍に増え、経済効果が表れてきている。「返済しなければならないので努力する」という職員の前向きな言葉には目が覚める思いであった。円借款に対する私のイメージを大きく変えてくれた案件であった。
内記 和彦
 広大な国土の中国では、高速道路の整備と並び空港の整備は、社会発展の上で欠かせないことだと思います。視察をした蘭州中川空港は、財政力の弱い地方政府の空港であり、高い金利でお金を借りての整備は難しかったと思われます。その点から、日本の長期低金利による資金支援は有効であると思います。
 蘭州中川空港から北京空港へ向かう飛行機は、ほぼ満員でした。空港利用者は多くなっているようでした。空港は沙漠地帯にあり、以前の古い空港は砂塵により離発着ができないことがたびたびあったとのことでした。拡張された空港は設備も整い、砂塵による影響は大幅に改善されたとのことでした。日本の資金支援の役割は大きかったと思います。
茂木 幹夫
 滑走路や建屋を除く設備の大半を円借款で建設した空港で、協力を主張できる施設である。従来と比べ格段に進んだ空港になり現地の関係者は喜んでいる。しかし、設備は新鋭とはいえず、ジャンボ機は着陸できても誘導路が狭い等の問題があり、再改修を計画しているとのこと。その点では、計画段階から将来にむけての配慮やもう少し日本の意志や主張を反映させることはできなかったのだろうか。また、協力に対して残っている証が、プレート1枚だけでは寂しい気がする。例えばプレートの近くに日本の紹介コーナーを設けたり、日本風の庭園(緑の庭園が無理なら枯山水でも)とベンチなどを設けるなどして、利用者に、それとなく日本の存在や協力を知ってもらえるような工夫ができないだろうか。
田所 日出志
 広大な中国で特に貧困層の多い地域であるが、増大する旅客需要と中国中央部の安全性を確保するものである。
 空港設備の中心的な器機などは円借款で日本製品であった。主な施設や機材等は、着陸システム、放送、電工掲示板、消防、燃料、コンクリートの舗装部分に至るまで有効に活用されていた。拡張事業による効果として、中央アジアとの航空路の安全性の向上、経済活動の活性化、就労機会の増加により内陸部開発の起爆剤となっている。近代的な旅客ターミナルの出発ロビーには、円借款により空港拡張が行われた旨のプレートがあり感謝の念が記されていた。この広大な地域にもたらす経済効果は絶大である。
横山 真弓
 砂漠のなかに一角だけ立派な建物がある・・・ それが蘭州中川空港だった。
 旧空港(1968年建設)の数倍もある新空港は、1日約80便の離着陸があり、甘粛省から西への基点ともなる重要な場所でもある。以前は旧ターミナルビルの最上階にあった管制塔が、管制塔として独立し、視界800メートルでも離着陸が行えるようになった。電気設備には、日本のメーカー(TOA・松下など)も使われ、契約の中には使用方法の説明・アフターケアといった技術協力も含まれているとの説明を受けた。この案件は、円借款と民間の技術協力が結びついた有効な援助であると思う。また、誰もが目にしやすい空港ロビー中央部には、日本の円借款を受けているとのプレートがあった。広報としては、十分合格点に達していると思った。
中森 薫
 空港は立派だった。ロビーには新車の展示まであった。しかしここは砂漠の入口、外にはシルクロードのガイドブック写真でみた荒涼とした山が見える。
 管制塔では、デジタルの様々な計器の説明があった。滑走路以外は全て円借款のおかげだとともに、返済は政府ではなく自分たちで且つ延滞無く行っていると強調する。
 一方、向かいの山々の植林は中国政府の援助であり、首相が来航した際に指摘があったという。政府にお金が無いわけではない。
 シルクロードに行く日本人観光客は、本空港で乗換えか北京などから直行するという。空港ロビー中央にある中日共同のパネルに気づく人は何人いるだろうか?
藤井 美穂
 「魚を与えるのではなく、釣り方を教える」ことを目的とする日本の円借款。そのような目的においては、この拡張事業によって空港設備が整備され、1日20便から80便に増加するなど、本来の空港の業務の活性化、ひいては地域の活性化に繋がっている。まさに、持続可能な援助として評価できる。ただ、日本のODAを示すものは空港内のひとつのパネルのみだった。中国側が利子を上乗せして返済している円借款は、中国の経済発展や経済自立に間違いなく貢献している。しかし、案件を受注する業者は米国企業などを始めとした様々な国の業者であり、「日本」の存在感が薄く、「日本からの援助」としての中国側の認識も弱い印象を受けた。
水野 幸恵
 滑走路以外の建物等の建設や、機械などの設備に日本からの円借款が使われたということであった。空港が新しく整備されてからは便数が一日20便であったものが、現在では80便ということなので大きな進歩である。現在借款も返しつつ、経営もうまくいっているとのことであった。JBICの理想でいうとお金を出すだけではなくお金の使い方の指導、または機械等の操作、アフターケアも含めての援助ということなので、それが役立って、今では自分たちでうまくやれるようになったという点では、理想通りうまくいっていた案件であったと思う。現在は中国政府からの資金援助を得て、拡張工事も進めているという話であったので今後も多くの方々に利用される空港になるであろうと期待する。
林 義男
 基礎が弱体で滑走路の損傷が著しく、かつては20便の発着しかなかったが、現在は80便の発着がある。トータルとして日本の援助は確実に役立っていた。空港内には、「携手合作・共創未来」(日本・ODA)の看板もあった。しかしこの空港を利用する地元の人たちがどれだけそのことを知っているのかはやや疑問である。技術協力などもあわせて実施することができればより顔の見える援助になったのではないかと思う。ただ、蘭州だけでなく甘粛省の他の地域にとっても、人や物、技術を運ぶ中継点(かつてのシルクロードの中継点のように)となるこの空港の存在意義を考えると、その拡張工事に日本がODAという形で関われたことはやはり意義深い。
菊池 敦
 空港の周りは乾燥した丘陵地が続いており近くに目立った観光地があるわけでもない。それにもかかわらず、日本からの円借款で整備されたこの空港では、1日80便の発着があるという。我々がこの空港へ向かう便、そしてこの空港から北京へ戻る便にもほとんど空席が見当たらなかったことからも、この空港がこの地域のビジネスの拠点になっていることがうかがえた。
 広大な中国では、沿岸大都市圏と内陸の農村部の経済格差を埋める上で、交通網の整備は急務であろう。ただ、この空港が果たして地域経済の活性化に繋がっているのかどうかは見えてこなかった。人や物がただ一方的に大都市に流れ、反面、地方が廃れていく一方ではという疑念をも抱いた。
 日本への直行便があるわけでもなく、それどころかジャンボ機の離発着には未だ滑走路の幅が足りないと聞くと、ここに63億円強の円借款を施した必要性に疑問を感じた。
片原 恵美子
 まず北京や河南省と違うのは、茶色い中に緑がポツポツという景色であった。北京首都空港と比べて、果たす機能も違うのだが、利用客として、見た目のすっきりとした内装で好感が持てた。
 最初に管制塔に上がった。ここはめったに入れる施設ではない。このすばらしい360度の見晴らしの中で施設の説明を受けた。次に空港内の施設を見学した。なかでも中国国内の離発着情報を見られるコンピュータはたいへん興味深かった。
 空港は常に施設を維持、拡張しているので、一口に何割が日本の円借款が使われたとは言えない。しかし大きいか小さいかは見る人の判断によるが、空港施設中央の柱にODAのシンボルマークを見つけた時はたいへん誇りに思った。
岸 芙美子
 飛行機の窓から砂漠地帯に少量の緑がある中、蘭州中川空港が見えてきた。約35年前に開港した中川空港だが砂漠地帯の滑走路は地盤沈下等の問題でそれほど長く使用することはできなかった。そこで有償資金協力のもと新しい滑走路を含め空港に必要な設備を整えた。1日20便の離発着数が80便までに増え、周辺にも約4億元をかけ植林が行われ砂漠の中に人の活気を感じた。空港のロビーにはODAのマークが飾られていた。従業員は皆日本の協力を知っていたが、たまたま前を通った利用者は知らなかった。以前なら広報活動不足を第一に感じていたかもしれないが実際はそうは思わなかった。ODAの看板の存在によっての感謝を求めるのではなく安心して空港利用ができ空港周辺の緑によって降水量が増えたことによって少しでも安定した生活が送れるようになれば誰もが感謝してくれる。例え日本によっての協力とは知らなくても感謝の気持ちから心のゆとりがほんの少しでも感じられたらもうそれでいいのだと、果てしなく続く砂漠を前に感じた。
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