中華人民共和国 People's Republic of China

モニターからの意見・感想:

1. 温県趙堡鎮中学校校舎再建計画(草の根無償資金協力)

視察プロジェクト概要
実施年度
供与限度額
被供与団体等
1998年度
9,707,860円   
実施機関:河南省温県人民政府
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実施目的
必要性
 1996年の黄河の大規模洪水により温県全体が大きな被害を被っていたが、特に趙堡鎮の被害は深刻であった。これにより趙堡鎮中学校も大きな被害を受け、1000名にのぼる学生が授業を受けることが出来なくなった。そこで洪水被害を受けた中学校を再建し、児童の就学復帰及び教育環境の改善をはかる。
事業概要 温県人民政府の再建計画のうち教室棟再建費用の約半分を援助提供する。
効果
 この案件により趙堡鎮南半分の8つの村の約2000世帯が利益を受け、
約900名の学生の就学問題を解決する事ができる。
 またかつては4カ所に分散していた中学校を趙堡鎮中学校に統一・集中することで教師の質が強化・充実される。
 当初の計画は上記のとおりであるが、現在、約1300名が在学している。
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モニターからの意見・感想
近藤 義男
 1996年の黄河大洪水のため校舎を流され、多くの学生が授業を受けられなくなった。そこで校舎を再建し、生徒の就学復帰及び教育環境の改善のために、日本の草の根無償資金協力が供与された例である。学校に私たちが到着すると、生徒や職員そして親たちが温かく迎えてくれた。校舎を見学しての印象は、建設後約7年であるのに、窓枠が腐り、壁の塗料がはがれ劣化が激しいことである。生徒や職員との交流では、どの生徒も自分の夢をはっきりと語っていたこと、校長先生が校舎再建後に高校進学率が向上したことを誇りにしていたことである。生徒たちの今後の飛躍を願い、校門入り口に建てられた日本の援助に感謝する石碑を見ながら学校を後にした。
渡辺 明春
 温県陳家溝を訪れた友人の話から、人里離れた所と想像していた通り、趙堡鎮は省都鄭州から片道2時間はかかる田舎町であった。
 訪問に先立ち、草の根無償資金協力について在中国日本大使館のホームページを調べ「利民工程」と呼ぶことを知った。日中両国は共に漢字を使っている。試しに「草根」と中国人に言ってみたが理解されなかった。希望に満ちた19人の中学生の瞳、彼らが語る夢に趙堡鎮の未来を感じた。翌朝、鄭州市内を散歩していたとき、偶然にも中学生の喫煙を見かけた。そこでの虚ろな瞳とは大違いである。   
 「草の根」は実行までの期間が短い、小回りの効く援助である。大使館・領事館の方々の日夜惜しみない努力を陰ながら応援したい。
我妻 雄子
 車窓から見える景色は、特産の棗の林やとうもろこしの畑等で緑豊かであり、町に入ると広い道路に沿って商店が並び、人々は元気そうに自転車やバイクに乗っていた。田舎だけど活気が感じられた。町から離れて畑のような所にぽつんと建っている学校に着く。門の所に、日本の援助で建てたと言う石碑が建っていた。子供たちに熱烈歓迎をうけた。
 黄河の大洪水で流された学校を、ODAの支援で再建したと言う事である。なければ町の再建が先になって、遅れただろうと思った。見かけだけ立派なコンクリートの3階建て。この学校のお陰で優秀な子が出ていると校長から説明があった。科学実験棟を建てる予定。日本の資金援助願いを口にしていた。先生方は寄宿。周りには家はない。子供たちはどこからどうやって学校に来たのかな?陽に焼けた元気な笑顔と屈託のなさがかわいい。この子達の積極的で賢く素直な姿に希望がみえて、うれしかった。
土井 謙次
 門の前に整然と並んで歓迎してくれた子ども達の次に見たものは、かなり老朽化した校舎だった。「確か約7年前に再建したはずなのに…」洪水で壊れた応急処置としてやむを得なかったろうが、教育環境としては問題を感じた。しかし、子ども達の輝く目、夢と希望にあふれた笑顔には感激した。この子達の学習の場を、ODAの形で日本が提供できたことは貴重な貢献で、地元の歓迎ぶりからも感謝されていることを十分に感じた。ただ、設計や工事管理、建物の維持などに、日本の技術協力を組み込む余地がなかっただろうか。
 学校の先生からは、日本の教育システムを学びたいという前向きな発言があった。人的な貢献を組み込むことで、さらに充実した案件になったと思われる。
内記 和彦
 見せて頂いた中学校は、約1,300人の生徒が学ぶ大きなものでした。約1,300人の学ぶ場が、1,000万円程の支援で確保されたことは、物価の差はあると思いますが、費用対効果の点から見て、効果はかなり大きいのではないかと思います。 
 「米百俵」と言われるように、教育は地域づくりの基本だと思います。趙堡鎮でも地域の方々が力を合わせ、教育の振興を図っていこうとしていました。こうした取り組みに日本が協力できることは、すばらしいことだと思います。趙堡鎮の方々は、日本の支援により勉強できる環境を整えることができたことに大変感謝しており、友好関係を築く上でも有意義な支援であると感じました。
茂木 幹夫
 夏休み中にもかかわらず炎天下を整列して迎えてくれた生徒たちを見ただけで感激してしまった。学校側の方で構えて優等生だけを集めたようだが、生徒たちは皆向学心に燃え、はっきりと将来の目標を持ち、瞳は輝いていた。それだけでも資金協力が役にたってよかったと思った。しかし、校舎は立派とはいえず、教室に教材は何もなかった。周辺に比べ卓越した校舎を建設する必要はないが、例えばトイレだけでも整備して「日本の協力で建てられた」と共に誇れるような学校であってほしかった。草の根の援助額に上限があることには疑問がある。また、建てれば終わりではなく、絆を永続的につないでいけるようなケア(例えば、友好提携関係を結んでいる河南省と三重県の関係を生かし、日本の教材を送るとかの新たな支援)が望まれる。
田所 日出志
 黄河大規模洪水からの校舎再建計画として教室棟再建費用の約半分を援助しているが、築約7年足らずの鉄筋コンクリート造りの校舎を見た時に唖然とした。部分的ではあるが鉄筋が腐食し浮き上がったところからはコンクリート片が欠落していた。また、一部の柱(鉄筋の腐食とは無関係)を取り巻いたコンクリートに隙間があり、向こう側が透けていたなど不備があった。施工基準は中国の基準であったが、支援国として施工時のチェック機能の必要性を感じた。
 学校関係者との意見交換では、再建後学力が飛躍的に向上し就学・就業など支援効果は大きいとのことで喜ばしく思えた。生徒一人ひとりが将来の夢を語っていた時の笑顔からODAがこの国の人材育成に寄与していると実感した。
横山 真弓
 今回視察した中で、一般市民と最も触れ合うことができた案件であった。
 黄河大洪水で被害を受けた校舎と教育環境を改善するという目的は、進学率が上がったことからも達成されたように思えたが、長く使っていく校舎や設備は、手入れが行き届いていないのか、再建から約7年だというのに再補修が必要なように見えた。
 校門近くには、日本の支援を明記した碑が建ち、「草の根無償資金協力(利民工程)」と1999年当時の「谷野大使」のことを集まってくれた生徒全員が知っていた。学校の再建時より後に入学した生徒にも、きちんと周知されていて嬉しく感じた。目がキラキラしていて、素敵な夢を持つ子どもたち19人と出会えて本当によかった。もっと奥地に住む子どもたちにも、同様に手を差し伸べていってほしい。
中森 薫
 校舎が築約7年と聞いて驚いた。壁、床、扉がぼろぼろだ。教室に入り生徒の机でまた驚いた。木製机の角が刃物などで傷つけられたり、芸能人のシールでべたべた。日本人からすると、まるで荒廃している。
 見学後の交流時間で、ある生徒が、日本の学校はもっと立派で羨ましいと言った。校長先生は、実験棟を建設したいので200万円の補助が欲しいと言った。私は反発を感じた。「この学校があと何年使えると思いますか?日本の子供達はもっと、ものを大切にします。」皆きょとんとしていた。
 援助の意味をどう理解しているのか、貧しいから恵んでもらうのは当然なのだろうか?ツアーを通してもう少し考えたいと思った。
藤井 美穂
 「谷野大使」という、中学校の再建に関わった日本側の大使の認知度の高さに、正直驚いた。建設された時代には、中学生ではなかった世代の生徒たちが、知っている日本人として全員が声をそろえて、彼の名を挙げた。中学生活の一部に「日本からの援助で再建された」ことを生徒全員が知る機会が設けられているのだとしたら、日本のODA広報としても良い形で機能していると思う。中国の未来を担っている中学生のための、より良い教育環境作りに、日本のODAが一助となっている事実を肌で感じることが出来たのは喜ばしいことだったが、築約7年とは思えないほどのボロボロの校舎を見て、より良い維持管理体制をODAの一環に組み込む必要性を感じた。
水野 幸恵
 中学校は都市からかなり離れたところにあった。入り口では20人ほどの生徒が両側に並び笑顔で迎えてくれた。中国語でどうあいさつしたらよいかという不安は一気に吹き飛んだ。その後も子供たちは私たちが少しでも中国語を話すととてもうれしそうに笑い、私たちの話を真剣に聞いていた。その目の輝きはとても希望に満ちているようにも見えた。この中学校の生徒は全部で約1,300人ということで、今回会ったのは本当にそのうちのわずかの生徒ではあったが、このような子供たちに勉強する場を与えることができて非常によかったと思った。しかし、校舎を日本と比べてみると、たった築6年であるのにお世辞でもいい建物とは言えず、図書館もないという。日本からの援助が役立っているんだといううれしさと、援助してもこの程度が限界なのかと、どこか物足りない気持ちも残った。
林 義男
 だだっ広いほこりにまみれた田畑の中にその学校はあった。日本のODAにより一部を補助した築約7年の学校は、既に傷みが激しく、学校を建設するに当たって事前の計画にもう少し日本側もかかわってもよいのではないかと思われた。ただこの校舎の建設によって、約1,300名の趙堡鎮の子供たちが学習する場を与えられたことは間違いなく、我々を歓迎してくれた彼らの生き生きとした眼を見てそのことを確信した。交流した数時間の間に、日本という国により興味をもち、中国側の教師から「このように日本の中学校と交流することができれば… 」という提案があったが、 建築だけでなく交流事業をあわせることでこの案件の意味がより深まると思われた。
菊池 敦
 洪水で大きな被害を受けた校舎が再建されて約7年。築約7年という割には建物自体に傷みや汚れが目立った。手入れがあまり行き届いていない印象が残る。
 「皆さんの夢はなんですか?」という質問に、全員が言い淀むことなくそれぞれの夢を答えてくれたのは印象的であり、彼らの輝く目を見ると、日本の援助が彼らの学習環境を支えているという喜びを感じた。
 しかしながら、残念なことに20名程いた生徒達の日本に対する知識は乏しいものであった。中国も教育改革により、知識偏重の教育が施されているようだが、日本についての理解を深める意味でも、ここに人的な支援を送ってほしかった。それによって建物にも血が通い、校舎の維持・管理においても具体的な提言が出来るであろう。また教育という将来の人材を育成する場で、日本への理解の裾野を拡げていくことが、将来の日中関係をよりよいものにしていく上でも大切であろう。
片原 恵美子
 教室棟再建費用の約半分を提供し、金額は限度である一千万円近くに上る。しかし、教室棟はきれいというよりは、建物としての条件を保っているという感じだ。後日、青年海外協力隊員の写真と比べても、教室の中の机は古いと思った。日本の教室と比べてどうだと、話し合いに参加した子どもに聞かれても、私は答えづらいと感じた。
 日本に帰ってまず、知人に説明しようとしたが、口頭ではなかなか伝わらなくて、写真を見せながら状況を話した。コンクリートの建物で靴は履いたままである。見学する部屋はところどころ床に水が溜まっていたので、水をまいて掃除したようだった。トイレはその建物にはなくて、別の場所にある。教室の中には毛沢東やマルクスの顔を描いたものが貼ってあった。
岸 芙美子
 草の根無償資金協力で設立されたこの中学校は設立約7年とは思えないほど、日本の校舎とは違っていた。学校周辺は田んぼが広がり、約1,300名もの生徒が周辺に住んでいるとは思えなかった。1時間以上かけて登校する生徒もいるそうだ。4ケ所に分散していた中学校を統一して再建したことにおいて教師の質が強化・充実したとの説明があったが、生徒の様子は一体どのように変わったのだろうか。今回の視察時に19名の生徒が出迎えてくれた。彼らはいわゆる優等生のようでみな将来の夢を持ち元気に話してくれた。彼らのような生徒ばかりならば、この無償資金協力は彼らの将来、温県の将来に結びつく必要な協力だったかもしれない。しかし、一方で学校が遠くなったことや生徒人数が増えたこと等で容易に通えなくなった生徒がもしいるのならただ校舎を設立しただけでは何の問題解決にもならない。本来その点においても視察の際に質議するべきだが、熱列歓迎の彼らに尋ねることができなかった。
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