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□●□ ODAメールマガジン □●□ 2005年2月23日発行 第61号
 ODAメールマガジン第61号は、オーストリアから「復興から国造りへの協力へ-ボスニア・ヘルツェゴビナに対する日本の協力」、パプアニューギニアから「自然災害に対する緊急援助」と、東チモールから「JANARD(農業・農村開発NGO協議会)によるプロジェクト形成調査」をお届けします。

 近々のODA関連の番組のご紹介を1つ。
 2月26日放送のラジオ番組「中山秀征の愛してJAPAN!」(FM東京 9時30分~9時55分)では、インド洋・スマトラ島沖地震で緊急援助隊の一員として現地へ行った方に現地の状況と、日本に今後求められている援助について解説していただきます。  ■ 詳しくはこちら(政府広報オンライン「メディア別広報 ラジオ番組」)
   http://www.gov-online.go.jp/pr/media/radio/index.html(他のサイトヘ)

 ODAメールマガジンは、ODA政策や様々な情報をタイムリーにお届けします。また、外務省ホームページODAコーナーでは、新着情報を次々と更新しておりますので、是非ご覧下さい。

 なお、このODAメールマガジンでは、ODAの現場で働いている人々や実際にODAを視察した民間モニターの方々の生の声をお伝えしておりますので、本メルマガに掲載されている意見は執筆者個人の意見であり、政府の立場を示すものではありません。


 ◆ODAホームページ
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index.html

 また、このODAメールマガジンの内容について改善していきたいと考えておりますのでご意見・ご要望がありましたら、こちらからどうぞ。

 ◆ご意見・ご要望 Eメール:ご意見メール


 ○● トピックス ●○

 ○復興から国造りへの協力へ
  -ボスニア・ヘルツェゴビナに対する日本の協力
  (原稿執筆:在オーストリア日本大使館 バルカン班
   上田 晋 書記官)
 ○自然災害に対する緊急援助
  (原稿執筆:在パプアニューギニア日本大使館
   清水 俊二 書記官)
 ○JANARD(農業・農村開発NGO協議会)によるプロジェクト形成調査
  (原稿執筆:財団法人オイスカ OISCA-International(OISCA)
   高橋 径子 さん)
 ○[New!!]ODAホームページ新着情報




 ◇◆ 復興から国造りへの協力へ
    -ボスニア・ヘルツェゴビナに対する日本の協力  
(原稿執筆:在オーストリア日本大使館 バルカン班
 上田 晋 書記官) ◆◇ 


ボスニア・ヘルツェゴビナと聞いて皆さんが思い浮かべるのは、
1984年のサラエボ冬季オリンピックでしょうか、
それとも1990年代に起こったボスニア紛争でしょうか。

1992年から1995年まで、ボスニア・ヘルツェゴビナは3つの民族
(ボシュニャク人(ムスリム)、セルビア人、クロアチア人)
が争う紛争が起こりまた。

家を失った多くの人々が故郷を去り、難民になりました。
国土は荒廃し、かつて世界各国の選手が活躍したオリンピック会場も
破壊されました。

1995年11月、紛争当事者の間で和平合意が成立し
(和平交渉が行われた場所の名前から「デイトン合意」と呼ばれています)、
3年半に及ぶ紛争がようやく終わりました。

同時に国際社会では、この悲惨な紛争が再び起こらないよう、
ボスニア・ヘルツェゴビナの復興と平和構築に
協力していくことになりました。
日本は紛争中も国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など、
国際機関を通じた人道支援を行っていましたが、
紛争後もこのような国際社会の取り組みに参加し、
二国間経済協力を初めとする様々な協力を行ってきました。

私は当時、今と同じ在オーストリア日本大使館の館員として、
ボスニア・ヘルツェゴビナ復興のための日本の協力を
現場で支える機会に恵まれました。

私がこの国に紛争後初めて訪れたのは1996年の初めでしたが、
家や建物は壊され、道路は穴だらけという状況で、
協力のためのニーズはあちこちにあると感じました。

また、市民が他の民族の地域に行く自由もなく、平和が訪れたとはいえ、
紛争のために民族間にできた溝を埋めることの難しさを感じました。

そんな中、日本は様々な協力を行いましたが、
特に市民生活に必要なインフラの復旧に力を入れました。

病院の再建に必要な医療機材の供与や、
市民生活の足として必要なバスの供与はその一例です。
バスの供与については思い出があります。

供与を受けたサラエボ市交通公社がテレビCMを制作したのですが、
それは新品の供与されたバスを写し、そのバスに乗ってきた若者が
「これは日本が支援したみんなのバス。みんなで大事に使おう。」
と呼びかけるという内容でした。

現地のテレビでこれが放映されたのを見て、
私は「大事に使おう」という台詞に、この国の人たちの感謝の気持ちを感じ、
嬉しくなったことを覚えています。

今年ボスニア・ヘルツェゴビナはデイトン合意10周年を迎えます。
民族間の対立の溝が完全に埋まったわけではありませんが、
この10年で国内の復興は進み、サラエボの街を歩いても紛争の傷跡は
ほとんど見られなくなり、市民は国内を自由に移動できるようになりました。

しかし失業率が40%前後を記録するなど経済状態は悪く、
本当の意味で紛争から立ち直るためには、
まだまだしなければならないことがたくさんあります。

ボスニア・ヘルツェゴビナ政府は、
今後この国が経済困難を克服し自立した国家となるためには、
民間部門の成長により海外投資を増加させることが必要であり、
そのためには国内の体制や制度を整え、
インフラを整備する必要があると考えています。

政府はこの目標を達成するために様々な改革に取り組むとともに、
日本を含めた海外からの投資の増大に期待していますが、
改革のためのノウハウが十分あるとはいえない状況です。

このような状況を受け、日本政府の方針も紛争後の復興のための協力から、
ボスニア・ヘルツェゴビナが自立した国家になるための国造りへの協力へと
変わりつつあります。

日本大使館では昨年3月、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府との間で
政策対話を行い、今後の日本政府の協力の方針につき確認しました。
その上で、昨年秋から投資促進アドバイザーや援助調整専門家を派遣しています。

また、日本国内に西バルカン地域諸国に対して経済政策などに
関する提言を行う「西バルカン地域別支援委員会」も設置されました。

現在、大使館員として再び協力の現場にかかわっていますが、現地関係者からは
「日本はわが国に本当に必要な支援をしてくれている。」とか
「援助受け入れ国とともにプロジェクトを実施する日本の協力の
アプローチを評価している。」といった感謝の言葉を聞きます。

私は今後もこの国の人たちからこんな言葉が聞けるよう、 努力していきたいと思います。

また、このような日本政府の協力が、日本からの投資の拡大など
両国の関係の発展につながれば、私にとってこれ以上の喜びはありません。


 ◇◆ 自然災害に対する緊急援助  
(原稿執筆:在パプアニューギニア大使館
清水 俊二 書記官) ◆◇ 



昨年12月のインド洋津波災害の記憶も新しいところですが、
太平洋の楽園のイメージがあるここパプアニューギニア(PNG)でも
ニューギニア本島北部地域や日本人にはなじみ深い地名であるラバウルのある
ニューブリテン島などの島嶼部は火山が多く、地震も頻繁に発生しています。

1998年には、ニューギニア本島北部アイタペ沖合で発生した
地震による津波により2千人以上もの人命が失われる惨事がありました。

PNGではTSUNAMIが一般市民に定着しています。
また、ラバウルでは1994年に市を挟むヴァルカン火山と
タブルブル火山がほぼ同時に噴火し数メートルの火山灰が降り注ぎ、
住民約9万人が被災しました。

ラバウルでは未だに高さ2メートル程の火山灰が堆積したままのところもあり、
州の行政機能を他の都市へ移転するほどの被害です。

ODA(政府開発援助)には、病院や橋といった施設を建設するものや
専門家やボランティアといった人を派遣するものの他に
自然災害に対する緊急援助もあります。

到着の援助物資に喜ぶ関係者 到着の援助物資に喜ぶ関係者

このアイタペ津波災害に対しては30万米ドル(当時)の無償資金援助を
実施した他、医師や看護婦の派遣などを行いました。

ラバウルの火山噴火災害に対しては10万米ドル(当時)の無償資金援助の他、
火山専門家の派遣を行った他、閉鎖されたラバウル空港に替わる空港として
州内のトクア空港を約26億円の無償資金協力により整備し、
新ラバウル(トクア)空港として州の空の玄関口として機能させています。

テント設置実演(マダン州マダン) テント設置実演(マダン州マダン)

この他住民の福祉向上に欠かせないラジオ放送局を
約8億円の無償資金協力により新たに整備しました。

昨年もここPNGでは火山噴火、地震、洪水などによる自然災害が多く発生しました。

12月にはPNG政府から援助要請のあったニューギニア本島北部マダン州
マナム島の火山噴火災害に対し、テント、毛布、水タンクといった
約1100万円相当の緊急援助物資の支援を実施しました。

浄水器実演(マダン州マダン) 浄水器実演(マダン州マダン)

熱帯地方とはいえ、冷え込む夜もある中、
被災した赤ちゃんが支給された毛布に包まれているそうです。

マナム島の被災者は全島民約1万人、
着の身着のままで島から脱出し対岸のニューギニア本島に避難してきました。

緊急援助物資供与決定後、駐PNG山下大使は、
急遽現地入りしマダン州都マダン市で物資引渡式に臨みました。

援助物資目録の贈呈 援助物資目録の贈呈

多くの州政府関係者が見守る中、
山下大使は被災地での確実な援助物資の活用をお願いし、
被災地域選出のヒッキー国会議員が住民を代表して物資を受け取りました。

島民が避難している避難センターで引渡式を実施できないのが
もどかしいのですが、混乱の続く避難センターでは
身の危険があり致し方ないことであり、
PNG政府の調整能力に期待したところです。

引渡式では、ヒッキー国会議員から我が国の迅速なる災害援助に対する
感謝の言葉があり、日本政府及び納税者である日本国民に対して
心から感謝するとの表明がありました。

後日、PNG政府災害担当大臣からも感謝状が届きました。

引渡式後、被災現況等を照会する本使 引渡式後、被災現況等を照会する本使

緊急災害に対する援助は、被災地が真に何を必要としているか、
必要な物、人の手配をどのようにするかなど
一筋縄ではいかない面が多くありますが、
緊急事態であるからこそ被災国に対する我が国の姿勢が問われ、
迅速に実行することにより更なる友好関係が醸成されていくことになります。

PNGは先の第二次世界大戦の激戦地であったにも拘わらず、
我が国、日本人に対する感情は好意的です。

こんなところにも我が国ODAの成果が現れているのではないでしょうか。


 ◇◆ 東ティモールへプロジェクト形成調査  
(原稿執筆:財団法人オイスカ OISCA-International(OISCA)
    高橋 径子さん) ◆◇ 



JANARD(=農業・農村開発NGO協議会)のメンバーで、
先般、東ティモールへプロジェクト形成調査に出ました。
その成果の一部を皆様にもご紹介させていただきます。

(注) JANARD(農業・農村開発NGO協議会)とは:
農業・農村開発分野のNGOが参加して2000年に発足したネットワーク。
2001年度より外務省主催「分野別NGO研究会」を委託実施している。
今回の東ティモール現地調査は同研究会活動の一環として行われた。

<東ティモールの地形>

1月13日から27日まで2週間かけて東ティモールの国を駆け回りました。

東ティモールはオーストラリアの大陸棚の一部で、
4,000万年前からユーラシア・プレートとぶつかって隆起し始め、
400万年前から現在と似た形になったと言われています。

石灰岩が主成分。総面積15,000平方km(長野県程度)、
3,000メートル級の山が中央に走ります。
現在の人口約998,000人で年間3%の勢いで増え続けています。

国の北側は、山の側面に岩肌がもろ出ており、
35度以上の暑さ、乾燥が激しく、サボテンも見られるサバンナの様相。

逆に山を隔てた南側は、コーヒーのプランテーションが続き緑に覆われており、
雨季には集中豪雨に見舞われ道路もよく浸水します。
山道は整備されていないところが多く、学校まで馬で通う人たちもいます。
さすがに標高1,000メートルを超えると気温が下がり、
水浴びするのも我慢したくなるほどです。

<発見!>

たった2週間ではありましたが、いろんな発見がありました。

1) 高地のコミュニティーの"民土"が高い!

畑に混植することの効用を知っていて、
それが先祖代々受け継がれているのには驚き!

また、段々畑のエッジに草や木を生えさせて守っていたり、
水をいきわたらせるために竹で水道管を作っていたり、と、
いろんな工夫が感じられました。

これが同じ一本道を登ったり下ったりする間も、
一定の標高以上になると同じ現象が見られたのは、不思議でした。

また雨の日もかっぱをきて除草作業をしていたり、
農業のような生き物相手の仕事では日曜日でも作業をしていたり、と本当に勤勉。

40歳以上になると識字率が40%を下回るというデータもあり、
何よりも優先して子どもたちには教育を与えたいという要望も強くあります。
本当にインドネシアと闘ったの?と聞きたくなるほど、
温厚で穏やかな人々の姿がめにつきました。

2) コーヒー産業は頼みの綱?

コーヒー産業が東ティモールの経済にとって
重要な産業であることは確かですが、
コーヒーに頼りすぎている一面も感じられました。

必ずしもコーヒーが日常生活に根付いてる訳ではなく、
長い歴史の中で換金のための手段として位置づけられているように
思われるところもあり、ちょっともったいない気がしました。

第一次産品の状態で安く買われてしまう現実もあり、
コーヒーチェリーの段階からせめてパーチメントの段階まで加工して
売り出すことができれば、もっと付加価値がつけられるのに・・・
と思っていたら、その辺はさすが世界のピース・ウインズ、
コーヒーの加工技術の技術指導をコツコツとやっておられました。

コーヒー農園 コーヒー農園

3) お米がもっとおいしくなったらな~

南側では水田地帯も広がるのですが、
現地のお米がいまひとつおいしくなかった・・・。

インドネシアからおいしくて安いお米がどんどん入ってくるし、
中国からは現地米の半額のお米が入ってくる中で、
東ティモールの現地米はとても太刀打ちできないという状態です。
お米をはじめ、農業技術の向上が図られるといいですね・・・。

4) NGOの活動

Peace Winds Japan, PARC, OISCA, World Vision, CARE, SHARE等の
国際NGO、現地NGOは400以上の団体があるそうですが、
実質活動をしているのはその半分くらいとか。

日本で言うJANICのようなNGO Forumというネットワークが存在し、
その中にさらに女性問題、農業分野等のNGO同士が集まって
ネットワークが存在します。

NGO Forum 訪問 NGO Forum 訪問

JANARDは農業・農村開発分野のNGOのネットワークであるので、
農業のネットワークであるHASATIL(27のNGO、5つの農民グループより構成)
をたずねてお話を伺う機会を得ました。

代表のEgoさんは、パーマカルチャー推進派。
森づくり、土づくり、生物の多様性、等々のキーワードがたくさん出てきて、
大自然に対する考えたかには我々とも多くの共通点があり、
JANARDメンバーとの話は弾むばかり。

JANARDメンバーと旭大使 JANARDメンバーと旭大使

Egoさん自身はその思いを歌にしてCDアルバムを出しており、
学校をたずねては子供たちにも聞かせているとか。
一枚US$5で販売もしており、活動資金にあてています。

もっとも印象的だったのは、
「多くのドナーが寄付をしたいといってくださるが、
本当に自分たちの趣旨にあうお金しかいただかない」、
「国際NGOはいずれは去って行く人たち。現地の人々、
現地のNGOを育てていかなければならない」ということを
しっかりと言える人材があるということです。

これは皮肉ではなく、そのくらい誇りをもって活動をしているということの現れであり、思わずうれしくなりました。

5) 政府関係者の三種の神器?

2週間の間に、中央政府ならびに各地の行政機関を訪問し、
お話を伺いました。
現在東ティモールに必要なものとして、
みんなが揃いもそろって挙げていたものが、
 (1)Irrigation(灌漑設備)
 (2)Food security(食料保障)
 (3)Transportation(輸送・流通関連)
でした。
これについては、確かに必要だと納得する部分と、
問題があると思う部分と両方ありました。

6) ドナー関連

 "UN景気"もあり、本当に物価が高いのには驚きました。
 国連機関が出た後はどういうことになるのかな~という
 一抹の不安がありました。

 また、外国の援助がばらばらに入り方向性が定まらない部分もあるかなーと
 思いましたが、少なくとも大統領は、「農業で国を立てる」と
 おっしゃっているわけで、開発の方向性はその国自身で見出してほしい  と思う部分もありました。

<夢:こんな活動が求められているのではないかな?>

この2週間での発見にもとづき、いろんな条件を無視して、
「こんなことが求められているのでは?」というアイディアを羅列してみました。

1) 環境系
(1)植林(海も山も!)
 -農業のできる環境を取り戻す意味でも、
 現存の道路および政府開発援助で新設した道路を守っていく意味でも、
 植林は絶対に重要!

(2)環境教育
 -植林を実施していくことの重要性を訴える意味で、
 また植林に限らず、人間の生活を営んでいく上での環境を守っていくことの
 意義を伝えるための環境教育もセットで実施すべし!

(3)環境に関するvision sharingのためのワークショップの開催
 -現地の農業省等がすばらしいペーパーを書き上げている。

 国づくりの柱として環境関連の活動を充実させていくことの重要性を
 政策としてあげているので、それを国全体で共有するプロセスが
 あってもいいですよね?

(4)かまどづくり
 -山道を走っていると、大量に薪を売っている姿が目につきました。
 薪を最小限必要な量だけ使うような生活習慣をつくるために、
 かまどづくりはいいかもしれません。
 高地のほうではパン作りに使用していると思われる
 かまどがみられましたけどね。

(5)"水の使者"プロジェクト(=ハンドポンプ設置隊)
 -大規模な灌漑設備を作るだけが方法ではなく、
 2~3メートル掘ればすぐに水が出るというのが事実であれば
 (第2次調査にて実験予定)、 井戸掘りとハンドポンプの設置で各農家に
 水をいきわたらせることが可能ではないか?
 またこのプロジェクトも植林とセットにすることが必要です。

(6)日本の若者を対象にした東ティモール縦断ツアー
 -国づくりをしていこうとする東ティモールにて
 サバイバルの縦断ツアーを体験、開発の意味についてじっくり考え、
 学びの場とする企画ができるのでは?

2) 農民の能力開発系

(1)東ティモールのコーヒーブランドの確立
 *コーヒーのポテンシャルを高める=完全加工の技術
 *コーヒーグッズのお土産品開発(コーヒー染め、コーヒー繊維の紙など)
 *コーヒーに関する詳細調査

(2)東ティモールのおいしいお米ブランドの確立

(3)農場指導:ミニ・モデル農場を通じて
 -PWJがコーヒー農園の農民を対象に実施中。
 たったの1年ちょっと、ほんの少し土に手を加えるだけで、
 その一角が黒い土に変わっており(東ティモールは全体的に赤土が多い)、
 良質の野菜が採れていました。
 あのスタイルはいろいろなところで実施していいのではないでしょうか。

(4)山間部の花をDiliで販売
 -山間部ではグラジオラスをはじめ、鮮やかな色の花が
 たくさん咲いていました。
 それをDiliまで運ぶという発想がなく、
 (Diliまでは運べないものと信じ込んでいる節が感じられます)
 Diliではお墓にも造花が置かれている状況ですので、
 簡単な指導で実現可能なことのひとつだと思います。

(5)Indigenous Knowledgeの調査
 -東ティモールが昔から培ってきた知恵がたくさんあります。
 そういうものを学術的な側面から研究しレポートにまとめ、
 逆に東ティモールの人々に対して報告を行い、
 もっと自分達の国の文化に誇りを持ってもらう機会を作れたら  すばらしいと思います。

OISCA OBのコミュニティーファーム OISCA OBの
コミュニティーファーム

3) 文化交流系

(1)伝統的な織物であるタイスに芸術的なセンスを若干加え、
 国際的な価値のあるものに仕立て上げるお手伝い

(2)アイファリーナ・キャンペーン in Japan
 -キャッサバへの偏見をなくし、様々な食べ方で楽しむ方法を開発

(3)料理の仕方指導
 -ちょっとした工夫で栄養面の改善が図られる可能性が大きい。

(4)在日東ティモール大使館オープニングに協力
 -大使館のオープニングが計画されているようなので、
 そのオープニングに合わせて東ティモールキャンペーン等のイベントを
 通じて上記の(1)~(3)が実施可能。

(5)ケナフ工房の設立
 -環境教育の一環として紙漉き、染物等のワークショップの開催。

(6)HASATIL主催のExpoに出展、今後の活動を実施していく上での
 パートナーシップの構築を図る。

いろいろとアイディアは出ましたが、本調査団としての最優先事項は、
やはり植林であり環境教育と出てきました。
また実際にプロジェクトが動き出しましたら、
改めてご紹介させていただきます。


 ◇◆ [New!!] ODAホームページ新着情報 ◆◇ 

◆平成16年度 無償資金協力(入札結果等の公表)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2005/05t_9_1.html

◆月刊広報誌「国際協力プラザ」2005年 1月号

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2005/05t_9_2.html





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