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□●□ ODAメールマガジン □●□ 2005年2月8日発行 特別号VIII
 ODAメールマガジンはご登録者の皆様に「スリランカ国津波災害における緊急医療支援~一次隊からの報告~」「タイ津波災害国際緊急援助隊専門家チーム(消防関係)~専門家チーム長として参加して~」と、「インドネシア・スマトラ島沖巨大地震の緊急医療報告」をお届けします。

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 ◆ODAホームページ
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 ◆ご意見・ご要望 Eメール:ご意見メール


 ○● トピックス ●○

 ○スリランカ国津波災害における緊急医療支援
  ~一次隊からの報告~
  (原稿執筆:日本医科大学高度救命救急センター
        横田 裕行さん)
 ○タイ津波災害国際緊急援助隊専門家チーム(消防関係)
  ~専門家チーム長として参加して~
  (原稿執筆:総務省消防庁防災課広域応援対策官
        横山 忠弘さん)
 ○インドネシア・スマトラ島沖巨大地震の緊急医療報告
  (原稿執筆:札幌医科大学附属病院高度救命救急センター
        浅井 康文さん)
 ○[New!!]ODAホームページ新着情報




 ◇◆ スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告
    ~一次隊からの報告~  
(原稿執筆:日本医科大学高度救命救急センター 横田 裕行さん) ◆◇ 


スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真 写真提供:国際協力機構(JICA)
 2004年12月26日朝、スマトラ島沖でマグニチュード8.9の巨大地震が発生し東南アジア、インド、アフリカ沿岸に巨大津波が襲った。地震と津波の犠牲者は死者、行方不明あわせて29万人以上(2004年1月26日現在)という有史以来の大惨事となりました。

 日本政府が被災国の一つであるスリランカ国に国際協力機構(JICA))緊急医療支援チームの派遣を決定したのは同日の夜でした。同チームは中野勝一団長以下(尚、12月29日までは斎田団長)、医師4名、看護師7名、救急救命士2名を含む医療調整員4名、業務調整員4名の計20名で構成され、災害発生翌日の27日午前成田を出発しました。

1.診療開始までの経緯
 スリランカ国の首都コロンボにある国際空港に到着したのは12月27日、午後11時30分過ぎでしたが、空港は急遽帰国する外国人や災害の実情を取材する報道陣等で混雑していました。深夜にもかかわらず空港では福島啓史郎外務大臣政務官、須田明夫大使のお出迎えをいただきました。

 翌28日、午前9時30分に保健省を訪れ、同省から被害が甚大な東海岸アンパーラ(Ampariai)県での医療活動を要望されました。東海岸アンパーラ県まではコロンボから約350Kmの距離ですが、アクセスが悪く中央山岳地帯を通り、4WD車で10~14時間を要することを知りました。

 さらに、山岳地帯を通る国道は極めて凶暴な「野生の象」が出現するので夕方から閉鎖されるとのことで、私を含む先遣隊4名は国道を迂回しアンパーラ県に向かいました。結局、目的地の県都アンパーラ市に到着したのは28日午後11時半を過ぎていました。本隊は途中の古都Kandyで一泊し、翌日の29日アンパーラ市で先遣隊と合流することになりました。

 先遣隊は翌29日、県衛生局を訪問し、カルムナイ(Kalmurai)~サインタマルス(Sainthamaruthu)地区周辺の海岸線の被害が甚大であることが判明しました。アンパーラ市内から車で約1時間の距離にあるその地区周辺では海岸線に平行する国道に沿って多くの避難所が設けられていました。

 その一つにアルヒラール(Al-Hilal)小学校の避難所がありました。同地区は人口3.5万人で約3500人が死亡し、約2万人が被災していました。同避難所には約1500人(公式には4500人)の被災者が避難生活をしていました。

 また、同地区基幹病院の院長や避難所代表者はアルヒラール小学校で日本チームが診療活動をすることを熱望し、先遣隊は同避難所での診療所開設を決定しました。小学校の図書室を診療室とし、それに接する校庭にテントを設営し、30日から診療活動を開始することになりました。

スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真 スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真
写真提供:国際協力機構(JICA)

2.診療実績
 雨期に入った同地域の医療活動は洪水、ダニやナンキン虫に悩まされ続けました。それでも7日間(内1日は洪水で医療活動はできなかった)で生後2週間の新生児から92歳までの927名の傷病者を治療にあたりました。

 内訳は外傷279名(30.1%)、上気道感染症150名(16.1%)等で、診療活動の後半には全身倦怠感や、不眠、食欲不振など避難生活を強いられるがための疾患が増加する傾向がありました。しかしながら、コレラ、赤痢、マラリア、デング熱等の感染症はありませんでしたが、それはスリランカ国の保健衛生が元来良好であったことに大きな原因があると思われました。

 ちなみに同国の水道普及率は77%(都市部98%、農村部70%)、トイレ普及率94%(都市部97%、農村部93%)、三種混合ワクチン接種率98%、出生時平均余命(平均寿命)73歳、乳児死亡率17/1000出生です。

スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真 スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真
写真提供:国際協力機構(JICA)

3.二次隊要請の理由
 当チームは本年1月6日に二次隊と引き継ぎを行いましたが、二次隊要請の理由は以下のようなものでした。

1) 受診者数が増加傾向であったこと。
 昨年12月30日に診療を開始以来、その後受診患者数は徐々に増加傾向であった。また、多くの外傷患者は創部が化膿し、未だ治癒傾向を示す割合が少なく、治療継続の必要性があると判断されました。

2) 地域基幹病院の機能が不十分であったこと。
 当診療所より約2キロメートル北方に250床の地域の基幹病院である総合病院があったが、職員の多くが被災したために通常の2分の1~3分の1の医療スタッフで運営していました。しかも、通常のスタッフ数に回復する目途が全く立たないとする院長のコメントから、同病院の後方支援の性格を有する我々の診療活動は引き続き必要があると判断しました

 今回、日本政府、外務省、JICAの対応は極めて迅速で、我々は同国において最も早く医療支援活動を行ったチームとして極めて高い評価を受けました。しかし被害の大きさを考えると、医療支援はもちろん、あらゆる分野での中長期的支援が必要と考えます。災害は複数の国にまたがり、被災した人々の宗教や人種も様々です。また、国や地域により保健事情が異なり、支援活動に際しては国や地域の事情に則した方法を考慮することが重要と考えます。


 ◇◆ タイ津波災害国際緊急援助隊専門家チーム(消防関係)
    ~専門家チーム長として参加して~  
(原稿執筆:総務省消防庁防災課広域応援対策官 横山 忠弘さん) ◆◇ 


 国際緊急援助隊専門家チームは、昨年12月29日以降タイに派遣されていた救助チーム、航空(ヘリコプター)チームに続く、第3次の派遣隊として1月7日に成田空港を出発しました。7日夜バンコクに到着し、任務を終え帰国途上の救助チームから現地の状況について説明を受けた後、翌8日にプーケットに入り、活動中の航空チームと合流しました。

総合訓練:廃車からの要救助者確保
総合訓練:
廃車からの要救助者確保
写真提供:国際協力機構(JICA)
総合訓練:ボーカメを使用した検索
総合訓練:
ボーカメを使用した検索
写真提供:国際協力機構(JICA)

 現地での主な活動内容は、タイ政府(内務省)からの、今回の津波災害を教訓にタイとしても捜索・救助のスペシャリストを育成していきたい、ついては日本の捜索・救助の専門家から各種の機材を活用した捜索・救助技術を教えてもらいたいという要請を受けて、内務省の防災学校の幹部候補生に対し、派遣されていた消防の救助(レスキュー)隊員が捜索・救助技術の研修を行うというものでありました。

 研修は9日にスタートし、15日までの1週間行いました。研修内容は、ロープの結び方に始まり、チェーンソーやエンジンカッターを使った救助の方法、そして新潟中越地震の際の救出活動にも用いられたファイバースコープやボーカメなどの捜索機材の使い方など、限られた期間ながらできる限り日本の捜索・救助技術の伝授に努めたところです。

訓練 訓練
訓練
写真提供:国際協力機構(JICA)

 タイ側の研修生の毎日復習を欠かさぬ熱心な姿勢に、レスキュー隊員の指導も日に日に熱を帯び、最終日には、交通事故で破損した乗用車やがれきの下から、研修生がチームを組んで救出にあたるという総合訓練を行うまでとなりました。そして、研修に使用した各種の機材をタイ側に引き渡して、研修を終了しました。

 今回の活動を通じ感じたのは、タイでは今回未曾有の災害に見舞われ、その衝撃ももちろん大きいものがありましたが、なによりこの教訓を生かしていこうという強い姿勢でした。特に捜索・救助技術については、「津波によるがれきに埋もれた人に、なすすべがなかった。少しでも技術があればより多くの人を救出できたのに」という思いが多くの人の口から語られました。

内務省幹部への講義風景(ヘリチーム田中団長)
内務省幹部への講義風景
(ヘリチーム田中団長)
写真提供:国際協力機構(JICA)
修了証書授与
修了証書授与
写真提供:国際協力機構(JICA)

 こうした活動を終え、専門家チームは航空チームとともに20日帰国しました。短い期間ではありましたが、隊員一同、微力ながらタイにおける今後の捜索・救助技術の向上に貢献できたのではと思っております。また、引き続きこのような協力の機会があれば積極的に取り組みたいと考えております。


 ◇◆ インドネシア・スマトラ島沖巨大地震の緊急医療報告
 
(原稿執筆:札幌医科大学附属病院高度救命救急センター 浅井 康文さん) ◆◇ 


スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真
写真提供:国際協力機構(JICA)
●はじめに
 2004年12月26日にスマトラ島沖でおきた大地震に、国際緊急援助隊(JMTDR)医療チームの副団長としてインドネシアに派遣されましたので報告致します。

 今回の特徴は、津波による死者が15万人以上と日ごとにその死者数が増加していること、また最大の被災地であるバンダアチェへの医療派遣は最後になったことです。バンダアチェへの派遣が遅れた理由の一つはこの地域はインドネシア独立運動が盛んで、外国人立ち入り禁止地区であることでした。今回のミッションでは、ジャカルタから2名の警察官が24時間警備についてくれました。

●バンダアチェ市
 インドネシアは、海洋性熱帯気候に属し、雨期(10~3月)、乾期(4~9月)に区別されます。バンダアチェ市は、アチェ州の州都で、人口26万人で、そのうち津波で10万人以上が死亡しました。アチェ沿岸部で訓練や警備を行っていた海兵隊199人も、津波に巻き込まれ全員死亡しました。バンダアチェ中心部は海岸から数キロ内陸に入っていますが、地震と津波で壊滅的な被害を受け、歩道上には遺体袋にくるまれた死体が置かれたままで死臭が臭っていました。また見つからない家族の情報を求める張り紙が多数みられました。

●ミッション
 第1次先遣隊6名は、2004年12月30日にジャカルタに入り、2005年1月1日に、空路メダンよりアチェに入り、診療候補地のサッカー場にゆき、診療テントを建てました。周辺には、津波で被害を受けた民家が立ち並び、津波の現場から数キロメートルの場所でした。この時点で25,000人の遺体がまだ埋められていなく、毎日600体が土葬されていました。午後に二次隊16名と合流しました。

 滞在中に国連のHumanitarian Information Centerを訪問しました。この会議でバンダアチェより、7キロメートル離れた所で最初の麻疹の報告がありました。ユニセフで麻疹のワクチンが入手可能とのことでした。

●診療
 診療は1月2日より10日までの9日間おこなわれました。9日間の患者総数は1436人。男性患者は53%、女性46%でした(性別不明2%)。年令層は16~59歳が全体の63.7%を占め、15歳以下の小児は25.9%、60歳以上が9.1%でした。主な疾病(新患患者)は、外傷が約23%(再診患者を入れると30%)、その他は内科系および小児科でした。

 外傷以外の疾患の分類(新患患者)は上気道炎(風邪)、気管支炎、肺炎などの呼吸器疾患が疾患全体の31.5%、下痢が11.5%、皮膚疾患が9.8%、急性期ストレス障害をふくむ精神的疾患が15.7%でした。

スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真 スリランカ国津波災害における緊急医療支援一次隊からの報告 写真
写真提供:国際協力機構(JICA)

●考察
 現地は雨期にはいり、芝生で水はけが悪いため、雨が降ると土地がぬかるみ、診療後半3日間は豪雨のため、テント内にたまった水の処理、および患者、スタッフの歩道を確保することが大変でした。

 精神疾患面では、震災後の急性期ストレス障害と思われる不安、頭痛、食欲不振、手のしびれなどの症状の患者を加算すると、精神疾患患者の割合は15.7%であり、その数も日を増すことに増加傾向にありました。

 当初、イスラム文化を尊重し、女性患者の診察は女医が担当しましたが、患者数が増加して男性医師が女性も看ることになりましたが特に問題はありませんでした。但し、若い独身女性および婦人科疾患に関しては内科女医が診察しました。

 伝染性感染症による下痢患者は、診療期間中、認められませんでしたが、今後は、医療のみならず、一般市民に対する公衆衛生指導が必要だと思います。

●結語
 今回の緊急救援は、様々な不利な医療条件の中で、全般的には診療はスムーズに行え、津波に流されて外傷患者が非常に多いことが特徴でした。熱帯気候の雨季でかつ食住環境が厳しい中で、2名の看護師が感染性腸炎と過労で倒れ、これに余震も加わり厳しいミッションでした。しかし9日で1436人の患者を診療できたことは、参加したメンバーが一致団結し医療活動に励んだ結果と思われ、患者にも感謝されました。


 ◇◆ [New!!] ODAホームページ新着情報 ◆◇ 

◆政府開発援助に関する中期政策(2005年2月4日)(全文(PDF)・骨子)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2005/05t_7_1.htmlPDF
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/chuuki/koshi_050204.html

◆有償資金協力(平成16年度の交換公文締結日別)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/siryo_5_23.html

◆無償資金協力(平成16年度の交換公文締結日別)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/siryo_5_21.html

◆政府開発援助に関する中期政策(政府案)(2005年2月3日付)(PDF)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2005/05t_7_2.html

◆政府開発援助に関する中期政策(案)に関する意見募集の結果について(PDF)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/chuuki/pdfs/iken_kekka.pdf

◆日本NGO支援無償資金協力(平成16年度の交換公文締結日別)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/ngo_m17_01.html

◆政策評価法に基づく事前評価書(南アフリカ共和国)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2005/05t_7_3.html





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