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ODAメールマガジンバックナンバー


□●□ ODAメールマガジン □●□ 2004年12月8日発行 第56号
 ODAメールマガジンは第50号からODA民間モニターに参加した方のお話も含めた3話をご紹介しています。今回は、平成16年ODA民間モニター・東ティモール班から「自分達で行う国づくり」、イエメンから「ODA再認識~ある農村の給水計画を通じて」と、チェコから「欧州回帰に向けた日本の経済協力~チェコに対する日本の経済協力~」をお届けします。

 ODAメールマガジンは、ODA政策や様々な情報をタイムリーにお届けします。また、外務省ホームページODAコーナーでは、新着情報を次々と更新しておりますので、是非ご覧下さい。

 なお、このODAメールマガジンでは、ODAの現場で働いている人々や実際にODAを視察した民間モニターの方々の生の声をお伝えしておりますので、本メルマガに掲載されている意見は執筆者個人の意見であり、政府の立場を示すものではありません。


 ◆ODAホームページ
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index.html

 また、このODAメールマガジンの内容について改善していきたいと考えておりますのでご意見・ご要望がありましたら、こちらからどうぞ。

 ◆ご意見・ご要望 Eメール:ご意見メール


 ○● トピックス ●○

 ○自分達で行う国づくり
  (原稿執筆:平成16年度ODA民間モニター・東ティモール班
   小原 武次郎さん)
 ○ODA再認識~ある農村の給水計画を通じて
  (原稿執筆:在イエメン日本大使館 草の根外部委嘱員
   岩沢 久美子さん)
 ○欧州回帰に向けた日本の経済協力~チェコに対する日本の経済協力~
  (原稿執筆:在チェコ日本大使館 経済班
   有賀 康雄書記官)
 ○[New!!]ODAホームページ新着情報




 ◇◆ 自分達行う国づくり   
(原稿執筆:平成16年度ODA民間モニター東ティモール班
 小原 武次郎さん) ◆◇ 


 東ティモールは、1999年の騒乱から2002年の独立を経て、現在国づくりを始めたばかりの新しい国である。国連や諸外国の協力による復興支援の段階から、自力で国づくりを始める段階に入っているように感じた。しかし、まだまだ、絶対的貧困の国であることには違いがない。現在平和が維持され、99年の騒乱からの心の傷が少しずつふさがってきて、今、私は、自分達で国づくりをしているんだという「希望」みたいなものを東ティモールの住民から受け取ったように感じている。

 さて、今回のODAモニターで、日本の援助の様子を視察させてもらったが、どのプロジェクトもNGOや日本と東ティモールの住民をつなぐキーパーソンの存在が日本の援助の様子を見えやすくしているように感じた。特に、マウベシのコーヒー生産活動を通してコミュニティーづくりをしている伊藤さんやOISCAの新屋敷さんなど、国づくりは人づくり、コミュニティーづくりであると感じた。このような意味で日本の援助方法も大型プロジェクトや外交政策のためのODAから、日本の人々と世界の人々をつなぐNGOや市民活動を側面から支援するODAに転換していくべきだと感じた。

 もう一つ今回の視察で特徴的だったことは、ODAによって、「真実和解委員会」活動そのものへの支援がなされていたことである。この活動は、平和構築、紛争を解決するためにも大切な取り組みだと感じた。1999年の騒乱によって引き裂かれた東ティモールの人びと同士が、お互い持っている偏見や間違った情報を出し合うことによって、対立を解消し、平和構築を自分達の力で行っている点に東ティモールの国づくりが確かな歩みを始めていることを感じた。同時にその活動に我々のODAが使われている事に、誇りを持つことができた。

 最後に教育について簡単に感じたことを一言書き加えたいと思う。現在日本の子供たちは、たくさんの問題を抱えている反面、物質的には豊かである。ほしい参考書は買ってもらえるし、わからないところがあれば塾通いもできる。この国の子どもたちは、教科書は学校に備え付け、持って帰ることもできない。またわからない所を親に聞くこともできない。しかし、訪れたある小学校では、子ども達が一生懸命に先生の話を聞き、明るい表情だった。あくまで私の印象でしかないが、物がなく貧しい東ティモールの子どもたちの表情は、物が豊かな日本の子どもたちの表情と比べて、明るいように感じた。それぞれの国で抱える教育の問題は違うが、豊かさの中で見失ったものが日本の子ども達にはあるのではないかと感じた。今後も新たな歩みを始めた東ティモールの行方を見守っていきたい。


 ◇◆ ODA再認識~ある農村の給水計画を通じて
 
(原稿執筆:在イエメン日本大使館
 草の根外部委嘱員 岩沢久美子さん) ◆◇ 


 イエメン共和国は、アラビア半島の南西端に位置し、長く鎖国状態であったという歴史的背景から、古い伝統が現在も生き生きと残る非常に魅力的な国です。その一方、国民一人当たりのGNPは490ドル、道路、電気、水道といった基本的なインフラも未整備のアラビア半島唯一のLLDC(後発発展途上国)でもあります。

 日本はイエメンにおいて無償、技協、ノンプロ等様々な開発協力を行っていますが、「草の根・人間の安全保障無償資金協力(通称「草の根」)」を通じては、基礎教育、一次医療、水供給、環境を重点分野に小規模資金協力を実施しています。私が調査員として務めた約1年半の間にも多くの小規模プロジェクトが実施されましたが、中でも特に思い入れが深いのがサヌア州の農村給水計画です。当国は、降水量が少なく、近年の雨不足と人口増加(年率3.5%)から、水不足は最も深刻な問題の一つとなっており、特に農村部においては日々の飲料水の確保でさえ困難な状況にあります。同計画は、サヌア州の農村部5村において、小規模給水施設を建設したもので、全サイトを視察したことで当国農村部の現状を把握できたと共に、日本のODAを見直す上でも非常に良い機会でした。

 5サイトの一つネフム郡ホーラ・アル・オリア村は岩肌露な山の頂上に位置しており、村人は5月から8月にかけてわずかに降る雨水を利用して、山の斜面を切り開いて作った猫の額ほどの小さな農地においてトウモロコシ等を耕作して生計を立てている貧困農村です。

 同計画実施前には、村には飲料水となる水源が全くありませんでした。当国においては、飲料水の確保は女性の仕事であり、同村の女性は朝6時にロバと共に村を出発し、谷底の川まで片道3時間かけて水を汲みに下り、同じく3時間かけて村へ戻ることを日課としていました。村の戻る頃には既にお昼時で、女性はただちに汲んできた水を使って昼食を作り、午後には家畜の放牧を行い、仕事の合間を見つけて料理用の薪を拾いに行くのです。人手が足りない家庭においては、子供たちが水汲みの仕事を手伝います。これらの子供たちは当然ながら、学校に行く時間が無く、就学率の低下の原因になっていました。

 このような厳しい生活環境においても、彼らにとっては同村にある小さな農地が資産の全てであり、村を離れることは収入源を失うことを意味するため、簡単に村を離れることは出来ません。それでも近年、水不足による生活苦から、同村の世帯の約半数は、農地を捨て谷底に移住しています。これら移住した人々の多くは収入源を失い、やがて裸一貫で都市部に移住し、都市部における更なる人口過密と失業といった貧困の悪循環を生んでいます。

 同村におけるプロジェクトは、同村に貯水池を建設して、夏期の雨水を貯めて秋から春にかけての乾期に飲料水に利用するというものでした。工事の完工により、雨期の後も同貯水池から水が飲めるようになり、同村の生活環境は一変しました。まず、村の女性住民は一日6時間の水汲み重労働から開放されました。子供たちは学校に行けるようになり、谷底に移住していた世帯も徐々に村に戻り始めています。水が確保されたことで、村が息を吹き返し、正常な機能を取り戻しつつあります。また、同村の生活環境の向上は、長期的には農村から都市への人口移動に歯止めをかける大きな要因となり、当国全体の開発へとつながります。

 現在、ODAに関する様々な意見・批評があり、議論されて然るべき課題であると思います。しかし、上記のような計画を通じて得たODAに関する認識は、「少なくともイエメンの人々の生活環境は日本のODAを通じて確実に向上していることが重要である」ということです。これらの人々は、私たちが行うODAを巡る議論とは全くかけ離れた所で生活をしており、彼らにとってはその生活が全てであり、誰しもが自分たちの生活が少しでも改善することを願っているのです。遠い国の机上でODAが議論される中でしばし忘れられがちですが、開発事業が彼らのような生の人間の生活、更には生命を相手にしてお り、日本のODAはこれらの人々の生活環境改善を目的としているというODAの基本概念を忘れてはならないと思います。


 ◇◆ 欧州回帰に向けた日本の経済協力~チェコに対する日本の経済協力~  
(原稿執筆:在チェコ日本大使館 経済班 有賀康雄 書記官) ◆◇ 



 皆さんは、チェコという国と聞いてどんなことを想像されるでしょうか。綺麗なプラハ城を中心とした街並み、綺麗なボヘミアグラス、世界一と言われるピルスナービール、古くは体操のチャフラフスカといったイメージでしょうか、それとも旧ソ連が侵攻したプラハの春や冬の寒く暗い景色でしょうか。

 チェコという国は、1989年の「ビロード革命」によって共産政権が崩壊し、それ以来今年で15年、着実に議会制民主主義・市場経済の導入を始めとした取組を続け、「欧州回帰」という目標に向かって進んでいるとても元気のいい国です。今年の5月1日には「欧州回帰」の象徴的な出来事としてEU加盟を果たしましたが、普段はそれほどはしゃがないチェコの人達もその日の午前0時には旧市街広場でコンサートをしたり、花火を上げたりして、EU加盟・欧州回帰を心から喜んでいるように見受けられました。

 チェコは今年1つの大きな目標を達成したわけですが、「ビロード革命」当時から15年、日本はチェコに対してどのような経済協力をするのがこの国にとって良いことなのか、大きく分けて2つの目標を持ってきました。

 1つは、環境保全への支援です。チェコは旧共産体制下における重工業重点の経済開発等が行われており、大気汚染が深刻な社会問題でした。このため、日本政府は環境保全支援の目的の一環として、例えば廃棄物処理や大気保全等の専門家の派遣を通じて、チェコの職員への指導などの協力を行ってきています。こうした取組もあって、チェコでは今や温暖化ガスで比較すると1990年と比べ約20%も減少しているのです。この温室ガスの余剰枠というのは京都議定書が発効すれば、日本や欧州各国が競って取引をするのではないかとも言われています。こうしたこの国の劇的な環境改善の陰には日本の協力もあったのです。

 2つ目は、市場経済への移行支援等の投資環境の整備です。チェコを始めとした中東欧諸国の「欧州回帰」には、どうしても民主化と共に市場経済への移行を進めていく必要がありました。また、「ビロード革命」時において、西欧諸国との経済格差が大きかったチェコは、外国資本の投資を進めることによる経済成長を進める必要があったのです。このため、日本政府はこうしたチェコ政府からの要望に応える形で、専門家の派遣等を行い、どのような経済環境、投資環境を整えれば外国資本を多く呼び込めるかということ等をチェコ政府等に対して指導を行ってきています。

 2004年までの過去7年間に渡るこうした投資環境の専門家を通じた協力の結果もあって、外国資本は日本企業に限っただけでも、54社から144社(2004年11月現在)に急激に増加し、人口1人当たりで見た投資額は4020ユーロと中・東欧諸国の中で首位になるほどになりました。まさしく経済協力の顕著な成功例として、チェコ側政府関係者からは首相、副首相、チェコ投資庁長官を始めとする要人の方々からの本協力に関する感謝が絶えません。こうした取組は、経済関係だけでなく、2国間の関係の良化に大いに役立っています。

 この9月に帰任された中嶋専門家の送別会には、チェコ側政府の要人も参加しこれまでの絶大な協力に対し感謝を示しました。

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 今後はこうした成功例を参考に、同様の取組を欧州の他の地域にも拡げていこうとすることが期待されています。


 ◇◆ [New!!] ODAホームページ新着情報 ◆◇ 

◆国際協力50周年記念事業・関連事業カレンダー(更新)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/annai/50/ calendar.html

◆日本NGO支援無償資金協力(平成16年度の交換公文締結日別)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/ngo_m16_11.html

◆政府開発援助に関する中期政策(案)に関する意見募集について

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/chuuki/iken_boshu.html

◆開発教育/国際理解教育授業実践プログラムアドバイザーの募集

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/edu/adviser/pa_boshu.html

◆平成16年度ODA民間モニター報告書の提出(第II期派遣)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2004/0456_1.html

◆政府開発援助に関する中期政策(案)公聴会の開催について

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/chuuki/kochokai.html

◆月刊広報誌「国際協力プラザ」2004年11月号

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/2004/0456_2.html





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