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□●□ ODAメールマガジン □●□ 2004年2月12日発行 第36号
 東京でも梅の花が咲き始めて、春の気配を感じるこの頃です。さて、今回のメルマガでは、中国から「-日中環境協力の現場から-『二度目の挑戦』」とベトナムから「ベトナムで生まれた双子」の2話をお届けします。

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 ○● トピックス ●○

 ○-日中環境協力の現場から-「二度目の挑戦」
  (原稿執筆: JICA専門家(日中友好環境保全センター派遣
    小柳 秀明さん))
 ○ベトナムで生まれた双子
  (原稿執筆: 在ベトナム 青年海外協力隊員
  (配属先:ベトナム ゲアン省イエンタイン郡ヘルスセンター)
    海老原 ゆかりさん)
 ○[New!!]ODAホームページ新着情報



 ◇◆ -日中環境協力の現場から-「二度目の挑戦」  
(原稿執筆: JICA専門家(日中友好環境保全センター派遣)
小柳 秀明さん) ◆◇ 


中国でやり残したこと

貴陽市内の製鉄工場(大気汚染がひどい例)
貴陽市内の製鉄工場
(大気汚染がひどい例)
 私が中国にJICAの専門家として赴任するのはこれが2回目です。1回目は1997年9月から2001年1月までの間、北京にある日中友好環境保全センター(以下、「日中センター」と略称)に、JICA技術協力プロジェクトの専門家として赴任しました。この時の仕事は主として日中センター職員のキャパシティ・ビルディング(能力建設)を行うものでありました。私が在任した3年半の期間を含め計5年間の日本の協力を経て、1996年に誕生した日中センターでは、基礎能力(センターとして備えるべき基本的な技術、調査研究、政策立案等の能力)をつけ、職員も育ち、環境分野において中国を代表する機関の一つになるまで成長しました。その協力の実績を評価され、今井千郎リーダー(JICA国際協力専門員)及び私は、中国政府から外国人専門家に贈られる最高の賞である国家友誼奨を受賞する栄誉に恵まれました。

 しかし、当時、私は協力の現場に立ちながら内心忸怩たる思いがありました。即ち、私は果たして自分の実力で、自分の持てる能力をもって仕事を進めてきたのだろうかという疑問でありました。ただ単に日本政府が投じた集中的な投入の上に立っていただけではないか、そのようなバックアップがあったからうまくいったのではないか、私でなくても誰でもよかったのではないかという素朴な疑問でありました。そして帰国して2年後、私は自分で納得できる答えを見つけるため再び中国の地に戻ってきました。

地方への協力を展開する

重慶市内の工場から長江へ流れ出す汚染水
重慶市内の工場から長江へ流れ出す汚染水
 二度目は、JICAの個別派遣専門家として赴任しました。先に従事した技術協力プロジェクトが複数の長期及び短期専門家群によるチーム編成のほか、機材の供与、訪日研修員の派遣等といった相手側へ与える多くの「飴」を有するのに対し、個別派遣専門家は、現場でほぼ一人で対処しなければならず、その真の実力が試される仕事であると言っても過言ではありません。私の第一の主たる仕事は「環境モデル都市構想の推進」、即ち、日中両国総理間で合意された21世紀に向けた日中環境協力構想の二本柱の一つで、日中両国の協力により、「貴陽」、「重慶」及び「大連」の3つの日中友好環境モデル都市において集中的な環境対策を行い、環境改善を進めていこうという構想に対する協力でありました。日本政府はこれらの都市に対し合計約300億円以上の円借款を決定しました。私の役割はこの円借款による協力とは別に、技術協力専門家として3つの都市の環境対処能力を向上させるためのソフト面で協力を行うというものでありました。

三つの任務

 第二番目の仕事は引き続き日中センターで展開されている技術協力プロジェクト(フェーズIII)の支援でありました。このプロジェクトは、大気汚染対策領域、環境管理能力形成領域、化学物質対策領域及び西部大開発対応領域の4つの大きな領域で協力を展開していましたが、環境管理能力形成領域の専門家が不在であることから私がこの領域の指導を支援することになりました。

 第三番目は、日中間で展開されている様々な環境協力を側面支援する仕事でありました。現場では「水平協力」と呼ばれ、基本は、日中センターや中国国家環境保護総局とJICA、環境省、外務省等日本の関係機関との間の協力が円滑に進むよう支援するものでありましたが、事情が許す限り更に協力対象を拡げて、中国のその他の機関、大学や地方政府等と日本の大学や民間団体、NGO等との間の協力の支援や橋渡しも行っていました。

この一年を振り返ってみて

撫順市内の石油化学工場にて
撫順市内の石油化学工場にて
 2003年3月末の赴任3日後から地方回りを開始しましたが、一人で出向く出張先での慣れない相手と一からの協力関係の立ち上げには、予想はしていたものの壁は厚く、そして高かったです。初対面で「あなたは一体何をしてくれるの?」といわんばかりの目で見つめられて対峙する時には、見知らぬ玄関先に飛び込む新人セールスマンのような心境だったことを昨日のことのように思い出します。また、過大な協力の要求をいきなり突きつけられることもしばしばありました。旅先で日本では経験したことのない急性胃炎を3回も起こし、現地の怪しげな医者の世話にもなりました。もう来たくないと思ったことも一度や二度ではありません。そんな思いを重ねながら、またSARS流行にもかかわらず、この10か月間に延べ26週ひたすら「貴陽」はじめ各地に足を運びました。帰りの切符は買わずに出向きました。そのトータルの移動距離は約8万キロ、地球を2周近く回った計算になります。時を経るに連れ、一部の地方のカウンターパートからは私がその土地にいるのがごく自然に映るようになってきました。また、少しずつではありますがあちこちから、来てくれ、力を貸してくれと声をかけられるようにもなってきました。

 24時間電源を切ることのない携帯電話が鳴り、「小柳さん、今度はどこにいるのですか?」と尋ねられる時、この国に根付き始めている自分を感じることが出来るのでありました。


 ◇◆ ベトナムで生まれた双子  
(原稿執筆: 在ベトナム 青年海外協力隊員
海老原 ゆかりさん) ◆◇ 


 私は、平成14年4月から青年海外協力隊員としてベトナムに助産師として赴任しました。日本とあらゆる状況や環境の異なるベトナムで、正にゼロから全てを始める経験に最初は戸惑いの日々でした。想像を絶する湿度と屋内空調の無い生活に慣れず、ある日などは、室内に敷いた竹編みのマットに生えたカビで体調を崩す事もありました。仕事の上でも、看護婦と患者、または医師との関係が日本とは大きく異なり、まず状況を理解することから仕事を始めなければなりませんでした。

 7月からある双子の男の子を受け持つこととなりました。双子は2100gと1600gという未熟児で生まれ、一方の男児は呼吸状態が悪く酸素吸入が必要な状態でした。しかし、医師からの指示はほとんど無く、同僚のスタッフに対して「今、酸素が必要だよ。」、「ミルクは何cc飲ませたほうがいい。」といった助言をしながらの看護が続きました。家族からは再三にわたり、「どうなんだ?」、「大丈夫なのか?」と問いかけられ、様々なストレスに、時には家族に対してぶっきら棒な応対をしてしまったこともありました。数日後、看護のかいあって、双子は無事保育器を出て、母親から母乳を飲むことが出来るようになりました。その時、家人がベトナム語で話しかけました。「nho chi」。意味の解らない私に、同じ言葉を手のひらに書いて見せてくれました。それでも意味が理解できず、その場を離れたが、後で気になり辞書を引きました。「nho chi」、「あなたのお陰です。」。それまで疲れとストレスとで人と関わることを避けていた自分が恥しくなりました。数日後、双子は母親に抱かれ、元気に退院して行きました。その双子の名前は“Viet”君と“Nhat”君。“ベトナム”と“日本”と名付けられた双子とその家族は、私にとってもかけがえのない家族となりました。

 日・ベトナム国交樹立30周年の年に生まれた、“Viet”君と“Nhat”君は、今まさに人生の第一歩を踏み出し、温かな家族に見守られながら、二人力をあわせて元気に育って行くと思うと、楽しみでなりません。そして、日本とベトナムの関係も、国際協力を通して、共に苦しみ、助け合い、微笑みあいながら更に大きな友情を育む日も近いと確信します。日本とベトナムと名付けられた双子の明るい未来に心を馳せます。


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◆無償資金協力(入札結果等の公表)

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◆無償資金協力 (平成15年度の交換公文締結日別)

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◆月刊広報誌「国際協力プラザ」 2003年12月号

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