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□●□ ODAメールマガジン □●□ 2004年1月15日発行 第34号
 穏やかな年明けとなりましたが、本年も皆様に取りましても良いお年になりますようお祈り申し上げます。また、本年もODAメールマガジンのご購読をよろしくお願い申し上げます。さて、今回のメルマガでは、南東アジアに位置するカンボジアから『日本とカンボジアの「心と心の関係」~着実な発展への支援に向けて~』と、中南米に位置するボリビアから「僕の夢の学校ができたよ!」の2話をお届けします。

 ODAメールマガジンは、ODA政策や様々な情報をタイムリーにお届けします。また、外務省ホームページODAコーナーでは、新着情報を続々と更新しておりますので、是非ご覧下さい。

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 ○● トピックス ●○

 ○日本とカンボジアの「心と心の関係」~着実な発展への支援に向けて~
  (原稿執筆: 在カンボジア日本大使館 専門調査員 花園 千波さん)
 ○僕の夢の学校ができたよ!
  (原稿執筆: 在ボリビア日本大使館 二等書記官 桃井 拓真さん)
 ○[New!!]ODAホームページ新着情報



 ◇◆ 日本とカンボジアの「心と心の関係」~着実な発展への支援に向けて~  
(原稿執筆: 在カンボジア日本大使館 専門調査員
花園 千波さん) ◆◇ 


写真  日本の約半分の国土に、約1300万人が住んでいるカンボジア王国。インドシナ半島の南部に位置し、国の中央をメコン川がゆったりと流れ、隣接するベトナム、ラオス、タイ国境は山地となっており、国全体が大きな盆地状を形成しています。また北西部には巨大なトンレサップ湖があり、メコン水系に開けた土壌と水資源に恵まれた農業国、それがカンボジアです。

 このように地形で見ると、カンボジアはとても豊かな国なのですが、実状は1人当たりのGNPをみても約270ドルと、近隣の東南アジア諸国と比べてもかなり低いのが現状です。地方へ視察に行くと、電気も水もなく、下痢や結核で死亡する大勢の人々がいて、胸に迫るような光景に度々接します。この背景には、主にカンボジアのこれまでの苦渋の歴史があります。カンボジアは1887年に仏領インドシナに編入されてから、1945年に日本軍がフランス勢力を武装解除するまで、フランスの統治下におかれました。53年に完全な独立を果たしてからも、70年代以降の30年にも及ぶ紛争と混乱で、国土は荒廃。ポルポト時代の約200万人とも言われる大量虐殺や内戦の影響等で、国土だけでなく国家のシステム並びに人材が徹底的に破壊されました。また、内戦の際に敷設された地雷は推定400~600万個とも言われ、全てを除去するには少なくとも400年以上はかかると言われおり、国の発展を大きく妨げています。

写真  復興が本格化してからまだ数年のカンボジアで働いていると、カンボジア人と一緒に「国を造っている」という意気込みになります。カンボジア人は本来、微笑みに満ちた穏やかな国民です。けれど、現場にいるとその微笑みには影があるように思える時があります。何事を始めるにも、まずお互いの「信頼関係の構築」が必要ですが、カンボジアでは、ほとんどの人が強制労働経験者か身内の誰かをポルポト時代に殺されたことがあるため、その影響からか「人を信用する、信用される」という人間の絆の根本ともいえるところで壁があるように思われます。相互の信頼は、協力・支援していくにあたっての基礎です。これは他の開発途上国における現場での協力とは同じ土台では語れない一面ではないでしょうか。

 カンボジアには大使館員、JICA職員、専門家、シニアボランティア、青年海外協力隊員、商社やNGO等大勢の日本人がいて、カンボジアを多岐の分野から支援しています。そして個々人は、一生懸命にそれぞれの持ち場でカンボジア人と一緒にがんばっています。カンボジアの発展に日本が大きな役割を果たしており、このような日本の支援に対して、多くのカンボジア人から日本への感謝の言葉が日々寄せられます。

 少し思い返しても、緊急援助で支援したお米を届けた時には、年輩の村の女性が駆け寄ってこられて、「このお米が届かなければ、明日は何も食べるものがありませんでした。日本のみなさんに感謝します。」と涙ぐみながら感謝の言葉を述べたこともありました。草の根無償資協力で支援した学校では、これまで学校に行けなかった大勢の子ども達が、新しい校舎の中で目を輝かして勉強しています。他にもカンボジア人の誇りであるアンコール遺跡群の遺跡修復支援や日本の無償資金協力で建設された架橋「日本橋」と「きずな橋」は、カンボジア紙幣や切手の図柄としても大きく取り上げらていること等、カンボジアの日本への感謝の気持ちは随所に伺われます。日本の支援は物理的なものだけでなく、精神的な面でも、様々な形でカンボジアの安定と復興を支援しています。

写真  昨年は、「日本・カンボジア外交関係樹立50周年記念行事」が行われました。カンボジアは、「この年をカンボジア人がこれまでの日本の様々な支援を振り返り、改めて感謝する機会にしよう!」と国をあげて協力してくれました。これは日本がここで築いてきた何よりの友好の証だと思います。今後ともこの友好、信頼関係を維持し発展させていくことが重要です。

 カンボジアは現在、困難な状況の中で懸命に諸改革を進めています。問題は山積みですが、日本は一歩一歩着実に歩み続けるカンボジアを支え、助走、さらに離陸に向けて応援しています。私も日本国民の一人として、少しでもカンボジアの国造りに役立つよう頑張っていきたいと思います。


 ◇◆ 僕の夢の学校ができたよ!  
(原稿執筆: 在ボリビア日本大使館 二等書記官 桃井 拓真さん) ◆◇ 


写真 ・富士山と同じ高さにある首都ラパス

 ボリビアの首都ラパスは、富士山とほぼ同じ高さの約3,700mに位置しています。そのため、酸素濃度は、平地の65%程度しかありません。大抵の人は、階段を駆け上るだけでも「ハー、ハー」と息が切れることになります。これは、非常に良い高地トレーニングと自分を納得させるしかありません。そんなラパスの街は、丁度、砂山の崖に囲まれたお椀状の地形の中にあるので、雨が降ると崖崩れなどの自然災害が頻繁に起こります。

・2003年1月の洪水

写真  2003年1月21日にラパス市を襲った大雨による洪水は、死者4名を出す惨事となりました。市内の小学校は老朽化が進んでいたため、早速サイト調査を行うと、多くの学校で大きな被害が見受けられました。崖の近くに立つ学校では、崩れた崖の一部が校舎にのしかかって、非常に危険な状態でしたし、1960年代に建設された古い学校では雨漏りが激しく、床下浸水も深刻でした。木製の床はすでにたっぷりと雨を吸い込んでおり、真っ暗な教室に入ると強い腐敗臭が漂っていました。窓の外を見ると、子供達は、机と椅子を校庭に出して授業を受けていました。校長先生は、「これで雨が降ると、学校を休みにしなければならない。」と訴えかけてきました。
 在ボリビア大使館では、ラパス市や学校の先生達と十分に話し合い、彼らのニーズを聴取しました。その結果、単に屋根や床の改修を行うだけでなく、非衛生的な環境にあるトイレの整備や教室への蛍光灯の設置導入を含めた総合的な援助計画を策定し、草の根・人間の安全保障無償資金協力を通じ援助することになりました。

・ラパス市での暴動

 小学校の修復工事が進行中の2003年10月には、ボリビア産天然ガスの輸出先を巡る問題を契機として、ラパス市及びエルアルト市を中心に先住民を中心とした民衆による反政府運動が暴動に発展しました。その結果、道路封鎖をやめさせようとする軍隊と住民が衝突し、80人以上の死者を出す大惨事となりました。結局、暴動は、大統領が辞任し、副大統領が大統領に就任することで収拾をみましたが、その後、首都ラパスの中にはどことなく疲弊し、停滞した雰囲気が漂っていました。修復した小学校の落成式が行われたのは、そのような状況下でありました。

・小学校の落成式

写真  2003年10月22日、暴動終結から1週間後、草の根・人間の安全保障無償資金協力で供与されたラパス市の小学校11校のうちの1校の落成式が行われました。その小学校は、暴動で多数の死者が出た現場から1キロと離れていません。佐々木大使が小学校を訪問すると、ラパス市長を始めとして、教員、生徒達の父親、母親が出迎えてくれました。子供たちが精一杯大きな声で「BOLIVIA Y JAPONUN SOLO CORAZON:ボリビアと日本の心は一つ!」と次々に叫び歓迎してくれます。佐々木大使は、「どんなに苦しい時でも、教育にだけは、力を注がなければなりません。」と挨拶し、人々に感銘を与えました。ラパス市長も「ボリビアを助けてくれる遠く離れた日本の国民の皆さんに感謝しましょう。ありがとう、日本。」と繰り返し感謝の念を表明していました。修復された教室は、屋根と床板が新しく張り替えられ、蛍光灯も設置され、見違えるような教室になりました。また、新たに水洗便所が設置され、衛生的な環境になりました。式典では、詩の朗読や住民の踊りが披露され、お祭りムードになりました。そして、暗い表情であった住民にも明るい表情が蘇ってきました。

・マルタさんの言葉

写真  小学校の落成式には、多くの母親や父親が参加していましたが、そのうちの一人のチョリータ(伝統的な服装を着る先住民)のマルタさんにインタビューを行うと彼女は、山高帽をかぶった日焼けした顔で、「以前は、学校は本当に悲惨な状態だったけれども、こんなにきれいな教室になったので、子供を安心して学校に預けられるわ。」と答えてくれました。

・「僕の夢の学校ができたよ!」

 また、式典の中で、生徒の一人が、工作で作ったという小さな学校の模型を大使にプレゼントしてくれました。段ボールの切れ端と発砲スチロールで作った学校には、校庭と教室があり、中央には、丁寧にも小さなボリビア国旗が掲げられていました。彼は、小さな体をふくらませるようにして、「やっと、僕の夢の学校ができたよ!」と言ってその学校の模型を前に差し出しました。なんだか、じーんと来て、いつもより、ラパスの空気が濃く感じられました。

写真 写真


・姉からのメール

 そんな顛末を日本で小学校の教諭をしている私の姉にメールすると、次のような返信のメールが来ました。
 「日本の小学生は、ボリビアの子供達が持っている学ぶことの感激から、程遠いところにいるように思える。物質的には豊かになった反面、失ってしまった心について考えさせられました。」
 このことは、私自身にも当てはまるようであり、ふと考えさせられてしまいました。


 ◇◆ [New!!] ODAホームページ新着情報 ◆◇ 

◆イラク復興支援の無償資金協力に関する説明会

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/chiiki/iraq/mushou.html

◆イラク復興支援のための二国間無償資金協力に関する実施要領

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/chiiki/iraq/iraq_jy.html

◆平成16年度外務省ODA予算(政府案)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/yosan/yosan04/index.html


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