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□●□ ODAメールマガジン □●□ 2003年1月17日発行 第11号
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 ○● トピックス ●○

 ○ニカラグア国グラナダ県におけるデング熱予防活動
 (ニカラグア国グラナダ地域保健強化プロジェクト
  地域保健分野長期専門家 高木 史江)
 ○東ティモール便り~国造りの現場から 第7話「紅炎の燃える果て」
 (在東ティモール日本大使館 福島 秀夫)
 ○[New!!]ODAホームページ新着情報



 ◇◆ ニカラグア国グラナダ県におけるデング熱予防活動
ニカラグア国グラナダ地域保健強化プロジェクト    
地域保健分野長期専門家 高木 史江 ◆◇ 


 世界保健機関では、世界で10億人以上の人々がデング熱の脅威のもとに暮らし、年間数百万人の患者発生と数万人単位の死亡があると推定しています。流行はこの10年間で拡大傾向にあり、特に中南米はデング熱流行地域のひとつとして警戒されています。
 ニカラグアは中米にあり、面積は日本の約3分の1で北海道と九州をあわせたくらいですが、中米5ヵ国では最も広い国です。湖や火山の多い太平洋岸、山がちな中央山岳部、広大な熱帯雨林を有するカリブ海低地に分かれ、バラエティに富んだ自然環境を造っています。人口は520万人で、主な宗教はカトリック、公用語はスペイン語です。10年にわたって続いた内戦が1990年に終結した後、国際機関や世界各国からたくさんの援助が行われていますが、一人当たりの国民総生産(GNP)は410ドルにすぎません。乳児死亡率、5歳未満児死亡率などの保健指標をみると、中米の平均より低い保健水準にあることがわかります。そのため、保健に関する多くの援助が行われています。地域保健の分野では、17の県、自治州で各国が分担して協力しています。
 1998年6月、日本の無償資金協力で人口18万人のグラナダ県に日本ニカラグア友好病院が建設されました。2000年12月からは、母と子の健康を改善するために、グラナダ県の地域保健サービスの向上を目指すプロジェクトが展開されています。4年間の予定で、現在ちょうど折り返しにあたります。
 ニカラグア国では、子どもの健康を脅かす疾患として、特にこの2年間、デング熱の流行が深刻な問題になっています。昨年グラナダ県は流行県のひとつにあげられました。デング熱は熱帯シマ蚊に刺されることによって感染するウイルス性疾患で、発熱と全身の疼痛を特徴とします。その多くは自然に回復しますが、デング出血熱を合併すると出血傾向やショック症状などで死に至ることがあり、特に小児で重症化する傾向にあります。雨季の10月には小児の重症患者が増加し、ニカラグア国でも連日テレビ、ラジオ、新聞で深刻な状況がとりあげられていました。
 デング熱のワクチンや特効薬はなく、治療は対症療法のみですから、予防対策が重要です。予防対策プログラムには、日常の衛生教育、学校教育、蚊対策、清潔な水を保存使用するなどの水対策、症状の早期発見、正確な資料に基づいた疫学調査、臨床診断の向上と適切な治療法の普及、検査室診断レベルの向上などの多岐にわたる取り組みが必要です。プロジェクトでは、医療従事者の研修、殺虫剤噴霧器の供与、発生地域を分析するための地図の供与などを支援しました。しかし、プロジェクトが最も重点をおいて支援しているのは、住民参加が必要な地域レベルでの取り組みです。
 デング熱の感染はヒト→蚊→ヒトの感染経路をとり、ヒト→ヒトの直接感染はありませんから、蚊を減らし、デング熱ウイルスを持つ蚊に刺されないようにすることで、デング熱の感染からまぬがれることができます。熱帯シマ蚊は、水がめ、たまり水、花瓶の中の水などの人の生活圏内で繁殖するので、都市部に発生する傾向があります。プロジェクトでは、地域住民啓発用のデング熱予防のオリジナルビデオや替え歌で、住民が楽しく学べるようにし、ラジオやテレビを使った効果的な広報活動を行い、学校でのデング熱予防クラスや保健ボランティアの研修を実施しました。
 今年第41週までに確定診断されたデング熱とデング出血熱は、ニカラグア国全体で1195症例、103症例と昨年同時期の1496症例、226症例よりも流行は抑えられていますが、県別にみると昨年よりも症例が増加している県があります。グラナダ県はデング熱25症例、デング出血熱6症例と昨年の4分の1、3分の1に減少しており、罹患率は隣県よりも低くなりました。地道な活動は着実に成果をあげています。プロジェクトでは今後も住民とともにデング熱に取り組む活動を支援し続けていきます。


 ◇◆ 東ティモール便り~国造りの現場から 第7話 「紅炎の燃える果て」 
在東ティモール日本大使館 福島 秀夫 ◆◇ 


 紅い炎が白壁をなめた後は、邪悪な暗雲が湧くような黒い煤の跡が残ります。そんな焦げ跡が生々しい、ほぼ全焼したスーパーマーケットの焼け跡を私は見ていました。3年前に焦土の騒乱を経験したこの街に来てから、そんな廃墟は至る所で見てきました。だけど数日前の焼き討ちから間もない生々しい傷跡を目の当たりにするのは初めてです。暴力の爪痕の酷さに息を呑みながら、静かな虚しさと寂しさがこみ上げてくるようです。こういうことは独立とともにもう終わりにしようとこの国の人たちは誓ったはずでした。民主主義とは対話であり暴力からは何も生まれないと。どうすれば心に燻る怨嗟の炎を鎮めることができるのでしょうか。「インドネシアも出ていったのに、何でまだ同じチモール人同士で争ってるんだ。」そう言って泣いていた大使館の年輩運転手が哀れです。

 12月4日の首都ディリでの暴動は時間的には1日と短いものでしたが、我々関係者にとっては少なからぬ衝撃でした。元々わずか500人ほどの学生の抗議行動が発端でしたが、これらの群衆は数時間で2000人以上に膨れ上がって暴徒化しました。まだ経験の浅い警官隊の威嚇射撃は暴徒を興奮させるのみで、さらに商店・ホテルの焼き討ち、投石、略奪などが行われました。あろうことか首相の私邸やモスクまで焼かれてしまいました。死者が2人で済んだのは幸運だったかもしれません。一度燃え上がると感情を抑えきれず暴力に走ってしまう人たち。どさくさに紛れ、騒ぎに便乗して持てる者を食い物にする人たち。チモール人にまだまだそういう性根が残されていると分かったのが一番の衝撃と言えるかも知れません。

 同時になぜこういう事態に至ったのかという根因に思いを馳せざるを得ません。反体制派による現政権に対する政治的な策動が絡んでいるという見方もあります。人々にもいろいろな意味での不満や怒り、閉塞感が腹の底に澱のように溜まっているのでしょうか。学校や病院に行けない不満、職に就けない不満、未来が見えない不満。貧しさが暴力の原因であるといいます。我々ドナーが清く正しく美しく生きろと言うのは奢りでしかありません。しかし少なくとも人々の懊悩にもっと耳を傾ける姿勢、開かれた対話や透明性といった要素がこの国の指導層にはまだ不足しているように思えます。対話なきところに指導力は生まれません。独立を巡る英雄主義は、独裁や国粋主義と紙一重の危うげな政治ゲームに映ります。

 一方、地道ではありますが対話と国民和解のプロセスを着実に積み重ねているチモール人たちもいます。その一つが、本年初頭から活動している「真実和解委員会」です。その名の通り、かつてのインドネシア支配時代、そしてとくに1999年の騒乱の時期に各地で引き起こされた、旧統合派による暴力・破壊事件について、関係者から真相を語ってもらい、対話と謝罪によって加害者と被害者の和解を目指す独立組織です(もちろん殺人、レイプなど重罪は別途訴追されます)。日本政府は、シャナナ・グスマン大統領が進める同委員会の大義に賛同し、本年初頭に100万ドルの支援を表明し、そのうち既に53万ドルを拠出しています。先日、東ティモールを来訪された矢野外務副大臣に同行し、この援助により建設中の委員会本部事務所を視察させてもらいました。

 本部事務所といっても、実はそこは元政治犯収容所でした。かつてインドネシア国軍当局が、チモール人政治犯、つまり独立解放運動支援者を片っ端から独房に押し込み、水責めなどの拷問を繰り返した血塗られた抑圧の象徴です。我々の案内をしてくれたアルベス委員は、ここで1年間独房生活に耐えた人です。91年のサンタクルズ虐殺事件の際に逮捕され、以来7年間政治犯生活を送ってきたとのこと。改築中の元刑務所内の奥に入ると、かつて彼が収監されていた独房がありました。「いつの日かきっと自由になる」と彼が書いた壁の落書きが今でも残っているのを見せてくれました。ここはチモールの人権侵害の牙城だったのです。「こうしたことは2度と繰り返されてはならない。それを忘れないためにも、この建物は、2004年の委員会活動終了後は人権擁護資料センターとして啓発の拠点としたいと思います」とアルベスさんは語りました。毎週のように山村に出かけ、対話と和解促進活動に励む彼の原点は、この塀のなかにあるように思われました。

 またそんな中で、チモールの若い人たちの未来に光明がさすような嬉しい出来事もありました。日本政府が支援している、東ティモール大学工学部キャンパス復旧プロジェクトが開始され、その起工式が行われたのです。貧しさからの脱却のためには、まず何をおいても人造り。とくに国造りに直接貢献できるような、若い技術者やエンジニアがこの国には決定的に不足しています。これら各層は、かつてはインドネシア人が支配的でしたが、独立を前にその殆どがチモールを出て行ってしまいました。これからの国の発展は、国内唯一の工学部学生たちの腕にかかっています。自分たちの技術と腕で国のインフラを、製品を、そして未来を文字通り造っていくのです。

 式典会場から辺りを見渡すと、かつての騒乱で焼け跡となった学部ビルと教室棟、学生寮などが夏色の青空の下で無惨な姿を晒しています。日本の援助は、これに無償資金470万ドルを投入し、とくに実験棟など授業の中心となる機能を再生させるもの。またソフト面でも、JICA専門家や青年海外協力隊によりきめ細かな指導を行うため、すでに調査団が準備を進めています。マイア教育大臣からは「チモールの未来を担う若者たちを支援する日本の援助に御礼を言いたい」と挨拶。また私からは、「日本の戦後の灰燼の中からの奇跡の復興は、日本のエンジニアの情熱あってこそ。その気概を諸君も持ってほしい」と激励しました。休講日にもかかわらず多数集まってくれた学生さん達が歌を唱って応えてくれたのが心地よく耳に残りました。

 半ば廃墟のキャンパスにはあちこちに燃えるような紅の花が咲き乱れています。火焔樹(かえんじゅ)の花です。洋風にはフラムボワイヤンときらびやかな名前ですが、地元民は皆、アイカシと呼びます。毎年クリスマスの頃に咲いて街や村に彩りを添えますが、すでに散り始めた花びらが風に遊び、空をちらちらと舞う火の粉のようです。かつてここにいた旧軍の兵士達はその見事な咲き振りからこれを南洋桜と呼び、日本の最南端戦線から故郷を懐かしんだと聞きます。いずこにあっても桜吹雪は若い人たちの門出に似つかわしいようです。憎しみや怒りの炎ではなく情熱の炎がそこに宿り、花が実を結んでほしいものです。
(この投稿記事は、写真付きでODAホームページにも掲載しております)


 ◇◆ [New!!] ODAホームページ新着情報 ◆◇ 

◆「ODA総合戦略会議」第5回会合・議事録

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/kondankai/senryaku/5_gijiroku.html

◆対バングラデシュ国別評価調査(全文)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/bangladesh/kn01_01_index.html

◆無償資金協力 (平成14年度の交換公文締結日別)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/zyoukyou/siryo_5_13.html

◆平成15年度税制改正大綱について(NPO支援税制の改善)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/topix/15zeisei_npo.html

◆東ティモール便り~国造りの現場から(第7話 紅炎の燃える果て)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/hanashi/g_report/report_7.html

◆平成15年度外務省ODA予算案

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/yosan/yosan03/index.html

◆平成14年度NGO・外務省定期協議会
 (ODA政策協議のための小委員会)議事骨子

www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/taiwa/ngo_sk_i1.html


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