第5章 外交体制
   1.外交実施体制

   (1)  外交実施体制の強化の必要性

 現在の国際社会における外交の重要性はあらゆる分野でますます増大している。それに加えて日本の国際的地位の向上とともに、外務省の業務量は、近年、増加の一途をたどっており、例えば、外務省本省と在外公館を結ぶ主要な通信手段である電信の総数は、95年の時点で10年前(85年)に比較して約 2.4倍、経済協力額は約 3.8倍、条約その他の国際約束の締結数は約 1.5倍、査証発給数は約 1.2倍となっている。また、海外の在留邦人数、海外旅行者数の増加に伴う事務も増えており、この状況に適切に対処する必要がある。
 このような通常業務の増大に加え、日本が世界全体の平和と繁栄の確保に向けて積極的に参画していくことが必要となっている今日、新しい時代にふさわしい、より能動的な外交を展開し得るような外交実施体制の整備・強化を図ることが不可欠である。具体的には、(イ)主要先進国に比べていまだ不十分な外務省定員等の増強、(ロ)種々の外交課題に適切に対応するための機構の拡充、(ハ)在外公館の機能強化(在外公館施設等の強化、海外邦人安全対策・危機管理体制の強化)、(ニ)一層の情報化の推進を速やかに実現することが必要である。

   (2) 機構・定員、予算面での努力

 このような認識の下に、外務省は、96年度に機構・定員、予算の面で外交実施体制の強化に向けて次のような努力を行った。
 機構については、アジア太平洋経済協力(APEC)を担当する官房審議官や、97年4月に発効が予定されている化学兵器禁止条約の実施等に関する業務を担当する化学兵器禁止条約室などを新設した。また、在外公館については、97年1月に、歴史的にも交流が深く、近年においても相互に訪問者の往来が頻繁な韓国の済州に総領事館(実館)を設置した。これにより96年度末における日本政府の在外公館(実館)の数は大使館 112、総領事館64、領事館1及び政府代表部6の合計183となる。
 人員の増加については、情報収集・分析機能の強化、邦人保護を含む 危機管理体制の整備、国際貢献策の充実・強化、外国人問題への対応などを重点として取り組んできた。この結果、厳しい予算、定員事情ではあるが、96年度には外務本省41人、在外公館 119人の合計 160人の増員を行い、合計5,005名(外務本省1,951名、在外公館3,054名)となった。それでもなお、日本外務省の定員数は、主要先進国の中でも依然として低い水準にある(例えば米国の約5分の1)。
 同時に、外務省としては、定員の増加に限らず、定員の有効活用及び事務合理化の努力を行うとともに、人材の採用・育成等の分野で所要の改革を実施してきている。
 予算面においては、厳しい財政事情の中ではあるが、96年度予算において、1. 外交実施体制の強化(定員等の増強、機構の拡充、海外邦人安全対策・危機管理体制の強化を含む在外公館の機能強化、本省及び在外公館の情報・通信及び連絡網の整備)、2. 国際貢献策の充実強化等(二国間援助等の拡充、平和・軍縮のための協力、国際文化交流の強化、平和友好交流計画)という二本柱を中心に着実な予算拡充に努め、前年度比 4.3%増( 310億円増)の 7,558億円を計上した。
 (なお、97年度予算においては、機構は在クロアチア大使館(実館)の新設等を行い、定員は5,094名となり、予算額は前年度比2.5%増(190億円増)の7,748億円を計上している。)
 情報化の推進については、「外務行政情報化推進計画」(95年度を初年度とする5か年計画)に基づき、「省内・在外LAN」システムの構築や情報提供機能の強化等の外務行政の総合的かつ計画的な情報化を推進し、外交機能の強化及び国民等への行政サービスの向上を図るための努力を行っている。

 

   2.領事体制

   (1) 日本人の海外渡航と邦人保護

 95年の海外渡航者数は、前年比12.7%増の史上最高1,530万人を記録した(観光白書)。また95年10月1日現在、海外に3ヶ月以上滞在の長期滞在者は前年比7.5%増加の460,522人、さらに永住者は前年比2.4%増加の267,746人となり、海外在留邦人総数は前年比5.6%増の728,268人に達し、過去最高となった(海外在留邦人数調査統計、平成8年)。
 海外渡航者数の増大に伴い、引き続き海外で邦人が事件、事故に巻き込まれる事案が増大しており、また、邦人が紛争・テロ等に遭遇する危険性も依然として高い。例えば96年1月にはスリ・ランカで中央銀行が爆破され6名の邦人が負傷したほか、5月には中央アフリカにおいて一部国軍兵士の反乱が市街戦に拡大し32名の在留邦人が国外脱出を余儀なくされる事態が発生した。また8月に発生したメキシコでの邦人誘拐事件は、海外における邦人の安全対策について広範な論議を呼び起こした。
 日本政府としては、海外で事件、事故あるいは緊急事態に遭った邦人にできる限りの支援を行ってきており、一層の邦人保護体制の強化を進めている。また、国内において海外渡航者の安全意識を高めるため外務省海外安全相談センターを通じた各国安全情報等の提供、海外安全を図るための官民協力の推進、海外安全週間等を実施している。
 また、領事体制を強化するために、日本政府は、領事担当官に対する研修を強化して領事専門官の育成に努めている。さらに、領事事務を実施するためのノウ・ハウの蓄積を図っている。

   (2) 旅券法改正-10年間有効な旅券の発行状況など

 規制緩和の一環として、95年11月1日から施行された改正旅券法により導入された10年間有効な一般旅券は、20歳以上の申請者から広く歓迎され、発行後、96年12月までの平均でみると、申請者の約7割が、また発行を開始した直後の95年11月には約8割が、10年間有効な旅券を申請している。また、海外渡航者の増大に伴い、一般旅券発給数も大きく増大しており、96年(暦年)には国内で6,236,438冊(95年は5,825,404冊)発行された。

   (3) 海外日系社会への対応

 戦後間もなく活発に行われた中南米移住は、今やほとんど見られなくなったが、移住者及びその子孫である日系人により形成される中南米の日系社会は現在約150万人に達すると推定されている。今日、日系社会では二世・三世がその中核を構成するに至っているが、これらの日系人は、居住国の各界で活躍して各国の発展に貢献するとともに、日本とのかけ橋として貴重な役割を果たしており、こうした日系人の活動を支援するための体制作りの重要性が増大している。

   (4) 在日外国人問題

 95年日本に入国した外国人の数は373万人(94年383万人)、また、95年末の外国人登録者数は136万人(94年135万人、法務省統計)と若干停滞傾向が見られるが、今後の趨勢としては日本の国際化の進展とともに漸次増加していくものと考えられる。
 他方、近年日本を訪れ滞在期限を過ぎて不法に残留する外国人(大部分が不法就労者と考えられる)は、5月現在で約28万5千人(法務省推定)と93年5月のピーク時に比べれば約1万4千人の減少となっているものの、依然大きな数字である。これら不法就労者は、一方で悪質なブローカーや雇用主に搾取され、また他方で犯罪を引き起こす場合も多く、日本国内において一部に在日外国人に対する偏見を生むと同時に、これら外国人の出身国における日本のイメージを損なうことがあるなど、健全な国際交流の妨げとなっている。
 外務省は、不法就労等を目的とする者をできるだけ入国させないようにする一方で、人的交流促進の観点から規制緩和推進計画の一環として査証手続の簡素化及び迅速化を継続して推進し来ている。96年においては、旧共産圏地域における査証手続及びアジア諸国等における数次査証の発給基準などにつき見直しを行い、これらについて14項目にわたる簡素化及び迅速化を行った。また、開発途上国における人材育成のため、民間の研修及び研修で得た技能や技術を実際の教務の場で実践的に身に付けるための「技能実習制度」を支援している。