5.ロシア・NIS諸国
   (1) ロシア
 96年夏の大統領選挙でエリツィン大統領が再選されたことで政治・経済情勢の安定が期待されたが、健康不安が再燃したため権力闘争が表面化した。年末には大統領の心臓手術が成功して職務復帰したことに伴い権力闘争はひとまず鎮静化したものの、大統領の後継者問題は今後の課題となった。チェチェン問題では、約1年9か月振りに停戦が実現し、将来の不安材料を孕みながらも和平の動きが進んだ。

[内政状況]
 今後4年間の国政の基本方向を定める大統領選挙は6月から7月にかけて行われ、エリツィン大統領が、第1回投票で健闘したレベジ候補を安全保障会議書記兼大統領補佐官として取り込むとともに保守派側近を解任するなど巧みな選挙戦を展開し、決選投票でジュガーノフ共産党議長を破って再選を果たした。この選挙でロシア国民は、現状に大きな不満を持ちつつも国家体制としての共産主義は拒否し、自由、民主主義、市場経済に向けた改革路線を選択し、政治的安定と社会・経済状況の改善を期待した。
 しかし、6月末エリツィン大統領の心臓病が悪化したことから権力闘争が表面化し、次期大統領職を窺うレベジ書記を中心に政争が繰り広げられたが、エリツィン大統領がレベジ書記を解任し事態を収拾した。11月エリツィン大統領が心臓バイパス手術を受け、その後順調な回復を遂げ年末には職務に復帰したため、権力闘争の動きはひとまず鎮静化した。憲法では大統領の三選は禁止されており、エリツィン大統領の後継者問題は、今後のロシア政局の大きな焦点である。
チェチェン問題については、レベジ書記がチェチェン独立派との交渉を経て8月末に停戦・和平合意を達成した結果、約1年9か月振りに停戦が実現し、ロシア軍部隊の撤退も年末までにほぼ完了した。一方、和平合意には、チェチェン共和国の地位の問題を5年間棚上げすることが規定されているため、チェチェン共和国に独立を許しロシアの一体性を損なう恐れがあるとしてこの合意を非難する声がロシア側に強かった。しかし、チェチェン情勢は、将来の不安材料を孕みつつも、全体としては和平の方向に進んだ。

[経済の状況]
 緊縮財政の一貫した推進が功を奏し、インフレ率は95年後半以降、顕著に低下した。通貨安定化も順調に進み、貿易も引き続き好調に推移するなど経済には明るい兆しも見られた。その一方で、95年に下げ止まりの傾向を見せ始めた生産がなかなか上昇に転じず、96年はマイナス成長に終わったほか、企業の税の不払い等による財政難という大きな問題も生じるなど、ロシア経済はいまだ困難な状況から脱していない。
ロシアでは、これまで財政・金融面の引き締めによるマクロ経済の安定化に改革の大きな力点が置かれてきたが、経済成長の遅れ等を背景として、産業振興策に力を入れるべきであるとの考えが生じつつあることが経済政策上の新たな傾向として指摘される。

[対外関係]
 国内の民族主義的傾向の高まりが続く中、1月にコズィレフ外相が辞任し後任にプリマコフ対外諜報庁長官が起用された。プリマコフ新外相は、独立国家共同体(CIS)加盟国との関係を最重要視するとともに、対米欧関係重視の外交姿勢を修正し「全方位外交」を標榜した。
CIS加盟国との関係では、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタンの経済・人道分野における統合強化条約、ロシア・ベラルーシ主権共和国共同体条約を締結するなどCIS統合の具体的な動きが見られた。全方位外交については、特にアジア・太平洋地域が注目され、エリツィン大統領が4月に中国を訪問したほか、プリマコフ外相が中国、モンゴル、日本などを訪問した。米欧諸国とは実務的協調関係を強化する一方、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大には強い反対の姿勢をとった。

   (2) 新独立国家(NIS)諸国
 独立後5年を経過したNIS諸国は、安定化に向けての各国の国造りの努力が一定の成果を生み、96年の政治情勢は比較的安定していた。中央アジアでは政治的混乱は見られず、紛争の続くタジキスタンでも和平プロセスが開始された。コーカサス諸国においても大きな混乱は生じなかった。ウクライナでは、懸案であった新憲法が6月に採択され、大統領と議会の対立は、当面は危機的な状況を回避することができた。ただし、ベラルーシにおいては、大統領と議会との対立が、11月の国民投票による政治対決にまで発展した。国民投票の結果、大統領権限を大幅に強化する憲法改正案が国民多数の支持を得たが、国民投票前後の緊迫した情勢は国際社会の懸念を招いた。
 他方、NIS諸国の国内経済は、依然として困難な状況にある。アゼルバイジャンなど、その資源が国際的な関心を集める国もあり、また改革努力がマクロ面を中心に成果を生んでいる国も多いが、インフラの整備を始めいまだ残された問題は多く、経済状況の改善は楽観を許さない。
 こうした経済事情を背景に、96年は、ロシアを中心とするCISの統合強化の動きが一部のNIS諸国の間で強まった。3月にはロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスの4カ国による統合強化条約が締結され、4月にはロシア、ベラルーシの主権共和国共同体条約が署名された。統合に同調しない国もあるものの、統合強化に向けた以上の一連の動きは、今後のNIS諸国情勢を見通す上での重要な傾向と言える。
 日本としては、NIS諸国の情勢が、ロシア、中東などの周辺地域ひいては国際社会全体の安定にとって重要であるとの観点から、96年も各国との二国間関係の強化に努めた。日本は、各国の改革努力を一貫して支援しており、7月にリヨン・サミットの帰途にウクライナを訪れた池田外務大臣より、また、10月末から順次訪日した中央アジア4か国(タジキスタン、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン)の首相に対しては、橋本総理大臣及び池田外務大臣より、日本としてこれら諸国の改革を引き続き支援していくとの意向が改めて示された。