2.開発問題

   (1) 日本の政府開発援助(ODA

[日本にとってのODAの意義と重要性]
 21世紀を間近に控えた世界においては、依然として10億人以上の人々が極度の貧困の中で苦しみ、地域紛争の多発による難民や被災民も増加している。また、環境問題、人口問題、エイズを含めた新興感染症など、地球規模の問題も山積している。冷戦後の国際社会は、こうした開発に関連する様々な問題の解決にこれまで以上に強い関心をもち、積極的な取り組みが必要であるとの認識を強めている。他方で、冷戦の終結によって援助国によっては、援助の政治的動機を失った面もあり、また、国内の財政状況や主としてアフリカに対する援助の効果について疑問が生じているといった種々の事情により、援助額の減少傾向も見られる。
 こうした中、日本は引き続き ODA を重視し、積極的な取り組みを行っている。また、OECD の開発援助委員会(DAC)での議論を主導し、「21世紀に向けた新開発戦略」を策定しその着実な実施に取り組むなど、援助国の中でも積極的にリーダーシップを発揮している。
 これは、開発途上国が深刻な問題に苦しんでおり、この解決を支援するとの人道的な動機に基づくものであると同時に、ODA は国際社会に対する日本の貢献の最も重要な柱であり、国の繁栄を世界の安定と繁栄に高度に依存する日本自身にとって不可欠の重要性を持つとの確信に基づいている。これは次の3点によって説明される。

 第1に、環境問題、新興感染症、貧困を背景とする紛争・テロなどの問題は、容易に国境を越え日本に波及する可能性がある。また、海外に住む日本人の生活にも重大な影響を及ぼす。日本を含めた先進国は、もはや開発途上国の問題と切り離された形で、繁栄と幸福を得ることはできなくなっている。ODA により、開発途上国の貧困の緩和や、保健・医療サービスの向上、環境改善等のために支援していくことは、途上国の人々の生活の向上に役立つのみならず、日本国民の生活を守ることにもなる。

 第2に開発途上国の経済発展を支援することは、日本に経済的利益をもたらす。日本の貿易の5割以上は、開発途上国との貿易である。特にアジア諸国の経済成長により、日本の貿易・投資からみた重要性はますます高まっている。

 第3に、食糧・エネルギー等の資源を諸外国、特に開発途上国に大きく依存している日本にとって、ODA を通じ、途上国との友好関係を深めることは、資源の安定的供給を図る上でも極めて重要である。
 ODA を通じて国際社会の取り組みに積極的に参画することにより、日本が国際社会の信頼を勝ち得ていくことは、日本の国際社会における地位を高め、ひいては、広い意味での日本自身の安全保障にも資することとなる。国際社会における相互依存の深まりという変化の中で、ODA 等の国際協力を強化していくことこそが、長期的に安定と繁栄を享受するための方途である。

政府開発援助大綱の概要

[95年の日本のODA実績]
 95年の ODA 実績は144.9億ドル(東欧向けを除く)と5年連続で世界最大であり、これは OECD 開発援助委員会(DAC)21か国合計の24.6%にあたる。もっとも、ドルベースでは順調な伸びを示している日本の ODA も、円ベースではほぼ横這いであり、近年の日本の ODA の伸びは主として円高によりドル表示での実績が増大したことによる。また、 ODA の対 GNP 比は DAC 平均を下回る0.28%にとどまった。
 贈与比率( ODA 全体に占める無償資金協力、技術協力、国際機関への拠出等贈与部分の割合)及びグラント・エレメント(金利、償還期間等を基に算出される援助の条件の緩やかさの指標)に関しては依然 DAC 平均を下回っており、今後も着実な改善が望まれる。また、援助の供与先は多様化しており161か国・地域(95年実績)に及ぶが、その中ではアジア地域への配分が引き続き最大である。
 (なお、96年の ODA 実績(暫定値)は、95.8億ドル(但し、東欧向けを含む)(対前年比35%減)、対 GNP 比については0.21%となる見込みである。95年に比して96年の援助実績が減少した主な理由として、為替レートが円安になったこと、増資交渉が延期されたことによる国際機関向け拠出・出資等の減少、及び政府貸付等に対する回収金の増加等が挙げられる。)

[国民の支持と理解を得る努力]
 日本の援助の主たる原資が国民の税金よりなっていることにかんがみれば、政府が ODA を実施するに際しては真に国民の支持と理解を得たものであることが必要であり、政府としては「政府開発援助(ODA )大綱」の理念・原則を踏まえた適切な援助の実施に努めている。また、援助に関する情報が広く国民に公開されることが重要であり、広報活動の積極的推進とともに、ODA 白書の刊行や ODA の実施状況に関する年次報告の公表など情報公開を進めている。

 

   (2) 「新開発戦略」

[「新開発戦略」の採択と推進]
 援助をめぐる96年の動きのうち、最も注目されるのは、「新開発戦略」(正式名は「21世紀に向けて:開発協力を通じた貢献」)の採択である。
 5月の DAC 上級会合において採択された「新開発戦略」は、過去50年間に各国が行ってきた援助の実績の上に立ち、今後20年間の援助の方向性を示す画期的な文書である。日本は具体的な開発目標の設定を提案するなど、この文書の取りまとめに大きく貢献した。
 「新開発戦略」は、これまでの援助の教訓に基づき、開発の第一義的な責任は途上国自身にあるという認識に立って途上国の主体性を尊重しつつ、援助国と被援助国がお互いに責任を分担し協調して開発に取り組むという「新たなグローバル・パートナーシップ」の考えを提唱している。また、この「戦略」は、一定の期限までに達成すべき成果の目標を掲げており、具体的には、(i)2015年までに達成すべき目標として、貧困人口の割合の半減、初等教育の普及、乳幼児死亡率の3分の1への削減、妊産婦死亡率の4分の1への削減、性と生殖に関する保健・医療サービスの普及、環境資源の減少傾向の逆転が、また、(ii)2005年までの達成目標として、初等・中等教育における男女格差の解消、環境保全のための国家戦略の策定が示されている。さらに、この「戦略」は、援助政策に加え、貿易や投資の促進、技術の普及などを通じても開発に貢献することができること、及び開発を成功させるためには途上国の個別の事情を考慮すべきことを述べている。日本も、従来より、包括的アプローチ及び個別的アプローチとして、こうした考え方を主張してきた。また、この「戦略」は、開発の進むべき方向を「全ての人々の生活の向上」としており、開発の目的を人間が豊かで幸福な生活を送ることに置く「人間中心の開発」の考えにも基づいたものとなっている。
 「新開発戦略」は5月の OECD 閣僚理事会で承認され、さらに6月のリヨン・サミットでも歓迎された。今後の課題は、この「戦略」が開発についての基本的枠組みとして開発途上国を含む国際社会に広く受け入れられていくとともに、着実に実施に移されていくことである。日本は、開発途上国及び他のドナー国、国際機関とも協力しつつ、具体的な成果を上げるべく率先して努力していく方針である。