(3) 第51回国連総会一般討論における橋本総理大臣演説

                              (96年9月24日、ニューヨーク)

議長、
そして事務総長、
並びにご列席の皆様、
 私はまず、マレイシア国連常駐代表のラザリ・イスマイル閣下が、先週総会議長に就任されたことに対し、心からお祝いを申し上げたいと思います。また、歴史的な50周年会期に議長として手腕を発揮されたフレイタス・ド・アマラル閣下のご努力に敬意を表したいと思います。

(日本の国連加盟40周年と国連重視の外交姿勢)
議長、
 昨年は、国連創設50周年という記念すべき年でした。本年は、我が国の国連加盟40周年に当たります。この40年間、我が国は一貫して国連重視を外交の基本方針の一つとして参り、国連に対する揺るぎない支援を行って参りました。同時にわが国は国連を含めた国際システムから大きく裨益してきました。この機会に、私は、我が国が今日の安定と繁栄を築くにあたり、国際社会から受けた支援にあらためて感謝します。また、冷戦後の新しい状況において国連の役割が一層重要となる中で、さらに国連への協力を強化して、世界の平和と繁栄のために、これまで以上の積極的役割を果たしていきたいとの我が国の決意を表明します。

(「未来の世代のためのよりよい世界の創造」と三つの柱)
議長、
 私の外交政策の目標は、「未来の世代のためのよりよい世界の創造」です。言い換えるならば、「貧困と紛争から無縁の世界を創り出すこと」です。私の内閣の使命である「変革」と「創造」を通じて、この目標の実現を図ります。また、将来の夢を生き生きと語ることの出来る子供たちは、世界の宝です。我々国際社会の指導者たちの大きな責務は、次代を担う子供が健やかに育つ環境を作ることにあるのではないでしょうか。  「未来の世代のためのよりよい世界の創造」のためには、次の三つを柱とした努力が必要です。まず第一が世界の平和と安定の確保、第二に途上国の安定と発展をもたらすための開発の推進、そして第三に地球社会における個々の市民の安らぎの確保です。この三つの柱は互いに関連し合っているのであり、どの一つが欠けても、またどの一つだけでも、貧困と紛争から無縁の世界を達成することはできません。
 私は、就任した当初から、日本は世界の平和と安定のために自らのイニシアティブで行動する国家であるべきだ、という信念の下に外交を進めて参りました。このような姿勢に基づいて、我が国はこれからお話しするとおり、これらの三本柱のいずれにおいても主導的な役割を果たしていきたいと考えます。そして、この三つの分野は、まさに21世紀の国連に求められている課題でもあると私は思います。

(世界の平和と安定の確保)
議長、
 まず第一が、世界の平和と安定の確保です。これなくしては、未来の世代に混乱と破壊を残すだけです。この点が最も重要であることは疑いを容れません。相互依存関係が大きく進展した現在、世界の平和は不可分となり、一つの地域の不安定は、容易に他の地域ひいては世界全体の不安定に結びついていきます。我が国は、ただ単に我が国自身の平和と安定の確保のみではなく、グローバルな平和と安定の確保に向けて、日本国憲法の理念の下に、世界の諸地域における紛争の予防、解決のためにその政治的・経済的地位に見合った一層の努力を行う考えです。

(地域問題への取り組み)
 我が国が、アジアに位置する国家として、この地域の平和と安定のために、最大限の努力を払っていくことは論を待ちません。今般の北朝鮮潜水艦の潜入事件は、朝鮮半島における緊張緩和の重要性を改めて我々に認識させる事件でありました。4月に米韓両国首脳が提案した四者会合の実現は極めて重要であり、その提案に対し、この場で改めて我が国としての支持を表明したいと思います。国際社会の和平努力の貴重な成功例であるカンボディア和平の成果を一層強固なものとするために、我が国としても、同国自身により初めて実施される明年からの選挙へ向けて、引き続き支援を行って参りたいと考えております。我が国は、アジア地域にも位置するロシアにおいて先の大統領選挙の結果を受け改革路線が継続されていることを歓迎します。また、この地域における信頼醸成を一層促進していくために、ASEAN地域フォーラム等の政治・安全保障対話に積極的に参画して参ります。
 同時に我が国は、国際社会全体の平和を達成するために、その他の地域の問題にも、国連の活動に協力するなど積極的に関与しています。
 私は去る8月下旬に中南米五ヶ国を訪問し、これら地域における民主化の定着と経済改革の着実な進展を自分の目で確かめてきました。今後も中南米の安定的な発展のために、支援を一層強化していきたいと考えています。
 旧ユーゴー地域においては、我が国は先に行われたボスニアの国政・地方選挙が民主政治の構築の上でもつ重要性に鑑み、この選挙に人的・資金的な貢献を行ったところであります。和平履行評議会運営委員会のメンバーとして、引き続きボスニアにおける民生面での和平履行のための国際社会の努力に積極的に参画して参ります。  我が国は、先月の池田外務大臣の中東訪問、今月中旬のアラファト議長の我が国への招聘などの際に和平当事者の間の話し合いの継続を求めています。パレスチナ人支援を含む和平当事者に対する支援、多国間協議への参画を通じ和平プロセスの前進のための環境醸成に引き続き寄与して参ります。
 我が国は、現在のイラク情勢を憂慮しています。今後、イラクが国際社会の総意に耳を傾け、誠実に関連する安保理決議を遵守し、事態が出来る限り早期に収拾されることを強く希望します。
 アフガニスタン問題の解決のためには外国の干渉を排し、国連の和平調停努力を成功させることが重要です。そのため、我が国からも、国連アフガンミッションに、現地事情に精通した専門家を政務官として派遣します。
 ブルンディ、リベリア、アンゴラの情勢をはじめとするアフリカにおける地域紛争が絶えないことを我々は深く憂慮します。アフリカ諸国による自らの紛争予防・解決への努力とその能力の強化を国際社会が積極的に支援していく必要があります。我が国は、今後ともにアフリカ統一機構、中部アフリカ信頼醸成委員会等への財政支援のみならず、PKO、難民支援、復興支援、民主化のための人的な貢献や知的支援を行って参ります。

PKO及び予防外交)
議長、
 は国連憲章が本来想定している集団安全保障機能を補足し、また、紛争当事国自身が行う紛争解決努力を補完するための有効な手段です。PKOを国際社会が引き続き支え、更に改革していくことが重要です。近年の経験によって、伝統的PKOの実効性が再確認されました。更に今後は、国連予防展開隊が成功しているように紛争を未然に防止するPKOの役割が一層重要になると思われます。現在、PKOの緊急展開能力を向上させるための方策につき関心国を中心に協議が行われています。我が国としてもこのような協議に参画していきたいと思います。また、引き続きゴラン高原の国連兵力引き離し監視隊に参加していくことをはじめとして、今後ともPKOへの積極的な協力を、可能な範囲で行っていきます。
 地域紛争への対応としては、国連は予防外交を通じて現実的に極めて有効な機能を果たすことができると思われます。私は、国連による予防外交を強化する方法に関して、賢人会議を開催することを提唱したいと思います。

(軍縮・不拡散)
議長、
 世界の平和と安定のためには、軍縮努力の一層の推進と、大量破壊兵器の不拡散体制の更なる強化が是非とも必要であります。我が国は、国際社会が核兵器のない世界の実現を目指し、現実的かつ着実な核軍縮のための努力を推進していくことを強く訴えます。これこそ正に、唯一の被爆国である我が国が自らの理念として国際社会に強く訴え続けてきた最優先事項であります。
 この意味で、核兵器のない世界に向けた歴史的な一歩となる包括的核実験禁止条約が国連総会において多くの国の支持を得て採択され、先刻私自身も署名する機会を得たことは本当に大きな喜びとするところです。我が国は同条約の早期発効に向けて、同条約に反対の立場を表明した国も核軍縮の推進という大局的見地から、この条約に一日でも早く加入することを、この場を借りて呼びかけたいと思います。我が国としても、関係する開発途上国に対し地震観測に関する技術協力を拡充するなど、核実験の検証の面でも引き続き貢献して参ります。
 更に、私は、核廃絶に向けた次なるステップとして核兵器用の核分裂性物質の生産禁止を内容としたカットオフ条約交渉の早期開始を呼びかけます。
 我が国は、地雷の問題を、極めて深刻に受けとめております。特に、対人地雷については、我が国はその全面禁止に向けての国際的努力を支持しています。更に我が国としては、対人地雷に関する国際的協力を強化するため、明年早い時期に高級事務レベル会合を開催いたします。

(「新たな開発戦略」)
議長、
 未来の世代のためのより良い世界を創造していくために必要となる第二の柱、それは、途上国の安定と発展をもたらすための開発の推進であります。開発は平和の前提であり、また平和の維持が開発を進める前提条件です。我が国はリーディング・ドナーとして、今後も政府開発援助の拡充に努める考えですが、同時に援助のあり方につき、議論を主導していく責任を痛感しています。
 このような認識から、我が国は「新たな開発戦略」を提唱しています。その中心となる考えは、開発における開発途上国の主体性を重視することと、先進国と開発途上国が南北対立的な構造から脱却し協力する「新たなグローバル・パートナーシップ」を打ち立てることです。また、開発の問題に対応していくためには、ODAに限らず、貿易、投資、経済政策、債務救済、技術移転、社会インフラの整備等の様々な政策手段を有機的に組み合わせることが重要です。更に、途上国における民主化の促進、市場指向型経済の導入の努力に十分注意を払いながら、各国の事情に適した最適な支援を行っていくという視点も大切です。また、我が国は、開発目標を設定することや、改革によって節約される経費を開発活動に「再投資」をすること、更には国連とブレトン・ウッズ機関の調整を進めることも重視しています。
 南部アフリカ開発共同体、メルコスール、南太平洋フォーラムなど各種の地域協力に進展が見られますが、このような地域協力も開発において重要な要素であります。わが国は南南協力を重視し、国連開発計画の人造り基金を南南協力支援のために活用しています。

(アフリカ開発の重要性)
 我が国は、途上国の開発の中でも、特にアフリカの開発の重要性を訴えて参ります。これは、アフリカにおいて「貧困と紛争」が最も尖鋭的に表れているからです。本年春、南アフリカにおいて行われた第9回国連貿易開発会議の総会に際して池田外務大臣から発表した「対アフリカ支援イニシアティヴ」を、我が国は積極的に推進して参ります。我が国は、アフリカ開発のモメンタムを更に強化するために、1998年を目途に「第2回アフリカ開発会議」を、また、その準備会合を1997年にいずれも東京で開催する考えであります。

(地球社会における個々の市民の安らぎの確保)
議長、
 私が訴えたい第三の柱、それは、地球社会における個々の市民の安らぎの確保であります。地球社会全体を一つのものとして捉え、そこに住む我々人間一人一人を大切にするという考えが重要です。個々の人々の心の平和こそが世界の平和と安定に資するものです。
 我が国は、環境、人口、エイズ、麻薬、テロ、組織犯罪、難民、女性の地位といった社会分野の様々な問題や、今後逼迫が予想される食料・エネルギー問題に一層積極的に取り組みます。今後ともに環境問題を重視する立場から、明年12月、京都において「気候変動枠組条約第3回締約国会議」を開催します。この会議において、西暦2000年以降の地球温暖化防止のための国際的取り組みを定める、実効性があり、かつ実行可能な文書が採択されるよう努力いたします。この会議の成功の為に、すべての国連加盟国及び関係国際機関の御協力を心からお願いいたします。
 人間一人一人を大切にする観点から、私自身、30年余りにわたる政治活動を通して、弱者保護と貧困の解消に取り組んできました。私が6月のリヨン・サミットの際に、「世界福祉イニシアティヴ」を提案したのもこうした取り組みの延長線上にあります。このイニシアティヴの内容は、第一に、保健、衛生や社会福祉を含む社会保障の分野における我が国の経験を、開発途上国と共有し、これらの国がより効率的な事業の推進を図ることができるようにすること、第二に、先進諸国が共通して直面している課題について、相互の経験や知恵を分かち合うことであります。
 また、冒頭述べたとおり、私は、世界の指導者が手を携え、特に子供のための取り組みを強化することを呼びかけたいと思います。私は、1955年の日本ユニセフ協会の設立当初から日本におけるユニセフの活動の中心的役割を果たしてきた私の母親の影響を大きく受けて、自分自身ユニセフの活動に積極的に関与しています。我が国は例年ユニセフに対し約3000万ドルの支援を行っていますが、今後ともに協力を強化していきます。また、我が国は先に述べた「対アフリカ支援イニシアティヴ」において、教育拡充支援やポリオの撲滅をめざした支援を表明していますが、更に、開発途上国における幼児の健康を守るための支援を強化していきたいと考えております。
 人権の擁護、促進は世界の平和と繁栄の基礎をなすものです。我が国としては途上国の民主的発展を支援していく考えであり、同時に国連による人権分野への取り組みが一層活発化して行くことを心から希望いたします。

(国連改革の重要性)
議長、
 国連自身も21世紀に向けて、申し上げた三つの柱において、国際社会の高まる期待に応えて十分な役割を果たすことが重要です。そのためには国連の機能を強化する「変革」が必要です。
 国連の果たすべき新たな役割の重要性や、国連の包括的な改革を急ぐ必要性については、加盟国の意見が完全に一致しています。しかしながら、具体的な国連改革の在り方となると、加盟国の合意は形成されるには至っておりません。
 国連創設五十周年を機会に改革のためのモメンタムは高まりました。第51回会期において、このモメンタムを維持し、会期中に、改革の主要点につき一般的な合意の形成が目指されるべきです。全ての国連加盟国は、その上で、遠からず国連改革を現実のものとするための具体的方途について合意することに向かって努力を積み重ねるべきです。国連が、徒に議論を繰り返すばかりで時代に適合した自己改革のための能力すら持ち合わせていないということになれば、国連に対する信頼は一挙に低下しかねません。改革のためのねばり強い努力を、全加盟国で行うべきです。

(均衡のとれた改革の重要性)
議長、
 国連改革の中心をなすのは、安保理改革、行財政分野の改革、そして経済社会分野の改革の三つですが、これらについての改革が、全体として均衡のとれた形で進められることが重要であることを、まず指摘したいと思います。例えば、国連の財政危機があるからといって、財政改革だけを他の二分野と切り離して成し遂げようとしても、国連全体の機能強化を目指した国連改革の基本的考え方に合致いたしません。

(安保理改革)
 さて、これら三つの分野の改革についての我が国の考え方の基本的な点をここで申し述べたいと思います。
 まず安全保障理事会の改革であります。国連の主要な機能が国際の平和と安全の維持・達成であり、安保理がそのための第一義的責任を負っている以上、その重要性については改めて申し上げるまでもありません。
 既に表明している通り、我が国は、憲法が禁ずる武力の行使は行わないという基本的な考え方の下で、多くの国々の賛同を得て、安全保障理事会常任理事国として責任を果たす用意があることを改めて申し述べたいと思います。
 また、我が国としては安保理改革が実現するまでの間も、国際の平和と安全のために安保理において貢献したいと考え、本総会の安保理非常任理事国選挙に立候補しております。我が国としては、我が国の立候補に対し既に表明された強力な支持と信任に応え、安保理において積極的な役割を果たすことが出来るよう、引き続き努力をしていきたいと考えます。

(経済社会分野での改革)
 我が国は既に申し上げた通り、開発問題を極めて重視しています。国連加盟国の三分の二以上が途上国であります。国連が「貧困と紛争から無縁の世界」をめざすのであれば、国連における開発の議論を一層進めることが極めて重要だと考えています。その際、経済社会理事会の機能と役割を強化し、国連の係わる開発問題の整合性を確保すべきだと思います。

(行財政改革)
 我が国は国連における第二の拠出国であります。我が国の国連通常予算における分担率は明年15.65%に達し、更に増大する傾向にあります。我が国は国連財政を支えるこのように大きな責任を回避することはいたしません。しかし、分担率の問題については、「支払い能力」だけではなく、「責任に応じた支払い」の概念を重視していることを改めて申し述べます。また、行政面の簡素化と効率化に向けた事務局の努力を歓迎します。

(結語)
議長、
 我が国は、40年前の国連加盟以来、常に国連憲章の目的と原則を遵守し、一貫して国連を重視して、国連の活動全体に最も寄与してきた国の一つだと自負しています。軍縮、核不拡散分野でのイニシアティヴ、開発問題での新しい戦略の提唱、地球規模問題への積極的な取り組み、そして国連財政への多大な貢献、これらはここ数年我が国が極めて重要視している点です。
 我が国としては、国連活動の中核である安全保障理事会に参画し、これらの諸点を中心にして一層積極的かつ建設的に国際社会全体の平和と繁栄のために責任を果たしたいと考えていることを、ここで再度強調し、私の一般討論演説を終わります。