(5)  第140回国会における池田外務大臣外交演説

                                     (97年1月20日)
 第140回国会の開会にあたり、わが国の外交の基本方針につき所信を申し述べます。

〈在ペルー日本国大使公邸占拠事件〉
 まず、昨年12月に発生した在ペルー日本国大使公邸占拠事件が、今なお解決に至っていないことは極めて遺憾であります。人質とされている方々の御苦労と御家族・関係者の御心配を思うと心痛に耐えません。政府としては、テロに屈することなく、ペルー政府を信頼しこれと緊密に連携して、人命尊重を第一としながら平和的解決を図り、人質の早期全面解放を実現すべく粘り強い努力を続けております。国際社会は一致してテロに対する断固たる姿勢を示しており、政府としては、この事件が一刻も早く平和的に解決するよう、一層の努力を傾ける決意であります。
 テロについては、各国ごとの対策とともに、効果的な国際協力が不可欠であり、このための努力もしてまいります。また、政府として、海外邦人の安全対策並びに在外公館の警備の強化を含む危機管理体制の一層の強化に努めてまいります。

〈国際社会の相互依存の深化とわが国の外交〉
 わが国の外交の基本目標は、言うまでもなく、わが国の安全と繁栄の確保にありますが、国際的な相互依存が深まっている現在、これは国際社会の安定と繁栄なしには実現できません。わが国としては、そのためのより好ましい国際環境を醸成していくため、これまで以上に主体的な外交を展開してまいります。

〈米国その他諸国及び地域との協力関係の推進〉
 米国を始めとする主要諸国との関係の強化は、わが国外交の基本であります。
 日米関係は日本外交の基軸であり、また、アジア太平洋地域の平和と繁栄の要であるのみならず、世界全体にとっても重要な関係であります。昨年4月の日米首脳会談で示された方向に沿い、今後とも幅広い分野における協力関係の進展に努めてまいります。
 特に、日米安保体制は日米関係の根幹であり、その一層円滑かつ効果的な運用に努める必要があります。沖縄県における米軍施設・区域の問題については、先月合意された沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告の内容を着実に実施しつつ、今後とも最重要課題の一つとして真剣に取り組んでまいります。また、「日米防衛協力のための指針」の見直しなどの作業を精力的に推進いたします。経済分野でも、航空などの残された問題の解決に向けて引き続き努力いたします。また、WTOAPECにおける協力やコモン・アジェンダを始めとする地球規模の問題についての協力も一層推進してまいります。
 地理的に近く、また歴史的に関わりの深い中国や韓国との関係は、隣国であるが故に生じる種々の懸案はありますが、いずれもわが国にとり最重要な二国間関係であり、懸案の解決に向け努力しつつ良好な関係を維持・発展させていくことは、お互いの国のみならずアジア太平洋地域の平和と安定にとり極めて重要であります。
 中国との間で本年は国交正常化25周年にあたり、緊密な対話と様々な交流を通じて日中関係の一層の発展に努めてまいります。また、中国が国際社会において建設的な役割を果たしていくことの重要性に鑑み、中国の改革・開放政策を引き続き支援し、WTO早期加盟を支持していくと同時に、国際社会の様々な課題への取組において日中間の協力を強化いたします。さらに、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器の問題を含め、日中間の諸懸案の解決に努めてまいります。また、本年7月には香港が中国に返還されますが、香港の繁栄を支える「法の支配」の下での自由で開かれた諸制度が返還後も維持されることが重要であると考えます。なお、アジア太平洋の平和と繁栄にとり、日米中三ヶ国の安定的な関係は極めて重要であり、こうした観点から、米中関係の進展を歓迎いたします。
 韓国との間では、二国間の種々の問題に適切に対処しつつ、良好な関係を推進するとともに、国際社会の中で日韓両国が協力していく重要性がますます高まっております。私は、先週訪韓し、柳宗夏(ユ・ジュンハ)外務部長官に対し改めてかかる考え方を伝え、意見の一致を見ました。また、今週末の金泳三(キム・ヨンサム)大統領の訪日がこうした日韓友好協力関係を一層発展させることと確信しております。北朝鮮情勢については、今後ともその動向を注視していく必要がありますが、日朝関係については、第二次世界大戦後の不正常な関係を正すとともに、朝鮮半島の平和と安定に資するものとするとの二つの観点を踏まえ、韓国などと緊密に連携しながら対処いたします。また、米韓両国が提案した四者会合を引き続き支持してまいります。北朝鮮の核兵器開発問題については、今後とも米国及び韓国と緊密に協力しつつ、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の活動に積極的に取り組む所存です。
 また、中国及び韓国との間では、現在、新たな漁業協定を締結すべく協議を行っております。国連海洋法条約の趣旨を十分に踏まえた協定が早期に締結されるよう鋭意努めます。
 本年はASEAN創設30周年にあたり、年頭に橋本総理大臣もこの地域を訪問されたところであります。わが国は、アジア太平洋において役割を増しているASEAN諸国を中心として、今後とも東南アジアとの協力関係を強化してまいります。さらに、近年の経済の自由化を基礎に著しい発展を遂げつつあるインドなど、南西アジア諸国との関係も推進いたします。
 ロシアとの間では、国交回復40周年でもあった昨年は、首脳会談を始めとする一層緊密な対話が持たれました。今後も、ロシア第一副首相及び国防相の訪日、私自身の訪露などを積み重ね、引き続き両国間の対話の維持・強化を図り、種々の分野における実務関係を着実に進めてまいります。同時に、東京宣言に基づき北方領土問題を解決し、平和条約を締結して両国間の関係の完全な正常化を達成するため粘り強い努力を続ける所存です。
 また、今後のアジア太平洋地域の発展にとって、東アジアに次ぐ世界の成長センターとなりつつある中南米諸国の役割も重要です。今回のペルーでの事件は大変遺憾ではありますが、中南米諸国の長期的安定を重視し、これら諸国が抱えている諸問題の解決に向けての支援を強化してまいります。
 わが国としては、アジア太平洋における主要二国間関係の強化と並行して地域協力を推進し、もって域内の繁栄の確保と信頼関係の向上に努めてまいります。
 APECについては、本年のカナダ会合に向けて、自由で開かれた貿易と投資の達成のための個別行動計画を着実に実施するとともに、そのさらなる改善を図っていく必要があります。わが国としては、経済・技術協力分野の強化や民間部門との連携強化などへの取組を含め、APECの更なる発展に貢献してまいります。
 安全保障の面では、アセアン地域フォーラム(ARF)がこの地域の信頼醸成に重要な役割を果たしております。昨年7月の閣僚会合において合意された協力措置を着実に実施し、その活動を発展させるため、わが国としても貢献してまいります。
 統合を強めつつある欧州地域は、国際社会において引き続き重要な地位を占めております。わが国は、欧州との対話の枠組みを強化するとともに、具体的な協力を着実に進めてまいります。また、昨年始まったアジア欧州会合(ASEM)については、本年2月にシンガポールで外相会合が、9月にはわが国で経済閣僚会合などが予定されており、明年の第2回会合に向けてその発展に貢献いたします。

〈国際的な取組に対する協力〉
 以上述べたように、各国との二国間関係を強化し、地域協力を推進すると同時に、国際社会全体として取り組むべき共通の課題の克服に向けた努力にも積極的に協力してまいります。

(国連)
 わが国は、本年より2年間安保理非常任理事国を務めます。選出にあたり国際社会より示された期待にも鑑み、一層積極的な役割を担ってまいります。国連改革については、国連の機能強化を目指して、安保理、財政、経済社会の分野を含め全体として均衡のとれた改革を進めるよう、率先して取り組んでまいります。わが国は、憲法が禁ずる武力の行使は行わないという基本的な考え方の下で、多くの国々の賛同を得て、安保理常任理事国として責任を果たす用意があることにつき、これまでも国連総会等の場において表明してきているところであります。
 以下、国際社会が直面するいくつかの主要課題とこれに対するわが国の取組を述べたいと思います。

(大量破壊兵器及び通常兵器の軍縮と不拡散)
 わが国は、核軍縮及び不拡散に真剣に取り組むよう一貫して訴えてまいりました。昨年の包括的核実験禁止条約の成立は歴史的な一歩であり、わが国は、その早期発効に向けて努力を続けます。さらに、カットオフ条約交渉の早期開始のために最大限努力いたします。また、2000年の核不拡散条約再検討会議に向けた準備プロセスが円滑に進展し、関係国間で建設的な議論が行われるよう努めます。
 通常兵器に関しては、昨年発足した新たな国際的輸出管理体制を通じて、今後ともその過度の移転と蓄積の防止に努めます。また、対人地雷の全面禁止に向けた努力を継続するとともに、地雷の除去や犠牲者に対する支援などについての国際協力を強化するため、本年3月に「対人地雷に関する東京会議」を開催いたします。

(地域紛争)
 地域紛争への対処に関しては、国連平和維持活動や人道的な国際救援活動に引き続き人的、物的な貢献を行うとともに、地域紛争の予防・解決、復興支援のための協力を続けてまいります。難民の急増は、深刻な人道問題であるとともに世界の大きな不安定要因であり、特に、近年、大量の難民が発生している中部アフリカ地域に対しては、国連難民高等弁務官(UNHCR)やアフリカ統一機構(OAU)などの取組を支援していく所存です。
 中東和平プロセスは依然楽観を許しませんが、国際社会と協力し、各当事者に対し和平プロセスの促進を働きかけてまいります。ゴラン高原における国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)への自衛隊部隊などの派遣の継続やパレスチナ支援及び多国間協議への参画などの努力も継続いたします。また、湾岸地域の安定を確保するため、湾岸諸国との対話と協力の拡充に努めてまいります。
 旧ユーゴー和平に関しても、これまでの和平努力の成果を一層進展させるため、人道・難民支援及び復旧・復興支援などの分野で適切な貢献を続けてまいります。

(開発)
 開発途上国の安定と発展は、国際社会全体の平和と繁栄にとり不可欠であり、政府開発援助は、このためにわが国がなし得る貢献の中核であります。政府開発援助を通じて途上国の開発問題に取り組むことは、国際社会に大きく依存するわが国自身の利益にも資するものであり、今後とも、その効率的・効果的な実施と一層の充実に努めます。
 わが国は、途上国の主体性の重視及び先進国と途上国のパートナーシップを中心的な理念とする「新たな開発戦略」を提唱しておりますが、その考え方に基づき、開発の成果を上げるよう努めてまいります。特に、アフリカの安定と開発に関して、明年を目途に「第2回アフリカ開発会議」を、本年その準備会合をわが国で開催いたします。

(世界経済の持続的な発展とわが国の政策努力)
 日本経済の繁栄のためには世界経済の持続的な発展が不可欠であります。わが国は、経済のグローバル化が生み出している機会を積極的に活用すべく、これまで以上の思い切った規制緩和、競争政策の徹底、市場アクセスの改善などの経済構造改革の努力を行っていく必要があり、こうした施策を通じ、世界経済の活性化にもさらに貢献してまいります。
 同時に、経済のグローバル化の進展に伴って生じつつある新たな諸課題に対応する多角的な貿易・投資の枠組みの整備も重要です。わが国としては、第1回WTO閣僚会議の成果を踏まえ、新たな分野でのルール作りなど多角的貿易体制の一層の強化に取り組むとともに、OECDにおける多数国間投資協定交渉を本年のOECD閣僚理事会までに終結すべく努力し、多角的で公正・透明なルールに立脚した国際経済システムの強化に引き続き努めます。また、主要先進国首脳会議などの場を活用し、引き続き先進諸国間の政策協調を強化してまいります。

(より良い地球社会の実現に向けた課題)
 わが国は、より良い地球社会の実現に向け、人口、環境、福祉、食料、エネルギー、原子力安全などの諸課題や、テロ、国際犯罪、麻薬問題など、市民社会への挑戦と言える諸課題の克服に向けた国際協力に積極的に参画してまいります。また、民主化の促進及び人権の擁護にも積極的な役割を果たしてまいります。
 特に、環境問題については、本年6月に開催される国連特別総会が所期の成果をあげるよう、協力してまいります。また、地球温暖化対策については、本年12月に京都市において気候変動枠組条約第3回締約国会合が開催されますが、この会議は2000年以降の国際的取組に関する枠組を定める重要な機会であり、その成功に向けて開催国として全力を尽くしてまいります。
 また、安定した国際関係に不可欠な国民レベルの相互理解と協力の裾野を広げるための努力も継続いたします。そのため、文化交流の分野においても、二国間にとどまらず、多国間の対話と交流や政府と民間の活動の連携を重視し、文化遺産の保存にも積極的に協力いたします。また、海外広報活動の一層の充実や査証手続の簡素化にも努めてまいります。

〈結び〉
 以上、外交の基本方針について申し述べました。内政と外交が益々一体化する中、私は、国民の皆様の一層の御理解が得られるよう、世論に十分耳を傾けつつ、引き続き外交実施体制の一層の強化に努めてまいります。なにとぞ、議員各位、国民の皆様の一層の御支援と御協力をお願い申し上げます。