(2)  第136回国会における池田外務大臣外交演説

                                     (96年1月22日)
 この度、私は、外務大臣を拝命致しました。重要な局面を迎えている日本外交の舵取りという重責を任され、身の引き締まる思いであります。私は、外交の継続性を確保しつつ、橋本内閣の一員として創造的外交を展開し、村山内閣の下での外交の諸成果を更に発展させていくべく全力を尽くす所存であります。

〈国際情勢認識と日本外交の基本方針〉
 国際情勢は、依然として流動的であり、その先行きは不透明でありますが、冷戦終結後数年が経ち、国際社会の努力が、少しずつではありますが成果をあげてきております。旧ユーゴー、中東では地域紛争の解決に向けて注目すべき前進が見られております。アジア太平洋地域においても、北朝鮮の核問題解決に向けた動きがでてきております。国際社会の課題は、こうした好ましい動きを確固とした流れに変え、冷戦後の新しい枠組みを確立していくことであります。
 このような国際情勢の下で我が国外交の進路を考える時、私は、まず、国家間の相互依存関係が深まる中、我が国の安全と繁栄は、国際社会の平和と繁栄があってはじめて可能であることを改めて強調したいと思います。また、我が国の行動如何が世界の平和と安定に大きな影響を持つことも認識しなければなりません。私は、こうした点を踏まえ、我が国が新たな国際秩序の構築に向け創造的役割を果たすべく、全力を傾注する決意であります。

〈主要な政策課題〉
 次に、新たな国際秩序を構築していく上で重要ないくつかの政策課題と我が国の取組について述べたいと思います。

(地域紛争の平和的解決)
 国際社会の平和と安定を確保するためには、地域紛争の解決に努めるとともに未然に防止する努力を行っていくことが重要であります。これらの紛争の中には、地理的には日本から遠い地域のものもありますが、国際社会全体の枠組みの構築にかかわるグローバルな問題でもあり、我が国はその解決に積極的に関与し、適切な協力を行っていく必要があります。その意味で旧ユーゴーや中東で生じている平和の機運を一層確実なものとすることに協力していきたいと考えます。
 旧ユーゴー紛争について、我が国は、昨年12月のロンドン和平履行会議において、和平合意の誠実な履行を当事者に対し強く求めるとともに、総額約20億円の難民支援をはじめ和平の履行に協力していく姿勢を表明致しました。我が国としては、引き続き和平履行運営委員会の一員として、国際社会の努力に積極的に参画していくとともに、予防外交の観点から、周辺国に対する支援も引き続き実施していく考えであります。
 中東においては、ラビン首相の暗殺という悲劇的な事件にも拘わらず、当事者の平和への確固たる意志に基づく努力が続けられており、国際社会は、これを引き続き支援していく必要があります。我が国は、パレスチナ評議会選挙のための国際監視団への参加や物資供与を含め、引き続きパレスチナ暫定自治に対する支援に積極的に取り組むとともに、ゴラン高原における国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)に対する自衛隊部隊等の派遣を行います。
 我が国としては、地域紛争の解決のため、外交努力や人道・復興援助等の協力とともに、平和維持活動を含む国連の活動に人的な面や財政面で引き続き積極的に貢献して参ります。

(軍縮・不拡散の一層の推進)
 第二に、核兵器をはじめとする大量破壊兵器の軍縮と不拡散、通常兵器の移転抑制についての取組が重要であります。我が国は昨年の国連総会において、軍縮に関する決議案の内、十五の決議案の共同提案国となりましたが、特に、四本の決議案については実質的に主導して作成するなど、積極的にイニシアティヴを発揮しております。
 核軍縮に関しては、昨年5月の核不拡散条約無期限延長の決定を受け、我が国は、唯一の被爆国として、核兵器の究極的な廃絶に向けて、全ての核兵器国が核軍縮に真剣に取り組むよう訴えて参りました。国連で、我が国が共同提案国として提出した「核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮決議」及び「核実験の停止を求める決議」が多数の国の支持を得て採択されたことは、こうした外交努力の成果の一つであります。我が国は、すべての国がこの核実験停止決議に示された国際社会の意思を真摯に受け止め、核実験を行わないよう引き続き強く求めていきます。また、全面核実験禁止条約(CTBT)交渉が本年の春に実質的に妥結され、秋には署名されるよう最大限の努力を行って参ります。
 通常兵器に関しては、同じく我が国が共同提案国として提出した「小火器に関する決議」が国連で採択され、小火器の過剰な蓄積と移転の防止に関する政府専門家による報告書が第52回総会に提出されることとなりました。また、昨年12月には通常兵器及び関連汎用品・技術についての新たな国際的輸出管理体制の設立が決定されました。我が国は今後とも通常兵器の過度の移転と蓄積の防止のために積極的に取り組んで参ります。

(世界経済の持続的発展の確保)
 第三に、我が国は世界経済の持続的発展の確保に主要な役割を果たさなければなりません。経済の相互依存の深化に伴い、我が国の経済の動向や政策は、各国の経済と強い相関関係にあります。こうした状況を踏まえ、我が国として世界経済の安定的運営に貢献するためにも、思い切った規制緩和をはじめとした経済の更なる活性化を図るとともに、国際社会と調和のとれた経済社会の現実を引き続き目指して参ります。
 世界経済の持続的発展を確保するために、世界貿易機関(WTO)の発足を踏まえ、多角的自由貿易体制の強化にも一層の努力を払う所存であります。WTOにおいては、本年12月に予定されているシンガポールでの第1回の閣僚会議に向け、ウルグァイ・ラウンド合意の着実な実施、サービス分野での継続交渉の期限内の妥結、いわゆる「ウルグァイ・ラウンド後の新しい課題」への取組、紛争解決手続の強化といった面で、実質的成果を達成すべく積極的役割を果たす所存であります。また、昨年秋以降、経済協力開発機構(OECD)において多数国間投資協定交渉が開始されましたが、その成功に向けて積極的に取り組んで参ります。

(開発途上国及び移行期にある諸国との協力)
 第四に、開発問題への取組であります。アフリカ諸国をはじめ多くの開発途上国は、依然として貧困や飢餓に悩み、アジア太平洋や中南米の諸国も経済成長過程に伴う新たな課題を抱えております。また、旧ソ連諸国や中東欧諸国は市場経済への移行の途上で様々な困難に直面しております。これらの諸国の個々の状況に応じて、その経済的・社会的発展を促し、民主的制度作りに協力し、国際社会に組み込んでいくことは、国際秩序の安定を導くものであります。その一方で、多くの援助国においては、いわゆる「援助疲れ」が見られております。こうした状況に鑑み、我が国は、新たに長期的な開発戦略を策定する必要性を強調し、国連における「開発のための課題」に関する議論に積極的に貢献する姿勢を明らかにして参りました。我が国としては、今度とも政府開発援助大綱に基づき、政府開発援助の効果的・効率的な実施及びその拡充に努めて参る所存でありますが、同時に、開発戦略が早期にまとまるよう、積極的に知恵を出し、議論を促進して参りたいと考えます。

(地球規模問題の解決)
 第五に、環境、人口、人権、難民、麻薬、テロなどの問題は、国際社会が一致して取り組むべき地球規模の問題であり、我が国の国際貢献の最も重要な柱の一つであります。今後とも我が国の知識や経験を生かし、国際社会と協力して問題解決に取り組んで参ります。我が国は、第四回世界女性会議において諸国の関心の高かった女性に対する暴力の問題に関する決議案を、昨年12月、国連総会に提出し採択されました。
 また、我が国は、海洋国家として、新たな海洋の法的秩序の確立に積極的に貢献していくことが期待されています。国連海洋法条約は海洋の法的秩序に関し包括的に定めておりますが、政府としては、この条約を早期に締結したいと考えており、今次国会に提出することを目指して準備を進めているところであります。

〈国際協調の推進〉
 これらの諸課題に取り組んで行くにあたっては、国際協調の強化が不可欠であります。その際、二国間の協力関係、アジア太平洋地域における協力、国連やWTOを軸とするグローバルな協力を、それぞれ強化していくとともに、三つの同心円として相互に関連づけながら、発展させていくことが重要であると考えます。

(主要二国間関係)
 各国と良好な二国間関係を築き上げていくことは、我が国外交の基礎であるとともにグローバルな協力、地域協力を進める上でも重要であります。
 二国間関係の中で日米関係は、日本外交の基軸であり、日米間の幅広い分野における協力関係を引き続き強化していく必要があります。特に日米安保体制は、我が国の安全保障政策の主要な柱の一つであり、日米協力関係の政治的基盤をなしているのみならず、アジア太平洋の平和と繁栄を維持する上で重要であります。このため我が国としては、日米安保体制を堅持するとともに、引き続きその円滑かつ効果的運用に努めて参ります。他方、沖縄県においては、米軍の施設・区域が集中していることから種々の問題が生じております。私は沖縄県の方々のこれまでの御苦労に思いを致しながら、関係者の気持ちにも出来るだけ配慮していく考えです。その意味で、沖縄における米軍施設・区域の整理・統合・縮小および関連する諸問題については、日米安保条約の目的達成との調和を図りつつ、昨年11月設置された「沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会」において一年以内を目途に目に見える具体的な成果を上げるよう米側と協力して努力して参る所存であります。日米経済関係については、まず、日米包括経済協議の下での決着内容を日米双方が着実に実施していくことが重要であります。同時に、日米両国が地球規模問題へ共同して取り組む枠組みであるコモン・アジェンダの拡大・深化を図ることなどにより、日米間の協力を推進していく必要があると考えます。本年4月にはクリントン大統領が訪日されますが、我が国としては、この訪日を、新たな時代における日米関係の意義を確認し、以上のような幅広い分野における日米協力を総括する機会として重視しており、今後、米国政府と協力して、大統領訪日を成功させるべく準備を進めて参ります。以上のような考えの下、私は18日より訪米し、クリントン大統領、ゴア副大統領、クリストファー国務長官、ペリー国防長官に対し、日米関係を最重視するとの橋本内閣の考え方を伝え、日米関係をさらに発展させていくことについて意見の一致を見たところです。
 共通の価値観を有し安全保障上等の利害をともにする韓国との友好協力関係は、両国のみならず北東アジアの平和と安定のために重要であり、また、アジア太平洋やグローバルな問題にも一層協力して取り組むべく、引き続き関係を強化していく考えであります。北朝鮮情勢については、今後ともその動向を注視していく必要がありますが、日朝関係については、第二次世界大戦後の日朝間の不正常な関係を正すとともに、朝鮮半島の平和と安定に資するとの二つの観点を踏まえ、韓国等と緊密に連携しながら対応して参ります。北朝鮮の核兵器開発問題については、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)と北朝鮮との間で軽水炉供与のための供給取極が締結されたことを受け、今後とも米国及び韓国と緊密に協力しKEDOに対する積極的な貢献を行って参ります。
 中国との間では、友好・協力関係を維持・発展させ、また、国際社会において共に協力していくことが重要であります。我が国としては、今後新しい未来志向の日中協力の時代を築いていく考えであり、中国の改革・開放政策を引き続き支援するとともに、様々な分野において協力関係を一層深めて参ります。また、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器の問題については、政府として、先般批准した化学兵器禁止条約の精神を踏まえつつ、誠実に対応していく所存であります。
 ロシアとの関係では、本年6月に大統領選挙が予定されており、引き続きその内政動向を注視していく必要があります。我が国としては、ロシアの改革が後退することなく継続されることを強く支持するものであります。日露関係は、本年は日ソ共同宣言による国交回復四十周年を迎える節目の年であり、北方領土問題の解決が最重要課題であります。種々の分野における両国間の実務関係を着実に進めるとともに、東京宣言に基づき領土問題を解決し両国関係の完全な正常化を達成するために、なお一層の努力を傾けて参ります。
 欧州との関係についても、統合を進める欧州連合(EU)を始め各国との間で幅広い分野において対話・協力を進めており、今後とも日欧関係の一層の強化に努めて参ります。

(アジア太平洋地域における協力)
 アジア太平洋地域は、政治的安定を背景にダイナミックな経済発展が進み、域内の相互依存関係が深化し、世界の成長センターとなっております。この地域の安定と繁栄は日本の安全と繁栄を確保するために重要であり、我が国としては、北米、アジア、中南米、大洋州諸国等との協力関係を基礎として、政治・経済両面でアジア太平洋の地域協力の強化に努めて参ります。
 アジア太平洋経済協力(APEC)については、我が国は、昨年11月、議長国として大阪で閣僚会議及び非公式首脳会議を開催しましたが、我が国のリーダーシップの下、貿易・投資の自由化・円滑化及び経済・技術協力の推進のための包括的な道筋を示す「行動指針」が採択されました。これにより、APECは「ビジョン」の段階から「行動」の段階に移行したと言えます。本年のフィリピン会合には、各メンバーが「行動指針」を実施するための「行動計画」等を提出することとなっております。我が国としても、内容のある前向きな「行動計画」の策定を含め、APECの更なる進展に引き続き積極的に貢献して参ります。
 アセアン地域フォーラム(ARF)については、昨年の第2回外務大臣会合で、まずもって信頼醸成措置を重視しつつ漸進的に具体的協力を進めていくことが合意されましたが、去る18、19両日、我が国が東京においてインドネシアと共催した信頼醸成措置に関する政府間会合は、その第一歩として有意義なものでありました。我が国は、今後とも、アジア太平洋地域における政治・安全保障対話の場であるARFに積極的に関与し、域内諸国間の信頼醸成の促進に努めて参ります。

(グローバルな協力)
 我が国は、地域協力を国連やWTO等グローバルな枠組みと整合的な「開かれた協力」として実行していくとともに、グローバルな枠組みの一層の強化に努める必要があります。
 国連は、グローバルな枠組みの重要な柱であります。創設50周年を迎えた国連が時代の要請に適合した役割を果たすためには、国連の機能強化のための改革を推進していく必要があります。我が国は、昨年9月の国連総会における演説で、財政改革、経済・社会分野での改革及び安保理改革が必要であることを強調するとともに、憲法が禁ずる武力の行使は行わないという点を含む我が国の国際貢献に関する基本的な考え方の下で、多くの国々の賛同を得て安保理常任理事国として責任を果たす用意があることを改めて表明致しました。また昨年12月には、旧敵国条項の削除のための憲章改正手続きを将来の最も至近の適当な会期において開始する旨の総会決議が採択されました。我が国は、今後とも他の国連加盟国と協力しつつ、国連改革に率先して取り組んで参ります。
 共通の価値を分かちあっている日米欧の主要各国間の密接な協力と政策協調は、国際社会の諸課題への取組にあたって不可欠になっており、主要国首脳会議(サミット)等を通じての協力・政策協調を強化して参ります。本年は6月のリヨン・サミットに先立ち、4月に原子力安全等に関するモスクワ・サミットが開かれますが、我が国はこれらの会合に積極的に取り組んで参ります。
 また、本年3月には、タイにおいて、初の首脳レベルのアジア欧州会合(ASEM)が予定されております。我が国としては、この機会に、相互の地域情勢についての理解を深めるとともに、アジアと欧州の間で幅広い分野についてグローバルな視点に立った対話と協力の強化に努めて参る所存です。

〈様々な面での協力と体制整備〉
 各国との協力を強化していくためには、お互いの文化に触れることを通じて、異なる社会的文化的背景を持つ者同士が尊敬しあえる基礎を作っていくことが必要であります。我が国としては、従来にも増して文化交流、文化協力に積極的に取り組んで参りたいと思います。科学技術分野での国際協力についても、我が国の国際社会における役割を積極的に果たすとの観点から一層強化して参ります。また、海外広報活動に積極的に取り組んで参ります。
 また、近年、日本人の海外渡航者が増加しており、海外邦人の安全対策の強化が一層重要となっております。政府としては、今後とも邦人保護体制及び危機管理能力の一層の強化に努めるとともに、機動的かつ的確な外交を推進するため外交実施体制の強化にも取り組んで参ります。

〈結び〉
 外交の根本にあるのは、各国との相互理解と相互信頼の絆であります。昨年は、戦後50周年という節目の年でありましたが、次の50年の始まりを迎え、今後ともアジア近隣諸国等との間の過去の歴史を直視し、将来に向け各国との相互理解や相互信頼を促進すべく積極的に取り組んでいく所存であり、このため昨年開始した平和友好交流計画の推進をはじめとする諸課題に着実に取り組んで参ります。私は、こうして培われる各国との信頼関係を基礎として国際協調を進め、様々な外交課題に対処して参る決意であります。
 また、我が国の国際化の進展とともに、内政と外交は一体となってきております。私は、世論に十分耳を傾けて国民の皆様のより一層の御理解と御支持を得て、外交を推進していく所存であります。なにとぞ議員各位、国民の皆様の一層の御支援と御協力をお願い申し上げます。