第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 第1節 日本と国際社会の平和と安定に向けた取組 7 人権 世界各地で多くの人々が厳しい人権状況に置かれている。人権の保護・促進は国際社会の平和と安定の礎である。人権は普遍的な価値であり、達成方法や文化に差異はあっても、人権擁護は全ての国の基本的責務であると日本は認識している。また、深刻な人権侵害に対してはしっかり声を上げるとともに、「対話」と「協力」を基本とし、民主化、人権擁護に向けた努力を行っている国との間では、二国間対話や協力を積み重ねて自主的な取組を促すことが重要であると考えている。加えて日本は、アジアでの橋渡しや社会的弱者の保護といった視点を掲げつつ、二国間対話や国連など多数国間フォーラムへの積極的な参加、国連人権メカニズムとの建設的な対話を通じて、世界の人権状況の改善に向けて取り組んでいる。 2025年は、米国との間で11月に第3回民主主義の強靱(じん)性に関する日米戦略対話を開催した。本対話では、アジアにおける人権分野の協力に加え、国境を越えた抑圧や監視技術の悪用といった新たな人権課題などについて意見交換を行うとともに、日米間での人権分野における継続的な連携を確認した。また、2月にはブリュッセル(ベルギー)において第27回日EU人権対話、4月にはテヘランにおいて第15回日・イラン人権対話、8月にはプノンペンにおいて第13回日・カンボジア人権対話を開催し、人権分野での双方の取組について情報交換し、また、多国間の場での協力について意見交換を行った。 (1)国連などにおける取組 ア 国連人権理事会 国連人権理事会は、1年を通じてジュネーブ(スイス)で会合が開催され(年3回の定期会合)、人権や基本的自由の保護・促進に向けて、審議・勧告などを行っている。日本は、2023年までに、理事国を5期務めた。直近では、2023年10月の理事国選挙でも当選し、2024年1月から2026年12月まで理事国を務めている(6期目)。 2月から4月にかけて開催された第58会期のハイレベル・セグメント(各国の主要な代表者による会合)では、生稲晃子外務大臣政務官がステートメントを実施した。生稲外務大臣政務官は、ウクライナ、ガザを含む中東情勢を始め、世界各地で多くの人々が厳しい状況に置かれている中、人権擁護に向け国際社会が対話と協力を続ける重要性を訴えた。また、日本として引き続き、アジアの国々を始めとする世界の人権保護・促進に貢献していく決意を述べるとともに、北朝鮮に対し拉致問題の即時解決を強く求めた。さらに、香港、新疆(きょう)ウイグル自治区及びチベット自治区を含む中国の人権状況に深刻な懸念を表明し、中国の具体的行動を求めた。また、同会期では、EU及びオーストラリアが提出し、日本が共同提案国となった北朝鮮人権状況決議案が無投票で採択された(採択は18年連続)。この決議は、北朝鮮に対して、拉致被害者及びその御家族の声に真摯に耳を傾け、速やかに被害者の御家族に対する失踪者の安否及び所在に関する正確、詳細、かつ完全な情報の誠実な提供とともに、特に全ての日本人拉致被害者の即時帰国の実現を改めて強く要求する内容となっている。 9月及び10月の第60会期では、日本が主提案国として提出したカンボジア人権状況決議案が、無投票で採択された。同決議は、カンボジアの人権状況に対する国際社会の懸念を反映しつつ、カンボジア政府による人権状況改善のための取組を促進するほか、カンボジアの人権状況に関する特別報告者の任期を2年間延長する内容となっている。 イ 国連総会第3委員会 国連総会第3委員会は、人権理事会と並ぶ国連の主要な人権フォーラムであり、例年10月から11月にかけて、社会開発、女性、児童、人種差別、難民、犯罪防止、刑事司法など幅広いテーマが議論されるほか、北朝鮮、シリア、イランなどの国別人権状況に関する議論が行われている。第3委員会で採択された決議は、総会本会議での採択を経て、国際社会の規範形成に寄与している。 第80会期では、EUが提出し、日本が共同提案国となった北朝鮮人権状況決議案が、11月の第3委員会と12月の総会本会議において、無投票で採択された(採択は21年連続)。同決議は、拉致被害者やその御家族も御高齢になり時間的制約のある中、深刻な人権侵害を伴う拉致問題及び全ての拉致被害者の即時帰国の更なる緊急性及び重要性を改めて強調し、北朝鮮が被害者及びその御家族の声に真摯に耳を傾け、被害者の御家族に対する被害者の安否及び所在に関する正確、詳細かつ完全な情報の誠実な提供、特に全ての日本人拉致被害者の即時帰国の実現を改めて強く要求する内容となっている。また、同会期では、米国が15か国を代表して共同ステートメントを発出し、ウイグル人やチベット人などの民族的・宗教的少数派への人権侵害に関する信頼できる報告を踏まえ、中国で発生している深刻な人権侵害について継続的な深い懸念を表明するなどした。日本はアジアから唯一、同ステートメントに参加した。 さらに日本は、シリア、イラン、ミャンマーなどの国別人権状況や各種人権問題(社会開発、児童の権利など)を含め、人権保護・促進に向けた国際社会の議論に積極的に参加した。 ウ 「ビジネスと人権」に関する行動計画の実施 日本は、国連人権理事会において支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」を受け、2020年に「ビジネスと人権」に関する行動計画を、2022年に業種横断的な「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定したことに加え、2023年4月には公共調達における人権配慮に関する政府の方針についての決定を行い、企業活動における人権尊重の促進に取り組んでいる。2024年5月の関係府省庁施策推進・連絡会議では、2025年度に期限を迎える行動計画の改定作業に着手することが決定され、2025年12月の同会議で、改定版行動計画が承認され、公表された。また、外務省では、国内外での企業向けセミナーを通じて周知・啓発活動を行うとともに、国際機関とも連携し、日本企業の進出国を中心に、現地の日本企業及びそのサプライヤーに対する研修や、現地政府に対する行動計画の策定・実施支援などを行っている。今後も、関係府省庁と連携しつつ、ステークホルダーと継続的に対話を行いながら、行動計画の着実な実施に取り組んでいく(237ページ 特集参照)。 エ 子どもに対する暴力撲滅パスファインディング国アジア太平洋地域会合 11月、フィリピンにおいて「子どもに対する暴力撲滅パスファインディング国(91)アジア太平洋地域会合」が開催された。本会合では、各国が子どもに対する暴力撲滅に向けた取組状況を共有し、相互交流の強化について議論した。日本もパスファインディング国として参加し、国内施策の現状や見通しについて説明した。 (2)国際人権法・国際人道法に関する取組 ア 国際人権法 人権擁護は全ての国の責務であり、日本は、日本が締結している人権諸条約において認められた権利の実現のため、引き続き取り組んでいる。また、人権諸条約における貢献の一つとして、10月、ジュネーブの国連欧州本部で開催された第20回拷問等禁止条約締約国会合において、拷問禁止委員会委員選挙が行われ、日本から立候補した前田直子氏(名古屋大学大学院法学研究科教授)がトップで再選を果たした(238ページ コラム参照)。 イ 国際人道法 日本は、国内外における国際人道法の履行強化に向けて積極的に取り組んできた。8月にはアジア太平洋国際人道法(IHL)地域会合に参加したほか、国際人道法グローバル・イニシアティブへの参加を表明した。また、国際人道法の啓発の一環として、例年同様、11月には赤十字国際委員会(ICRC)主催の国際人道法模擬裁判・ロールプレイ大会に、裁判官・審査員役として講師を外務省から派遣した。 (3)難民問題への貢献 日本は、国際貢献や人道支援の観点から、2010年にアジアで初めて第三国定住(難民が、出身国から避難し、一時的に庇(ひ)護を求めた国から新たに受入れに同意した第三国に移り、定住すること)による難民の受入れを開始した。2024年度末時点までに合計135世帯332人を受け入れた。 来日した難民は生活のための語学習得や就職支援サービスを受けるなど、6か月間の定住のための研修を受ける。研修を終えた者は、それぞれの定住先地域で自立した生活を営んでいる。 特集「ビジネスと人権」に関する取組の進展と行動計画の改定 企業活動による社会的影響への関心が高まる中、日本政府は、「ビジネスと人権に関する指導原則」の着実な履行に取り組むため、2020年10月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(以下、「旧計画」という。)を策定し、指導原則の3本柱である「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」に関する取組を行ってきました。また、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定(2022年)、公共調達における人権配慮に関する政府の方針の決定(2023年)、各種ガイダンス作成、セミナーの実施や相談窓口設置などを通じ、企業による人権尊重の取組を後押しした結果、大企業を中心に企業自身による取組も進んできました。 「ビジネスと人権」に関する行動計画(改定版)の表紙 一方、欧米諸国を中心に人権デュー・ディリジェンス(企業活動における人権への負の影響の特定、予防・軽減、対処、情報提供を行うこと)(以下、「人権DD」という。)や情報開示を強化する動きが進み、様々な国・地域にまたがるサプライチェーンを持つ日本企業の対応の必要性がますます高まっています。また、人権DDの実践、効果的な救済メカニズムの認知・利用促進、中小企業や地方への取組の拡大の必要性といった諸課題も出てきています。 こうした背景の下、日本政府は2024年に旧計画の改定に着手しました。改定に当たっては、市民社会や企業、労働組合などの各界の代表の方々の幅広い意見が取りまとめられた「ステークホルダー報告書」等で取り上げられた様々な課題、円卓会議・作業部会での議論、その後の関係府省庁における検討・調整を踏まえて骨子案と原案を作成しました。その後、パブリック・コメントを経て、2025年12月のビジネスと人権に関する行動計画実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議において、行動計画の改定版が承認されました。 行動計画改定版は、指導原則の3本柱を前提に、旧計画で掲げられた「国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進」、「『ビジネスと人権』関連政策に係る一貫性の確保」、「日本企業の国際的な競争力と持続可能性の確保・向上」、「持続可能な開発目標(SDGs)達成への貢献」という四つの目標を維持しつつ、これまで関係府省庁が政策領域ごとに、点ないしは線として実施してきた施策を「ビジネスと人権」の観点から、横断的に面として捉え直すことにより、政府が取り組むべき八つの優先分野を明示しています。さらに、企業に対しては、人権DDの導入・実施の具体的な取組を求める記載を拡充しました。 新たな行動計画の実施を通じて、日本企業が国際競争力を高め、持続可能な発展を遂げるとともに、国際社会全体の人権保護・促進に一層貢献することを目指します。 コラム拷問禁止委員会活動の今日的意義―委員再選に当たって― 名古屋大学教授 前田 直子 筆者 私は、「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」(拷問等禁止条約)の下に設置されている拷問禁止委員会の委員を務めています。2021年10月に実施された委員選挙に、日本の初めての候補者として臨み、最多票を頂いて初当選しました(任期:2022年から2025年。2024・2025年は副委員長)。再立候補した2025年10月実施の委員選挙においても最多票を頂き、再選の運びとなりました(任期:2026年-2029年)。 拷問等禁止条約は、1970年代にアジア、アフリカやラテン・アメリカのいくつかの国々において軍事独裁政権や開発独裁体制が生まれ、拷問・強制失踪、司法手続を経ない即決処刑等が横行したことが国際社会において大きな問題となり、それらに実効的に対処するために作成された条約です。同条約は、拷問等禁止宣言(1975年の国連総会で採択)の内容を基礎として起草され、1984年に採択されました。日本は1999年に加入しています。 2024年に拷問等禁止条約の採択から40周年を迎えましたが、様々な紛争を日々目の当たりにしている今日では、紛争下での拷問やそのほかの非人道的取扱いに関する諸問題が山積しています。拷問禁止委員会は、締約国から定期的に提出される報告書の審査や権利侵害を訴える被害者からの通報の審査、実地を含む調査等の手続を通じて、各国における人権侵害の迅速な改善を後押しする役割を果たすことが一層期待されています。 拷問等禁止条約はあらゆる締約国において等しく適用され、普遍的な人権保障体制の一翼を担っていかなければなりません。175の締約国(2025年12月末時点)にはそれぞれの文化・伝統、宗教、国家制度、経済状況等の個別事情がありますが、それらを踏まえてもなお、人権をめぐる分断が先鋭化しないよう、国家や市民社会等との建設的対話を通じて、人権の普遍性や法の支配の重要性について国際社会の理解を深める努力を、一委員として今後も続けていきたいと考えています。 委員は法分野の専門性が求められ、国の代表ではなく個人資格で職務を遂行しますが、2回の選挙活動を通じて、日本という国に対する国際社会の信頼の厚さを実感しました。また拷問禁止委員会は長年にわたり女性委員比率の低さも指摘されてきましたので、女性の活躍推進の観点からも、微力ながら頑張っていきたいと思います。 (91) 子どもに対する暴力撲滅パスファインディング国:子どもに対する暴力撲滅のための有志国のイニシアティブである「子どもに対する暴力撲滅グローバル・パートナーシップ(GPeVAC)」(現在は「子どもに対する暴力撲滅パスファインディング・グローバル・アライアンス」)への参加国。日本は2018年から「パスファインディング国」(自国内のこどもに対する暴力撲滅に向けて取り組むことにコミットする国)として、「子どもに対する暴力撲滅行動計画」の策定や、「子どもに対する暴力撲滅基金」への拠出など、国内外でその活動に積極的に関与している。