第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 2 文化・スポーツ・観光 (1)概要 日本文化がきっかけとなって日本に関心を持つ外国人は大変多い。外務省及び国際交流基金は、海外において良好な対日イメージを形成し、日本全体のブランド価値を高めることに努めている。また、海外の幅広い層の日本への関心・理解・支持を拡大し、訪日観光客を増やすため、日本文化の魅力の発信や、スポーツ、観光促進に向けた様々な事業を行っている。具体的には、「在外公館文化事業」などを通じ、茶道、華道、武道などの伝統文化やアニメ、マンガ、ファッションといったポップカルチャー、食文化など幅広い分野における日本の魅力を紹介している。 また、2021年に開催された2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のレガシーを継承するため、外務省は、スポーツを通じた日本の国際交流・協力の取組である「Sport for Tomorrow(SFT)」プログラムの一環として、様々なスポーツ交流・スポーツ促進支援事業、独立行政法人国際協力機構(JICA)海外協力隊によるスポーツ関係者の派遣や招へい、文化無償資金協力を活用したスポーツ器材の供与や施設の整備を実施した。また、これらの取組を外務省公式X(旧ツイッター)アカウント「MofaJapan×SPORTS」を通じて内外に発信している。 さらに、次世代を担う多様な人材の対日理解の促進のため、外務省は、在外公館を通じて、日本への留学機会の広報や元留学生とのネットワーク作り、地方自治体などに外国青年を招へいする「JETプログラム」への協力、アジアや米国などとの青年交流事業や社会人の招へい事業、大学や研究機関における日本研究支援などを実施している。 海外における日本語の普及は、日本との交流の担い手を育て、対日理解を深め、諸外国との友好関係の基盤となるとともに、日本における多文化共生社会の実現にも資するものである。このような観点から、日本国内においては、2019年6月に「日本語教育の推進に関する法律」が公布・施行され、2020年6月には「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」(閣議決定)が策定された。外務省は、これらに基づき、国際交流基金を通じて、日本語専門家の海外への派遣、海外の日本語教師に対する研修、日本語教材の開発など海外における日本語教育の環境整備に努めている。また、就労目的で来日を希望する外国人に対する日本語教育という社会的ニーズに対しても取組を行っている。 日本は、国連教育科学文化機関(UNESCO:ユネスコ)などと協力し、世界の有形・無形の文化遺産や自然遺産の保護支援にも熱心に取り組んでいる。また、世界遺産条約や無形文化遺産保護条約などを通じ、国際的な遺産保護の枠組みの推進にも積極的に参加している。 デジタルツールを一層活用するなどの工夫を凝らしてこれら文化・スポーツ外交を推進し、日本の魅力を海外に発信することによって、将来の訪日観光客の増加にもつなげていく。 (2)文化事業 各国・地域における世論形成や政策決定の基盤となる個々人の対日理解を促進し、日本のイメージを一層肯定的なものとすることは、国際社会で日本の外交政策を円滑に実施していく上で重要である。この認識の下、外務省は、在外公館や国際交流基金を通じて多面的な日本の魅力の発信に努めている。 在外公館では、管轄地域での対日理解の促進や日本のイメージの向上を目的とした外交活動の一環として、多様な文化事業を行っている。例えば、茶道・華道・折り紙などのワークショップ、日本映画の上映会、邦楽の公演、武道のデモンストレーション、伝統工芸品や日本の写真などの展示会、アニメ・マンガなどのポップカルチャーや日本の食文化などの生活文化も積極的に紹介し、また、日本語スピーチコンテストや作文コンテストなどを企画・実施している。 また、外交上の節目となる年には、時宜を捉えて文化・人的交流事業を活性化し、更なる関係の一層の強化を実現するため、政府関係機関や民間団体とも連携して大規模かつ総合的な周年行事などを集中的に実施している。2024年は、日・トルコ外交関係樹立100周年、日・パラオ外交関係樹立30周年、日・カリブ交流年2024、日・北マケドニア外交関係樹立30周年、日・ザンビア外交関係樹立60周年であり、周年を記念した大型の文化事業を実施した。 日・トルコ外交関係樹立100周年 (12月5日から9日まで、トルコ・イスタンブール) 日・カリブ交流年2024 (5月3日、トリニダード・トバゴ、ポート・オブ・スペイン市) また、国際交流基金においても、海外拠点を活用し、在外公館との連携の下、日本と諸外国との文化芸術交流事業を展開している。 2024年は、日・トルコ外交関係樹立100周年の機会を捉え、イスタンブール・モダン美術館での美術作家・塩田千春氏のインスタレーション作品展の開催、イスタンブール演劇祭での舞踏カンパニー・山海塾の公演、アンカラ日本映画祭での東日本大震災をテーマにしたアニメーション作品のオープニング上映など、多くの記念事業を実施した。また、パリ日本文化会館は、パリ・オリンピック・パラリンピック開催に伴い、東京オリンピック競技施設の設計を担った「丹下健三と隈研吾 東京大会の建築家たち」展を始め様々な事業を実施し、オリンピック・パラリンピックに関連する日本文化の発信拠点となった。ワシントンD.C.で毎年開催されている全米桜まつりのオープニングでは、フォークシンガー・森山直太朗氏、演出振付家・金森穣氏、音楽家・Kaoru Watanabe(渡辺薫)氏らの公演を行った。海外で行われる事業と並行して、オンラインを活用した発信にも積極的に取り組んでおり、2024年は、映画を中心に日本の映像コンテンツを多言語字幕付きで配信する新たなプラットホーム「JFF Theater」を8月に開設し、4か月間で延べ15作品を配信した。 日本映画祭 (12月14日、インドネシア:ジョグジャカルタ 写真提供:国際交流基金) 丹下健三・隈研吾展 (5月2日から6月29日まで、フランス・パリ 写真提供:国際交流基金) 舞踏カンパニー・山海塾イスタンブール公演(10月24日から25日、トルコ・イスタンブール 写真提供:国際交流基金) さらに、2023年12月の日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議において発表された「次世代共創パートナーシップ-文化のWA2.0-」を開始した。これは、2024年から2033年までの10年間で、日本とASEAN諸国などの間での「双方向の知的・文化交流事業」と「日本語パートナーズ事業」を二つの柱として国際交流基金により集中的に実施される人的交流プログラムである。初年度となる2024年は、制度設計やパイロット事業の試行を通じて事業の基盤を構築するとともに、日本文化・社会への関心を広げ、日本語学習の機運の醸成につなげていくことを目的として、日本映画祭(JFF)を東南アジアの国々でも開催し、新作・準新作を中心にバラエティに富んだ作品を上映した。 日本国際漫画賞は、海外への漫画文化の普及と漫画を通じた国際文化交流の促進を目的として、優れた漫画作品を創作した海外の漫画家を顕彰するため、2007年に外務省が創設した。第18回となる2024年は、95の国・地域から過去最多となる716作品の応募があり、ブラジルの作品が最優秀賞、タイ、台湾、チリの作品が優秀賞に輝いた。また、今回はイエメン、ドミニカ国、ナミビア、バルバドス、ラオス、ルクセンブルグ、赤道ギニアの7か国から初めて応募があった。 第17回日本国際漫画賞授賞式(3月5日、東京) (3)人物交流や教育・スポーツ分野での交流 外務省では、諸外国において世論形成・政策決定に大きな影響力を有する要人、各界で一定の指導的立場に就くことが期待される外国人などを日本に招き、人脈形成や対日理解促進を図る各種の招へい事業を実施している。また、教育やスポーツなどの分野でも、幅広い層での人的交流の促進のために様々な取組を行っている。これらの事業は、相互理解や友好関係を増進させるだけではなく、国際社会での日本の存在感を高め、ひいては外交上の日本の国益の増進の面でも大きな意義がある。 ア 留学生交流関連 外務省は、在外公館を通じ日本への留学の魅力や機会を積極的に広報し、国費外国人留学生の受入れのための募集・選考業務、各国の「帰国留学生会」などを通じた元留学生との関係の維持や日本への関心・理解・支持の拡大に努めている。3月、前年に続き第4回目となる帰国留学生総会を対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド形式で開催した。同総会においては、国単位での各国帰国留学生会の活動に加え、地域単位で開催される総会などの取組についての報告及び意見交換が行われ、各国帰国留学生間のネットワークの強化が図られた。 また、2021年9月の第2回日米豪印首脳会合において、教育及び人的交流に係る協力として発表された、日米豪印のSTEM分野(科学、技術、工学及び数学)の優れた人材に対して米国留学のための奨学金を授与する日米豪印フェローシップの枠組みで、8月、第2期採用者50人(日本、インド、オーストラリア、米国から各国10人及びASEAN地域から10人)が米国での修学を開始し、参加者の総計は150人となった。 各地域の帰国留学生組織及び会員数 イ JETプログラム 外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図る目的で1987年に開始された「JETプログラム」は、総務省、外務省、文部科学省及び一般財団法人自治体国際化協会の運営協力の下、地方自治体などが外国青年を自治体や学校で任用するものであり、外務省は、在外公館における募集・選考や渡日前オリエンテーション、19か国に存在する元JET参加者の会(JETAA、会員数約2万5,000人)の活動を支援している。2024年度は51か国から2,006人の新規参加者を含む5,861人の参加者が全国に配置され、2024年7月1日時点の累計参加者は約7万9,000人を超える。JETAAは、各国で日本を紹介する活動を行っており、数多くのJET経験者がプログラム参加後、日本への関心・理解・支持の拡大に資する積極的な活動を行いつつ各国の様々な分野で活躍するなど、JET参加者は日本にとって貴重な人的・外交的資産となっている。 元JET参加者の会(JET Alumni Association)支部数及び会員数 JETAA米国総会参加者(9月27日から29日まで、米国・セントポール) ウ スポーツ交流 スポーツは言語を超えたコミュニケーションを可能とし、友好親善や対日理解の増進に有効な手段となる。外務省は、「スポーツ外交推進事業」による各国スポーツ競技団体に対する器材輸送支援などのスポーツ交流・協力を通じて、二国間関係の発展にも貢献している。この事業は、スポーツを活用した外交を推進し、日本への関心・理解・支持を拡大することで、国際相互理解の増進に寄与しており、国際スポーツ界における日本の地位の向上にもつながっている。 スポーツ外交推進事業:ボツワナへのバドミントン器材引渡し式 (11月20日、ボツワナ) コラムスポーツ外交推進事業による国際交流 ■東京からパリへ渡ったオリンピック・パラリンピックのバトン 2024年夏、フランスにおいて、パリ・オリンピック・パラリンピック競技大会(パリ大会)が開催されました。前回、新型コロナウイルス感染症の流行下で2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピック競技大会(東京大会)では、多くの制約の中でも果敢に挑戦するアスリートの姿に、私たちは夢と希望をもらいました。あれから3年、東京からバトンを受け取ったパリでは、観客が戻ったオリンピック・パラリンピックが開催され、多くの声援を受けたアスリートたちの躍進が世界中に届けられました。 ■スポーツ外交推進事業「スポーツ器材輸送支援」 パリ大会ではオリンピックに207、パラリンピックに167の国・地域が参加しました。各国のスポーツの発展を陰で支える取組の一つに、外務省が推進している「スポーツ外交推進事業」があります。この事業は、東京大会に向けた機運を盛り上げるために2015年に開始したもので、スポーツ選手や指導者の招へい・派遣や、スポーツ器材の輸送支援などを行っています。かつて同事業で日本を訪問した選手の中には、その後活躍を重ね、パリ大会に出場した方もいます。 現在は、日本国内の統括競技団体から海外の統括競技団体にスポーツ器材を寄贈する際に、その国際輸送費を外務省が支援する「スポーツ器材輸送支援」という取組を継続して実施しています。この枠組みにおいて、過去10年間に累計66か国に様々なスポーツ器材が届けられました。 スポーツ器材が不足している国や地域は多く、日本からの器材の寄贈は、現地のスポーツ関係者、若者、政府関係者など幅広い層から大変喜ばれています。こうした支援は、現地のスポーツの発展のみならず、スポーツを通じた日本との良好な二国間関係や国際交流の草の根レベルでの推進にも貢献しています。 2024年も様々な国や地域へスポーツ器材を寄贈しており、6月には、辻󠄀清人外務副大臣のタジキスタン訪問の機会に、公益財団法人日本サッカー協会から寄贈を受けたサッカーウェアをタジキスタン・サッカー連盟に引き渡しました。寄贈を受けたほかの国の競技団体からも、喜びの声が寄せられていますので、紹介します。 コロンビア・バドミントン連盟 (公益財団法人日本バドミントン協会からバドミントン器材を寄贈) 子どもたち、女性、アスリートにとってのスポーツ環境の改善、そして文化の発展のために、日本国民の皆さんから贈られた本支援に心から感謝します。私たちの連盟にとって、このような道が開かれ、固い絆(きずな)を日本バドミントン協会と結べたことは非常に光栄です。私たちは、多くの若者や市民が真に必要としている本支援を最大限に活用します。 コロンビアへのバドミントン器材引渡し式 (2月27日、コロンビア) モルディブ射撃協会 (公益社団法人日本ライフル射撃協会からライフル射撃用コート及びユニフォームを寄贈) 当国の射撃スポーツは発展途上にありますが、本贈呈はその発展の基礎を築くものであり、モルディブと日本の両国の親善と協力関係を象徴しています。モルディブ射撃協会を代表し、射撃用コート及びユニフォームの寄贈に深く感謝申し上げます。日本の継続的な援助と支援は、モルディブの発展に極めて重要な役割を果たしてきました。本贈呈が、両国の友好と強い絆を更に強める一歩となることを確信しています。 モルディブへのライフル射撃用コート及びユニフォーム引渡し式(5月16日、モルディブ) エ 対日理解促進交流プログラム 外務省は、日本とアジア大洋州、北米、欧州、中南米の各国・地域との間で、二国間又は地域間関係を発展させ日本の外交基盤を拡充することを念頭に、諸外国・地域の青年に対し、招へい、派遣、オンライン交流を通じて多角的に日本への理解を促進するプログラムを実施し、未来の親日派・知日派の発掘及び育成に努め、海外からの日本に関する発信の強化を図っている。2024年は約2,500人の青年がこれらのプログラムに参加し、日本の政治、経済、社会、文化、歴史及び外交政策などの分野において、専門家からの講義の聴講、各分野の視察及び意見交換並びに日本文化の体験を行った。この事業は、諸外国・地域の青年の日本への興味や関心を喚起し、日本への支持層の裾野を広げ、参加者が同プログラムを通じて得た学びや日本国内の訪問地における体験を、所属先における報告やソーシャルメディアで発信することで、国際社会における対日理解の促進及びイメージの向上にも貢献した。また、本事業の同窓生を対象に95件の同窓会やオンライン再訪日プログラムなどのフォローアップ・プログラムを実施したことにより、引き続き、各々の関心分野における日本と諸外国・地域の関係に対するより深い理解が促進されるとともに、強固なネットワークが培われている。 JENESYS「日本ASEAN学生会議」参加者による生稲晃子外務大臣政務官表敬(2025年1月15日、東京都) カケハシ・プロジェクト日系米国人青少年招へい参加者によるJICA横浜海外移住資料館の視察(12月17日、神奈川県 写真提供:日本国際協力センター) ENESYS「日本・ASEANスポーツ×SDGs交流」 (10月31日、福島県 写真提供:日本国際協力センター) (4)知的分野の交流 ア 日本研究 外務省は、国際交流基金を通じ、海外における日本の政治、経済、社会、文化などに関する様々な研究活動を複合的に支援している。2024年は、日本研究フェローシップ事業を通じて86人の研究者に訪日研究の機会を提供した。また、「次世代共創パートナーシップ-文化のWA2.0-」事業の一環として、主にASEAN諸国における日本研究分野の人材が継続的に輩出・育成されていく仕組みの構築を目指し、東京大学東洋文化研究所及び国際日本文化研究センターと共に、東京(11月)と京都(12月)でネットワーキング・イベントを開催し、研究者を中心としたネットワークの形成・強化につながる機会を提供した。 国際日本文化研究センターで開催されたネットワーキング・イベント(12月20日、京都府 写真提供:国際交流基金) また、2024年は、25か国・地域の45か所の日本研究機関に対し、教員拡充助成や、客員教授の派遣、セミナー・シンポジウムの開催支援、日本関係図書の拡充支援などを行ったほか、各国・地域の日本研究者や研究機関のネットワーク構築を促進するため、学会活動への支援なども行った。 イ 国際対話 外務省は、国際交流基金を通じ、新たな知見・知恵の創造と共有、共通課題の解決、次世代の相互理解の深化を目指す国際対話事業を実施している。具体的には、共通の国際的課題をテーマとしたシンポジウムなどの開催、文化人の派遣・招へいを通じた交流に取り組んだほか、草の根レベルで日本への関心と理解を深めるため、日米草の根交流コーディネーター派遣(JOI)事業を実施するなど、様々なレベルでの対話の促進と人材育成、人的ネットワークの形成に資する交流事業を企画、実施、支援した。 2024年、前年に引き続き、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に資する人材を育成するため、域内の専門家や実務家が共通課題に取り組む「国際交流基金インド太平洋パートナーシップ・プログラム(JFIPP)」を実施し、延べ78人が参加した。また、1月にはウクライナの詩人オスタップ・スリヴィンスキー氏を日本に招へいし、各地で日本の文化人などとの座談会、対談イベントを開催した。海外では、文化人類学者で漫画家の都留泰(だい)作氏と、漫画家の墨佳(よし)遼氏をペルー、ブラジル、メキシコに派遣し、日本の漫画・アニメ創作における世界観とキャラクター・デザインをテーマに、各地の研究者やクリエイターらとの対話イベントを実施し、総計1,200人を超える参加者を集めた。また、「次世代共創パートナーシップ -文化のWA2.0-」事業の一環として、国際交流基金は、ASEAN各国の中等教育機関の教員など計55人を日本に招へいし、学校訪問及び日本の教員との意見交換会、日本文化体験や世界共通課題に対する日本の取組の現場の視察などのプログラムを実施した。これらを通じて参加者の対日理解や親日感が促進され、参加者が帰国後それぞれの教育現場においてその成果が還元されることが期待される。 ウクライナの詩人・オスタップ・スリヴィンスキーとの座談会(1月19日、東京 写真提供:国際交流基金) ウ 日米文化教育交流会議(CULCON:カルコン) 日米の官民の有識者が文化・教育交流・知的対話について議論するカルコンでは、二つの日米合同分科会(「デジタル化時代の情報共有とアクセス」及び「サブナショナル外交と地域間交流の促進」)がそれぞれ10月と12月に会合を行い、2025年度中の最終報告書の提出に向けて日米双方の委員が議論を深めた。 エ 国際連合大学(UNU)との協力 UNUは、日本に本部を置く唯一の国連機関であり、国連諸機関全体のシンクタンクとして持続可能な開発目標(SDGs)を含む地球規模課題の研究に加え、学位プログラムを開設するなど人材育成の面でも国際社会に貢献しており、2025年に設立50周年を迎える。日本は、UNUに対し、様々な協力と支援を行っている。7月には、外務省はUNUと共催で「ユースとの対話:未来サミットに向けて」イベントをUNU本部で開催し、上川外務大臣とマルワラUNU学長は、日本及び各国のユースとの間で、今後追求していくべき豊かさやグローバルな取組での意思決定におけるユースの意義ある参画などについて議論した。8月には、マルワラ学長が、TICAD閣僚会合のセッション1(社会:「持続可能な未来の実現」)において基調講演を行ったほか、テーマ別イベント「アフリカにおけるイノベーション」のパネル・ディスカッションでモデレーターを務めた。 「ユースとの対話:未来サミットに向けて」イベント(7月22日、東京) また、白波瀬佐和子UNU上級副学長・国際連合事務次長補は、BIG IDEAS対話シリーズなどを通じて、SDGsに関する議論の促進に貢献している。 (5)日本語普及 日本経済のグローバル化に伴う日本企業の海外進出や日本のポップカルチャーの世界的な浸透などにより、海外では若者を中心に日本語への関心が増大している。海外において日本語の普及を一層進めることは、海外での対日理解の促進や日本の国民や企業にとって望ましい国際環境の醸成につながり、また、日本での就労を希望する外国人の日本語能力を向上させ、日本における多文化共生社会の実現にも資するものである。国際交流基金が2021年度に行った調査では、141の国・地域で約379万人が日本語を学習していることが確認されている。また、同基金が実施する日本語能力試験(JLPT)は、2020年以降は新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって受験応募者数(国内実施分を含む。)が一時的に減少したものの、その後急速に回復・増加し、2024年の受験応募者数は過去最高の約172万人に達した。 外務省は、国際交流基金を通じて海外における日本語教育環境の整備に努めており、日本語学習への多様なニーズに対応している。具体的には、日本語専門家の海外派遣、海外の日本語教師や外交官、公務員、文化・学術関係者を対象とした研修、子どもを対象とした日本語教育支援、インドネシア及びフィリピンとの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士候補者への訪日前日本語予備教育、各国・地域の教育機関などに対する日本語教育導入などの働きかけや日本語教育活動の支援、日本語教材の開発、eラーニングの運営、外国語教育の国際標準に即した「JF(国際交流基金)日本語教育スタンダード」の普及活動などを行っている。また、「次世代共創パートナーシップ-文化のWA2.0-」事業の大きな柱の一つとして、ASEAN諸国などの中等教育機関などに、日本語授業をサポートする日本語パートナーズを派遣している。2024年には10か国に計285人を派遣した。また、パートナーズ受入校などに所属する教師49人及び学生77人を日本に招へいし、研修の機会を提供した。また、日本における少子高齢化を背景とした労働力不足への対応として、2019年4月の在留資格「特定技能」外国人材受入れ開始以降、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(2018年12月25日「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議決定」)の策定に伴い、来日する外国人の日本語能力を測定する「国際交流基金日本語基礎テスト」(JFT-Basic)の実施(2024年末までの海外11か国及び日本国内における累計受験者数は約31万人)や、日本語能力を効果的に習得することを目的とした教材・カリキュラムの開発・普及、就労希望者に日本語教育を行う現地日本語教師の育成などの取組を行っている。 コラムアジアの共鳴を、未来の息吹に ─「次世代共創パートナーシップ-文化のWA2.0-」の開始─ 国際交流基金(JF)は、2024年から2033年までの10年間にわたって、東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心とするアジア諸国・地域において、日本語教育、文化芸術、日本研究、国際対話といった分野で様々な交流事業を集中的に行う取組を開始しました。「次世代共創パートナーシップ-文化のWA2.0-」と命名されたこのプロジェクトは、2014年から2023年にかけて実施された「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト~知り合うアジア~」を受け継ぎ、域内各国と日本の次世代の人的交流や人材育成を通じて、未来を「共」に「創」る関係を築くことを目指しています。 本プロジェクトの柱の一つが、各国・地域の中等教育機関などに日本人を派遣し、現地の日本語教師や生徒のパートナーとして授業のアシスタントや日本文化紹介を行う「日本語パートナーズ」事業の継続です。既に現地からは、「日本人と話す機会があったり、直接関わりを持ったりすることで、相手を知りたい気持ちが芽生え、日本語をもっと勉強したい気持ちが強くなった。」といった声が多数寄せられています。また、各地に根付いて活動する日本語パートナーズからも「第二の故郷ができた。」、「両国の親善大使になりたい。」との感想が聞かれるなど、架け橋となる人材が双方で確実に育っていることを実感しています。「文化のWA2.0」では、日本語パートナーズの派遣先校での本格的な文化イベントの実施、現地の教師や生徒の日本への招へいなど、日本語や日本への関心喚起のために更なる取組を実施していきます。 日本語パートナーズによる寿司作り体験企画 (6月、マレーシア・ペナン 写真提供:国際交流基金) 文化芸術分野でも交流が始まっています。マレーシアで7月に開催されたAsian Producers' Platform Camp(APP CAMP)1に日本から舞台芸術の関係者を派遣しました。「各国のプロデューサーらと寝食を共にし、議論して築いた信頼関係は、ほかでは得難いものでした。」との参加者のコメントが示すとおり、アジア各国からの参加者との活発な交流や意見交換は大きな刺激になったようで、将来的な協働にもつながるネットワーク構築の場となりました。また、10月には東京国際映画祭に合わせて東南アジア各国で活躍する映画プログラマー8人を招へいし、日本映画への造詣を深めるとともに人脈作りの機会を提供しました。帰国後にはそれぞれの国で日本映画上映を自主企画することが予定されており、各地での反響が待ち遠しいところです。 APP CAMPの参加者集合写真 (7月、マレーシア・ペナン 写真提供:国際交流基金) ASEAN各国の中学・高校に所属する教員を日本に招へいし、地方の学校訪問などを通じて日本の教育等への理解を深めてもらう「日ASEAN中高教員交流事業」も新たに始まった事業の一つです。初年度となる2024年は11月に学校長、教育行政官など26人、社会科などの教員29人を招へいしました。参加した教員からの「今後も更に多くの参加者が、私と同じような経験を得られることを願っています。」といった感想を励みに、より期待に応えられるプログラムを引き続き実施していきます。 阿波(あわ)おどり会館を訪問した「日ASEAN中高教員交流事業」の参加者(11月、徳島県徳島市 写真提供:国際交流基金) 2025年以降、更に様々な交流事業を展開していく予定です。10年後の2033年に向けて、日本とASEANを始めとするアジア諸国・地域との間に、どんな文化のWAが広がり新たな未来が花開いていくのか、今から楽しみです。 1 Asian Producers' Platformは、アジア大洋州地域における舞台芸術プロデューサー・制作者らによる、ネットワーキングの深化を目的に2014年から始まったプラットフォーム。APP CAMPは、APPが年に1回開催し、約1週間にわたり各国からの参加者が共同生活を通じて、ネットワーク深化や信頼関係の醸成、自身の能力向上を図っている。 (6)文化無償資金協力 開発途上国での文化・スポーツ・高等教育振興、及び文化遺産保全に使用される資機材の購入や施設の整備を支援し、日本と開発途上国の相互理解や友好親善を深めるため、政府開発援助(ODA)の一環として文化無償資金協力を実施している。2024年は、一般文化無償資金協力3件(総額3億7,270万円)、草の根文化無償資金協力17件(総額1億5,334万円)を実施した。具体的には、一般文化無償資金協力として、エジプト、モンゴル及びセネガルにおける教育・利用促進及び柔道の振興・発展に向けた機材の整備などを実施し、また、草の根文化無償資金協力として、武道を中心とするスポーツ振興や日本語普及の分野での協力を重点的に実施した。 (7)国連教育科学文化機関(UNESCO:ユネスコ)を通じた協力 ユネスコは、1951年に日本が戦後初めて加盟した国際機関である。日本は、教育、科学、文化などの分野におけるユネスコの様々な取組に積極的に参加し、1952年以降、日本は継続してユネスコ執行委員会委員国を務めている。 日本は、ユネスコと協力して、開発途上国に対する教育、科学、文化面などの支援を行っている。文化面では、世界の有形・無形の文化遺産の保護・振興及び人材育成分野での支援を柱として協力している。また、文化遺産の保護のための国際的枠組みにも積極的に参画している。1994年から継続するアンコール遺跡(カンボジア)修復保全支援事業、2003年から継続するバーミヤン遺跡(アフガニスタン)修復保全支援事業がその代表的な事例である。これらの事業においては、日本人の専門家が中心となって、現地の人々が将来は自らの手で遺跡を守ることができるよう人材育成を行っている。また、遺跡の保全管理計画の策定や保存修復への支援を行っている。また、日本は、困難に直面するウクライナの文化・教育セクターに対し、ユネスコを通じた支援を継続している。6月には、ユネスコ及びウクライナ政府の協力の下、リトアニア政府が主催した「ウクライナ文化セクター復興のための国際会議」に高村正大(ひろ)外務大臣政務官が出席し、ウクライナの復興のために国際社会が連帯する必要性を強調した。近年、アフリカ諸国や小島嶼(しょ)開発途上国に対しても、文化遺産の保護と持続可能な開発の両立のための人材育成への支援を実施している。無形文化遺産の保護についても、開発途上国における音楽・舞踊などの伝統芸能、伝統工芸などを次世代に継承するための事業、各国が自ら無形文化遺産を保護する能力を高めるための国内制度整備や関係者の能力強化事業に対し、支援を実施している。 アズレー・ユネスコ事務局長は、ユネスコの非政治化のための改革及び組織改革を含むユネスコ強化に向けた「戦略的変革」を推進してきており、日本は、一貫して同事務局長を支持してきた。2月には、G20外相会合(ブラジル)に出席した上川外務大臣が、アズレー事務局長と会談し、紛争地における文化保護を含め、ユネスコにおける様々な課題に引き続き協力して取り組んでいくことで一致した。日本は今後も引き続き、同事務局長のリーダーシップの下で推進されるユネスコの活動に積極的に貢献していく。 ア 世界遺産条約 世界遺産条約は、文化遺産や自然遺産を人類全体の遺産として国際的に保護することを目的としており、日本は、1992年にこの条約を締結した(2024年12月時点での締約国数は196か国)。この条約に基づく「世界遺産一覧表」に記載されたものが、いわゆる「世界遺産」である。建造物や遺跡などの「文化遺産」、自然地域などの「自然遺産」、文化と自然の両方の要素を持つ「複合遺産」に分類され、2024年12月時点で、世界遺産一覧表には日本の文化遺産21件、自然遺産5件の計26件を含む1,223件が世界全体で記載されている。第46回世界遺産委員会は、2024年7月にインドの首都ニューデリーで開催された。 同世界遺産委員会において、「佐渡島(さど)の金山」(新潟県)が、全ての世界遺産委員国によるコンセンサスで世界遺産として登録された。 イ 無形文化遺産保護条約 無形文化遺産保護条約は、伝統芸能や伝統工芸技術などの無形文化遺産について、国際的保護の体制を整えるものである(2024年12月時点での締約国数は183か国)。国内の無形文化財の保護において豊富な経験を持つ日本は、この条約の運用制度の改善を議論する政府間ワーキング・グループ会合の議長を務め、開発途上国からの要望を取りまとめるなど議論を牽(けん)引してきている。2024年12月、同条約に基づき作成されている「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に、日本から提案した「伝統的酒造り」が記載されることが決定し、これにより日本の記載案件は計23件となった。現在、新規提案案件として「書道」、拡張提案案件として「和紙:日本の手漉(すき)和紙技術」、「山・鉾(ほこ)・屋台行事」、「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」の提案書をユネスコ事務局に提出している。 ウ ユネスコ「世界の記憶」事業 ユネスコ「世界の記憶」事業は、貴重な歴史的資料などの保護とアクセス、関心の向上を目的に1992年に創設された。このうち、国際登録事業においてはユネスコのホームページによると、2024年12月時点で496件が登録されている。 従来の制度では、加盟国政府が登録の検討に関与できる仕組みとなっておらず、また、登録申請案件について、関係国間での見解の相違が明らかであるにもかかわらず、一方の国の主張のみに基づき申請・登録がなされ政治的対立を生むことは、ユネスコの設立趣旨である加盟国間の友好と相互理解の推進に反するものとなることから、2017年以降新規申請を凍結した上で同事業の包括的な制度改善を日本が主導した。その結果、2021年4月のユネスコ執行委員会で新しい制度が承認された。新制度では、登録申請は加盟国政府を通じて提出することとなったほか、当事国からの異議申立て制度を新設し、加盟国間で対立する案件については当事国間で対話を行い帰結するまで登録を進めないこととなった。制度改善が完了したことを受け、同年7月に新規の申請募集が再開され、2023年5月、日本から申請した智証大師円珍関係文書典籍 -日本・中国の文化交流史-」(申請者:園城寺、東京国立博物館)を含む64件の新規登録が決定された。