第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 2 自由で公正な経済秩序を広げるための取組 (1)経済連携の推進 近年、経済のグローバル化が進展する一方、保護主義的な動きが一層顕著となり、さらにはロシアによるウクライナ侵略やイスラエル・パレスチナ情勢などを原因として、世界経済全体が引き続き混乱に見舞われている。そうした中で日本は、物品の関税やサービス貿易の障壁などの削減・撤廃、貿易・投資のルール作りなどを通じて海外の成長市場の活力を取り込み、日本経済の基盤を強化する経済連携協定/自由貿易協定(EPA/FTA)(5)を重視し、これを着実に推進してきている。 二国間の経済連携協定については、3月に日・バングラデシュEPA交渉の開始を決定し、5月、11月、12月にそれぞれ交渉会合を実施した。9月には日・アラブ首長国連邦(UAE)・EPA交渉の開始を決定し、11月に第1回交渉会合を開催した。2009年以降交渉が中断していた日・GCC(湾岸協力理事会)(6)・EPAについては、交渉再開でGCC側と一致したことを受けて、12月に第1回交渉会合を開催した。日・インドネシアEPAについては、8月に改正議定書への署名が行われた。CPTPPについては、11月に開催された第8回TPP委員会においてコスタリカの加入に関する作業部会(AWG)の設置が決定されたほか、12月にCPTPPへの英国の加入議定書が日本を含む10か国について発効した。 2024年末時点で、日本の貿易のEPA/FTA比率(日本の貿易総額に占める発効済み・署名済みの経済連携協定/自由貿易協定相手国との貿易額の割合)は約78.9%に達している(出典:2025年財務省貿易統計)。日本としては、引き続き、自らの平和と繁栄の基礎となる自由で公正な経済秩序を広げるため、CPTPPの高い水準の維持や、地域的な包括的経済連携(RCEP)(7)協定の透明性のある履行の確保、その他の経済連携協定交渉などに積極的に取り組んでいく。 日本の貿易総額に占めるEPA相手国・地域の貿易額割合 ア 多数国間協定など (ア)環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP) CPTPPは、関税、サービス、投資、電子商取引、知的財産、国有企業など、幅広い分野で高い水準のルールを設定している。日本にとっても、日本企業が海外市場で一層活躍する契機となり、日本の経済成長に向けて大きな推進力となる重要な経済的意義を有している。さらに、CPTPPを通じて、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値や原則を共有する国々と共に自由で公正な経済秩序を構築し、日本の安全保障やインド太平洋地域の安定に大きく貢献し、地域及び世界の平和と繁栄を確かなものにするという大きな戦略的意義を有している。日本、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国及びベトナムの12か国は、2016年2月、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に署名したが、2017年1月に米国がTPP協定からの離脱を表明したことから、11か国でTPPを早期に実現するため、日本は精力的に議論を主導した。2017年11月のTPP閣僚会合で大筋合意に至り、2018年3月にCPTPPがチリで署名された。協定の発効に必要とされる6か国(メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア)が国内手続を終え、同協定は2018年12月30日に発効した。2019年1月にベトナムが、2021年9月にペルーが、2022年11月にマレーシアが、2023年2月にチリが、7月にブルネイが締約国となり、同協定は署名した11か国全てについて発効した。 CPTPPの発効後、閣僚級を含めTPP委員会が8回開催されている。2021年6月の第4回TPP委員会では、同年2月に加入を正式に申請した英国の加入手続の開始と英国の加入に関する作業部会(AWG)の設置が決定され、同年9月に同作業部会の会合が開始された。2023年3月にはCPTPP参加国と英国はオンライン形式で閣僚会合を行い、英国のCPTPP加入交渉の実質的な妥結を確認した。同年7月には第7回TPP委員会がニュージーランドで開催され、英国加入議定書への署名が行われた。同議定書は、交渉の結果を踏まえ、CPTPPが規定する各分野のルールの英国による遵守並びにCPTPPの締約国及び英国が互いに付与する市場アクセスに関する約束など定めている。日本は同議定書を同年12月に第212回国会(臨時会)で承認し、その後、同議定書は2024年12月に日本を含む10か国について発効した。また、同年11月には第8回TPP委員会がカナダで開催され、2022年8月に加入を正式に要請したコスタリカの加入手続の開始とコスタリカの加入に関する作業部会(AWG)の設置が決定されたほか、協定の「一般的な見直し」に係る今後の対応について議論された。CPTPPには、2021年9月16日に中国が、同月22日に台湾が、同年12月17日にエクアドルが、同年12月1日にウルグアイが、2023年5月にウクライナが、2024年9月にインドネシアが加入を要請している。日本は、加入要請を行ったエコノミーがCPTPPの高い水準を完全に満たすことができ、加入後の履行においても満たし続けていくという意図と能力があるかどうかについて適切に見極めつつ、戦略的観点や国民の理解も踏まえながら対応していく。 (イ)インド太平洋経済枠組み(IPEF) IPEFは、インド太平洋地域における経済面での協力について議論するための枠組みであり、オーストラリア、ブルネイ、フィジー、インド、インドネシア、日本、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、米国及びベトナムの合計14か国が参加している。2022年5月、バイデン米国大統領の訪日に合わせて東京で立ち上げが発表され、同年9月、米国・ロサンゼルスでのIPEF閣僚級会合において、貿易、サプライチェーン、クリーン経済及び公正な経済の四つの柱が交渉対象として合意された。 2024年2月24日、IPEFサプライチェーン協定が発効した。同年3月のIPEFオンライン閣僚級会合に続き、6月、シンガポールにおいて閣僚級会合及び投資家フォーラムが開催された。シンガポール会合では、IPEFクリーン経済協定、IPEF公正な経済協定及びIPEF協定の署名式が行われたほか、IPEFサプライチェーン協定の実施に関する現状や今後の取組などについて議論された。また、持続可能なインフラや気候変動に係る技術への投資を呼び込むため、民間企業や機関投資家のビジネスマッチングを促進することを目的とした投資家フォーラムでは、IPEFパートナー国の閣僚級のほか、公的融資関係者・政府機関、国際開発金融機関、機関投資家、民間企業関係者などが参加する中、インド太平洋地域のクリーン経済に関してパネルディスカッションなどが行われた。さらに9月、IPEFオンライン閣僚級会合が開催され、10月11日、IPEFクリーン経済協定及びIPEF協定が、また、同月12日、IPEF公正な経済協定が発効した。 日本としては、インド太平洋地域における協力、安定、繁栄、開発及び平和に貢献するため、引き続き、他のパートナー国と共に取り組んでいく。 インド太平洋地域の多国間経済協定 (ウ)日EU経済連携協定(EPA) 2019年2月、当時の世界GDPの約3割、世界貿易の約4割を占める日EU・EPAが発効した。EUは、日本にとって第三の輸出相手国(全体の10.3%)かつ第三の輸入相手国(10.3%)(いずれも2023年時点)となる重要なパートナーである。 2024年7月には、閣僚間で日EU・EPA合同委員会第5回会合を開催し、発効5周年を迎えた日EU・EPAが様々な分野で着実に実施されていることを歓迎し、衛生植物検疫措置(SPS)(8)、地理的表示(GI)、政府調達、規制協力、貿易及び持続可能な開発の分野などに係る進捗について意見交換を行った。また、同月1日には日EU・EPAに「データの自由な流通に関する規定」を含める改正議定書が発効した。今後も、閣僚級の合同委員会や分野別の専門委員会・作業部会を通じて、EPAの効果的な実施を確保するための取組を進め、日EU経済関係の更なる深化に向けて引き続き緊密に協力していく。 (エ)日英包括的経済連携協定(日英EPA) 英国のEU離脱を機に2021年1月に発効した日英EPAは、基本的価値を共有するグローバルな戦略的パートナーである日英関係を経済面で一層深化させるための重要な礎となっている。日EU・EPAを基礎とし全24章で構成される日英EPAは、電子商取引や金融サービスなどの分野で日EU・EPAよりも先進的かつハイレベルなルールを盛り込んでいる。また、日本が結ぶEPAの中で初めて、貿易により創出される機会や利益への女性のアクセス促進のための章を設けており、日英政府協力の下、7月に日英EPA・女性経営者セミナーを開催した。 今後も、閣僚級の合同委員会や分野別の専門委員会・作業部会を通じて、EPAの効果的な実施を確保するための取組を進め、日英経済関係の更なる深化に向けて引き続き緊密に協力していく。 (オ)日・GCC経済連携協定(EPA) 湾岸協力理事会(GCC)とのEPAの締結は、その関税削減効果やルール面の改善によるビジネス環境改善に加え、エネルギー安全保障の観点からも重要である。 日本とGCCとの間のEPA交渉は2006年に開始され、その後2009年に中断されたが、2023年7月に岸田総理大臣がサウジアラビアを訪問した際、ブダイウィGCC事務総長との間で2024年中の交渉再開で一致したことを受け、同年12月に交渉再開後の第1回交渉会合がリヤド(サウジアラビア)で開催された。 日・GCC・EPAはGCC諸国が進める産業多角化、脱石油依存に向けた社会経済改革の力強い後押しとなり、日本とGCCの更なる関係強化に資することが期待される。 (カ)地域的な包括的経済連携(RCEP)協定 RCEP協定は、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国と日本、オーストラリア、中国、韓国及びニュージーランドが参加する経済連携協定である。RCEP協定参加国のGDPの合計、参加国の貿易総額、人口はいずれも世界全体の約3割を占める。この協定の発効により、日本と世界の成長センターであるこの地域とのつながりがこれまで以上に強固になり、日本の経済成長に寄与することが期待される。2012年11月に、プノンペン(カンボジア)で開催されたASEAN関連首脳会合の際、RCEP交渉立上げ式が開催されて以来、4回の首脳会議、19回の閣僚会合及び31回の交渉会合が開催されるなど約8年の交渉を経て、2020年11月15日の第4回RCEP首脳会議の機会に署名に至った。 RCEP協定は、2022年1月1日に発効し、2024年末までに合計8回の合同委員会及び3回の閣僚会合が開催された。日本としては、RCEP協定の透明性のある履行の確保を通じ、自由で公正なルールに基づく経済活動を地域に根付かせるため、関係各国と緊密に連携しながら取り組んでいく。 (キ)アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想 アジア太平洋経済協力(APEC)(9)の中長期的な方向性を示す「APECプトラジャヤ・ビジョン2040」(2020年に採択)は、「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)(10)のアジェンダに関する作業などを通じて、市場主導型による地域の経済統合を推し進める」と記述している。2022年には、「FTAAPアジェンダに関する作業計画」が策定され、FTAAPアジェンダを具体化する作業が進められている。 日本はこれまで、経済連携協定(EPA)における「競争章」や競争に関する政策ワークショップを行い、FTAAPアジェンダに関する知見の共有や能力構築支援に貢献してきた。 2024年のペルーでのAPEC首脳会議において「FTAAPアジェンダの新たな視点に関するイチマ(11)声明」が採択され、市場主導型の経済統合を推進することがAPECの主要な目的であること、またFTAAPアジェンダの進展を支援することが確認された。また、既存の自由貿易協定などを踏まえ、税関手続、投資円滑化、デジタル貿易、競争政策、国有企業、労働などの分野について検討する新たなプログラムを開始することが明記された。 イ 二国間協定 (ア)日・トルコ経済連携協定(EPA) トルコは、欧州、中東、中央アジア・コーカサス地域、アフリカの結節点に位置する重要な国であり、高い経済的潜在性を有し、周辺地域への輸出のための生産拠点としても注目されている。両国の経済界から日・トルコEPAの早期締結に対する高い期待感が示される中、2014年1月の日・トルコ首脳会談において交渉開始に合意し、2024年12月末までに17回の交渉会合が開催された。トルコは、これまでに20以上の国・地域とEPA/FTAを締結しており、EPA締結を通じて日本企業の競争条件が整備されることが期待される。 (イ)日・バングラデシュ経済連携協定(EPA) バングラデシュは、伝統的な親日国であり、経済協力関係を中心に友好な関係を築いてきている。2023年4月には、両国関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げし、両国の経済関係は近年更に発展してきている。こうした状況を踏まえ、両国の貿易拡大やルール整備による投資環境改善などを目指し、2024年3月に日・バングラデシュEPA交渉の開始を決定し、同年5月に第1回交渉会合、11月に第2回交渉会合、12月に第3回交渉会合を開催した。 日・バングラデシュEPAの締結は、二国間の経済関係を更に発展させるとともに、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現や日本の南アジアにおけるプレゼンス増大をもたらすことが期待される。 (ウ)日・アラブ首長国連邦(UAE)経済連携協定(EPA) UAEは日本にとってエネルギー安全保障上重要な戦略的パートナーであり、近年は「包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ(CSPI)」の枠組みの下、多岐にわたる分野で協力を推進してきている。 9月、両国は、日・UAE・EPAの交渉を開始することを決定し、11月に第1回の交渉会合を開催した。日・UAE間において、並行して交渉が行われる日・GCC・EPAに加えて、EPAを締結することにより、貿易・投資の拡大を始めとする両国間の経済関係の一層の強化などに資することが期待される。 ウ その他の発効済みの経済連携協定(EPA) 発効済みのEPAには、協定の実施の在り方について協議する合同委員会に関する規定や、発効から一定期間を経た後に協定の見直しを行う規定がある。また、発効済みのEPAの円滑な実施のために、発効後も様々な協議が続けられている。日・インドネシアEPAについては、2023年12月に開催された日・インドネシア首脳会談において、日・インドネシア経済連携協定改正議定書の交渉が大筋合意に至ったことが確認され、2024年8月に同改正議定書への署名が行われた。 また、EPAに基づき、インドネシア、フィリピン及びベトナムから看護師・介護福祉士候補者の受入れを実施しており、2024年度までの累計受入れ人数は、それぞれ、インドネシア4,259人、フィリピン3,837人及びベトナム1,944人となっている。また、2023年度までの3か国の累計国家試験合格者数は、看護師は666人、介護福祉士は3,118人である。 エ 投資関連協定 投資関連協定(投資協定及び投資章を含むEPA/FTA)は、投資家やその投資財産の保護、規制の透明性向上、投資機会の拡大、投資紛争解決手続などについて共通のルールを設定することで、投資家の予見可能性を高め、投資活動を促進するための重要な法的基盤である。海外における日本企業の投資環境を整備するだけでなく、日本市場への海外投資の呼び込みにも寄与すると考えられることから、日本は投資関連協定の締結に積極的に取り組んできている。 2024年2月には、日・ウクライナ投資協定の改正交渉の開始を決定し、7月、日・セルビア投資協定の交渉開始を決定、同月には日・アンゴラ投資協定が発効し、12月、日・チュニジア投資協定の交渉開始を決定した。2025年2月、日・ザンビア投資協定に署名した。2025年2月末時点で、発効済みの投資関連協定が54本(投資協定37本、EPA17本)、署名済み・未発効となっている投資関連協定が3本(投資協定2本、EPA1本)あり、これらを合わせると57本となり、82の国・地域をカバーすることとなる。これらに現在交渉中の投資関連協定を含めると96の国・地域、日本の対外直接投資額の約95%をカバーすることとなる(12)。 投資関連協定(注)の現状(2025年2月時点) オ 租税条約/社会保障協定 (ア)租税条約 租税条約は、国境を越える経済活動に対する国際的な二重課税の除去(例:配当などの投資所得に対する源泉地国課税の減免)や脱税・租税回避の防止を図ることを目的としており、二国間の健全な投資・経済交流を促進するための重要な法的基盤である。日本政府は、日本企業の健全な海外展開を支援するため、これに必要な租税条約ネットワークの拡充に努めている。 2024年には、アルジェリアとの租税条約(1月)及びギリシャとの租税条約(12月)が発行した。また、ウクライナとの新租税条約(全面改正)(2月)、トルクメニスタンとの新租税条約(全面改正)(12月)及びアルメニアとの新租税条約(全面改正)が署名された。同年12月時点で、日本は87本の租税条約などを締結しており、155か国・地域との間で適用されている。 (イ)社会保障協定 社会保障協定は、社会保険料の二重負担や年金受給資格の問題を解消することを目的としている。海外に進出する日本企業や国民の負担が軽減されることを通じて、相手国との人的交流の円滑化や経済交流を含む二国間関係の更なる緊密化に資することが期待される。2024年12月時点で日本と社会保障協定を締結又は署名している国は24か国である。 (2)国際機関における取組 ア 世界貿易機関(WTO) (ア)WTOが直面する課題とWTO改革 WTOは、ルールに基づく自由で開かれた多角的貿易体制の基盤として、日本及び世界の経済成長に貢献してきた。現在、世界が地政学的挑戦にさらされ、デジタル貿易の発展などの世界経済の変化や、非市場的な政策及び慣行、経済的威圧などの新たな課題にも直面する中、WTOがこれらの危機や課題に十分に対応できていないことも事実であり、WTOを中核とする多角的貿易体制の維持・強化のため、WTO改革の必要性が一層強く認識されている。 こうした中、日本は、(1)時代に即したルール形成、(2)紛争解決制度改革、(3)協定の履行監視機能の強化、の3本柱から成るWTO改革に向けた国際的取組を推進している。 (イ)第13回WTO閣僚会議(MC13)の開催 2月26日から3月2日まで、UAEのアブダビにおいて第13回世界貿易機関(WTO)閣僚会議(MC13)が開催された。MC13では、世界経済が直面する新たな課題を踏まえ、国際貿易秩序の礎として、WTOが果たす役割や今後の取組の方向性について議論された。外務省からは辻󠄀清人外務副大臣が参加し、オコンジョWTO事務局長や各国の代表との個別の会談を積極的に行い、MC13の成果に向けた意見調整に努めた。 MC13の具体的な成果としては、WTO改革について、これまでの進展を確認するとともに、今後とも改革を不断に推進していくことで一致し、特に紛争解決制度改革については、2024年までに全ての加盟国が利用できる完全なかつよく機能する紛争解決制度の実現を目的として、議論を加速することに一致した。さらに、1998年以降、WTOにおいて継続して延長されてきた、電子的送信に対する関税不賦課モラトリアムについても、2026年3月の次回閣僚会議(MC14)(13)まで延長することが決定された。また、MC13では、コモロ及び東ティモールのWTO新規加盟が決定された(14)。MC13の成果として、これらの成果を確認する閣僚宣言が採択された。 なお、WTOではコンセンサスでの決定を基本とするため、MC13では、当初合意が期待されていた分野において、一部の国の反対によりコンセンサスが形成されずに成果を出すことができなかった。加盟国が多様化する中でのWTOにおける成果達成の難しさが改めて浮き彫りとなった。 (ウ)時代に即したルール形成 2022年6月の第12回WTO閣僚会議(MC12)の際に採択された漁業補助金協定は、違法・無報告・無規制(IUU)(15)漁業につながる補助金の禁止などにより海洋生物資源の持続可能な利用の実現を目指すものであり、既に同協定を受諾している日本は、その発効に必要な全加盟国の3分の2の受諾の確保に向けて、未受諾国に粘り強く働きかけを行っている。また、包括的規律の規定を目指す漁業補助金協定の第二段階交渉についても、早期の交渉妥結に向けて建設的に議論に関与している。 日本は、漁業補助金協定のようなWTO全加盟国によるルール形成に加え、有志国によるルール形成の新たな取組として共同声明イニシアティブ(JSI)(16)を推進している。JSIには主に、投資円滑化、電子商取引及びサービス国内規制の三つの分野がある。投資円滑化については、MC13の機会に「開発のための投資円滑化に関する協定」の交渉終了を宣言し、その後、同協定をWTO協定の附属書として組み込むため、日本も各国に呼びかけを行った。電子商取引については、日本はオーストラリア及びシンガポールと共に共同議長国として議論を主導し、2024年7月、「電子商取引に関する協定」のテキストを公表することに貢献した。また、2021年12月に有志国間で交渉が妥結したサービス国内規制に関する新たな規律については、2024年2月に、各参加国が新たな規律を追加的に約束するためのWTO加盟国間の手続が完了し、WTOにおける有志国でのルール作りの具体的な成果となった。 (エ)紛争処理 WTOの紛争解決制度は、WTO加盟国間の経済紛争をルールに基づき解決するための手続であり、多角的貿易体制に安定性と予見可能性を与える柱として位置付けられている。2019年12月以降、上級委員会(最終審に相当)は審議に必要な委員数を確保できず、「機能停止」状態にあるが、紛争解決制度自体は引き続き加盟国に利用されている。日本は2023年3月に、暫定的に上級委員会の機能を代替する枠組みとして2020年に有志国が立ち上げた多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)に参加したが、MPIA参加後も引き続き紛争解決制度改革の議論に積極的に参加している。 2024年12月末時点で、WTOの紛争解決手続には、4件の日本の当事国案件が付託されており、2024年には以下の動きがあった。 2021年に日本が中国による日本製ステンレス製品に対するダンピング防止措置について申し立てた案件では、2023年6月、当該措置はWTO協定と非整合的であるとして、措置の是正を勧告するパネル報告書が配布され、7月のWTO紛争解決機関(DSB)会合において採択された。また、10月、日中両国は、中国による当該措置の是正期限を2024年5月8日とすることで合意した。その後、中国は、DSB勧告の履行のために再調査を行った結果、同年5月、措置を継続することを発表した。7月、中国は同措置についてサンセット・レビュー(ダンピング防止措置の継続の必要性に関する調査)の調査開始を公表したが、日本製品は同調査の対象とならず、日本に対するダンピング防止措置は終了した。 イ 経済協力開発機構(OECD) (ア)特徴 OECDは、経済成長、開発援助、自由かつ多角的な貿易の拡大を目的とし、「共通の価値」を有する加盟国(38か国)で構成される国際機関である。OECDは経済・社会の広範な分野について調査・分析を実施するほか、具体的な政策提言を行っている。また、約30の委員会で行われる議論などを通じて国際的なスタンダードやルールを形成している。日本は、1964年にOECDに加盟して以降、各種委員会での議論や財政・人的な貢献を通じて、OECDの取組に積極的に関わってきている。 (イ)2024年OECD閣僚理事会 OECD加盟60周年を迎えた日本が10年ぶりに議長国を務めた2024年の閣僚理事会は5月2日及び3日にパリ(フランス)で開催され、「変化の流れの共創」のテーマの下、日本からは岸田総理大臣と上川外務大臣を含む6人の閣僚が出席した。 OECD閣僚理事会開会式で議長国基調演説を行う岸田総理大臣 (5月2日、フランス・パリ 写真提供:首相官邸ホームページ) 議長国基調演説では、岸田総理大臣から、国際経済がインフレ、エネルギーや食料の供給途絶、サプライチェーン分断などのリスクに直面する中、「変化の流れの共創」の精神の下に結束し、国際社会が直面する危機を乗り越える重要性を強調した。また、日本のOECD加盟から60年が経(た)ち、国際社会が多極化や分断と紛争に直面する中、「共通の価値」を持つ加盟国で構成されるOECDが、東南アジア地域を始め、世界の様々な地域の非加盟国にアウトリーチしていく重要性を指摘した。 (ウ)各分野での取組 OECDは、経済・社会分野におけるルールや規範を形成し、また、G20、G7、APECなど、ほかの国際フォーラムとの連携を深め、新興国へのルール・規範の普及にも重要な役割を果たしている。具体的には、国際課税制度の見直しの議論を主導しているほか、人工知能(AI)やコーポレート・ガバナンスに関する原則の改定、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」(17)の普及・実施、援助協調などの取組を行っている。 (エ)東南アジア地域へのアウトリーチ 世界経済におけるインド太平洋地域の比重が増す中、インドネシアを始めとする東南アジアの新興国との関係を強化し、OECDのルール・規範を普及させることがOECDの重要な課題となっている。こうした文脈において、OECDは、東南アジア地域プログラム(SEARP)(18)を通じた政策対話などを行い、同地域との関係強化に取り組んでおり、その具体的成果として、2月には東南アジアから初めてとなるインドネシアのOECD加盟審査の開始が決定し、6月にはタイの加盟審査の開始が決定した。 2024年の閣僚理事会では、SEARP10周年記念式典を開催し、岸田総理大臣から、信頼できるデータと分析というOECDの強みを東南アジアの持続可能な成長につなげるため、「日本OECD・ASEANパートナーシップ・プログラム(JOAPP)」の立ち上げを表明した。 東南アジア地域プログラム10周年記念式典に出席する岸田総理大臣(5月2日、フランス・パリ 写真提供:首相官邸ホームページ) 日本は今後も、OECD東京センターや、独立行政法人国際協力機構(JICA)の技術協力を活用しながら、東南アジア地域からの将来的なOECD加盟を後押ししていく。 (オ)財政的・人的貢献 2024年現在、日本は、OECDの本体予算(分担金)の8.5%(米国(18.3%)に次ぎ全加盟国中第2位)を負担している。また日本は代々事務次長の一人を輩出しているほか(現在は武内良樹事務次長)、事務局には2023年末時点で88人の邦人職員が勤務している。 (3)知的財産の保護 技術革新を促進し、これを通じた経済成長を実現する上で、知的財産の保護の強化は極めて重要である。日本は、APEC、WTO(TRIPS)(19)、世界知的所有権機関(WIPO)(20)などにおける多国間の議論の進展や国際的な連携の強化に貢献している。また、CPTPP、RCEP協定、日EU・EPA、日英EPAなどの経済連携協定において知的財産に関する規定を設けることなどを通じ、日本の知的財産が国内外で適切に保護され活用されるよう環境整備に取り組んでいる。 同時に、深刻化する模倣品・海賊版を始めとする知的財産の課題に直面する日本企業を迅速かつ効果的に支援するため、その窓口となる知的財産担当官をほぼ全ての在外公館に設置し、情報収集、対応策の検討、相手国当局などへの働きかけを行っている。また、これらの担当官の能力強化を目的とする会議を開催し、各国・地域の知的財産関連情報の交換や、日本企業が直面する侵害事案への対応実績や知見の共有を通じ在外公館の対応体制の強化を図っている。2024年は、東南アジア、中南米、中東・北アフリカ地域を対象に開催した。 コラム国際会議と二国間会談 ─OECD閣僚理事会の裏側で─ ■OECD閣僚理事会の裏側で 皆さんは1964年と聞いて何を思い浮かべますか。東京オリンピック、東海道新幹線開通、王貞治(さだはる)選手の55本塁打など、幾多もの歴史的瞬間を刻んだこの年に、日本は経済協力開発機構(OECD)に加盟しました。そして、60周年の節目の年を迎えた2024年、パリで開催されたOECD閣僚理事会で日本は議長国を務め、「変化の流れの共創:持続可能で包摂的な成長に向けた客観的で高い信頼性に裏付けられたグローバルな議論の先導」をメインテーマとし、議論を主導し、閣僚声明を採択しました。今回は、こうした表立った成果の裏側で、日本が各国と行った会談の意義と成果について紹介します。 OECD閣僚理事会における集合写真(5月2日、フランス・パリ) ■多国間会合における二国間会談の意義 多国間会合の場では、多くの二国間会談が行われていることをご存じでしょうか。こうした多国間会合の合間(余白)に行われる二国間会談の機会を、外交の世界では「マージン(Margin)」と呼びます。芸術の世界では、一流ほど余白を大事にするといわれることもありますが、外交の世界でも同様です。こうした場での二国間会談は、時に両国にとって非常に重要な外交成果を生み出すことがあります。 例えば、2019年は米中双方が制裁関税を発動するなど、関係が緊張化していました。こうした中、G20ブエノスアイレス・サミットのマージンで行われた米中首脳会談で、米中双方は更なる関税措置を暫時見合わせ、更なる協議を行うことで一致したのです。 ■閣僚理事会における二国間会談の成果 日本が議長国を務めた2024年の閣僚理事会には、OECD加盟国のほか、加盟候補国やキー・パートナー諸国、国際機関関係者などが参加し、マージンで様々な国と二国間会談を行いました。中でも、上川外務大臣は、米国、メキシコ、インドネシア、ベトナムなどと、有意義な意見交換を実施しました。OECD閣僚理事会のマージンでの会談だったこともあり、OECDも会談のアジェンダとなりました。例えば、東南アジア諸国へのアウトリーチ1に関して、インドネシアのアイルランガ経済担当調整相との会談では、インドネシアのOECD加盟ロードマップ採択を共に歓迎しつつ、幅広い経済分野で引き続き協力していくことで一致し、米国のキャンベル国務副長官との会談では、東南アジア諸国のOECD加盟プロセスが、「オープンかつ透明で迅速に行われることの重要性」を共有しました。 上川外務大臣とアイルランガ・インドネシア経済担当調整相との会談(5月2日、フランス・パリ) 閣僚理事会のマージンを利用した二国間会談は二国間関係の強化に貢献するだけではなく、OECDによる東南アジアへのアウトリーチに関して成果があったといえます。 ■まとめ 今回は、2024年のOECD閣僚理事会のマージンで行われた日本と各国の二国間会談が、OECDという多国間外交上の成果にもつながった例について紹介しました。多国間会合が行われる場では多くの二国間会談が行われていますが、これらの会談一つ一つには必ず何らかの意図や目的があります。そうした会談の背景を考えてみると、外交への理解が深まり、より外交が面白く感じられるかもしれません。 1 アウトリーチ:この文脈では、OECDが加盟国と協力してOECD非加盟国へのOECDの基準の普及を働きかけたり、様々な政策分析報告書作成や国際会議の開催を協力して行うこと (5) EPA:Economic Partnership Agreement、FTA:Free Trade Agreement (6) 湾岸協力理事会(GCC:Gulf Cooperation Council):サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートによって設立 (7) RCEP:Regional Comprehensive Economic Partnership (8) Sanitary and Phytosanitary Measures (9) APEC:Asia Pacific Economic Cooperation (10) FTAAP:Free Trade Area of the Asia-Pacific (11) イチマ:ペルー古代文明の地の名称 (12) 財務省「直接投資残高地域別統計(資産)(全地域ベース)」(2023年末時点) (13) 第14回閣僚会議は2026年3月26日から29日に開催予定 (14) コモロは8月21日、東ティモールは8月30日にそれぞれWTOに正式に加盟した。 (15) IUU:Illegal, Unreported and Unregulated (16) 共同声明イニシアティブ(Joint Statement Initiatives)とは、複数の有志国が発出した共同声明に基づく取組のことを指し、2017年12月の第11回WTO閣僚会議で採択された中で主に、(1)サービス国内規制、(2)電子商取引及び(3)投資円滑化の取組がある。 (17) 2019年6月のG20大阪サミットにおいて承認された、開放性、透明性、経済性、債務持続可能性などの要素を含む、質の高いインフラ投資に関する諸原則 (18) SEARP:Southeast Asia Regional Programme (19) TRIPS協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights):知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 (20) WIPO:World Intellectual Property Organization