第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 2 地球規模課題への取組 (1)持続可能な開発のための2030アジェンダ 2015年、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」が国連で採択され、「誰一人取り残さない」社会の実現に向け、「持続可能な開発目標(SDGs)」(18)が掲げられた。日本は、総理大臣を本部長、内閣官房長官及び外務大臣を副本部長として、他の全ての国務大臣を構成員とするSDGs推進本部を設置し、SDGs達成に向けた取組を推進している。また、官民パートナーシップを強化するため、民間セクター、市民社会、有識者、国際機関などの広範な関係者が集まるSDGs推進円卓会議を開催し、SDGs推進に関する意見交換を実施している。2030アジェンダ採択以降、国内外の多様なステークホルダーによる様々な取組やルール形成の努力の過程で、人々の意識や生活様式から産業構造や金融の流れに至るまで、日本を含む国際社会全体の経済・社会活動の在り方が急速にかつ大きく変容してきた。 一方、国際社会は、気候変動や感染症を始めとする地球規模課題の深刻化に加え、SDGs採択当時には想定されていなかった複合的危機に直面する中、2030年までのSDGs達成に向けた進捗は大きな困難に直面している。 2023年12月にSDGs推進本部によって改定されたSDGs実施指針では、人口減少や少子高齢化が加速する中、多様性と包摂性のある社会を築き、また、イノベーションをいかした社会課題の解決を通じて日本の持続的な発展と繁栄及び国際競争力の強化を実現していくため、SDGs達成に向けた取組を強化し、加速することが示された。また、国際社会のSDGs達成に向けた努力に最も効果的な形で更に貢献していく指針を示し、実施体制及びステークホルダー間の連携の強化に取り組んだ。2024年4月には上川外務大臣の下、「国際社会の持続可能性に関する有識者懇談会」を立ち上げ、SDGsの期限年である2030年以降も見据えながら、成長と持続可能性を同時に実現するアプローチを検討した。 ア 人間の安全保障 人間の安全保障とは、一人一人が恐怖と欠乏から免れ、尊厳を持って幸福に生きることができるよう国・社会造りを進めるという考え方である。日本は、長年にわたって人間の安全保障を外交の柱として提唱しており、2023年6月に改定された開発協力大綱においては、人間の安全保障を日本のあらゆる開発協力に通底する指導理念に位置付け、二国間協力においても、草の根・人間の安全保障無償資金協力などの支援を通じ、この概念の普及と実践に努めてきた。 日本は、国連においても議論を主導し、1999年に日本の主導により国連に設置された人間の安全保障基金に対し、2024年末までに累計約519億円を拠出し、国連機関による人間の安全保障の普及と実践を支援してきた。「誰一人取り残さない」という理念を掲げる「2030アジェンダ」も、人間の安全保障の考え方を中核に据えている。また、日本からの働きかけも受けて、2024年1月には10年ぶりとなる人間の安全保障に関する国連事務総長報告が公表された。報告書では、人間の安全保障が考え方としてだけでなく実際に有用なツールとして機能してきたこと、人間の安全保障に基づくアプローチの重要性が増していることなどが指摘され、各国の自国民の生存・生活・尊厳に対するオーナーシップを前提に、国家間、人々の間、人間と地球の間の「連帯」を高めるツールであることが強調されている。さらに、4月にはグテーレス国連事務総長及びフランシス国連総会議長の出席を得て、人間の安全保障に関する国連総会非公式会合が開催された。9月に国連で開催された未来サミットにおいて、岸田総理大臣は、人間の安全保障の理念の下、「人への投資」に果敢に取り組むと述べており、日本は、引き続き、人間の安全保障の概念の普及と実践に取り組んでいく。 イ 防災分野の取組 気候変動の影響により災害の頻発化・激甚化が懸念される中、防災の取組は、貧困撲滅と持続可能な開発の実現にとって不可欠である。日本は、幾多の災害の経験により蓄積された防災・減災に関する知見をいかし、2015年に宮城県仙台市で開催された第3回国連防災世界会議における「仙台防災枠組2015-2030」の採択を主導するなど、防災の様々な分野で国際協力を積極的に推進してきた。2024年のアジア太平洋防災閣僚級会議において、日本の重視する取組として、災害対応の強化、防災投資の促進、早期警報の整備について言及し、国際防災協力の更なる推進の必要性を発信した。 日本の主導により、2015年、第70回国連総会において全会一致で制定された「世界津波の日(11月5日)」に合わせ、2024年10月23日及び24日に「世界津波の日」高校生サミットが熊本で開催された。開会式において坂井学内閣府防災担当大臣が挨拶を行ったほか、閉会式において石破総理大臣がビデオメッセージを寄せた。また、11月5日に国連本部で開催された「世界津波の日」の啓発イベントでは、同高校生サミットの高校生議長などが、サミットの概要について発表し、岩屋外務大臣はビデオメッセージを寄せた。さらに、10月には、第5回世界津波博物館会議がフィリピンで開催され、仙台市の高校生3人が登壇し、東北地方の災害・防災に関する博物館をまとめたガイド作成プロジェクトなどについて発表した。 日本は、国連訓練調査研究所(UNITAR)広島事務所と連携・協力し、アジア・大洋州の女性行政官などを対象として津波に関する研修を行うなどしているほか、国連開発計画(UNDP)と連携し、アジア太平洋地域の津波の発生リスクが高い国を対象とした津波避難計画の策定や津波避難訓練などを支援している。 引き続き、災害で得た経験と教訓を世界と共有し、各国の政策に防災の観点を導入する「防災の主流化」に取り組んでいく。 ウ 教育 教育分野では、2030アジェンダ採択に合わせて日本が発表した「平和と成長のための学びの戦略」の下、世界各地で様々な教育支援を行っている。2022年9月、国連教育変革サミットにおいて、岸田総理大臣は、「人への投資」を中核に位置付けた人材育成や「持続可能な開発のための教育(ESD)」(19)の推進などを表明した。また、2023年6月に改定された開発協力大綱には、万人のための質の高い教育、女性・こども・若者のエンパワーメントや紛争・災害下の教育機会の確保が明記された。このことも踏まえ、2024年、日本は、ウクライナの子どもたちがより安全な環境で学ぶことができるよう、危機における教育のためのグローバル基金である「教育を後回しにできない基金」へ新たに資金拠出を行った。 エ 農業分野の取組 日本はこれまでG7やG20等の関係各国や国際機関とも連携しながら、開発途上国などの農業・農村開発を支援している。世界規模での気候変動やウクライナ情勢の影響などを受け、国際機関等を経由した支援を通じて、農産品等の流通の停滞による食料システムの機能低下などに対処している。 11月、石破総理大臣は、G20リオデジャネイロ・サミットに出席し、食料安全保障や持続可能で強靱な食料システムの構築という観点の重要性を指摘した。また、議長国のブラジルがG20の枠組みで主導し、同サミットにおいて創設され、全てのG20メンバーを含む80か国が参加を表明した、世界中の飢餓と貧困を撲滅するための共同の行動の活性化などを目的とする「飢餓と貧困に対するグローバル・アライアンス」に積極的に貢献するとともに、日本の高い技術を活用し、持続可能で生産性の高い農林水産業を中南米、アフリカ諸国を含む新たなパートナーに広げていく意向を表明した。 オ 水・衛生分野の取組 日本は、1990年代から継続して水・衛生分野での最大の支援国の一つであり、日本の経験・知見・技術をいかした質の高い支援を実施しているほか、国際社会での議論にも積極的に参加してきている。2016年12月には、水管理の在り方の転換を促す「持続可能な開発のための水」国際行動の10年(2018年-2028年)が国連総会で採択され、国際社会においても水に関わる取組が重要視されている。日本としても、2022年4月に熊本市で開催されたアジア・太平洋水サミットにおいて、岸田総理大臣から、日本が各国や国際機関と協調・連携しながら、水に関する社会課題解決に積極的に取り組むことを含む、日本の貢献策「熊本水イニシアティブ」を発表した。また、2024年6月には、「持続可能な開発のための水」国際行動の10年に関する第3回ハイレベル国際会議が開催され、上川外務大臣はビデオメッセージで、前述の「熊本水イニシアティブ」などを始め、様々な取組を推進すると述べ、女性や子供、若者や高齢者、障がいがある方や先住民族など、脆弱な立場の人々に焦点を当て、誰一人取り残さず、望ましい未来のために水を通じて、全ての目標とゴールを達成できるよう、力を合わせていきたいと述べた。 (2)国際保健 保健は、人間一人一人の生存・生活・尊厳を守り、日本が提唱する人間の安全保障を実現していく上で必要不可欠な基礎的条件である。新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の世界的流行拡大(パンデミック)は、国際保健が人々の健康に直接関わるのみならず、日本を含む国際社会にとって、経済、社会、安全保障上のリスクにも関わる重要な課題であることを浮き彫りにした。こうした認識の下、新型コロナの教訓も踏まえ、日本政府は2022年5月に「グローバルヘルス戦略」を策定した。同戦略では、グローバルヘルス・アーキテクチャー(GHA)(20)の構築に貢献し、パンデミックを含む公衆衛生危機に対する予防、備え及び対応(PPR)(21)を強化すること、また、人間の安全保障を具現化するため、ポスト・コロナの新たな時代に求められる、より強靱、より衡平、かつより持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)(22)を達成することを目標として掲げている。 日本は、引き続き、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)、Gaviワクチンアライアンス(23)、ユニットエイド、UHC2030(24)、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)、国連人口基金(UNFPA)、国際家族計画連盟(IPPF)などの官民連携パートナーシップ・国際機関と緊密に連携し、国際保健の諸課題に取り組んでいる。また、「パニック」と「忘却」の連鎖を断ち切り、次のパンデミックに向けて世界の構造的な変化を導くという理念の下、日本が主催又は参加する様々な国際会議を通じ、国際世論の喚起やモーメンタム(機運)の維持にも継続して取り組んでいる。 具体的には、2023年のG7広島サミットでの成果・フォローアップを踏まえ、2024年も積極的に国際保健に関する議論に貢献している。6月のG7プーリア・サミットの成果文書では、UHCの達成、感染症危機対応医薬品等(MCMs)(25)への衡平なアクセス、GHAの強化の必要性、財務及び保健トラックの連携など、日本が重視し、広島サミットなどで強調してきた内容が盛り込まれた。11月のG20リオデジャネイロ・サミットの成果文書においても、GHAにおける世界保健機関(WHO)(26)の中心的な調整の役割が再確認されるとともに、UHCやMCMsへの衡平なアクセスなどの文言が盛り込まれた。 MCMsへの衡平なアクセスに関しては、2024年6月、アフリカにおける持続可能なワクチン製造基盤の確立及びワクチン供給の強靱性の向上を目的とした「アフリカにおけるワクチン製造アクセラレータ(AVMA)」が立ち上げられ、日本は立上げ会合に出席するとともに支援を表明した。 8月のアフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合の際、それぞれ「アフリカにおけるUHC達成のためのグローバルヘルス・ファイナンシング」及び「日本企業のイノベーションで加速するUHC達成に向けた取組」をテーマとした二つのテーマ別イベントが開催され、アフリカ諸国及び官民連携基金などの代表者らが参加して活発な議論を行った。 9月の国連総会ハイレベルウィーク期間中には、前年に続き、国際保健に関連する多くのイベントが行われた。その一つとして、外交当局間の国際保健安全保障チャネル(FMC)閣僚級会合が挙げられる。新型コロナ対策に係る外相間の枠組みとして開催された「新型コロナ対策(グローバル行動計画)に関する外相会合(GAP会合)」の後継として、米国の主導により2024年3月に立ち上げられた同枠組みは、国際保健安全保障の議論における外交当局間の協力・調整の重要性を反映するものといえる。このほかにも、薬剤耐性(AMR)ハイレベル会合では、AMRに関する政治宣言がコンセンサスで承認され、その後10月の国連総会において採択された。 新型コロナのような世界的な健康危機に対しては国際社会が一致して対応する必要があり、パンデミックの「PPR」の強化のために国際的規範を作ることが目指されている。WHO加盟国は、2021年から2022年にかけて、国際保健規則(IHR)改正のための議論を行うこと、また、パンデミックのPPRに関するWHOの新たな法的文書(いわゆる「パンデミック条約」)の作成に向けた交渉を行うことを決定した。その後、2年余りにわたる議論及び交渉の結果、2024年5月末に開催されたWHO総会においてIHRの改正がコンセンサスによって採択されたが、「パンデミック条約」については交渉の延長が決定された。日本は、パンデミックのPPRを強化するため、国際的な規範を強化することが重要であるとの立場であり、国際的な感染症対策の促進のために、引き続き交渉に建設的に参加していく。 (3)労働・雇用 働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)の促進は、2030アジェンダにおける目標の一つとして挙げられ(目標8:包摂的かつ持続可能な経済成長及び全ての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する)、その実現は、国際労働機関(ILO)(27)においても、活動の主目標として位置付けられている。 日本は、ILOへの任意拠出を通じ、開発途上国における労働安全衛生水準の向上や社会保険制度の構築などに対する支援を積極的に行い、労働分野での持続可能な開発に取り組んでいる。1月、日本は、ILOが打ち出した、国・地域・国際機関の枠組みを超えた協調の下、全ての人の、あらゆる場所での社会正義とディーセント・ワークの促進を目指す「社会正義のためのグローバル連合」の構想に参加を表明し、同構想が具体的な成果を上げられるよう貢献している。 (4)環境・気候変動 ア 地球環境問題 2030アジェンダに環境分野の目標が記載されるなど、地球環境問題への取組の重要性は広く認識され、国際的な関心も更に高まっている。日本は、多数国間環境条約や環境問題に関する国際機関などにおける交渉及び働きかけを通じ、自然環境の保全及び持続可能な開発の実現に向けて積極的に取り組んでいる。2月にナイロビ(ケニア)で開催された第6回国連環境総会では、「気候変動、生物多様性の損失、汚染に取り組むための効果的で包摂的かつ持続可能な多国間行動」というテーマの下で様々な環境問題が取り上げられた。日本は「シナジー・協力・連携の国際環境条約及び他の関連環境文書の国内実施における促進」に関する決議を共同提案し、採択に向けた議論を主導した。5月にはアンティグア・バーブーダで第4回小島嶼開発途上国(SIDS)国際会議が開催され、SIDSの持続可能な開発について議論が交わされた。日本からは穂坂泰外務大臣政務官が出席し、日本のSIDSへの協力などについて紹介した。さらに、日本は、複数の環境条約の資金メカニズムとして世界銀行に設置されている地球環境ファシリティ(GEF)(28)の主要拠出国の一つとして、地球規模の環境問題に対応するプロジェクトの実施に貢献している。 (ア)海洋環境の保全 海洋プラスチックごみ問題は、不法投棄や不適正な廃棄物管理などにより生じ、海洋の生態系、観光、漁業及び人の健康に悪影響を及ぼしかねない喫緊の課題として、近年その対応の重要性が高まっている。2019年のG20大阪サミットにおいて打ち出した、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の実現に向けて、日本は、国連環境計画(UNEP)(29)等の国際機関とも協力し、海洋プラスチックごみの流出防止策に必要な科学的知見の蓄積支援及びモデル構築支援など、主にアジア地域において環境上適正なプラスチック廃棄物管理・処理支援などを行っている。海洋環境などにおけるプラスチック汚染対策のための新たな国際枠組み作りに向けた機運の高まりを受け、2022年3月の第5回国連環境総会において、海洋環境などにおけるプラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書の策定のための政府間交渉委員会(INC)(30)を設立し、2024年末までに作業完了を目指すことが決定された。日本は、2024年4月にオタワ(カナダ)で開催された第4回INC会合及び11月に釜山(プサン)(韓国)で開催された第5回INC会合において、主要なプラスチック大量消費国・排出国が参加する実効的・進歩的な条約の策定を目指し、精力的に交渉に参加した。第5回のINC会合においては、議長が新たな条文案を示すなど一定の進展もあったが、プラスチックの生産制限などでは、引き続き各国の意見に隔たりが残り、条文案の実質合意には至らなかった。今後、交渉継続のため再開会合が開催されることとなっており、日本としては早期の交渉妥結に向け、引き続き積極的に議論に貢献していく。 海洋環境の保全、漁業、海洋資源の利用などについて議論を行う「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル」(31)では、9月に第6回首脳会合が開催され、2025年6月に開催される第3回国連海洋会議(UNOC3)(32)、そして2025年以降の持続可能な海洋経済の実現に向けた同パネルの貢献に関し議論が行われた。日本からは、岸田総理大臣のメッセージとして、UNOC3について、海洋国家である日本としても積極的に参加する意向であり、「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の提唱国として、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書についても、引き続き積極的に交渉に関与していくことを発信した。また、2025年以降の海洋パネルが貢献できる分野の一例として、ブルーカーボン(33)を挙げ、同分野における日本の取組を紹介した。 (イ)生物多様性の保全 日本は、生物多様性保全のための国際的な議論に積極的に関与している。10月、カリ(コロンビア)で開催された生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)では、遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)の使用の利益配分に関する多国間メカニズムの大枠や、先住民及び地域社会の参画に関する補助機関の設置に関する決定のための議論に日本としても参加し、決定の採択に貢献した。また、日本は、GEFの下で運用され、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)(34)の実施を促進するためのGBF基金(GBFF)(35)に拠出した。GBFF評議会では、同年12月までに40案件の提案書が承認された。 近年、野生動植物の違法取引が深刻化し、国際テロ組織の資金源の一つとなっているとして、国際社会で注目されている。日本は、ワシントン条約(36)のゾウ密猟監視(MIKE)(37)プログラムへの拠出などを通じてこの問題に真摯に取り組んでいる。近年では、2022年にザンビア及びルワンダに密猟監視施設を提供したことに加え、2022年にはボツワナ、2023年にはジンバブエにも野生動物の密猟及び保全対策に関連する施設の供与を決定している。また、2022年に開催されたワシントン条約の第19回締約国会議(COP19)において、アジア地域からの常設委員会メンバーとして選出されており、COP会期間においても国際的な議論に積極的に貢献している。 日本は、食料・農業植物遺伝資源の保全及び持続可能な利用の促進に関する国際ルール作りにも貢献している。4月及び9月に開催された食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGRFA)(38)の作業部会への参加を通じ、遺伝資源へのアクセス及び育種を始めとする遺伝資源の利用を促進するため、多数国間の制度(MLS)(39)の対象となる遺伝資源の範囲の拡大及びその機能改善に向けて、議論に参画した。 森林分野の取組に関しては、日本は、国際熱帯木材機関(ITTO)(40)への拠出を通じ、熱帯林の持続可能な経営及び持続的・合法的な熱帯木材の貿易の促進などに資する熱帯林の生産国におけるプロジェクトを2024年も継続的に実施した。5月には、加盟国の票決により、ITTOの設置根拠である国際熱帯木材協定(ITTA)が2029年12月まで再延長された。12月には、ITTO第60回理事会が横浜で開催され、2030年以降に向けた新ITTAの交渉や行財政事項などについて議論が行われた。 12月、リヤド(サウジアラビア)で、砂漠化対処条約第16回締約国会議(COP16)が開催され、干ばつ対策に関する新たな枠組みの設立などに向けた議論が行われた。日本は、補助機関である科学技術委員会での議論や、条約実施レビュー委員会における土地劣化対策の議論に積極的に参加した。 (ウ)化学物質・有害廃棄物の国際管理 10月から11月にかけて、バンコク(タイ)で、「オゾン層の保護のためのウィーン条約」第13回締約国会議(COP13)及び「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」第36回締約国会合(MOP36)が合同で開催され、大気モニタリングの強化など、議定書の効果的な運用に関する議論が行われた。「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」及び「国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約」に関しては、2023年の合同締約国会議で採択された附属書改正の国内実施の準備などが進められている。 「水銀に関する水俣条約」では、2023年に開催された第5回締約国会議の決定に基づき、同条約による措置の有効性を評価するための作業グループが設置された。2024年には同グループの会合が計3回開催され、日本は共同議長として議論に貢献した。 イ 気候変動 (ア)国連気候変動枠組条約とパリ協定 気候変動の原因である温室効果ガスの排出削減には、世界全体での取組が不可欠である。1992年に採択された国連気候変動枠組条約は、気候変動に対処するための国際的な枠組みであり、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的としている。1997年の同条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、先進国にのみ削減義務を課す枠組みであった。2015年12月、パリで開催された第21回締約国会議(COP21)では、先進国・開発途上国の区別なく、温室効果ガス削減に向けて各国が独自に設定する目標である「国が決定する貢献(NDC)」(41)を提出し、同目標の達成に向けた取組を実施することなどを規定した公平かつ実効的な枠組みであるパリ協定が採択された。同協定は2016年11月に発効し、日本を含む195の国・機関が締結している(2024年末時点)。 (イ)2050年ネット・ゼロ実現に向けた取組 2020年10月、日本は、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロとするカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言した。2021年4月には、2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指すこと、更に50%の高みに向け挑戦を続けることを表明した。これを踏まえ、2021年10月、新たな削減目標を反映したNDC及び2050年カーボンニュートラル実現に向けた取組を反映した「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を国連気候変動枠組条約事務局に提出した。 (ウ)国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29) 11月11日から11月24日に、バクー(アゼルバイジャン)で開催されたCOP29では、先進国全体で年間1,000億ドルを支援するとした従来の目標に代わる、2025年以降の新たな目標である新規合同数値目標(NCQG)(42)が議論された。その結果、「2035年までに少なくとも年間3,000億ドル」の開発途上国支援目標が決定されるとともに、全てのアクターに対し、全ての公的及び民間の資金源からの開発途上国向けの気候行動に対する資金を、2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大するため、共に行動することを求めることが決定された。 このほか、緩和について建築と都市システムの脱炭素化などに向けた取組が議論された。さらに、温室効果ガスの排出削減・吸収量の国際的な取引に関するパリ協定第6条の詳細運用ルールが決定され、同条の完全な運用が実現する運びとなった。 (エ)開発途上国の気候変動対策への支援 日本を含む先進国は、開発途上国が十分な気候変動対策を実施できるよう、開発途上国に対して、資金支援、能力構築、技術移転といった様々な支援を実施している。 日本は、2021年のG7コーンウォール・サミット及び国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)において、2021年から2025年までの5年間で官民合わせて最大約700億ドル規模の支援及びその一環として、従来の倍となる約148億ドルの適応分野への支援を表明し、引き続きその着実な実施を進めている。 こうした支援においては、開発途上国の気候変動対策を支援する多数国間基金である「緑の気候基金(GCF)」(43)も重要な一角を成している。日本は、同基金にこれまで累計で約3,190億円を拠出してきており、2023年10月には、第2次増資期間(2024年から2027年まで)においても第1次増資と同規模の最大約1,650億円を拠出することを表明した。 また、開発途上国の気候変動や災害への対応能力を高め、金融面での強靱性を高めることを目的とし、2022年に世界銀行の下にマルチドナー信託基金として「グローバル・シールド・ファイナンシング・ファシリティ(GSFF)」(44)が立ち上がった。これは、地域リスクプールの立ち上げや強化、リスク移転のための保険料融資など、災害リスク保険などのリスクファイナンスに関する資金支援及び技術支援を実施するもので、日本は2024年3月に6.85億円の拠出を行った。 2023年に開催されたCOP28では、特に脆弱な開発途上国が気候変動の悪影響によって負う損失及び損害(ロス&ダメージ)に対処するため、「ロス&ダメージに対応するための基金(FRLD)」(45)の制度の大枠が決定された。日本は2024年3月、同基金に対して1,000万ドル(13.7億円)の拠出を行った。同基金では、4月から12月までに計4回の理事会が開催され、理事会のホスト国をフィリピンとすることを決定したほか、事務局長の選出、世界銀行に基金事務局を設置するための法的基盤の整備などが進展した。日本は理事会の一員として、同基金の適切な運用に向けた議論に積極的に貢献している。 (オ)アジア・ゼロミッション共同体(AZEC)構想(46) 10月、日本は、ASEAN関連首脳会議(ビエンチャン(ラオス))の機会に、第2回アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合を開催し、脱炭素化・経済成長・エネルギー安全保障を同時に実現するため、産業構造やエネルギー構成などの各国の事情を踏まえた多様な道筋の下でネット・ゼロを達成するAZEC原則の重要性を改めて発信した。同会合では、AZECパートナー国が多様な道筋を通じたエネルギー移行と脱炭素化を進める地域戦略の実施を加速することで、世界の脱炭素化に貢献することなどを確認するAZEC首脳共同声明を採択した。また、(1)アジアの脱炭素化に資する活動を促進するルール形成を含む「AZECソリューション」の推進、(2)温室効果ガス排出量の多いセクターの脱炭素化及び排出削減を促進するためのイニシアティブの始動、(3)具体的なプロジェクトの推進、の三つを柱とする「今後10年のためのアクションプラン」について一致した。さらに、石破総理大臣から、2023年12月の第1回首脳会合以降、日本とAZECパートナー国との間で約120件の協力案件を実施していることを紹介したほか、将来的には域内のクリーンエネルギーの供給基地として、地域の脱炭素化に貢献するため、ラオスにおけるオファー型協力を検討すると表明した。 (カ)二国間クレジット制度(JCM)(47) JCMは、パートナー国への優れた脱炭素技術などの普及を通じ、パートナー国での温室効果ガス排出削減・吸収に貢献し、その成果の一部をクレジットとして日本が獲得し、NDCの達成に活用する制度である。2022年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画・フォローアップ」では、2025年を目途にJCMパートナー国を世界全体で30か国程度とすることを目指し、関係国との協議を加速していくこととしている。2024年には新たにウクライナとJCM協力覚書に署名し、同年末時点でパートナー国は29か国となった。同年12月現在、パートナー国との間で250件以上のJCMプロジェクトを実施している。引き続き世界全体の温室効果ガスの排出削減に向け、プロジェクトの推進や新規案件発掘を進めていく。 (キ)国際司法裁判所に対する勧告的意見の要請と日本の対応 2023年3月、国際司法裁判所(ICJ)(48)に対して気候変動に係る諸国の義務に関するICJ勧告的意見を要請する国連総会決議が採択されたことを受け、ICJによる勧告的意見の発出に向けた手続が行われている。日本は、2024年3月に陳述書をICJに提出した上で、同年12月の口頭手続において陳述を行った。口頭陳述では、日本の気候変動対策に関する基本的立場や取組について述べた上で、気候変動分野における国際法上の義務及び法的帰結に関する日本の見解を表明した。具体的には、環境分野における確立された国際法規について考慮しつつ、ICJの勧告的意見においては、気候変動対策に関する主要な法的枠組みであって国際社会の大多数が締約国となっている国連気候変動枠組条約、パリ協定などの国際約束に基づいて各国の義務を判断すべきであることなどを述べた。日本は、口頭手続への参加も含めICJの活動に引き続き貢献していくことで、国際社会の法の支配の強化のために積極的に関与していくとともに、人類共通の喫緊の課題である気候変動への対処に積極的に取り組んでいく。 (5)北極・南極 ア 北極 (ア)北極をめぐる現状 北極海を中心に、北緯66度33分以北は北極圏とされており、米国、カナダ、デンマーク、ノルウェー、ロシアの5か国が北極海に面する北極海沿岸国、これにアイスランド、スウェーデン、フィンランドを加えた8か国が北極圏国とされている。 北極海においては、有効な対策がとられない場合、今世紀半ばまでには夏季の海氷がほぼ消失する可能性が高いと予想されている。さらに、北極では地球上の他のいずれの地域よりも地球温暖化の影響が増幅しており、地球温暖化による北極環境の急速な変化は、北極圏の人々の生活や生態系に深刻で不可逆的な影響を与えるおそれがある。一方、海氷の減少に伴い北極海航路の利活用や資源開発を始めとする経済的な機会も広がりつつある。また、一部の北極圏国が自国の権益確保などのため安全保障上の取組を強化する動きもある。 北極に関する課題対処においては、8か国の北極圏国によって設置された北極評議会(AC:Arctic Council)(49)が中心的役割を果たしており、ACにおける関係国や先住民を交えた議論や知見の共有を踏まえ、閣僚会合で決定される方針が、北極における協力を方向付けている。北極圏国の北極政策は、気候変動対策、環境保護、持続可能な発展、先住民の権利・生活などを優先事項と位置付けており、ACにおいてもこれらに関する協力が行われている。また、ACは軍事・安全保障課題を扱わないこととしている一方で、北極の平和・安全保障は北極圏国が重視する課題となっている。 また、地球温暖化や経済的機会の広がりを背景に、近年は非北極圏国も北極に対する関心を高めており、日本のほか、英国、フランス、ドイツ、スペイン、オランダ、ポーランド、中国、インド、イタリア、シンガポール、韓国、スイスがACのオブザーバーとなっている。 (イ)日本の北極政策と国際的取組 日本も2015年に「我が国の北極政策」を策定し、研究開発、国際協力、持続的な利用を3本柱に、国際社会に貢献することを目指しており、北極に関する課題を所掌する北極担当大使のポストを設けている。また、2024年に策定された「海洋開発等重点戦略」においても、北極域での研究開発や持続可能な利活用の探求、北極政策における国際連携の推進などを進めるべきとされている。 日本は北極圏国との二国間関係や地域協力の中で北極に係る協力も重視しており、1月の上川外務大臣のフィンランド訪問時に発表した日本の北欧外交の基本方針「北欧外交イニシアティブ」においても北極を主要な協力分野に掲げている。また、ACのオブザーバーとして、動植物相保全、海洋環境保護、持続可能な開発などをテーマにしたAC傘下の高級北極実務者会合、分野別作業部会や専門家会合での議論や知見の共有を通じてACの取組に貢献してきており、引き続きこれらの会合に積極的に参加していく。さらに、北極圏国が主催し、産官学の多様な関係者が参加する様々なフォーラムにおいても北極に関する課題について意見交換や知見の共有が進められており、日本はこれらのフォーラムにも参加することで、北極の科学研究に関する知見を共有し、北極海における法の支配の重要性を発信している。 イ 南極 (ア)南極と日本 日本は1957年に開設した昭和基地を拠点に南極地域観測事業を推進してきており、日本の高い技術力をいかした観測調査を通じて地球環境保全や科学技術の発展における国際貢献を行っている。また、1959年に採択された南極条約の原署名国として、南極の平和的利用に不可欠な南極条約体制の維持・強化に努め、南極における環境保護、国際協力の促進に貢献してきている。 (イ)南極条約協議国会議と南極の環境保護 5月、コチ(インド)で開催された第46回南極条約協議国会議(ATCM46)では、南極地域における観光活動に関する枠組み、情報交換、気候変動問題への南極条約体制としての取組などについて議論が行われた。 (ウ)日本の南極地域観測 長期にわたり継続的に実施している基本的な南極観測に加え、2022年度から2027年度までの南極地域観測第10期6か年計画に基づき研究観測を実施する。第10期6か年計画では、南極域における氷床、海洋大循環、大気大循環や超高層大気などの過去と現在の変動の把握とその機構の解明を目的として、各種研究観測を実施することを予定している。 (18) SDGs:Sustainable Development Goals (19) ESD:Education for Sustainable Development (20) GHA(Global Health Architecture):国際保健の体制 (21) PPR:Prevention, Preparedness and Response (22) UHC(Universal Health Coverage):全ての人々が基本的な保健医療サービスを、必要なときに、負担可能な費用で享受できる状態 (23) Gavi(The Global Alliance for Vaccines):開発途上国における予防接種を支援する官民パートナーシップ (24) UHCを2030年までに達成することを目指し、国際社会におけるUHC推進のための活動を展開する機関 (25) MCMs:Medical Countermeasures (26) WHO:World Health Organization (27) ILO:International Labour Organization (28) GEF:Global Environment Facility (29) UNEP:United Nations Environment Programme (30) INC:Intergovernmental Negotiating Committee (31) 主要な海洋国家の首脳で構成される会議であり、ノルウェー首相とパラオ大統領が共同議長を務める。日本は2018年の設立時に参加招請を受けて以降、歴代の内閣総理大臣がメンバーに就任してきた。メンバー国(2024年時点)は、ノルウェー、パラオ、日本、オーストラリア、カナダ、チリ、フィジー、フランス、ガーナ、インドネシア、ジャマイカ、ケニア、メキシコ、ナミビア、ポルトガル、アラブ首長国連邦(UAE)、セーシェル、英国、米国 (32) UNOC:United Nations Ocean Conference (33) 沿岸・海洋生態系が光合成によりCO2を取り込み、その後海底や深海に蓄積される炭素のこと(出典:環境省ホームページ) (34) GBF:Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework (35) GBFF:Global Biodiversity Framework Fund (36) 正式名:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES:Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora) (37) MIKE:Monitoring the Illegal Killing of Elephants (38) ITPGRFA:International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture (39) MLS:Multilateral System (40) ITTO:International Tropical Timber Organization (41) NDC:Nationally Determined Contribution (42) NCQG:New Collective Quantified Goal (43) GCF:Green Climate Fund (44) GSFF:Global Shield Financing Facility (45) FRLD:Fund for responding to Loss and Damage (46) アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC:Asia Zero Emission Community):2022年1月、アジア各国が脱炭素化を進めるとの理念を共有し、エネルギー移行を進めるために協力することを目的として日本が提唱した構想。インドネシア、オーストラリア、カンボジア、シンガポール、タイ、日本、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ラオスの計11か国が参加する枠組み (47) JCM:Joint Crediting Mechanism (48) ICJ:International Court of Justice (49) 北極圏に係る共通の課題(特に持続可能な開発、環境保護など)に関し、先住民社会などの関与を得つつ、北極圏8か国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン及び米国)間の協力・調和・交流を促進することを目的に、1996年に設立された政府間協議体(軍事・安全保障事項は扱わない。)。日本は2013年にオブザーバー資格を取得した。