第2章 しなやかで、揺るぎない地域外交 2 ロシア・ベラルーシ (1)ロシア情勢 ア ロシア内政 ロシアによるウクライナ侵略が長期化する中で、ロシア政府は、「特別軍事作戦」(ウクライナ侵略)を西側に対する「祖国防衛戦争」であるかのようなナラティブ(説明)を持ち出し、国民に対し、戦争への支援と愛国心を訴えた。また、ロシアでは、前年に引き続き、学校教育への愛国的カリキュラムの導入が継続しており、「特別軍事作戦」の記述を盛り込んだ新たな歴史教科書の使用も始まった。同時に、言論・報道の自由に対する規制が一層強化されており、反戦の動き、抗議活動は引き続き封じ込められている。 ロシア政府は、「特別軍事作戦」への参加者やその家族への支援として、基金の創設、高等教育や就職における特別待遇などの優遇措置を次々に打ち出した。同時に、契約兵などの応募が増加しているとして、現段階では更なる動員の必要がないとの説明を繰り返している。 ロシアが違法に「併合」したウクライナ国内の地域については、プーチン大統領自身が訪問して復興の進捗状況を喧(けん)伝し、また、ロシアの統一地方選挙に併せて「地方議会選挙」などを実施するなど、「ロシア化」に向けた動きが見られた。 5月にはクレムリンへの無人機攻撃が発表され、特に夏期にはモスクワ市を含むモスクワ州に対する頻繁な無人機飛来が見られた。また、6月には、軍や国防省との対立が報じられていた民間軍事会社「ワグネル」の戦闘員が「正義の行進」と称してモスクワの200キロメートル手前まで到達する事案も発生した(8月、プリゴジン「ワグネル」代表及び幹部が搭乗していたとされる航空機が墜落し、全員の死亡が伝えられた。)。ただし、これら事案が国内情勢の不安定化に直結する動きは見られなかった。 プーチン大統領は、80%以上の支持率を維持する中で、12月、2024年大統領選挙への立候補を表明した。 イ ロシア外政 一日も早くロシアによる侵略をやめさせるため、西側諸国はウクライナに対する支援に加え、厳しい対露制裁を含む取組を継続している。一方、ロシアはウクライナにおける「特別軍事作戦」を継続し、国際的なエネルギーや食料価格の高騰の責任を西側諸国に転嫁して非難する独自のナラティブを展開した。2022年に限定的に行われていた露独間、露仏間の首脳レベルの対話も停止するなど、西側諸国とのハイレベルでの対話は極めて限定的な状況が続いている。さらに、フィンランドのNATO加盟が実現し、スウェーデンのNATO加盟も進展したほか、ウクライナのEU加盟交渉開始が決定されるなど、西側諸国との関係は、構造的に大きく変化している。 プーチン大統領は、2月に米露間の新戦略兵器削減条約(新START)1の効力の一時停止に関する法律、5月に欧州通常戦力(CFE)2条約からの脱退に関する法律(11月にロシア外務省が脱退手続完了を発表)、11月には包括的核実験禁止条約(CTBT)3の批准撤回に関する法律にそれぞれ署名するなど、ロシアは国際的な軍備管理・軍縮の枠組みからも次々と退いている。同時に、春以降、ロシアによるベラルーシへの戦術核兵器の移転が報じられている。 3月、国際刑事裁判所(ICC)4は、プーチン大統領などに対し、ウクライナからの子の連れ去りなどに関与した十分な根拠があるとして、逮捕状を発付した。 こうした中、ロシアは中国、インド、北朝鮮やグローバル・サウスと呼ばれる途上国・新興国などとの連携強化を模索している。 とりわけ中国との関係は政治、経済、軍事の様々な分野で進展しており、3月、習近平(しゅうきんぺい)国家主席が、3期目初の外遊として訪露し、中露関係の発展は中国の「戦略的選択」であると発言した。10月には、プーチン大統領が第3回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラム出席のために訪中し、同(2023)年2回目の対面での中露首脳会談が行われた。中露間の貿易総額は、2024年の目標額としていた2,000億ドルを前倒しで2023年に達成した。軍事面では、ロシア軍が日本周辺で中国軍の艦艇との共同航行(7月から8月)や爆撃機との共同飛行(6月及び12月)を実施するなど、中国との連携を強化する動きがみられる。3月の中露首脳会談の際の共同声明においても、「共同海上・航空パトロール及び共同演習を定期的に実施」し「両国軍の間の相互信頼を深化させていく」としており、中露両国の軍が日本周辺において頻度を上げて共同行動を継続していることについて、日本の安全保障の観点から、重大な懸念を持って注視していく必要がある。 9月には北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)国務委員長がロシアの極東地域を訪問し、4年ぶりとなる首脳会談を実施したほか、両「国」外相による相互訪問の実施、さらには、北朝鮮からロシアへの武器移転など、北朝鮮との関係強化に向けた動きが見られる。こうした武器移転はウクライナ情勢の更なる悪化に繋(つな)がり得るものであり、また、北朝鮮との間の武器及び関連物資の移転などを全面的に禁止する関連の国連安全保障理事会(安保理)決議に違反するものであることから、日本としてこれを強く非難し、北朝鮮及びロシアに安保理決議を完全に履行するように求めるとともに、ロシアから北朝鮮に対する軍事支援の可能性について懸念を持って注視している。 7月には2019年に引き続き2回目となるロシア・アフリカ首脳会合(ロシア・サンクトペテルブルク)を開催したほか、BRICS首脳会合や上海協力機構(SCO)5などのロシアが参加している地域枠組みの活用も進んでいる。 ロシアは、ベラルーシや中央アジア・コーカサス諸国との関係を引き続き重視しているが、アルメニアとは、ナゴルノ・カラバフ問題6をめぐる対応を理由に、関係に一定の軋(きし)みが見られた。 ロシアは3月、外交方針を示した「ロシア連邦外交政策コンセプト」を改定した。 ウ ロシア経済 ウクライナ侵略を続けるロシアは、戦争継続のための国防支出を大幅に増加させている。2024年予算では、国防費は前年比1.7倍(GDP比6%)を計上し、兵士やその家族への給付を含む社会政策費も約2割増加させた。 G7やEUによる厳しい対露制裁を受け、2022年の実質GDP成長率は1.2%減となった。しかし、政府による財政刺激策と、それを受けた国内消費の持ち直し、製造業を中心とした生産の向上などが経済成長を促し、実質GDP成長率は2023年4月から6月期以降プラスに転じた。制裁によりエネルギーを始めとした対欧州輸出が激減した代わりに、中国・インド・トルコなどの対露制裁を講じていない国々への輸出を増加させて東方への転換を図っているほか、貿易決済でも人民元決済を増加させドル依存低減を試みている。また、西側諸国からの先端部品などの輸出制限に対しては友好国を通じた迂(う)回輸入を試みるなど、ロシア経済は制裁への対応を進めている。 一方、インフレ圧力の継続、政策金利引上げ(ロシア中央銀行は7月から12月にかけて政策金利を7.5%から16%まで順次引上げ)、ウクライナに対する「特別軍事作戦」への部分動員や労働人口の流出による労働力不足、制裁による高度な技術へのアクセスの制限などは、中長期的に経済・社会に対して影響をもたらす可能性がある。 (2)日露関係 ア 日露関係総論 2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略は、日露関係にも深刻な影響を及ぼし続けている。ロシアによる侵略を一日も早くやめさせるため、日本は、G7を始めとする国際社会と連携しつつ、厳しい対露制裁措置を実施するなどの取組を進めてきている。特に、日本がG7議長国であった2023年は、G7首脳会合や外相会合の場において、厳しい対露制裁や強力なウクライナ支援におけるG7の結束した対応を主導した。同時に、例えば、漁業などの経済活動や海洋における安全に係る問題のように日露が隣国として対処する必要のある事項については、日本外交全体において、何が日本の国益に資するかという観点から適切に対応してきている。 6月、ロシアで、9月3日を「第二次世界大戦終了の日」から「軍国主義日本に対する勝利及び第二次世界大戦終了の日」に改称する法案が成立した。これに対し、日本政府はロシア政府に対し、日本の立場を申し入れるとともに、両国民の間の無用な感情的対立をあおることのないよう、適切に対応することを求めてきている。 文化・人的交流の分野では、ロシアの市民社会、特に若い世代との接点を維持し、ロシアの市民に国際的な視点を持つ機会を提供することは重要であるとの考えから、国費留学生の受入れやロシアにおける日本語教育など、適切な範囲で事業を実施している。 漁業分野では、日本政府は、ロシアによるウクライナ侵略以降も、日本の漁業活動に係る権益の維持・確保のためロシアとの協議を行ってきているが、北方四島周辺水域操業枠組協定7について1月、ロシア側から、ウクライナ情勢に関連した日本の対露政策を理由に、同協定に基づく政府間協議の実施時期を調整することはできないとの通知があった。これに対し、日本政府として抗議を行い、同協定の下での操業を実施できるようロシア側との間で様々なやり取りを行ってきているが、現時点でロシア側から操業実施に向けた肯定的な反応は得られていない。 イ 北方領土と平和条約締結交渉 日露関係にとって最大の懸案は北方領土問題である。北方領土は日本が主権を有する島々であり、日本固有の領土であるが、現在ロシアに不法占拠されている。北方領土問題は戦後78年を経過した今も未解決のままとなっており、日本政府として、領土問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、これまで粘り強く交渉を進めてきた8。 しかしながら、2022年3月、ロシア政府は、ロシアによるウクライナ侵略に関連して日本が行った措置を踏まえ、平和条約交渉を継続しない、自由訪問及び四島交流を中止する、北方四島における共同経済活動に関する対話から離脱するなどの措置を発表した。また、同年9月、ロシア政府は、自由訪問及び四島交流に係る合意の効力を停止するとの政府令を発表した。 現下の事態は全てロシアによるウクライナ侵略に起因して発生しているものであり、それにもかかわらず日本側に責任を転嫁しようとするロシア側の対応は極めて不当であり、断じて受け入れられず、政府として、ロシア側に強く抗議してきている。 ロシアによるウクライナ侵略によって日露関係は厳しい状況にあるが、政府としては、領土問題を解決し、平和条約を締結するとの方針を堅持していく考えである。 また、四島交流等事業9については、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の影響やロシアによるウクライナ侵略を受けた日露関係の悪化により、2020年以降実施できていない。北方墓参を始めとする四島交流等事業の再開は、日露関係における最優先事項の一つである。政府として、御高齢となられた元島民の方々の切実なるお気持ちに何とか応えたいとの強い思いを持って、ロシア側に対し、今は特に北方墓参に重点を置いて事業の再開を引き続き強く求めていく。 また、北方四島でのロシアの軍事演習を含む軍備強化に向けた動きに対しては、これら諸島に関する日本の立場に反するものであり、受け入れられないとしてロシア側に対して抗議している。 ウ 日露経済関係 日本は、ロシアによるウクライナ侵略以降、ロシアとの経済分野における協力に関する政府事業については当面見合わせ、ロシアに対して厳しい対露制裁を課すとの方針を継続している。 こうした中、2023年の日露間の貿易は、対前年比で44.3%の減少となった(同期間の日本の貿易額全体は、約1兆4,359億円)。日本の対露制裁措置もあり、ロシアから日本への輸出額は対前年比で47.2%減少し(特に原油、石炭)、また、日本からロシアへの輸出額も対前年比で34.5%減少した(出典は全て財務省貿易統計)。 対露制裁に関しては、日本は、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙には高い代償が伴うことを示すため、G7を始めとする国際社会と連携し、ロシアの政府関係者・軍関係者を含むロシア及び被占領地の個人・団体などに対する制裁、銀行の資産凍結などの金融分野での制裁、輸出入禁止措置などの厳しい対露制裁を維持・強化してきている。日本を含むG7及びオーストラリアはEUと共に、ロシアのエネルギー収入を減少させつつ、国際的な石油価格の安定化を図ることを目的に、2022年12月からロシア産原油、2023年2月からはロシア産石油製品に係るプライス・キャップ制度(上限価格措置)を導入している。また、ロシアのウクライナ侵略が長引く中で制裁の実効性を確保することが重要であるとの認識に基づき、2月のG7首脳テレビ会議及び5月のG7広島サミットでは、G7としてロシアに対する措置の回避や迂回を更に阻止していくことを確認し、12月には日本として制裁の迂回・回避への関与が疑われる第三国の団体に対する資産凍結や輸出禁止の措置の導入を決定した。さらに、日本を含むG7は、2024年1月からロシアからの非工業用ダイヤモンドの輸入禁止の措置も導入している。 エネルギー分野について、日本政府は、石炭・石油を含め、ロシアのエネルギーへの依存をフェーズアウトする方針であり、国民生活や事業活動への悪影響を最小化する方法でそのステップをとっていくこととしている。ただし、ロシアにおける石油・天然ガス開発事業「サハリン1」、「サハリン2」については、中長期的な安定供給を確保する観点から、日本のエネルギー安全保障上重要なプロジェクトであり、権益を維持する方針をとっている。 (3)ベラルーシ情勢 ベラルーシは、2022年2月10日、ロシアとの合同軍事演習を開始し、同月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵略では、参戦はしていないものの、自国領域の使用を通じてロシアの軍事行動を支援している。欧米諸国は対ベラルーシ制裁を強化し、日本も初めて対ベラルーシ制裁を導入した。 その後も、ルカシェンコ大統領は、プーチン大統領と累次にわたりモスクワなどで会談を行い、共同軍事演習の継続、両国の安全保障、経済分野での取組、ベラルーシ・ロシア連合国家10の防衛の問題などについて協議を続けている。 2023年3月、プーチン大統領は、ベラルーシへの戦術核配備に合意したと発言した。また、ルカシェンコ大統領は、戦術核兵器について、自国への配備を認めた上で、全てベラルーシが管理することになる趣旨の発言をし、さらに、戦術核兵器の配備が10月に完了したと述べている。国際社会は、ロシアがウクライナ侵略を続ける中で情勢を更に緊迫化させるものであるとして、これを非難した。 また、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が「正義の行進」を行った後、「ワグネル」部隊の一部がベラルーシへ移動し、国境を接するポーランドやリトアニアを始めとした周辺国との一時的な緊張の高まりが指摘された。 ベラルーシ国内では、2024年には議会選挙、2025年には大統領選挙を控えており、その動向が注目されている。 1 START:Strategic Arms Reduction Treaty 2 CFE:Conventional Armed Forces in Europe 3 CTBT:Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty 4 IOC:International Criminal Court 5 SCO:Shanghai Cooperation Organization 6 ナゴルノ・カラバフ紛争:アゼルバイジャン領内でアルメニア系住民が居住するナゴルノ・カラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの紛争 7 北方四島周辺水域における日本漁船の操業に関する協定 8 北方領土問題に関する日本政府の立場については外務省ホームページ参照:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo.html 9 北方墓参、自由訪問、四島交流訪問・受入れ(患者受入れ、専門家交流含む。)を指す。 10 1999年12月、両国は、政治・経済・軍事の統合や社会生活における両国民の平等の実現などを目指し、ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約に署名