第2章 しなやかで、揺るぎない地域外交 3 朝鮮半島 (1)北朝鮮(拉致問題含む。) 日本は、2002年9月の日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化を図ることを基本方針として、引き続き様々な取組を進めている。北朝鮮は、2023年、5発の大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイルの発射や衛星打ち上げを目的とした弾道ミサイル技術を使用した発射を含め、弾道ミサイルなどの発射を繰り返し行った。一連の北朝鮮の行動は、日本の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威であるとともに、地域及び国際社会に対する明白かつ深刻な挑戦であり、断じて容認できない。日本としては、引き続き、米国や韓国を始めとする国際社会とも協力しながら、関連する国連安保理決議の完全な履行を進め、北朝鮮による核・弾道ミサイル計画の完全な廃棄を求めていく。時間的制約のある拉致問題は、ひとときもゆるがせにできない人道問題である。北朝鮮に対して2014年5月の日朝政府間協議における合意(ストックホルム合意)10の履行を求めつつ、米国及び韓国を始めとする国際社会とも緊密に連携し、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、引き続き、全力を尽くしていく。 ア 北朝鮮の核・ミサイル問題 (ア)北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐる最近の動向 北朝鮮は、累次の国連安保理決議に従った、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄を依然として行っていない。 2022年12月末、党中央委員会第8期第6回拡大総会が開催され、金正恩(キムジョンウン)国務委員長は、2023年の事業計画として、「戦術核兵器の大量生産」及び「核弾頭保有量を幾何級数的に増やすこと」に言及したと報じられた。2023年2月、朝鮮人民軍創建75周年閲兵式が行われ、「戦術ミサイル縦隊」、「長距離巡航ミサイル縦隊」、「戦術核運用部隊縦隊」、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)縦隊」などが登場したと報じられた。9月に開催された最高人民会議第14期第9回会議では、「核兵器発展を高度化」するとの内容が憲法に明記され、金正恩国務委員長が、「帝国主義反動勢力により、全地球的範囲で「新冷戦」構図が現実化」されているとした上で、「核保有国の現在の地位を絶対に変更することも譲歩することもしてはならず、逆に核武力を持続的に更に強化していくべき」と述べたと報じられた。 2023年、北朝鮮は、18回、少なくとも25発の弾道ミサイルの発射などを行った。1月1日に、弾道ミサイルを発射したことに始まり、2月18日に発射したICBM級弾道ミサイルは、北海道渡島大島(おしまおおしま)の西方約200キロメートルの日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したものと推定される。その後、同月20日に弾道ミサイルを、3月16日に「火星17」と称するICBM級弾道ミサイルを、19日及び27日に弾道ミサイルをそれぞれ発射した。4月13日には、新型の固体燃料推進方式とみられるICBM級弾道ミサイルを発射し、「火星18」の「最初の試験発射」と報じられた。 5月29日、北朝鮮は、31日から6月11日の間に衛星を打ち上げると通報し、5月31日、弾道ミサイル技術を使用した発射を強行した。その上で、同日、「軍事偵察衛星「万里鏡1」号の打ち上げ」を行ったが「推進力を喪失しつつ」「墜落した」と発表した。 6月15日には、弾道ミサイル2発を発射し、いずれも石川県舳倉島(へぐらじま)の北北西約250キロメートルの日本のEEZ内に落下したものと推定される。7月12日、再び「火星18」と称するICBM級弾道ミサイルを発射し、同月19日及び24日にも弾道ミサイルを発射した。 8月22日、北朝鮮は、24日から31日の間に衛星を打ち上げると通報し、24日、再び「軍事偵察衛星「万里鏡1」号の打ち上げ」として、日本列島上空を通過する形で、弾道ミサイル技術を使用した発射を強行したが、同日、「3段目の飛行中に非常爆発体系に誤りが発生して失敗した」と発表した。30日及び9月13日にも、弾道ミサイルを発射した。 11月21日、北朝鮮は、22日から12月1日の間に衛星を打ち上げると通報したが、21日中に、弾道ミサイル技術を使用した発射を強行し、翌22日、「偵察衛星「万里鏡1」号を軌道に正確に進入させた」と発表した。 北朝鮮は12月17日にも弾道ミサイルを発射し、翌18日にも「火星18」と称するICBM級弾道ミサイルを発射した。 これら一連の安保理決議違反に対し、日本は安保理理事国として、米国などとも連携しつつ、安保理において毅然とした対応をとるべく尽力してきているが、一部の国々の消極的な姿勢により、安保理は一致した対応が取れていない。 こうした中で、日本としては既存の安保理決議に基づく制裁措置の実効性を高めるため、同志国とも連携しつつ関係国に働きかけを行っている。 また、日本政府は3月17日、9月1日及び12月1日に、更なる対北朝鮮措置として、北朝鮮の核・ミサイル開発などに関与した合計7団体12個人を資産凍結などの対象として追加指定した(これまでの措置と合わせ合計で144団体・133個人。2023年12月末時点)。 北朝鮮の核活動については、8月の国際原子力機関(IAEA)事務局長報告が、豊渓里(プンゲリ)近郊の核実験場の第3坑道で更なる活動が観測され、実験場支援エリアなどでいくつかの建物が建設されたと指摘している。また、12月21日、IAEA事務局長は、北朝鮮の寧辺(ニョンピョン)における軽水炉が臨界に達したことが示されたと指摘した。 (イ)日本の取組及び国際社会との連携 北朝鮮による度重なる弾道ミサイルなどの発射は、日本のみならず、国際社会に対する深刻な挑戦であり、断じて容認できない。北朝鮮による全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄に向け、国際社会が一致結束して、安保理決議を完全に履行することが重要である。日本は、これらの点を、各国首脳・外相との会談などにおいて確認してきている。3月19日、7月13日及び12月19日には、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル発射に関するG7外相声明が、8月24日及び11月22日には、北朝鮮による弾道ミサイル技術を使用した発射に関するG7外相声明が発出された。 また、日米韓3か国の連携は北朝鮮への対応を超えて地域の平和と安定にとっても不可欠であるとの認識の下、3か国の間では、首脳会合、外相会合、次官協議、そして六者会合首席代表者会合などの開催を通じ、重層的に協力を進めてきている。首脳レベルでは、5月21日、G7広島サミットの機会に日米韓首脳間の意見交換が行われ、その後、8月18日には、米国のキャンプ・デービッドにおいて史上初となる単独での日米韓首脳会合が開催された(35ページ 特集参照)。また、11月16日には、APEC首脳会議の機会にサンフランシスコ(米国)において日米韓首脳間の立ち話が行われた。外相レベルでは、2月18日、ミュンヘン安全保障会議の機会にミュンヘン(ドイツ)において、また、7月14日、ASEAN関連外相会議の機会にジャカルタ(インドネシア)において、日米韓外相会合が開催され、それぞれ北朝鮮によるICBM級弾道ミサイル発射を強く非難し、7月の会合後には、日米韓外相共同声明が発出された。9月22日には、国連総会の機会にニューヨーク(米国)において日米韓外相立ち話が行われ、11月14日には、APEC閣僚会議の機会にサンフランシスコ(米国)において日米韓外相会合が開催された。次官レベルでも、2月13日にワシントンD.C.(米国)において日米韓次官協議が開催され、同協議後には、日米韓次官協議共同声明が発出された。また、六者会合首席代表者レベルでは、4月7日にソウル(韓国)において、7月20日に軽井沢(日本)において、10月17日にジャカルタ(インドネシア)において、3か国の協議が開催されており、4月の協議後には、日米韓3か国共同声明が発出された。 日本は、海上保安庁による哨(しょう)戒活動及び自衛隊による警戒監視活動の一環として、安保理決議違反が疑われる船舶の情報収集を行っている。安保理決議で禁止されている北朝鮮船舶との「瀬取り」11を実施しているなど、違反が強く疑われる行動が確認された場合には、国連安保理北朝鮮制裁委員会などへの通報、関係国への関心表明、対外公表などの措置を採ってきている。「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、米国に加え、オーストラリア、カナダ及びフランスが、国連軍地位協定に基づき、在日米軍施設・区域を使用し、航空機による警戒監視活動を行った。また、米国海軍の多数の艦艇、英国海軍哨戒艦「スペイ」、フランス海軍フリゲート「プレリアル」、カナダ海軍フリゲート「モントリオール」及び「バンクーバー」、オーストラリア海軍フリゲート「アンザック」及び「トゥーンバ」が、東シナ海を含む日本周辺海域において、警戒監視活動を行った。このように、安保理決議の完全な履行及び実効性の確保のため、関係国の間での情報共有及び調整が行われていることは、多国間の連携を一層深めるという観点から、意義あるものと考えている。 イ 拉致問題・日朝関係 (ア)拉致問題に関する基本姿勢 現在、日本政府が認定している日本人拉致事案は、12件17人であり、そのうち12人がいまだ帰国していない。北朝鮮は、12人のうち、8人は死亡し、4人は入境を確認できないと主張しているが、そのような主張について納得のいく説明がなされていない以上、日本としては、安否不明の拉致被害者は全て生存しているとの前提で、問題解決に向けて取り組んでいる。北朝鮮による拉致は、日本の主権や国民の生命と安全に関わる重大な問題であると同時に、基本的人権の侵害という国際社会全体の普遍的問題である。また、拉致問題は、時間的制約のある人道問題である。拉致被害者のみならず、その御家族も御高齢となる中、「決して諦めない」との思いを胸にこの問題の解決に向けた取組を続けている。日本は、拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ないとの基本認識の下、その解決を最重要課題と位置付け、拉致被害者としての認定の有無にかかわらず、全ての拉致被害者の安全の確保と即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡しを北朝鮮側に対し強く要求している。2024年1月には、岸田総理大臣が施政方針演説で、「拉致被害者御家族が高齢となる中で、時間的制約のある拉致問題は、ひとときもゆるがせにできない人道問題であり、政権の最重要課題である。また、北朝鮮による核・ミサイル開発は断じて容認できない。全ての拉致被害者の一日も早い御帰国を実現し、日朝関係を新たなステージに引き上げるため、また、日朝平壌宣言に基づき、北朝鮮との諸問題を解決するためにも、金正恩委員長との首脳会談を実現すべく、私直轄のハイレベルでの協議を進めてまいる。」と表明した。 (イ)日本の取組 北朝鮮による2016年1月の核実験及び2月の「人工衛星」と称する弾道ミサイル発射を受け、同月に日本が独自の対北朝鮮措置の実施を発表したことに対し、北朝鮮は全ての日本人拉致被害者に関する包括的調査を全面中止し、特別調査委員会を解体すると一方的に宣言した。日本は北朝鮮に対し厳重に抗議し、ストックホルム合意を破棄する考えはないこと、北朝鮮が同合意に基づき、一日も早く全ての拉致被害者を帰国させるべきことについて、強く要求した。 (ウ)日朝関係 2018年2月、平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック競技大会開会式の際のレセプション会場において、安倍総理大臣から金永南(キムヨンナム)北朝鮮最高人民会議常任委員長に対して、拉致問題、核・ミサイル問題を取り上げ、日本側の考えを伝えた。特に、全ての拉致被害者の帰国を含め、拉致問題の解決を強く申し入れた。また、同年9月、河野外務大臣は国連本部において、李容浩(リヨンホ)北朝鮮外相と会談を行った。2023年9月、岸田総理大臣は第78回国連総会における一般討論演説において、「首脳会談を早期に実現すべく、私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と改めて表明した。 (エ)国際社会との連携 拉致問題の解決のためには、日本が主体的に北朝鮮側に対して強く働きかけることはもちろん、拉致問題解決の重要性について諸外国からの理解と支持を得ることが不可欠である。日本は、各国首脳・外相との会談、G7サミットを含む国際会議などの外交上のあらゆる機会を捉え、拉致問題を提起している。5月のG7広島サミットではG7首脳との間で、拉致問題を含む北朝鮮への対応において引き続き緊密に連携していくことを確認した。また、8月18日の日米韓首脳会合では、バイデン大統領及び尹錫悦(ユンソンニョル)大統領から拉致問題の即時解決に向けた支持を改めて確認したほか、会合終了後に発出された「日米韓首脳共同声明」でも拉致問題の即時解決に向けたコミットメントが再確認された。 米国については、トランプ大統領が、安倍総理大臣からの要請を受け、2018年6月の米朝首脳会談において金正恩国務委員長に対して拉致問題を取り上げた。2019年2月の第2回米朝首脳会談では、トランプ大統領から金正恩国務委員長に対して初日の最初に行った一対一の会談の場で拉致問題を提起し、拉致問題についての安倍総理大臣の考え方を明確に伝えたほか、その後の少人数夕食会でも拉致問題を提起し、首脳間での真剣な議論が行われた。また、バイデン大統領は、2022年5月の訪日の際、拉致被害者の御家族と面会し、拉致被害者を思う御家族の方々の心情や、拉致問題の一刻も早い解決に向けた米国の支援を求める発言にじっくりと真剣に耳を傾け、御家族の方々を励まし、勇気付けた。2023年1月13日及び5月18日の日米首脳会談においても、岸田総理大臣からバイデン大統領に対して、拉致問題の解決に向けた米国の引き続きの理解と協力を求め、バイデン大統領から、全面的な支持を得た。同年8月の日米韓首脳会合後の共同記者会見でも、バイデン大統領は同面会に言及し、拉致された人など全員を戻すため共に取り組むとの決意を述べた。 中国についても、2019年6月の日中首脳会談において、習近平(しゅうきんぺい)国家主席から、同月の中朝首脳会談で日朝関係に関する日本の立場、安倍総理大臣の考えを金正恩国務委員長に伝えたとの発言があり、その上で、習近平国家主席から、拉致問題を含め、日朝関係改善への強い支持を得た。また、2023年11月16日の日中首脳会談においても、両首脳は、拉致問題を含む北朝鮮などの国際情勢について議論を行い、緊密に意思疎通していくことを確認した。 韓国も、2018年4月の南北首脳会談を始めとする累次の機会において、北朝鮮に対して拉致問題を提起しており、2019年12月の日韓首脳会談においても、文在寅(ムンジェイン)大統領から、拉致問題の重要性についての日本側の立場に理解を示した上で、韓国として北朝鮮に対し拉致問題を繰り返し取り上げているとの発言があった。また、2023年3月16日及び5月7日の日韓首脳会談においても、拉致問題について、尹錫悦大統領から改めて支持を得たほか、7月12日及び11月16日の日韓首脳会談でも拉致問題を含む北朝鮮への対応において連携していくことを確認した。 2023年4月には国連人権理事会において、また12月には国連総会本会議において、EUが提出し、日本が共同提案国となった北朝鮮人権状況決議案が無投票で採択された。また、2023年8月17日には、2017年12月以来約6年ぶりに拉致問題を含む北朝鮮の人権状況を協議するための安保理公開会合が開催され、会合後の同志国52か国及びEUによるプレス向け共同発言では拉致問題にも言及した。日本は、今後とも、米国を始めとする関係国と緊密に連携、協力しつつ、拉致問題の即時解決に向けて全力を尽くしていく。 ウ 北朝鮮の対外関係など (ア)米朝関係 2018年から2019年にかけて、米朝間では2回の首脳会談及び板門店での米朝首脳の面会が行われ、2019年10月にストックホルム(スウェーデン)において米朝実務者協議が行われたが、その後、米朝間の対話に具体的な進展は見られていない。 バイデン大統領は、2021年4月に対北朝鮮政策レビューを通じ、朝鮮半島の完全な非核化が引き続き目標であることや、日本を含む同盟国の安全確保のための取組を強化すると明らかにした。2022年10月には、米国は、新たな「国家安全保障戦略(NSS)」を公表し、朝鮮半島の完全な非核化に向けて持続的な外交を追求し、また、北朝鮮の大量破壊兵器及びミサイルの脅威に直面する中で拡大抑止を強化することを示した。同時に、米国は、様々な機会において、北朝鮮に対して敵対的な意図を抱いておらず、北朝鮮側と前提条件なしに対話を再開する用意があると発信してきている。 一方、金正恩国務委員長は、9月の最高人民会議第14期第9回会議において行った演説の中で、「米国が、日本、「大韓民国」との三角軍事同盟体系樹立を本格化することにより、戦争と侵略の根源的基礎である「アジア版NATO」がついに自らの凶悪な正体をさらけ出し、このことは修辞的脅威や表象的な実体ではない実際の最大の脅威」であるとし、「米国と西側の覇権戦略に反旗を翻した国家との連帯をさらに強化していく」と述べたと報じられた。 7月、在韓米軍の兵士が軍事境界線を越え、北朝鮮側に拘束される事案が発生し、同兵士は9月に解放された。米国は、北朝鮮による弾道ミサイル発射などを含めた一連の挑発行為などへの対応として、2023年に入り、3月、4月、5月、6月、8月及び11月に、それぞれ個人や団体を北朝鮮に対する制裁対象に追加する措置を決定した。 (イ)南北関係 2022年5月、韓国で「南北関係の正常化」を掲げる尹錫悦政権が発足した。尹錫悦大統領は、同年8月、実質的な非核化を条件に様々な経済支援を行うとする「大胆な構想」を提案したが、北朝鮮はこれに応じる姿勢を見せていない。2023年1月には、金正恩委員長が「南朝鮮傀儡(かいらい)らが疑う余地もない我が方の明確な敵として迫っている」と述べたと報じられ、2月には、韓国の国防白書において「北朝鮮の政権と軍は我々の敵」と言及された。 4月には、2021年10月から復旧していた南北通信連絡線が再び途絶した。これに対し韓国政府は、統一部長官声明を発表し、強い遺憾を表明した。9月、韓国の憲法裁判所が、文在寅政権時に法制化された北朝鮮へのビラ散布を禁じる法律条項に対して違憲判決を下した。11月、韓国は、北朝鮮の度重なる合意違反や「軍事偵察衛星」の打ち上げなどを理由に、2018年に署名された「歴史的な「板門店宣言」履行のための軍事分野合意書」の一部効力停止を発表し、これに対し、北朝鮮は、以後、同合意書に拘束されないとの声明を発出したことが報じられた。また、北朝鮮は12月末に開催された党中央委員会第8期第9回拡大総会で、南北関係を「敵対的な二つの国家の関係、戦争中にある二つの交戦国の関係として完全に固着された」とし、対韓国政策を転換すると報じられた。 韓国は、北朝鮮による弾道ミサイル発射などを含めた一連の挑発行為などへの対応として、2月、3月、4月、5月、6月、7月、9月及び12月にそれぞれ個人や団体を北朝鮮に対する制裁対象に追加する措置を決定した。 (ウ)中朝関係・露朝関係 新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の感染拡大などの影響により、2020年以降は要人往来が確認されていなかったが、2023年7月の北朝鮮の「祖国解放戦争戦勝70周年」記念行事には、中国から李鴻忠(りこうちゅう)全人代常務委員会副委員長、ロシアからショイグ国防相をそれぞれ団長とする代表団が訪朝し、習近平国家主席及びプーチン大統領からの親書が金正恩国務委員長に伝達されたと報じられた。「国」交樹立75周年を迎えた露朝間では、9月に金正恩国務委員長が4年ぶりにロシアを訪問し、プーチン大統領とアムール州において首脳会談を行い、同首脳会談では、両「国」は戦略的・戦術的協力に合意したと報じられた。また、10月には、ラヴロフ外相が訪朝し、露朝外相会談及び金正恩国務委員長表敬が行われた。日米韓3か国は、10月26日に露朝間の武器移転に関する日米韓外相声明を発出し、北朝鮮からロシアへの軍事装備品及び弾薬の提供を強く非難し、ロシアから北朝鮮に対する軍事支援の可能性について、日米韓として状況を注視していることを表明している。 北朝鮮の対外貿易の約9割を占める中朝間の貿易は、新型コロナの世界的な感染拡大を受けた往来の制限のため、感染拡大前と比較して規模が大幅に縮小していたが、2022年9月に中国・丹東と北朝鮮・新義州を結ぶ鉄道通関地の貨物列車の運行再開が発表されて以降、回復傾向が続いている。結果として、2023年の中朝貿易額は前年を大きく上回り、新型コロナ以前の水準を回復するに至った。 (エ)その他 2023年、日本海沿岸では、北朝鮮からのものと見られる漂流・漂着木造船などが計22件確認されており(2022年は49件)、日本政府として、関連の動向について重大な関心を持って情報収集・分析に努めている。また、2020年9月には、日本海の大和堆(やまとたい)西方の日本のEEZにおいて北朝鮮公船が確認されており、外務省は、このような事案が発生した際には、北朝鮮に対して日本の立場を申し入れてきている。引き続き、関係省庁の緊密な連携の下、適切に対応していく。 エ 内政・経済 (ア)内政 北朝鮮は、2021年1月に、約5年ぶりに朝鮮労働党の最高指導機関である第8回党大会を開催し、金正恩国務委員長が、「人民大衆第一主義政治」を強調しつつ、過去5年間の成果・反省及び核・ミサイル活動の継続や対外関係を含む今後の課題に係る活動総括報告を行ったと報じられた。同党大会では「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」及び「国防力発展五大重点目標」が提示されたと報じられている。2022年12月に開催された党中央委員会第8期第6回拡大総会では、金正恩国務委員長が、初の「軍事衛星」打ち上げに言及し、「国防」力強化が強調されたと報じられた。 2023年1月に開催された最高人民会議第14期第8回会議では、2022年を「史上かつてない試練に満ちた年」だったと評価する一方、「経済建設と人民生活向上のための闘争で顕著な成果を収めた」との報告がされたと報じられた。また、「非規範的な言語要素を排撃」するとし、「平壌文化語保護法」が採択されたと報じられた。2月には、党中央委員会第8期第7回拡大総会が開催され、金正恩国務委員長が、党は農村問題を必ず解決すべき戦略的問題として重視していると述べたと報じられた。6月には、金正恩国務委員長出席の下、党中央委員会第8期第8回拡大総会が開催され、「国防力発展五大重点目標」の一つとして軍事偵察衛星事業について言及し、宇宙産業の拡大・発展を「国」家的な事業として推進していく必要性が指摘されたと報じられた。9月に開催された最高人民会議第14 期第9回会議では、憲法改正や「国家宇宙開発局」を「国家航空宇宙技術総局」とすることなどに関する決定が行われたと報じられた。 12月末に開催された党中央委員会第8期第9回拡大総会では、金正恩委員長が2023年を「驚異的な勝利と出来事に満ち溢(あふ)れた年」と評価し、2024年の核兵器生産計画につき「持続的増加を可能にする土台」を構築するとしたほか、3基の偵察衛星を追加で打ち上げることを宣言したなどと報じられた。 また、2022年11月のICBM級弾道ミサイル発射の際、金正恩国務委員長は、「愛する子弟」と共に「現地指導」したと報じられ、初めて娘とされる子供が公開された。その後、金正恩国務委員長は、2023年2月に行われた「朝鮮人民軍創建75周年」関連行事や4月の「国家宇宙開発局」への視察、8月の朝鮮人民軍海軍司令部の視察など、様々な場面でこの子供を同行させたことが報じられている。 (イ)経済 2021年1月の第8回党大会において、金正恩国務委員長は、制裁、自然災害、世界的な保健危機による困難に言及しつつ、自力更生及び自給自足を核心とした新たな「国家経済発展5か年計画」(2021年から2025年)を提示したと報じられた。2023年1月、金正恩国務委員長は、国家経済発展5か年計画の3年目を迎えた2023年について、「国家経済発展の大きな一歩を踏み出す年、生産伸長と整備・補強戦略の遂行、人民生活の改善において鍵となる目標を達成する年」と規定し、「人民経済の各部門が達成すべき経済指標と12の重要目標」を基本目標としたことが報じられた。 オ その他の問題 北朝鮮からの脱北者は、滞在国当局の取締りや北朝鮮への強制送還などを逃れるため潜伏生活を送っている。日本政府としては、こうした脱北者の保護や支援について、北朝鮮人権侵害対処法の趣旨を踏まえ、人道上の配慮、関係者の安全、脱北者の滞在国との関係などを総合的に勘案しつつ対応している。なお、日本国内に受け入れた脱北者については、関係省庁間の緊密な連携の下、定着支援のための施策を推進している。 (2)韓国 ア 韓国情勢 (ア)内政 尹錫悦(ユンソンニョル)政権は、国際的な物価高の中、物価と国民生活の安定、輸出や投資の拡大、市場中心経済と健全財政などを掲げ、各種政策の推進を図った。しかし、国会においては、与党「国民の力」は少数勢力であり、最大野党「共に民主党」が単独過半数を占めるいわゆる「ねじれ」の構図が続く中、個別の政策の在り方や閣僚任命などをめぐって与野党は激しく対立した。野党主導により、2022年の梨泰院(イテウォン)での雑踏事故をめぐり行政安全部長官の弾劾訴追請求が可決されたものの、憲法裁判所の審理で請求は棄却された。また、9月には韓国憲政史上初めて、対国務総理解任建議案が可決されるに至った。さらに、政権が指名した大法院長候補者の任命が否決され、約35年ぶりに大法院長が空席となる事態が2月半ほど続いた。 2024年5月末には現国会が任期満了を迎え、4月に国会議員総選挙が行われることから、与野党とも、これを見据えた動きが2023年末から本格化しつつある。 (イ)外政 尹錫悦大統領は、「自由・平和・繁栄に寄与するグローバル中枢国家(GPS:Global Pivotal State)」となることを掲げ、外国訪問を含め積極的な首脳外交を展開した。尹大統領は、就任以降2023年10月末までの時点で、93か国との間で142回の首脳会談を実施したとしている。 対米関係については、尹大統領は、韓米同盟70周年を機に、4月24日から30日までの日程で、国賓として米国を訪問した。韓国大統領による米国国賓訪問は、李明博(イミョンバク)大統領以来、約12年ぶりであった。尹大統領はバイデン大統領と首脳会談を行い、事後、米韓首脳共同声明を発表したほか、韓国に対する拡大抑止を強化する内容の「ワシントン宣言」も発出され、これに基づく韓米核協議グループ(NCG)が7月に発足した。大統領訪米に際しては上記のほかにも「量子情報科学技術における協力に関する米韓共同声明」、「米韓次世代基幹・新興技術対話の発足に関する共同声明」、「戦略的サイバー安保の協力枠組み」、「朝鮮戦争名誉勲章受贈者の身元確認に関する米韓大統領の共同声明」、「韓米宇宙探査協力共同声明」が発出された。このほか、国賓訪問期間中、尹大統領は、アメリカ航空宇宙局(NASA)宇宙センター訪問や米国議会での演説、ハーバード大学での講演なども行った。また、8月にキャンプ・デービッドで行われた日米韓首脳会合の機会にも、尹大統領はバイデン大統領と韓米首脳会談を行った。 中国との関係では、9月のASEAN関連首脳会議の機会に、尹大統領は李強(りきょう)国務院総理と初めての会談を行った。同月下旬、杭州アジア大会の開会式に出席するために韓悳洙(ハンドクス)国務総理が国務総理としては4年半ぶりに訪中し、この機会に習近平(しゅうきんぺい)国家主席と会談した。また、11月、韓国は約4年ぶりの日中韓外相会議を釜山(プサン)で主催し、これに出席するため、王毅(おうき)中国外交部長が訪韓し、中韓外相会談を行った。 (ウ)経済 2023年、韓国のGDP成長率は1.4%と、前年の2.6%から減少した。総輸出額は、前年比7.4%減の約6,327億ドルで、総輸入額は、前年比12.1%減の約6,427億ドルとなり、2年連続の貿易赤字となったが、赤字額は約100億ドルと、2022年の約478億ドル(過去最大)からは縮小した(韓国産業通商資源部統計)。 尹錫悦政権は、2022年5月の発足時、経済政策の方向性として、「民間中心の力強い経済」、「体質改善で飛躍する経済」、「未来に備える経済」及び「共に進む幸福の経済」を掲げ、四つの方向性を主軸として経済政策を進めていくとした。同年中に「新政権のエネルギー政策の方向性」や「半導体超強大国の実現戦略」を発表し、これらに基づく経済政策を進めている。また、民間においては、2023年9月、全国経済人連合会(全経連)が、2016年に朴槿恵(パククネ)元大統領の友人が関連する財団に全経連の会員企業が多額の資金を拠出した問題(その際に4大グループ(サムスン、現代自動車、SK、LG)を含む多数の会員企業が全経連から脱退)による影響を断ち切るため、「過去に政経の癒着を許した組織の風土を正す」として韓国経済人協会(韓経協)に改組し、その機に全経連から脱退していた4大グループ主たる企業も再び会員企業となった。 なお、韓国では近年急速に少子高齢化が進んでおり、2023年の合計特殊出生率は過去最低の0.72人を記録し、少子化問題が深刻化している。 イ 日韓関係 (ア)二国間関係総論 2023年は、日韓関係が大きく動いた1年となった。 韓国は、国際社会における様々な課題への対応にパートナーとして協力していくべき重要な隣国である。とりわけ、現下の厳しい国際環境の下、日韓両国は、地域の平和と安定という共通の利益の確保に向け、多様な分野で連携を深め、協力の幅を広げていく必要がある。 日韓両国は、1965年の国交正常化の際に締結された日韓基本条約、日韓請求権・経済協力協定その他関連協定の基礎の上に、緊密な友好協力関係を築いてきたが、過去数年にわたり、とりわけ旧朝鮮半島出身労働者問題により、二国間関係は非常に厳しい状態に陥っていた。しかし、2022年の韓国での政権交代により尹錫悦政権が発足して以降、外相間を始めとする外交当局間の緊密な意思疎通が行われ、それを経て、2023年3月6日、韓国政府は、旧朝鮮半島出身労働者問題に関する政府の立場を発表した。これを受け、同日、日本政府はこの措置を、2018年の大法院判決により非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価するなどとした林外務大臣コメント12を発表し、日韓関係は新たな展開を迎えた。 同措置の発表から僅か10日後の同月16日、二国間訪問としては約12年ぶりに、尹大統領が訪日した13,14。日韓首脳会談では、両首脳が形式にとらわれず頻繁に訪問する「シャトル外交」の再開に加え、安保対話・次官戦略対話の早期再開、経済安全保障協議の立ち上げで一致した。また、両首脳は、輸出管理分野での進展も歓迎した。 これに続き、岸田総理大臣は、5月7日、日本の総理大臣による二国間訪問としては約12年ぶりに韓国を訪問した15,16。尹大統領との首脳会談では、多岐にわたる分野において両政府間の対話と協力が動き出したほか、両国間の経済界の交流が力強く復活してきていること、民間交流や議員交流も活発であることなどを確認し、日韓関係改善の動きが軌道に乗ったことを歓迎した。また、ALPS処理水に関し、岸田総理大臣から、高い透明性をもって科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくと述べ、東京電力福島第一原子力発電所への韓国専門家で構成される現地視察団の派遣についても一致した。 岸田総理大臣の韓国訪問(公式歓迎行事) (5月8日、韓国・ソウル 写真提供:内閣広報室) その後、同月のG7広島サミットの機会には、尹大統領が再び訪日して引き続き首脳間で信頼を深めたほか、両首脳は、被爆地・広島において、平和記念公園を訪問し、韓国人原爆犠牲者慰霊碑にも共に祈りを捧げた。 以降、7月にリトアニアのビリニュスで開催されたNATO首脳会合、8月に米国のキャンプ・デービッドで開催された日米韓首脳会合、9月にインドのデリーで開催されたG20首脳サミット、11月に米国のサンフランシスコで開催されたAPEC首脳会合といった機会を捉え、2023年を通じて合計7度の日韓首脳会談が行われた。岸田総理大臣と尹大統領は、このような頻繁なやり取りを通じて、様々な分野で日韓協力の発展を牽(けん)引し、地域の平和と安定の確保という共通の利益のための取組を進めてきている。また、サンフランシスコでは、スタンフォード大学において日韓両首脳が共に討論会に出席し、先端技術分野での協力を語り合う機会もあった。この間、外相間の意思疎通も対面で6回、電話会談が3回という極めて高い頻度で行われ、特に、在外邦人保護においては、スーダンやイスラエルからの退避・出国支援において、外相間のやり取りも踏まえた緊密な協力が実現した。政府間の対話は、財務・航空・通信・観光・貿易・エネルギー・文化・環境といった幅広い分野で、閣僚級の接触を含め、大幅に活発化している。さらに、経済・ビジネス交流の活発化や航空便数の回復、金融、エネルギー分野での協力拡大など、日韓間で幅広い協力が進んだ。 インド太平洋の厳しい安全保障環境を踏まえれば、日韓の緊密な協力が今ほど必要とされる時はない。日韓関係の改善が軌道に乗る中、首脳会談や外相会談においては、インド太平洋情勢、北朝鮮、ロシアによるウクライナ侵略、イスラエル・パレスチナ情勢など、様々な国際場裡(り)の課題についても取り上げられ、グローバルな課題についても両国の連携を一層強化していくことを確認した。 (イ)旧朝鮮半島出身労働者問題 日本政府は、1965年の国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の基盤に基づき日韓関係を発展させていく必要があり、そのためにも2018年の大法院判決を受けた旧朝鮮半島出身労働者問題の解決が必要であるとの考えの下、2022年5月の尹錫悦政権発足以降、この問題について、両国の外相間を始めとする外交当局間で緊密な意思疎通を行ってきた。 2023年3月6日、韓国政府は旧朝鮮半島出身労働者問題に関する自らの立場を発表し、韓国の財団が、2018年の大法院の3件の確定判決の原告に対して判決金及び遅延利息を支給するなどとした。 これを受け、同日、林外務大臣は日本政府の立場を表明し、韓国政府により発表された措置を、2018年の大法院判決により非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価する、日韓・日韓米の戦略的連携を強化していく、日本政府は1998年10月に発表された「日韓共同宣言」を含め歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる、今回の発表を契機とし、措置の実施とともに日韓の政治・経済・文化などの分野における交流が力強く拡大していくことを期待するなどと述べた。17また、日韓両政府の発表に対して、米国、オーストラリア、英国、欧州連合(EU)、ドイツ、カナダ、国連などから歓迎の意が表明された。 韓国政府は、4月、原告側10名について支払を行ったと発表した。その後、5月に韓国を訪問した際の日韓首脳共同記者会見18で、岸田総理大臣は、「韓国政府による取組が進む中で、多くの方が、過去のつらい記憶を忘れずとも未来のために心を開いてくださったことに胸を打たれました。私自身、当時、厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思いです」と述べた。 その後、7月にも、原告1名への支払が行われた。韓国政府は今後も原告の理解を得るため最大限の努力をしていくとしており、日本政府としては、引き続き韓国側と緊密に意思疎通を行っていく。 一方、韓国大法院は、12月及び2024年1月、同種の複数の訴訟について、2018年の判決に続き、日本企業に損害賠償の支払などを命じる判決を確定させた。これらの判決及び、2024年2月に日本企業が韓国裁判所に納付していた供託金が原告側に引き渡された事案については、日本政府として、極めて遺憾であり、断じて受け入れられないとして抗議を行った。韓国政府は、2023年3月6日に行われた措置の発表の中で、旧朝鮮半島出身労働者に関して現在(注:発表当時)係属中であるほかの訴訟が原告勝訴として確定する場合の判決金及び遅延利息は、韓国の財団が支給する予定であると表明している。 旧朝鮮半島出身労働者問題に関する外務省ホームページの掲載箇所はこちら https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_004516.html (ウ)慰安婦問題 慰安婦問題は、1990年代以降、日韓間で大きな外交問題となってきたが、日本はこれに真摯に取り組んできた。日韓間の財産及び請求権の問題は、1965年の日韓請求権・経済協力協定で「完全かつ最終的に」解決済みであるが、その上で、元慰安婦の方々の現実的な救済を図るとの観点から、1995年、日本国民と日本政府が協力してアジア女性基金を設立し、韓国を含むアジア各国などの元慰安婦の方々に対し、医療・福祉支援事業及び「償い金」の支給を行うとともに、歴代総理大臣からの「おわびの手紙」を届けるなど、最大限の努力をしてきた。 さらに、日韓両国は、多大なる外交努力の末に、2015年12月の日韓外相会談における合意によって、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した。また、同外相会談の直後に、日韓両首脳間においても、この合意を両首脳が責任を持って実施すること、また、今後、様々な問題に対し、この合意の精神に基づき対応することを確認し、韓国政府としての確約を取り付けた。この合意については、潘基文(パンギムン)国連事務総長(当時)を始め、米国政府を含む国際社会も歓迎している。この合意に基づき、2016年8月、日本政府は韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」に対し、10億円の支出を行った。この基金から、2023年12月末日までの間に、合意時点で御存命の方々47人のうち35人に対し、また、お亡くなりになっていた方々199人のうち65人の御遺族に対し、資金が支給されており、多くの元慰安婦の方々の評価を得ている。 しかしながら、2016年12月、在釜山日本国総領事館に面する歩道に慰安婦像19が設置された。その後、2017年5月に文在寅政権が発足し、外交部長官直属の「慰安婦合意検討タスクフォース」による検討結果を受け、(1)日本に対し再協議は要求しない、(2)被害者の意思をしっかりと反映しなかった2015年の合意では真の問題解決とならないなどとする韓国政府の立場を発表した。また、2018年11月には、女性家族部は、「和解・癒やし財団」の解散を推進すると発表し、その後解散の手続が進んだ。財団の解散に向けた動きは、日韓合意に照らして問題であり、日本として到底受け入れられるものではない。 さらに、2021年1月8日、元慰安婦などが日本国政府に対して提起した訴訟において、韓国ソウル中央地方裁判所が、国際法上の主権免除の原則の適用を否定し、日本国政府に対し、原告への損害賠償の支払などを命じる判決を出し、同月23日、同判決が確定した20。同年4月21日、類似の慰安婦訴訟において、ソウル中央地方裁判所は、国際法上の主権免除の原則を踏まえ、原告の訴えを却下したが、2023年11月23日、本件控訴審において、ソウル高等裁判所は、国際法上の主権免除の原則の適用を否定し、原告の訴えを認める判決を出した。日本としては、国際法上の主権免除の原則から、これらの慰安婦訴訟について日本政府が韓国の裁判権に服することは認められず、本件訴訟は却下されなければならないとの立場を累次にわたり表明してきている。上述のとおり、慰安婦問題を含め、日韓間の財産・請求権の問題は、1965年の日韓請求権・経済協力協定で「完全かつ最終的に解決」されており、また、2015年12月の日韓外相会談における合意によって、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」が確認されている。したがって、これらの判決は、国際法及び日韓両国間の合意に明らかに反するものであり、極めて遺憾であり、断じて受け入れることはできない。日本としては、韓国に対し、国家として自らの責任で直ちに国際法違反の状態を是正するために適切な措置を講ずることを強く求めてきている。 日韓合意は国と国との約束であり、これを守ることは国家間の関係の基本である。日韓合意の着実な実施は、国際社会に対する責務でもある。日本は、上述のとおり、日韓合意の下で約束した措置を全て実施してきている。韓国政府もこの合意が両国政府の公式合意と認めており、日本政府としては、引き続き、韓国側に日韓合意の着実な実施を強く求めていく方針に変わりはない(国際社会における慰安婦問題の取扱いについては38ページ参照)。 慰安婦問題についての日本の取組に関する外務省ホームページの掲載箇所はこちら: https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page25_001910.html (エ)竹島問題 日韓間には竹島の領有権をめぐる問題があるが、竹島は歴史的事実に照らしても国際法上も明らかに日本固有の領土である。しかしながら韓国は、警備隊を常駐させるなど、国際法上何ら根拠がないまま、竹島を不法占拠し続けてきている。日本は、竹島問題に関し、様々な媒体で日本の立場を対外的に周知するとともに21、韓国国会議員などの竹島上陸、韓国による竹島やその周辺での軍事訓練や海洋調査などについては、韓国に対し、その都度強く抗議を行ってきている。2023年は竹島やその周辺での軍事訓練や韓国国会議員の竹島上陸が行われ、これらにつき、日本政府として、日本の立場に鑑み受け入れられないとして強く抗議を行った22。引き続き、竹島に関する日本の基本的な立場に基づき、毅(き)然と対応していく。 竹島問題の平和的手段による解決を図るため、1954年、1962年及び2012年に韓国政府に対し国際司法裁判所への付託などを提案してきているが、韓国政府はこの提案を全て拒否している。日本は、竹島問題に関し、国際法に則(のっと)り、平和的に解決するため、今後も粘り強い外交努力を行っていく方針である。 (オ)韓国向け輸出管理運用の見直し 2023年3月6日、日韓両国政府は、輸出管理に関する日韓間の懸案事項23について、双方が2019年7月以前の状態に戻すため、日韓間の輸出管理政策対話を開催することを発表し、その間、韓国政府はWTO紛争解決手続きを中断することとした24。3月16日、韓国は、日本の輸出管理措置に関するWTO紛争解決手続への申立てを取り下げることを発表し、同日、日本は半導体関連3品目(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)の韓国への輸出にかかる措置の運用を特別一般包括許可に見直すこととした(同月23日に通達改正)。25 その後、4月に韓国政府は日本を「ホワイトリスト(輸出審査優遇国)」に復帰させ、日本は、意見募集手続、閣議決定を経て、7月に韓国を輸出貿易管理令上の「グループA」に追加した26。また、日韓の輸出管理当局で、それぞれの制度及び運用の見直しを含め、適切な対応を講ずるフォローアップの枠組みについての覚書に署名した27。 (カ)交流・往来 両国間の往来者数は2018年に約1,049万人を記録したが、2020年初旬以降、新型コロナウイルス感染症拡大に係る水際対策の強化により大幅に減少し、2021年は約3万人にとどまった。2022年には両国における査証免除措置が再開され、また、羽田-金浦(キンポ)線を始めとする日韓航空路線の運航が再開したことを受け、旅行件数が増加し、2022年の両国間の往来者数は約131万人に増加した。2023年は水際対策の措置が終了し、日韓航空線の運行再開が新型コロナ前の水準まで回復したことを受け、両国の往来者数が約927万人まで大幅に増加した。 日本では若年層を中心に「K-POP」や関連のコンテンツが広く受け入れられており、韓国のドラマや映画は世代を問わず幅広い人気を集めている。また、日韓間の最大の草の根交流行事である「日韓交流おまつり」は、2023年は東京とソウルで対面形式で開催され、両国合わせて約11万6,000人が参加した。日本政府は、「対日理解促進交流プログラム(JENESYS2023)」の実施を通じ、日韓の青少年を中心とした相互理解の促進、未来に向けた友好・協力関係の構築に努めてきており、2020年度以降、新型コロナ流行拡大により対面形式の交流が途絶えた時期においても、オンラインでの交流を継続し、2022年には対面形式での交流事業を一部再開した。2023年においては、両政府は、日韓関係の改善を受けて対面形式での交流事業の全面再開と交流人数の前年度比倍増を目標とすることを決定し、両国の未来を担う青少年世代の交流の活性化を図っている。 (キ)その他の問題 日韓両国は、2016年11月、安全保障分野における日韓間の協力と連携を強化し、地域の平和と安定に寄与するため、日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)を締結し、同協定は、それ以降2017年及び2018年に自動的に延長されてきた。しかし、韓国政府は、2019年8月22日、日本による輸出管理の運用見直し(上記(オ)参照)と関連付け、GSOMIAの終了の決定を発表し、翌23日、終了通告がなされた。その後、日韓間でのやり取りを経て、同年11月22日、韓国政府は8月23日の終了通告の効力を停止することを発表した。尹大統領の訪日直後の2023年3月21日、韓国政府から2019年8月の日韓GSOMIAの終了通告を取り下げるとの正式通報があった。現下の地域の安全保障環境を踏まえれば、同協定が引き続き安定的に運用されていくことが重要である。 日本海は、国際的に確立した唯一の呼称であり、国連や米国を始めとする主要国政府も日本海の呼称を正式に使用している。韓国などが日本海の呼称に異議を唱え始めたのは1992年からである。また、それ以降、韓国などは国連地名専門家グループ(UNGEGN)会議28や国際水路機関(IHO)を始めとする国際機関の場などにおいても日本海の呼称に異議を唱えてきたが、この主張に根拠はなく、日本はその都度断固とした反論を行ってきている29。 また、盗難被害に遭い、現在も韓国にある文化財30については、早期に日本に返還されるよう韓国政府に働きかけており、引き続き適切に対応していく。 そのほか、在サハリン「韓国人」への対応31、在韓被爆者問題への対応32、在韓ハンセン病療養所入所者への対応33など多岐にわたる分野で、日本は、人道的観点から、可能な限りの支援や施策を進めてきている。 ウ 日韓経済関係 2023年の日韓間の貿易総額は、約10兆9,000億円であり、韓国にとって日本は第4位、日本にとって韓国は第5位の貿易相手国である。なお、韓国の対日貿易赤字は、前年比18.2%減の約2兆2,000億円(財務省貿易統計)となった。また、日本からの対韓直接投資額は約13.0億ドル(前年比14.7%減)(韓国産業通商資源部統計)で、日本は韓国への第4位(ケイマン諸島を順位から除く。)の投資国である。また、日韓は、共に地域的な包括的経済連携(RCEP)協定締約国、インド太平洋経済枠組み(IPEF)のメンバーとして協力しているほか、世界貿易機関(WTO)、アジア太平洋経済協力(APEC)、経済協力開発機構(OECD)など各種の経済的枠組みにおいても、連携を図っている。12月には、二国間の経済関係や国際経済情勢などを幅広く議論する日韓ハイレベル経済協議34第15回会合が約8年ぶりに開催された。 韓国政府による日本産食品に対する輸入規制については、日本は、様々な機会を捉えて韓国側に対して早期の規制撤廃を働きかけている。 10 2014年5月にストックホルムで開催された日朝政府間協議において、北朝鮮側は、拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束した。 11 ここでの「瀬取り」は、2017年9月に採択された国連安保理決議第2375号が国連加盟国に関与などを禁止している、北朝鮮籍船舶に対する又は北朝鮮籍船舶からの洋上での船舶間の物資の積替えのこと 12 資料編:旧朝鮮半島出身労働者問題 参考資料 参照 13 3月16日、17日の尹大統領訪日については、外務省ホームページ参照:https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page1_001529.html 14 3月16日の日韓共同記者会見については、官邸ホームページ参照:https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0316kaiken.html 15 5月7日、8日の岸田総理大臣訪韓については、外務省ホームページ参照:https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page1_001655.html 16 5月7日の日韓共同記者会見については、官邸ホームページ参照:https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0507kaiken2.html 17 資料編:旧朝鮮半島出身労働者問題 参考資料 参照 18 5月7日の日韓共同記者会見については、官邸ホームページ参照:https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0507kaiken2.html 19 分かりやすさの観点から、便宜上、「慰安婦像」との呼称を用いるが、この呼称は、これらの像に係る元慰安婦についての描写が正しいとの認識を示すものでは決してない。 20 資料編:慰安婦問題 参考資料 参照 21 2008年2月、外務省は「竹島 竹島問題を理解するための10のポイント」と題するパンフレットを作成。現在、日本語、英語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、アラビア語、ロシア語、中国語及びイタリア語の11言語版が外務省ホームページで閲覧可能。また、2013年10月以降、外務省ホームページにおいて、竹島に関する動画やフライヤーを公開し、現在は上記11言語での閲覧が可能になっている。加えて、竹島問題を啓発するスマートフォンアプリをダウンロード配布するといった取組を行っている。外務省ホームページ掲載箇所はこちら:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html 22 5月、田溶冀(チョンヨンギ)「共に民主党」議員が上陸。また、6月及び12月、韓国軍が竹島に関する軍事訓練を実施した。日本は、直ちに、竹島の領有権に関する日本の立場に照らし受け入れられず、極めて遺憾であることを韓国政府に伝え、厳重に抗議した。 23 韓国政府は、2019年9月、日本が韓国への半導体材料3品目(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)の輸出に係る措置の運用を見直し、個別に輸出許可を求める制度としたことは世界貿易機関(WTO)協定に違反するとして、WTO紛争解決手続の下で二国間協議を要請した。同年11月、韓国政府は日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の終了通告の効力停止を発表し、その際、二国間の輸出管理政策対話が正常に行われる間、WTO紛争解決手続を中断すると表明し、2019年12月及び2020年3月には、輸出管理政策対話が実施された。しかし韓国政府は、2020年6月、WTO紛争解決手続を再開させ、同月7月、WTO紛争解決機関会合において紛争処理小委員会(パネル)設置が決定された。 24 日韓の輸出管理に係る発表については、2023年3月6日付経済産業省ホームページ参照:https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230306007/20230306007.html 25 「輸出貿易管理令の運用について」等の一部を改正する通達については、2023年3月23日付経済産業省ホームページ参照:https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230323003/20230323003.html 26 輸出貿易管理令の一部を改正する政令については、2023年6月27日付経済産業省ホームページ参照:https://www.meti.go.jp/press/2023/06/20230627006/20230627006.html 27 日韓輸出管理政策対話については、2023年7月11日付経済産業省ホームページ参照:https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230711003/20230711003.html 28 各国の地名や地理空間情報などの専門家らが、地名に関する用語の定義や地名の表記方法などについて技術的観点から議論を行う国連の会議。2017年、これまで5年ごとに開催されていた国連地名標準化会議と2年ごとに開催されていた国連地名専門家グループが統合され、国連地名専門家グループ(UNGEGN)会議となった。 29 日本海呼称問題に関する外務省ホームページの掲載箇所はこちら:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nihonkai_k/index.html 30 2012年に長崎県対馬市で盗難され韓国に搬出された後、韓国政府が回収し保管している「観世音菩薩(ぼさつ)坐像」について、所有権を主張する韓国の寺院が韓国政府に対して引渡しを求める訴訟を提起した。2017年1月、第1審の大田(テジョン)地方裁判所は原告(韓国寺院)勝訴の判決を出したが、2023年2月、第2審の大田高等裁判所は一審判決を取り消し、原告の請求を棄却する判決を出した。原告側は上告したが、同年10月、大法院は上告を棄却する判決を出した。 31 第二次世界大戦終戦前、様々な経緯で南樺太(からふと)に渡り、終戦後、ソ連による事実上の支配の下、韓国への引揚げの機会が与えられないまま、長期間にわたり、サハリンに残留することを余儀なくされた朝鮮半島出身者に対し、日本政府は、一時帰国支援、サハリン再訪問支援などを行ってきている。 32 第二次世界大戦時に広島又は長崎にいて原爆に被爆した後、日本国外に居住している方々に対する支援の問題。これまで日本は、被爆者援護法に基づく手当や被爆者健康手帳などに関連する支援を行ってきている。 33 2006年2月、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が改正され、第二次世界大戦終戦前に日本が設置した日本国外のハンセン病療養所の元入所者も国内療養所の元入所者と同様に補償金の支給対象となった。また、2019年11月、「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律」が制定され、ハンセン病元患者の家族も補償対象となった。 34 12月21日の第15回日韓ハイレベル経済協議の開催については、外務省ホームページ参照:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_00146.html