巻中特集 ロシアによるウクライナ侵略と日本の対応 2 日本の対応 (1)対ロシア政策の転換及び対ロシア制裁 日本は、インド太平洋地域の戦略環境が大きく変化しつつある中で、ロシアと安定的な関係を構築することは、日本の国益のみならず、地域の安定と発展にとっても極めて重要との考えの下、対ロシア外交に取り組んできた。しかし、ロシアによるウクライナ侵略の開始により、国際社会としてロシアとの関係をこれまでどおり維持することができなくなったことを受け、日本としても従来の対ロシア外交を大きく転換し、G7を始めとする国際社会と連携しつつ厳しい対ロシア制裁をとるなど、断固とした行動をとってきている。 2月21日、ロシアが「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」を「独立国家」として承認し、両「共和国」との条約批准などを行ったことを受け、日本は、両「共和国」との輸出入禁止や関係者(24個人)の資産凍結、ロシア政府による新たなソブリン債の日本での発行・流通禁止などを発表した。 また、2月24日、ロシアがウクライナへの軍事行動を開始したことを受け、林外務大臣はガルージン駐日ロシア大使を召致し、ロシアの侵略に対する強い非難を伝え、直ちに侵略をやめロシア国内に撤収することなどを求めた。翌25日、日本は、G7を始めとする国際社会と連携し、(ア)ロシア関係者(6個人)への資産凍結、(イ)ロシアの3金融機関(バンク・ロシア、プロムスヴャジバンク、ロシア対外経済銀行)に対する資産凍結、(ウ)ロシアの軍事関連団体(49団体)に対する輸出、国際的な合意に基づく規制リスト品目や半導体など汎用品のロシア向け輸出に関する制裁を発表した。27日には、プーチン大統領を含む、ロシア政府関係者に対する資産凍結などの措置を決定し、また、欧米各国からの要請を踏まえ、SWIFT2からロシアの特定銀行を排除する措置に参加することを発表した。 その後も、日本はG7を始め各国と緊密に連携し、ロシアの政府関係者・軍関係者・国家院議員・財閥関係者などに対する資産凍結措置や金融措置などとして、ロシア最大手ズベルバンクを含む銀行などに対する資産凍結措置や、ロシア中央銀行との取引制限、デジタル資産を用いたロシアによる制裁回避への対応、ロシアへの新規投資の禁止、ロシア向けサービス(信託、会計・監査、経営コンサルティング)の提供禁止などを実施した。 また、貿易措置としては、関税暫定措置法を改正し、ロシアの最恵国待遇を撤回した。さらに、ロシアへの奢侈(しゃし)品や先端的な物品、産業基盤強化に資する物品、化学兵器などの関連物品の輸出禁止など措置の対象を拡大したほか、ロシアからの一部物品(機械類、一部木材、ウォッカなど)や金の輸入禁止を実施するなど、厳しい制裁措置を実施している。 上記のような経済制裁以外にも、日本は、ロシアの一部の関係者に対して日本への査証発給の停止を行っている。 こうした動きに対し、ロシア側は、3月21日、平和条約交渉を継続しない、四島交流及び自由訪問を中止する、共同経済活動に関する対話から離脱するなどの措置をとるとの声明を発表し、9月5日、四島交流及び自由訪問についての合意の効力を停止するとの政府令を発表した。さらに、5月4日、ロシア側は岸田総理大臣を含む63人についてロシアへの入国禁止措置を発表し、7月15日には更に衆議院議員384人について入国禁止措置を発表した。 また、4月8日、ウクライナ侵略における状況も踏まえ、日本として総合的に判断した結果、8人の在日ロシア大使館の外交官及びロシア通商代表部職員の国外退去を求めた。これに対し、4月27日、ロシア側は8人の在ロシア日本大使館員の国外退去を求めた。 このようなロシア側の日本に対する一連の措置について、ウクライナ侵略という軍事的手段に訴え今回の事態を招いたのはロシア側であるにもかかわらず、ロシア側は日本側に責任を転嫁するかのような極めて不当な主張をしており、断じて受け入れられない。日本は、政府としてその旨ロシア側に伝達し、強く抗議してきている。 エネルギー分野への措置としては、政府は、石炭や石油を含め、ロシアのエネルギーへの依存をフェーズアウトする方針であり、国民生活や事業活動への悪影響を最小化する方法で、時間をかけてそのステップをとっていくこととしている。また、ロシアにおける石油・天然ガス開発事業「サハリン1」、「サハリン2」については、中長期的な安定供給を確保する観点から、日本のエネルギー安全保障上重要なプロジェクトであり、権益を維持する方針である。なお、G7及びオーストラリアは、欧州連合(EU)と共にロシアのエネルギー収入を減少させつつ、国際的な石油価格の安定化を図ることを目的に、ロシア産石油及び石油製品へのプライスキャップ(価格上限規制)を導入している。 (2)対ウクライナ支援 日本は、ロシアによるウクライナ侵略開始当初から、ウクライナに対し、財政、人道、防衛装備品の支援から避難民の受入れまで、現地のニーズを的確に把握しながらウクライナの人々に寄り添った支援を迅速に実施してきた。具体的には、ウクライナ及び周辺国などに対する、財政、人道、食料及び復旧・復興の分野で約16億ドルの支援を順次実施してきている。 ロシアによる侵略から1年の機会には、改めてウクライナへの連帯を示すため、関連する予算と法律の国会での成立を前提として約55億ドルの追加財政支援を行うことを決定した。さらに、2023年3月21日、ウクライナを訪問した岸田総理大臣は、キーウでの日・ウクライナ首脳会談3において、今後、これらの総額71億ドルの支援を着実に実施し、電力、地雷処理、農業など様々な分野でウクライナを支えていくと述べた。また、岸田総理大臣から、今般、エネルギー分野などへの新たな二国間無償支援等を4.7億ドル供与すること、北大西洋条約機構(NATO)の信託基金を通じた殺傷性のない装備品支援に3,000万ドルを拠出することを決定したと述べた。 日・ウクライナ首脳会談に際する歓迎式典 (2023年3月21日、ウクライナ・キーウ 写真提供:内閣広報室) ア 財政支援 岸田総理大臣は、2月15日に行われた日・ウクライナ首脳電話会談において、ゼレンスキー・ウクライナ大統領に対し、借款による支援を緊急に供与する用意があることを表明し、また、3月24日のG7首脳会合において、世界銀行との協調融資により1億ドルの緊急の財政支援を行うことを表明した。その後、4月19日のウクライナ情勢に関する首脳テレビ会議において、日本は財政支援の1億ドルから3億ドルへの増額、5月20日には更に総額6億ドルに倍増することを表明した。経済危機に直面するウクライナの緊急かつ短期的な資金需要に対応するため、日本はウクライナ政府に対し迅速に手続きが進むよう働きかけ、最初に表明した1億ドル(130億円)については4月28日に、5億ドル(650億円)の追加供与について6月7日に、それぞれ東京においてウクライナ側と有償資金協力のための交換公文の署名を行った。 財政支援に係る交換公文署名式(4月28日、東京) この財政支援は、ウクライナ政府による必要不可欠な公共サービスを維持・継続し、経済改革及び政府関係者の能力構築を推進するために用いられており、ロシアの侵略に伴い経済危機に直面するウクライナの経済を下支えすることが期待される。 また、2023年1月16日、日本は、公的債権者グループの一員として、国債保有者への返済期限が到来した債務支払を猶予するとのウクライナからの要請を支持し、国債保有者が本要請に同意することを促すことを目的に、ウクライナに対する債務救済措置(債務支払猶予方式)に関する書簡の交換を行った。 さらに、2023年2月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議及びG7首脳テレビ会議において、大きな課題となっているウクライナの財政ギャップに対応するため、関連する予算と法律の国会での成立を前提とした約55億ドルの追加財政支援を表明した。 イ 人道支援 ロシアによるウクライナ侵略を受け、2月27日、日本は、他国に先駆けてウクライナ及び周辺国に対する1億ドルの緊急人道支援を表明した。国際機関及び日本のNGOを通じて、保健・医療、食料などを始めとする緊急性の高い分野において活動を行い、また、避難している人々の多くが女性や子供たちであることを踏まえ、女性や子供のニーズにも配慮した支援を行った。 一例としては、国連児童基金(UNICEF)及び国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じた、「ブルードット(Blue Dot)」と呼ばれる、国外に避難したウクライナの子供たちとその家族の支援拠点として設置された「子どもにやさしい空間」への支援が挙げられる。また、UNHCR、国際移住機関(IOM)などを通じた、女性や子供が安全に身を寄せることができる一時避難施設を提供し、性的及びジェンダーに基づく暴力の予防に取り組んでいるほか、国連世界食糧計画(WFP)を通じて温かい食事を提供する支援なども行った。 3月24日、日本は、更なる人道ニーズを踏まえ、追加で1億ドルの緊急人道支援を行うことを表明した。具体的には、ウクライナ及び周辺国の国境管理当局などに対する人身取引対策の能力強化に関する支援のほか、緊急的がれき除去に伴う地雷・不発弾の処理・対応を含めた人道的活動を通じて避難民の安全な移動の確保に貢献し、また、人口比で最大の避難民を受け入れているモルドバへの支援にも配慮した。 4月1日には、UNHCRに対し、国際平和協力法に基づき、政府の備蓄物資である毛布、ビニールシート及びスリーピングマットを無償で提供することを閣議決定し、同月19日にUNHCRに譲渡した。同月28日には、同法に基づき、「ウクライナ被災民救援国際平和協力業務実施計画」を閣議決定し、同計画に基づき、5月1日から6月27日までの間、自衛隊機計8便を運航し、UNHCRの人道救援物資をドバイ(アラブ首長国連邦)からポーランド又はルーマニアまで輸送した。 UNHCRの人道救援物資を輸送する自衛隊機。輸送された物資は、UNHCR経由で避難民に届けられた (5月13日、ルーマニア 写真提供:防衛省ホームページ) また、ウクライナは世界有数の農業国であるが、ロシアによる侵略の影響により農地への作付けが困難な状況となっていることから、国連食糧農業機関(FAO)を通じて穀物生産のための種子や肥料の配布を行い、ウクライナ国内の農業生産を早期に回復し、同国のみならず世界の食料安全保障の確保に貢献する支援も行った(世界の食料安全保障の確保に貢献する日本の支援の詳細は4(1)参照)。 その後も、ロシアの攻撃により多くのエネルギー・インフラ施設が破壊され、日々の寒さが厳しくなり日が短くなる中、停電により暖房設備や照明器具を使用できない人々に対し、UNHCRを通じた発電機やソーラー・ランタンの提供による越冬支援を11月22日に決定した。12月以降、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通じた発電機の供与も実施し、これまでに約300台の発電機を供与した。さらに、2023年2月には、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)を通じて、ウクライナ国家警察に対して、反射材及びカイロを供与する追加的な越冬支援を決定した。 仮設住宅の付近に設置されている日本が提供した発電機(©UNHCR) ウ 装備品などの供与 ロシアによるウクライナ侵略という、欧州のみならず、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす行為に対し、国際社会が結束して毅(き)然と対応することは、ルールに基づく国際秩序を守り抜くためにも、また、日本の安全保障の観点からも極めて重要である。 こうした観点から、ウクライナ側から装備品などの提供の要請を受け、日本は、自衛隊法に基づき、防衛装備移転三原則の範囲内で非殺傷性の物資を提供するため、3月8日に国家安全保障会議において、防衛装備移転三原則の運用指針を一部改正し、同月以降、防弾チョッキ、鉄帽(ヘルメット)、防寒服、衛生資材、化学兵器等対応用の防護マスク及び防護衣、小型のドローン並びに民生車両(バン)などを自衛隊機などにより輸送し、提供してきた。 なお、自衛隊法に定められている装備品などの譲渡に当たり、自衛隊法及び防衛装備移転三原則上求められる国際約束として、3月8日、林外務大臣とコルスンスキー駐日ウクライナ大使との間で交換公文の署名が行われ、即日発効した。この交換公文では、譲渡される装備品などの目的外使用の禁止などに関する規定を設けることで、ウクライナへの移転後の適正な管理を確保した。 エ 避難民受入れ 「欧州における第二次世界大戦後最大の難民危機」(グランディ国連難民高等弁務官の発言)とされるウクライナ避難民の発生に対し、日本は避難民受入れに関する取組を積極的に行っている。ロシアによる侵略が開始して間もない3月2日、岸田総理大臣はウクライナ避難民受入れを進める考えを表明し、16日には司令塔として「ウクライナ避難民対策連絡調整会議」を設置した上で、18日に、「ウクライナから避難を余儀なくされ、日本への避難を希望するウクライナの方々」について受入れ支援を行うことを決定した。現地でも、25日に在ポーランド日本国大使館及び在ジェシュフ連絡事務所の体制を強化して「ウクライナ避難民支援チーム」を設置し、避難民の方々の日本への渡航支援のニーズについて調査・把握を進めた。 また、4月初旬には林外務大臣と津島淳法務副大臣がポーランドを訪問し、ポーランド政府要人との会談や、避難民施設の視察、ウクライナ国境地帯の訪問などを通じて、ウクライナ避難民の置かれた状況や、受入れに関するニーズ、受入れに当たっての課題などを確認した。林外務大臣の帰国の際には、政府専用機の予備機に、日本への避難を切に希望しているものの、自力で渡航手段を確保することが困難な20名の避難民の方々が搭乗した。 加えて、円滑に日本に渡航できるようにする観点から、4月8日から現在(2023年2月末)にかけて、日本への避難を切に希望しているものの、自力で渡航手段を確保することが困難なウクライナ避難民の方々に対し、毎週政府がポーランドとの直行便の座席を借り上げ、人道的観点から、渡航支援を行っている。今後も当面、日本への渡航を支援する予定である。 避難民受入れに当たっては、ウクライナから避難される方々にまず安心できる避難生活の場を提供することが重要であり、今後も関係省庁と連携しながら、困難に直面するウクライナの人々に寄り添った支援を行っていく。 オ 復興支援 情勢の見通しが立たない中で、ウクライナ復興に向けて国際社会も動き出している。 7月4日及び5日、スイス・ルガーノにおいて「ウクライナの復興に関する国際会議」が開催された。日本政府からは鈴木貴子外務副大臣が出席し、鈴木外務副大臣からは、様々な自然災害などから復興を成し遂げてきた日本の経験をいかしながら今後のウクライナの復興に積極的に貢献していく考えを強調し、その上で、ウクライナの復興計画が、ウクライナの人々に輝かしい未来への希望を与えるものとなることに対する期待を表明した。会議の成果として、参加国・機関が確認する形でウクライナ復興の指針となる原則をまとめた「ルガーノ宣言」が発出された。 10月25日、ベルリンで「ウクライナ復興・再建・近代化に関する国際専門家会議」が開催された。同会議に際し、岸田総理大臣が、ビデオ・メッセージを送る形で参加し、ウクライナの復興に当たっては、第一に、それがウクライナのオーナーシップに基づいたものとなること、第二に、支援に従事する全ての国・機関・企業が復興の全体像を共有すること、そして第三に、国際ルールやスタンダードに従って、透明かつ公正な形で活動がなされることが不可欠であることを述べた。また、EUや本件会議に参加している関係国を始めとする幅広い国際社会の支援を得られる枠組みとすることが必要であり、2023年、G7議長国を務める日本として、ウクライナにおける一刻も早い平和の回復及び復興の実現に向けて、国際社会の議論を積極的にリードしていく考えであると述べた。 12月13日、パリで「ウクライナ市民の強靱(じん)性を支援するための国際会議」が開催され、吉川ゆうみ外務大臣政務官が出席した。吉川外務大臣政務官からは、ウクライナ及び周辺国向けの予算を含む補正予算の成立について紹介した上で、発電機などエネルギー関連分野とともに喫緊の人道支援やウクライナの人々の生活再建に重点を置きつつ、必要な人道支援に加え、復旧・復興支援を実施していくと表明した。また、2023年のG7議長国という立場から、G7を始めとする国際社会と緊密に連携した上で、日本がこれまで他国の復興で培ってきた知見や経験をいかし、ウクライナの人々に寄り添った支援を積極的に行っていく考えであると表明した。 ウクライナの復興に当たっては、上記会合での議論を踏まえつつ、ウクライナ自身のオーナーシップの下、国際社会による力強い支援を得て、ウクライナの人々が短期・中長期的な未来を思い描けるようにすることが重要である。また、支援に従事する全ての国・機関・企業などが復興の全体像を共有し、国際ルールやスタンダードに従って、透明かつ公正な形で活動がなされることも不可欠である。日本としては、現地のニーズを的確に把握しながら、これまで培ってきた知見や経験をいかし、ウクライナの人々に寄り添った復興支援を検討、実施していく。 具体的な例として、2023年1月に、日本が20年以上にわたり地雷・不発弾対策を支援してきたカンボジアとの協力の下、カンボジアと日本で、ウクライナ政府職員に対して、日本がウクライナに供与予定の地雷探知機の使用訓練・研修を実施した。2月には、日本が2017年から災害時・非常時の報道体制づくり、番組制作能力の強化、放送機材の運用・維持管理能力の強化などを支援してきたウクライナ公共放送局(PBC)に対して、正確かつ公平な報道体制の構築などを通じ、ウクライナの民主主義強化に貢献するため、JICAを通じて放送機材を供与した。 カンボジア地雷除去センター専門家によるウクライナ非常事態庁職員への地雷探知機使用訓練の様子 (2023年1月17日、カンボジア・コンポチュナン 写真提供:JICA) 日本は、2023年のG7議長国として、一刻も早い平和の回復及び復興の実現に向け、国際社会の議論を積極的にリードしていく。 2 SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会)の概要 ・世界中の銀行間の金融取引の仲介と実行の役割を担う団体(協同組合)。本社はベルギー ・200超の国の1.1万以上の銀行などが接続し、1日平均4,200万件以上の国際金融取引に係るメッセージを送信している。 ・同協会はベルギー法の下で設立され、EUの規制枠組みが適用されている。 3 2023年3月21日の日・ウクライナ首脳会談については外務省ホームページ参照: https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/c_see/ua/page4_005820.html