第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 3 科学技術外交 科学技術は、経済・社会の発展を支え、安全・安心の確保においても重要な役割を果たす、平和と繁栄の基盤となる要素である。外務省としても、日本の優れた科学技術をいかし、日本と世界の科学技術の発展、科学技術を通じた各国との関係増進、国際社会の平和と安定及び地球規模課題の解決に貢献するための外交を推進してきている。そのような「科学技術外交」の一環として、外務大臣科学技術顧問の活動を通じた取組に力を入れている。 外務省は、2015年9月、外務大臣科学技術顧問制度を創設し、岸輝雄東京大学名誉教授を初の外務大臣科学技術顧問に任命し、2020年4月には、松本洋一郎東京大学名誉教授をその後任の外務大臣科学技術顧問(外務省参与)に任命した。また、顧問を補佐するため2019年4月には狩野光伸岡山大学教授が最初の外務大臣次席科学技術顧問に就任した。2022年4月からは小谷元子東北大学理事・副学長が新たに外務大臣次席科学技術顧問に就任している。松本顧問及び小谷次席顧問は、日本の外交活動を科学技術面で支え、各種外交政策の企画・立案における科学技術・イノベーションの活用について外務大臣及び関係部局に助言を行う役割を担っている。 外務省は外務大臣科学技術顧問の下に科学技術の各種分野における専門的な知見を集め、外交政策の企画・立案過程に活用するための「科学技術外交アドバイザリー・ネットワーク」を構築しており、その一環として松本顧問を座長、小谷次席顧問を副座長とし、さらに20人の有識者から成る「科学技術外交推進会議」を設置し、科学技術外交の体制・機能強化へ向け、様々なテーマで議論を行っている。2022年には、3月及び8月に同会議を開催し、6月には科学技術外交を推進する上で必要となる日本の科学技術力基盤の強化に向けた提言を取りまとめ、松本顧問及び小谷次席顧問から林外務大臣に提出された。 また、松本顧問及び小谷次席顧問は、米国、英国、スイスなどの各国政府の科学技術顧問らと意見交換を行い、ネットワークの構築・強化に努めている。両顧問は各国政府の科学技術顧問が参加する「外務省科学技術顧問ネットワーク(FMSTAN)」の会合で、地球規模課題解決へ向けた科学技術の役割や、現在の地政学的状況下での科学技術外交や科学的助言の在り方などについて議論を深めた。 新型コロナの影響により一時停滞していた人的往来も徐々に再開され、松本顧問は6月に米国、10月に欧州ベルリン(ドイツ)、ジュネーブ(スイス)を訪問し、各国の研究者や科学技術政策関係者と、科学技術イノベーション政策や科学技術外交の取組などについて意見交換を行った。小谷次席顧問も7月にブリュッセル(ベルギー)を訪問し、欧州委員会研究イノベーション総局や欧州の科学技術関係機関の関係者と意見交換を行ったほか、12月には南アフリカでの「世界科学フォーラム2022」に出席し、日本の科学技術外交の取組などについて紹介した。 松本顧問は、外務省内の知見向上のため科学技術外交セミナーを定期的に開催している。同顧問はまた主要科学技術先進国に所在する在外公館の科学技術担当官らが出席する在外公館科学技術担当官会議をオンラインで開催し、科学技術外交における在外公館の更なる活用などについて議論した。 各国との科学技術協力では、日本は32の二国間科学技術協力協定を締結しており、現在、46か国及びEUとの間で適用され21、同協定に基づき定期的に合同委員会を開催し政府間対話を行っている。2022年は、イスラエル、カナダ、フランス、ブラジル、南アフリカ、スウェーデン、オーストラリアとそれぞれ合同委員会を開催し、関係府省などの出席の下、様々な分野における協力の現状や今後の方向性などを協議した。 多国間協力では、日本は、旧ソ連の大量破壊兵器研究者の平和目的研究を支援する目的で設立され、現在では化学、生物、放射性物質、核などの幅広い分野における研究開発などを支援する国際科学技術センター(ISTC)の理事国として、中央アジア諸国を中心に支援を行っているほか、核融合エネルギーの科学的・技術的な実現可能性を実証する「ITER(イーター:国際熱核融合実験炉)計画」などの活動に参画している。 コラム国力の基盤である科学技術力の強化に向けた外交的な取組の重要性 外務大臣科学技術顧問(外務省参与) 松本洋一郎 気候変動、感染症や持続可能な開発目標(SDGs)といった地球規模課題への取組や、経済安全保障をめぐる重要・新興技術分野での国際的な競争・協調など、外交における科学技術の重要性は近年ますます高まっています。科学技術外交をいかに戦略的かつ効果的に展開していくかが、これまで以上に問われており、外務大臣科学技術顧問として外交政策目標に科学的知見を提供し、また科学技術を活用して日本の外交活動に厚みを持たせるため、日本を代表する多様な有識者による科学技術外交推進会議を組織し、その推進に取り組んでいます。 近年注目が高まっている経済安全保障を強化する上でも、卓越した科学技術力を有することは重要です。例えば、希少金属は日本の産業を支える高付加価値の部材、製品に必須の原材料であり、近年需要が拡大していますが、産出地域の偏在性から地政学的資源リスクが高いことが知られています。したがって、そのリサイクル技術や、部材、製品の代替技術を有することはサプライチェーンリスクを低減させ、経済安全保障にも資することとなります。技術革新が著しい新興技術についても、技術的優越性確保のための研究開発が必要なのはいうまでもありません。また、それらの技術は様々な科学的知見と基礎・基盤技術の集積という側面があり、多様な科学研究、技術開発を通じて、常に科学技術の多様なシーズ(技術革新やイノベーション創出の種となる科学的知見や技術、ノウハウなど)を確保しておくことが肝要です。 科学技術力の強化には、研究開発人材の育成が鍵となります。日本はこれまで科学技術力を強みとしてきましたが、最近様々な指標から科学技術力に関する国際的なプレゼンスの低下が懸念されています。科学技術外交推進会議では、日本の科学技術力の基盤強化へ向け、特に人材の育成、活用の観点で必要となる取組を取りまとめ、提言として外務大臣に提出しました。国際的に通用する科学技術人材が育ち、産学官のセクター間、そして国内外で循環し、ネットワーク化して活躍することが、日本の科学技術力、そして科学技術外交の強化につながります。 科学技術力の強化は、国内のみで可能なものではなく、国際的な連携が必須となります。外務省が持つ在外公館を中心に培われた各国現地でのネットワークは貴重な資産であり、科学技術分野での国際的な頭脳循環とネットワーク強化に向け今後一層活用できるものと考えます。また日本が外交上重要視する、自由で公正という価値観は科学技術においても重要です。学問の自由と研究の健全性・公正性(研究インテグリティ)を確保しつつ、各国と戦略的に連携して共同研究、科学技術協力を進めること、そのために必要な国内政策・外交政策を統一的に進め、科学技術外交の推進・強化に向けたエコシステムを構築していくことが求められています。 筆者 21 内訳については外務省ホームページ参照:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/technology/nikoku/framework.html 日ソ科学技術協力協定をカザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、アルメニア、ジョージア、ウクライナ、ベラルーシ、モルドバ、トルクメニスタン、タジキスタンが各々異なる年月日に承継。日チェコスロバキア科学技術協力取極を1993年にチェコ及びスロバキアが各々承継。日・ユーゴスラビア科学技術協力協定をクロアチア、スロベニア、マケドニア(国名は当時)、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロが各々異なる年月日に承継