第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 第1節 日本と国際社会の平和と安定に向けた取組 1 安全保障に関する取組 (1)日本を取り巻く安全保障環境 現在、日本は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。日本の周辺では、核・ミサイル戦力を含む軍備増強が急速に進展している。軍事力の更なる強化や軍事活動の活発化の傾向が顕著となっており、力による一方的な現状変更の試みもこれまで以上に見られる。また、国際社会では、インド太平洋地域を中心に歴史的なパワーバランスの変化が生じる中、一部の国家が、独自の歴史観・価値観に基づき、既存の国際秩序の修正を図ろうとする動きを見せている。2月には、ロシアによるウクライナ侵略が発生した。また、海洋においては、既存の国際秩序とは相容(い)れない主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、又は行動する事例が見られ、これにより、国連海洋法条約(UNCLOS)を始めとする国際法における日本の権利が不当に侵害される状況が生じている。 このような中、領域をめぐるグレーゾーン事態、民間の重要インフラなどへの国境を越えたサイバー攻撃、偽情報の拡散等を通じた情報戦などが恒常的に生起し、有事と平時の境目がますます曖昧になってきている。また、安全保障の対象は、経済、技術など、これまで非軍事的とされてきた分野にまで拡大し、軍事と非軍事の分野の境目も曖昧になっている。さらに、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、国際テロへの対応は、引き続き国際社会にとっての重大な課題である。こういった動きを踏まえ、様々な分野における安全保障政策に係る取組の強化が必要となっている。 12月、日本は新たな「国家安全保障戦略」とともに、これを踏まえた「国家防衛戦略」及び「防衛力整備計画」を決定した。「国家安全保障戦略」においては、安全保障に係る様々な施策(反撃能力の保有を含む防衛力の抜本的な強化、総合的な防衛体制の強化、防衛装備移転三原則や運用指針などの見直しの検討、能動的サイバー防御の導入、海上保安能力の大幅な強化と体制の拡充、経済安全保障政策の促進など)が打ち出される中、安全保障に関わる総合的な国力の主な要素の一つとして、まず外交力が掲げられた。今後、同戦略に基づき、危機を未然に防ぎ、平和で安定した国際環境を能動的に創出するために力強い外交を展開していく(183ページ 特集参照)。 (2)「平和安全法制」の施行及び法制に基づく取組 日本を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、国民の命と平和な暮らしを守るためには、力強い外交を推進し、安定し、かつ、見通しがつきやすい国際環境を創出していくことが重要である。その上で、あらゆる事態に対し切れ目のない対応を可能とし、また、国際協調主義に基づき国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献することが重要であり、そのための「平和安全法制」が、2016年3月に施行された。 平和安全法制の施行後、米国を始めとする関係国との間で様々な協力が行われており、日米同盟はかつてないほど強固になり、日本は地域や国際社会の平和と安定に一層寄与するようになった。例えば、米軍に対しては2017年から2021年末までの間、弾道ミサイルの警戒を含む情報収集・警戒監視活動や共同訓練の機会に、計79回の警護を実施した。2021年11月には、共同訓練の機会に、オーストラリア軍に対して初めてとなる同様の警護も行われた。さらに、国連平和維持活動(PKO)などの国際的な平和協力活動への協力についても活動が拡充された。 このように、平和安全法制の施行以来、米国のみならず様々な国との協力が深化している。今後も、国民の命や平和な暮らしを守り抜くため、外務省としても、各国との相互協力の更なる進展に資する外交関係の維持・発展に努めていく考えである。 特集新たな「国家安全保障戦略」などの策定 12月16日、国家安全保障会議及び閣議において、新たな「国家安全保障戦略」と共に、これを踏まえた「国家防衛戦略」及び「防衛力整備計画」が決定されました。 2月に始まったロシアによるウクライナ侵略は国際秩序の根幹を揺るがしています。そうした中で、日本は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれています。国際社会は歴史の岐路に立っており、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化することの重要性がより一層高まっている中で、今般の「国家安全保障戦略」は策定されました。 この戦略は、戦後の日本の安全保障政策を実践面から大きく転換するものです。この戦略においては、今後取り組む代表的な施策として、(1)「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のビジョンの下での外交の展開、(2)反撃能力の保有を含む防衛力の抜本的な強化、(3)防衛力の抜本的強化を補完し、それと不可分一体のものとして、研究開発、公共インフラ整備、サイバー安全保障、日本及び同志国の抑止力向上などを目的とする国際協力といった取組を政府横断的に推進する総合的な防衛体制の強化、(4)安全保障上意義が高い防衛装備移転などを円滑に行うための防衛装備移転三原則や運用指針などの見直しの検討、(5)能動的サイバー防御の導入とサイバー安全保障政策を一元的に総合調整する新組織の設置、(6)海上保安能力の大幅な強化と体制の拡充、(7)経済安全保障政策の促進などが掲げられました。 特に、同戦略は、日本の安全保障に関わる総合的な国力の主な要素の一つとして、最初に外交力を掲げています。日本の長年にわたる国際社会の平和と安定、繁栄のための外交活動や経済活動の実績を糧に、大幅に強化される外交の実施体制の下、危機を未然に防ぎ、日本周辺国・地域との外交、領土問題を含む諸懸案の解決に向けた取組を強化し、平和で安定した国際環境を能動的に創出するために力強い外交を展開していきます。 具体的には、日米安全保障体制を中核とする日米同盟は、日本の安全保障のみならず、インド太平洋地域を含む国際社会の平和と安定の実現に不可欠な役割を果たすとの考えの下、日米の戦略レベルで連携を図り、米国と共に、外交、防衛、経済などのあらゆる分野において、多層的な取組を推進していきます。 また、日米同盟を基軸としつつ、日米豪印(クアッド)などの取組を通じて、同志国との協力を深化し、FOIPの実現に向けた取組を更に進めていきます。そして、経済的にも発展し、国際社会における影響力が高まっている途上国などへの外交的な関与を更に強化します。そのことにより、できるだけ多くの国と共に、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を強化していきます。FOIPというビジョンの下、自由で開かれた国際秩序を維持・発展させ、国際社会の共存共栄を実現する上で政府開発援助(ODA)は非常に重要な役割を果たします。このため、ODAを戦略的に活用しつつ、拡充していきます。 さらに、同盟国・同志国間のネットワークを重層的に構築して、それを拡大し、抑止力を強化します。そのために、日米韓、日米豪などの枠組みを活用しつつ、オーストラリア、インド、韓国、欧州諸国、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、カナダ、北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)などとの安全保障上の協力を強化していきます。 加えて、同志国との安全保障上の協力を深化させるために、開発途上国の経済社会開発などを目的としたODAとは別に、同志国の安全保障上の能力・抑止力の向上を目的として、同志国に対し、装備品・物資の提供やインフラの整備などを行う軍などが裨(ひ)益者となる新たな協力の枠組みを設けます。 このような取組を進める上で、戦後の日本の平和国家としての在り方はいささかも変わりありません。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は変わりません。他国の犠牲の上にではなく、他の国と共に繁栄していきたいという日本の外交政策の在り方も不変であり、世界的に最も成熟し安定した先進民主主義国の一つとして、国際社会が目指すべき範を示していきます。 (3)領土保全 領土保全は、政府にとって基本的な責務である。日本の領土・領空・領海を断固として守り抜くとの方針は不変であり、引き続き毅(き)然としてかつ冷静に対応するとの考えの下、政府関係機関が緊密に協力し、いかなる不法行為に対しても切れ目のない十分な対応を確保するための取組を推進している。同時に、在外公館の人脈や知見をいかしつつ、領土保全に関する日本の主張を積極的に国際社会に発信している。