第2章 地域別に見た外交 2 ロシア・ベラルーシ (1)ロシア情勢 ア ロシア内政 2月にロシアがウクライナに対する「特別軍事作戦」開始を発表した当初、ロシア国内においても、様々な形で反戦の動きが見られた。ロシア各地において小規模ながら抗議活動が行われ、ジャーナリスト、企業関係者、学術関係者、議員などによる反戦の発信や署名活動が一部で見られた。一方、政権側は、言論・報道の自由に対する規制の一層の強化などにより反戦の動きを強力に押さえ込み、国内の独立系報道機関、ロシアで活動していた海外のNGO、シンクタンクなどの中には、ロシア国内での活動の停止を余儀なくされ、海外へ出国する動きも見られた。 ウクライナ軍によって被占領地域の一部奪還が進んだ9月、ロシアのプーチン大統領は部分的動員令を公表し、当局の発表によれば30万人規模の動員を行った。これを契機に、ロシア各地で再び反戦活動が盛り上がると同時に、動員を逃れるために、何十万人とも言われる人々の国外脱出が相次いだ。また、和平交渉の開始を支持する声の高まりも見られた。その後、こうした国内での動きは下火になった。 9月下旬、ウクライナ国内のドネツク、ルハンスク、ザポリッジャ及びへルソンにおいてロシアへの「編入」に関する「住民投票」と称する行為が実施され、その結果を口実として、ロシアはこれらの地域を違法に「併合」した。 こうした中で、国内では戦時経済への移行をうかがわせるような状況も看取される。軍需品に係る契約拒否の禁止などを定めた「軍事作戦」遂行のための特別経済措置が導入されたほか、戦況や社会のニーズへの迅速な対応に責任を持つ政府附属調整評議会が設置され、ミシュスチン首相が議長を務めている。 プーチン大統領の支持率は、ウクライナ侵略以降、それまでの60%台から70から80%台となった。部分的動員令の際にわずかな支持率の低下は見られたものの、引き続き高い水準を維持している。 イ ロシア外政 ロシアによるウクライナ侵略を受けて、G7やEUなどがウクライナに対する軍事分野を含む各種支援や対露制裁措置を次々と発表する中、ロシアは欧米との対立姿勢を強めている。 2021年秋にウクライナ国境周辺地域におけるロシア軍の増強が報じられて以降、米国は緊張緩和に向けてロシアと対話を続けてきたが、ウクライナ侵略以降の米露間のハイレベルでの対話は極めて限定的となった。また、2023年2月、プーチン大統領は、年次教書演説において、米露間の新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止を発表した。 ロシアでの欧州企業の事業停止・撤退、ロシア産エネルギーへの依存度低下、大使館・総領事館職員の相互追放など、EUとの政治・経済関係は冷却化の一途にある。露独間、露仏間では首脳レベルを含め最低限のコンタクト自体は維持されているものの、対話は平行線をたどり、欧州とロシアとの実務分野の協力も大幅に縮小している。 一方、ロシアは、ウクライナ侵略に関する独自のナラティブを展開し、中国、インド、トルコ、中央アジア・コーカサス諸国(ジョージアを除く。)を始め、対露制裁措置を講じていない国々との関係の維持・深化に努めているが、各国のウクライナ侵略に対する立場は一様ではない。 中国については、2月の中露首脳会談の際に発出された共同声明においては、「両国の友好に止まるところはなく、協力に禁じられた分野はない」と述べられている。ロシアによるウクライナ侵略開始以降、中国はロシアを非難することはなく、「一方的な」制裁には反対といった立場を示しており、侵略から1年に当たる2023年2月24日に中国外交部が発表した「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題する12項目から成る文書にも同様の記述がある。中露間では首脳・外相レベルの緊密なコンタクトが強化されており、ロシアによるウクライナ侵略後も、日本周辺における共同航行や共同飛行といった軍事分野での連携が強化されている。また、ロシアからの原油や液化天然ガス(LNG)の輸入拡大を始め、貿易額は拡大傾向にある。 ロシアと伝統的に良好な関係を維持しているインドは、ロシアへの直接的な非難は行っていないが、9月に行われた露印首脳会談で、モディ首相はプーチン大統領に対し、「今は戦争の時代ではない」と発言し、戦闘行為の早期停止及び対話・外交の必要性を公の場で主張した。一方、インドはロシアから原油や肥料の輸入量を拡大させており、ロシアとの経済関係維持を重視している姿勢がうかがえる。 ロシア、ウクライナのいずれとも良好な関係を維持するトルコは、ロシアによるウクライナ侵略関連の国連総会決議に賛成し、ロシアの行動を非難している。同時に、ロシアとハイレベルで対話を継続しており、ロシア・ウクライナ間の交渉仲介や、国連と共に黒海穀物イニシアティブを仲介役として取りまとめるなど、ロシアによるウクライナ侵略をめぐる情勢に関与し続けている。 ロシアは、ベラルーシや中央アジア・コーカサス諸国などを重視し、これらへの関与も引き続き継続している。2022年には初めて、中央アジア・ロシア首脳会合がカザフスタンで開催された。ロシアによるウクライナ侵略関連の国連総会決議に対しては、中央アジア・コーカサス諸国は一部を除き欠席又は棄権しており、多くの国は対外的に立場を明確にすることを避けている。 プーチン大統領は、ウクライナ侵略直後にロシア軍抑止力部隊を特別戦闘当直態勢に移行させたほか、ロシアからは様々な発信を通じて核による威嚇がなされており、核兵器が使用される可能性が懸念される状況が続いている。 インド太平洋地域においては、9月のロシア軍戦略指揮・参謀部演習「ヴォストーク2022」で、中国軍が初めて陸・海・空の3軍種を一度にロシア軍の演習に参加させた。また、ロシア軍が、日本周辺で中国軍の爆撃機との共同飛行や艦艇の共同航行を実施するなど、中国との軍事的な連携を強化する動きがみられる。中露両国の軍が日本周辺において頻度を上げて共同行動を継続していることについて、日本の安全保障の観点から、重大な懸念を持って注視していく必要がある。 ウ ロシア経済 1月から3月のGDP成長率はプラス3.5%であったが、対露制裁などの影響を受けて、4月から6月はマイナス4.1%、7月から9月はマイナス3.7%に落ち込んだ。また、2022年予算は国防費の歳出増などの影響もあり、予想された財政黒字から赤字に転落した。2023年以降の予算でも国防費などの大幅な増額が想定されている。 ウクライナ侵略後、ロシア中央銀行は政策金利の大幅引上げを含む幅広い金融措置を講じて、対露制裁の影響緩和に努めた。侵略直後には大幅な通貨安になったが、時間の経過とともに表面上は通貨価値が回復したほか、インフレ率は5月初めをピークに、その後は下降傾向をたどった。 一方、外国企業の事業停止・撤退は消費行動に加えて生産にも制約を課した。さらに、対露制裁の影響を受けて半導体などハイテク分野の輸入が減少し、サプライチェーンに混乱が生じたことで、自動車や航空業界などで生産活動に影響を与えた。これに対し、ロシアは代替品の内製化を試みることで対処しようとしている。 ロシアは、地下資源開発ライセンスを外国企業からロシア法人に強制的に移転させるなどの措置を採り、さらに、一部の国に対してガス供給を制限するなど、エネルギー分野で様々な「対抗措置」をとった。 (2)日露関係 ア 日露関係総論 ロシアによるウクライナ侵略直前の2月17日に実施した日露首脳電話会談では、岸田総理大臣からプーチン大統領に対し、ウクライナ情勢について重大な懸念を持って注視している、力による一方的な現状変更ではなく、外交交渉により関係国にとって受け入れられる解決方法を追求すべきであると働きかけた。 同月24日に始まったロシアによるウクライナ侵略は、日露関係にも深刻な影響を及ぼすこととなった。この侵略を受け、日本は厳しい対露制裁措置を実施してきている(詳細は特集「ロシアによるウクライナ侵略と日本の対応」16ページを参照)。5月には、ロシア国民に対する日本の個人制裁に関連し、ロシア政府は、岸田総理大臣、林外務大臣を含む計63人の日本国民のロシアへの入国を無期限で禁止することを発表し、7月には同様に衆議院議員384人のロシアへの無期限入国禁止を発表した。 また、日本は4月、ウクライナ情勢を踏まえ、総合的に判断した結果、8人の駐日ロシア大使館の外交官及びロシア通商代表部職員の国外退去を求めた。これを受け、同月、ロシア側は、在ロシア日本国大使館員8人の国外退去を要求した。日本は、軍事的手段に訴え今回の事態を招いたのはロシア側であり、日露関係をこのような状態に追いやった責任は全面的にロシア側にあるにもかかわらず、ロシア側がこれらの措置を採ったことは断じて受け入れられないと、ロシア側に抗議した。 文化・人的交流の分野では、1月に「日露地域・姉妹都市交流年(日露地域交流年)」の開会式を札幌において開催した。その後ロシアによるウクライナ侵略を受け、当面の間、政府レベルでの日露間の文化・人的交流を基本的に見送っている。 4月には、北海道知床半島沖で観光船「KAZU Ⅰ」海難事故が発生した。国後島及びサハリン島で発見された3体の御遺体について、ロシア側との間で、事故の行方不明者とのDNA情報の一致を確認の上、日本側への早期の引渡しに向け調整を行った結果、9月に引渡しが実現した。 9月には、在ウラジオストク日本国総領事館員が違法な情報収集活動を行ったとしてロシア当局に拘束され、「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」の通告を受けて国外退去を求められる事案が発生した。同館員が違法な活動を行った事実は全くなく、ロシア側が行った拘束や威圧的な取調べなどの行為は領事関係に関するウィーン条約及び日ソ領事条約の明白かつ重大な違反であり、決して受け入れられないことから、日本政府として厳重に抗議を行い、また、ロシア側に対して正式な謝罪と再発防止を求めた。さらに、10月には、ロシア側の措置に対する相応の措置として、日本は、在札幌ロシア総領事館の領事1人に対して「ペルソナ・ノン・グラータ」を通告し、国外退去を求めた。 漁業分野では、6月、ロシア政府は北方四島周辺水域操業枠組協定1についてサハリン州政府との協力事業を理由に一方的に履行停止を発表したものの、その後の調整により9月から操業が開始された。しかしながらロシア側がこの協定に基づく2023年分操業の交渉には応じていない状況が続いている。政府としては、ロシアによるウクライナ侵略以降も、ほかの日露間の漁業協定を含め、日本の漁業活動に係る権益の維持・確保のため協議を行ってきている。 イ 北方領土と平和条約締結交渉 日露関係にとって最大の懸案は北方領土問題である。北方領土は日本が主権を有する島々であり、日本固有の領土であるが、現在ロシアに不法占拠されている。戦後77年を経過した今も未解決のままとなっており、日本政府として、領土問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、これまで粘り強く交渉を進めてきた2。 しかしながら、3月、ロシア政府は、ロシアによるウクライナ侵略に関連して日本が行った措置を踏まえ、平和条約交渉を継続しない、自由訪問及び四島交流を中止する、北方四島における共同経済活動に関する対話から離脱するなどの措置を発表した。また、9月、ロシア政府は、自由訪問及び四島交流に係る合意の効力を停止するとの政府令を発表した。 現下の事態は全てロシアによるウクライナ侵略に起因して発生しているものであり、それにも関わらず日本側に責任を転嫁しようとするロシア側の対応は極めて不当であり、断じて受け入れられない。政府として、ロシア側に強く抗議し、即時に侵略を停止し、部隊を撤収するよう強く求めてきている。 ロシアによるウクライナ侵略によって日露関係は厳しい状況にあり、今この時点では、平和条約交渉の展望について述べる状況にないが、政府としては、領土問題を解決し、平和条約を締結するとの方針を堅持していく考えである。また、現状では、四島交流等事業3を行う状況にはなく、新型コロナをめぐる状況により実施できなかった2020年、2021年に引き続き、2022年も事業は実施できなかった。北方墓参を始めとした事業の再開は、今後の日露関係の中でも最優先事項の一つである。政府として一日も早く本件事業が再開できるような状況となることを強く期待しており、引き続き、適切に対応していく。 なお、北方四島でのロシアの軍事演習を含む軍備強化に向けた動きに対しては、領土問題に関する日本の立場と相容(い)れないとしてロシア側に対して抗議している。 ウ 日露経済関係 2022年1月から12月までの日露間の貿易額は、対前年比で6.2%の増加となった(同期間の貿易額全体は、約2兆5,637億円(出典:財務省貿易統計))。日本の対露制裁措置により日本からロシアへの輸出額が減少した一方、世界的な資源価格の高騰や円安の影響などによりロシアから日本への輸入額は増加したためとみられる。 ロシアによるウクライナ侵略の前の2月15日、貿易経済に関する日露政府間委員会共同議長間会合(オンライン形式)が行われ、林外務大臣はレシェトニコフ経済発展相に対して、ウクライナ情勢を重大な懸念を持って注視しており、主権・領土一体性の原則の下、緊張を緩和し、外交的解決の追求を求めるとの日本の立場を伝えた上で、経済関係や交流に係る日露協力の現状について議論を行った。 しかしながら、同月、ロシアはウクライナへの侵略を開始し、経済分野を含め二国間関係を従来どおりとすることは困難な状況となった。このため、2016年に提案された8項目から成る「ロシアの生活環境大国、産業・経済の革新のための協力プラン」を含む、ロシアとの経済協力に関する政府事業は、当面見合わせることを基本としている。 また、日本は、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙には高い代償が伴うことを示すため、G7を始めとする国際社会と連携し、ロシアの個人・団体などに対する制裁、銀行の資産凍結などの金融分野での制裁、輸出入禁止措置などの厳しい対露制裁を迅速に実施している。エネルギー分野については、G7首脳声明に基づき、石油・石炭を含め、ロシアのエネルギーへの依存をフェーズアウトすることとしているが、ロシアにおける石油・天然ガス開発事業「サハリン1」、「サハリン2」については、日本のエネルギー安全保障上重要なプロジェクトであり、権益を維持する方針である。 (3)ベラルーシ情勢 2021年末以降、ウクライナ国境周辺地域においてロシア軍の増強などによりますます緊張が高まる中で、ベラルーシは、2月10日、ロシアとの合同軍事演習を開始し、同月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵略では、自国領域の使用を通じてロシアの侵略行為を支援した。日本は、ロシアによる侵略に対するベラルーシの明白な関与に鑑み、ベラルーシを強く非難し、ルカシェンコ大統領を始めとする個人、団体への制裁措置や輸出管理措置などのベラルーシに対する制裁を導入した。さらにその後も、ロシア軍の国内での駐留を認め、共同での軍事演習などを実施している。 2月に憲法改正に関する国民投票が実施され、ベラルーシを非核化地域、中立国家とすることを目指すとした規定の削除、大統領の3選禁止規定の復活、大統領候補の資格厳格化などの修正案が賛成多数で採択された。 2021年5月に発生したベラルーシ上空を飛行していた民間航空機の強制着陸に関し、2022年7月にICAO理事会がベラルーシによる国際民間航空条約(シカゴ条約)違反があったとする決定を採択し、10月、ICAO総会において同決定が承認され、ベラルーシ政府の行為を非難する決議が採択された。 2022年のノーベル平和賞は、自国の市民社会を代表し、長年にわたり、権力を批判し市民の基本的権利を保護する権利を推進してきたなどの理由により、ロシア、ウクライナの人権関連団体とともに、ベラルーシの人権団体「ヴャスナ(春)」の創設者であるアレシ・ビャリャツキ氏が受賞した。 チハノフスカヤ氏を始めとしたベラルーシ反体制派は、ベラルーシ周辺国を拠点として国際社会に対する支援の訴えを継続し、8月にはリトアニアに集結して会合を開催し、合憲性と秩序の回復、独裁政権から民主政権への移行の確保、公正で自由な選挙実施のための条件の創設などを目的とした「統一移行内閣」の創設を表明した。 1 北方四島周辺水域における日本漁船の操業に関する協定 2 北方領土問題に関する日本政府の立場については外務省ホームページ参照: https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo.html 3 北方墓参、自由訪問、四島交流訪問・受入れ(患者受入れ、専門家交流含む。)を指す。