第2章 地域別に見た外交 第4節 中南米 1 概観 (1)中南米情勢 中南米諸国の多くは、自由、民主主義、法の支配、人権などの基本的価値や原則を日本と共有している。同地域は、約6億6,000万人の人口と、約5.5兆米ドルの域内総生産を抱えており、大きな経済的潜在力を有している。また、脱炭素化のために重要な鉱物資源やエネルギー、食料資源を豊富に有し、日本を含む国際社会のサプライチェーン強靱(じん)化や経済安全保障の観点からも重要性が増している。 2020年の新型コロナ感染症(以下「新型コロナ」という。)により深刻な影響を受けた中南米経済は、その後GDP成長率がプラスに転じ、2022年も回復傾向を維持している。また、政治面においては、おおむね安定した秩序が維持され、多くの国で平和裡(り)に民主的な選挙が実施された。 一方、新型コロナやロシアによるウクライナ侵略に伴う世界的な物価上昇などにより、貧富の格差などの社会問題が浮き彫りとなっている。また、ベネズエラでは政権側と野党側の対話が11月に再開したものの、同国の政治経済社会情勢の悪化により避難民として周辺国に流出したベネズエラ人は2022年9月時点で710万人を超え、引き続き地域的課題となっている。 また、中南米地域には、世界の日系人の約6割を占める約230万人から成る日系社会が存在している。日系社会は100年以上に及ぶ現地社会への貢献を通じ、中南米地域における伝統的な親日感情を醸成してきた。一方、移住開始から100年以上を経て、日系社会の世代交代が進み、若い世代を含め日本とのつながりを今後どう深めていくかが課題となっている。 (2)日本の対中南米外交 日本の対中南米外交は、安倍総理大臣が2014年に提唱した「3つのJuntos!!(共に)」(「共に発展」、「共に主導」、「共に啓発」)の指導理念の下で展開されてきた。2018年12月には、同理念の成果を地域全体として総括し、次なる協力の指針として日・中南米「連結性強化」構想を安倍総理大臣が発表した。日本は本構想も踏まえつつ、中南米諸国との協力関係の深化を目指してきた。 2022年当初は新型コロナの影響により物理的な人の往来が制限されたものの、その後徐々に対面での外交活動を再開し、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」や法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化のための連携、国際場裡(り)における協力、新型コロナ対策を始めとする地球規模課題への対応、経済関係の強化などについて意見交換を行った。岸田総理大臣は、G7、G20、APEC首脳会合、国連総会などの多国間会合の機会を捉え、中南米各国要人と会談を行った。また、9月には日・キューバ首脳会談、10月には日・ウルグアイ首脳会談をそれぞれ実施した。また、林外務大臣は、6か国との間でテレビ・電話外相会談を実施したほか、延べ11か国と対面で二国間会談を行った。さらに、日本から外務省や関係省庁の大臣・副大臣・大臣政務官が中南米諸国を訪問した。10月には、武井俊輔外務副大臣がアルゼンチンで開催された国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)1総会に出席し、共に成長するパートナーとしての日本と中南米諸国との協力を強調するスピーチを行った。さらに、サラサール=キリナックスECLAC事務局長を始め、グアテマラ、コスタリカ、パナマ、ホンジュラス、ハイチ、バハマ、アルゼンチン、エクアドル、パラグアイの外相などと会談を行った。2023年1月には、林外務大臣が外務大臣就任後初の中南米訪問を実施し、メキシコ、エクアドル、ブラジル及びアルゼンチンを訪れ、各国要人などと会談を行った。 日・キューバ首脳会談(9月28日、東京 写真提供:内閣広報室) 日・パナマ外相会談(9月26日、東京) 経済分野においては、日系企業の中南米地域拠点が2011年の約2倍に達するなど、サプライチェーンの結び付きが強化されており、日本は、メキシコ、ペルー、チリが参加する「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」などを通じ、中南米諸国と共に自由貿易の推進に取り組んでいる。 開発協力の分野においては、経済成長を遂げた一部の中南米地域では、経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会のODA受取国リストからの「卒業国」、又は「卒業」を控えた国々により南南協力が進められており、日本はこれらの国々との間の三角協力を推進している。また、中南米地域は、新型コロナの被害が深刻であることに加え、医療体制が脆(ぜい)弱である国も少なくないことを踏まえ、日本は同地域と新型コロナ対策においても協力している。2022年は国連児童基金(UNICEF)を通じた1,000万ドルのコールドチェーンの整備などの支援をエクアドル、エルサルバドル、コロンビア、ドミニカ共和国、ベリーズ、ボリビア、ホンジュラスに対して実施した。さらに、新型コロナの影響を受けている中南米の日系社会に対しても支援を実施している。 参考経済データで見る中南米地域と日米中などの関係1 ・貿易:米国が最大のシェアを維持しているが、近年、中国がシェアを拡大している。中国へはブラジル、チリ、ペルーなどから輸出が増加。中国からの輸入はメキシコ、ブラジルなど幅広い国で増加している。2021年ではこの地域の輸出に占めるシェアにおいて日本は第7位、輸入では第5位2。 ・投資:米国はメキシコ、ブラジルを始め多くの国で首位であり最大のシェアを誇る。スペインもメキシコやブラジルを始めとして上位に入っておりこの地域で存在感を発揮している。日本はメキシコやブラジルを中心に若干のシェアを有する。中国からの投資残高は貿易に比べて大幅に小さく域内シェア1%に満たない。 ・金融:日米欧に加えて2010年代から対中債務が増加し、米国に次ぐ規模に。2021年では日本は第7位の二国間債権国。 1 本データに関する留意事項について179ページ参照 2 本グラフでは日米中など一部の国のみ表示しているが、文中の順位はデータが入手可能な全ての国・地域(当該地域の国・地域を含む。)における順位 1 ECLAC:Economic Commission for Latin America and the Caribbean