第3章 国際社会で存在感を高める日本 2 文化・スポーツ・観光 (1)概要 日本文化がきっかけとなって日本に関心を持つ外国人は大変多い。外務省及び国際交流基金は、諸外国で良好な対日イメージを形成し、日本全体のブランド価値を高めるとともに、対日理解を促し、親日派・知日派を育成し、新型コロナ収束後の訪日観光客を増やすため、海外での日本文化の紹介や、スポーツ、観光促進を通じた様々な事業を行っている。例えば、「在外公館文化事業」では、茶道、華道、武道などの日本の伝統文化やアニメ、マンガ、ファッションといった日本の現代文化、日本の食文化など日本の魅力を幅広く紹介している。2021年も引き続き、新型コロナの流行により、集客を伴う事業の実施は困難であったが、各在外公館では、オンラインでの発信も活用し、多数の事業を実施した。 「日本ブランド発信事業」では、日本の国家ブランドを確立し、世界における日本のプレゼンスを強化するため、様々な分野の専門家を海外に派遣し、講演会や実演、ワークショップなどを通じて日本の経験・英知が結集された優れた文物を発信してきている。新型コロナの感染拡大に伴い、専門家の海外派遣は困難な状況が続いていることを踏まえ、オンライン形態による事業も取り入れながら日本の魅力を発信した。オンラインや動画配信などのツールを駆使し、引き続き日本の多様な魅力や強みの発信に努めていく。 また、2021年に開催された東京2020大会の機会を捉え、スポーツ分野での日本の存在感を一層示していくため、外務省は、「Sport for Tomorrow(SFT)」プログラムの一環として、各国での様々なスポーツ交流・スポーツ促進支援事業、国際協力機構(JICA)海外協力隊によるスポーツ指導者の派遣、文化無償資金協力を活用したスポーツ器材の供与や施設の整備を実施した。さらに、これらの取組を外務省「MofaJapan×SPORTS」と題するツイッターを通じて内外に発信した。また、東京2020大会への参加国・地域との相互交流を図るホストタウンの取組を支援している。 次世代の親日層・知日層の構築や日本研究を通じた対日理解促進のため、外務省は、在外公館を通じて、日本への留学機会の広報や元留学生とのネットワーク作り、地方自治体などに外国青年を招へいする「JETプログラム」への協力、アジアや米国との青少年交流事業や社会人を招へいする交流事業、日本研究支援などを実施している。 海外における日本語の普及は、日本との交流の担い手を育て、対日理解を深めるとともに、諸外国との友好関係の基盤となるものである。また、2019年6月には「日本語教育の推進に関する法律」が公布・施行され、2020年6月には「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」(閣議決定)が策定されるなど、日本語教育の重要性はますます高まってきている。外務省は、国際交流基金を通じて、日本語専門家の海外への派遣、海外の日本語教師に対する研修、日本語教材の開発などを行っている。また、日本における労働力不足を背景にして、2019年4月から在留資格「特定技能」による外国人材の受入れが開始されたが、就労目的での来日を希望する外国人に対する日本語教育という新たなニーズに対しても取組を行っている。 日本は、国連教育科学文化機関(UNESCO:ユネスコ)などと協力し、世界の有形・無形の文化遺産の保護支援にも熱心に取り組んでいる。また、世界遺産条約や無形文化遺産保護条約などを通じ、国際的な遺産保護の枠組みの推進にも積極的に参加している(265ページ(7)参照)。 新型コロナ流行下においてもオンラインなどの工夫を凝らしてこれら文化・スポーツ外交を推進し、日本の魅力を海外に発信することによって、将来の訪日観光客の増加にもつなげていく。 (2)文化事業 各国・地域における世論形成や政策決定の基盤となる国民一人ひとりの対日理解を促進するとともに、日本のイメージを一層肯定的なものとすることは、国際社会で日本の外交政策を円滑に実施していく上で重要である。この認識の下、外務省は、在外公館や国際交流基金を通じて多面的な日本の魅力の発信に努めている。在外公館では、管轄地域での対日理解の促進や親日層の形成を目的とした外交活動の一環として、多様な文化事業を行っている。例えば、茶道・華道・折り紙などのワークショップ、日本映画上映会、邦楽公演、武道デモンストレーション、伝統工芸品や日本の写真などの展示会、アニメ・マンガなどのポップカルチャーや日本の食文化などの生活文化も積極的に紹介するとともに、日本語スピーチコンテストや作文コンテストなどを企画・実施している。 2021年は、7月から9月にかけてエルサルバドルにおいて「オリンピック・パラリンピック月間」として東京2020大会を中心に、過去の大会も含めた情報や参加選手・競技を紹介する写真展を実施、またホストタウン(藤沢市)との交流促進の一環としてマスコット・キャラクターをモチーフとした絵画コンテスト及び展示会を行った。さらに大使館フェイスブックを通じて、東京2020大会に関する動画や情報を発信するとともに、現地の日本文化関連団体による文化紹介セミナーを実施したところ、事業期間中に配信した投稿への総リーチ数は68万件を超えた。 国際交流基金では、外務省・在外公館との連携の下、日本の文化や芸術を様々な形で世界各地に発信する文化芸術交流事業、日本語教育、日本研究の推進及び支援などを行っている。文化芸術交流事業としては、新型コロナの感染拡大を踏まえ、日本の舞台芸術作品を多言語で動画配信する「STAGE BEYOND BORDERS」など、基金本部・海外事務所によるオンラインでの文化発信・対話を行った。 また、2013年12月に安倍総理大臣(当時)が発表した「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト」の下、国際交流基金アジアセンターを通じた事業を、新型コロナの感染拡大を踏まえつつ、継続的に実施・調整をしている。2021年は、日本語教育のサポート及び日本文化の紹介を通じた交流事業のため、75人をタイ及びインドネシアに派遣した。文化芸術交流事業では、新型コロナの感染拡大を受けて、人の移動を伴わないオンライン等を活用した交流事業への助成や、東京国際映画祭と連携した「トークシリーズ@アジア交流ラウンジ」による日本とアジアの映画人の交流をハイブリッド形式で実施した。 日本国際漫画賞は、海外への漫画文化の普及と漫画を通じた国際文化交流に貢献する漫画家を顕彰することを目的として2007年に外務省が創設した。第15回目となる2021年は、76の国・地域から過去最多となる483作品の応募があり、オランダの作品が最優秀賞に輝いた。また、今回はアルメニア、北マケドニア、バーレーン、フィジー、ボツワナ、モルドバ及びレバノンの7か国から初めて応募があった。 Music Dayにおける和楽器演奏(6月21日、米国・ニューヨーク) 日本週間(10月6から23日、ガボン・リーブルビル) ゴイアス盆踊り(8月28日、ブラジル・ゴイアス州) そろばん大会(全国大会)(11月16日、トンガ・トンガタプ) 国際交流基金舞台芸術作品動画配信シリーズ「STAGE BEYOND BORDERS」 (オンライン配信中 写真提供:国際交流基金) タイにおける日本文化紹介事業(12月、タイ 写真提供:国際交流基金) (3)人物交流や教育・スポーツ分野での交流 外務省では、諸外国において世論形成・政策決定に大きな影響力を有する要人、各界で一定の指導的立場に就くことが期待される外国人などを日本に招き、人脈形成や対日理解促進を図る各種の招へい事業を実施している。また、教育やスポーツなどの分野でも、幅広い層での人的交流促進のために様々な取組を行っている。これらの事業は、相互理解や友好関係を増進させるだけではなく、国際社会での日本の存在感を高め、ひいては外交上の日本の国益増進の面でも大きな意義がある。 ア 留学生交流関連 外務省は、在外公館を通じ日本への留学の魅力や機会を積極的に広報するとともに国費外国人留学生受入れのための募集・選考業務、各国の「帰国留学生会」などを通じた元留学生との関係維持や親日派・知日派の育成に努めている。2021年3月、初となる帰国留学生総会がオンラインで開催され43か国から60人が参加した。同総会においては、各国の帰国留学生のベストプラクティスが共有されるとともに、懇親会を通じたネットワークの強化が図られた。 イ JETプログラム 外国語教育の充実と地域の国際交流の推進を図る目的で1987年に開始された「JETプログラム」には、現在までに約7万人が参加し、全国に配置されてきている。このプログラムは、総務省、外務省、文部科学省及び一般財団法人自治体国際化協会の運営協力の下、地方自治体などが外国青年を自治体や学校で任用するものであり、外務省は、在外公館における募集・選考や渡日前オリエンテーション、18か国に存在する元JET参加者の会(JETAA、会員数約2万5,000人)の活動を支援している。JETAAは各国で日本を紹介する活動を行っており、数多くのJET経験者が親日派・知日派として各国の様々な分野で活躍するなど、JET参加者は日本にとって貴重な人的・外交的資産となっている。2021年は世界的な新型コロナの影響下ではあったが、参加予定者の一部が必要な対策をとった上で来日している。 ウ スポーツ交流 スポーツは言語を超えたコミュニケーションを可能とし、友好親善や対日理解の増進の有効な手段となる。東京2020大会の開催を前に、世界各国から日本への関心が高まる中、日本政府は、スポーツを通じた国際貢献策「Sport for Tomorrow(SFT)」を実施してきた。外務省は、2015年度から、「スポーツ外交推進事業」による選手やコーチの派遣・招へい、器材輸送支援、在外公館によるスポーツ関連レセプションなどのスポーツ交流を実施し、二国間関係の発展にも貢献している。2021年は新型コロナの感染拡大の影響から、国際的な人の往来が制限されたため、器材輸送支援を通じた交流が中心となった。これらの事業は、スポーツを活用した外交を推進し、親日派・知日派を育成することで、国際相互理解の増進及び国際平和に寄与するとともに、国際場裡における日本のスポーツ関係者の地位向上にもつながっている。 各地域の帰国留学生組織及び会員数 元JET参加者の会(JET Alumni Association)支部数及び会員数 帰国留学生総会における活動報告(オンライン) 日本へ出発前のJET参加者との歓送レセプション (11月、ジャマイカ・キングストン 写真提供:ジャマイカオブザーバー) 器材輸送支援により届けられたバドミントンラケットの寄贈式の様子 (10月、グアテマラ) エ 対日理解促進交流プログラム 日本とアジア大洋州、北米、欧州、中南米の各国・地域との間で、二国間又は地域間関係の発展と日本の外交基盤拡充を念頭に、当プログラムは諸外国・地域の青年に、招へい・派遣・オンライン交流を通じて人的交流の機会を提供し、政治、経済、社会、文化、歴史及び外交政策といった分野における対日理解の促進を図るとともに、未来の親日派・知日派の発掘及び育成に努めている。新型コロナの影響が続く2021年は、オンライン交流プログラムを推進し上記地域の参加青年は、専門分野のウェビナー、意見交換、関連施設の視察に加え、東京2020大会のホストタウンや被災地などへのバーチャル訪問・ホームステイを含む日本文化体験などを行い、日本人とのネットワークを構築した。さらに、諸外国・地域の青年によるプログラムの学びや訪問先に関するSNSなどでの発信は、国際社会における対日理解の促進及び日本のイメージ向上に寄与している。 (4)知的分野の交流 ア 日本研究 国際交流基金は、海外における日本の政治、経済、社会、文化などに関する様々な研究活動を複合的に支援している。国際交流基金の日本研究フェローシップ事業については、2020年は新型コロナの感染拡大により、世界各地で国際的な人の往来を伴う事業の実施を見合わせざるを得なかったが、2021年10月から水際対策に係る措置を遵守しつつ、海外の日本研究者の来日を再開しつつある。 また、21か国・地域の41か所の日本研究機関に対し、日本関係図書の拡充、研究助成、オンラインなどを含むセミナー・シンポジウムの開催支援などを行ったほか、各国・地域の日本研究者や研究機関のネットワーク構築を促進するため、学会活動への支援なども行っている。 イ 知的交流 外務省は、国際交流基金を通じ、知的交流事業も実施している。具体的には、共通の国際的課題をテーマとしたセミナー・シンポジウムを支援・共催し、海外の主要大学において現代日本に対する理解を深めるための講義などを行うプログラムに助成しているほか、米国の草の根レベルで日本の関心と理解を深めるため、日米草の根交流コーディネーター派遣(JOI)事業を実施するなど、様々な分野・レベルでの対話を通じて関係を強化し相互理解を深める交流事業などを企画・支援した。 日米草の根交流コーディネーター派遣プログラム(JOI) (9月28日、米国・メイビル州立大学 写真提供:国際交流基金) ウ 日米文化教育交流会議(CULCON:カルコン) 日米の官民の有識者が文化・教育交流・知的対話について議論するカルコンでは、その分科会の教育レビュー委員会が作成した日米間の留学生の動向に関する最終報告書が、4月、加藤良三カルコン委員長から菅総理大臣に提出された。10月には第29回日米合同会議がハイブリッド形式で開催され、人と人との交流が日米パートナーシップの重要な柱であることなどを確認した共同声明が発出された。この共同声明は、11月、加藤委員長から岸田総理に提出された。 日米文化教育交流会議(通称 カルコンCULCON) (11月19日、官邸 写真提供:内閣広報室) エ 国際連合大学(UNU)との協力 UNUは日本に本部を置く唯一の国連機関であり、地球規模課題の研究及び人材育成を通じて国際社会に貢献しており、日本は様々な協力と支援を行ってきている。10月には沖大幹氏に代わり、白波瀬佐和子氏が国際連合大学上級副学長・国際連合事務次長補に就任した。UNUは、日本の大学や研究機関と連携し、平和、開発、環境など日本が重視する国際課題に取り組むことで、日本政府の政策発信にも貢献している。2017年以来、企業のSDGs推進を普及浸透させるための取組としてSDG企業戦略フォーラムを開催しており、同フォーラムに参加している日本企業約20社のうち、6社が「SDGsへの取組の評価が高い企業ランキング」のトップ20位にランクインするなど、同フォーラムの重要性及び貢献度は非常に高いといえる。また、大学院プログラムとして修士課程及び博士課程を開設しており、グローバルな人材育成プログラムの質の向上にも努めている。 (5)日本語普及 日本経済のグローバル化に伴う日本企業の海外進出の増加や日本のポップカルチャーの世界的な浸透などにより、若者を中心に外国人の日本語への関心が増大している。海外において日本語の普及を一層進めることは、日本の国民や企業にとって望ましい国際環境づくりにつながるものである。国際交流基金が2018年度に行った調査では、142の国・地域で約385万人が日本語を学習していることが確認された。また、同基金が実施する日本語能力試験は、2019年の受験応募者数(国内実施分を含む。)は過去最多の約137万人となったが、2020年以降は新型コロナの感染拡大に伴い部分的な実施となっており、2021年の受験応募者数は約81万人に留(とど)まる状況となった。一方、これらの多くの国・地域では、多様化する日本語学習への関心・ニーズに応える上で日本語教育人材の不足が大きな課題となっている。 外務省は、国際交流基金を通じて海外の日本語教育現場での多様なニーズに対応している。具体的には、日本語専門家の海外派遣、海外の日本語教師や外交官、公務員を対象とした研修、インドネシア及びフィリピンとの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士候補者への訪日前日本語予備教育、各国・地域の教育機関などに対する日本語教育導入などの働きかけや日本語教育活動の支援、日本語教材開発、eラーニングの運営、外国語教育の国際標準に即した「JF(国際交流基金)日本語教育スタンダード」の普及活動などを行っている。 また、日本における少子高齢化を背景とした労働力不足への対応として、2019年4月から新たな在留資格「特定技能」による外国人材の受入れが開始され、「外国人材の受入・共生のための総合的対応策」(2018年12月25日「外国人材の受入・共生に関する関係閣僚会議決定」)に基づき、来日する外国人の日本語能力を測定する「国際交流基金日本語基礎テスト」(JFT-Basic)の実施(2021年までに、海外7か国及び日本国内において、累計受験者数は4万7,012人)や、その日本語能力を効果的に習得することを目的とした教材・カリキュラムの開発・普及、就労希望者に日本語教育を行う現地日本語教師の育成などの新しい取組を行っている。 (6)文化無償資金協力 開発途上国での文化・スポーツ・高等教育振興、及び文化遺産保全に使用される資機材の購入や施設の整備を支援し、日本と開発途上国の相互理解や友好親善を深めるため、政府開発援助(ODA)の一環として文化無償資金協力を実施している。2021年は、一般文化無償資金協力2件(総額約2億1,960万円)、草の根文化無償資金協力12件(総額約9,730万円)を実施した。2021年は、一般文化無償資金協力ではテレビ番組制作機材の整備と自然・文化遺産保護施設のための展示機材の整備を実施、草の根文化無償資金協力ではスポーツ振興と日本語普及分野での協力を重点的に実施した。 (7)国連教育科学文化機関(UNESCO:ユネスコ)を通じた協力 ユネスコは1951年に日本が戦後初めて加盟した国際機関である。日本は、教育、科学、文化などの分野におけるユネスコの様々な取組に積極的に参加し、1952年以降、日本は継続してユネスコ執行委員会委員国を務め、2021年11月に実施された同委員会委員国選挙でも再選された。また、日本はユネスコと協力して、開発途上国に対する教育、科学、文化面などの支援を行っている。 文化面では、世界の有形・無形の文化遺産の保護・振興及び人材育成分野での支援を柱として協力するとともに、文化遺産保護のための国際的枠組みにも積極的に参画している。1994年から継続するアンコールワット遺跡(カンボジア)修復保全支援事業、2003年から継続するバーミヤン遺跡(アフガニスタン)修復保全支援事業がその代表的な事例である。こうした事業においては、日本人の専門家が中心となって、現地の人々が将来は自らの手で遺跡を守ることができるよう人材育成を行うとともに、遺跡の保全管理計画の策定や、保存修復への支援を行ってきた。また近年、アフリカ諸国や小島嶼(しょ)開発途上国に対しても、文化遺産保護と持続可能な開発の両立のための人材育成への支援を実施している。無形文化遺産保護についても、開発途上国における音楽・舞踊などの伝統芸能、伝統工芸などを次世代に継承するための事業、各国が自ら無形文化遺産を保護する能力を高めるための国内制度整備や関係者の能力強化事業に対し、支援を実施している。 また、映画監督の河瀨直美氏が日本人女性として初めてユネスコ親善大使に任命され、2021年11月にはユネスコ本部において任命式が行われた。同氏は、これまでの映画を通じた国際文化交流の経験などをいかし、文化及びクリエイティブ産業の発展とともに、同分野におけるジェンダー平等の実現に向けて活動することも期待されている。 人文科学分野では、日本も議論に参加していたユネスコのAI(人工知能)の倫理に関する勧告が11月、第41回ユネスコ総会で採択された。 なお、同総会において再任されたアズレー事務局長は、非政治化のための改革及び組織改革を含むユネスコ強化に向けた「戦略的変革」を推進してきており、日本は一貫して同事務局長を支持してきた。今後も引き続き、同事務局長のリーダーシップの下で推進されるユネスコの活動に積極的に貢献していく。 ア 世界遺産条約 世界遺産条約は、文化遺産や自然遺産を人類全体の遺産として国際的に保護することを目的としており、日本は1992年にこの条約を締結した(2021年12月時点、締約国数は194か国)。この条約に基づく「世界遺産一覧表」に記載されたものが、いわゆる「世界遺産」である。建造物や遺跡などの「文化遺産」、自然地域などの「自然遺産」、文化と自然の両方の要素を持つ「複合遺産」に分類され、2021年12月時点、世界遺産一覧表には世界全体で1,154件が記載されている。 7月に開催された第44回世界遺産委員会拡大会合において、新たに文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」及び自然遺産「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の記載が決定された結果、世界遺産一覧表に記載されている日本の世界遺産は文化遺産20件、自然遺産5件の計25件となった。11月に行われた第23回世界遺産条約締約国総会で、日本は世界遺産委員会委員国選挙に当選し、委員国に就任した。また、12月には文化審議会世界文化遺産部会が、2021年度推薦することが適当と思われる世界文化遺産の候補物件として、「佐渡島(さど)の金山」を選定すると答申したことを受け、2022年2月1日、閣議了解を経て、ユネスコに「佐渡島(さど)の金山」に関する推薦書を提出した。 イ 無形文化遺産保護条約 無形文化遺産保護条約は、伝統芸能や伝統工芸技術などの無形文化遺産について、国際的保護の体制を整えるものである(2021年12月時点、締約国数は180か国)。国内の無形文化財保護において豊富な経験を持つ日本は、この条約の運用制度改善を議論する政府間ワーキンググループ会合の議長を務め、開発途上国からの要望を取りまとめるなど議論を牽(けん)引した。現在、同条約に基づき作成されている「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」には、日本から計22件が記載されており、3月には、2022年の新規記載に向け、「風流踊(ふりゅうおどり)」の提案書をユネスコに提出した。 ウ ユネスコ「世界の記憶」事業 ユネスコ「世界の記憶」事業は、貴重な歴史的資料などの保護とアクセス、関心の向上を目的に1992年に創設された。このうち、国際登録事業においては、2021年12月時点、429件が登録されている。 従来の制度では、加盟国が登録の検討に関与できる仕組みとなっておらず、また登録申請案件について、関係国間での見解の相違が明らかであるにもかかわらず、一方の国の主張のみに基づき申請・登録がなされ政治的対立を生むことは、ユネスコの設立趣旨である加盟国間の友好と相互理解の推進に反するものとなることから、2017年以降新規申請を凍結した上で同事業の包括的な制度改善が進められてきた。その結果、2021年4月のユネスコ執行委員会で新しい制度が承認された。新制度では、登録申請は加盟国政府を通じ提出することとなったほか、当事国からの異議申立て制度を新設し、加盟国間で対立する案件については当事国間で対話を行い帰結するまで登録を進めないこととなった。制度改善が完了したことを受け、7月に新規の申請募集が再開された。日本からは11月、「浄土宗大本山増上寺三大蔵」(申請者:浄土宗、大本山増上寺)と「智証大師円珍関係文書典籍─ 日本・中国の文化交流史─」(申請者:園城寺、東京国立博物館)の2件の申請書をユネスコに提出した。 特集2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会 ─世界の人々の団結を象徴する大会─ 2021年7月23日から8月8日まで2020年東京オリンピック競技大会が、8月24日から9月5日まで2020年東京パラリンピック競技大会が開催されました。2020年春、世界各地で新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)が急拡大したことから、同年3月24日に安倍総理大臣とバッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長との電話会談で大会の延期が合意され、その後のIOC理事会で正式に延期が決定されました。その後も新型コロナは収束せず、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京2020大会」という。)の開催をめぐっては、開会直前に至るまで国内外で様々な意見がありましたが、東京2020大会関係者は、世界が新型コロナという大きな困難に直面する時だからこそ、世界が団結し、人類の努力と叡(えい)智によって、難局を乗り越えていけることを日本から世界に発信したいとの強い思いを持ち、新型コロナの流行下で初の大規模国際スポーツ大会として、東京2020大会が開催されました。大会中は、各国選手の活躍に世界が熱中し、また、日本の優れた大会運営や、ボランティアを始めとする日本国民の協力によって大会が無事終了したことを評価する多くの声が聞かれました。大会期間中には、新型コロナの流行下にもかかわらず14か国・2国際機関から計18名の首脳級要人などが来日し、菅総理大臣を始めとする日本側要人と会談を行い、東京大会は外交の舞台ともなりました。 ■ 東京2020大会開催に関する国際社会からの主な評価 1 トルドー・カナダ首相 「世界的な新型コロナのパンデミックによるかつてない困難にもかかわらず成功裡(り)の大会を開催した日本の人々に感謝したい。」(8月9日、オリンピック閉幕に関する声明) 2 ケネディ元駐日米国大使 「五輪を開催するのには最適の場所だったし、日本がとてもよくやっていて嬉(うれ)しい。(中略)日本はとても素晴らしい仕事をした。」(8月2日、米国NBCテレビ「TODAY」インタビュー) 3 ロングボトム駐日英国大使 「コロナ禍でも、スポーツの持つ力を確認できた。(中略)日本が東京大会を開催してくれたことは世界に希望の光を与えてくれた。」(出典:内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局作成動画「大会を契機とした取組とレガシー TOKYO 2020」) 4 英国ガーディアン紙 「東京の人々の配慮と親切は、この過酷な時代に必要なものを示す教訓だ。」(8月6日付電子版) 5 AP通信 「パラリンピックは、障がい者に対する国民認識を高め、利用しやすい公共空間を提供するなど、オリンピックよりも具体的なレガシーを日本に残すかもしれない。」(9月5日付電子版) ここで紹介した評価はごく一部であり、このほかにも各国首脳から総理へ大会開催に対する感謝状が送付されたほか、各国の市民からも在外公館に対して日本に対する感謝を表す多くのメッセージが寄せられました。このように、東京2020大会は、人類が大きな困難に立ち向かう中、世界の人々の団結を象徴する大会となりました。 東京オリンピック競技大会開会式(7月23日、東京 写真提供:(公財)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会) 英国市民から在英国日本国大使館に寄せられた大会開催への感謝の手紙 コラム日本の新たな世界遺産 ─自然遺産「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」と文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」─ ユニークな生き物が数多く生息する、南の島々。 豊かな自然の恩恵を受けた、北国の縄文遺跡群。 時間も場所もかけ離れたこの二つのスポットが、時を同じくして世界中の注目を浴びることとなりました。2021年7月、新たな世界遺産に登録されたのです。1年に2件の世界遺産が登録されるのは、日本では2011年以来10年ぶりのことでした。 日本は、1992年に世界遺産条約を締結してから、世界の国々や組織、そして日本の地域住民の方々と共に、日本を含む世界各国の文化遺産や自然遺産を人類全体の遺産として国際的に保護することに尽力してきました。 本コラムでは、日本の長年の努力が実を結び、世界遺産に登録されたこれら二つの貴重な遺産について紹介したいと思います。 一つ目は、自然遺産「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」です。約1,200万年前から約200万年前に大陸から分離したこの4島では、海を渡ることができない陸上の生物たちが、独自の進化を遂げてきました。アマミノクロウサギ、イリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナなど、ここでしか出会うことのできない生物である「固有種」が数多く生息しているのはそのためです。様々な固有種や絶滅危惧種が生息する4島は、地球上の生物多様性を守るためにもかけがえのない場所であり、その価値が認められました。 二つ目は、文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」です。北海道、青森県、岩手県、秋田県に点在する17の遺跡で構成されています。縄文時代の紀元前1万3,000年頃から紀元前400年頃まで、この地に住んだ人々は、採集・漁労・狩猟による定住生活を営みつつ、祖先や自然を敬い、豊穣への祈りを捧げるなど祭祀(し)・儀礼を通じた、細やかで複雑な精神文化を発達させていきました。1万年以上もの長い間、農耕に移行することなく定住社会が続いたというのは世界的に珍しいことで、今なお残る遺跡群はその貴重な証拠であると評価されたのです。 この二つの資産は、北は北海道、南は沖縄と、南北に長い日本列島の端と端に位置しており、日本がいかに多彩で豊かな自然・文化を有しているかを世界へ発信する素晴らしい機会となりました。 世界遺産登録までに求められるハードルは決して低くありませんが、それを一致団結して乗り越えてこられた地域住民の方々、地元自治体といった関係者の皆様に、改めて敬意を表したいと思います。 一方で、世界遺産の登録は、決してゴールではありません。むしろ登録されることで、保全管理に更に厳しい目が向けられることになります。世界遺産委員会では世界遺産とは、「世界の素晴らしい遺産」であるのと同時に、「世界みんなで守るべき遺産」でもあり、そのバトンを次の世代へつないでいくためには、国民一人ひとりの理解と協力が不可欠です。 今年(2021年)生まれた新たな世界遺産が、多くの人に愛され、次世代に受け継がれていくことを願っています。 ヤンバルクイナ(写真提供:環境省) 大湯環状列石 (秋田県鹿角市 写真提供:JOMON ARCHIVES)