第3章 国際社会で存在感を高める日本 2 地球規模課題への取組 (1)持続可能な開発のための2030アジェンダ 「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」は、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)4の後継として2015年9月の国連サミットで採択された、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現に向けた2030年までの国際開発目標である。 2030アジェンダは、先進国を含む国際社会全体の開発目標として相互に密接に関連した17の目標と169のターゲットから成る「持続可能な開発目標(SDGs)5」を掲げている。 日本は、2030アジェンダ採択後、まず、SDGs実施に向けた基盤整備として、総理大臣を本部長、官房長官及び外務大臣を副本部長とし、また、他の全ての国務大臣を構成員とするSDGs推進本部を設置し、SDGs達成に向けた中長期的戦略を定めたSDGs実施指針を策定し、日本が特に注力する八つの優先課題を掲げた。また、SDGs実施に向けた官民パートナーシップを重視するため、民間セクター、市民社会、有識者、国際機関などの広範な関係者が集まるSDGs推進円卓会議を開催し、SDGs推進に向けた地方やビジネス界の取組、次世代・女性のエンパワーメントの方策、国際社会との連携強化などについて意見交換を行っている。 2021年12月に行われた第11回SDGs推進本部会合では、関係府省庁のSDGs達成に向けた主要な取組を「SDGsアクションプラン2022」として決定した。同アクションプランでは、「2030アジェンダ」に掲げられている五つのP(People(人間)、Planet(地球)、Prosperity(繁栄)、Peace(平和)、Partnership(パートナーシップ))及びSDGs実施指針に掲げられている八つの優先課題に基づき、国内実施・国際協力の両面においてSDGs達成に向けた取組を更に推進していくことを定めた。 同会合の機会には、SDGsに向けて優れた取組を行っている企業・団体を表彰する第5回「ジャパンSDGsアワード」表彰式も開催され、バングラデシュにおける貧困農家の雇用創出、所得増及び難民への食糧支援を実現し、持続的な経営でインパクトを創出している株式会社ユーグレナ(東京都港区)が、SDGs推進本部長賞(内閣総理大臣賞)を受賞した。 国際的な取組として、7月の国連ハイレベル政治フォーラム(HLPF)では、4年ぶり2回目となるSDGsの進捗に関する自発的国家レビュー(VNR)を発表するとともに、茂木外務大臣がビデオメッセージで参加した。同メッセージでは、今回のVNRの決定に当たり、「行動の10年」の中、特に、新型コロナからの「よりよい回復」に向け、日本として何に取り組むべきかについて、閣僚間でも議論を深めたこと、日本は、特にユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に向けた保健・医療分野での取組及びグリーン社会の実現やデジタル改革による気候変動問題への対応を重視していくことについて発言した。また、9月の国連総会ハイレベルウィークに合わせて開催された「SDGモーメント2021」に菅総理大臣がビデオメッセージで参加し様々な組織・団体、市民社会の意見を踏まえて作成したVNRに基づき、国際連携や国内の啓発を進めていくこと、SDGsは世界が直面する未曽有の危機を乗り越え、世界をより良い未来に導くための重要な羅針盤となるものであり、年内に行われる国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)や東京栄養サミット2021などの国際会議を通じて、2030年までの目標達成と、その先の希望に満ちた未来に向け、全力で取り組んでいくことを発言した。 ア 人間の安全保障 人間の安全保障とは、個人の保護と能力強化により、恐怖と欠乏からの自由、そして、一人ひとりが幸福と尊厳を持って生存する権利を追求するという考え方である。日本は、2015年に決定した開発協力大綱でも日本の開発協力の根本にある指導理念としてこれを位置付けている。国連においても関連する議論を主導し、日本のイニシアティブにより1999年に国連に設置された人間の安全保障基金に2020年末までに累計約484億円を拠出し、国連機関による人間の安全保障の普及と実践を支援してきた。また、二国間協力においても草の根・人間の安全保障無償資金協力などの支援を通じ、この概念の普及と実践に努めてきた。「人間中心」や「誰一人取り残さない」といった理念を掲げるSDGsも、人間の安全保障の考え方を中核に据えている。2020年9月の第75回国連総会一般討論演説における菅総理大臣の提案を受けて国連開発計画(UNDP)と連携して、人間の安全保障に関する特別報告書の作成に向けた議論が進められ、2022年2月に公表された。また、2021年6月、グテーレス国連事務総長出席の下、オンライン形式で第1回人間の安全保障フレンズ会合が開催され、同年12月にはオンライン形式で第2回会合が開催されるなど、人間の安全保障の再活性化に向けた取組が積極的に行われている。 イ 防災分野の取組 毎年世界で2億人が被災し(犠牲者の9割が開発途上国の市民)、自然災害による経済的損失は、国連防災機関(UNDRR)の試算によれば、年平均約1,400億米ドルに及ぶ。気候変動の影響により災害の頻発化・激甚化が懸念される中、防災の取組は、貧困撲滅と持続可能な開発の実現にとって不可欠である。 日本は、幾多の災害の経験により蓄積された防災・減災に関する知見をいかし、防災の様々な分野で国際協力を積極的に推進している。2015年3月に第3回国連防災世界会議を仙台で開催し、同年から15年間の国際社会の防災分野の取組を規定する「仙台防災枠組」の採択を主導した。また、日本独自の貢献として「仙台防災協力イニシアティブ」を発表し、2015年から2018年までの4年間で計40億米ドルの協力の実施や計4万人の人材育成を行うという目標を発表した。これが達成されたことを踏まえ、2019年6月に「仙台防災協力イニシアティブ・フェーズ2」を発表し、2019年から2022年の間に洪水対策などを通じ少なくとも500万人に対する支援を実施することなどを目標として、引き続き防災協力を推進している。 さらに、日本が提案して2015年12月に第70回国連総会で全会一致で制定された「世界津波の日(11月5日)」に合わせ、日本では2016年以降、世界各国の高校生を招へいし、日本の津波の歴史や、震災復興、南海トラフ地震への備えなどの実習を通じ、今後の課題や自国での展開などの提案を行う「世界津波の日 高校生サミット」がこれまで4回実施されている。2021年は、新型コロナの感染拡大をめぐる状況を踏まえて、津波防災に対する意識向上を目的とするオンラインイベントをUNDRRと共催したほか、アジア・大洋州の女性行政官などを対象とした津波に関する研修の実施、学校を対象とした津波避難訓練の実施などを支援した。今後も災害で得た経験と教訓を世界と共有し、各国の政策に防災の観点を導入する「防災の主流化」を引き続き推進する考えである。 ウ 教育 教育分野では、2030アジェンダ採択に合わせて日本が発表した「平和と成長のための学びの戦略」の下、世界各地で様々な教育支援を行っている。2019年3月の「国際女性会議 WAW!」の際には、2020年までに少なくとも400万人の開発途上国の女子に対して質の高い教育・訓練の機会を提供すべく引き続き取り組んでいくことを発表した。また、同年6月のSDGs推進本部会合では、少なくとも約900万人の子供・若者にイノベーションのための教育とイノベーションによる教育を提供する「教育×イノベーション」イニシアティブを発表した。日本議長下のG20大阪サミット(2019)では、教育に焦点を当てた「G20持続可能な開発のための人的資本投資イニシアティブ」に合意し、「人的資本に投資し、全ての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を推進する」とのコミットメントが盛り込まれた。2020年の年初以降、新型コロナの感染拡大下での休校措置などにより、教育を受ける機会が奪われる子供たちが世界各地で急増したことも踏まえ、2021年7月の世界教育サミットでは、今後5年間で15億ドルを超える教育分野への拠出に加え、750万人の開発途上国の女子の教育及び人材育成のための支援を約束した。 エ 農業分野の取組 日本はこれまでG7やG20などの関係各国や国際機関とも連携しながら、開発途上国などの農業・農村開発を支援している。2019年5月にはG20新潟農業大臣会合を開催し、人づくり・新技術、フードバリューチェーン、SDGsなどに関する農業・食料の諸課題について、各国間で知見を共有することの重要性を確認し、「2019年G20新潟農業大臣宣言」を採択した。2020年以降、新型コロナの感染拡大に伴う移動制限などを受けて、国際機関などを経由した支援を通じて、農産品などの流通の停滞による食料システムの機能低下などに対処している。 国際的な取組として、2021年9月の国連食料システムサミットには菅総理大臣がビデオメッセージで参加し、日本は、(1)イノベーションやデジタル化の推進及び科学技術の活用による生産性の向上と持続可能性の両立、(2)恣意的な科学的根拠に基づかない輸出入規制の抑制を含む自由で公正な貿易の維持・強化、(3)各国・地域の気候風土や食文化を踏まえたアプローチの3点を重視しながら、世界のより良い「食料システム」の構築に向けて取り組んでいくと述べた。 オ 水・衛生分野の取組 日本は、1990年代から継続して水・衛生分野での最大の支援国であり、日本の経験・知見・技術をいかした質の高い支援を実施している。国際社会での議論にも積極的に参加しており、日本のこれまでの貢献を基に、同分野のグローバルな課題に取り組んでいるほか、特に2020年の年初以降拡大している新型コロナ感染を抑制する観点から、手洗いの励行といった取組について、国際機関などを活用しながら支援を行ってきている。2020年10月に、熊本において開催予定であった「第4回アジア・太平洋水サミット」は、新型コロナをめぐる状況を踏まえて開催が2022年4月に延期された。 (2)国際保健 日本は人間の安全保障を提唱し、それを「開発協力大綱」の基礎とするとともに各種の取組を推進し、保健分野に係る協力を重点課題の中に位置付けてきた。新型コロナとの世界的な闘いにおいても、人間の安全保障の理念に立脚し、「誰の健康も取り残さない」という考えの下、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)6の達成も念頭に、(1)感染症危機の克服、(2)将来に備える保健システムの強化、(3)より幅広い分野での健康安全保障のための環境整備を柱として国際的な協力を進めている。 2021年には新型コロナワクチンの普及が本格的に始まり、日本は、開発途上国を含めた世界全体でワクチンへの公平なアクセスを確保すべく、COVAXファシリティや日米豪印など多国間の取組と連携・協力しながらワクチン関連支援を行った。6月にはCOVAXワクチン・サミット(AMC増資首脳会合)7をGaviワクチンアライアンス(Gavi)と共催し、2021年末までに開発途上国の人口30%、18億回分のワクチンを確保するために必要となる資金(83億ドル)を大きく超える額の確保に貢献した。同サミットにおいて、日本はCOVAXファシリティの開発途上国向け枠組み(Advance Market Commitment:AMC)に対する合計10億ドルの財政貢献及びCOVAXなどを通じたワクチン3,000万回分の供与を表明した。また、9月の第76回国連総会における一般討論演説では、菅総理大臣が合計6,000万回分を目処(めど)としてワクチンを各国・地域に供与していくことを発表した。日本は6月以降2月末までに、26か国・地域に対し計約4,200万回分のワクチンを供与してきている。また、ワクチンの供給支援に加え、日本は、ワクチンを接種現場まで届けるための「ラスト・ワン・マイル支援」につき、59か国・地域に対し、合計137億円の支援を決定し、実施してきている。 現下の新型コロナへの対応に加え、将来の健康危機への備えと対応を強化するため、日本は、UHCの達成を念頭に保健・財務当局の連携を促進しつつ、WHOを含む国際保健の世界的な枠組みを強化することが重要との考えの下、G7/G20やWHOにおける議論に貢献してきている。WHOでは、5月のWHO総会においてWHO強化作業部会の設置が決定された。7月から11月に開催された同作業部会では、健康危機へのWHOの備えと対応の強化に関する提言の実現に向けた検討を行ったほか、WHOの下でパンデミックに関する条約やその他の国際文書を策定する利点について議論が行われ、日本としても積極的に議論に貢献した。12月のWHO特別総会では、パンデミックの予防、備え、対応を強化するための政府間交渉会議の設立が全会一致で決定された。 さらに、日本は、より幅広い分野での健康安全保障のための環境を整備する観点から、人々の健康の基盤となる「栄養」を、SDGs達成に必要不可欠かつ人間の安全保障に関わる課題の一つと捉え、12月に「東京栄養サミット2021」をオンライン形式で主催した。同サミットでは、215の幅広いステークホルダーからのエンドースを得る形で、世界の栄養改善に向けた国際社会が取り組むべき方向性を示した「東京栄養宣言」が発出されたほか、181もの多数のステークホルダーから栄養改善に関するコミットメント(政策的・資金的意図表明)が提出され、計270億ドル以上の栄養関連の資金拠出が表明されるなど、過去の栄養サミットを上回る成果が得られ、世界が直面する栄養問題の改善に向けた積極的な貢献に感謝が示された。 新型コロナのパンデミックの経験も踏まえ官民挙げてグローバルヘルスに一層貢献すべく、7月以降4回のグローバルヘルス戦略推進協議会を開催し、2022年6月までの可能な限り早い段階で新たな戦略を策定することを目標に議論を行っている(新型コロナ関連の取組については2ページ巻頭特集参照)。 日本政府とGaviの共催による「COVAXワクチン・サミット(AMC増資首脳会合)」(6月、写真提供:内閣広報室) (3)労働・雇用 雇用を通じた所得の向上は、貧困層の人々の生活水準を高めるために重要である。また、世界的にサプライチェーンが拡大する中で、労働環境の整備などを図り、国際的に「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」の実現に取り組んでいく必要がある。このディーセント・ワークの実現は、2019年に創設100周年を迎えた国際労働機関(ILO)でも、その活動の主目標に位置付けられている。 こうした中で、日本も労働分野での持続可能な開発に向けた協力に取り組んでいる。2021年には、ILOへの任意拠出金や国際的な労使団体のネットワークへの支援を通じ、アジア太平洋地域(東南アジア、南アジアなど)及びアフリカ地域(スーダン、エチオピア)の開発途上国に対し、新型コロナの感染拡大及び自然災害発生などに伴う緊急雇用創出の支援や、労働法令や社会保険制度の整備、労働安全衛生水準の向上のための開発協力などを行った。 (4)環境・気候変動 ア 地球環境問題 2030アジェンダにおいて環境分野の目標が記載されるなど、地球環境問題への取組の重要性が国際的により一層認識されている。日本は、多数国間環境条約や環境問題に関する国際機関などにおける交渉及び働きかけを通じ、自然環境の保全及び持続可能な開発の実現に向けて積極的に取り組んでいる。また、生物多様性・化学物質汚染などに関わる環境条約の資金メカニズムとして世界銀行に設置されている地球環境ファシリティ(Global Environment Facility)への最大のドナーとして地球規模の環境問題に対応するプロジェクトに貢献している。 (ア)海洋環境の保全 海洋プラスチックごみ問題は、不法投棄や不完全な廃棄物処理などにより生じ、海洋の生態系、観光、漁業及び人の健康に悪影響を及ぼしかねない喫緊の課題として、近年その対応の重要性が高まっている。2019年のG20大阪サミットにおいて打ち出した、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の実現に向けて、日本は、国連環境計画(UNEP)などの国際機関とも協力し、海洋プラスチックごみの流出防止策に必要な科学的知見の蓄積支援及びモデル構築支援など、アジア地域における環境上適正なプラスチック廃棄物管理・処理支援などを行っている。 また、近年、海洋プラスチックごみ対策のための新たな国際枠組み作りに向けた機運が高まっており、2022年2月から3月に開催された第5回国連環境総会(第二部)における政府間交渉委員会の設立も踏まえ、日本は主導的な役割を果たしながらルール形成を後押ししていく。 海洋環境の保全、漁業、海洋資源の利用などについて議論を行う「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル」(海洋国家の首脳で構成)は、11月2日に第3回首脳会合を実施した。岸田総理大臣のメッセージが代読され、日本の気候変動対策や海洋プラスチックごみ対策における取組に触れつつ、持続可能な海洋経済の構築に向けて貢献していくことを表明したほか、新たに本パネルへの参加を表明した米国を含む15か国の首脳の連名で声明を発出し、気候変動対策となる海洋における六つのアクションや持続可能な海洋経済の実現に向けた取組への参加を人々に呼びかけた。 (イ)生物多様性の保全 生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)については二部制で開催されることになり、第一部が10月11日から15日、オンライン方式と中国・昆明(こんめい)での対面方式を併用して開催された。締約国・地域、関連機関、市民団体などから約2,500人がオンラインで、約2,900人が対面で参加し、我が国政府からは、外務省、農林水産省、経済産業省及び環境省から成る代表団が出席した。 10月12日から13日に開催されたハイレベルセグメントには、各国の首脳級及び閣僚級が参加し、日本政府からは山口壯(つよし)環境大臣がオンラインで出席した。ハイレベルセグメントでは、2050年までの長期目標「自然と共生する世界」に向けた各国の取組が発信され、日本からは生物多様性日本基金(Japan Biodiversity Fund:JBF)の第2期(JBF2)として総額1,700万米ドル規模での国際支援を表明した。またCOP15第二部(2022年4月25日から5月8日に中国・昆明で開催予定)におけるポスト2020生物多様性枠組の採択に向けた機運を高めるため、「昆明宣言」が採択された。 近年、野生動植物の違法取引が深刻化し、国際テロ組織の資金源の一つとなっているとして、国際社会で注目されている。日本は、2019年ウガンダ及びモザンビークにゾウ密猟対策のための監視施設を供与したのに引き続き、2020年にザンビアに、2021年にはルワンダにも関連施設の供与を決定するなど、この問題に真摯に取り組んでいる。 日本は、持続可能な農業及び食料安全保障のための、食料・農業植物遺伝資源の保全及び持続可能な利用の促進に係る資金動員戦略に関する議論にも貢献している。2021年2月及び9月に開催された食料・農業植物遺伝資源条約の第3回及び第4回資金戦略常設委員会において、日本は、遺伝資源へのアクセスと金銭的・非金銭的利益配分の支援やモニタリングなどを始めとする資金戦略全般を扱う資金戦略・資源動員に関し、地域を代表して助言した。11月には、国際熱帯木材機関(ITTO)第57回理事会がオンラインで開催され、持続可能な森林経営や合法的に伐採された木材の貿易促進に資する取組を効率的に実行するための新しい戦略計画の策定や、他の関連機関との連携促進などについて、議論が行われた。 特集東京栄養サミット2021 栄養は、人が生きていく上で必要不可欠なものです。貧困や気候変動の影響による飢餓を始めとする低栄養は引き続き大きな課題です。現在、低栄養により、世界で1億4,000万人以上の子どもたちが発育阻害に苦しんでおり、5歳未満の子どもの死亡の約半数が栄養不足に起因しています。同時に、先進国や開発途上国の区別なく、過体重や肥満の問題も記録的なレベルにあり、世界の約20億人が、糖尿病など食生活に関連した病気に苦しんでいると言われています。 12月7日及び8日、日本政府は、東京栄養サミット2021を主催しました(注1)。このサミットには、各国政府、国際機関、民間企業、市民社会、学術界を始めとする幅広い関係者が参加しました。東京栄養サミットでは、低栄養と過栄養の「栄養不良の二重負荷」を取り上げるとともに、新型コロナウイルス感染症の流行拡大による世界的な栄養状況の悪化に対応すべく、(1)健康、(2)食、(3)強靭(じん)性、(4)説明責任、(5)財源確保の五つに焦点を当てて議論を行いました。 今回のサミットでは、各国政府、国際機関、民間企業、市民団体を含む210以上のステークホルダーから承認を得て成果文書「東京栄養宣言(コンパクト)」を発出し、栄養改善に向けて国際社会が今後取り組むべき方向性を示すことができました。また、66か国及び26社の企業を含む180以上のステークホルダーから390以上のコミットメント(それぞれの政策的・資金的意図表明)が提出されるとともに、計270億ドル以上の栄養関連の資金拠出が表明されるなど、過去の栄養サミットを上回る成果が得られました。日本も、岸田総理大臣から、今後3年間で3,000億円(28億ドル)以上の栄養関連支援を行い、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成などに貢献していくことを発表したほか、国内においても、栄養と環境に配慮した食生活、バランスの取れた食、健康経営などを通じた栄養改善を行っていくことを表明しました。 その準備の過程では、政府以外の国際的な市民社会団体や有識者などと緊密な連携を行い、その参画・協力が会議の成果に大いに貢献しました。 栄養状態の改善は、17ある持続可能な開発目標(SDGs)の目標2だけでなく、保健分野や農業、流通、水・衛生、ジェンダーなど幅広い分野と関連しているため、各分野が連携して取組を進めることでSDGs達成に近づくことができます。 日本政府は、人間の安全保障の理念に立ち、UHCの達成を含めた、「誰一人の健康も取り残さない」取組を進める決意であり、今後も世界の栄養改善を始めとするSDGsの達成に向け貢献していきます。 グテーレス国連事務総長のスピーチを聞く岸田総理大臣(12月7日、東京 写真提供:内閣広報室) 東京栄養サミット2021でスピーチを行う岸田総理大臣(12月7日、東京 写真提供:内閣広報室) 東京栄養サミット2021でスピーチを行う林外務大臣(12月7日、東京) (注1) 第1回栄養サミットは2013年にロンドンで、第2回は2016年にリオデジャネイロで開催 (ウ)化学物質・有害廃棄物の国際管理 10月、「オゾン層の保護のためのウィーン条約」第12回締約国会議第二部及び「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」第33回締約国会合がオンライン形式で開催された。同会合では、議定書の効率的・効果的な運用について締約国間で議論が行われた。 「有害廃棄物の国境を越える移動などを規制するバーゼル条約」、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」及び「国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約」の締約国会議が開催され、2022年の活動計画及び暫定予算を承認し、開発途上国支援に関する外部基金への意見などを議論した。 11月、「水銀に関する水俣条約」第4回締約国会議(オンライン)が開催され、2022年の予算及び活動計画などについて議論が行われた。また、同会議の第二部が2022年3月にインドネシアで開催され、条約の有効性評価枠組みなどが決定された。日本からは実施・遵守委員会委員が選出されており、会期間にも条約の実施を推進し、締約国の規定の遵守状況を確認するなど、条約の実施に積極的に貢献している。 イ 気候変動 (ア)2050年カーボンニュートラル実現に向けた取組 2020年10月、日本は、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロとする、カーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言した。2021年4月に開催された米国主催気候サミットにおいては、2050年カーボンニュートラルと整合的で野心的な目標として、2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指すこと、さらに50%の高みに向け挑戦を続けることを表明し、10月には新たな地球温暖化対策計画やエネルギー基本計画などを決定した。また、新たな削減目標を反映した「国が決定する貢献(NDC)」及び2050年カーボンニュートラル実現に向けた取組を反映した「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を国連気候変動枠組条約事務局に提出した。 (イ)国連気候変動枠組条約とパリ協定 気候変動の原因である温室効果ガスの排出削減には、世界全体での取組が不可欠であるが、1997年の同条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、先進国にのみ削減義務を課す枠組みであった。2015年12月、パリで開催されたCOP21では、先進国・途上国の区別なく、温室効果ガス削減に向けて自国の決定する目標を提出し、目標達成に向けた取組を実施することなどを規定した公平かつ実効的な枠組みであるパリ協定が採択された。同協定は2016年11月に発効し、日本を含む190か国以上の国が締結している(2021年11月時点)。 パリ協定の採択後は、2020年以降のパリ協定の本格運用に向け、パリ協定の実施指針に関する交渉が開始され、2018年12月にカトヴィツェ(ポーランド)で開催されたCOP24において市場メカニズムを除いて実施指針が採択された。2020年11月に開催予定であったCOP26は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け開催が延期され、2021年10月31日から11月13日に開催されたが、COP24及びCOP25で合意に至らなかった市場メカニズムの実施指針が日本の提案がベースとなって合意されるなど、パリ協定を着実に実施し、世界全体で気候変動対策を推進する上で重要な進展がみられた。 (ウ)開発途上国支援に関する取組 開発途上国が十分な気候変動対策を実施できるよう、日本を含む先進国は開発途上国に対して、資金支援、能力構築(キャパシティ・ビルディング)、技術移転といった様々な支援を実施している。2021年6月のG7コーンウォール・サミットでは、2025年までの5年間に官民合わせて6.5兆円相当の気候変動に関する支援を行うことを表明した。また同サミットのコミュニケでは、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電への政府による新規の国際的な直接支援を2021年末までに終了することをコミットした。さらにCOP26期間中の11月1日及び2日に首脳級会合として開催された世界リーダーズ・サミットには、岸田総理大臣が出席し、新たに5年間で官民合わせて最大100億ドルの追加支援を行う用意を表明するとともに、適応分野の支援を従前のコミットメント(ACE2.0)の水準から倍増し、5年間で1.6兆円相当の適応支援を実施していくことを表明した。 こうした支援には、開発途上国による気候変動対策を支援する多国間基金である「緑の気候基金(GCF)8」も重要な役割を果たしている。日本は、初期拠出(2015年から2018年)の15億米ドルに加え、第1次増資(2020年から2023年)においても最大15億米ドルの拠出を表明している。また、GCFに理事を派遣し、基金の運営や政策作りに積極的に参画している。GCFでは12月までに190件の支援案件が承認されており、これにより20億トンのCO2排出削減と約6億人の裨(ひ)益が見込まれている。 (エ)二国間クレジット制度(JCM)9 JCMは、開発途上国などへの優れた脱炭素技術などの普及や対策の実施により実現した温室効果ガスの排出削減・吸収への日本の貢献を定量的に評価し、日本のNDCの達成に活用する仕組みである。日本は、2021年11月時点で17か国とJCMを構築しており、200件以上の温室効果ガス排出削減・吸収プロジェクトを実施している。2021年は、ケニアのJCMプロジェクトからクレジット(排出枠)が発行されるなど、成果を着実に上げている。 (オ)日本による気候変動と脆弱性リスクに関する取組 2017年1月に外務省が開催した「気候変動と脆弱性の国際安全保障への影響」に関する円卓セミナーなどにおいて、「日本はアジア・大洋州に焦点を絞って気候変動と脆弱性について調査・議論していく」との示唆を得たことを受け、気候変動の脆弱性リスクに関する取組として、2018年度から「アジア・大洋州における気候変動と脆弱性に関する国際会議」を開催している。2021年は、2022年2月に「影響・適応・脆弱性」をテーマとするIPCC第6次評価報告書第2作業部会報告書が公表されたことを受け、2022年3月に気候変動による動物への影響をテーマに議論する会議を開催する。 (カ)非国家主体による気候変動分野の取組 気候変動対策においては、民間企業や自治体、NGOなどの非国家主体の取組も重要である。日本でも、2050年までに二酸化炭素排出量実質ゼロを目指すと表明した自治体である「ゼロカーボンシティ」、気候変動対策に向けて積極的な行動を取ることを目的とした非国家主体のネットワークである「気候変動イニシアティブ(JCI)」、同様の目的を持った企業グループである「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)」、事業に必要な電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目標に掲げる企業のグループである「再エネ100宣言RE Action」などによる精力的な活動や、国際的なイニシアティブである「RE100」に参加する企業数及びTCFD10に賛同する企業数の増加など、非国家主体の取組は一層進展している。日本はこうした非国家主体のイニシアティブとも連携しながら、気候変動分野の外交を進めていく考えである。 コラム世界の脱炭素化に資する日本の取組 脱炭素コンサルタント 前田雄大 近年、大雨・洪水被害や、夏の猛暑を始めとする気候変動事象の発生頻度が増え、気候変動に対する日本国内の関心が高まっていますが、今や国際的な議論の中で気候変動問題は頻出のテーマです。その気候変動について、日本は官民の様々なレベルで今も昔も国際的な議論及び対策をリードしてきた存在と言えるでしょう。地球規模の課題であることから世界全体で議論を進めるべきとの問題意識の下、国連の枠組みで条約が成立したのが1992年ですが、日本はそれに先駆ける形で1990年に地球温暖化防止行動計画を発表しました。この中では「我が国は、その経済力、技術力等を活用して、開発途上国への支援等国際的地位に応じた役割を積極的に果たしていかなければならない。」との記載のとおり、日本が気候変動の文脈で世界に果たすべき責務が明記されています。事実、今日に至るまで様々な形で実施されている政府開発援助(ODA)の中でも、温室効果ガス排出削減につながる「緩和」に関する支援や、既に生じている気候変動問題への「適応」に対する支援を日本は継続的かつ積極的に実施し、世界の気候変動対策に広く貢献をしてきました。また、1997年には先進国が削減する温室効果ガスの数値目標と目標達成期間を規定した京都議定書の議論を主体的にリードするなど、世界の気候変動の議論を早くから主導し、パリ協定に基づく世界的な脱炭素の取組が進む現在の流れにつなげる役割も果たしてきました。パリ協定が発効し、世界の脱炭素の取組が一気に進展した昨今においても、2030年度に2013年度比で46%温室効果ガスの排出を削減する目標や2050年にカーボンニュートラルを達成する長期目標を発表するなど、責任あるコミットメントを継続して打ち出しています。 もちろん、日本の貢献は政策・外交面にとどまりません。いまや世界的脱炭素の牽(けん)引役となった太陽光発電ですが、国際的な気候変動対策の議論が進み始めたのと時を同じくして、太陽電池の性能向上とコスト面も加味した実装に貢献したのは日本企業でした。1999年には太陽電池生産量で日本は世界一を記録。今でこそ生産量では中国がその多くのシェアを占めていますが、フィルム型にでき、屋根上やメガソーラーのみならず、壁などにも貼り付けることができるペロブスカイト太陽電池を開発したのは日本の研究者ですし、東芝を始めとする日本メーカーがその開発で世界をリードするなど、太陽電池における日本の貢献は引き続き期待できる分野です。また、脱炭素の取組は再生可能エネルギーにとどまらず、蓄電池や水素といった取組も重要ですが、こうした分野でもパナソニックやトヨタなどの企業が世界トップレベルの技術を有し、取組を加速させています。こうした日本の取組とそれを通じた世界の気候変動対策への貢献のこれからに期待したいところです。 所信表明演説でのカーボンニュートラル宣言(2020年10月26日、東京 写真提供:内閣広報室) フィルム型ペロブスカイト太陽電池(写真提供:株式会社東芝) (注)この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものです。 (5)北極・南極 ア 北極 (ア)北極をめぐる現状 地球温暖化による北極環境の急速な変化は、北極圏の人々の生活や生態系に深刻で不可逆的な影響を与えるおそれがある。一方、海氷の減少に伴い利用可能な海域が拡大するとの見通しの下、北極海航路の利活用や資源開発を始めとする経済的な機会も広がりつつある。 ロシアは、2020年に「2035年までの北極における国家政策の基礎」及び「2035年までの北極圏の発展及び国家安全保障の戦略」を公表し、軍事施設の整備、資源開発、北極海航路での貨物輸送量の拡大を進めている。5月の北極評議会11(AC)閣僚会合では、ロシアがアイスランドから議長国を継承した(任期2年)。 また、近年中国は、自らを「北極問題の重要なステークホルダー」と位置付け、北極圏における資源開発、航路の商業利用、ガバナンス形成への参加、科学調査に積極的な姿勢を見せている。 米国も、北極域における情勢の変化を踏まえ関与を強める姿勢を示しており、2020年には1,200万米ドル超の対グリーンランド(デンマーク)経済支援策を発表し、在ヌーク領事館を約70年ぶりに再開させた。2019年から2021年にかけては、国防省・空軍・海軍・沿岸警備隊が、安全保障面での情勢の変化に応じそれぞれ新たな北極戦略を発表した。 10月には、欧州対外活動庁及び欧州委員会が連名で新しい北極戦略案を公表した。同戦略案は、北極及び隣接地域における更なる炭化水素鉱床の開発や同鉱床で生産される資源の購入を禁じる多国間の法的義務を模索する方針を含むなど、北極における気候変動・環境保護対策と経済活動の両立に関心が高まっている。 (イ)日本の北極政策と国際的取組 日本は、2015年の「我が国の北極政策」に基づき、研究開発、国際協力、持続的な利用を3本柱に、北極をめぐる課題への対応における主要なプレーヤーとして国際社会に貢献することを目指している。 5月にアイスランドで開催されたAC閣僚会合では、北極担当大使が日本の国際貢献などにつきステートメントを発出したほか、10月の第8回北極サークル12では、駐アイスランド大使が第3回北極科学大臣会合(ASM3)の実績につき発信した。日本とアイスランド(当時AC議長国)の共催で5月にアジアで初めて開催されたASM3では、観測研究における国際協力の推進や各種データの共有化、先住民との協働推進、国際的な科学協力分野における若手人材の育成の促進などが合意され、日本は、北極域研究船の国際プラットフォームとしての運用など国際協力の更なる推進を宣言した。また、2020年度から始まった北極域研究加速プロジェクト(ArCS Ⅱ)では、米国、カナダ、ロシア、ノルウェー、グリーンランド(デンマーク)などの研究・観測拠点を活用し、研究や人材育成のための国際連携を行うほか、AC作業部会にArCSIIの専門家を派遣している。また、ASM3において国際プラットフォームとしての運用を提案した北極域研究船については、2021年から建造に着手した。 このほか、2021年は、AC議長国のアイスランド主催で行われた「北極プラスチックごみ関連国際会議」(3月)、「北極のガバナンス」に係るオンライン行事(4月)、「北極に関する国際科学協力を促進するための協定の実施に関する第2回会合」(4月)に日本の各分野の専門家や外務省関係者が参加し、日本の取組や研究成果、協力方針を発表した。 イ 南極 (ア)南極と日本 日本は1957年に開設した昭和基地を拠点に南極観測事業を推進してきており、日本の高い技術力をいかした観測調査を通じて地球環境保全や科学技術の発展における国際貢献を行っている。また、1959年に採択された南極条約の原署名国として、南極の平和的利用に不可欠な南極条約体制の維持・強化に努めるとともに、南極における環境保護、国際協力の促進に貢献してきている。 (イ)南極条約協議国会議と南極の環境保護 6月にオンラインで開催された第43回南極条約協議国会議(ATCM43)では、近年急増する観光などを目的とする南極訪問者への対応や南極の気候変動の問題に対する対応などについて議論が行われた。 (ウ)日本の南極地域観測 日本は、長期にわたり継続的に実施している基本的な南極観測に加え、2016年から2021年までの南極地域観測第9期6か年計画に基づき、地球システムに南極域が果たす役割と影響の解明に取り組み、特に「地球温暖化」などの地球規模環境変動の実態やメカニズムの解明を目指し、南極唯一の大型大気レーダーによる大気精密観測を始めとした各種研究観測を実施してきている。 4 MDGs:Millennium Development Goals 5 SDGs:Sustainable Development Goals 6 UHC:Universal Health Coverage。全ての人が負担可能な費用で質の確保された保健サービスを受けられ、経済的リスクから保護されること 7 AMC増資首脳会合:Gavi COVAX Advance Market Commitment Summit 8 GCF:Green Climate Fund 9 JCM:Joint Crediting Mechanism 10 TCFDとは、金融安定理事会(FSB)によって設立された、民間主導による気候変動関連財務情報の開示に関するタスクフォース。最終報告書において、気候関連のリスク・機会に関する、企業の任意の情報開示のフレームワークを提示した。 11 北極圏に係る共通の課題(特に持続可能な開発、環境保護など)に関し、先住民社会などの関与を得つつ、北極圏8か国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン及び米国)間の協力・調和・交流を促進することを目的に、1996年に設立された政府間協議体(軍事・安全保障事項は扱わない。)。日本は2013年にオブザーバー資格を取得。 12 グリムソン・アイスランド前大統領などにより2013年に設立。政府関係者、研究者、ビジネス関係者など、約2,000人が参加する国際会議で、日本は第1回会合から北極担当大使などが参加している。