第2章 地域別に見た外交 2 中東地域情勢 (1)アフガニスタン 2020年9月に開始したアフガニスタン政府とタリバーンとの和平交渉は実質的な進展を見ないまま停滞し、米国はバイデン政権発足後、政府側とタリバーン側の双方に和平を働きかけるなどの取組を強化した。米国トランプ政権は2020年2月に署名された米国・タリバーン合意を踏まえ、合意時点で1万3,000名規模だったアフガニスタン駐留米軍を2021年1月に2,500名まで削減していたが、4月14日にはバイデン米国大統領が、アフガニスタンからの最終的な撤退を5月1日に開始、9月11日までに米軍及び北大西洋条約機構(NATO)諸国軍を完全撤収すると表明し(7月に、撤収期限を8月末に前倒しすることを発表)、同日、NATOも数か月以内に部隊撤収を完了させる方針を表明した。これに対し、タリバーンは、米国・タリバーン合意上の撤収期限が5月1日から延期されたとして強く反発し、4月下旬にトルコ・イスタンブールで予定されていた和平会合への参加を固辞した結果、同会合の開催は見送られた。 米軍・NATO諸国軍の撤収作業の進展に伴い、タリバーンは、従来の地盤であるアフガニスタン南部だけでなく、首都カブールの隣接県や北部諸県において、郡部を中心に攻勢を強化し、7月までに周辺国との主要な国境検問所も制圧した。アフガニスタン政府とタリバーンによる高官協議などの動きもあったが、タリバーンは、7月下旬から都市部への本格攻勢を開始し、カンダハールやラシュカルガーなどでは激しい市街戦も発生した。8月6日はニームローズ県の県都を制圧したのを皮切りに、1週間余りで30以上の県都を次々と陥落させ、その後、周囲の予想をはるかに超える早さで、8月15日には首都カブールに進入し、国際社会に衝撃を与えた。この際、大規模な戦闘は発生しなかったものの、ガーニ・アフガニスタン大統領は国外に出国した。このカブール陥落を受け、多くの国が大使館の一時閉鎖を決定し、日本大使館も臨時移転先のイスタンブールから邦人保護などの業務を継続した。 タリバーンはカブール制圧後、敵対者に復讐(しゅう)せず恩赦を与えることや、イスラム法の枠内で女性の権利を尊重することなどを表明した。しかしながら、急激な情勢変化によって国内は大きく混乱し、アフガニスタンへの派兵経験がある欧米諸国を中心に、各国は自国民や現地職員などの退避オペレーションを加速させた。日本も自衛隊機を派遣し、退避を希望した邦人1人及びアフガニスタン人14人を輸送した。8月30日に米軍の撤収が完了し、バイデン大統領は「20年間に及ぶ米国史上最長の戦争を終わらせた」と演説した。 9月上旬、タリバーンは抵抗勢力の最後の拠点となっていたパンジシール県を制圧し、「暫定政権」の樹立を発表したが、女性の不在や包摂性の欠如などの問題が指摘されている。また、カブール空港付近(8月)や地方都市のシーア派モスク(10月)などを標的とした「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」系組織によるテロが各地で発生しており、不安定要因となっている。 こうした中、日本は、アフガニスタン情勢をめぐり、G7外務・開発大臣会合(8月19日、茂木外務大臣)、G7首脳会合(8月24日、菅総理大臣)、米国主催の閣僚会合(8月30日、茂木外務大臣)、米国及びドイツ共催の拡大閣僚会合(9月8日、茂木外務大臣)、国連主催の人道会合(9月13日、鷲尾英一郎外務副大臣)、G20外相会合(9月22日、茂木外務大臣)、G20首脳会合(10月12日、岸田総理大臣)などの国際会議に積極的に参加し、国際社会が連携して、タリバーンに一致したメッセージを呼びかけていく重要性を確認した。 日本は、タリバーンの政治事務所が置かれているカタール・ドーハに9月1日付で駐アフガニスタン日本国大使館臨時事務所を移転させた。9月の上村司政府代表のドーハ派遣や、11月及び2022年1月の岡田隆駐アフガニスタン大使のカブール訪問などの機会を捉え、タリバーンに対し、希望者の安全な出国、女性・少数民族の権利尊重、包摂的な政治体制の構築などを強く働きかけた。こうしたタリバーンとの交渉や米国・カタールを始めとする関係国との連携を含む外交努力の結果、アフガニスタンの情勢悪化後、日本政府の支援を受けて、本邦に到着するに至った大使館など日本関係機関の現地職員を含むアフガニスタン人は500人以上(2022年1月末時点)に達している。 現下のアフガニスタンの人道危機は国際社会の高い関心を集め、現金や外貨が国内で十分流通していないという「流動性欠如」による経済への打撃も懸念されている。日本は、国際機関経由でシェルター、食料、保健、水・衛生、農業、教育などの人道ニーズを支援するため、アフガニスタン及び周辺国に対し、10月に6,500万ドル(約71億円)の緊急無償資金協力を決定し、人道支援を実施中であることに加え、12月には令和3年度補正予算において1億900万ドル(約118億円)の追加的支援を決定した。日本は、引き続きアフガニスタンの人々に寄り添う支援を行うとともに、アフガニスタンを取り巻く地域の安定の確保に貢献していく考えである。 アフガニスタンに関するG20首脳テレビ会議に出席する岸田総理大臣(10月、東京) (2)中東和平 ア 中東和平をめぐる動き 2014年4月にイスラエル・パレスチナ間の交渉が頓挫して以降、中東和平プロセスの停滞は継続している。バイデン米政権発足後、前政権下で関係が悪化した当事者間の協力再開の動きが一時見られたが、2021年4月中旬以降、イスラエル治安部隊とパレスチナ市民の衝突が東エルサレムなどを中心に発生し、次第に激化。5月10日以降、ガザ地区からイスラエルに向けロケット弾が断続的に発射され、これに反撃するイスラエル国防軍(IDF)との間で攻撃の応酬に発展、同月21日の、米国、エジプトなどの仲介による停戦までに、パレスチナ側で260人が死亡、イスラエル側で12人が死亡する事態となった。停戦後、6月にはイスラエル新政権が発足し、パレスチナ自治政府との間でハイレベルでの接触が徐々に再開されるなど、前向きな動きも見られる一方、ガザや東エルサレムなどを中心に対立の火種がくすぶり、不安定な緊張状態が継続している。 イ 日本の取組 日本は、国際社会と連携しながら、イスラエル及びパレスチナが平和的に共存する「二国家解決」の実現に向けて、関係者との政治対話、当事者間の信頼醸成、パレスチナ人への経済的支援の3本柱を通じて積極的に貢献している。 5月の停戦直後には、イスラエル、パレスチナ、エジプト及びヨルダンとの外相電話会談を実施し、停戦維持と緊張緩和を働きかけたほか、6月以降、2,300万ドルのガザ地区への人道・復興支援を実施した。さらに8月の茂木外務大臣のイスラエル・パレスチナ訪問では、双方の関係者に対して改めて、緊張緩和と信頼回復に向けた具体的な措置を講じるよう働きかけた。 日本独自の取組としては、日本、パレスチナ、イスラエル、ヨルダンの地域協力により、パレスチナの経済的自立を中長期的に促す「平和と繁栄の回廊」構想を推進している。2021年末時点において、旗艦事業のジェリコ農産加工団地(JAIP)ではパレスチナ民間企業18社が操業し、約200人の雇用を創出している。また、パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合(CEAPAD)を通じて東アジア諸国のリソースや経済発展の知見を動員し、パレスチナの国造りを支援している。 (3)イスラエル 高度な先端技術開発やイノベーションに優れているイスラエルは、日本の経済にとって重要な存在であると同時に、中東地域の安定にとっても重要な国となっている。2021年には、新型コロナのワクチン接種先進国として、世界から注目を集めた。なお、8月には世界各国に先駆けて一般市民向けの3回目接種を開始した。 イスラエルでは、3月の総選挙の結果、ヤミナ党(宗教的右派政党)のベネット党首を首班とし、前政権からの変革を旗印に、宗教・右派から世俗・左派まで幅広い政党で構成され、また史上初めてアラブ系政党のラアム党が参加する連立政権が成立し、12年間にわたるネタニヤフ政権が幕を閉じた。新政権は、ベネット党首が首相、イェッシュ・アティード党(中道)のラピード党首が首相代理兼外相を2023年8月まで務め、その後2025年11月の任期満了までは、ラピード党首が首相、ベネット党首が首相代理兼内相を務める首相輪番制を採用した。 日本との関係では、茂木外務大臣が、7月には、「東北-イスラエル・スタートアップ・グローバルチャレンジ・プログラム」のキックオフイベントにラピード首相代理兼外相とビデオ・メッセージを寄せた。8月にはイスラエルを訪問し、ヘルツォグ大統領、ベネット首相、ラピード首相代理兼外相と意見交換を行った。 日・イスラエル外相会談(2021年8月、テルアビブ) (4)パレスチナ パレスチナは、1993年のオスロ合意などに基づき、1995年からパレスチナ自治政府(PA)が西岸及びガザで自治を開始し、2005年1月の大統領選挙でアッバース首相が大統領に就任した。しかし、その後、アッバース大統領率いるファタハと、ハマスとの間の関係が悪化し、ハマスが武力でガザを掌握した。2017年10月に原則合意された、エジプトの仲介によるガザにおけるパレスチナ自治政府への権限移譲の履行は進まず、ガザを含むパレスチナ全土で2021年5月以降に予定されていたパレスチナ立法評議会などの選挙も、東エルサレムでの投票にイスラエルが同意しないとして延期され、依然として西岸をファタハが、ガザをハマスが支配する分裂状態が継続している。 日本との関係では、茂木外務大臣が、8月にパレスチナを訪問し、アッバース大統領、シュタイエ首相及びマーリキー外務移民庁長官と意見交換を行った。また、本田太郎外務大臣政務官が、11月に「パレスチナ支援調整委員会(AHLC)閣僚級会合」にビデオ・メッセージの形で参加し、引き続き「平和と繁栄の回廊」構想などの取組を推進していくと表明した。 (5)イラン イランは、約8,500万人の人口と豊富な天然資源を誇るシーア派の地域大国であり、日本とは90年以上にわたり伝統的な友好関係を発展させてきている。近年では、新型コロナウイルス・ワクチンの供与を含む医療・保健、環境、観光、領事等の幅広い分野での二国間協力が行われている。 6月にイラン大統領選挙が4年ぶりに実施された結果、保守派のライースィ司法権長が62%の得票率で勝利し、8月にはライースィ政権が誕生した。ライースィ大統領は、新型コロナ対策や、米国の経済制裁によって低迷した国内経済の再建を最優先課題として位置付けており、また、中東地域の近隣諸国やアジア諸国との関係強化を重視した外交政策を展開している。8月のライースィ大統領の就任直後には、茂木外務大臣がイランを訪問し、主要先進国及びアジアの外国要人として初めてライースィ大統領を始めとする新政権の要人と会談し、日本とイランの二国間関係の更なる強化と拡大に努めていくことで一致した。 イランの核問題をめぐっては、イランは、米国のトランプ前政権によるイラン核合意(包括的共同作業計画(JCPOA))からの離脱とその後の米国による対イラン制裁の再開により、核合意で得られるはずの経済的利益が得られていないとして、2019年7月以降、核合意上のコミットメントを段階的に停止する対抗措置を取ってきた。1月には、20%のウラン濃縮を開始すると発表し、4月には60%の濃縮ウランの製造を開始している。また、イランは、国際原子力機関(IAEA)による抜き打ち査察を可能にしていた追加議定書の履行停止なども行っている。 バイデン米政権は、イランによる核合意の厳格な遵守を条件として、米国も核合意に復帰する用意があると発表しており、4月以降、米国及びイラン双方による核合意への復帰に向けた協議が、欧州連合(EU)などの仲介によりウィーンで断続的に行われてきた。6月以降は、イランの政権交代を受けて協議は中断されていたが、11月に再開された。しかし、交渉は難航しており、2022年2月現在、米及びイランによる核合意上のコミットメント遵守への復帰は実現していない。 このような情勢の中で、4月には、ナタンズのウラン濃縮施設の火災事案、6月には、テヘラン市近郊の遠心分離機製造施設への攻撃事案が発生しており、イランをめぐる中東地域情勢は高い緊張状態が継続している。さらに、イランを含む中東地域においては、1月以降、船舶の自由な航行を阻害する事案が相次いで発生している。1月には、ホルムズ海峡において、韓国籍タンカーがイラン革命ガード海軍によって拿(だ)捕された。2月から4月にかけては、イランやイスラエルに関係する船舶への攻撃事案が発生しており、7月には、オマーン湾で、英国企業が運航する石油タンカーが攻撃を受け、乗組員2人が死亡した。 一方、4月以降、外交関係を断絶しているイランとサウジアラビアが協議を実施しており、両国とも中東地域の緊張緩和と関係改善に意欲を示した。8月と9月には、イラク主催でイラン及びサウジアラビアを含む地域諸国が一堂に会した会合が開催されており、中東地域の当事国間の対話が活発に行われている。 日本は、米国と同盟関係にあると同時にイランと長年良好な関係を維持してきた立場から、中東地域における緊張緩和と情勢の安定化に向けた独自の外交努力を行ってきた。3月の茂木外務大臣とザリーフ・イラン外相との電話会談、8月の茂木外務大臣のイラン訪問、12月及び2月の林外務大臣とアミール・アブドラヒアン・イラン外相との電話会談及び2月の岸田総理大臣とライースィ・イラン大統領との電話会談などのあらゆる機会を捉え、イランと緊密な意思疎通を図っている(131ページ 特集参照)。 (6)トルコ トルコは、地政学上重要な地域大国であり、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として地域の安全保障において重要な役割を果たすとともに、欧米、ロシア、中東、アジア、アフリカへの多角的な外交を積極的に展開している。また、1890年のエルトゥールル号事件1に代表されるように、伝統的な親日国である。 2018年の議院内閣制から実権型大統領制への移行後、エルドアン大統領は、新型コロナ対策において強いリーダーシップを発揮し、検査の充実と治療における独自モデルにより死者数を低いレベルに抑え、支持率を一時回復させた。しかし、以前から芳しくない経済指数は、新型コロナの影響で更に悪化した。特に、インフレが加速する中、政策金利を繰り返し引き下げたことでリラは市場最安値を更新し続けた。インフレの加速は、同大統領を支持してきた保守的な労働者や中低所得層の生活を圧迫している。 外交面においては、エジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)といった、これまで関係の悪化が懸念されていた域内諸国との対話再開と関係の再構築が進められた。特にUAEとは、ムハンマド・アブダビ皇太子が約10年ぶりにトルコを訪問し、エネルギー、環境などに関する10の協定に署名するなど、関係が強化された。米国との間では、ロシア製のミサイル防衛システム(S-400)の導入による制裁が引き続き両国関係の懸案となっているほか、バイデン政権の発足早々にアルメニア人「虐殺」を追悼する声明を発表し、米・トルコ関係の先行きを不安視する見方もあったが、両国間では2度対面での首脳会談が実施され、意思疎通が図られた。 日本との関係では、茂木外務大臣が8月にトルコを訪問しチャヴシュオール外相と会談を行ったほかエルドアン大統領を表敬した。首脳レベルでは、岸田総理大臣が12月にエルドアン大統領と首脳電話会談を行い、エルドアン大統領からは総理大臣就任への祝意が述べられ、岸田総理大臣からは、戦略的パートナーであるトルコとの関係を一層発展させるため同大統領と協力していきたいと述べた。 日・トルコ外相会談(2021年8月、イスタンブール) (7)イラク イラクは、2003年のイラク戦争後、2005年に新憲法を制定し、民主的な選挙を経て成立した政府が国家運営を担っている。イラクの安定は、中東地域の安定にとって重要であり、「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」掃討後の復興、治安回復、電力供給などの行政サービス改善が主な課題となっている。 日本は2003年以降、一貫して対イラク支援を継続している。8月には、茂木外務大臣が日本の外務大臣として15年ぶりにイラクを訪問し、サーレハ大統領、カーズィミー首相及びフセイン外相と会談し、327億円を限度とする「バスラ製油所改良計画」関連の円借款に係る事前通報を行った。また、10月に行われた第5回国民議会選挙の支援のため、イラク独立高等選挙委員会に対し、生体認証登録用のサーバーなどの機材や投票所における新型コロナ対策用の物品を国連開発計画(UNDP)経由で供与した。 外交面では、テロ対策や経済・エネルギー関係の強化において、周辺国との協力が欠かせないイラクは、バランス外交を志向するカーズィミー政権の下、8月にイラク近隣国の首脳を招いた国際会合を主催した。 内政面では、10月の第5回国民議会選挙の結果、シーア派の「サドル潮流」が第一党となった。選挙はおおむね平穏に執り行われた一方で、シーア派の一部に選挙結果に反対する抗議デモも発生し、11月5日には、デモ隊と治安部隊が衝突しデモ隊員が死亡した。また、11月7日には、爆発物を搭載したドローンがカーズィミー首相邸を攻撃する暗殺未遂事件も発生した。 治安情勢については、イラク政府として治安対策の強化に取り組んでいるものの、1月にはバグダッド中心部でISILによる2件の自爆テロが発生し、一般市民32人が死亡、110人が負傷した。また、米国大使館や米軍の駐留する基地などを狙った攻撃も引き続き発生している。 イラク軍や治安機関によるISIL掃討作戦を支援してきた米国主導の有志連合軍は、2020年3月末以降、イラク軍に任務を委譲して複数の基地から撤退を進め、米国は、2021年1月15日までに駐留部隊を2,500人規模に削減した。7月には、カーズィミー首相とバイデン米国大統領との間で米・イラク戦略対話が実施され、2021年末までの駐留米軍の戦闘任務の終了及び助言・支援・強化任務への移行が合意された。また、イラク北部では、2020年6月以降、トルコ軍がクルディスタン労働者党(PKK)に対し、地上戦を含む軍事作戦を継続している。 特集経済制裁下のイランにおける日本企業支援 在イラン日本国大使館 1929年に在イラン日本公使館を開設して以来、日・イラン外交関係には90年以上にわたる交流の歴史があります。日本は、様々な分野でイランとの二国間関係を強化していくとともに、中東地域における緊張緩和と情勢安定化に向けて外交努力を継続しています。 経済・貿易関係に目を向けると、かつて日本は多くのイラン産原油を輸入し、両国の経済関係を拡大してきました。イラン核合意成立後、日本はイランと投資協定を締結し、日本企業のイラン進出を支援してきましたが、2018年以降は米国の核合意離脱に伴う経済制裁復活の影響などから、日・イラン間の経済・貿易関係は大幅に縮小しています。イランに投資し、事務所を構えていた多くの日本企業も、事務所の規模縮小や事務所数の減少を余儀なくされています。また、イランで事業を展開する日本企業が抱える問題も特殊です。例えば、円から現地通貨への両替ができない、海外からの送金ができないなど、イランでビジネスを進めるには、現状において様々な課題が存在します。 しかし、イランで活動する日本企業は、将来のビジネスの再開や拡大も見越しつつ、イランでのプレゼンスを維持し、取引先であるイラン企業などとの関係を保持しています。多くのイラン人の間には、日本車や日本の電化製品に対する極めて高い信頼が根付いており、より多くの日本企業が早くイランに戻ってきて欲しいとの強い期待を持っていることが感じられます。在イラン日本国大使館の業務の一つは、イランに駐在する日本企業関係者との定期的な面談などを通じて、企業が抱える問題を把握し、その解決に努めることです。経済制裁の影響など、各企業が抱える問題は特殊なものが多いのですが、問題解決に向けてイラン外務省やイラン中央銀行などイラン当局への働きかけなどを行っています。また、8月には、茂木外務大臣がイランを訪問し、その機会を捉えて、日・イラン税関相互支援協定が署名され、将来的に二国間における人やモノの流れの促進が期待されています。 また、大気汚染が深刻化する中、イランは発電容量における再生可能エネルギーのシェア増加を目指しており、太陽光発電や水力発電の分野におけるビジネス展開も期待されます。また、豊富な原油や天然ガスなど従来型エネルギー資源だけでなく、水素やアンモニアなどの新エネルギー分野におけるビジネスの可能性も見込まれます。さらに、イランでは馴染(なじ)みの薄いリサイクルの推進に向けた取組なども日本企業関係者と共に行っており、こういった取組に対してもイラン側からは高い関心が示されています。 多くの制約がありますが、在イラン日本国大使館は在留邦人・企業とテヘランでの生活を共にしながら、日本勢一丸となって将来のビジネスチャンスを模索しています。これからも、経済分野を含む日・イラン関係がより発展していけるよう、日本企業を支援していきたいと思います。 税関相互支援協定署名の様子(8月、テヘラン) (8)ヨルダン ヨルダンは、混乱が続く中東地域において、比較的安定を維持している。アブドッラー2世国王のリーダーシップの下で行われている過激主義対策、多数のシリア・パレスチナ難民の受入れ、中東和平への積極的な関与など、ヨルダンが地域の平和と安定のために果たしている役割は、国際的にも高く評価されている。4月には、ヨルダン・ハシェミット王国の建国100周年を迎え、菅総理大臣から祝意を表するビデオ・メッセージを発出した。 日本との関係では、ガザでの衝突事案を受けて5月に外相電話会談を実施し、イスラエル・パレスチナ間の信頼醸成のためにあらゆる方面から働きかけを行うことが重要であるとの認識を共有した。また、8月には茂木外務大臣がヨルダンを訪問し、サファディ外相との第2回外相間戦略対話において、新型コロナ支援、経済協力、人的交流、難民支援などの分野における二国間関係強化の方途について議論するとともに、アフガニスタン情勢を含む地域情勢について幅広く意見交換を行った。さらに、同訪問では国王の実弟であるファイサル王子に表敬するなど対面での交流が再開された。12月には、林外務大臣の就任に伴う外相テレビ会談を行い、戦略的パートナーシップの下、協力関係を更に発展させることを確認した。 日本は、地域安定の要であるヨルダンとの関係を重視しており、11月には第3回外務・防衛当局間協議を開催するなど、安全保障面でも協力を積み重ねてきている。また、開発政策借款1億ドルを12月に拠出し、経済・財政的支援を行っている。 日・ヨルダン外相テレビ会談(2021年12月) (9)湾岸諸国及びイエメン 湾岸諸国は、日本にとってエネルギー安全保障などの観点から重要なパートナーである。近年、石油依存からの脱却や産業多角化、人材育成などを重要課題として経済、社会の改革に取り組んでおり、日本としても、こうした改革は中東地域の長期的な安定と繁栄に資するとの観点の下、その実現に向けて協力、支援を行ってきている。具体的には、サウジアラビアの脱石油依存と産業多角化のための「サウジ・ビジョン2030」を踏まえ、日本とサウジアラビアが二国間協力の羅針盤として策定した「日・サウジ・ビジョン2030」や、日本とアラブ首長国連邦の間の「包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ」に基づく協力などを進めている。 新型コロナの影響により、要人往来が減少した中であったが、8月、茂木外務大臣はカタールを訪問し、ムハンマド・カタール外相との間で第1回日・カタール外相級戦略対話を行い、「包括的パートナーシップ」の下、エネルギー分野に留(とど)まらない幅広い分野の協力を一層強化していくことで一致した。また、茂木外務大臣は、9月の国連総会でのニューヨーク訪問時にも、ムハンマド・カタール外相と対面で会談し、アフガニスタン情勢をめぐる課題などへの対応を含め、改めて両国の連携を確認した。さらに、茂木外務大臣は、クウェート(8月、10月)及びアラブ首長国連邦(9月)との間で外相電話会談をそれぞれ行い、各国との関係強化や中東情勢の緊張緩和と情勢の安定化に向けた協力を確認した。なお、2021年は、日・カタール外交関係樹立50周年、日・クウェート外交関係樹立60周年の節目の年に当たり、現地では様々な祝賀行事を実施した。 イエメンの安定は、中東地域全体の平和と安定のみならず、日本のエネルギー安全保障に直結するシーレーンの安全確保の観点からも重要である。イエメンでは、グランドバーグ国連事務総長特使を始めとした国際社会による仲介努力にもかかわらず、イエメン政府及びアラブ連合軍と、ホーシー派との間での衝突が6年以上継続している。長期化する衝突の影響により、イエメンでは「世界最悪」とされる厳しい人道状況が継続しており、日本は2015年以降、主要ドナー国として国際機関などと連携し、イエメンに対し、合計約3億米ドル以上の人道支援を実施してきている。3月に、オンライン形式で開催された「イエメン人道危機に関するハイレベル・プレッジング会合」では、鷲尾外務副大臣が、日本政府は、今後も関係国と連携しながら、人道支援及び政治両面での取組を継続し、イエメンの平和と安定に向け引き続き貢献していくことを表明した。 (10)シリア ア 情勢の推移 2011年3月に始まったシリア危機は、発生から10年が経過するもなお情勢の安定化及び危機の政治的解決に向けた見通しが立っておらず、人口の90%以上が1日約2ドルの貧困ライン以下での生活を送ることを余儀なくされるなど、今世紀最悪の人道危機と言われる状況が継続している。 シリア全土での停戦が実現せず、2019年10月に国連の仲介により設立された「憲法委員会」の下での議論も平行線をたどるなど、政治プロセスの進展が見られない中、5月、シリア政府は大統領選挙を現行憲法に基づき実施した。アサド大統領が約95%の得票率で再選を果たしており、政治プロセスの今後の見通しは不透明である。 対外関係では、アサド政権が国土の多くに対する支配を回復し、その優勢が明らかとなる中、10年ぶりとなるヨルダンとの首脳電話会談の実施(10月)やUAE外相によるダマスカス訪問(11月)など、一部アラブ諸国とシリアとのハイレベルでの交流再開が見られる。一方、欧米諸国は、アサド政権による化学兵器使用や人権蹂躙(じゅうりん)行為などを理由に、シリア政府との関係再開には慎重な姿勢を維持している。 軍事・治安面では、アサド政権は最後の反体制派拠点となっている北西部イドリブの制圧に向け攻勢を強化している。南部については、武装解除に反対する元反体制派勢力と政府軍間の大規模衝突を経て、シリア政府が残存する反政府武装勢力の平定を進めた。首都ダマスカスの治安は総じて維持されているものの、10月20日に政府軍用バスを標的とする爆発事案が発生した(首都市内での大規模爆発事案としては1年ぶり)。 イ 日本の取組 日本は、一貫して、シリア危機の軍事的解決はあり得ず、政治的解決が不可欠であると同時に、人道状況の改善に向けて継続的な支援を行うことが重要との立場をとっている。そのため日本は、シリア情勢が悪化した2012年以降、計32億米ドル以上の人道支援をシリア及び周辺国に対して実施してきた。 (11)レバノン 2020年8月に発生したベイルート港大規模爆発事案後、約1年以上に及ぶ政治空白を経て、9月にミカーティ元首相を首班とする新内閣が発足した。新内閣は、行財政改革の実行、未曽有の経済財政危機に伴う深刻な電力危機や新型コロナへの対応に加え、上記爆発事案の真相究明などの課題を抱えているが、大きな進展はみられず、10月には同事案の捜査を担当する判事の解任を求めるデモ隊による衝突事案が発生した。また同月には、レバノン情報相が就任前に行ったイエメン内戦をめぐる発言が湾岸諸国の反発を呼び、外交問題に発展し同情報相の辞任に至った。 日本は、人道状況が悪化するレバノンを支援すべく、2012年以降、合計2億5,000万米ドル以上の支援を行っている。8月にはフランス・国連の共催で「レバノン国民に対する支援のための国際会議」がオンライン形式で開催され、鷲尾外務副大臣が、これまでの国際機関などを通じた対レバノン追加支援につき説明するとともに、レバノンが諸改革や国際通貨基金との協議の進展に向けて行動することが現下の諸課題を乗り越えるための唯一の道であることを強調した。 1 https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/da/page22_001052.html