第2章 地域別に見た外交 第6節 ロシア、中央アジアとコーカサス 1 ロシア (1)ロシア情勢 ア ロシアによるウクライナ侵略 2022年2月、ロシアはウクライナの一部である「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」を「独立国家」として承認するとともに、この地域の保護を口実としたウクライナへの侵略を開始した。これを受け、日本を含む国際社会はロシアを厳しく非難し、ロシアに対し制裁措置を科した。プーチン政権の下でロシアは冷戦後失った勢力圏を取り戻すべく、周辺国の領土の一体性を毀損する動きを積み重ねており、ロシアを取り巻く地域に深刻な懸念を与えている。このロシアによるウクライナ侵略は、多くの一般市民を犠牲とする深刻な人道上の危機に至る被害を相手国に与え、人類が過去1世紀にわたり築き上げてきた武力の行使の禁止、法の支配、人権の尊重といった、欧州のみならず、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす暴挙である。 2022年2月のロシアによるウクライナ侵略までの出来事を振り返れば以下のとおり。 イ ロシア内政 9月19日に行われたロシア国家院(下院)選挙では、政権与党である「統一ロシア」が、改選前と比べて議席数を僅かに減少させたものの、憲法改正も可能な3分の2を上回る議席を単独で維持した。反体制派ナヴァリヌィ氏関連団体は「過激主義団体」に認定され、団体関係者の被選挙権が剥奪された。 ウ ロシア経済 ロシア経済は、第2四半期(4月から6月)には新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)前の水準に戻るなど急速に回復した(上半期(1月から6月)は前年比でプラス4.8%のGDP成長率)。これは、2020年12月の石油輸出国機構(OPEC)プラスによる協調減産の合意等による油価の回復、投資を含む内需の拡大が幅広い産業でみられたことなどが要因である。一方、インフレが進行した(9月時点は前年末比でプラス7.4%)ことから、ロシア中央銀行は政策金利を段階的に引き上げた。また、2020年末から食料品価格が高騰したことから、一部品目に対する上限価格の設定や輸出関税などの措置をとった。 エ ロシア外交 バイデン大統領就任直後の2021年2月初旬、唯一残された米露間の核軍縮枠組みである新戦略兵器削減条約(新START)の5年間の延長で米国と合意し、6月にはバイデン大統領との初の対面での首脳会談をジュネーブで行った。一定の分野での協力を模索する動きは見られたが、関係改善に向けた動きとはなっていない。秋以降のウクライナ国境周辺地域でのロシア軍増強の動きが米露間における新たな争点となり、12月の米露首脳会談(テレビ会議形式)の主な議題となった。 NATOとの関係も、ウクライナ・NATO関係の緊密化等をめぐり先鋭化しており、10月にはブリュッセルにあるロシアのNATO代表部及びモスクワにあるNATO事務所の業務停止が決定された。 中国とは、コロナ流行下の中で2020年に引き続き年次の首脳相互訪問は行われなかったものの、緊密な関係を維持した。2021年は中露善隣友好協力条約署名20周年となり、同条約の5年間の自動延長に合意した。また10月には初めての中露海軍艦艇による日本を周回する形での共同航行、11月には、2019年7月及び2020年12月に続き3度目となる中露爆撃機による共同飛行が行われるなど、日本の安全保障上、懸念すべき動きがみられた。2022年2月の北京冬季オリンピックの際に行われた中露首脳会談では、中国が欧州における安全の保障に関するロシアの提案に支持を表明したが、欧州の安全保障をめぐる中露接近の動きとして注目される。 独立国家共同体(CIS)諸国との伝統的な協力に加え、上海協力機構(SCO)やBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国及び南アフリカ)など多国間の枠組みにも引き続き積極的に関与している。 (2)日露関係 ア 冷戦後秩序の見直しの中での日露関係 2022年2月のロシアによるウクライナ侵略は、力による一方的な現状変更を認めないとの国際社会の基本原則に対する挑戦であり、冷戦後の世界秩序を脅かすものである。日本として、G7を始め国際社会と結束して、ロシアに対して軍の即時撤収、国際法の遵守を強く求めた。また、この事態を受け、日本として、G7を始めとする国際社会と緊密に連携し、プーチン大統領を含むロシア関係者・団体に対する資産凍結等、ロシア中央銀行との取引制限や、SWIFT1から排除されるロシアの7銀行に対する資産凍結などを含む金融分野での制裁、ロシア向けの半導体などの汎用品や奢侈(しゃし)品の輸出禁止措置等の三つの分野における対露制裁措置を講じるなど事態の改善に向けて取り組んでいる。 日露関係にとって最大の懸案は北方領土問題である。戦後75年以上を経過した今も未解決のままとなっており、日本政府として、この問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、これまで粘り強く交渉を進めてきた。北方領土問題に関する日本の立場や御高齢になられた元島民の方々の思いに応えていくとの考えに変わりはない。しかし、ロシアによるウクライナ侵略という現下の状況で、平和条約交渉の展望を語れる状況にはない。まずは、ロシアが国際社会の非難を真摯に受け止め、軍を即時に撤収し、国際法を遵守することを強く求めている。 2022年2月のロシアによるウクライナ侵略までの出来事を振り返れば以下のとおり。 イ 北方領土と平和条約交渉 日露間の最大の懸案となっているのが北方領土問題である。北方領土は日本が主権を有する島々であり、日本固有の領土であるが、現在ロシアに不法占拠されている。政府としては、首脳間及び外相間で緊密な対話を重ねつつ、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針の下、ロシアとの交渉に精力的に取り組んできた2。 2021年7月には、ミシュスチン首相が択捉島を「訪問」、9月の東方経済フォーラムでは、プーチン大統領が「クリル」諸島における「特恵制度」の導入について発表した。また、10月、グリゴレンコ副首相及びフスヌリン副首相が択捉島などを「訪問」した。北方四島に関する日本の立場と相容(い)れないこれらのロシア側の動きに対し、政府として様々なレベルで抗議や申入れを行った。 そのような状況で、2021年は新型コロナの影響が続く中で、首脳電話会談を1回、対面での外相会談を1回、外相電話会談を2回実施した。9月のニューヨークにおける国連総会の際の茂木外務大臣とラヴロフ外相の会談は、1年7か月ぶりの対面の会談となった。 岸田政権発足直後の10月には日露首脳電話会談が行われた。また、11月には林外務大臣就任後初となる日露外相電話会談が行われた。 2016年末のプーチン大統領訪日の際に協議の開始で合意3した北方四島における共同経済活動については、2017年9月の日露首脳会談で特定された5件のプロジェクト候補4を具体化すべく、ロシア側と議論が重ねられた。 政府は、四島交流、自由訪問及び北方墓参などの北方領土問題解決のための環境整備に資する事業にも積極的に取り組んできた。北方領土の元島民の方々のための人道的措置として、2019年には、船舶による墓参の際に臨時の追加的出入域地点が設置されたほか、3年連続となる航空機による墓参を実現し、また、近年訪問できなかった場所にも訪れることができた。なお、新型コロナをめぐる状況により、2021年の事業の実施は2020年に続き見送られた。 このほか、政府は、北方四島周辺水域における日本漁船の安全な操業の確保や、ロシア側が禁止する流し網漁に代わる漁法でのさけ・ます類の漁獲の継続のため、ロシア側に対する働きかけや調整を行っている。一方で、北方四島でのロシアの軍備強化に向けた動きに対しては、領土問題に関する日本の立場と相容れないとしてロシア側に対して抗議している。 日露外相会談(9月23日、米国・ニューヨーク) ウ 日露経済関係 2021年の日露間の貿易額は、2020年の新型コロナの影響による落ち込みから回復し、1月から12月の貿易額は対前年比で35.7%の増加となった(2021年1月から12月統計での貿易額全体は、約2兆4,055億円(出典:財務省貿易統計))。日本の対露直接投資残高は2,395億円(2019年)から2,476億円(2020年)へと増加した(出典:日本銀行国際収支統計)。 2016年に安倍総理大臣が提案した経済分野における8項目から成る「ロシアの生活環境大国、産業・経済の革新のための協力プラン」については、日本企業によるLNG(液化天然ガス)積替え基地事業への参画に関する基本合意締結などの動きが見られた。 11月には、次官級の協議である貿易経済に関する日露政府間委員会・貿易投資分科会第13回会合及び地域間交流分科会第10回会合が、2022年2月には、林外務大臣とレシェトニコフ経済発展相との間での貿易経済に関する日露政府間委員会共同議長間会合がそれぞれオンライン形式で行われた。 また、ロシア国内6都市で活動している日本センターは、両国企業間のビジネスマッチングやビジネスマン向け経営関連講座及び訪日研修を実施している。2021年は新型コロナの影響で訪日研修は実施できなかったものの、日本人講師による経営関連講座はオンライン形式で実施され、約6,800人が参加した。 エ 様々な分野における日露間の取組 (ア)安全保障・防衛交流・海上保安 麻薬を始めとする「非伝統的脅威」への対処に係る取組として、9月には、日本、ロシア、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)との間で2012年から行われている麻薬対策官への研修(「ドモジェドヴォ・プロジェクト」)を、中央アジア諸国の麻薬対策官を対象に実施した。 防衛交流については、日露間の信頼醸成を図る観点から、これまで日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)や防衛当局者間の各種対話、日露海上事故防止協定に基づく年次会合、日露捜索・救難共同訓練(SAREX)、アデン湾における海賊対処共同訓練などを行ってきた。 (イ)文化・人的交流 新型コロナの感染拡大を受け、多くの行事を対面で実施することが困難となったが、日露青年交流事業を含め、幅広い分野で交流がオンライン形式などを通じて行われた。 「日露地域・姉妹都市交流年(日露地域交流年)」については、オンライン形式などを活用しつつ事業を行い、日本側により認定された日露地域交流年の行事数は400件を超え、約12万人が参加したオンライン形式での日本文化紹介事業「J-FEST」を含め、参加者数は延べ130万人となった。 日露草の根交流事業「総領事杯弓道大会「白夜スタイル」」 (6月、ロシア・サンクトペテルブルク) 日露草の根交流事業「トマリ市日本文化祭」(10月、ロシア・サハリン州) 日露青年交流事業の一つ、第二回日本語履修高校生オンライン交流 (3月、日露青年交流センター) 1 SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication:国際銀行間通信協会)の概要 ・世界中の銀行間の金融取引の仲介と実行の役割を担う団体(協同組合)。本社はベルギー。 ・200超の国の1.1万以上の銀行などが接続し、一日平均4,200万件以上の国際金融取引に係るメッセージを送信。 ・同協会はベルギー法の下で設立され、EUの規制枠組みが適用。 2 北方領土問題に関する日本政府の立場については、外務省ホームページ参照: https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo.html 3 2016年12月の日露首脳会談の結果、両首脳は、平和条約問題を解決する自らの真摯な決意を表明するとともに、北方四島における共同経済活動に関する協議の開始に合意し、また、元島民の方々による墓参などのための手続を改善することで一致した。 4 (1)海産物の共同増養殖、(2)温室栽培、(3)島の特性に応じた観光ツアーの開発、(4)風力発電、(5)ゴミ処理