第2章 地域別に見た外交 5 南アジア (1)インド インドは、アジアとアフリカをつなぐインド洋のシーレーン上の中央に位置するなど、地政学的に極めて重要な国である。また、世界第2位の人口、巨大な中間所得層を抱え、アジア第3位の経済規模を有している。近年インドは「メイク・イン・インディア」などの様々な経済イニシアティブを進め、着実な経済成長を実現してきている。新型コロナの感染拡大を受け、経済は大幅に縮小したが、新たに「自立したインド」を掲げ、製造業振興を通じた経済回復を目指しており、実質GDPは新型コロナ感染拡大前の水準に回復しつつある。また、外交面では「アクト・イースト」政策を掲げ、インド太平洋地域における具体的協力を推進する積極的外交を展開し、グローバル・パワーとしてますます国際場裡(り)での影響力を増している。 日本とインドは、民主主義や法の支配などの基本的価値や戦略的利益を共有するアジアの二大民主主義国であり、「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」の下、経済、安全保障、人的交流など、幅広い協力を深化させてきた。日印関係は世界で最も可能性を秘めた二国間関係であり、既存の国際秩序の不確実性が高まる中、その重要性は増している。また、インドは「自由で開かれたインド太平洋」を実現する上で重要なパートナーであり、日米豪印といった多国間での連携も着実に進展している。太平洋を臨む日本と、インド洋の中心に位置するインドが二国間及び多国間の連携を深めていくことは、インド太平洋の平和と繁栄に大いに貢献する。インド太平洋地域の経済秩序の構築においても、インドは不可欠なプレーヤーであり、その意味でRCEP協定への将来的な復帰が期待される。 2021年は新型コロナに対応する中でも、電話でのやり取りを含む日印首脳会談を始めとするハイレベルの意見交換を継続的に行った。5月に英国において開催されたG7外務・開発大臣会合ではオンラインで日印外相会談を行い、9月には日米豪印首脳会合出席のために米国訪問中の菅総理大臣とモディ首相による対面での日印首脳会談を実施した。岸田総理大臣就任直後の10月に実施された首脳電話会談及び林外務大臣就任直後の11月に実施された外相電話会談においては、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて日印や日米豪印で緊密に連携していくことを確認するとともに、2022年の日印国交樹立70周年も見据え、「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」をさらなる高みに引き上げることで一致した。このほか、7月にはインドにおいてモディ首相臨席の下、日本の無償資金協力によって建設された「ヴァラナシ国際協力・コンベンションセンター」立ち上げ式が開催され、菅総理大臣が、日印友好のシンボルとなることを期待するとのビデオメッセージを寄せた。さらに、日印間では多くの実務レベルでの協議が実現されており、1月には包括的経済連携協定に基づき設置された合同委員会、2月には軍縮・不拡散協議、9月には海洋に関する対話及びインド高速鉄道に関する合同委員会、11月には宇宙対話がテレビ会議形式で開催された。 また、4月以降のインドでの新型コロナの深刻な感染拡大を受け、日本からインドに対し人工呼吸器や酸素濃縮器を供与するなど、インドの保健・医療体制の強化にも協力している。 日印首脳会談(9月23日、米国 写真提供:内閣広報室) (2)パキスタン パキスタンは、アジアと中東を結ぶ要衝にあり、その政治的安定と経済発展は地域の安定と成長に不可欠であるとともに、国際テロ対策の最重要国の一つである。また、2億人を超える人口を抱え、そのうち30歳以下の若年人口が全人口の約65%を占めており、経済的な潜在性は高い。外交面では、インドとの関係については、2019年8月のインド政府によるジャンム・カシミール州の特別な地位を認める憲法370条の廃止措置以降、緊張状態が継続している。中国との関係については、「全天候型戦略的協力パートナーシップ」の下、中国の進める「一帯一路」の重要な構成要素とされる中国・パキスタン経済回廊(CPEC)建設に向けて幅広い分野で関係が強化されている。米国との関係については、8月に米軍がアフガニスタンから撤退し、これまでアフガニスタン関連の対応が協力の中心となっていた米・パキスタン関係が今後どのように変化していくか注目される。アフガニスタンとの関係については、その安定が自国の安定に直結することから重視しており、8月のアフガニスタン情勢の変動以降も、12月にイスラム協力機構(OIC)特別外相会合のホストを務めるなど、タリバーンとの関係を含め積極的な外交を展開している。経済面では、新型コロナの影響により落ち込んだ成長率は回復基調にある。カーン政権は2018年の発足直後から深刻な外貨準備高不足の問題を抱えており、IMFプログラムの実施などに取り組んでいる。 日本との関係については、9月には国連総会の機会に茂木外務大臣がクレーシ外相との間で外相会談を行ったほか、3月にハイレベル経済協議、6月に安全保障対話をテレビ会議形式で実施するなど、実務レベルでの協議を行い、二国間関係を維持・強化した。アフガニスタンの情勢悪化に際しては、アフガニスタンからの邦人や大使館・JICA現地職員などの安全な出国のために、パキスタンから協力を得た。 また、日本は、パキスタンに対し、保健、水衛生、防災などの分野で、無償資金協力を行っているほか、新型コロナ対応支援として、コールドチェーン整備支援や債務救済措置を実施した。 (3)バングラデシュ イスラム教徒が国民の約9割を占めるバングラデシュは、ベンガル湾に位置する民主主義国家であり、インドとASEANの交差点としてその地政学的重要性は高い。外交面では、2017年8月以降、ミャンマー・ラカイン州の治安悪化を受けて、同州から新たに70万人以上の避難民がバングラデシュに流入し、帰還はいまだ実現していない。避難の長期化により、ホストコミュニティの負担増大や現地の治安悪化が懸念されている。経済面では、新型コロナの流行により影響を受ける中でもプラス成長を維持し、2020年度の経済成長率は3.51%となった。人口は約1億6,500万人に上り、安価で質の高い労働力が豊富な生産拠点や高いインフラ整備需要などから潜在的な市場として引き続き注目を集め、日系企業数は2005年の61社から2020年には329社に増加している。しかし、電力の安定した供給やインフラ整備が外国企業からの投資促進に向けた課題となっている。 日本との関係については、2月にテレビ会議形式で第3回外務次官級協議を行った後、6月に茂木外務大臣とモメン外相との間で外相電話会談を実施し、新型コロナの収束に向けた協力、2022年の外交関係樹立50周年に向けた二国間関係の更なる強化を確認したほか、ミャンマー・ラカイン州からの避難民の問題への対応について緊密な議論を行った。 また、バングラデシュによる新型コロナ対応支援のための400億円の緊急支援借款を供与したほか、2021年末までにCOVAXファシリティ経由で約455万回分の日本製アストラゼネカ・ワクチンを供与し、バングラデシュ側から謝意が表明された。このように、伝統的に親日の友好国であるバングラデシュとの二国間関係の強化に向けた取組を引き続き行っている。 (4)スリランカ スリランカは、インド洋のシーレーン上の要衝に位置し、その地政学的及び経済的重要性が注目されている伝統的な親日国である。内政面では、2019年11月の大統領選でゴダバヤ・ラージャパクサ大統領が選出された後、新型コロナの影響で2020年8月に延期された総選挙でマヒンダ・ラージャパクサ首相率いる与党スリランカ人民戦線が国会議席の過半数(113議席)を大きく上回る145議席を得て勝利した。経済面では、スリランカは国内における紛争終結後、年率7%の経済成長を遂げ、近年は年率3%以上と堅実な経済成長を維持していた。2020年は、新型コロナの影響を受けて経済は落ち込んだが、2021年第1四半期は4.3%、第2四半期は12.3%のプラス成長となり回復傾向にある。2020年のマイナス成長からの回復、同国の地政学的重要性及びインド市場へのアクセスを踏まえ、今後の経済成長が期待されている。日本との関係については、2月に第2回外務省高級事務レベル政策対話を実施したほか、7月に岸信夫防衛大臣とラージャパクサ大統領(国防相を兼務)との会談をテレビ会議形式で開催するなど、二国間関係を維持・強化している。 また、新型コロナ対応の支援として、日本はスリランカの要請を受け2021年末までにCOVAXファシリティ経由で約146万回分の日本製アストラゼネカ・ワクチンを供与したほか、コールドチェーン整備支援なども実施し、スリランカ側から謝意が表明された。 (5)ネパール ネパールは、中国・インド両大国に挟まれた内陸国として南アジアにおける地政学的な重要性を有している。内政面では7月にデウバ・ネパール・コングレス党党首が首相に任命され、新政権が発足した。新政権は経済面では、新型コロナにより影響を受けた産業の復興や投資環境を整えるためのインフラ整備を優先している。日本はネパールにとって長年の主要援助国であり、皇室・旧王室関係や登山などの各種交流を通じた伝統的な友好関係を築いている。 日本は、新型コロナの感染拡大の影響を受けたネパールに対して、2021年末までにCOVAXファシリティ経由で約161万回分の日本製アストラゼネカ・ワクチンを供与したほか、コールドチェーン整備支援なども実施した。 また、基礎疾患の重症化を防ぐことに貢献する保健・医療器材(MRI、CTなど)を供与する無償資金協力に関する書簡の交換を4月に行ったほか、債務救済猶予イニシアティブによる債務救済、感染拡大防止のための国際機関を通じた支援などを実施してきている。こうした日本の支援に対して、ネパール側からは感謝の意が表明されている。12月には、ネパール復興国際会議2021がカトマンズで開催され、本田太郎外務大臣政務官が2015年4月のネパールでの震災に関する日本の復興支援についてビデオメッセージを寄せた。 (6)ブータン ブータンは国民総幸福量(GNH)を国家運営の指針とし、第12次5か年計画(2018年7月から2023年6月)の優先課題である貧困削減、医療・教育の質向上、男女平等、環境や文化・伝統の保護、マクロ経済安定などに取り組んでいる。新型コロナ発生以降、ブータンは厳しい水際措置を導入し感染拡大の防止に努めてきている。 ブータンは伝統的な親日国であり、日本とは皇室・王室間の交流も深い。新型コロナの影響が懸念される中、日本は、ブータンに対して、ワクチンのコールドチェーン整備支援などを実施した。 (7)モルディブ インド洋の戦略的要衝に位置するモルディブは、「自由で開かれたインド太平洋」を実現する上での日本の重要なパートナーである。モルディブは、GDPの約3割を占める漁業と観光業を中心に経済成長を実現しており、一人当たりのGDPは南アジア地域で最も高い水準に達している。新型コロナの感染拡大により観光業が打撃を受け、2020年は経済が大きく落ち込んだが、2021年にはプラス成長に転じた。内政面では、2018年11月にソーリフ政権が発足した。2019年4月に実施された議会選挙では、与党のモルディブ民主党(MDP)が議席の3分の2を獲得し、ソーリフ大統領は政権基盤を固めた。ソーリフ大統領は、就任以来、インドを始めとする地域の国々との連携を強化し、相互利益を望む全ての国との関係を強化する方針の下で対外政策を進めている。 日本との関係では、6月に茂木外務大臣とシャーヒド外相との間で外相電話会談を実施し、8月にシャーヒド外相が第76回国連総会議長として訪日した際には、菅総理大臣を表敬し、茂木外務大臣と会談を行った。また、モルディブ国内の新型コロナ感染拡大を受け、日本は2021年末までにCOVAXファシリティ経由で約11万回分の日本製アストラゼネカ・ワクチンを供与したほか、コールドチェーン整備支援なども実施し、モルディブ側から感謝の意が表明された。このように、引き続き二国間関係の強化に向けた取組を行っている。