第2章 地域別に見た外交 第6節 ロシア、中央アジアとコーカサス 1 ロシア (1)ロシア情勢 ア ロシア内政 1月15日、プーチン大統領は、年次教書演説において国家機構の制度改正などを目的とした憲法改正の必要性を訴えた。メドヴェージェフ首相は、そのような憲法改正を実現できるよう内閣を総辞職する意向を表明し、翌16日のプーチン大統領によるミシュスチン新首相の任命を経て、ミシュスチン内閣が発足した。 その後、憲法の改正作業が進められ、憲法改正法案は、3月に連邦議会及び地方議会で承認され、4月には国民による投票の実施が予定されたが、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の感染拡大の影響により投票延期を余儀なくされた。また、5月9日に予定されていた大祖国戦争(対ドイツ戦)勝利75周年の軍事パレードも延期されたが、外国首脳の参列を主に一部の旧ソ連諸国のみにとどめる形で6月24日に行われた。延期となっていた憲法改正に関する国民による投票は、7月1日に実施され、改正憲法は4日に発効するに至った。 新型コロナをめぐっては、8月、ロシア国内の研究所で開発された新型コロナのワクチンが、第3相治験の終了を待たずに他国に先駆けて承認され、12月、同ワクチンの全国での接種が開始された。 イ ロシア経済 3月上旬のOPECプラスで協調減産合意に至らなかったことや新型コロナの世界的な感染拡大を受け、ロシア経済の依存度が高い原油価格が一時期大きく下落する中で、感染症対策と経済の両立について厳しい舵(かじ)取りを迫られる局面が見られた。感染拡大の影響は主として4月以降の経済統計に現れ始め、2020年は2015年以来のマイナス成長に転じた(ロシア国家統計庁:-3.1%、速報値)。欧米諸国による対露制裁など経済に対する不安定要素も引き続き存在している。 ウ ロシア外交 欧米諸国とは、新型コロナ対策などの実務的協力は一部見られたものの、欧米諸国による対ロシア制裁は継続した。また、ロシア反体制派ナヴァリヌィ氏に対する毒物使用事案では、9月にG7が外相声明を発出し、同事案をめぐっても欧米諸国との間で厳しいやり取りがあるなど、関係改善に向けた動きは見られなかった。 中国とは、新型コロナの感染拡大のため、年次の首脳相互訪問は行われなかったものの、首脳、外相らによる電話会談が活発に行われるなど、引き続き緊密な関係を維持した。また、12月には、2019年7月に引き続き、2度目となる日本海から東シナ海にかけての露中爆撃機による共同飛行が行われるなど、軍事協力の緊密化をアピールする動きも見られた。 旧ソ連諸国については、ベラルーシ大統領選挙をめぐる混乱に際して、ルカシェンコ政権を支持し、首脳間で頻繁に意思疎通を行った。また、ナゴルノ・カラバフ問題では、9月末から生じたアゼルバイジャンとアルメニアの軍事衝突に対し積極的な仲介活動を行い、ロシア平和維持部隊の駐留を含めた形での、3か国首脳による停戦合意に至った。 また、上海協力機構(SCO)及びBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国及び南アフリカ)の議長国を務め、会合はオンラインで行われた。 (2)日露関係 ア インド太平洋地域における日露関係 インド太平洋地域の戦略環境が大きく変化しつつある中で、ロシアと安定的な関係を構築することは、日本の国益のみならず、地域の安定と発展にとっても極めて重要であり、日本としてロシアとの関係を重視する姿勢に変わりはない。一方、日露関係にとって最大の懸案である北方領土問題が、戦後75年以上を経過した今も未解決のままとなっている。 日本政府としては、このような現状を踏まえ、地域の重要なパートナーとしてふさわしい関係を構築すべく、二国間関係の潜在的可能性を視野に一層協力を深め、平和条約締結問題を含む政治、経済、人的交流など、幅広い分野において日露関係全体を発展させ、北方領土問題の解決を図っていく考えである。 イ 北方領土と平和条約交渉 日露間の最大の懸案となっているのが北方領土問題である。北方領土は我が国が主権を有する島々であり、政府としては、首脳間及び外相間で緊密な対話を重ねつつ、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針の下、ロシアとの交渉に精力的に取り組んでいる1。 2020年は、2月のミュンヘンにおける日露外相会談以降、新型コロナ感染拡大により対面での協議が困難となる中で、首脳電話会談を3回、外相電話会談を2回実施した。2月の日露外相会談では、2019年12月の日露外相会談において、平和条約交渉について本格的な協議に入ることができたことを受け、交渉を前進させるための方策につき茂木外務大臣の考えをより具体的に伝えた。5月の日露首脳電話会談及び日露外相電話会談では、平和条約交渉を含む協議・協力をしっかり進めて行くことで一致した。 日露外相会談(2月15日、ドイツ・ミュンヘン) 菅政権発足後、9月の日露首脳電話会談では、プーチン大統領から、平和条約締結問題も含め、二国間のあらゆる問題に関する対話を継続していく意向であると述べたのに対し、菅総理大臣から、日露関係を重視しており、平和条約締結問題を含め、日露関係全体を発展させていきたいと述べた。その上で、両首脳は、安倍総理大臣(当時)とプーチン大統領が2018年11月のシンガポールでの首脳会談で「1956年宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」ことで合意したことを改めて確認した。また、10月の日露外相電話会談では、両外相は、平和条約交渉を含む日露間の協議や協力について前進を図るべく、引き続き外相レベルでも率直に議論を重ねていくことで一致した。 2016年末のプーチン大統領訪日の際に協議の開始で合意2した北方四島における共同経済活動については、2017年9月の日露首脳会談で特定された5件のプロジェクト候補3を具体化すべく、首脳間、外相間に加え、次官級協議及び局長級作業部会などを通じてロシア側と議論を重ねてきている。 政府は、四島交流、自由訪問及び北方墓参などの北方領土問題解決のための環境整備に資する事業にも積極的に取り組んでいる。北方領土の元島民の方々のための人道的措置として、2019年には、船舶による墓参の際に臨時の追加的出入域地点が設置されたほか、3年連続となる航空機による墓参を実現し、また、近年訪問できなかった場所にも訪れることができた。日露双方は、今後も手続の簡素化を続けることで一致している。新型コロナをめぐる状況により、2020年の事業の実施は困難となったが、政府としては、可能な限り早期に事業を実施すべく、日露政府間及び我が方と四島側の実施団体間で協議を継続していく考えである。 このほか、政府は、北方四島周辺水域における日本漁船の安全な操業の確保や、ロシア側が禁止する流し網漁に代わる漁法でのさけ・ます類の漁獲の継続のため、ロシア側に対する働きかけや調整を行っている。一方で、北方四島でのロシアの軍備強化に向けた動きに対しては、領土問題に関する日本の立場と相容(い)れないとしてロシア側に対して申し入れている。 政府としては、日露両首脳の強いリーダーシップの下、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべく、引き続き、ロシアとの交渉に粘り強く取り組んでいく。 ウ 日露経済関係 2020年の日露間の貿易額は、新型コロナによる需要減の影響などを受け、1月から12月の貿易額は対前年比で24.3%の減少となった。中でも主要な輸入品目である鉱物性燃料(原油・天然ガス・石炭など)の取引額は、前年比で37.7%の減少となった(2020年1月-12月統計での貿易額全体は、約1兆7,738億円(出典:財務省貿易統計))。 日本の対露直接投資残高は1,688億円(2018年)から2,395億円(2019年)へと増加した(出典:日本銀行国際収支統計)。 2016年5月に安倍総理大臣が提案した経済分野における8項目から成る「ロシアの生活環境大国、産業・経済の革新のための協力プラン」については、新型コロナの影響により両国間の経済分野における協力に種々の制約がある中で、日露の企業によるウイルス迅速検査キットの共同開発など、両国の貿易・経済分野の協力の進展に向けて、引き続き様々な民間プロジェクトが生み出されている。 12月には、オンラインを活用して、次官級の協議である貿易経済に関する日露政府間委員会貿易投資分科会第12回会合及び地域間交流分科会第9回会合や、茂木外務大臣とレシェトニコフ経済発展相との間での貿易経済に関する日露政府間委員会共同議長間会合が行われるなど、対話を継続している。その中で、両大臣は、引き続き8項目の「協力プラン」の下で両国の貿易・経済分野の協力を進展させていくことで一致した。 貿易経済に関する日露政府間委員会共同議長間会合(12月21日) また、ロシア国内6都市で活動している日本センターは、両国企業間のビジネスマッチングや経営関連講座を実施しており、これまでに約9万4,000人が講座を受講し、そのうち約6,000人が訪日研修に参加している。 エ 様々な分野における日露間の協力 (ア)安全保障・防衛交流・海上保安 従来、日露首脳間で、麻薬を始めとする「非伝統的脅威」への対処に係る協力を進めていくとの認識を共有してきている。2月、日本、ロシア、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)との間で2012年から行われている、アフガニスタン及び中央アジア諸国の麻薬対策官を対象とした研修(「ドモジェドヴォ・プロジェクト」)が実施された。また、同様に日・露・UNODCとの間で進められているカブールにおける麻薬探知犬訓練センター建設計画に関し、9月、同センターの定礎式が実施された。 防衛交流を通じて日露間の信頼醸成を図る観点から、日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)や防衛当局者間の各種対話、日露海上事故防止協定に基づく年次会合、日露捜索・救難共同訓練(SAREX)などを行ってきている。1月、日露安保協議を実施し、日露双方の安全保障政策や国際及び地域の安全保障に関する諸課題につき率直な意見交換を行った。また、1月、アデン湾において、ロシア海軍艦艇と2回目となる海賊対処共同訓練を実施した。そのほか、新型コロナの感染拡大により対面での協議などが困難となる中で、実務レベルではオンライン形式などを活用しつつ意思疎通を継続した。 (イ)文化・人的交流 新型コロナの感染拡大を受け、多くの対面での行事を実施することが困難となったが、日露青年交流事業については、オンライン形式などを通じて幅広い分野で交流が実施された。 2020年から2021年にかけて実施されている「日露地域・姉妹都市交流年(日露地域交流年)」についても、オンライン形式などを活用しつつ事業を進めており、日本側により認定された日露地域交流年の行事数は140件を超え、約21万6,000人が参加したオンライン形式での日本文化紹介事業「J-FEST」を含め、参加者数は延べ38万6,000人を上回った。 日露青年交流事業の一つ、オンライン日本語履修高校生交流 (11月、写真提供:日露青年交流センター) 日露草の根交流事業「日本文化紹介(サハリン書道教室)」 (10月、ロシア・ユジノサハリンスク)