第2章 地域別に見た外交 第1節 「自由で開かれたインド太平洋」の推進 1 総論 インド太平洋は、アジア太平洋からインド洋を経て中東・アフリカに至る広大な地域であり、世界人口の半数を擁する世界の活力の中核である。しかし同時に、各国の「力」と「力」が複雑にせめぎ合い、力関係の変化が激しい地域でもあり、また、海賊、テロ、大量破壊兵器の拡散、自然災害、違法操業といった様々な脅威にも直面している。この地域において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序を実現し、地域全体、ひいては世界の平和と繁栄を確保していくことが重要である。 日本は、2007年に安倍総理大臣がインドの国会においてインド洋と太平洋の「二つの海の交わり」に関する演説を行うなど、かねてからインド洋と太平洋を総体として捉える考え方の重要性を強調してきた。2016年8月には、こうした考え方を構想として結実させ、ケニアで開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)の基調講演の機会に、安倍総理大臣が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)1」を対外発表した。同演説において、安倍総理大臣は、国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは、成長著しいアジアと潜在力あふれるアフリカの「2つの大陸」、自由で開かれた太平洋とインド洋の「2つの大洋」の交わりにより生まれるダイナミズムであり、日本はアジアとアフリカの繁栄の実現に取り組んでいくと述べた。 日本は、自ら提唱した「自由で開かれたインド太平洋」を具体化していくため、当初、東アフリカと歴史的に結び付きの強いインド、同盟国である米国、オーストラリアなどとの戦略的連携を一層強化すべく取り組んだ。 インドとの間では、2016年11月に、モディ首相の訪日に際して、日本の「自由で開かれたインド太平洋」とインドの「アクト・イースト政策」を連携させて相乗効果を高めることにより、インド太平洋地域の安定と繁栄を主導することで一致した。 米国との間では、2016年12月に、安倍総理大臣がオバマ大統領と首脳会談を行った際、インド太平洋を自由で開かれたものとし、地域の安定と繁栄を確保するために、日米豪、日米印などの同盟ネットワークを広げることが重要との認識を共有した。また、安倍総理大臣は、2017年11月に、就任後初のアジア歴訪の最初の訪問国として訪日したトランプ大統領との首脳会談において、「自由で開かれたインド太平洋」を共に推進していくことで一致した。 オーストラリアとの間では、2018年11月に、安倍総理大臣が同国を訪問した際にモリソン首相と首脳会談を行い、両国が「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンを共有していることを確認し、地域の安定と繁栄のために連携していくことで一致した。また、モリソン首相は、2019年6月に行った外交政策スピーチにおいて、「開かれ、包摂的で、繁栄したインド太平洋」を推進するためのコミットメントを表明した。 また、2019年6月にASEANが、2018年6月にフランスが、2020年9月にドイツが、同年11月にオランダが、それぞれインド太平洋に関する政策文書を公表してきている。特に、2019年6月にASEAN首脳会議で採択された「インド太平洋に関するアセアン・アウトルック(AOIP)2」は、法の支配、開放性、自由、透明性、包摂性がASEANの行動原理として謳(うた)われている。 2020年には、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の世界的感染拡大により対面での外交活動が制約される中にあっても、日本は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け外交活動を積極的に推進した。 菅総理大臣は、就任直後の9月にトランプ大統領との間で首脳電話会談を行い、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、日米で緊密に連携していくことで一致した。また、10月には、総理大臣就任後初の外遊先として、ベトナム及びインドネシアを訪問し、インド太平洋地域の中心に位置するASEANは、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた取組の要であるとの考えの下、「インド太平洋国家」である日本として、地域の平和と繁栄に引き続き貢献していくとの意志を明確に発信した。さらに、11月には、日・ASEAN首脳会議に出席した。同会議では、「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)協力についての第23回日ASEAN首脳会議共同声明」を採択し、ASEANのAOIPとFOIPが本質的な原則を共有していることを確認するとともに、AOIPに沿って具体的な協力案件を進めることを確認した。 茂木外務大臣は、8月の英国訪問を皮切りに外国訪問を再開し、2021年1月までの約半年間で、欧州、東南アジア、中東、アフリカ、中南米など23か国を訪問し、各国の要人と直接会って、「自由で開かれたインド太平洋」の推進の重要性などを訴え、各国からの支持を広げてきた。こうした二国間の枠組みに加えて、10月には、新型コロナの発生・拡大後、初めて日本で行われた閣僚レベルの国際会議として、第2回日米豪印外相会合を開催し、「自由で開かれたインド太平洋」は地域の平和と繁栄に向けたビジョンであり、ポスト・コロナの世界においてますますその重要性を増しているとして、その実現に向け、より多くの国々へ連携を広げていくことの重要性を確認した。 このように、日本は、2016年から現在に至るまで、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた取組を、考え方を共有する国々と連携しつつ戦略的に推進してきた。その結果、日本が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」は、今や、米国、オーストラリア、インド、ASEAN、欧州の主要国とも共有され、国際社会において幅広い支持を得つつあり、様々な協議や協力が進んでいる。この構想は、ポスト・コロナの世界においてますますその重要性を増しており、日本はその実現に向け、今後もより多くの国々に連携を広げていく。 1 FOIP:Free and Open Indo-Pacific 2 AOIP:ASEAN Outlook on the Indo-Pacific