第1章 2020年の国際情勢と日本外交の展望 2 日本外交の展望 世界が大きな変化と課題に直面する中で、日本は、各国との連携を図りながら、従来以上に大きな責任と役割を果たさなければならない。取り分けポスト・コロナの世界を見据え、多国間主義を尊重し、安全保障や経済面でも、自由で、公正な秩序、ルールの構築に向け、主導的な役割をより一層果たすことが日本に求められている役割である。このような認識の下、日本は、在外公館の数と質の両面の強化を含め外交実施体制の強化に取り組み、引き続き国益の増進に全力を尽くすとともに、国際社会の平和と繁栄に貢献していく。また、日本の政策・取組・立場に対する理解と支持を拡げるため、パブリック・ディプロマシーを一層力強く展開していく。 (1)「包容力と力強さを兼ね備えた外交」 日本にとって望ましい、安定しかつ予見可能性が高い国際環境を創出していくためには、外交努力をもって世界各国及び国際社会との信頼・協力関係を築き、国際社会の安定と繁栄の基盤を強化し、脅威の出現を未然に防ぐことが重要である。この観点から、外務省は国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の下、「包容力と力強さを兼ね備えた外交」、すなわち、多様性を尊重し、その中で日本が国際社会での調整力を発揮していくと同時に、事に臨んでは毅然(きぜん)とした対応を取る外交を展開してきた。 安倍総理大臣は2012年12月の二次政権発足以降、9月の退任までに80か国・地域(延べ176か国・地域)を訪問した。また、新型コロナ感染拡大下にあって、菅総理大臣は、9月の就任後、初の外遊としてベトナム及びインドネシアを訪問した。また、茂木外務大臣は、2019年9月の就任以来、34か国・地域(延べ35か国・地域)を訪問するとともに、120回を超える電話・テレビ会談を実施した(2021年1月末時点)。この結果、国際社会における日本の存在感は着実に高まり、菅総理大臣と各国首脳、茂木外務大臣と各国外相との個人的な信頼関係も深まっている。 日本は今後とも国際社会の安定勢力として、各国のリーダーと信頼関係を築き、日本の国益を増進するとともに、世界の平和と繁栄のため国際社会を主導していく。 (2)日本外交の七つの重点分野 日本は、日本の国益を守り増進するため、①日本外交・安全保障の基軸である日米同盟の強化、②「自由で開かれたインド太平洋」の推進、③中国・韓国・ロシアといった近隣諸国外交、④北朝鮮をめぐる諸懸案への対応、⑤中東情勢への対応、⑥新たなルール作りに向けた国際的取組の主導及び⑦地球規模課題への対応を中心に、外交に取り組んでいく。 【1 日本外交・安全保障の基軸である日米同盟の強化】 日米同盟は、日本の外交・安全保障の基軸であり、地域と国際社会の平和と繁栄にも大きな役割を果たしている。地域の安全保障環境が厳しさと不確実性を増す中で、日米同盟はこれまで以上に重要になっている。 2021年1月に発足したバイデン政権との間でも、日米同盟を一層強化するとともに、「自由で開かれたインド太平洋」の実現や、新型コロナ対策、気候変動問題、北朝鮮への対応を始めとする地域及び国際社会の諸課題の解決に向け、緊密に連携していく。 また、普天間(ふてんま)飛行場の辺野古(へのこ)への移設や在沖縄海兵隊のグアムなどへの国外移転を始めとする在日米軍再編についても、在日米軍の抑止力を維持しつつ、沖縄を始めとする地元の負担軽減のため、今後とも日米で緊密に連携して取り組んでいく。 【2 「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)2」の推進】 インド太平洋は、世界人口の半数を擁する世界の活力の中核であると同時に、各国の「力」と「力」が複雑にせめぎ合い、力関係の変化が激しい地域でもある。この地域において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序を実現し、地域全体、ひいては世界の平和と繁栄を確保していくことが重要である。 こうした観点から、日本は、法の支配に基づく「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた取組を、考え方を共有する国々と連携しつつ戦略的に推進してきている。この構想は今や、米国、オーストラリア、インド、ASEAN、欧州の主要国とも共有され、国際社会において幅広い支持を得つつあり、様々な協議や協力が進んでいる。ポスト・コロナの時代に向けて、このビジョンの意義、重要性はますます高まっており、二国間や日米豪印を含む様々な多国間対話の機会を捉え、より多くの国々に連携を広げていく。 【3 中国・韓国・ロシアといった近隣諸国外交】 日本の平和と繁栄を確保していく上では、近隣諸国との間で安定的な関係を築いていくことが重要となる。 〈中国〉 東シナ海を隔てた隣国である中国との関係は、日本にとって最も重要な二国間関係の一つである。安定した日中関係は地域及び国際社会の平和、安定、繁栄にとって重要であり、日中両国が共に責任ある大国として、地域・国際社会の諸課題に取り組み、貢献していくことが日中関係の更なる強化につながる。今後も首脳間を含むハイレベルで緊密に意思疎通を行い、中国との安定的な関係を構築していく。 同時に、中国との間には、様々な懸案が存在しているが、引き続き首脳会談や外相会談などのハイレベルの機会を活用して、主張すべきはしっかりと主張し、中国側の具体的行動を強く求めていくことが重要である。東シナ海で継続・強化される中国による力を背景とした一方的な現状変更の試みは断じて認められず、引き続き、関係国との連携を強化しつつ、日本の領土・領海・領空を断固として守り抜くとの決意の下、冷静かつ毅然と対応していく。 〈韓国〉 韓国は重要な隣国であり、北朝鮮への対応を始め、地域の安定には日韓、日米韓の連携が不可欠である。しかしながら、2020年以降も、旧朝鮮半島出身労働者問題や慰安婦問題などにより、日本側にとって受け入れられない状況が続いている。特に、2021年の元慰安婦等によるソウル中央地方裁判所における訴訟に係る判決確定は、国際法及び日韓両国間の合意に明らかに反するものであり、断じて受け入れることはできない。日本政府として、両国間の問題に関する日本の一貫した立場に基づき、国際法違反の状態の是正を含め、今後とも韓国側に適切な対応を強く求めていく。 〈ロシア〉 インド太平洋地域の戦略環境が大きく変化しつつある中で、ロシアと安定的な関係を構築することは、日本の国益のみならず、地域の安定と発展にとっても極めて重要であり、日本としてロシアとの関係を重視する姿勢に変わりはない。一方、日露関係にとって最大の懸案である北方領土問題が、戦後75年以上を経過した今も未解決のままとなっている。日露両首脳の強いリーダーシップの下、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべく、引き続き、ロシアとの交渉に粘り強く取り組んでいく。 【4 北朝鮮をめぐる諸懸案への対応】 日本は、2002年の日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化を図ることを基本方針として、様々な取組を進めている。日本としては、引き続き、米国や韓国と緊密に連携し、中国やロシアを含む国際社会と協力しながら、関連する国連安保理決議の完全な履行を進め、朝鮮半島の非核化を目指していく。 また、北朝鮮による拉致は、日本の主権や国民の生命と安全に関わる重大な問題であると同時に、基本的人権の侵害という国際社会全体の普遍的問題である。日本は、拉致問題の解決を最重要課題と位置付けており、引き続き米国を始めとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。 【5 中東情勢への対応】 日本は、原油の約9割を中東地域から輸入しており、中東地域の平和と安定を促進し、中東地域諸国との良好な関係を維持、強化していくことは、日本の平和と繁栄のために極めて重要である。こうした観点から、日本は、近年、経済のみならず、政治・安全保障、文化・人的交流を含めた幅広い分野で、中東地域諸国との関係強化に努めている。近年では中東地域で高い緊張状態が継続しており、日本は、中東地域の緊張緩和と情勢安定化に向けて積極的に取り組んでいく。また、日本関係船舶の安全確保のために2020年から中東の海域における自衛隊の艦艇及び航空機による情報収集活動を実施しており、引き続き中東地域における日本関係船舶の安全確保に取り組んでいく。 【6 新たなルール作りに向けた国際的取組の主導】 世界経済は、保護主義の台頭や、貿易上の紛争といった課題に加え、新型コロナに伴う経済活動の停滞や需要の急減、人の移動の制限といった課題に直面している。こうした中、2020年11月には地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の署名、2021年1月には、日英包括的経済連携協定(日英EPA)の発効に至るなど、日本は、経済連携による貿易自由化とルール作りの努力を継続している。引き続き、日本の平和と繁栄の基礎となる自由で公正な経済秩序を広げるべく、RCEP協定の早期発効及びその確実な履行の確保、2021年の環太平洋パートナーシップ(TPP)委員会議長国としてのTPP11協定の着実な実施及び拡大に向けた取組、その他の経済連携協定交渉などに積極的に取り組んでいく。 また、ポスト・コロナで重要性が増すデジタル分野においては、G20大阪サミットで議長国として立ち上げた「大阪トラック」を国際的に推進し、データ流通の共通のルール作りを主導していく。サイバーや宇宙といった新領域や、技術革新の進展によって裾野が広がる経済・技術分野の安全保障といった新たな分野においても、既存の国際法が適用されることを前提としつつ、国連などにおける活動を通じて、新たな国際的なルール作りに力を入れていく。さらに、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」や「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」など、日本がG20大阪サミットで打ち出した原則・ビジョンの普及・具体化に向けて、引き続き国際的な指導力を発揮していく。 【7 地球規模課題への対応】 平和構築、テロ、軍縮・不拡散、法の支配、人権、女性のエンパワーメント及びジェンダー平等、防災、国際保健、環境・気候変動問題など地球規模課題は、一国のみで対処できるものではなく、国際社会が一致して対応する必要がある。日本は、国際社会において自由、民主主義、人権、法の支配を普遍的価値として尊重し、脆弱な立場に置かれた人々を大切にし、個々人がその潜在力を最大限いかすことができる社会を実現すべく、人間の安全保障の考えの下、引き続き国際貢献を進めていく。また、SDGsの達成に向けた国際社会の取組を主導すべく、国内外で具体的な取組を一層加速させていく。 〈国際保健〉 保健分野は、個人を「保護」し、その「能力を開花」させるという、人間の安全保障の具現化において極めて重要である。「誰の健康も取り残さない」との考えの下、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を推進するため、これまで日本は、各国や国際機関と協力しながら、感染症対策や母子保健、栄養改善などの大きな成果を上げてきた。新型コロナの感染拡大に伴い、日本は開発途上国に対して、新型コロナ対策のための保健・医療サービスの提供に加え、ASEAN感染症対策センター設立への支援を始め、中長期的な観点からの良質、強靭(きょうじん)で包摂的な医療・保健システムの構築に必要な支援を行っている。また、2021年には東京栄養サミット2021を主催予定であり、栄養改善に向けた国際的取組を推進する。 〈気候変動〉 気候変動問題への取組は、新型コロナ危機からの復興の文脈でも重要性を増している。国連気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)(2018年)においてパリ協定の本格運用に向けた実施方針が採択されたが、市場メカニズムの実施指針の交渉についてはCOP25(2019年)でも合意に至らず、依然として継続検討となっている。パリ協定が目指す脱炭素社会の実現のため、2021年のCOP26に向け、引き続き国際社会をリードしていく。 〈軍縮・不拡散への積極的取組〉 日本は、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け国際社会の取組をリードしていく責務がある。日本は、核兵器廃絶決議の国連総会への提出、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)、「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」などを通じて核兵器国と非核兵器国の間の橋渡しに努めつつ、核兵器国も参加する現実的かつ実践的な取組を重ねてきている。 さらに、日本は、国際的な不拡散体制・ルールの維持・強化、国内における不拡散措置の適切な実施、各国との緊密な連携・能力構築支援などを通じて、不拡散政策にも力を入れている。日本は国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石である核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持・強化を重視しており、2021年8月に開催が見込まれるNPT運用検討会議が意義ある成果を収めるよう、国際的な議論に積極的に貢献していく。 〈国連・国際機関との連携強化と国連安保理改革〉 日本はこれまで、国連平和維持活動(PKO)を通じた貢献や、国連安全保障理事会(安保理)非常任理事国を国連加盟国中最多の11回務めるなどして、国際社会の平和と安全の維持のため主要な役割を果たしてきた。創設から75年が経過した現在、国連を21世紀にふさわしい効率的かつ効果的なものとしていくことは喫緊の課題であり、日本は今後とも国連安保理改革の早期実現と日本の常任理事国入りを目指し、働きかけを行っていく。また、日本の常任理事国入りが実現するまでの間も国際社会の平和と安全の維持に貢献し続けるべく、2022年安保理非常任理事国選挙での当選を目指している。 さらに、日本は国連を始め国際機関が様々な課題に取り組む上で、政策的貢献や分担金・拠出金の拠出に加え、広い意味での人的貢献を行ってきており、日本人職員の増員、幹部職員ポストの獲得にも努めていく。 〈アフリカ〉 アフリカは、近年成長が著しい一方、多くの課題に直面している。日本は、1993年に世界に先駆けて立ち上げたアフリカ開発会議(TICAD)を通じ、アフリカの開発に貢献してきている。TICADを通じたアフリカの保健・医療体制を中長期的に支える日本の取組は、今般の新型コロナ流行下において真価を発揮している。新型コロナが保健・医療面を始めとするアフリカの開発課題を浮き彫りにする中、日本は、2022年にチュニジアで開催されるTICAD8を見据え、日本の強みや日本らしさをいかした取組を通じ、アフリカとの関係を強化し、アフリカ自身が主導する発展を力強く後押ししていく。 日米豪印外相会合 日米豪印4か国は、基本的価値を共有し、地域において責任を有するパートナーとして、ルールに基づく自由で開かれた国際秩序を強化していくという目標を共有しています。この目標に向け、大きな役割を果たすのが「自由で開かれたインド太平洋」構想です。その実現のため、4か国はこれまでも、質の高いインフラ、海洋安全保障、テロ対策などの共通の課題につき具体的な協力を進めるために幅広く議論を行ってきました。 そのような中、10月6日、ペイン・オーストラリア外相、ジャイシャンカル・インド外相、ポンペオ米国国務長官が東京の飯倉公館に集まり、茂木外務大臣主催の下で、日米豪印外相会合と夕食会が開催されました。4名の外相が会合を持つのは、2019年9月に国連総会の機会にニューヨークで開催された第1回会合に続き2回目ですが、今回は、国際会議などに合わせたものではなく単独で開催される初めての会合となりました。また、同会合は新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の発生・拡大後、初めて日本で行われる閣僚レベルの国際会議となり、必要な感染防止措置を講じた上で開催されました。 第2回日米豪印外相会合に出席する4か国の外相 (10月6日、東京) 会合においては、新型コロナの発生・拡大に伴い顕在化した諸課題への対応について意見交換を行い、保健・衛生やデジタル経済を始めとする分野での新たな国際ルール作りなどの課題について引き続き連携していくことを確認しました。また、「自由で開かれたインド太平洋」は地域の平和と繁栄に向けたビジョンであり、ポスト・コロナの世界を見据え、ますますその重要性を増しているとして、その実現に向け、より多くの国々へ連携を広げていくことの重要性を確認しました。加えて、北朝鮮や東シナ海・南シナ海を始めとする地域情勢についても意見交換を行いました。さらに、今後、この外相会合を定例化するとともに、来年の適切なタイミングで次回の会合を開催することでも一致しました。 新型コロナの世界的な感染拡大に伴い、様々な分野で既存の国際秩序が挑戦を受けていますが、そうした中、志を同じくする4か国の外相が、現在の情勢認識や今後の対応策について、しっかり時間をかけて率直な意見交換を行うことができたことは、正に時宜を得たものでした。 日米豪印は、緊密なパートナーとして、インド太平洋を自由で開かれたものとし、地域の安定と繁栄を確保するため、引き続き様々な協力を着実に進めていきます。 会合前に菅総理大臣を表敬する米豪印の外相 (10月6日、東京 写真提供:内閣広報室) 日米豪印外相会合の様子(10月6日、東京) 2 FOIP:Free and Open Indo-Pacific