第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 第2節 日本の国際協力(開発協力と地球規模課題への取組) 1 開発協力(ODAなど) (1)開発協力大綱とODAの戦略的活用 日本が1954年に政府開発援助(ODA1)を開始してから65年が経過した。ODAを含む日本の開発協力政策は、長きにわたり国際社会の平和と安定及び繁栄、ひいては日本自身の国益の確保に大きく貢献してきた。 一方、世界が直面する課題は多様化・複雑化し、グローバル化の進展とも相まって、国境を越えて広範化している。さらに、昨今のODA以外の公的・民間資金や新興国による支援の役割の増大を踏まえ、先進国のみならず開発途上国を含む各国の知恵や行動、政府以外の多様な力(企業、地方自治体、NGOなど)を結集することが一層重要となっている。この新たな時代に、日本が平和国家としての歩みを堅持しつつ、開発協力を国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の一環と位置付け、ODAを戦略的に活用して開発課題や人権問題に対処していくことは、日本の国益の確保にとって不可欠となっている。こうした認識に基づき策定された開発協力大綱(2015年2月閣議決定)の下、先進国を含む国際社会全体の開発目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けた取組を着実に実施していく必要がある。また、NGO、民間企業を始めとする多様な主体が、開発課題の解決に一層取り組んでいくことができるよう、ODAの実施の在り方についても不断に検討していく必要がある。さらに、感染症対策を含め、現地で国際協力に携わる日本人の安全を確保すべく、万全の態勢を構築することが引き続き不可欠である。 日本にとって開発協力は外交政策の最も重要な手段の一つであり、特に、2019年には「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向けた各国とのODAを活用した連携が進展し、5月の日米首脳会談の機会にも協力を引き続き促進することが再確認された。また、世界では膨大なインフラ需要が存在する中、インフラの整備に当たっては、6月に開催された日本議長下のG20大阪サミットにおいて首脳間で承認された「質の高いインフラ投資に関するG20原則」に含まれる、開放性、透明性、経済性、債務持続可能性の諸要素を確保し、これらを国際スタンダードとして普及・実践していくことが不可欠である。日本は、ODAも積極的に活用しながら質の高いインフラの整備を行う中で、引き続き国際社会の平和と繁栄に貢献していく。 また、開発途上国の発展を通じて日本経済の活性化を図り、共に成長していくことも重要な国益である。「インフラシステム輸出戦略」(2019年6月改訂)や「成長戦略フォローアップ2019」(2019年6月改訂)でも言及されているとおり、日本企業の海外展開を一層推進していくため、ODAを戦略的に活用していく必要がある。 日本のこうした取組は国際社会からも高い評価と信頼を得ており、日本が世界の責任ある主要国として国際社会を主導し、日本の国益にかなった国際環境や国際秩序を確保していくためにも、今後とも継続・発展させていく。 (2)ODAの現状 ア 2019年度開発協力の重要項目 開発協力は、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保により一層積極的に貢献し、日本の外交政策を推進していく上で、最も重要な手段の一つである。開発協力大綱に基づいて戦略的、かつ、効果的な開発協力を推進するため、外務省は以下(ア)から(ウ)を2019年度の重要項目と位置付け、様々な主体との連携の強化を図りつつ取り組んでいる。 (ア)「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現 「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向けて、域内の連結性を高め、自立的な形で地域が共に経済発展できる基盤を作るべく、港湾、鉄道、道路などのハードインフラとともに、制度・基準、技術・運用ノウハウといったソフト面でのインフラ支援を推進していく。また、ルールに基づく国際秩序を強化するため、海洋法の執行及び海洋状況を把握するための能力の強化などに資する機材供与といった協力を推進していく。 (イ)グローバルな課題への対処 SDGsの達成のため、人間の安全保障に基づいて保健、食料、栄養、女性、教育、防災、水・衛生、気候変動・地球環境問題などの分野における協力を推進していく。親日派・知日派の育成と国際開発への知的貢献の観点から、国際協力機構(JICA)開発大学院連携2を活用しつつ指導的開発人材の育成に取り組んでいく。国際協力NGOの強化を通じ、顔の見える開発協力を推進していく。また、人道と開発の連携を通じた人道危機への対応の観点を踏まえつつ、難民支援を含む人道支援、平和構築・国造り支援を推進していく。 (ウ)日本経済を後押しする外交努力 日本の先端技術の一層の海外展開のため、官民連携型の公共事業への無償資金協力などを通じ、日本企業の事業権・運営権の獲得を推進するとともに、貿易円滑化や債務持続性の確保といった、質の高いインフラ投資に資する技術協力を推進していく。中小企業を含む民間企業及び地方自治体の海外展開のため、開発途上国の課題解決に貢献し得る製品・機材などの供与を通じ、それらの認知度の向上や継続的な需要創出を図るとともに、地方を含む中堅・中小建設業界などの海外展開支援を推進していく。また、人材育成を通じて、ビジネス環境整備を推進し、企業の海外展開や投資促進に貢献していく。 イ 国際協力事業関係者の安全対策 2016年7月にバングラデシュの首都ダッカで発生した襲撃テロ事件では、ODAに携わっていた7人の日本人の尊い命が奪われ、1人の日本人が負傷した。政府は、テロに屈することなく、開発途上国への支援を継続する決意であるが、その一方で国際テロ情勢は厳しさを増している。現地で国際協力に携わる日本人の安全を確保すべく、改めて万全の態勢を構築することが不可欠となっている。 このような問題意識に立って、外務大臣の下に「国際協力事業安全対策会議」を発足させ、多くの関係省庁の参加も得た5回の会合を経て、2016年8月末に国際協力事業関係者のための新たな安全対策を策定した最終報告を公表した。最終報告では、①脅威情報の収集・分析・共有の強化、②事業関係者及びNGOの行動規範、③ハード・ソフト両面の防護措置、研修・訓練の強化、④危機発生後の対応及び⑤外務省・JICAの危機管理意識の向上・態勢の在り方の五つの柱に沿って、外務省及びJICAが関係者と連携して取り組むべき安全対策を示した。以後、外務省とJICAは本最終報告を着実に実施してきている。 日本は責任ある大国として、引き続き関係者の安全を確保しながら、国際協力を通じて、国際社会の平和と安定及び繁栄に積極的に貢献していく。 (3)日本の開発協力実績と主な地域への取組 ア 日本のODA実績 2018年の日本のODA3実績は、経済協力開発機構・開発援助委員会(OECD/DAC)が標準のODA計上方式として新たに導入した「贈与相当額計上方式4」によると、約141億6,352万米ドルとなった。これはDACメンバーの中では、米国、ドイツ及び英国に次いで第4位である。この計上方式での対国民総所得(GNI)比は0.28%となり、DACメンバー中第16位となっている。また、支出総額5ベースでは、対前年比6.6%減の約172億5,001万ドルとなり、同じく米国、ドイツ及び英国に次ぐ第4位である。 イ 主な地域への取組 (ア)東南アジア 東南アジア地域の平和と安定及び繁栄は、同地域と密接な関係にある日本にとって重要である。日本はこれまで、開発協力を通じ、同地域の経済成長や「人間の安全保障」を促進することで、貧困削減を含む様々な開発課題の解決を後押しし、同地域の発展に貢献してきた。 2018年の二国間ODA総額に占めるアジア地域の割合は56.5%に上り、その多くが東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国向け支援である。日本は、ASEANが抱える課題の克服や統合の一層の推進に向けた努力を支援するとともに、域内連結性強化や産業基盤整備のための質の高いインフラ整備及び産業人材育成支援を重視している。具体的には、交通混雑が深刻なインドネシア・ジャカルタ特別州において、ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)事業を行い(2019年3月にフェーズ1区間の営業を開始)、交通渋滞の緩和に貢献するなど、連結性向上に資する事業をASEAN各国で着実に実施している。また、2018年11月に発表した「産業人材育成協力イニシアティブ2.0」に基づき、ASEAN各国の基幹産業の確立や高度化を担う8万人規模の産業人材育成を進めているほか、タイでは、日本独自の教育システムである「高専(高等専門学校)」を設立して、日本と同水準の高専教育を実施すべく協力を進めている。 ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)事業 フェーズ1開業式典 兼 フェーズ2起工式(3月、インドネシア 写真提供:JICA) 日本は、ASEANの中心性・一体性の強化に向けた取組を後押しする協力も進めている。5月には、日・ASEAN技術協力協定に署名し、同協定に基づきASEAN諸国を対象としたサイバーセキュリティに関する研修が実施された。また、ASEAN地域の膨大な開発資金の需要に応えるため、11月の日・ASEAN首脳会議(タイ)において、安倍総理大臣は「対ASEAN海外投融資イニシアティブ」の立ち上げを発表し、12月には茂木外務大臣からその具体化としてASEAN地域を中心に、質の高いインフラ、金融アクセス・女性支援、グリーン投資の分野について、3年間(2020年から2022年)で官民合わせて30億米ドル規模の資金の動員を目指すべく、JICAが12億米ドルの出融資を提供する用意がある旨を発表した。 さらに、自由で開かれた国際秩序を構築するため、日本のシーレーン上に位置するフィリピン・ベトナムなどのASEAN各国に対し、巡視船や沿岸監視レーダーを始めとする機材供与、長期専門家派遣による人材育成などを通じて海上法執行能力構築支援を積極的に実施している。そのほか、域内及び国内格差是正のための支援や、防災、環境・気候変動、エネルギー分野など、持続可能な社会の構築のための支援についても着実に実施している。日本は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」のシナジーの追求を始めとする日・ASEAN協力を今後強化していく考えである。 11月の日・メコン首脳会議では、日・メコン協力の指針である「東京戦略2018」の進捗を確認しつつ、「2030年に向けたSDGsのための日メコン・イニシアティブ」を新たに採択し、①環境・都市問題、②持続可能な天然資源の管理・利用、③包摂的成長の三つの分野を優先分野として取り組んでいくことを発表した。日本は、「東京戦略2018」の下、カンボジアのシハヌークビル港開発、ラオスの国道9号線橋梁(きょうりょう)改修などを実施してきており、引き続き、メコン地域の連結性向上にも貢献していく。 フィリピン沿岸警備隊に対する15m級高速ボート引渡式典 (11月11日、フィリピン) (イ)南西アジア 南西アジア地域は、東アジア地域と中東地域を結ぶ海上交通の要衝として戦略的に重要であるとともに、インドを始め今後の経済成長や膨大なインフラ需要が期待されるなど、大きな経済的潜在力を有している。一方、同地域は、依然としてインフラの未整備、貧困、自然災害などの課題を抱えており、日本は、日本企業の投資環境整備や「人間の安全保障」も念頭に、ODAを通じ、課題の克服に向けた様々な支援を行っている。 近年、インドは日本の円借款の最大の受取国であり、日本はインドにおいて、連結性の強化と産業競争力の強化に資する電力や運輸を始めとする経済社会インフラ整備の支援に加えて、持続的で包摂的な成長への支援として、植林や生計向上に資する森林セクターの支援や女性や子供などへの保健医療サービス向上に資する保健セクターの支援などを実施している。 バングラデシュに関しては、「ベンガル湾産業成長地帯(BIG-B)」構想6の下、経済インフラ整備、連結性強化や投資環境の改善などの協力を積極的に実施している。そのほか、ミャンマー・ラカイン州北部から短期間に大規模な避難民が流入したことにより、避難民キャンプでの人道状況が悪化するとともに、周辺のホストコミュニティーの生活環境にも深刻な影響を及ぼしている。この状況を受けて、日本は、国際機関及びNGOを通じて、水・衛生、保健・医療、教育や環境保全といった分野における支援を実施した。 スリランカでは、11月にラージャパクサ新政権が誕生したことを受けて、茂木外務大臣は新政権との外相会談などを実施し、二国間関係の強化と、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた、海上保安やインフラ整備などの協力の実施促進を確認した。そのほか、4月にスリランカで発生した同時爆破テロ事件を受けて、テロ・治安対策機材などの無償供与を決定するなど、テロ・治安対策分野における能力向上のための支援を表明した。 日本がインフラ整備支援を行ってきたスリランカ・コロンボ港を視察する茂木外務大臣(12月13日、スリランカ) (ウ)太平洋島嶼国 太平洋島嶼(とうしょ)国は、日本にとって太平洋で結ばれた「隣人」であるばかりでなく、歴史的に深いつながりがある。また、これらの国は広大な排他的経済水域(経済的な権利が及ぶ水域(EEZ))を持ち、日本にとって海上輸送の要となる地域であるとともに、かつお・まぐろ遠洋漁業にとって必要不可欠な漁場を提供している。このため、太平洋島嶼国の安定と繁栄は、日本にとって非常に重要である。 太平洋島嶼国は、経済が小規模で、第一次産業に依存していること、領土が広い海域に点在していること、国際市場への参入が困難なこと、自然災害の被害を受けやすいことなど、小島嶼国に特有な共通の課題がある。このような事情を踏まえ、日本は太平洋島嶼国の良きパートナーとして、自立的・持続的な発展を後押しするための支援を実施している。 2018年5月、福島県いわき市で第8回太平洋・島サミット(PALM8)が開催され、①自由で開かれた持続可能な海洋、②強靱(きょうじん)かつ持続可能な発展の基盤強化、③人的交流・往来の活性化を柱とし、これまでの実績を踏まえた、従来同様のしっかりとした開発協力の実施と、成長と繁栄の基盤である人材の育成・交流の一層の強化(3年間で5,000人)を謳(うた)った協力・支援方針が発表された。5月には、関係省庁間会議である「太平洋島嶼国協力推進会議」において、太平洋島嶼国に対して投入するリソースを増強すること、また、オールジャパンでの取組を強化する基本方針を決定した。これらの方針を踏まえて、具体的には、港湾・空港など基礎インフラ整備を始めとする二国間の協力や、違法・無報告・無規制漁業(IUU)、防災、海洋プラスチックごみ対策にも資する廃棄物管理、気候変動といった分野において複数の国を対象とした技術協力などを実施している。 太平洋島嶼国の気候変動対策業務の拠点となる太平洋気候変動センターを整備(サモア 写真提供:JICA) (エ)中南米 中南米は、日本と長年にわたる友好関係を有し、200万人以上の日系人が在住するなど、歴史的なつながりが深い。また、資源・食料の一大供給地域であると同時に、約5兆米ドルを超える域内総生産を有する有望な新興市場である。一方で、国内における所得格差、農村・山岳部の貧困、自然災害への対応といった課題を依然として抱えている国が少なくないため、日本は、各国の抱える事情を勘案した上で、様々な協力を行っている。 具体的には、キューバとの間で、同国最大の離島「青年の島」における電力供給の安定化及び総発電量に占める再生可能エネルギーの割合の増加のための支援や、同国ハバナ県の公共交通サービスの改善を図るために公共バス車両供与の支援を実施した。ホンジュラスとの間では、長引く乾期により深刻化している干ばつ対策のため、水源確保及び貯水機能整備に向けた日本製農業用水関連機材の供与を行っている。 干ばつ支援を目的とした無償資金協力に係る交換公文署名式 (4月3日、ホンジュラス) カリブ諸国との間では、ドミニカ国との間で、ハリケーン被害を受けた水産関連の建物の修復や、機材の交換・更新などを行うための支援を決定したほか、セントルシア、アンティグア・バーブーダ、セントクリストファー・ネービス、グレナダ、ジャマイカとの間で、水産関連機材や海上保安機材の無償供与を決定した。また、ハイチとの間では、依然深刻な飢餓状況に直面し食糧及び栄養上のニーズのある人々に対し、日本の政府米(約6,000トン)を供与するための書簡の交換をそれぞれ3月及び11月に行った。 また、中南米は、昨今のベネズエラの経済・社会情勢の混乱により、12月までに約480万人のベネズエラ難民・移民が近隣諸国に流出し、受入れ地域住民の生活環境の悪化や同地域の不安定な情勢の一要因となるなどの状況が発生し、対応が十分にできていないとの課題がある。近隣諸国への支援として、ブラジル及びコロンビアとの間では、それぞれ6月及び7月に国際機関(国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)及び国際移住機関(IOM))との連携により、入国時登録・保護の体制を強化するための協力を行っているほか、エクアドルとの間では、11月に国連世界食糧計画(WFP)との連携により、小麦などの食糧を供与するための書簡の交換を行った。 (オ)中央アジア・コーカサス 中央アジア・コーカサス地域は、ロシア、中国、南アジア、中東及び欧州に囲まれており、この地域の発展と安定は、日本を含むユーラシア地域全体の発展と安定にとっても重要である。日本は、中央アジア・コーカサス地域の「開かれ、安定し、自立した」発展を支え、地域・国際の平和と安定に寄与する日本外交を掲げ、アフガニスタンやパキスタンなど近接地域を含む広域的な視点も踏まえつつ、この地域の長期的な安定と持続的発展のため、人権、民主主義、市場経済、法の支配といった基本的価値が根付くよう国造りを支援している。 河野外務大臣は、5月にタジキスタンで開催された「中央アジア+日本」対話・第7回外相会合に参加した際、人材育成なども通じ、日本らしいやり方で地域の連結性とインフラの強靭性が高まるよう協力していくと述べた。また、グローバルな課題であるテロとの闘いや麻薬対策の観点から、中央アジアとアフガニスタンの安定は国際社会全体の安全に密接に関連しており、こうした課題への対処には地域協力が不可欠であると指摘するとともに、このような認識の下、日本政府は、中央アジア諸国及びアフガニスタンに対する国境管理強化などの支援を引き続き実施していくことを表明した。 (カ)中東 地政学的要衝を占める中東・北アフリカ地域の平和と安定の確保は、日本のエネルギー安全保障のみならず世界の安定においても重要である。こうした観点から日本は、同地域の平和と安定に向け、G7伊勢志摩サミット(2016年)の機会に表明した、約2万人の人材育成を含む中東安定化のための総額約60億米ドルの包括的支援を2018年末までに実施した後も、引き続き中東に対する支援を行っている。 内戦の続くシリアに対し、2019年には、紛争下で最も脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれる子供・女性に対する支援や保健分野の支援として、東アレッポ地域において、戦闘により被害を受けた小児科病院の修復及び同地域のコミュニティ保健医療サービスの早期復旧などを行うため、約1,200万米ドルの支援を実施した。また12月には、シリア北東部における人道危機に対し、水・衛生・保健・援助物資の配布などの支援を行うため、1,400万米ドルの支援を行うことを決定した。さらに、将来のシリア復興を担う人材を育成するため、2017年以降、シリア人留学生を79人日本に受け入れている。 多くのシリア難民を受け入れるヨルダンの安定を支援するため、2月に行われた「ヨルダン支援会合」では、佐藤正久外務副大臣が、前年11月に署名した3億米ドルの開発政策借款を含め今後5年間で総額で最大約7億3,000万米ドルの支援を行うと表明した。7月には税関治安対策強化に係る無償資金協力に関する書簡の交換が行われ、9月の安倍総理大臣とアブドッラー2世・ヨルダン国王との首脳会談では、先方からこれまでの日本からヨルダンへの幅広い協力に感謝の意が示された。 日本は、パレスチナの経済・社会の自立化を目的とし、日本、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンの四者協力による「平和と繁栄の回廊」構想の下、「ジェリコ農産加工団地(JAIP)」の発展に取り組んでいる。10月には、安倍総理大臣とアッバース・パレスチナ大統領が会談し、先方からパレスチナに対する多大な支援への感謝が述べられた。 中長期的な中東安定化のためには人材育成が不可欠である。エジプトにおいては2月から技術協力「エジプト日本科学技術大学(E-JUST)プロジェクトフェーズ3」を開始し、エジプト及び中東・アフリカ地域の産業及び科学技術人材の育成を支援している。8月の日・エジプト首脳会談ではエルシーシ大統領から、日本のこれまでの協力への謝意が表明された。 危機が続くイエメンに対しては、国際機関と連携して、引き続き食料援助などの人道支援を実施している。また、日本は、復興に取り組むアフガニスタンに対して、自立的な経済成長や貧困削減のための支援を実施しており、2019年も国際機関と連携して、成人の識字能力強化などのための支援を決定した。 (キ)アフリカ アフリカは、2014年前後の資源価格急落による経済の低迷から徐々に回復し、豊富な天然資源と急増する人口を背景に、引き続き、その潜在性が国際社会の注目と期待を集めている。日本が1993年から四半世紀にわたり取り組んでいるアフリカ開発会議(TICAD)プロセスは、日・アフリカ関係を一層強化するものであり、アフリカ諸国から高い評価を得ている。 8月には、TICAD7を開催し、42人の首脳級を含むアフリカ53か国、52か国の開発パートナー諸国、108の国際機関及び地域機関の代表並びに民間セクターやNGOなど市民社会の代表ら、1万人以上の参加を得た。 成果文書として「横浜宣言2019」が採択され、TICAD7における三つの柱である経済、社会、平和と安定のそれぞれについて、アフリカの包摂的で持続可能な成長を達成するために重要な事項が確認された。今後、日本としても、TICAD7の三つの柱に基づき、ODAも効果的に活用してアフリカの成長に貢献していく。 一例を挙げれば、経済分野では、ABEイニシアティブ3.0などを通じて、アフリカビジネスの推進に資する産業人材の育成を拡充する。アフリカの若者に日本の大学院などでの教育及び日本企業におけるインターンシップの機会を与えるABEイニシアティブは、TICAD Ⅴ(2013年)以降、これまでJICAを通じて1,200人以上を受け入れている。TICAD7では、産業人材を6年間で3,000人育成することを発表した。また、連結性の強化に向け、三重点地域(東アフリカ・北部回廊、ナカラ回廊、西アフリカ成長の環)を中心とした質の高いインフラ投資の推進にも取り組んでいく。例えば9月には、東アフリカ・北部回廊の開発に資するモンバサ地域(ケニア)の開発について、円借款及び無償資金協力に関する交換公文の署名及び書簡の交換を行った。 社会分野では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の拡大に向けた取組を一層推進する。300万人の基礎医療アクセスや衛生環境を改善し、健康保険を普及させていく。例えばガーナでは「母子手帳を通じた母子継続ケア改善プロジェクト」、ケニアでは「アフリカ保健システム強化パートナーシップ・フェーズ2」といった技術協力を実施している。また、質の高い教育の提供に向け、理数科教育の拡充や学習環境の改善により300万人の子どもたちに質の高い教育を提供していく。 ガーナにおける技術協力「母子手帳を通じた母子継続ケア改善プロジェクト」(2018年~2021年)(写真提供:JICA) 平和と安定分野では、「アフリカの平和と安定に向けた新たなアプローチ(NAPSA)」の下で(132ページ 第2章第7節1参照)、国境管理機材などの治安関連の機材整備や人材育成などを通じて、アフリカにおける制度構築とガバナンス強化を後押しする。11月には東部アフリカにおける貿易円滑化や国境管理能力向上を目的として、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)と連携した支援を行うことを決定した。 緒方貞子氏の功績 ~小さな巨人~ 10月22日、国際協力の偉大なリーダーの逝去に世界中が深い悲しみに包まれました。緒方貞子さんは、その類(たぐ)い希(まれ)なるキャリアの中で国連難民高等弁務官や国際協力機構(JICA)理事長などの要職を歴任し、難民問題や貧困、紛争の解決といった世界の課題に立ち向かう第一線において、卓越したリーダーシップを発揮されました。 1991年、日本人として初めて国連難民高等弁務官に就任した緒方さんは、10年にわたる在任期間中にUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の転換点となる歴史的な決断を数多く行いました。就任から2か月余りの頃、40万人のイラクのクルド人が避難を余儀なくされながらも国境を越えられずにイラク国内で立ち往生する事態が発生した際は、UNHCRのマンデート(権限)を拡大し、国境を越えた難民のみならず、国内避難民をも保護支援の対象とする英断を行いました。 ブルンジの児童養護施設を訪問する緒方国連難民高等弁務官(写真提供:UNHCR/Paul Stromberg) 常に現場を忘れず、人道と開発の連携を通じて自立に向けた支援を推進するその行動力と決断力ゆえに、緒方さんは尊敬の念をもって「小さな巨人」と呼ばれることもありました。ルワンダのUNHCRが運営するギヘンベ難民キャンプには、サダコオガタという名前の女の子がいます。戦禍を逃れてきた難民の母親が緒方さんにちなんで名付けました。緒方さんはこうして今も人々の中に生きています。 2001年からは、アフガニスタン支援日本政府特別代表として東京で開催されたアフガニスタン復興支援国際会議で共同議長を務めるなど、日本が国際社会でアフガニスタン支援を主導する中で、重責を担われました。また、自らも同国を何度も訪問し、人道支援から復旧・復興まで継ぎ目のない支援を目指す緒方イニシアチブと呼ばれる日本の支援策を打ち出すなど、アフガニスタンの新しい国造りに尽力されました。緒方さんの逝去に際しては、世界中の要人から心からの敬意と深い感謝が表明される中、カルザイ前大統領、ガーニ現大統領を始め、多数のアフガニスタン政府要人からも弔意が示されました。 その後、2003年にはJICA理事長に就任され、持ち前のリーダーシップを発揮し、世界最大級の二国間援助機関である現在のJICAの礎を築きました。ここでも現場主義を掲げ、在任中に国内外100回近い出張をこなし、人間の安全保障の実践を主導しました。個人の保護と能力強化により、恐怖と欠乏からの自由、そして、一人ひとりが幸福と尊厳を持って生存する権利を追求するという、これまでになかった人間の安全保障の考え方は、国連を中心として世界中に深い感銘を与えました。また、緒方さんは、平和構築・復興支援にも力を入れ、アフガニスタン、イラク、南スーダンなどにおいて、従来の開発事業では対象となり難かった紛争直後の人々に対しても支援ができるよう尽力されました。さらに、アフリカ支援の強化にも注力し、8年半の在任期間中に、技術協力及び無償資金協力における対アフリカ支援の割合は約3倍に増大しました。 シリア・アレッポのパレスチナ難民キャンプにある学校を訪問する緒方JICA理事長(写真提供:JICA) 長年にわたり世界の平和や安定、発展に多大な貢献をされる中で、緒方さんが強いリーダーシップと決断力を持って、困難に直面している人々の声に耳を傾ける姿勢は、多くの人の心を打ちました。緒方さんが築いてこられた「人間の安全保障」や「現場主義」といった考え方は、現在も開発援助や人道支援の重要な理念として、日本はもちろん、広く国際社会で受け継がれています。 戦後最大の人道危機への対応 現在、第二次世界大戦後最大規模となる約7,000万人の難民・国内避難民が世界で発生しており、紛争や自然災害などに起因する人道危機は複雑化・長期化しています。日本は国際機関と共に増加する人道支援ニーズに対して、革新的な技術開発や大学・企業など民間セクターとの連携を通じて、効率的で持続可能な支援を行っています。 ICRCの革新的な取組 ~地雷・不発弾処理のための技術開発~ 赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表 レジス・サビオ 地雷や不発弾などの爆発性残存物は、一般市民の犠牲を生み、日常生活に必要不可欠なサービスや生計手段を破壊し、インフラの修繕や人道支援活動を妨害することから、紛争後数十年にわたり深刻な人道的影響を及ぼすことがあります。ICRCの兵器被害対策ユニットは、犠牲者への支援提供、ICRC職員の安全確保、支援・保護活動の継続などを目標に掲げ、爆発性残存物により生じる危機を回避・削減するために戦略を立て活動を行っています。 2018年11月、ICRCは早稲田大学と覚書を締結し、人道支援における革新的技術の開発を含む共同事業を立ち上げました。2019年8月には、TICAD7において、ICRC・早稲田大学主催でパートナーシップ事業である公開セミナー「世界をよくするビジネス~アフリカにおける人道支援の課題と民間セクターへの期待」を実施し、人道支援の現場で一番ニーズの高い事業や直面している課題などについて議論しました。また、現在、地雷や不発弾の探知・除去の分野において、ICRC兵器被害対策ユニットと早稲田大学の専門家が、ドローンを駆使した空中からの熱画像検出システム活用の研究に取り組んでいます。今日まで同分野において革新的な解決策が発見されていないことから、ICRCは、新しく開発される技術を、爆発性残存物の探知・処理に関する活動のみならず、より幅広い事業へ適用する可能性について検証しています。 地雷・不発弾などの熱画像取得及び解析を行う実証実験用のドローン 近年、様々な分野で人道支援に特化した民間セクターとの連携が進められていますが、ICRC駐日代表部も、日本国内において民間企業や学術機関との連携に注力しており、今後は民間企業が上述の事業に参画することを期待しています。 民間企業との連携による若者の就業支援で持続的な支援を 国際移住機関(IOM)駐日代表 佐藤美央 近年の人道支援の現場では、様々な経験や知識、技術を持った多様な活動パートナーが、それぞれの使命をもって活動しています。IOMも、信頼できるパートナーと組んで、個々の現場の状況や人々が最も必要としている内容に合った支援をより効果的に届ける努力を続けています。IOMは、シエラレオネにおいて、日本政府と共に、2002年の内戦終結以降も続く高い失業率のため他国への非正規移住を選択する同国の若者に対して、自国で仕事を得られるよう様々な支援をしています。その支援の一貫として、例えば、シエラレオネ特産の果物加工工場を経営する日系企業と協力して、現地の労働市場のニーズに沿った職業訓練を行う準備を進めています。IOMは、企業が持つ現地の雇用環境の知識と、IOMがこれまでの支援を通じて蓄積した知見や把握した若者のニーズを適切なタイミングで組み合わせることによって、職業訓練が着実に将来の就労の可能性に結びつくよう継続的に支援しています。若者とその家族がより安定した生活環境を得ることで、彼らの住むコミュニティにも好循環が生まれると期待しています。若者を含めて誰も取り残さない社会へとつながる支援を、現地の民間企業と協力して行うことで、持続可能な開発目標(SDGs)にも貢献できると考えています。 日本の援助による起業研修を受講した若者の修了式の様子(シエラレオネ) (4)適正かつ効果的なODA実施のための取組 ア 適正なODA実施のための取組 ODAの実施では、各段階で外部の意見を聴取し、その意見を踏まえた形で案件を形成することにより、透明性及び質の向上に努めている。ODA実施の事前調査の段階では、開発協力適正会議を公開の形で開催し、関係分野に知見を有する独立した委員と意見交換を行い事業の妥当性を確認している。さらに、案件の実施後には、JICAは2億円以上の全ての案件について、事業の透明性を高める観点から、事後評価の結果を「ODA見える化サイト」で公表しており(2019年末時点で4547件掲載)、10億円以上の案件については第三者による事後評価を行っている。また、外務省は国別評価や課題・スキーム別評価といった政策・プログラムレベルの第三者評価を実施すると共に、同省が実施する無償資金協力についても、2億円以上の案件については内部評価を、10億円以上の案件については第三者評価を実施している。これらの事後評価結果から得られた教訓を次のODAの政策立案や事業実施にいかすように努め、また、国民への説明責任を果たす観点からも、その結果を外務省ホームページ上で公表している。 イ 効果的なODA実施のための取組 ODAは、相手国のニーズや案件の規模に応じて、無償資金協力、有償資金協力及び技術協力という三つの枠組みにより実施されているが、限られた予算を効率的に活用し、高い開発効果を実現するため、外務省及びJICAは相手国のニーズを踏まえて、国ごとに開発協力方針を策定し、各枠組みの垣根を超えて案件を形成している。例えばセネガルでは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成に向けた国家戦略を策定し、医療保障整備(コミュニティ健康保険及び医療無償化政策)の推進を始めているが、技術面や財政面における様々な課題に直面している。そのため日本は、技術協力を通じてUHCに関する政策立案や行政能力強化を支援するとともに、UHC達成を目的とした政策借款を供与し、関連する政策の達成を財政面からも支援している。さらに、無償資金協力により医療機材の整備を実施するなど、セネガル政府によるUHC達成に向けた取組を包括的に支援している。 ウ ODAの国際的議論に関する取組 日本はODAに関する国際的な議論に積極的に貢献している。OECD/DACでは有償資金協力のODA計上ルールの変更、民間資金の動員を促進するための取組などのODAの現代化に向けた取組が進められている。日本としてもODAが現状に合った形となるよう、またドナーの努力が的確に反映されるよう取り組んでいる。また、人道・開発・平和の連携や、開発及び人道支援における性的搾取・虐待・ハラスメントの撲滅に関する議論にも積極的に貢献した。 2019年から2020年にはDACメンバーが互いの開発協力政策、体制、予算などを審査し合う開発協力相互レビューの対日レビューが6年ぶりに実施されており、日本の開発協力の長所を共有し、また、より良い開発協力の在り方を検討すべく、対応を行っている。 エ ODAへの理解促進のための取組 開発協力の実施に当たっては国民の理解と支持が不可欠であり、このため効果的な情報の発信を通じて国民の理解促進に努めている。東京のお台場で開催した日本最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2019」(9月)や、大阪市で開催された「ワン・ワールド・フェスティバル」(2月)など、国民参加型イベントを通じた広報のほか、人気アニメ「秘密結社 鷹の爪」を起用したショートアニメ「鷹の爪団の 行け!ODAマン」やシミュレーションゲーム「あなたもODAマン!」を制作し、世界各地で行われている日本の開発協力を分かりやすく紹介するよう努めている。このショートアニメは外務省Youtubeアカウントで公開しているほか、JRや東京メトロのトレインチャンネルで放映し、幅広い層の人々に届くことを目指している。また、教育機関などに外務省員を派遣し、出張講義を行うODA出前講座についても積極的に行っており、開発協力への理解促進を図っている。 グローバルフェスタJAPAN2019(9月、東京) ODA広報ショートアニメ「鷹の爪団の 行け!ODAマン」 “ODAで世界を救う” ODA広報シミュレーションゲーム「あなたもODAマン!」 さらに、開発協力大綱では海外広報にも積極的に取り組むとしたことを踏まえ、現地の報道機関による日本の開発協力の現場視察を企画し、現地の報道でも日本の協力が取り上げられる機会を作るよう努めるとともに、英語や現地語による広報資料の作成も行ってきている。 1 ODA:Official Development Assistance 日本の国際協力については、『開発協力白書 日本の国際協力』参照 2 開発途上国の未来と発展を支えるリーダーとなる人材を日本に招き、欧米とは異なる日本の近代の開発経験と、戦後の援助実施国としての知見の両面を日本の大学院で学ぶ機会を提供するプログラム 3 日本のODAの主な形態としては、二国間の資金贈与である無償資金協力、開発途上地域の開発のための貸付けである有償資金協力、技術協力、国際機関への拠出・出資など等があるが、このうち一番大きな額を占めるのが有償資金協力である。有償資金協力による貸付けは、通常、金利分と共に返済が行われている。 4 「贈与相当額計上方式」(Grant Equivalent System:GE方式)は、有償資金協力について、贈与に相当する額をODA実績に計上するもの。贈与相当額は、支出額、利率、償還期間など等の供与条件を定式に当てはめて算出され、供与条件が緩やかであるほど額が大きくなる。従来のOECD/DACの標準であった純額方式(供与額を全額計上する一方、返済額はマイナス計上)に比べ、日本我が国の有償資金協力がより正確に評価される計上方式といえる。 5 当該年において日本がODAとして拠出した金額の総額(過去の貸付に対して当該年に被援助国が日本に返済した額を差し引いていないもの) 6 首都ダッカと南部チッタゴン地域を結ぶ地帯を中心に、経済インフラ開発、投資環境改善、連結性の向上に向けて日本とバングラデシュが協力することを目指す構想