第2章 地球儀を俯瞰する外交 2 中東地域情勢 (1)イラン 日本の約4.4倍の国土を有し、人口約8,200万人を抱えるイランは、豊富な天然資源に恵まれたイスラム教シーア派の地域大国である。2019年は、イランの核問題を含め、中東地域において緊張が高まる一年となった。 イランの核問題をめぐっては、2018年5月にイラン核合意(包括的共同作業計画(JCPOA))から離脱した米国は、2019年5月に、それまで日本を含む八つの国・地域にのみ例外的に認めていた石油輸入に関する制裁の適用除外措置を延長せず、事実上のイラン産原油の禁輸措置を開始した。同月、イランのローハニ大統領は、核合意で得られるはずの石油・金融分野での利益が得られていないとして、核合意への残留を明言しつつも、状況が改善しない場合は核合意上の義務の履行を一部停止することを明らかにした。その後、イランは、7月以降、5段階にわたり、核合意により定められている低濃縮ウラン貯蔵量の上限(300kg)やウラン濃縮レベルの上限(3.67%)を超過するなど、核合意上の義務を段階的に停止する措置をとっている。 また、地域の緊張が高まる事案も複数発生した。6月には、日本関係船舶を含む2隻の船舶が攻撃を受ける事案が発生したほか、イランにより米国の無人機が撃墜される事案も発生した。9月にはサウジアラビアの石油施設への攻撃事案が発生し、米国はイランによる攻撃であるとして非難し、英国、フランス、ドイツもイランに責任があるとする声明を発出したが、イランは否定した。 こうした中、日本は、米国と同盟関係にあり、同時にイランと長年良好な関係を維持してきた立場をいかし、中東の緊張緩和と情勢の安定化に向けて、粘り強い外交努力を継続している。 安倍総理大臣は、6月に、日本の総理大臣として41年ぶりにイランを訪問し、ハメネイ最高指導者及びローハニ大統領と会談を行った。ローハニ大統領は、米国との戦争を望んでいない、核兵器保有を追求しないと述べ、ハメネイ最高指導者は、イランは核兵器の製造・保有・使用を禁じており、核兵器には反対すると述べるなど、緊張緩和に向けて前向きな発言があった。 8月には、ザリーフ外相が訪日し、安倍総理大臣へ表敬を行うとともに、日・イラン外相会談を行った。日本からイランに対しては、緊張緩和を働きかけるとともに、核合意を損なう更なる措置を控えるよう改めて求めた。 9月の国連総会の際には、イラン及び米国とそれぞれ、首脳会談及び外相会談を行った。その中で、安倍総理大臣からローハニ大統領に対し、中東情勢の深刻化への強い懸念を示すとともに、イランには地域の平和と安定に向けて建設的な役割を果たしてほしいと述べた。また、核合意の履行停止について懸念を伝えるとともに、船舶の安全な航行確保に向け沿岸国としての責任を全うするよう要請した。日米首脳、外相間では、中東における緊張緩和と情勢の安定化に向け、引き続き協力していくことで一致した。 11月の即位礼正殿の儀の際には、ジョネイディ・イラン法律担当副大統領が訪日し、安倍総理大臣が表敬を受けた。 12月には、6月の安倍総理大臣によるイラン訪問の答礼として、ローハニ大統領がイラン大統領として19年ぶりに訪日し、安倍総理大臣との間で首脳会談が行われた。安倍総理大臣から地域の平和と安定に向けてイランが建設的な役割を果たすよう求めたのに対し、ローハニ大統領から、イランとしても地域の平和と安定を望んでいると述べるとともに、引き続き日本と緊密に連携していきたいとの発言があった。また、安倍総理大臣から、情報収集態勢を強化するための自衛隊のアセットの活用に関する具体的な検討を進めていることについて説明したのに対し、ローハニ大統領から、イランは、地域の緊張緩和に向けた日本の外交努力を評価する、自らのイニシアティブにより航行の安全確保に貢献する日本の意図を理解しており、さらに日本が透明性をもって本件を説明していることを評価するとの発言があった。 安倍総理大臣とハメネイ最高指導者との会談 (6月13日、イラン・テヘラン 写真提供:内閣広報室) 2020年1月には、米国によるソレイマニ・イラン革命ガード・コッヅ部隊司令官などの殺害や、イランによるイラク米軍駐留基地への攻撃などが発生し、引き続き中東地域においては高い緊張状態が継続している。 なお、2019年は、日・イラン外交関係樹立90周年であり、8月に山田賢司外務大臣政務官がイランを訪問し、日・イラン外交関係樹立90周年記念式典に出席したのを始め、様々な関連イベントが開催された(120ページ コラム参照)。 日・イラン外交関係樹立90周年 2019年、日本とイランは外交関係樹立90周年を迎えました。日本とイランの間では、千年以上前から、シルクロードを通じた交流が行われ、例えば、奈良県の法隆寺の正倉院には、シルクロードから伝来したと推測されるペルシャ製の工芸品が納められていますが、公式な外交関係は、1929年に日本政府と現在のイランに当たるペルシャとの間で結ばれました。 2019年は、6月の安倍総理大臣によるイラン訪問や12月のローハニ大統領による訪日を始め、活発な要人往来が行われました。また、両国で様々な周年事業が行われ、伝統的な友好関係を再認識する一年となりました。 1月には、在イラン日本国大使館でレセプションを開催し、図書寄贈式、和太鼓のコンサートなどにより、90周年の幕開けを盛大に祝いました。 日・イラン外交関係樹立90周年 ロゴマーク 5月には、東海イラン友好協会の主催により、イランで途絶え、日本で復興した陶器「ラスター彩」の技術をイランに里帰りさせるべく、岐阜県でイラン陶芸家2人を招いた研修が行われました。同研修の成果として制作された作品は、テヘランのレザー・アッバースィ博物館において常設されることになり、10月にはこれら作品の寄贈式が開催されました。 レザー・アッバースィ博物館に寄贈されたラスター彩陶壁3作品 8月には、約90年前に日本の笠間初代駐イラン特命全権公使が信任状を奉呈した地であるゴレスタン宮殿において、両国の友好関係をテーマとしたプロジェクション・マッピングを行う記念行事が開催され、日本側からは山田賢司外務大臣政務官、イラン側からはターレビアン文化遺産・手工芸・観光庁副長官が出席しました。また、その行事に合わせて、テヘラン市内の大学及びシーラーズ大学で建築や美術などを専攻する大学生を対象に、日本人専門家によるプロジェクション・マッピングの技術及び表現力などについての講演及びワークショップが開催されました。 ゴレスタン宮殿でのプロジェクション・マッピング このほか、民間団体・個人からの申請に基づく記念事業も盛んに行われました。豊かな歴史と文化を有する日本とイランならではの90周年記念行事を通じて、官民一体となって周年を祝うとともに、両国の90年の歩みを振り返ることができました。 (2)湾岸諸国及びイエメン 湾岸諸国1は、日本にとってエネルギー安全保障などの観点から重要なパートナーである。近年、石油依存からの脱却や産業多角化、人材育成などを重要課題として経済、社会の改革に取り組んでおり、日本としても、こうした改革は中東地域の長期的な安定と繁栄に資するとの観点の下、その実現に向けて協力、支援を行ってきている。こうした取組としては、サウジアラビアの脱石油依存と産業多角化のための「サウジ・ビジョン2030」を踏まえ、日本とサウジアラビアが二国間協力の羅針盤として策定した「日・サウジ・ビジョン2030」や、日本とアラブ首長国連邦の間の「包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ」に基づく協力などが挙げられる。このうち、「日・サウジ・ビジョン2030」については、6月と10月に閣僚会議が開催され、協力の進展を確認するとともに、今後の協力の方針について意見交換が行われた(122ページ コラム参照)。 2019年は、1月にタミーム・カタール首長が訪日(公式実務賓客)したほか、6月のG20大阪サミットの際、ムハンマド・サウジアラビア皇太子、10月の即位礼正殿の儀に、タミーム・カタール首長、サルマン・バーレーン皇太子ほかが来日するなど、ハイレベルの要人が数多く訪日した。 日本からは、4月に河野外務大臣がサウジアラビアを訪問した。また、2020年1月には、中東地域における緊張が高まる中、安倍総理大臣がサウジアラビア、アラブ首長国連邦及びオマーンを訪問し、各国との間で、事態の悪化を防ぐため全ての関係者が自制的に対応し、あらゆる外交努力を尽くすべきとの認識で一致した。また、安倍総理大臣から、各国首脳に、日本関係船舶の安全航行の確保を目的とした自衛隊による情報収集について説明を行い、各国の理解と支持を得た。さらに二国間関係強化についても確認された。 イエメンでは、2018年12月にイエメン政府及びホーシー派との間で合意されたストックホルム合意2にもかかわらず、引き続きイエメン政府及びアラブ連合軍と、ホーシー派との間の衝突が継続している。しかしながら、11月に連合軍側とホーシー派との間で捕虜の一部解放が実現し、またホーシー派によるサウジアラビア領内への越境攻撃の減少が指摘されるなどの前向きな動きも見られる。なお、8月には、イエメン政府と、南部移行評議会(STC、イエメン南部の分離・独立を主張)との間で一時的に衝突が発生し、11月にサウジアラビアなどの仲介により、イエメン政府とSTCによる新政府樹立などを含む「リヤド合意」が署名された。イエメンにおいては長期化する衝突の影響により厳しい人道状況が継続しており、日本は2015年1月から2019年12月までの間、国連機関などとの連携を通じてイエメンに対して合計約2億5,000万米ドル以上の支援を実施してきており、引き続きイエメンの安定に向けた支援を継続していく。 日・サウジアラビア外相会談(11月22日、愛知・名古屋) 安倍総理大臣とムハンマド・サウジアラビア皇太子との会談 (1月12日、サウジアラビア・ウラー 写真提供:内閣広報室) 安倍総理大臣とムハンマド・アブダビ皇太子との会談 (1月13日、アラブ首長国連邦・アブダビ 写真提供:内閣広報室) 安倍総理大臣によるハイサム・オマーン国王への弔問及び懇談 (1月14日、オマーン・マスカット 写真提供:内閣広報室) 日・サウジ・ビジョン2030 日本とサウジアラビアは、1955年に外交関係を樹立して以降、一貫して良好な関係を発展させてきました。特に、石油を始めとする経済分野での協力は二国間関係の基礎であり、サウジアラビアは日本にとって最大の原油供給国であり続け、サウジアラビアにとってもまた、日本は最大の原油輸入国の一つであり続けてきました。サウジアラビアは世界最大級の石油埋蔵量、生産量及び輸出量を誇るエネルギー大国である一方、輸出総額の約9割、財政収入の約8割を石油に依存しており、石油依存からの脱却が最重要課題となっています。脱石油と産業多角化を目指して大きな変革の時代を迎えているサウジアラビアと日本の二国間関係は、エネルギーにとどまらず、政治・社会・文化分野も含む広範囲に及ぶ関係に深化を遂げています。その両国関係の目覚ましい進展を示すものが、「日・サウジ・ビジョン2030」です。 「日・サウジ・ビジョン2030」共同グループ立ち上げに合意したムハンマド副皇太子と安倍総理大臣(2016年9月1日、東京 写真提供:内閣広報室) 「日・サウジ・ビジョン2030」は、2016年4月にサウジアラビアが、脱石油・産業多角化による包括的な発展のための「サウジ・ビジョン2030」を発表したことを踏まえ、同国の戦略的なパートナーである日本としてもこの実現に協力するため、2017年3月のサルマン国王訪日の機会を捉え発表されたものです。サウジアラビアの目指す新しい国家戦略「サウジ・ビジョン2030」とGDP600兆円の達成に向けた「日本の成長戦略」との相乗作用を重視し、日本とサウジアラビア双方にとってウィン・ウィンとなるプロジェクトを、官民一体となって実施していくことが謳(うた)われています。両国は協力の柱として、多様性・革新性・ソフトバリュー(社会・文化的価値観)の3点を掲げ、現在は両国の65の省庁・機関を巻き込み、9つの分野(競争力ある産業、エネルギー・環境、エンターテイメント、医療・ヘルスケア、農業・食品、質の高いインフラ、中小企業・人材育成、文化・スポーツ・教育、投資・金融)にまたがる総合的な協力を進めています。 2019年10月には、基本的な方向性や具体的なプロジェクトに関する進捗を確認するための第4回「日・サウジ・ビジョン2030」閣僚会合が、トワイジリ経済企画相やカサビー商業投資相らを迎え東京で開催されました。両国が署名した「日・サウジ・ビジョン2030 2.0改訂版」では、6月に開催した第3回閣僚会合以降の進展を踏まえつつ、(1)サウジアラビアの経済改革への揺るぎない支援、(2)エンターテイメントや観光などの社会変革を捉えた協力の充実や加速化、(3)協力プロジェクトの具体化・実現の加速化が新たな方向性として確認されました。 第4回閣僚級会合 (2019年10月23日、東京) 長年にわたって築き上げられてきた日本とサウジアラビアの関係は、「日・サウジ・ビジョン2030」という新たな羅針盤の下、両国の発展と繁栄のため日々力強く前進しています。 (3)イラク イラクでは、アブドルマハディー首相を首班とする政府の発足後1年となる10月以降、雇用・貧困対策、公共サービス向上などに加え、政治制度の抜本的な改革を要求する大規模なデモがバグダッド及びイラク中部・南部で断続的に発生した。アブドルマハディー首相は、国民生活への支援や各種改革の実施を約束したが、継続するデモを受けて12月に辞任を表明した。 治安面では、米国・イラン対立を背景として、イラクの軍事基地、イラク国内の米国権益などを標的とする複数のロケット弾による攻撃事案や、人民動員部隊(PMU)基地に対するドローン攻撃事案も発生した。イラク軍・治安機関はイラク北部・北西部で「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」残党の掃討作戦を継続しているが、ISILによる散発的なテロ活動がバグダッドを含むイラク各地で依然発生しており、その脅威が根絶されたわけではない。 クルディスタン地域では2018年9月の地域議会選挙以降、地域政府組閣に向けた調整が進められてきたが、2019年6月にネチルヴァン・バルザーニー・クルディスタン地域大統領が就任、7月にはマスルール・バルザーニー・クルディスタン地域政府首相を首班とする地域政府が組閣された。 日本は、水・電力分野などにおける円借款事業を通じてイラクの復興に貢献している。6月にはイラク最大規模の製油所改良のための円借款に関する交換公文の署名が行われた。9月には、円借款事業を通じて改修が進んでいたバグダッド近郊に位置する火力発電所の改修工事が完工した。さらに、日本は、ISILの侵攻により発生した難民・国内避難民の早期帰還・定着を目的とし、イラクの安定化を図る取組として、引き続き、6,300万米ドル規模の支援を国際機関経由で実施した。9月には、国連総会の際、安倍総理大臣がイラク出身のナディア・ムラド女史(2018年ノーベル平和賞受賞者)による表敬を受け、同女史から日本の対イラク支援への感謝の言葉が伝えられた。 日・イラク関係は11月に外交関係樹立80周年を迎え、学術・知的交流を中心として両国間の交流が進んだ。2月には、イラクから国会議員など6人が訪日し、日本の知見を復興や国民融和に役立てることを目的とした「知見共有セミナー」に出席した。 (4)シリア ア 情勢 2011年に始まったシリア危機は、戦闘行為が継続して情勢の安定化の見通しが見えない中、約57万人とも言われる死者、560万人以上の難民、約590万人の国内避難民を発生させており、今世紀最悪の人道危機と言われる状況が継続している。 2013年以降にシリアやイラクで勢力を伸張していたISILは、2019年3月に全ての支配領域を喪失し、10月にはイドリブ地域(シリア北西部)に潜伏していたバグダーディ指導者が殺害されるなど、その衰退が決定的となった。一方、テロ実行などの機会を待って潜伏するISILの休眠細胞は引き続き存在していると指摘され、国際社会はその動向を引き続き注視している。 イドリブ地域では、2018年9月に非武装地帯の設立などを柱とする緊張緩和策にロシア及びトルコが合意(通称:ソチ合意)していたが、同合意の履行が進展しない中、2019年4月、ロシアの支援を受けたシリア政府軍と反体制派との間で戦闘が激化して、50万人以上の国内避難民が発生するなど人道状況が悪化した。こうした中、反体制派も諸派が連携して防戦を展開しており、事態の長期化が予想される。 シリア北東部地域に展開するクルド勢力(PKK/YPG)を安全保障上の懸念とするトルコは、シリア・トルコ国境地域から同勢力やISILなどのテロ組織を排除し、トルコ国内のシリア人難民の帰還先を確保するための「安全地帯」をシリア北東部に設置すべく、10月9日に「平和の泉」作戦を開始した。同作戦開始後、推計22万人以上の国内避難民が新たに発生するなど人道状況が悪化した。トルコは、米国やロシアなどとも協議を行い、クルド勢力(PKK/YPG)の一部撤退や国境地帯でのロシアなどとの合同パトロールの実施など当初の作戦目標の成果を一定程度確保したものと見られる。一方、シリア難民の「安全地帯」への帰還の在り方、シリア政府軍の北東部地域への進駐やシリア政府とクルド勢力(PKK/YPG)との接近などの新たな展開が見られ、先行きは依然不透明である。こうした中、米国は米軍のシリア北東部からの撤退を表明したものの、テロ対策などを理由に、北東部などの油田地帯には兵力を維持している。 イスラエルは、シリア国内におけるイランやヒズボラ(対イスラエル抵抗運動を行うイスラム教シーア派組織)の影響力が拡大していることを懸念し、シリア国内への攻撃を行った。こうしたイスラエルの懸念も踏まえて、3月25日、トランプ米国大統領はゴラン高原をイスラエルの一部であると認める米国大統領布告に署名した。これに対して、国際社会は、国連安保理決議第497号などに言及しつつ、イスラエルによるゴラン高原併合は認められないとの立場を改めて示した。 イ 政治プロセス 政治プロセスについては、2018年以降、シリア人対話が中断していた状態が続いていたが、2019年9月にグテーレス国連事務総長は、シリア政府と反体制派が憲法改正を議論する憲法委員会の設立に合意したと発表し、10月にジュネーブにて同委員会の開会式及び第1回会合が開催された。国際社会はこの設立を歓迎しているが、設立までには人選や運営・議事規則などをめぐって交渉が難航していたこともあり、今後の活動も容易にはいかないとの見方が多い。国際社会は、シリア危機の政治的解決を求める国連安保理決議第2254号に沿った政治プロセスの進展を引き続き求めている。 ウ 日本の取組 日本は、一貫してシリア危機の軍事的解決はあり得ず、政治的解決が不可欠であるとの立場をとっている。同時に、人道状況の改善に向けて継続的な支援を行うことも重要であると考えている。そのため日本は、シリア情勢が悪化した2012年以降、2019年末までに計27億米ドル以上のシリア及び周辺国に対する人道支援を実施してきた。 9月には、戦闘により被害を受けた東アレッポ地域の小児科病院の修復及び地域保健医療サービスの早期復旧などを行うべく、約1,200万米ドルの新規支援を行うことを決定したほか、12月には人道状況が悪化したシリア北東部における緊急人道支援として1,400万米ドルの追加支援を決定した。 引き続き、日本の強みである人道支援を中心に、国際社会と緊密に連携しながら、シリア情勢の改善及び安定のために取り組んで行く考えである。 (5)ヨルダン・レバノン ヨルダンは、混乱が続く中東地域において比較的安定を維持している。アブドッラー2世国王のリーダーシップの下で行われている過激主義対策、多数のシリア難民の受入れ、中東和平への積極的な関与など、ヨルダンが地域の平和と安定のために果たしている役割は、国際的にも高く評価されている。 日本との関係では、国際会議出席の際、6月にはストックホルム(スウェーデン)で外相会談を、9月にはニューヨーク(米国)で首脳会談を実施したほか、12月に鈴木馨祐外務副大臣がヨルダンを訪問した。ヨルダンからは10月に即位礼正殿の儀参列のためフセイン皇太子が訪日し、安倍総理大臣と会談を行うなど、首脳・閣僚級の対話が活発に行われており、両国の戦略的パートナーシップが一層強化されている。両国は、外交、安全保障や経済など、幅広い分野における二国間関係の更なる発展と中東地域の安定に向けた協力の進展に向け連携していくことで一致している。 日・ヨルダン首脳会談 (9月23日、米国・ニューヨーク 写真提供:内閣広報室) 日本は地域安定の要であるヨルダンを重視し、2019年には第1回の外務・防衛当局間協議を開催し、展示用61式戦車のヨルダンへの無償貸付を決定するなど、安全保障面での協力も進展している。また、経済面では、2018年11月のアブドッラー2世国王訪日時に署名した開発政策借款3億米ドルのうち1億米ドルを2019年5月に拠出した。 レバノンは、キリスト教やイスラム教を含む18の宗教・宗派が混在するモザイク国家である。2018年5月には9年ぶりとなる国民議会選挙が平和裡(り)に実施され、宗派間での調整が難航して時間を要したものの、2019年1月に第3次ハリーリ内閣が発足した。 しかし、10月、2020年政府予算での増税措置導入などへの反対を契機とする大規模な反政府デモがレバノン全土で発生した。同デモ参加者たちは、宗派主義的な現在の政治体制への抗議や汚職の根絶、早期選挙の実施、宗派主義に基づかない「テクノクラート内閣」の樹立などを要求している。これを受けて、ハリーリ首相は辞任を表明したものの、次期内閣の在り方などをめぐって宗派間の調整が進んでおらず、レバノン情勢の見通しは不透明となっている。こうした政府不在の状況は、レバノン経済にも大きく影を落としていると見られ、次期内閣の早期樹立が望まれる。この点について、2019年12月に鈴木外務副大臣がレバノンを訪問した際、政府関係者に対し、国民との対話を推進することの重要性を確認した。 また、日本はレバノンに対して、シリア難民及びホストコミュニティーへの人道支援などを行っており、2012年以降これまでに計2億1,000万米ドル以上の支援を行ってきている。 (6)トルコ トルコは、地政学上重要な地域大国であり、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として地域の安全保障において重要な役割を果たすとともに、欧米、ロシア、中東、アジア、アフリカへの多角的な外交を積極的に展開している。また、1890年のエルトゥールル号事件3に代表されるように、伝統的な親日国である。 2018年6月の大統領選挙後、議院内閣制から実権型大統領制へと移行し、行政権の全てが大統領に属する体制となった。2019年3月31日に行われた地方選挙では、与党である公正発展党(AKP)と民族主義者行動党(MHP)による共和同盟が、10大都市のうちイスタンブール、アンカラを含む6都市で敗北した。その後、AKPの訴えにより、イスタンブール市長再選挙が6月23日に実施されたが、イマムオール共和人民党(CHP、野党)候補が約54%の得票率で再び勝利する結果に終わった。 トルコによるシリアでの「平和の泉」作戦を受け、米国が制裁措置を発動するなど、米国・トルコ関係は一時期緊張が高まった。その後、トルコと米国・ロシアそれぞれの間で合意がなされ、軍事作戦が収束し、米国による制裁も解除されたが、ロシア製のミサイル防衛システム(S-400)の導入をめぐり、米国・トルコ間では引き続き協議が継続しており、両国関係の懸案となっている。また、シリアへの軍事作戦に加え、トルコが身柄拘束するISIL外国人戦闘員の出身国への送還などをめぐり、欧米諸国との間で緊張が続いている。一方、ロシア・トルコ関係では、シリア情勢のほか、ガスパイプライン建設や原子力発電所の建設など、エネルギー分野において緊密な関係が築かれている。また、情勢の不安定なリビアとの関係においては、トルコが、東地中海の天然ガス田の権益を視野に、リビア国民統一政府と東地中海における海域確定に係る覚書(MOU)を結び自国軍のリビアへの派兵を決定するなどの動きがみられる。 日本との関係では、G20大阪サミットへの出席のためエルドアン大統領が訪日し、7月に東京で首脳会談が実施された。また、10月の即位礼正殿の儀にはエルソイ文化観光相が参列したほか、11月にはG20愛知・名古屋外務大臣会合の際に日・トルコ外相会談が行われた。また、12月には木原稔総理補佐官がトルコを訪問し、チェヴィキ大統領首席補佐官を始め政府関係者と会談した。 日・トルコ外相会談(11月22日、名古屋) (7)中東和平 ア 中東和平をめぐる動き 2014年4月にイスラエル・パレスチナ間の交渉が頓挫して以降、中東和平プロセスは停滞したままの状況が継続している。イスラエルによる西岸地区への入植活動が継続する一方で、ガザ地区からのロケット弾による攻撃も散発的に発生しており、双方の不信感は根強く、対話の再開には至っていない。 またトランプ米国政権は、2017年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認めるとの立場を表明し、2018年5月に米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転するとともに、8月には国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への全面的な支援停止を決定した。2019年3月にゴラン高原におけるイスラエルの主権を承認し、11月にはポンペオ国務長官がイスラエルによる入植活動は国際法違反ではないと述べている。こうした米国の一連の政策に対して、パレスチナ側は反発を強めている。 2020年1月、米国は中東和平に関するビジョンを発表し、国際社会では様々な議論が行われている。イスラエル・パレスチナ間の対話の再開を含め、今後の動きが注目される。 イ 日本の取組 日本は、国際社会と連携しながら、イスラエル及びパレスチナが平和に共存する「二国家解決」の実現に向けて、関係者との政治対話、当事者間の信頼醸成、パレスチナ人への経済的支援の三本柱を通じて積極的に貢献している。日本独自の取組として、ジェリコ農産加工団地(JAIP)を旗艦事業とし、日本、パレスチナ、イスラエル、ヨルダンの地域協力により、パレスチナの経済的自立を促す中長期的取組である「平和と繁栄の回廊」構想を推進している。2019年末時点において、JAIPではパレスチナ民間企業15社が操業し、約200人の雇用を創出している。 また、パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合(CEAPAD)を通じて東アジア諸国のリソースや経済発展の知見を動員し、パレスチナの国造りを支援している。7月には第3回CEAPAD高級実務者会合をパレスチナで開催し、この機会にパレスチナ企業との商談会に加え、インドネシアとパレスチナの商工会議所間の協力に関する覚書の署名式が行われるなど、着実に成果を上げている。 (8)イスラエル イスラエルは、高度な先端技術開発やイノベーションに優れており、日本の経済にとって重要な存在であると同時に、中東地域の安定にとっても重要な国となっている。イスラエルは近年、外交の多角化の一環として日本を含むアジア諸国との関係を拡大しており、日本とイスラエルは経済面の協力関係を飛躍的に強化してきている。日本からの進出企業数と投資額、投資件数は増加傾向にあり、在イスラエル日本国大使館では日本イノベーションセンターを設置して、日本企業とイスラエル企業の関係構築を積極的に支援している。 イスラエルでは4月と9月に総選挙が行われたが、いずれも組閣合意が成立せず、2020年3月に改めて総選挙が行われた。このような内政的な不透明感はあるが、日・イスラエル間では、2018年5月の安倍総理大臣のイスラエル訪問も踏まえ、政治・経済を含む多面的な関係構築が進められている。2019年1月に世耕弘成経済産業大臣がイスラエルを訪問した際には日本企業約100社200人の関係者が同行した。9月には両国の防衛省と国防省の間で防衛装備・技術に関する秘密情報保護の覚書に署名したほか、9月と12月に成田・テルアビブ間で直行チャーター便が運行され、2020年には、エルアル航空による直行便就航も予定されている。そのほか、5月のマンデルブリット検事総長の来日、8月の衆議院外務委員会公式派遣団及び12月の鈴木外務副大臣のイスラエル訪問など、両国間の要人往来も引き続き盛んに行われた。 (9)パレスチナ パレスチナは、1993年のオスロ合意などに基づき、1995年からパレスチナ自治政府(PA)が西岸及びガザ地区で自治を開始し、2005年1月の大統領選挙でアッバース首相が大統領に就任した。しかし、その後、アッバース大統領率いるファタハと、ハマスとの間の関係悪化により、ハマスが武力でガザ地区を掌握した。2017年10月には、エジプトの仲介を経て、ファタハとハマスがガザにおけるPAへの権限移譲に向けて原則合意したが、合意の履行は進んでおらず、依然として西岸をファタハが、ガザ地区をハマスが実効支配する分裂状態が継続している。 2019年10月、安倍総理大臣は、即位礼正殿の儀参列のために訪日したアッバース大統領と会談を行ったほか、茂木外務大臣も同大統領と夕食会を行った。これらの機会に、中東和平問題について幅広く意見交換を行うとともに、日本が主導する「平和と繁栄の回廊」構想を含めた対パレスチナ支援などについて協議を行った。 12月に鈴木外務副大臣はパレスチナを訪問し、アッバース大統領、シュタイエ首相、マーリキー外務移民庁長官と会談を行ったほか、ジェリコ農産加工団地(JAIP)の視察を行い、オサイリー国民経済庁長官からJAIPの現状について説明を受けた。 鈴木外務副大臣によるジェリコ農産加工団地(JAIP)訪問 (12月21日、パレスチナ) ガザに希望を ~パレスチナ・ガザ地区の教員を日本に~ 「来年初め、ガザ地区から約10人、小中学校の先生を日本に招きます。これを第一陣として、毎年続けます。」 2018年9月、米国のニューヨークで行われた国連総会で、安倍総理大臣はこのように宣言しました。日本では馴染(なじ)みの薄い中東のパレスチナ。そのガザ地区で何が起きていて、日本は何を開始したのでしょうか。 国連総会でガザ教員招聘プログラムを表明する安倍総理大臣 (2018年9月、米国・ニューヨーク 写真提供:内閣広報室) パレスチナは、ヨルダン川西岸地区と、イスラエルを挟んでエジプトのシナイ半島に接するガザ地区の二つの地区から成り立ちます。1948年から続くイスラエルとパレスチナ間の紛争に加え、2007年から続くパレスチナ勢力間の争いの影響を受け、ガザ地区は10年以上も閉鎖的な環境が続き、その人道・経済状況は悪化を続けています。失業率が40%を超える不安定な状況に、ガザの人々、特に若者の閉塞感は限界に達しつつあります。 日本を含む国際社会は、食料支援などを通じて「いまそこにある危機」に対処しなければなりません。しかし同時に、中長期的な視点で、パレスチナの未来を担う若者が、将来への希望と、人としての尊厳を失わないように、健全な教育環境を醸成することも喫緊の課題です。 安倍総理大臣の演説から半年後、2019年3月2日、10名のガザの教員が成田空港に降り立ちました。約一週間の滞在中、文部科学省や厚生労働省で日本の教育制度や人材開発について説明を受け、東京都教職員研修センターなどを視察し、日本の教育現場に対する知識を深めました。そして広島では、平和教育に力を入れている幟町(のぼりちょう)小学校を訪問し、実際にどのように平和教育が実践されているかを体験するとともに、給食配膳を見学するなど、子供たちとの交流も深めました。 訪日した教員による外務大臣表敬の様子 (2019年3月、東京) 広島平和記念公園を視察する教員 (2019年3月、広島) 国連総会の演説で安倍総理大臣は、「20年たつと、訪日経験を持つ先生は200人になる。彼らに教えを受けた生徒の数は数千人に達するでしょう。」と述べました。今後もガザ教員招へいを継続していくことで、ガザの教員たちが滞在中に学んだ「日本」が、少しずつガザ地区に広まることが期待されます。それはきっと、ガザの子供たちにとって、まだ見ぬ外の世界への憧れとなり、将来への「希望」となるに違いありません。そしてその子供たちは、将来の日本とパレスチナとの強固な関係の土台となることでしょう。 外務省は、ガザ教員招へいなど、様々なプロジェクトを通じて引き続きパレスチナ支援に取り組んでいきます。 (10)アフガニスタン 中央アジア、南アジア、中東の間に位置する多民族国家であるアフガニスタンでは、反政府組織タリバーンやISIL系組織による活発な攻撃に対し、アフガニスタン政府軍が掃討作戦を行うなど、厳しい治安状況が続いており、タリバーンとの和平の実現が大きな焦点の一つとなっている。 こうした中、2019年にはアフガニスタン政府による国民大会議(ロヤ・ジルガ)の開催や、モスクワ(ロシア)及びドーハ(カタール)における「アフガニスタン人同士の対話」などの和平に向けた取組が見られた。また、2018年秋に開始した米国(ハリルザード特別代表)とタリバーン側による直接和平協議は、2019年9月にトランプ米国大統領の指示で一時停止したが、11月にアフガニスタンを初訪問した同大統領により協議再開が表明された。 9月28日には、同国において5年に1度の大統領選挙が実施された。現職のガーニ大統領やアブドッラー行政長官らが立候補した同選挙は、開票集計作業をめぐる混乱も見られたが、12月22日に、ガーニ大統領が50.6%の得票率で勝利したとする暫定結果が発表された。 日本は対アフガニスタンの主要ドナーの一つであり、2019年においても、保健・教育・農業・人造りを中心とした開発支援、アフガニスタン警察に対する支援など、同国の真の自立に向けた様々な支援を引き続き実施している。なお、山本忠通国連事務総長特別代表が代表を務める国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)は、和平プロセスや選挙を含む政治分野、ドナー間協調を含む人道・開発分野への支援において積極的役割を担っている。 5月には、7年ぶりに日・アフガニスタン外相会談がタジキスタンで開催された。また、10月の即位礼正殿の儀に際しては、ガーニ大統領が訪日し、同じく7年ぶりとなる日・アフガニスタン首脳会談が開催され、両国の二国間関係が一層拡大する年となった。一方で、アフガニスタン支援日本政府特別代表や国際協力機構(JICA)理事長などを歴任した緒方貞子氏、また長年にわたり医療分野や灌漑(かんがい)事業などにおいて尽力したペシャワール会現地代表の中村哲氏という、アフガニスタン支援にとって国際的にも多大な功績を残した2人の日本人が逝去する年にもなった。 日・アフガニスタン首脳会談 (10月23日、東京 写真提供:内閣広報室) (11)エジプト アフリカ大陸の北東に位置し、地中海を隔てて欧州に接するエジプトは、中東・北アフリカ地域の安定に重要な役割を有する地域大国である。 エジプト内政はおおむね安定しており、2018年6月にエルシーシ政権は第2期目に入り、2019年4月の憲法改正国民投票により、2030年までの同大統領留任が可能となった。経済面では、2016年秋の変動相場制への移行、燃料補助金削減や付加価値税導入などの改革により、GDP成長率や外貨準備高などのマクロ経済指標は大幅に改善した。また、海外直接投資の受入額は2016年から3年連続でアフリカ第1位を記録した。 日・エジプト関係は、2016年2月のエルシーシ大統領訪日以降、日本式教育の導入やエジプト人留学生及び研修生の受入拡大、エジプト・日本科学技術大学(E-JUST)への支援強化を含む「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」や、大エジプト博物館建設計画などの協力案件が着実に進んでいる。このほか、2019年4月からは、シナイ半島に駐留する多国籍部隊・監視団(MFO)への自衛官2人の派遣が行われている。 2019年はエジプトがアフリカ連合(AU)議長国を務め、対アフリカ外交を活発化させた。また日本がG20議長国を務めたこともあり、関係会議への出席のため多くのエジプト要人が訪日した。6月のG20大阪サミットには、エルシーシ大統領、シュクリ外相などの関係閣僚が訪日・出席し、8月の第7回アフリカ開発会議(TICAD7)にも、同大統領及び同外相などの関係閣僚が訪日・出席した。また、10月の即位礼正殿の儀にはエルアナーニー考古相が参列した。日本からは、2月に薗浦健太郎総理補佐官、3月に鈴木貴子防衛大臣政務官、8月に左藤章内閣府副大臣、9月に磯﨑仁彦(よしひこ)経済産業副大臣、12月に中谷真一外務大臣政務官がエジプトを訪問した。 日・エジプト首脳会談(6月27日、大阪 写真提供:内閣広報室) 二国間のビジネス関係では、3月に、日本のビジネスミッション(40社)のエジプト訪問が行われ、また、9月には日・アラブ経済フォーラムが開催されるなど、今後、二国間の投資・往来の拡大が期待されている。このほか、日本からエジプトへの観光客も近年増加傾向にある。 1 サウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーン、カタール、クウェート及びバーレーン 2 国連仲介の下、スウェーデンで開催された紛争当事者間協議で双方がホデイダ市での停戦、同市・港などからの撤退、被拘束者交換などに合意 3 エルトゥールル号事件の詳細については、https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/da/page22_001052.html参照