第2章 地球儀を俯瞰する外交 第2節 北米 1 米国 (1)米国情勢 ア 政治 2019年、3年目に入ったトランプ政権は、米国第一主義の旗の下、引き続き政権公約の着実な実現を目指した。その一方、2018年中間選挙を経て野党民主党が下院で多数を握る「ねじれ議会」となったことを受け、また、2020年大統領選挙に向けた動きが本格化する中で、前年にも増して党派間対立が激化する一年となった。中でも、国境の壁建設の予算をめぐる攻防及びその結果として前年12月から1月まで続いた連邦政府機関の一部閉鎖、3月にその内容が公表された「ロシア疑惑」に関するマッラー特別検察官の報告書、9月に開始され「ウクライナ疑惑」に対する議会の調査及びその後の大統領弾劾プロセスは、政策の着実な実施を困難にするとともに、政権運営に大きな影響を及ぼすこととなった。これらの対立は米国内外で多くの注目を集め、米国内では、単に議会での両党の対立にとどまらず、米国民の間の政治的分断を一層深めたとも指摘される。このような政治情勢の中、2020年11月の大統領選挙・議会選挙に向けた今後の動きが注目される。 トランプ大統領は、2019年2月の議会での一般教書演説や、6月の大統領選への出馬を正式表明する政治集会などの機会に、過去3年の政権運営の成果について積極的に発信した。特に、多数の雇用創出や低失業率などの経済指標を基に好調な経済を最大限強調しつつ、通商政策の見直し、不法移民問題への取組、米軍の強化などにより米国が偉大であり続けることへの決意を示した。また、2020年大統領選挙を見据え、民主党やメディアを厳しく批判した。これらについて、大統領支持層からは高い評価がなされた一方で、党派間対立は更に激化し、共和・民主両党共通の政策課題である移民・国境管理、インフラ投資、薬価引下げなどについて、超党派の協力を追求する流れは生じなかった。特に移民政策では、トランプ政権の公約の中核を成すメキシコ国境への壁建設の予算をめぐり議会で予算がまとまらず、連邦政府機関の一部閉鎖が過去最長の35日間に及び、国民生活にも影響を与えた。さらに、2月、大統領の要求する壁建設予算を議会が認めなかったことを受け、トランプ大統領は国境管理を強化しつつ既存の予算を壁建設に割り振るため国家非常事態を宣言した。その後も、同宣言の終了を求める議会に対する大統領拒否権の発動や、同宣言の合憲性をめぐる司法闘争など、本件をめぐる両党の立場の違いは埋まっていない。 2019年の米国内政で最も注目を集めたのは、トランプ大統領の疑惑をめぐる政権と議会民主党の政治的攻防であった。2016年米国大統領選挙にロシアが様々な手段で介入したとされるいわゆる「ロシア疑惑」をめぐっては、2017年5月に開始されたマッラー特別検察官による捜査が終了し、2019年3月、報告書の内容が明らかになった。同報告書は、ロシアによる介入を認定した上で、トランプ政権とロシアとの共謀を認定せず、また、トランプ大統領による司法妨害については最終的な判断を下さなかった。各党が同報告書はそれぞれの見解を裏付けるものだと主張し、報告書の発表後も政治的混乱が続いたが、報告書の発表により、多くの関係者が議会の証人喚問の対象となりトランプ選挙陣営の元幹部を含む30人以上が起訴されるに至った本件は、一応の収束を見た。 9月、トランプ大統領がゼレンスキー・ウクライナ大統領に対し、ウクライナに対する軍事援助や首脳会談の実施を交換条件に用い、民主党の主要大統領候補であるバイデン前副大統領の次男が役員を務めたエネルギー会社の不正疑惑及び2016年大統領選挙へのウクライナの介入に関する調査を要請したとされるいわゆる「ウクライナ疑惑」が浮上し、その後の内政は同疑惑への議会調査及び大統領弾劾プロセス一色となった。連邦下院委員会における公聴会を始めとする一連の調査プロセスを経て、12月、連邦下院は大統領による権力乱用と議会妨害の2条項から成る大統領弾劾訴追決議案を賛成多数により可決した。これにより、トランプ大統領は下院が弾劾訴追した史上3人目の大統領となり、上院での弾劾裁判に移行することが決まった。 内政面で多くの課題を抱える中、トランプ政権は、外交面でも引き続き過去の政権とは異なるアプローチで公約の実現を図った。北朝鮮とは、2月の第2回米朝首脳会談に加え、6月には板門店で金正恩(キムジョンウン)国務委員長と面会するなど、事態打開のための外交努力を継続した。また、イランを含む中東の諸問題に対しても、対話を促しつつも軍事行動を排除しないなど厳しい姿勢で臨むと同時に、「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」やテロとの戦いにおいて、ISILのバグダーディ司令官の殺害などの成果をアピールしつつ、海外の駐留米軍の早期撤兵の実現を図る姿勢が顕著であった。 政権3年目においても、トランプ政権幹部や閣僚の人事異動が頻繁に行われた。主要な人事としては、2018年12月のマティス国防長官の退任を受けた2019年7月のエスパー長官の就任、2月のバー司法長官の就任、4月のニールセン国土安全保障長官の退任、9月のボルトン国家安全保障担当大統領補佐官の退任を受けた同月のオブライエン補佐官の就任などが挙げられる。また、トランプ大統領は、上院共和党指導部と連携し、連邦裁判所判事に保守的な人材を積極的に指名し、これまでにないペースで上院の承認を得ている。連邦裁判事は終身職であり、長く影響力を持ち続けるため、共和党支持者の間ではこの点を高く評価する向きが多いと言われている。 トランプ政権は、国内政治の混乱や政治対立にもかかわらず、引き続き好調な米国経済を背景に、40%台前半という安定した支持率を維持した。ロシア疑惑やウクライナ疑惑をめぐる民主党との攻防や報道が過熱した際にも支持率は下がらず、特に共和党支持者からは90%程度の支持を得ていることが特筆される。 このような政治情勢の中、2020年大統領選での再選に向け、トランプ大統領は6月に正式に出馬表明を行い、それ以降、選挙戦で接戦が予想される多くの州で政治集会を行うとともに、共和党と連携して資金集めなどの活動を強化した。一方の民主党も、討論会を6回開催するなど、2020年2月のアイオワ党員集会での予備選プロセス開始、同年7月の民主党大会での候補者決定に向け、各候補者の指名争いが本格化した。 イ 経済 (ア)経済の現状 米国経済は、2019年も着実に景気回復を続けた。2019年の実質GDPは、前年比年2.3%増となった。また、失業率については、改善傾向が継続し、12月には3.5%となり、リーマン・ショック前の水準以下まで低下した。米国経済は今後も回復が続くと見込まれるが、今後の政策の動向及びその影響に留意する必要がある。 (イ)経済政策 2019年における米国の通商面での主な動きとして、米国通商拡大法第232条に基づく自動車などへの追加関税の動きについては、5月、トランプ大統領は商務省の調査を踏まえ、EU及び日本などとの交渉を追求することを決定し、追加関税賦課は回避された。その後、現在に至るまで、米国は自動車などへの追加関税措置を取っていない。 中国との関係では、米中双方の追加関税措置の応酬が継続、拡大した。同時に、第一段階の合意の達成に向けた協議も維持され、2019年末現在、12月中旬に米国が予定していた更なる追加関税措置は回避された。カナダ・メキシコとの関係では、2018年秋に署名された米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA1)の再協議が行われ、2019年12月に修正議定書が署名された。その一方、EUとの関係では、2018年7月に立ち上げられた米・EU間の貿易交渉は大きな進展を見せておらず、2019年10月には、長年の米・EU間の紛争案件でもあったエアバス社への補助金問題をめぐり、米国に年間最大約75億米ドルの対抗措置を認めた世界貿易機関(WTO)の仲裁判断を受け、米国はEU側に対して追加関税を賦課している。 金融政策については、2007年のサブプライムローン問題を契機に政策金利の誘導目標の引下げが順次実施され、政策金利の誘導目標の水準を0%~0.25%とするゼロ金利政策を2008年から7年間続けていた。その後、2015年12月の連邦公開市場委員会(FOMC)において同水準の引上げを決定し、ゼロ金利政策を解除した。以来8度にわたって同水準が2.25%~2.50%まで引き上げられたが、低インフレなどを理由として、2019年の7月、9月、10月のFOMCにて同水準が引き下げられ、2020年1月現在1.50%~1.75%となっている。今後の金融政策の決定に際しては、労働市場の状況に関する指標、インフレ圧力やインフレ期待に関する指標、金融や国際情勢などを考慮するとしている。 (2)日米政治関係 2019年、日米は首脳間で11回(うち電話会談6回)、外相間で14回(うち電話会談が11回)会談を行うなど、前年に引き続き、ハイレベルで頻繁な政策のすり合わせを行った。特に、4月の安倍総理大臣の訪米、5月のトランプ大統領の「令和」初の国賓訪日、6月のトランプ大統領のG20大阪サミット出席のための訪日と3か月連続の首脳間の往来が実現した。こうした首脳間、外相間の頻繁なやり取りを通じた深い信頼関係の下、日米同盟は史上かつてなく強固なものとなっており、両国は北朝鮮を始めとする地域及び国際社会の諸課題の解決や「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の維持・強化に向け、緊密に連携して対応している。 1月21日の日米外相電話会談では、ポンペオ国務長官から河野外務大臣に対し、金英哲(キムヨンチョル)朝鮮労働党副委員長との会談を含む米朝交渉の現状について詳細な説明があり、両外相は、第2回米朝首脳会談に関する対応を含む今後の北朝鮮問題に関する方針の綿密なすり合わせを行った。 2月28日と3月1日には安倍総理大臣とトランプ大統領、河野外務大臣とポンペオ国務長官がそれぞれ電話会談を行い、トランプ大統領及びポンペオ国務長官から2月27日及び28日に開催された第2回米朝首脳会談について詳細な説明を受けた。日米首脳会談では、安倍総理大臣から、朝鮮半島の非核化を実現するとの強い決意の下に、安易な譲歩を行うことなく、同時に、建設的な議論を継続し、北朝鮮の具体的な行動を促していくとのトランプ大統領の決断を全面的に支持する旨述べた。また、トランプ大統領から、27日の金正恩委員長との一対一の会談の場で拉致問題について提起したとの説明があった。 4月18日から21日まで、河野外務大臣はワシントンDCを訪問し、日米安全保障協議委員会(「2+2」)に参加するとともに、ポンペオ国務長官と会談した。会談では、両外相は、北朝鮮情勢に関し、第2回米朝首脳会談後の直近の情勢などを踏まえ、拉致、核・ミサイル問題の解決に向けた今後の方針を綿密にすり合わせ、安保理決議の完全な履行で一致するとともに、引き続き日米、日米韓で緊密に連携していくことを再確認した。また、両外相は、拉致問題の早期解決に向け、日米で引き続き協力していくことを確認した。 4月26日から27日、安倍総理大臣はワシントンDCを訪問し、トランプ大統領と日米首脳会談を行った。両首脳は、北朝鮮問題に関して方針の綿密なすり合わせを行い、朝鮮半島の完全な非核化に向け日米、日米韓3か国で引き続き緊密に連携していくことを確認した。また、両首脳は、拉致問題の早期解決に向けて引き続き緊密に連携していくことを確認し、トランプ大統領からは、今後も全面的に協力するという力強い言葉があった。さらに、両首脳は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた協力を一層強化していくとの意思を再確認し、「自由で開かれたインド太平洋」を促進するための公正なルールに基づく経済発展を歓迎した。 トランプ大統領の出迎えを受ける安倍総理大臣 (4月26日、ワシントンDC 写真提供:内閣広報室) 5月25日から28日、トランプ大統領は、令和の時代における初の国賓として訪日し、安倍総理大臣と日米首脳会談を行った。会談で両首脳は、平和安全法制を始めとする近年の同盟強化に資する取組及び首脳間の個人的関係により、日米同盟は史上かつてなく強固であり、今や日米同盟は世界で最も緊密な同盟であるとの認識で一致した。その上で、両首脳は、新たな時代においても、日米の揺るぎない絆(きずな)を一層強化し、真のグローバル・パートナーとして、地域・国際社会の平和と繁栄を主導していくとの決意を確認した。 また、安倍総理大臣は、トランプ大統領が2017年11月の訪日時に引き続き、拉致被害者の御家族と面会することに謝意を述べた上で、拉致問題の解決に向け、安倍総理大臣自らが金正恩国務委員長と直接向き合わなければならないとの決意を述べた。これに対し、トランプ大統領から、安倍総理大臣の決意を全面的に支持する旨の発言があった。また、拉致被害者の御家族から手紙を渡し、それに対し、後日、トランプ大統領から御家族を勇気付ける直筆の返事が送付された。 このほか、両首脳は、大相撲観戦、護衛艦「かが」の訪問、ゴルフや社交の夕食会を通じ、信頼関係を一層強化した(77ページ コラム参照)。 護衛艦「かが」を訪問する日米首脳夫妻 (5月28日、東京 写真提供:内閣広報室) ゴルフを通じて交流を深める日米首脳 (5月26日、東京 写真提供:内閣広報室) 夕食会に臨む日米首脳夫妻(5月26日、東京 写真提供:内閣広報室) 6月14日、安倍総理大臣のイラン訪問直後の機会を捉えて、安倍総理大臣とトランプ大統領、河野外務大臣とポンペオ国務長官は、それぞれ電話会談を行った。日米首脳会談では、安倍総理大臣のイラン訪問を踏まえ、中東情勢について意見交換を行い、トランプ大統領から、安倍総理大臣のイラン訪問及びイランへの働きかけに感謝するとの発言があった。 6月28日、G20大阪サミット出席のため訪日中のトランプ大統領及びポンペオ国務長官と安倍総理大臣及び河野外務大臣はそれぞれ日米首脳会談及び日米外相会談を行い、G20大阪サミットの成功に向けた緊密な連携を確認した。さらに、両首脳は、モディ・インド首相を交え、第2回日米印首脳会談を行った。 日米印首脳会談(6月28日、大阪 写真提供:内閣広報室) 6月30日、同日にトランプ大統領が板門店で金正恩国務委員長と面会したことを受け、河野外務大臣はポンペオ国務長官と北朝鮮情勢を中心に日米外相電話会談を行った。河野外務大臣は、ポンペオ国務長官から、この面会について詳細な説明を受け、その上で、両外相は拉致、核・ミサイル問題の解決に向けた今後の方針を一層綿密にすり合わせ、日米で引き続き協力していくことを確認した。 7月26日、前日の北朝鮮による短距離弾道ミサイル発射を受け、河野外務大臣はポンペオ国務長官と日米外相電話会談を行った。両外相は、情報を確認・共有するとともに、引き続き、日米・日米韓で緊密に連携していくことを確認した。 8月2日、ASEAN関連外相会議出席のためにバンコク(タイ)を訪問した河野外務大臣は、ポンペオ国務長官及び康京和(カンギョンファ)韓国外交部長官との間で、日米韓外相会合を行った。河野外務大臣から、北朝鮮問題への対応における日米韓連携の重要性を強調した。その上で、三者は、北朝鮮をめぐる情勢について最近の動きを含めて意見交換を行い、今後の方針を綿密にすり合わせ、日米韓3か国で引き続き緊密に連携していくことを確認した。 8月25日、G7ビアリッツ・サミット出席のためフランスを訪問した安倍総理大臣は、トランプ大統領と日米首脳会談を行った。両首脳は、日米貿易交渉について、農産品、工業品の主要項目について意見の一致を見たことを確認した。さらに、両首脳は、北朝鮮をめぐる拉致、核・ミサイルといった諸懸案の解決に向け、引き続き日米で緊密に連携していくことを確認した。 9月11日に就任した茂木外務大臣は、9月16日にポンペオ国務長官と日米外相電話会談を行った。会談では、ポンペオ国務長官から外務大臣就任の祝意が表明され、両外相は、日米同盟の更なる強化に取り組むとともに地域や国際社会の様々な課題に対応するため、緊密に連携していくことを確認した。 9月25日、国連総会出席のためニューヨークを訪問した安倍総理大臣は、トランプ大統領と日米首脳会談を行った。両首脳は、日米貿易交渉について、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定が最終合意に達したことを確認し、日米共同声明を発出した。また、両首脳は、中東における緊張緩和と情勢の安定化に向け、引き続き日米両国で協力していくことで一致した。 日米首脳会談(9月25日、ニューヨーク 写真提供:内閣広報室) 同26日、同じく国連総会に出席するため訪米した茂木外務大臣は、ポンペオ国務長官との間で、9月11日の就任後初の対面での日米外相会談を行った。両外相は、前日の日米首脳会談を踏まえ、地域情勢について一対一で意見交換を行い、地域や国際社会の諸課題への対応に当たり、引き続き日米間で緊密に連携していくことを確認した。 日米外相会談(9月26日、ニューヨーク) 10月22日、茂木外務大臣は、ポンペオ国務長官と日米外相電話会談を行った。両外相は、中東情勢を中心に意見交換を行い、中東における緊張緩和と情勢の安定化に向け、引き続き日米間で緊密に連携していくことを確認した。 10月23日、安倍総理大臣は、即位礼正殿の儀に米国代表として参列するため訪日したチャオ運輸長官の表敬を受けた。安倍総理大臣から、5月にトランプ大統領夫妻に「令和」初の国賓として訪日いただき、また、トランプ大統領から祝意の声明を頂いたことに深く感謝しつつ、この歴史的な機会にチャオ長官をお迎えでき喜ばしいと述べた。 12月22日、安倍総理大臣はトランプ大統領と電話会談を行った。両首脳は、北朝鮮をめぐる最新の情勢について意見交換を行い、北朝鮮問題に関する方針を綿密にすり合わせ、拉致、核、ミサイルの諸問題の解決に向けて、今後も日米で一層緊密に連携し、共に対応していくことで、完全に一致した。 トランプ大統領夫妻による大相撲観戦 「令和」初の国賓としてのトランプ米国大統領夫妻の訪日は、日米外交上、極めて重要な機会でした。そのハイライトの一つが、五月場所千秋楽。安倍総理大臣夫妻は、トランプ大統領夫妻を国技館に案内しました。長い大相撲の歴史の中でも、現職の米国大統領が大相撲を観戦するのは初めて。日本相撲協会にとっても画期的な出来事でした。日本相撲協会の事業部長の尾車親方からは、「米国大統領に日本文化を体感していただくまたとない機会なので、協会としても全面的に協力する」との力強い言葉を頂きました。 一方、国技館を初めて視察した米国先遣隊は天を仰ぎました。土俵に近い桝席(ますせき)での観戦が、要人警護にとって極めて難易度が高いことは、誰の目にも明らかでした。それでも日米両首脳夫妻による大相撲観戦が実現したのは、両首脳の良好な関係、日本のセキュリティに対する全幅の信頼、そして観客の皆様を含め大相撲に関わる全ての方々の御協力があってのことでした。「安全には万全を期す」という警察関係者と日本相撲協会警備本部長の春日野親方の発言が頼もしく感じられました。 五月場所中日(なかび)を過ぎたある日の夜、その日の取組の余韻がまだ残る国技館で、日本相撲協会関係者と日米関係者による、本番さながらの表彰式のリハーサルが行われました。米国関係者は、「大統領は日本の伝統文化を尊重したいとの意向である」と、一つ一つの動きを確認し、直ちに本国に報告していました。トランプ大統領夫妻は日本の伝統文化に深い敬意と細心の注意を払っていたのです。外務省担当者も、相撲の迫力を大統領夫妻に感じていただくことと、警備や伝統・しきたり上の要請を両立すべく、関係者とのぎりぎりの調整を続けました。 そして迎えた5月26日午後4時55分。万雷の拍手の中、日本相撲協会理事長の八角親方の先導で両首脳夫妻が花道を通って入場しました。土俵にも近い桝席に腰を下ろしたトランプ大統領は、真剣なまなざしで土俵上の戦いを見守りつつ、安倍総理大臣の説明に聞き入っていました。両首脳は結びの一番を含め五番観戦しました。 引き続き行われた表彰式では、トランプ大統領が表彰状を読み上げた際の「レイワ・ワン(令和元年)」の言葉に場内が大きく沸きました。その後、トランプ大統領は、初優勝を決めた朝乃山関に米国大統領杯を手渡しましたが、事前に控え室で、安倍総理大臣と共に優勝杯授与の練習をするほど入念に準備を重ねていたのです。観客総立ちの大歓声の中、両首脳夫妻は国技館を後にしました。 こうして初物尽くしのトランプ大統領夫妻による大相撲観戦は終わりました。公式ツイッターにもホワイトハウスが編集した40秒ほどの動画が掲載されました。この動画は、2020年2月時点で500万回近く再生され、大相撲の魅力と日米の友好関係を世界に向けて発信してくれています。 大相撲を観戦する両首脳夫妻(写真提供:内閣広報室) 大相撲を観戦する両首脳(写真提供:日本大相撲協会) (3)日米経済関係 日米経済関係は、安全保障、人的交流と並んで日米同盟を支える三要素の一つである。2019年は、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定を締結し、日米経済関係の更なる深化の年となった。 日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定に関しては、2018年9月の日米共同声明を踏まえ、2019年4月以降、茂木内閣府特命担当大臣(経済再生担当、2019年9月まで)/外務大臣(2019年9月以降)とライトハイザー米国通商代表による閣僚協議が8回にわたり行われた。9月25日にニューヨークにて行われた日米首脳会談では、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定(220ページ 特集参照)が最終合意に達したことを確認し、日米共同声明が発出された。同共同声明においては、両協定及び共同声明の精神に反する行動を取らないことを明記し、この趣旨が日本の自動車・自動車部品に対して、米国通商拡大法第232条に基づく追加関税を課さないことであると日米首脳会談で確認した。 茂木内閣府特命担当大臣(経済再生担当、当時)とライトハイザー米国通商代表との会談(4月15日、ワシントンDC 写真提供:内閣官房TPP等政府対策本部) 10月7日、米国ホワイトハウスにおいて、両協定の署名が行われた。この後、12月10日に、ワシントンDCにおいて、日米貿易協定・日米デジタル貿易協定の効力発生のための日米間の書面での相互通告が完了し、両協定は2020年1月1日に発効した。日米貿易協定によって、世界のGDPの約3割を占める日米両国の二国間貿易を強力かつ安定的で互恵的な形で拡大するのみならず、既に発効しているTPP11協定、日EU・EPAと合わせて世界のGDPの6割をカバーする自由な経済圏が形成された。また、世界経済がますます「データ駆動型」へと移行する中、日米デジタル貿易協定は、デジタル分野における高い水準のルールを確立し、日米両国がデジタル貿易に関する世界的なルールづくりにおいて主導的な役割を果たしていく基盤となる。 このほか、日米経済関係において特筆すべきは日本企業による対米投資であり、米国内の累積直接投資額で英国、カナダに次いで第3位(約4,844億米ドル(2018年、米国商務省統計))の地位を占めるに至っている。このような直接投資は日本企業による米国における雇用創出(約89万人(2017年、米国商務省統計))という形でも米国の地域経済に貢献しており、こうした活発な投資や雇用創出を通じた重層的な関係強化が、これまでになく良好な日米関係の盤石な基礎となっている。 米国における日本企業による雇用数は世界第2位 米国における日本の累積直接投資は世界第3位 日系企業による米国州別雇用創出及び州知事訪日歴 日米間では「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の維持・推進に向けた経済面における協力として、「インフラ」、「エネルギー」、「デジタル」の3分野における協力を推進している。この3分野における協力をハイライトする形で、2018年11月のペンス米国副大統領の訪日時に日米共同声明を、2019年5月の日米首脳会談の機会にファクトシートを公表した。 ①インフラ分野 国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC2)、日本貿易保険(NEXI3)が、米国海外民間投資公社(OPIC4)と締結した協力覚書に基づく日米協力案件の形成に向けて取り組んでいる。このほか、4月、日米豪インフラ協力に係る合同ミッションをパプアニューギニアに派遣した。さらに、6月のG20大阪サミットにおいて、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が承認されたことを受け、本原則を普及・定着させるため、第三国への能力構築プログラムやセミナーの開催などにおいて、日米で協力を進めている。 ②エネルギー分野 2019年に日米戦略エネルギーパートナーシップ(JUSEP5)会合を計3回開催した。8月には、第7回アフリカ開発会議(TICAD7)において、サブサハラ・アフリカにおける日米エネルギー協力拡大のため、協力覚書に署名した。また、日米メコン電力パートナーシップ(JUMPP6)の枠組みを立ち上げ、メコン地域における日米エネルギー協力の具体化に向けた議論を進めている。 ③デジタル分野 2019年に日米戦略デジタル・エコノミーパートナーシップ(JUSDEP)作業部会を立ち上げ、計3回開催し、デジタル分野における日米協力の具体化に向け、議論を進めている。11月には、「インド太平洋地域におけるスマートシティの開発の推進に関する日米共同声明」を公表し、スマートシティ分野において日米協力を推進していくことを確認した。 このほか、インフラ分野では、日米協力の象徴として日本の高速鉄道技術を活用する高速鉄道計画が進められている。テキサス高速鉄道計画は、米国民間企業(TC社)がダラス・ヒューストン間に日本の新幹線技術を導入する前提で事業推進中であり、JR東海の子会社であるHTeC社がTC社と技術支援契約を締結し、本計画の実現に向けて支援をしている。また、日本の海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN7)及びJBICが本計画の詳細設計・資金調達段階への支援を行っている。さらに、北東回廊超電導リニア計画は、ワシントンDC・ニューヨーク間に超電導リニア技術を導入する計画であり、日米で協調して調査を実施するなど、着実に計画が進展している。 エネルギー分野では、9月、米国の1か月の石油輸出量が初めて輸入量を上回り、米国は将来的に石油の「純輸出国」となる見通しである。また、液化天然ガス(LNG)については、2014年6月、日本企業が関与している全てのプロジェクトの輸出承認取得を完了し、2019年5月にルイジアナ州のキャメロンLNGプロジェクト、8月にテキサス州のフリーポートLNGプロジェクトが生産を開始した。日本の需要家は、米国との間で年間約1,000万トンのLNGの引取りを予定しており、今後米国からのLNG輸入が本格化する見通しである。これらの成果は日本のエネルギー安全保障及びエネルギーの安定供給に大きく貢献することが期待される。 デジタル分野では、AI(人工知能)、5G(第5世代移動通信システム)、サイバーセキュリティなどの分野における日米協力を強化している。総務省国際戦略局長(日本側)及び国務省サイバー・国際通信情報政策担当大使(米国側)が共同議長を務めた10月の「インターネットエコノミーに関する日米政策協力対話」第10回局長級会合では、5Gネットワーク及びサービスの推進、第三国におけるデジタルインフラストラクチャ及びサービスの実装に係る官民連携、IoT(モノのインターネット)セキュリティに係るベストプラクティスの共有や自由なデータ流通の推進などに係る国際協調、AIの社会実装に関する官民連携など、日米両国間でインターネットエコノミーに関する幅広い事項について議論された。 さらには、米国の各地方との協力も進んでいる。日米知事フォーラム、中西部会合同会議、南東部会合同会議、日米財界人会議開催に加え、日本とカリフォルニア州、ワシントン州、メリーランド州、インディアナ州及びシカゴ市それぞれとの間の経済及び貿易関係に関する協力覚書に基づき協力が行われている。また、メリーランド州、ワシントン州及びハワイ州との間で、運転免許試験の一部相互免除に関する覚書を作成し、現地邦人の運転免許取得の負担軽減を図っている。 2017年4月には、日米の紐帯(ちゅうたい)をより確かなものとするために、一般国民にも行き届く草の根レベル(グラスルーツ)での取組を打ち出していくことが重要との認識の下、「グラスルーツからの日米関係強化に関する政府タスクフォース」が立ち上げられた。同タスクフォースでは、具体的な取組を進めるに当たっての指針を示した「行動計画」を取りまとめた。2019年6月に西村康稔内閣官房副長官の下で開催された第3回フォローアップ会合では、前年度に実施された具体的な取組についての報告と、それらの取組の強化に向けた方策について議論が行われた。同行動計画で示された、各地域の特徴や訴求対象の日本への関心度に応じた「テイラー・メイド」のアプローチを行う必要があるとの認識の下、日本企業が複数進出している地域を回る「地方キャラバン」や複合的な日本紹介イベント、セミナーの開催など、米国各地で様々な取組が各省庁、機関の協力体制の下で実施されている。今後も日米経済関係の更なる飛躍のため、様々な取組をオールジャパンで実施し、日米同盟を強固なものにしていく。 1 USMCA:United States-Mexico-Canada Agreement 2 JBIC:Japan Bank for International Cooperation 3 NEXI:Nippon Export and Investment Insurance 4 OPIC:Overseas Private Investment Corporation 5 JUSEP:Japan-U.S. Strategic Energy Partnership 6 JUMPP:Japan-U.S. Mekong Power Partnership 7 JOIN:Japan Overseas Infrastructure Investment Corporation for Transport and Urban Development