第2章 地球儀を俯瞰する外交 5 南アジア (1)インド インドは、アジアとアフリカをつなぐインド洋に面し、シーレーン上の中央に位置するなど、地政学的に極めて重要な国である。さらに、世界第2位の人口、巨大な中間所得層を抱え、アジア第3位の経済規模を有している。日本とインドは、民主主義や法の支配などの基本的価値や戦略的利益を共有するアジアの二大民主主義国である。昨今インドは「メイク・イン・インディア」などの様々な経済イニシアティブを進めている。消費や生産も増加し、規制緩和を背景に海外直接投融資も着実に増加している。外交面では「アクト・イースト」政策を掲げ、インド太平洋地域における具体的協力を推進する積極的外交を展開し、グローバル・パワーとしてますます国際場裡(じょうり)での影響力を増している。 日本との関係では、2019年は、二国間関係が「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」に引き上げられてから5年を迎えた。同年には、6月のG20大阪サミット、9月のウラジオストク(ロシア)での東方経済フォーラム、11月のバンコク(タイ)でのASEAN関連首脳会議において日印首脳会談を行い、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた協力関係を確認した。また、11月には、初の日印外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を開催し、二国間の安全保障・防衛協力、日米印・日米豪印などの多数国間協力、さらには地域及び国際情勢について率直な意見交換を実施するとともに、事後、共同声明を発出し、日印物品役務相互提供協定(ACSA26)の締結に向けた大幅な交渉の進展を歓迎するなど、多くの具体的な成果を得た。 日印外務・防衛閣僚会合(「2+2」)(11月30日、インド・デリー) (2)パキスタン パキスタンは、アジアと中東を結ぶ要衝にあり、その政治的安定と経済発展は地域の安定と成長に不可欠であるとともに、国際テロ対策の最重要国の一つである。また、約2億人の人口を抱え、そのうち25歳以下の若年人口が全人口の約6割を占めており、経済的な潜在性は高い。内政面では、2018年7月の下院及び州議会選挙で野党第二党パキスタン正義党(PTI)が与党ムスリム連盟ナワズ派(PML-N)に大差で勝利し、8月にカーンPTI党首が首相に就任し、カーン政権が発足した。外交面では、インドとの関係については、2019年2月のインド側カシミールにおけるテロ事件及びその後の両国空軍間の衝突や8月のインド政府によるジャンム・カシミール州に特別な地位を認める憲法370条の廃止措置により緊張状態が継続している。中国との間では「全天候型戦略的協力パートナーシップ」の下、中国の進める「一帯一路」の重要な構成要素である中国・パキスタン経済回廊(CPEC)建設に向けて幅広い分野で関係が強化されている。アフガニスタンとの関係では、両国間には国境管理や難民問題など引き続き多くの課題がある。さらに、米国との関係については、トランプ政権の新南アジア戦略において名指しで批判されるなど停滞していたが、カーン首相が2019年7月に訪米するなどの動きもある。経済面では、2017/2018年度の成長率は5.79%で、過去13年間で最高値を記録したが、2018/2019年度は3.3%に落ち込んだ。カーン政権は発足直後から深刻な外貨準備高不足の問題を抱えており、友好国からの支援に向けた協議やIMFプログラムの実施など、改善に向けた取組を実施している。 日本との関係については、2019年4月にクレーシ外相が訪日し、外相会談で二国間関係の更なる発展に向けた取組や地域情勢について意見交換を行ったほか、10月には即位礼正殿の儀参列のためアルビ大統領が訪日し、安倍総理大臣との会談などを行った。 (3)バングラデシュ イスラム教徒が国民の約9割を占めるバングラデシュは、ベンガル湾に位置する民主主義国家であり、インドとASEANの交差点としてその地政学的重要性は高い。2018年12月末の総選挙の結果、ハシナ首相率いるアワミ連盟が引き続き政権を担うことになった。また、2017年8月以降、ミャンマー・ラカイン州の治安悪化を受けて、同州から新たに70万人以上の避難民が流入し、受入れにより地元住民の負担が増大している。ミャンマー政府との間で避難民帰還に向けた協議が行われているが、帰還はいまだ実現していない。経済面では、繊維品を中心とした輸出が好調で、2019年は約8.13%の経済成長率を維持し、堅調に成長している。人口は約1億6,000万人に上り、安価で質の高い労働力が豊富な生産拠点であるとともに、高いインフラ整備需要など潜在的な市場として注目を集め、進出している日系企業数は2005年の61社から2019年には305社に増加している。しかしながら、電力の安定した供給やインフラ整備が外国企業からの投資促進に向けた課題となっている。 日本との関係については、5月にハシナ首相が訪日し、日・バングラデシュ首脳会談を実施したほか、10月にハミド大統領が即位礼正殿の儀参列のため訪日した。また、日本からは2月に阿部外務副大臣、7月に河野外務大臣がバングラデシュを訪問した。首脳会談や外相会談では、「包括的パートナーシップ」の下での日・バングラデシュ関係強化、地域情勢・国際場裡(じょうり)での関係強化を確認したほか、ミャンマー・ラカイン州北部の情勢を受けてバングラデシュに流入してきた避難民の問題への対応について緊密な議論を行った。 日・バングラデシュ首脳会談 (5月29日、東京 写真提供:内閣広報室) (4)スリランカ スリランカは、インド洋のシーレーン上の要衝に位置し、その地政学的及び経済的重要性が注目されている伝統的な親日国である。内政面では、4月に、スリランカの最大都市コロンボを始めとした国内8か所で連続爆破テロ事件が発生し、日本人1人を含む250人以上の死者、450人以上の負傷者が発生した。また、2015年1月の大統領選挙の結果、就任したシリセーナ大統領が5年間政権を運営してきたが、2019年11月に任期満了に伴う大統領選挙が実施され、スリランカ人民戦線のラージャパクサ新大統領が選出された。経済面では、スリランカは国内における紛争終結後、年率7%の経済成長を遂げ、近年も年率3%以上と堅実な経済成長を維持している。一人当たりのGDPは2018年に4,102米ドルを記録し、同国の地政学的重要性やインド市場へのアクセスを踏まえ更なる高成長が期待されている。 日本との関係については、2019年10月にシリセーナ大統領が、即位礼正殿の儀参列のため、大統領就任後3度目の訪日を果たした。また、12月には茂木外務大臣がラージャパクサ新政権成立後、初の日本政府要人としてスリランカを訪問し、ラージャパクサ新政権との信頼関係構築を図るとともに、「自由で開かれたインド太平洋」の実現のための協力などについて協議した。 日・スリランカ外相会談(12月13日、スリランカ・コロンボ) (5)ネパール ネパールは、中国・インド両大国に挟まれた内陸国として地政学的な重要性を有している。また、日本はネパールにとって長年の主要援助国であり、皇室・旧王室関係や登山などの各種交流を通じた伝統的な友好関係を有している。内政面では、2017年に連邦下院・州議会・地方選挙が実施され、2018年2月にオリ首相が就任し、ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派(UML)とネパール共産党マオイスト・センター(MC)による連立政権が発足した。同年5月には、UMLとMCが統合し、ネパール共産党が誕生した。日本は、長年ネパールにおける民主主義の定着を支援してきており、ネパール政府が掲げる「繁栄したネパール、幸せなネパール人」の実現に向けて後押ししている。日本との関係については、2019年1月に河野外務大臣がネパールを訪問した。同訪問では、バンダリ大統領やオリ首相表敬のほか、日・ネパール外相会談が実施され、ネパールの経済発展、農業分野の協力推進が表明された。また、10月、即位礼正殿の儀参列のため、バンダリ大統領が訪日し、安倍総理大臣と初の会談を実施した。 そのほか、8月には12年ぶりにネパール航空による関空-カトマンズ間の直行便が再開するなど、両国の人的交流促進に向けた動きがあった。 (6)ブータン ブータンでは、2018年10月の下院選挙の結果、ツェリン政権が発足した。ブータンは国民総幸福量(GNH)を国家運営の指針とし、現在、第12次5か年計画(2018年7月から2023年6月まで)の優先課題である貧困削減、医療・教育の質向上、男女平等、環境や文化・伝統の保護、マクロ経済安定、経済多様性、地方分権強化などに取り組んでいる。 日本との関係では、10月、即位礼正殿の儀参列のためワンチュク国王が来日し、安倍総理大臣との会談において、経済協力や人的交流の促進について意見交換した。 (7)モルディブ インド洋の島嶼(とうしょ)国であるモルディブは、GDPの約3割を占める漁業と観光業を中心に経済成長を実現しており、一人当たりのGDPは南アジア地域で最も高い10,331米ドルに達している。内政面では、2018年9月の大統領選挙を経て、同年11月、ソーリフ政権が発足した。2019年4月に実施された議会選挙では、与党のモルディブ民主党(MDP)が議席の3分の2を獲得し、ソーリフ大統領は政権基盤を固めた。ソーリフ大統領は、就任以来、インドを始めとする地域の国々との連携を強化し、相互利益を望む全ての国との関係を強化する方針の下で対外政策を進めている。 日本との関係では、2017年に外交関係樹立50周年を迎え、2018年1月には河野外務大臣が日本の外務大臣として初めてモルディブを訪問して以降要人往来が活発化している。2019年10月の即位礼正殿の儀の際、ソーリフ大統領が初訪日し、安倍総理大臣との間で首脳会談を実施したほか、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会におけるモルディブ選手団のホストタウンである小田原市などを訪問した。また、ソーリフ大統領と共にシャーヒド外相も訪日し、茂木外務大臣との間で日・モルディブ外相会談を実施し、二国間関係の強化や「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて協力していくことを確認した。 日・モルディブ首脳会談(10月21日、東京 写真提供:内閣広報室) 26 ACSA:Acquisition and Cross-Servicing Agreement