第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 3 科学技術外交 科学技術は、経済・社会の発展を支え、安全・安心の確保においても重要な役割を果たす、平和と繁栄の基盤的要素である。日本はその優れた科学技術をいかし、「科学技術外交」の推進を通じて、日本と世界の科学技術の発展、各国との関係増進、国際社会の平和と安定及び地球規模課題の解決に貢献している。その一例として、外務大臣科学技術顧問の活動を通じた取組に力を入れている。 岸輝雄外務大臣科学技術顧問は、外務大臣の活動を科学技術面で支え、各種外交政策の企画・立案における科学技術の活用について外務大臣及び関係部局に助言を行う役割を担っている。また、内外の科学技術分野の関係者との連携強化を図りながら、日本の科学技術力についての対外発信にも取り組んでいる。 2018年には、岸外務大臣科学技術顧問を座長とする「科学技術外交推進会議」及びスタディ・グループ会合を開催した。その結果、3月には、科学技術外交推進会議の下で北極域での科学的知見の活用に向けた提言を、5月には、SDGs達成のための科学技術イノベーション(STI)とその手段としてのSTIロードマップに関する提言を、岸顧問から中根外務副大臣に提出した。 6月には、岸顧問は第3回国連STIフォーラム5にパネリストとして登壇し、STIロードマップに関する提言や、2017年に作成したSDGs実施に向けた「未来への提言」に基づき日本の取組を発信し、STIロードマップを各国が作成することを提唱した。 また、岸顧問は、日本の優れた科学技術力について発信を高めるべく、内閣府と外務省の連携による科学技術・イノベーションの対外発信事業6を推進している。11月に同事業をカタールで実施し、今後の連携可能性等についてカタールの関係機関・研究者らと議論した。 さらに、岸顧問は米国、英国、ニュージーランド等の各政府の科学技術顧問と共に各種国際会議に出席して意見交換を行いネットワークの構築・強化に努めているほか、国内外での各種フォーラム等で、日本の科学技術外交の取組について広く発信している。11月に日本で開催された「外務大臣科学技術顧問ネットワーク」(FMSTAN)及び「政府に対する科学的助言に関する国際ネットワーク」(INGSA)に出席し、日本の科学技術外交の取組について講演した。また、外務省内の知見向上のため、科学技術外交セミナーも定期的に開催している。 政府に対する科学的助言に関する国際ネットワーク(INGSA)(11月6日~7日、東京) 日本は32の科学技術協力協定を締結しており、これらは現在、46か国及びEUとの間で適用され7、協定に基づき定期的に合同委員会を開催して政府間対話を行っている。2018年は、チェコ、イスラエル、スイス、ニュージーランド、ルーマニア、ロシア、シンガポール、ノルウェー、中国及びスウェーデンとの間でそれぞれ合同委員会を開催し、関係省庁等も出席の下、多様な分野における協力の現状、今後の方向性などを協議し、科学技術交流の促進に寄与した。 多国間協力では、旧ソ連の大量破壊兵器研究者の平和目的研究を支援する国際科学技術センター(ISTC)の理事国として、米国及びEUと協力し、中央アジア諸国を中心に支援を行っているほか、核融合エネルギーの科学的・技術的な実現可能性を実証するイーター計画に参画している。 科学技術イノベーションを通じたSDGsの達成 ~第3回国連STIフォーラムの共同議長として~ 国際連合日本政府代表部大使・次席常駐代表 星野俊也 国連外交について大学で教鞭(きょうべん)を執っていた私は、2017年の夏、ニューヨークの国連日本政府代表部大使・次席常駐代表として赴任しました。2018年6月5日・6日には、「第3回国連STIフォーラム※」が国連本部で開催され、メキシコのサンドバル大使・次席常駐代表と共に共同議長を務める機会を得ました。STIフォーラムは、政府、科学者、産業界、市民社会、起業家等が集まり、国連が策定した持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて科学技術・イノベーション(STI)の活用促進について議論するフォーラムです。 なぜ、今、STIなのでしょうか。2015年に国連で採択されたSDGsは、「誰一人取り残さない」をスローガンに、2030年までに持続可能な社会を目指す世界のマスタープランです。STIはこのSDGsを達成する上で、有限のリソースを最適化し拡大を図る「切り札」となり得ます。例えば、電気。今も世界の約20%の人々が電気のない生活を送っていると言われます。こうした地域で使われている照明用の薪(まき)や灯油ランプに代わり、村に点在するキオスクに太陽光パネルを置き、少ない電力で長時間の照明が可能なLEDランタンを貸し出す取組が行われています。明るい電灯が灯(とも)ったことで、子供たちが薪を取りに行く負担が減り、家庭では子供の教育時間や生活時間が確保されました。街では地域住民による新たなビジネス展開の道が開けました。まさに科学技術の力が、人々の生活に「火を灯し」、生活の質を改善させたのです。 このように、科学技術は持続可能な社会の実現に役立つものです。しかし「STI for SDGs」は、まだ多くの人々にとって身近な存在とは言えません。科学技術立国たる日本が貢献できることは多くあります。STIフォーラムの共同議長として私が目指したのは、日本がリーダーシップを発揮しながら、具体的かつ行動志向のフォーラムとすることでした。 日本は人間中心の未来社会像「Society(ソサエティ) 5.0」を提唱し、STIを活用した社会課題解決に取り組んでいますが、世界中の国々がそれぞれの事情に合わせて、SDGs達成の取組を策定し、国家戦略に組み入れていくことが重要です。しかし、各国やステークホルダーがばらばらに行っていては非効率です。誰もが迷わず、同じ目的地へと向かうロードマップ(工程表)が存在すれば、進行状況や成果を皆で共有し、体系的な取組ができるはず。この考えの下、各界から約1,000人が参加した第3回STIフォーラムでは、SDGsの更なる進展に向けたプロセスとして、岸輝雄外務大臣科学技術顧問等から、各国等がSTIの活用方策を可視化する「STIロードマップ」を策定することが提案され、多くの支持を得ました。国際社会がまさに日本の知的リーダーシップを必要としていることを実感しました。 第3回国連STIフォーラム (6月5~6日、米国・ニューヨーク) このロードマップ作成に当たっては、日本が他国に先駆けて道筋を示し、2019年に開催されるG20大阪サミット(金融・世界経済に関する首脳会合)や第7回アフリカ開発会議(TICAD7)を見据えた国際貢献へとつなげていくことを期待しています。「STI for SDGs」を地球規模に拡大し、「誰一人取り残さない」世界を実現するために、日本が果たすべき役割は大きいのです。 ※ 持続可能な開発目標(SDGs)のための科学技術イノベーション(STI)に関するマルチステークホルダー・フォーラム 5 SDGsのためのSTIに関するマルチステークホルダー・フォーラム。2018年6月5日・6日にニューヨークの国連本部にて開催された。 6 将来の国際協力や日本の研究開発成果の国際展開の布石とするため、内閣府(総合科学技術・イノベーション会議)が司令塔機能を発揮し、省庁・分野横断的な11の課題において産学連携により基礎研究から実用化・事業化までを見据えて一気通貫で研究開発を促進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」について、外務省(在外公館)との連携により、諸外国に向けて紹介する事業(通称「SIPキャラバン」) 7 日ソ科学技術協力協定をカザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、アルメニア、ジョージア、ウクライナ、ベラルーシ、モルドバ、トルクメニスタン、タジキスタンが各々異なる年月日に承継。日チェコスロバキア科学技術協力取極を1993年にチェコ及びスロバキアが各々承継。日ユーゴスラビア科学技術協力協定をクロアチア、スロベニア、マケドニア(国名は当時)、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロが各々異なる年月日に承継