第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 4 軍縮・不拡散・原子力の平和的利用3 (1)核軍縮 日本は、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け国際社会の取組をリードしていく責務がある。 近年の国際的な安全保障環境は厳しく、また2017年7月に採択された核兵器禁止条約を取り巻く対応に見られるように、核軍縮の進め方をめぐっては、核兵器国と非核兵器国の間のみならず、核兵器の脅威にさらされている非核兵器国とそうでない非核兵器国の間においても立場の違いの顕在化が見られる。このような状況の下、核軍縮を進めていくためには、核兵器国の協力を得ながら現実的かつ実践的な取組を粘り強く進めていく必要がある。 日本は、核兵器のない世界の実現のため、後述する「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」の開催や国連総会への核兵器廃絶決議の提出、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)の枠組みや個別の協議等を通じ、核兵器国と非核兵器国の間の橋渡しに努めつつ、核兵器不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)といった核兵器国も参加する現実的かつ実践的な取組を積み重ねていく考えである。 ア 核兵器不拡散条約(NPT) 日本は、国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石であるNPTの維持・強化を重視している。条約の目的の実現及び規定の遵守を確保するために5年に一度開催される運用検討会議では、1970年の条約発効以来、その時々の国際情勢を反映した議論が行われてきたが、2015年に開催された運用検討会議は、中東非大量破壊兵器地帯等の問題をめぐり議論が収斂(しゅうれん)せず、合意文書を採択することなく終了した。こうした状況の中、条約発効50周年となる2020年に開催される次回のNPT運用検討会議に向けた取組の重要性が高まっている。 2018年4月から5月にジュネーブで開催された2020年NPT運用検討会議第2回準備委員会には、河野外務大臣が出席し、「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」による提言を紹介するとともに、核兵器国、非核兵器国双方の協力の下で現実的かつ実践的な取組を積み上げていくことが日本が信じる核廃絶に向けた道筋であると表明した。 イ 核軍縮の実質的な進展のための賢人会議 核軍縮の進め方をめぐり様々なアプローチを有する国々の間の信頼関係を再構築し、核軍縮の実質的な進展に資する提言を得ることを目的に、2017年に立ち上げた「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」では、同年11月の第1回会合及び2018年3月の第2回会合の議論を踏まえて提言が取りまとめられた。河野外務大臣は、4月の2020年NPT運用検討会議第2回準備委員会で、透明性、検証や対話型討論といった提言の内容を紹介し、国際社会に具体的な行動を呼びかけた。11月には長崎で第3回会合が開催され、同提言を踏まえて、核兵器の廃絶に向けた道筋において解決すべき、軍縮と安全保障の関係に関する困難な問題等について中長期的な観点から議論が行われた。 ウ 軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI) 2010年に日本とオーストラリアが主導して立ち上げた地域横断的な非核兵器国のグループであるNPDIは、メンバー国の外相自身による関与の下、現実的かつ実践的な提案を通じ、核兵器国と非核兵器国の橋渡しの役割を果たし、核軍縮・不拡散分野での国際社会の取組を主導している。 NPDIは、2018年4月から5月に開催された2020年NPT運用検討会議第2回準備委員会に、2017年の同第1回準備委員会に提出した6本の作業文書に加え、透明性に関する作業文書など合計4本の作業文書を提出したほか、透明性・報告に関するサイドイベントを開催し、また共同ステートメントの実施や核兵器国、非同盟運動(NAM)諸国、新アジェンダ連合(NAC)との対話を行い、具体的な議論に貢献した。 エ 国連を通じた取組(核兵器廃絶決議) 日本は、1994年以降、その時々の核軍縮に関する課題を織り込みながら、全面的な核廃絶に向けた具体的かつ実践的な措置を盛り込んだ核兵器廃絶決議案を国連総会に提出してきている。2018年の決議案においては、現下の厳しい国際的な安全保障環境においても、核兵器のない世界に向け、国際社会が一致して取り組むことができる共通の基盤を提供することを目指した。その結果、同決議案は、12月の国連総会本会議で、162か国の幅広い支持を得て採択された。核兵器国である英国を含む69か国が共同提案国となったほか、2017年7月の核兵器禁止条約を採択する国連での決議に賛成した122か国中101か国が賛成するなど、幅広い国々の支持を得た。国連総会には、日本の核兵器廃絶決議案に加えて、ほかにも核軍縮を包括的に扱う決議案が提出されているが、日本の決議案はそれらの決議案と比較して最も賛成国数が多く、また、20年以上にわたって国際社会の立場の異なる国々から幅広く支持され続けてきている。 オ 包括的核実験禁止条約(CTBT) 日本は、核兵器国と非核兵器国の双方が参加する現実的な核軍縮措置としてCTBTの発効促進を重視している。河野外務大臣は2018年1月のアーシフ・パキスタン外相との会談を始めとして、発効要件国に対しCTBTへの署名・批准を働きかける外交努力を継続している、また、2月にはウィーンの包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)を訪問し、CTBTの検証体制に関し意見交換を行った。さらに河野外務大臣は、4月から5月に開催されたNPT運用検討会議第2回準備委員会や5月のG20ブエノスアイレス外相会合等において、北朝鮮によるCTBTへの署名・批准を呼びかけた。また、CTBTの普遍化に向け、5月の第8回太平洋・島サミット(PALM8)首脳宣言にCTBTの重要性が明記された。7月には、河野外務大臣はウィーンにおいてゼルボCTBTO事務局長と会談し、北朝鮮に対するCTBTへの署名・批准の呼びかけを含む発効促進、普遍化、検証体制の強化を訴えた。9月には、タイがCTBTを批准し、ツバルが署名したほか、国連総会ハイレベルウィークでは、CTBTフレンズ外相会合(2年ごとに開催される発効促進会議が開催されない年に隔年で開催)の第9回会合が開催され、河野外務大臣はペイン・オーストラリア外相と共に共同議長を務め、北朝鮮に対するCTBTへの署名・批准の呼びかけを含め、発効促進、普遍化、検証体制の強化を訴える外相宣言を発出した。 CTBTフレンズ外相会合への若者の参加 ジャオナ・アンドリアンアンパンドリ(マダガスカル) 私は包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)の招待で、第2回科学と外交シンポジウムにおいてCTBTに対する若者の見方をテーマにするプレゼンテーション・コンテストに参加しました。その結果、私はコンテストで優勝し、2018年9月27日に開催された第9回CTBTフレンズ外相会合に招待されスピーチを行う機会を得ました。 第9回CTBTフレンズ外相会合の様子(9月27日、米国・ニューヨーク) CTBTの発効促進に取り組むCTBTフレンズ国の外相は、2年に一度、CTBT発効促進会議が開催されない年に、ニューヨークで開催される9月の国連総会の際に会合を開催しています。この会合の目的は、発効促進に向けた更なる政治的機運を維持・創出していくことにあります。この目的のため、フレンズ国の外相は他国も賛同を表明できる形の共同閣僚声明を採択・署名しています。 第1回CTBTフレンズ外相会合は、日本がオーストラリア、オランダと協力して立ち上げたもので、2002年に開催されました。現在はカナダ、ドイツ、フィンランドもCTBTフレンズのメンバー国となっています。 私は、CTBTOユースグループ(CYG)のメンバーとなって以来、CYGの仲間達が、各国代表にCTBTを支持するよう促すため、あらゆる努力を行ってきたことを目の当たりにしてきました。たとえ小さな一歩だったとしても、私はこのような小さな取組が、法的拘束力のあるCTBTを確立するためのグローバルな取組につながると信じています。私はフレンズ外相会合についてそれまであまり知りませんでしたが、会合はCTBTに若者が関与することの重要性を訴える素晴らしい機会になると思っていました。若者は、CTBTの発効促進のための独創的な方法を見つける熱意とインスピレーションの源泉だからです。 私は、一人の科学者として、そして開発途上国出身の若者として、外相会合に参加する機会が、CTBTの重要性について「アフリカの指導者の注目を集める機会」になるとも考えました。 「核実験の結果については、国籍、宗教あるいは経済的立場にかかわらず、私たちすべてが等しく影響を受ける。」(筆者、第9回CTBTフレンズ外相会合でのスピーチからの抜粋) CTBTO科学と外交シンポジウムでのプレゼンテーションにおいて、私はCTBT発効促進のための教育の重要性を強調しました。アフリカの指導者は、CTBTを知らないことさえあるからです。CTBT発効に必要な声は、教育を通じて育まれていくでしょう。 第9回フレンズ外相会合はとても素晴らしく、会合が終わって最初に浮かんできたのは「また参加したい」という思いでした。日本とCTBTOには、今後、もっと多くの仲間達に対して私と同じように外相会合に参加する機会を与えていただきたいと思います。CYGには、様々な背景とアイデアを有するメンバーがおり、CTBTの発効を促進するに当たって、彼らの意見は傾聴に値します。 CTBTフレンズ外相会合は、私の声を全世界の人達に聞いてもらう機会を与えてくれました。私にとって忘れがたい経験です。このような素晴らしい経験を与えてくれた日本とCTBTOに感謝したいと思います。 第9回CTBTフレンズ外相会合でスピーチする筆者(写真提供:CTBTO) カ 核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT:カットオフ条約)4 FMCTは、核兵器用の核分裂性物質(高濃縮ウラン、プルトニウム等)の生産そのものを禁止することにより、新たな核兵器国の出現を防ぐとともに、核兵器国による核兵器の生産を制限するものであることから、軍縮・不拡散双方の観点から大きな意義を有する。しかしながら、長年にわたりジュネーブ軍縮会議(CD)において交渉開始の合意に至っていない。こうした状況を受け、2016年12月には、第71回国連総会でFMCTハイレベル専門家準備グループの設置が決定された。日本は同グループでの議論に積極的に参画し、第1回会合(2017年8月)及び第2回会合(2018年6月)における議論を経て、将来の条約の概要について考え得るオプションや交渉において考慮すべき事項を提示する内容を含む報告書が採択され、同報告書は第73回国連総会に提出された。 キ 軍縮・不拡散教育 日本は、唯一の戦争被爆国として、軍縮・不拡散に関する教育を重視している。具体的には、被爆証言の多言語化、国連軍縮フェローシップ・プログラム5を通じた各国若手外交官の広島及び長崎への招へい、在外公館を通じた海外での原爆展の開催支援6、被爆体験証言を実施する被爆者に対する「非核特使」の名称付与等を通じ、被爆の実相を国内外に伝達するべく積極的に取り組んでいる。 また、被爆者の高齢化が進む中で、広島及び長崎の被爆の実相を世代や国境を越えて語り継いでいくことが重要となっている。こうした観点から、2013年から現在までに国内外の300人以上の若者に「ユース非核特使」の名称を付与してきている。2017年11月には、ユース非核特使の活動の活性化を図るとともに、国内外のユース非核特使経験者のネットワークを強化するため、広島で第3回ユース非核特使フォーラムを開催し、日本及び海外のユース非核特使経験者等が参加した。 (2)不拡散及び核セキュリティ ア 不拡散に関する日本の取組 日本は、不拡散体制の強化にも力を入れている。特に核不拡散の取組として、日本は国際原子力機関(IAEA)の指定理事国7としてIAEAに対する支援を始め、様々な取組を行っている。例えば、日本は、IAEAの保障措置は国際的な核不拡散体制の中核的な措置であるとの考えの下、各国の保障措置に対する理解や実施能力を高め、また、より多くの国が追加議定書(AP)8を締結するよう、IAEAが主催する地域セミナーへの支援を始め、様々な場を活用した各国への働きかけを進めている。そのような取組の一環として、2018年7月には、日本原子力研究開発機構(JAEA)核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(ISCN)のホストの下、イランに対し保障措置に係る2回目のトレーニングコースを実施した。これは日本が単独で拠出しているIAEAの核不拡散基金9を通じた支援により実施したものである。 さらに、日本は、2018年10月から11月にかけてウィーンで開催されたIAEA保障措置シンポジウムや、IAEAも参加しているアジア太平洋保障措置ネットワーク(APSN)年次会合など、地域・国際的な保障措置強化の取組に積極的に参加している。 また、2009年に就任以来、現在3期目となる(任期は2017年12月から2021年11月末まで)天野IAEA事務局長は、保障措置の効率化及び強化、北朝鮮の核問題や、イランの核問題に関する「包括的共同作業計画(JCPOA)」10に関する対応等にも力を入れてきている。安倍総理大臣及び河野外務大臣は、天野事務局長との会談を通じてこれらを含む様々な課題について、意見交換を重ねてきている。 日本は、各種輸出管理レジームにも積極的に貢献している。それらは、兵器やその関連汎用品・技術の供給能力を持ち適切な輸出管理を支持する国々による協調のための枠組みであり、国際的な不拡散体制の重要な一部となっている。具体的には、核兵器に関して原子力供給国グループ(NSG)及びザンガー委員会、生物・化学兵器に関してオーストラリア・グループ(AG)、ミサイル11に関してミサイル技術管理レジーム(MTCR)、通常兵器に関してワッセナー・アレンジメント(WA)があり、それらのレジームにおいて、兵器の開発に資する汎用品・技術等をそれぞれリスト化している。参加国は、それらリストの掲載品目について国内法に基づき輸出管理を行うことで、不拡散を担保している。輸出管理レジームではこのほか、拡散懸念国等の動向に関する情報交換や非参加国に対する輸出管理強化の働きかけなども行われている。日本はこのような国際的なルール作り、ルールの運用に積極的に関与しており、特にNSGの事務局の役割を在ウィーン国際機関日本政府代表部が務めるなど、様々な貢献を行っている。 また、日本は、拡散に対する安全保障構想(PSI)12の活動にも積極的に参加しており、2018年7月には、横須賀市、房総半島沖海空域及び伊豆半島沖空域において海上阻止訓練「Pacific Shield 18」を主催した。同訓練には、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、シンガポール及び米国がアセットや人員を参加させたほか、インド太平洋諸国等から19か国がオブザーバーを派遣した。これにより、各国及び関係機関は互いの連携強化を図るとともに、大量破壊兵器等の拡散阻止に係る国際社会の強い意思を示した。 PSI訓練での神奈川県警による化学剤の簡易検査(7月26日、横須賀) 日本はこのほか、アジア諸国を中心に不拡散体制への理解促進と地域的取組の強化を図るため、アジア不拡散協議(ASTOP)13やアジア輸出管理セミナー14を開催している。2018年1月31日に行われた第14回ASTOPでは、インドが新たに参加し、北朝鮮の核・ミサイル問題のほか、輸出管理の強化、弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範(HCOC)の普遍化、PSIについて議論が行われた。また、2018年2月27日から3月1日まで開催された第25回アジア輸出管理セミナーには33か国・地域が参加し、アジア各国・地域の輸出管理担当者の能力構築を図るため、テロ防止に向けた輸出管理の役割やアジアの輸出管理強化に向けた取組などについて議論が行われた。 さらに、日本は、非国家主体への大量破壊兵器及びその運搬手段(ミサイル)の拡散防止を目的として2004年に採択された国連安保理決議第1540号15の履行強化のため、積極的に貢献している。例えば、アジア諸国の不拡散体制強化に関する取組等の支援のため日本の拠出金が活用されており、国際的な不拡散体制の維持・強化に貢献している。 イ 地域の不拡散問題 北朝鮮は、累次の国連安保理決議に従って、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法での廃棄は行っておらず、北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は見られない。 2018年6月、シンガポールにおいて歴史的な米朝首脳会談が行われ、トランプ米国大統領と金正恩(キムジョンウン)北朝鮮国務委員長は朝鮮半島の完全な非核化に合意し、2019年2月にはハノイ(ベトナム)において、第2回米朝首脳会談が開催された。同首脳会談の結果を踏まえつつ、朝鮮半島の非核化に向けて、引き続き、国際社会が一体となって米朝プロセスを後押ししていくことが重要である。 他方で、8月のIAEAの事務局長報告は、北朝鮮の核関連施設の稼働の兆候があったことなどを指摘した上で、北朝鮮による核計画の継続及び更なる進捗は重大な懸念を生じさせ、これらの活動は国連安保理決議の明確な違反であると指摘した。また、11月のIAEA理事会においてもIAEA事務局長は、8月以降も北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)において更なる活動が観察されたと指摘した。 北朝鮮の核問題について、日本は、IAEAとの間で様々なレベルで緊密な協力を確認してきている。例えば、7月の河野外務大臣と天野事務局長との会談でも北朝鮮情勢について意見交換を行い、天野事務局長から、これまでの教訓を踏まえしっかりとした検証体制を構築するための方途等についての説明があり、日・IAEAの連携を確認した。 河野外務大臣と天野IAEA事務局長との会談 (7月5日、オーストリア・ウィーン) 日本としては、引き続き、安保理決議に従った北朝鮮の全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄に向けて、米国、韓国を始めとする関係諸国やIAEAなどの国際機関と緊密に連携していく。また、安保理決議に基づく制裁の完全な履行の観点から、アジア地域を中心とした輸出管理能力の構築も進めていく。 また、イランについて、IAEAは、2016年1月以来、イランによる包括的共同作業計画(JCPOA)の履行の監視・検証を継続的に行ってきている。2018年5月、米国はJCPOAからの離脱を発表し、8月及び11月に対イラン制裁が再適用された。このような状況の中、11月のIAEA理事会において天野事務局長は、イランはJCPOAのコミットメントを遵守しており、今後ともイランがそれらのコミットメントの完全な履行活動を継続することが不可欠であると述べた。 シリアによるIAEA保障措置の履行については、事実関係が解明されるためにも、シリアがIAEAに対して完全に協力すること、また、同国が追加議定書を署名・批准し、これを実施することが重要である。 ウ 核セキュリティ 核物質その他の放射性物質を使用したテロ活動を防止するための「核セキュリティ」については、オバマ米国大統領が提唱し、2010年から2016年の間に4回開催された核セキュリティ・サミットや、IAEA主催による「核セキュリティに関する国際会議」を始めとするIAEAや国連、有志国による各種の取組を通じて、国際的な取組や協力が強化されている。これらの取組について、日本は積極的に参加し、貢献している。 2018年2月には、河野外務大臣及び天野事務局長の立会いの下、東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会関連のイベントへのIAEAの専門家の参加支援や核セキュリティ事案に関連する情報交換、放射性物質の検知に関する機材の貸し出し等を含む協力の枠組みを設定する「東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の機会における核セキュリティ措置の実施支援分野における日IAEA間の実施取決め」の署名が行われた。 (3)原子力の平和的利用 ア 多国間での取組 原子力の平和的利用は、核軍縮・不拡散と並んでNPTの三本柱の一つとされており、核軍縮・不拡散を進める国が平和的目的のために原子力の研究、生産及び利用を発展させることは「奪い得ない権利」であるとされている。国際的なエネルギー需要の拡大などを背景として、原子力発電16を活用する又は活用を計画する国は多い。 一方、これら原子力発電に利用される核物質、機材及び技術は軍事転用が可能であり、また一国の事故が周辺諸国にも大きな影響を与え得る。したがって、原子力の平和的利用に当たっては、①保障措置、②原子力安全(原子力事故の防止に向けた安全性の確保など)及び③核セキュリティの「3S」17の確保が重要である。また、福島第一原発事故の当事国として、事故の経験と教訓を世界と共有し、国際的な原子力安全の向上に貢献していくことは、日本の責務である。この観点から、IAEAと協力し、2013年に福島県に「IAEA緊急時対応能力研修センター(IAEA・RANET・CBC)」を指定しており、2018年には、7月及び8月に国内外の関係者を対象として、緊急事態の準備及び対応の分野での能力強化のための研修を実施した。 福島第一原発の廃炉・汚染水対策、除染・環境回復は着実に進展しているが、世界にも前例がない困難な作業の連続であり、世界の技術や叡智(えいち)を結集して取り組んでいる。IAEAとは事故直後から協力しており、2018年は、海洋モニタリング専門家の受入れ(10月)や廃炉に関するレビューミッションの受入れ(11月)を実施した。また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、2014年に福島第一原発事故による放射線のレベル及び影響に関する報告書を公表し、2018年からは、最新の情報に基づく評価を実施すべく同報告書の改訂作業が進められている。 国際社会の正しい理解と支援を得ながら事故対応と復興を進めるためには、適時適切な情報発信が必要である。この観点から、日本は、福島第一原発の廃炉作業・汚染水対策の進捗、空間線量や海洋中の放射能濃度のモニタリング結果、食品の安全といった事項について、IAEAを通じて包括的な報告を定期的に公表しているほか、外交団に対する説明会の開催や在外公館を通じた情報提供などを行っている。 原子力は、発電のみならず、保健・医療、食糧・農業、環境、産業応用等の分野でも活用されている。これら非発電分野での原子力の平和的利用の促進と開発課題への貢献は、開発途上国がNPT加盟国の大半を占める中で重要性が増してきている。IAEAも、天野事務局長が「平和と開発のための原子力(Atoms for Peace and Development)」を掲げて、開発途上国への技術協力や持続可能な開発目標(SDGs)の達成への貢献に取り組んでいる。 日本は、平和的利用イニシアティブ(PUI)等を通じて、主にIAEAの活動を積極的に支援しており、2015年4月、NPT運用検討会議で、日本はPUIに対し5年間で総額2,500万米ドルの拠出を行うことを表明した。2018年には、PUIを通じ、開発途上国における感染症対策、がん治療能力の強化、水資源管理等のプロジェクトに対して支援を行った。 2018年11月には、原子力科学技術の応用とSDGs達成に向けた取組促進を目的に、初のIAEA原子力科学技術閣僚会議が開催された。日本からは、辻外務大臣政務官が出席し、コスタリカと共に共同議長を務め、閣僚宣言が採択された。 IAEA原子力科学技術閣僚会議で共同議長として閣僚宣言採択を祝う辻政務官(11月27日、オーストリア・ウィーン) イ 二国間原子力協定 二国間原子力協定は、原子力の平和的利用の推進と核不拡散の確保の観点から、原子炉のような原子力関連資機材等を移転するに当たり移転先の国からこれらの平和的利用などに関する法的な保証を取り付けるために締結するものである。 また、日本は、「3S」を重視する観点から、最近の原子力協定では、原子力安全面に関する規定も設けており、原子力安全に関する国際条約の遵守について相互に確認しているほか、同協定下での原子力安全分野の協力を促進することも可能となっている。 福島第一原発の事故後も引き続き諸外国から日本の原子力技術に対する期待が表明されている。相手国の事情や意向を踏まえつつ、日本が世界最高水準の安全性を有する原子力関連資機材・技術を提供していくことも可能である。また、二国間の原子力協力として、福島第一原発事故に関する経験と教訓を相手国と共有し、相手国の原子力安全の向上に協力していくことが求められている。原子力協定の枠組みを設けるかどうかは、核不拡散の観点、相手国の原子力政策、相手国の日本への信頼と期待、二国間関係などを総合的に勘案し、個別具体的に検討してきている。2018年末現在、日本はカナダ、オーストラリア、中国、米国、フランス、英国、欧州原子力共同体(EURATOM)、カザフスタン、韓国、ベトナム、ヨルダン、ロシア、トルコ、アラブ首長国連邦及びインドとの間でそれぞれ原子力協定を締結している。 IAEA 原子力科学技術閣僚会議 大阪大学大学院医学系研究科 核医学講座 教授 畑澤 順 2018年11月28日から30日、オーストリア・ウィーンの国際原子力機関(IAEA)で開催された原子力科学技術閣僚会議に出席する機会を得ました。本会議は、天野之弥(ゆきや)事務局長のリーダーシップの下に提唱された“Atoms for Peace and Development”の基盤となる原子力科学技術がテーマです。日本がコスタリカと共に共同議長の役割を果たしました。健康・医療、農業・食料、環境、水資源、男女共同参画等の分野で専門家によるパネルディスカッション、加盟各国代表の演説が3日間にわたって行われました。閣僚宣言が採択され、原子力科学技術とIAEAの活動の重要性について国際的な共通認識が得られました。 私は、原子力科学と医療の接点である“核医学”について報告しました。癌(がん)、心臓疾患、認知症の診療に放射性核種が重要な役割を果たしています。この分野では、日本発の技術、医療機器、手法が世界に発信され、普及しています。患者さん、医療スタッフの安全管理についても先進的な取組が行われています。核医学は、今後更に“原子力を医療へ”という立場で原子力科学と医療との橋渡しになります。 会議期間中、会場内に量子科学技術研究開発機構と日本核医学会による展示ブースを出展しました。400人を超える各国政府関係者、会議参加者に来訪いただき、日本の医療・健康福祉分野の最先端技術を説明する絶好の機会になりました。特に、日本が誇る、患者への負担が少なく、治療後の回復も早い放射線治療である重粒子線治療、ホウ素中性子捕捉療法、α線治療などが注目を集めました。原子力科学を社会にいかすには、人材育成が最も重要です。日本核医学会は、核医学の国際的な普及推進のために全国11大学・医療機関が参画する人材育成コンソーシアムを立ち上げ、本会議期間中にIAEAと協定を締結しました。アフリカ、アジア、ラテン・アメリカなど、医療の質の向上を目指す国々から人材を受け入れ、核医学専門家の人材育成を行う予定です。このような形の協定はIAEAにとっても初めてのことであり、その成果が大いに期待されています。 本会議では、日本の存在感の大きさを強く感じました。開会演説を行った天野事務局長、共同議長国として議事を取り仕切り演説を行った辻外務大臣政務官、閣僚宣言を取りまとめた北野在ウィーン国際機関日本政府代表部大使、IAEA内の日本人職員の皆さんのご活躍を目の当たりにし大変誇らしい思いでした。私どもも医療、技術開発、教育を通して、更に貢献してまいります。 (4)生物兵器・化学兵器 ア 生物兵器 生物兵器禁止条約(BWC)18は、生物兵器の開発・生産・保有などを包括的に禁止する唯一の多国間の法的枠組みである。条約遵守の検証手段に関する規定や条約実施機関がなく、条約をいかに強化するかが課題となっている。 2006年以降、履行支援ユニット(事務局機能)の設置や、5年に一度開催される運用検討会議の間における年2回の会期間会合の開催などが決定され、BWCの実施強化に向けて取組が進んできた。 2021年に予定されている第9回運用検討会議までの会期間会合では、国際協力、科学技術の進展レビュー、国内実施、防護支援及び条約の制度的強化の五つのテーマについて協議することが合意されている。 イ 化学兵器 化学兵器禁止条約(CWC)19は、化学兵器の開発・生産・貯蔵・使用などを包括的に禁止し、既存の化学兵器の全廃を定めている。条約の遵守を検証制度(申告と査察)によって確保しており、大量破壊兵器の軍縮・不拡散に関する国際約束としては画期的な条約である。CWCの実施機関として、ハーグ(オランダ)に化学兵器禁止機関(OPCW)が設置されている。OPCWは、シリアの化学兵器廃棄において、国連と共に重要な役割を果たし、2013年には、「化学兵器のない世界」を目指した広範な努力が評価されノーベル平和賞を受賞した。日本は、シリアの化学兵器廃棄に関するOPCWの活動に対して財政的支援を行った。また、化学産業が発達し、化学工場の数が多い日本は、OPCWの査察を数多く受け入れている。そのほか、加盟国を増やすための施策、条約の実効性を高めるための締約国による条約の国内実施措置の強化など、OPCWに対して具体的な協力を積極的に行っている。 また、日本は、CWCに基づき、中国に遺棄された旧日本軍の化学兵器について、中国と協力しつつ一日も早い廃棄の完了を目指している。 (5)通常兵器 ア クラスター弾20 日本は、クラスター弾がもたらす人道上の問題を深刻に受け止め、被害者支援や不発弾処理といった対策を実施21するとともに、クラスター弾に関する条約(CCM)22の締約国を拡大する取組を継続している。 イ 対人地雷 2019年は、対人地雷禁止条約(オタワ条約)23が発効して20周年に当たる。日本はこれまで、対人地雷の実効的な禁止と被害国への地雷対策支援の強化を中心とした包括的な取組を推進してきた。アジア太平洋地域各国へのオタワ条約締結の働きかけに加え、1998年以降、51か国・地域に対して約710億円を超える地雷対策支援(地雷除去、被害者支援等)を実施している。 2018年11月には、ジュネーブでオタワ条約第17回締約国会議が開催され、日本からはこれまでの日本のオタワ条約の普遍化や地雷対策支援の取組及び実績を振り返るとともに、対人地雷のない世界を目指し今後とも積極的な役割を果たすとの姿勢を表明した。 ウ 武器貿易条約(ATT)24 通常兵器の国際貿易を規制するための共通基準を確立し、不正な取引等を防止することを目的としたATTは、2014年12月24日に発効した。条約の検討を開始する国連総会決議の原共同提案国の1か国として、日本は国連における議論及び交渉を主導し、条約の発効後は締約国会議等での議論に積極的に貢献してきた。2018年8月、日本はアジア大洋州から選出された初めての議長国として第4回締約国会議を東京で開催した。 エ 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)25 過度に傷害を与える又は無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の使用を禁止又は制限するもので、手続事項等を定めた枠組条約及び個別の通常兵器等について規制する五つの附属議定書から構成される。枠組条約は1983年に発効した。日本は、枠組条約及び改正議定書IIを含む議定書IからIVを締結している。急速に進歩する科学技術の軍事利用に対する国際社会の懸念を背景として、CCWの枠組みで自律型致死兵器システム(LAWS)に関する政府専門家会合が開催されてきている。 オ 小型武器 事実上の大量破壊兵器とも称される小型武器は、入手と操作が容易であることから拡散が続いており、紛争の長期化や激化、治安回復や復興開発の阻害などの問題の一因となっている。日本は、1995年以来、毎年、国連小型武器決議を国連総会へ提出している。また、世界各地において武器回収、廃棄、研修などの小型武器対策事業を支援してきている。 3 より詳細な日本の核軍縮・不拡散分野の政策については2016年外務省発行の「日本の軍縮・不拡散外交(第7版)」を参照 4 核兵器その他の核爆発装置製造のための原料となる核分裂性物質(高濃縮ウラン及びプルトニウムなど)の生産を禁止することにより、核兵器の数量増加を止めることを目的とする条約構想 5 1983年以来、軍縮専門家を育成するために国連が実施。同プログラムの参加者を広島・長崎に招待しており、資料館の視察や被爆者による被爆体験講話等を通じ、被爆の実相への理解促進に取り組んでいる。 6 広島市や長崎市との協力の下、ニューヨーク(米国)、ジュネーブ(スイス)及びウィーン(オーストリア)で常設原爆展が開設されている。また、2018年には、フランス(カーン)、ベルギー(イーペル)及びポルトガル(ポルト)において「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」が実施された。 7 IAEA理事会で指定される13か国。日本を始めG7などの原子力先進国が指定されている。 8 包括的保障措置協定等に追加して、各国がIAEAとの間で締結する議定書。追加議定書の締結により、IAEAに申告すべき原子力活動情報の範囲が拡大され、未申告の原子力核物質・原子力活動がないことを確認するためのより強化された権限をIAEAに与えるもの。2018年12月現在、134か国が締結 9 国際的な核不拡散体制の強化を目的として、日本がIAEAに対して単独で拠出している特別拠出金。IAEAとの間の取決めに基づき2001年に設置 10 イランの原子力活動に制約をかけつつ、それが平和的であることを確保し、また、これまでに課された制裁を解除していく手順を詳細に明記したもの 〈イラン側の主な措置〉 ●濃縮ウラン活動に係る制約 ・稼動遠心分離機を5,060機に限定 ・ウラン濃縮の上限は3.67%、貯蔵濃縮ウランは300kgに限定等 ●アラク重水炉、再処理に係る制約 ・アラク重水炉は兵器級プルトニウムを製造しないよう再設計・改修し、使用済燃料は国外へ搬出 ・研究目的を含め再処理は行わず、再処理施設も建設しない 11 弾道ミサイルに関しては、輸出管理体制のほかにも、その開発・配備の自制などを原則とする「弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範」(HCOC)があり、139か国が参加している。 12 2018年12月現在、105か国がPSIの活動に参加・協力している。日本は、過去には、2004年、2007年及び2018年にPSI海上阻止訓練を、2012年にPSI航空阻止訓練をそれぞれ主催したほか、2010年に東京においてオペレーション専門家会合(OEG)を主催した。また、他国が主催する訓練及び関連会合にも積極的に参加しており、アジア太平洋地域でのローテーション訓練に参加しているほか、2016年1月に米国で開催された政治会合(高級事務レベル)に参加した。直近では2018年5月にフランスで開催されたPSI創設15周年を記念するハイレベル政治会合に参加した。 13 日本が主催し、ASEAN10か国、中国、インド、韓国、そしてアジア地域の安全保障に共通の利益を持つ米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランスの局長級が一堂に会し、アジアにおける不拡散体制の強化に関する諸問題について議論を行う多国間協議。直近では2019年3月に開催 14 日本が主催し、アジア諸国・地域の輸出管理当局関係者などが参加して、アジア地域における輸出管理強化に向けて意見・情報交換をするセミナー。1993年から毎年東京で開催している。最近では2019年2月に開催 15 2004年4月採択。全ての国に対し、①大量破壊兵器等の開発等を試みるテロリスト等への支援の自制、②テロリスト等による大量破壊兵器等の開発等を禁ずる法律の制定及び③大量破壊兵器等の拡散を防止する国内管理(防護措置、国境管理、輸出管理等)の実施を義務付けるとともに、国連安保理の下に国連安保理理事国から構成される「1540委員会」(決議第1540号の履行状況の検討と国連安保理への報告が任務)を設置 16 IAEAによると、2018年12月現在、原子炉は世界中で454基が稼働中であり、54基が建設中(IAEAホームページ) 17 核不拡散の代表的な措置であるIAEAの保障措置(Safeguards)、原子力安全(Safety)及び核セキュリティ(Security)の頭文字を取って「3S」と称されている。 18 1975年3月発効。締約国数は182か国(2018年12月現在) 19 1997年4月発効。締約国数は193か国(2018年12月現在) 20 一般的には、多量の子弾を入れた大型の容器が空中で開かれて子弾が広範囲に散布される仕組みの爆弾及び砲弾のことをいう。不発弾となる確率が高いともいわれ、不慮の爆発によって一般市民を死傷させることなどが問題となっている。 21 クラスター弾対策及び対人地雷対策に関する国際協力の具体的な取組については、開発協力白書を参照 22 クラスター弾の使用・所持・製造などを禁止するとともに、貯蔵クラスター弾の廃棄、汚染地域におけるクラスター弾の除去などを義務付ける条約で、2010年8月に発効した。2018年11月現在の締約国数は、日本を含め104か国・地域 23 対人地雷の使用・生産などを禁止するとともに、貯蔵地雷の廃棄、埋設地雷の除去などを義務付ける条約で、1999年3月に発効した。2018年11月現在の締約国数は、日本を含め164か国・地域 24 武器貿易条約(ATT)の2018年11月現在の締約国は99か国・地域。日本は、署名が開放された日に署名を行い、2014年5月、締約国となった。 25 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)の2018年11月現在の締約国は125か国・地域