第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 6 国際社会における法の支配 (1)日本の外交における法の支配の強化 日本は、法の支配の強化を外交政策の柱の一つとしており、力による一方的な現状変更の試みに反対し、領土の保全、海洋権益や経済的利益の確保、国民の保護などに取り組んでいる。例えば、日本は、国連総会を始めとする国際会議や関係国との会談等様々な機会に法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化を確認し、その促進に取り組んでいる。5月に開催されたG7タオルミーナ・サミット(イタリア)では、国連海洋法条約(UNCLOS)に反映されたものを含む国際法の諸原則に基づくルールを基礎とした海洋秩序の維持、仲裁を含む紛争の平和的解決へのコミットメントを再確認した。また、国際社会における法の支配の促進の観点から、日本は、国際法に基づく国家間の紛争の平和的解決、新たな国際法秩序の形成・発展、各国国内における法整備及び人材育成に貢献してきている。 ア 紛争の平和的解決 日本は、国際法の誠実な遵守に努めつつ、国際司法機関を通じた紛争の平和的解決を促進するべく、国連の主要な司法機関である国際司法裁判所(ICJ)の強制管轄権を受諾34し、国際裁判所に対して人材面・財政面を含め、国際社会における法の支配の確立に向けた建設的な協力を行っている。人材面では、ICJの小和田恆(ひさし)裁判官(2009年3月から2012年2月まで同裁判所所長)、国際海洋法裁判所(ITLOS、3-3-6(2)参照)の柳井俊二裁判官(2011年10月から2014年9月まで同裁判所所長)、国際刑事裁判所(ICC、3-3-6(5)参照)の尾﨑久仁子裁判官(2015年3月から2018年3月まで同裁判所第2副所長)などを輩出している。ICCについては、2017年12月に行われたICC裁判官選挙において、日本から立候補していた赤根智子国際司法協力担当大使兼最高検察庁検事が新裁判官に当選した。また、日本はITLOSやICCへの最大の財政貢献国でもある。これらの協力を通じて、日本は国際裁判所の実効性と普遍性の向上に努めている。また、外務省として国際裁判に臨む体制を一層強化するとの観点から、2015年4月に外務省国際法局に設置した国際裁判対策室を中心に、国際裁判手続に関する知見の増進や、国内外の法律家との関係強化を図ってきている。 イ 国際的なルール形成 国際社会が直面する課題に対応する国際ルールの形成は、法の支配強化のための重要な取組の一つである。日本は、こうした国際ルールの形成に際し、個別の分野における交渉に積極的に参画する一方、国連等における分野横断的な取組に自らの理念や主張を反映し、国際法の発展を実現するために、ルール形成の構想段階からイニシアティブを発揮している。具体的には、国連国際法委員会(ILC)や国連総会第6委員会での国際公法分野の法典化作業、またハーグ国際私法会議(HCCH)、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)、私法統一国際協会(UNIDROIT)などでの国際私法分野の条約やモデル法の作成作業など、各種の国際的枠組みでのルール形成プロセスに積極的に関与してきている。ILCでは、村瀬信也委員(上智大学名誉教授)が「大気の保護」の議題の特別報告者を務め、条文草案等の審議を通じて国際法の発展に貢献している。また、HCCH、UNCITRAL及びUNIDROITでは、各種会合に政府代表を派遣し、積極的に議論をリードしている。さらに、UNIDROITにおいては神田秀樹学習院大学教授が理事を務めている。加えて、アジア・アフリカ法律諮問委員会(AALCO)といった地域的な国際法フォーラムにも人材面・財政面で協力している。 ウ 国内法整備その他 日本は、国際法遵守のために自らの国内法を適切に整備するだけではなく、法の支配を更に発展させるために、特にアジア諸国の法制度整備支援や法の支配に関する国際協力にも積極的に取り組んでいる。例えば、日本は、日本を含むアジア諸国の学生に対し、紛争の平和的解決の重要性等の啓発を行うとともに、次世代の国際法人材の育成と交流を強化するとの観点から、外務省と国際法学会の共催(協力:日本財団)で国際法模擬裁判「アジア・カップ」を開催している。19回目となった2017年には、海洋法に関する架空の国家間紛争を題材に、アジア11か国(日本、インド、インドネシア、シンガポール、タイ、中国、ネパール、フィリピン、ベトナム、マレーシア及びパキスタン)の大学生が英語による書面陳述・弁論能力等を競った。 国際法模擬裁判「2017年アジア・カップ」(8月、東京・外務省 写真提供:国際法模擬裁判「2017年アジア・カップ」実行委員会) また、アジア諸国における法制度整備支援や、全地域を対象とした刑事司法分野の人材育成等、法の支配に関する日本の国際協力に関して、昨年に引き続き、AALCO年次総会の際に行われたサイドイベントで積極的な発信を行った。 (2)海洋分野における取組 近年、アジアの海において国家間で摩擦や緊張が高まる事例が増え、国際社会も重大な関心を持っている。これを受け、安倍総理大臣は、2014年5月のシャングリラ・ダイアローグで「海における法の支配の三原則」を提唱し、①国家は法に基づいて主張をなすべきこと、②主張を通すために、力や威圧を用いないこと及び③紛争解決には平和的収拾を徹底すべきことを呼びかけた。日本は、この三原則に基づき、開かれ安定した海洋の維持・発展に取り組んでいる。具体的には、2017年5月に開催されたG7タオルミーナ・サミット(イタリア)において、安倍総理大臣が海洋安全保障の議論を主導し、ルールを基礎とした海洋分野における秩序の重要性についてG7として一致するとともに、仲裁を含む海洋に関する紛争の平和的解決へのコミットメントを再確認した。さらに、11月の東アジア首脳会議(EAS)では、安倍総理大臣が、「自由で開かれたインド太平洋戦略」の下、インド太平洋の法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序を維持・強化するための取組を進めていく考えを表明し、こうした取組を推進していくことの重要性を参加国と共有した。 海における法の支配では、国連海洋法条約(UNCLOS)が重要な役割を果たしている。UNCLOSは、海洋に関する紛争の平和的解決と、海洋分野での法秩序の維持と発展のため、国際海洋法裁判所(ITLOS)を設置しているが、海での法の支配を推進する日本は、ITLOSが果たす役割を重視し、日本人裁判官を2人続けて輩出するなど人的協力を行っているほか、ITLOSの設立以来一貫して最大の分担金拠出国である。 同じくUNCLOSに基づき設立された大陸棚限界委員会(CLCS)及び国際海底機構(ISA)も、それぞれ大陸棚延長制度の運用及び深海底鉱物資源の管理に重要な役割を果たしており、日本は、これらの機関に対しても人材面・財政面での協力を継続している(3-1-3(4)ア参照)。 また、海での法の支配について共通の理解を醸成することを目指し、2月及び12月に「海洋法に関する国際シンポジウム」を開催した。これらのシンポジウムでは、国内外から著名な国際法学者、弁護士、ITLOS裁判官、CLCS委員等を招へいし、海洋法に関する諸問題について、活発な意見交換が行われた。 海洋法に関する国際シンポジウム(2月2~3日、東京・三田共用会議所) (3)政治・安全保障分野における取組 日本を取り巻く厳しい安全保障環境を背景として2015年に成立した平和安全法制により、日本として国際の平和及び安全に対する一層積極的な貢献を行えるよう、自衛隊から外国の軍隊に対する物品・役務の提供の可能性が拡大された。これを受け、自衛隊と外国の軍隊との間の物品・役務の相互提供に係る決済手続等につき定める物品役務相互提供協定が整備され、米国との新たな協定が2017年4月に、英国との協定が同年8月に、オーストラリアとの新たな協定が同年9月に、それぞれ発効した。また、安全保障分野における国際協力を推進する上での基盤を整備するため、移転される防衛装備品や技術の取扱いに関し定める防衛装備品及び技術移転協定や、関係国との間の安全保障に係る秘密情報の共有の基盤となる情報の保護措置の更なる整備に、引き続き取り組んでいる。さらに、重要課題である日露間の平和条約の締結などに向けた交渉に引き続き取り組んでいる。 原子力分野においては、インドとの間の原子力協定が7月に発効した。 (4)経済・社会分野における取組 貿易・投資の自由化や人的交流の促進、日本国民・企業の海外における活動の基盤整備などの観点から、諸外国との間で経済面での協力関係を法的に規律する国際約束の締結・実施がますます重要となっている。2017年には、各国・地域との間で租税条約、投資協定、社会保障協定などの署名・締結を行った。また、アジア太平洋地域、欧州などを対象とする経済連携協定(EPA)交渉に取り組み、日中韓自由貿易協定(FTA)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などの広域経済連携の交渉を積極的に進めた。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、11月に11か国によるTPPについての大筋合意が確認された。また、12月には日EU・EPAの交渉妥結に至った。 さらに、日本国民・企業の生活・活動を守り、促進するため、世界貿易機関(WTO)の紛争処理制度の活用を図るとともに、既存の国際約束の適切な実施に取り組んでいる。 国民生活と大きく関わる人権、漁業、海事、航空、労働、社会保障等の社会分野でも、国際約束に日本の立場が反映されるよう交渉に積極的に参画している。また、環境分野では、5月に名古屋議定書を締結し、12月に名古屋・クアラルンプール補足議定書を締結した。 (5)刑事分野における取組 ICCは、国際社会の関心事である最も重大な犯罪を行った個人を国際法に基づいて訴追・処罰する世界初の常設国際刑事法廷である。日本は、2007年10月の加盟以来、ICCの活動を一貫して支持し、様々な協力を行っている。財政面では、日本はICCへの最大の分担金拠出国であり、2017年現在、分担金全体の約16.5%を負担している。加えて、人材面においても、ICC加盟以来継続して裁判官を輩出しており、12月に行われたICC裁判官選挙では、日本から立候補していた赤根国際司法協力担当大使兼最高検察庁検事が当選した。また、予算財務委員会において現職の小嵜仁史(こざきひとし)委員が再選されたほか、被害者信託基金において野口元郎(もとお)理事長が、裁判官指名諮問委員会において福田博委員が引き続きそれぞれの職務を務めるなど、ICCの活動に積極的に協力している。また、ICCが国際刑事司法機関としての活動を本格化させていることに伴い、ICCに対する協力の確保や補完性の原則の確立、裁判手続の効率性と実効性の確保が急務となっている。日本は締約国会議の場を通じて、非協力問題に関するフォーカル・ポイントやガバナンス問題スタディ・グループの共同議長を引き続き務めるなど、これらの課題に積極的に取り組んでいる。 こうしたICCに関する取組に加え、日本は、近年の国境を越えた犯罪の増加を受け、他国との間で必要な証拠の提供などを一層確実に行えるようにしている。また、刑事司法分野における国際協力を推進する法的枠組みの整備にも積極的に取り組んでおり、刑事共助条約(協定)35、犯罪人引渡条約36及び受刑者移送条約37の締結を進めている。 34 ICJ規程第36条2に基づき、同一の義務を受諾する他の国に対する関係において、ICJの管轄権を当然にかつ特別の合意なしに義務的に受け入れることを宣言すること。現在日本を含めて73か国が宣言しているにとどまる。 35 刑事事件の捜査と手続の面で他国と行う協力の効率化や迅速化を可能とする法的枠組み 36 犯罪人の引渡しに関して包括的かつ詳細な規定を有し、犯罪の抑圧のための協力を一層実効あるものとする法的枠組み 37 相手国で服役している受刑者に本国において服役する機会を与え、社会復帰の促進に寄与する法的枠組み