第2章 地球儀を俯瞰する外交 各論 1 中東地域情勢 (1)イラク 2017年は、イラクを構成する民族・宗派が団結し、イラク全土の「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」からの解放を成功させた一方、クルディスタン地域の独立に関する住民投票を受け、連邦政府とクルディスタン地域政府(KRG)との間で緊張が高まるなど、イラクの一体性に関して相反する動きが見られた年であった。 イラク全図 ISIL掃討作戦では、イラク連邦政府の治安部隊、シーア派民兵で構成される人民動員部隊(PMU)、クルディスタン地域政府の治安部隊ペシュメルガ等が一致協力し、モースル(7月)などの主要都市の解放を実現した。そして、12月にはアバーディー首相がイラク全土のISILからの解放を宣言した。 一方、9月末、連邦政府や国際社会の強い反対を押し切る形で、KRGが連邦政府との係争地を含むクルディスタン地域の独立の是非を問う住民投票を実施した。連邦政府はこれに反発し、KRGが統制していたキルクークなど係争地に治安部隊を展開させる作戦を実施した。この結果、KRGは係争地のほぼ全域を失い、バルザーニーKRG大統領は辞任した。 イラクでは、ISIL解放作戦を通じて多数の国内避難民が発生しており、この帰還が復興に向けた第一の課題となっている。この状況を踏まえ、1月、日本は、避難民への食料・水等の物資供与、帰還・定着のための家屋修復、職業訓練を含む約1億米ドルの人道・安定化支援を国際機関経由で実施した。また、9月にも、450万米ドルの人道・安定化支援を国際機関経由で実施した。加えて、日本は、電力分野等における円借款事業を通じてイラクのインフラ復興に貢献しているほか、2016年のG7伊勢志摩サミットでの表明を踏まえ、油価下落や戦費拡大等を受けて深刻化したイラク財政の建て直しを支援している。 日・イラク関係では、1月にエルビル領事事務所を開設し、邦人保護やクルド情勢のフォローを行っている。要人往来については、1月に薗浦外務副大臣、8月に薗浦総理補佐官、11月に佐藤正久外務副大臣がイラクを訪問し、2019年に迎える外交関係樹立80周年に向けた二国間関係強化の方途について議論した。また、2月には、イラクから国会議員7人が訪日し、日本の知見を復興や国民融和に役立てることを目的とした「知見共有セミナー」に出席した。 (2)シリア ア シリアの現状、ISILの勢力後退 2011年に始まったシリア危機については、2017年末時点で死者は32万~47万人、難民は500万人以上、国内避難民も約630万人が発生するなど、今世紀最悪の人道危機といわれる状況が継続している。 シリア危機が長期化する一方、ISILの勢力は大きく後退した。米国が主導する有志国連合の支援を受けたシリア民主軍(SDF)は、ユーフラテス川北東岸でISILとの戦いを続けてきたが、2017年6月6日には、ISILが首都と称してきたラッカ市内への攻撃を開始し、10月20日に正式にラッカの解放を宣言した。シリア政府側もユーフラテス川南西岸でISILとの戦いを進め、11月3日にはシリア東部の主要都市デリゾールの解放、11月9日にはイラクとの国境の町アブ・カマールの解放を宣言した。ISILの勢力は引き続き一部残存しているものの、都市部での拠点は全て失い、ISILの勢力は大幅に後退したと考えられる。 シリア全図 一方、シリア政府と反体制派の戦闘は、2017年中の停戦に向けた試み(後述イ)によりある程度沈静化を見せているものの、停戦違反等もあり、戦闘は継続しており、人道状況は劣悪な状況が続いている。特に被包囲地域において、食料や医薬品の不足等が深刻な状況になっており、同地域に対する人道支援の実施や医療目的の退去が重要な課題となっている。戦況は、ロシア及びイランの支援を受けたシリア政府が有利な状況で推移したが、シリア政府がシリア全土の支配を回復する状況には至っていない。 2017年4月4日には、ハーン・シェイフーンで化学兵器が使用される事案が発生した。同事案を受け、7日に、米軍がシリア政府軍のシャイラート空軍基地(化学兵器を投下した航空機が発着したとされる。)を巡航ミサイルで攻撃した。シリアでは化学兵器の使用が疑われる事案が複数発生しており、化学兵器調査機関(OPCW)・国連共同調査メカニズム(JIM)は、これまで、ハーン・シェイフーンの事案を含めた4件の事案をシリア政府によるもの、2件をISILによるものと結論付けている。 イ 停戦の試み(アスタナ・プロセスの開始等) こうした中、2017年1月23日及び24日に、ロシア、イラン及びトルコが保証国となり、カザフスタンのアスタナでシリア政府とシリア反体制派武装勢力が、主に停戦について協議を行う第1回アスタナ会合が開催された(アスタナ・プロセスの開始)。この会合は2017年中に8回開催され、9月14日及び15日に開催された第6回会合では、シリア国内4か所(①東グータ、②ホムス県北部の一部地域、③イドリブ県とその周辺地域及び④シリア南部の一部)に緊張緩和地帯の設置が宣言されるなどの成果が見られた。 また、2017年7月7日には、米国、ロシア及びヨルダンがシリア南西部での停戦に合意しており、国際社会による停戦に向けた努力が続けられている。 ウ 政治プロセス 2017年2月23日から3月3日まで、国連主催の「シリア人対話」が開催され、2016年4月以降中断していた対話プロセス(ジュネーブ・プロセス)が再開された。「シリア人対話」では、シリア政府とシリア反体制派が、国連の仲介でシリア危機の政治的解決に向け、統治、憲法改正、選挙、テロリズム等について協議を続けている。 このほか、10月30日及び31日に開催された第7回アスタナ会合で、ロシアは、シリア国民、武装勢力、宗教関係者等を幅広く招待して「シリア国民対話会議」を開催することを提案した。12月21日及び22日に開催された第8回アスタナ会合では、本件会議の開催につき保証国(ロシア、イラン及びトルコ)の合意が得られた。 エ 日本の取組 日本は、一貫して、シリア危機の軍事的解決はあり得ず、政治的解決が不可欠であるとの立場を採っている。同時に、継続的な支援を通じて人道状況の悪化に歯止めをかけることも重要であると考えている。そのため日本は、シリア情勢が悪化して以降、人道支援のために2017年末までに、シリア及び周辺国に対し19億米ドル以上の支援を実施してきた。また、2016年から2017年にかけて、国連安保理非常任理事国となったことから、日本は、国連安保理における議論に積極的に貢献した。また、人道アクセスの確保や停戦の実施等について継続的に働きかけを実施してきた。引き続き、日本の強みである人道支援を中心に、国際社会と緊密に連携しながら、シリア情勢の改善及び安定に取り組んで行く考えである。 (3)イラン 日本の約4.4倍の国土を有し、人口約8,000万人を抱えるイランは、豊富な天然資源に恵まれたイスラム教シーア派の地域大国である。日本は、原油の安定供給及び中東地域の安定確保の観点から、伝統的な友好関係を維持・強化させてきた。 2015年7月にイランとEU3(英仏独)+3(米中露)との間で合意された「包括的共同作業計画」(JCPOA)が、2016年1月に「履行の日」に至り、過去の関連国連安保理決議の対イラン制裁関連規定が終了するとともに、米国やEUの対イラン制裁が一部停止・終了された。合意後、国際原子力機関(IAEA)はイランの履行状況を継続的に検証・監視しており、イランによるJCPOA上のコミットメントは履行されていると報告している。トランプ米国大統領は就任後、イランの地域を不安定化させる活動等に厳格に対処すべきとの立場を採っており、2017年10月、対イラン戦略スピーチで、米国内法に基づく核合意に関する認定をしないと発表した。日本は、9月にIAEAと協力しイラン原子力庁職員に対して保障措置の集団研修を実施した。また、10月の日・イラン外相電話会談では、引き続き国際不拡散体制の強化と中東の安定に資する核合意を支持する立場であり、対話を通じた問題解決への期待及び核合意の着実かつ継続的な履行を後押ししていくことを伝達した。2017年5月の大統領選挙でローハニ大統領が再選されたことを受け、安倍総理大臣はローハニ大統領に宛てた祝辞で、国際社会との一層建設的な関係構築進展への期待を表明した。9月には、高村正彦総理特使がイランを訪問し、ローハニ大統領に対して、核合意遵守が継続された環境を基礎として、イランが地域の安定に建設的な役割を果たすことへの期待を伝えた。国連総会では、ローハニ政権発足後6回目となる日・イラン首脳会談(米国・ニューヨーク)が開催され、政治、経済にとどまらず、医療、環境、文化、観光等幅広い分野で協力を推進することで一致した。また、同時に河野外務大臣の就任後初めてとなる日・イラン外相会談が開催され、核合意や地域情勢に関して率直な意見交換が行われた。 「履行の日」の到来以降、日本とイランの間ではハイレベルの政治交流にとどまらず、様々なレベルの交流や重層的な対話の枠組みを通じて広範な分野において協力が拡大してきている。 2017年は、女性・家族問題担当副大統領の訪日(2月)、文化遺産・手工芸・観光庁副長官の訪日(3月)、関芳弘環境副大臣のイラン訪問(5月)など、様々な分野でハイレベルの往来が活発に行われた。このほか、両国外相間で合意された日・イラン協力協議会の下に設置された、環境、文化・スポーツ、経済協力、医療保健及び貿易・投資の作業部会が開催され、各分野における協力進展に向けて当局間協議が実施された。 経済面では、経済制裁の解除・緩和を受けた対外ビジネスの活発化等により、2016年のイランの実質GDP成長率は6.5%と、前年のマイナス成長から高成長へと転じた。また、2016年の日本からイラン向け輸出は前年比3.4%増、輸入は同3.4%増と、両国の貿易量も増加した。4月には日・イラン投資協定が発効に至るなど、日本は、イランへのビジネス環境整備のための取組を実施している。 (4)湾岸諸国(イエメンを含む。) 湾岸諸国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーン、カタール、クウェート、バーレーン)は、日本にとって、エネルギー安全保障等における重要なパートナーである。3月のサルマン・サウジアラビア国王の46年ぶりとなる訪日、4月のアブダッラーUAE外務・国際協力相の訪日、また、9月上旬、12月上旬及び下旬の河野外務大臣の計3回の中東訪問を通じて6か国全てを訪問し各国外相と会談を行うなど、活発な要人往来が行われた。特にバーレーンでは、湾岸地域の安全保障につき議論する第13回「マナーマ対話」に日本の外務大臣として初めて出席した。また、8月、河野外務大臣は就任後の最初の電話会談を、ムハンマド・サウジアラビア皇太子と行い、9月に同皇太子に表敬するなど、中東各国要人との関係強化も着実に行われている。 サルマン・サウジアラビア国王と握手をする安倍総理大臣(3月13日、東京 写真提供:内閣広報室) 第13回「マナーマ対話」にて講演する河野外務大臣(12月9日、バーレーン・マナーマ) これら諸国の経済状況は、国際油価の低迷による歳入減を受け、石油依存からの脱却や民間セクターの育成に向け、産業多角化、人材育成等を重要課題に位置付けている。特にサウジアラビアが、2016年4月に脱石油依存と雇用創出のため「サウジ・ビジョン2030」を発表し、日本は協力の新たな羅針盤として、サルマン国王訪日に際して「日・サウジ・ビジョン2030」を発表した。 人的交流に資する成果としては、4月にUAEとの間でUAE国民に対する事前登録に基づく一般旅券保持者の査証免除、9月にサウジアラビアとの間でサウジアラビア査証手数料の大幅な引き下げなどが実現した。 政治情勢については、6月、サウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプト等が、カタールのテロ支援等を理由に、カタールとの外交関係断絶を発表した。クウェートのサバーハ首長が仲介意欲を表明し、双方への仲介外交を継続中だが、現状は膠着(こうちゃく)状態である。中東の平和と安定には、湾岸協力理事会(GCC)の結束維持が不可欠である。6月、安倍総理大臣から、ムハンマド・サウジアラビア皇太子及びタミーム・カタール首長に対し、電話で、対立の対話による早期解決への期待を伝達した。さらに安倍総理大臣はサバーハ首長宛ての親書にてクウェートの仲介努力を支持すると伝達した。9月に中東を歴訪した河野外務大臣は、ムハンマド・カタール外相及びジュベイル・サウジアラビア外相と会談し、対話による早期解決の期待及び問題解決へ向けできることは支援するとの日本の立場を伝達した。 イエメンでは、首都サヌアを支配する反政府勢力と政府軍及びサウジアラビアを中心とするアラブ連合軍との間で戦闘が継続し、和平への見通しは不透明なままである。また、「世界最大の食糧危機」と評されるなど、イエメン国民は深刻な人道状況に苦しんでおり、国際社会の支援が求められている。イエメンは、紅海及びアデン湾というシーレーン上の要衝に位置しており、イエメンの安定は日本の国益に直結している。日本は4月に約6,200万米ドルの支援を表明するなど人道状況改善に向けた支援を実施しているほか、9月に4年ぶりとなる日・イエメン外相会談を実施するなど、イエメンの安定化・復興に向けて息長く関与していくことを表明している。 (5)中東和平 ア 中東和平をめぐる動き 2014年4月にイスラエル・パレスチナ間の直接交渉が頓挫して以降、中東和平プロセスは停滞したままの状況が継続している。イスラエルの入植政策は継続し、双方の不信感は根強く、対話の再開には至っていない。また、ガザ地区の人道状況も悪い状態が続いている。 2017年、米国でトランプ新政権が誕生し、中東和平問題の解決に向けて積極的な姿勢を示したことから、国際社会ではこの膠着(こうちゃく)状態の打破への期待感が生まれた。米国政府高官が何度もイスラエル及びパレスチナに足を運び、双方の意見を聴取してきた。 一方、12月6日(米国東部時間)、トランプ米国大統領は、エルサレムをイスラエルの首都と認めるとの立場を表明し、テルアビブにある在イスラエル米国大使館をエルサレムに移す意向を明らかにした。トランプ米国大統領の声明は、エルサレムの最終的地位を予断するものではないことを明確にするものであったが、エルサレムの地位に関する国際社会のこれまでの原則に反するものと受け止められたため、アラブ・イスラム諸国を始めとする多くの国が、この発表に異を唱えた。一部では、この発表に反対するデモが発生し、パレスチナではイスラエル治安当局との衝突により死傷者も発生した。 これに対し、国連安保理は緊急に会合を開催し、各国に対し、エルサレムへの外交使節団の設置を控え、エルサレムに関する国連安保理の諸決議に反するあらゆる措置を承認しないよう求める決議案を採決にかけたが、米国の拒否権により否決された。その後、同様の内容の決議案が国連総会の採決にかけられ、日本を含む賛成多数で可決された。 イ 日本の取組 日本は、国際社会と連携しながら、イスラエル及びパレスチナが平和に共存する「二国家解決」の実現に向けて政治・経済面から働きかけを行ってきている。総理大臣、外務大臣、中東和平特使など、あらゆるレベルで政治対話を行ってきているほか、イスラエル及びパレスチナ双方の関係者や若者を日本に招へいするなど、当事者間の信頼醸成に取り組み、和平の実現に不可欠な環境造りに貢献してきた。 2015年1月、安倍総理大臣はイスラエル及びパレスチナを訪問し、イスラエルではネタニヤフ首相らと、パレスチナではアッバース大統領と会談した。2016年2月にはアッバース大統領が訪日し、直接交渉再開に向け柔軟な対応を働きかけた。 2017年12月、河野外務大臣がイスラエル及びパレスチナを訪問し、ネタニヤフ首相、アッバース大統領らと会談し、両当事者の建設的な対応の重要性などを伝達した。 日本の対パレスチナ支援は、1993年以降、約18億6,000万米ドルに達しており、人道支援、雇用創出、医療・保健・農業など様々な分野に及ぶ。特に独自の取組として、イスラエル、パレスチナ及びヨルダンと協力し、パレスチナの経済的自立に向けた「平和と繁栄の回廊」構想を進めている。同構想の旗艦事業として実施中のジェリコ農産加工団地(JAIP)では、数社が操業を開始しており、今後更に多くの企業が稼働し、雇用を生み出すことが見込まれる。2017年12月、河野外務大臣はJAIPを訪問し、フェーズⅡの開始を記念した除幕式に出席した。式典で河野外務大臣は、「平和と繁栄の回廊」構想をグレードアップするため、情報通信技術(ICT)分野での協力や、物流の改善に力を入れていくことを表明した。 また、アジア諸国の支援を動員すべく日本が開始した「パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合(CEAPAD)」の枠組みの下で、アジア諸国との三角協力を通じた対パレスチナ支援が進んでいる。 (6)ヨルダン・レバノン ヨルダンは、混乱が続く中東地域において比較的安定を維持している。アブドッラー2世国王のリーダーシップの下で行われている過激主義対策、多数のシリア難民の受入れ、中東和平への積極的な関与など、ヨルダンが地域の平和と安定のために果たしている役割は、国際的にも高く評価されている。 日本との関係では、9月の国連総会でアブドッラー2世国王と安倍総理大臣が首脳会談(米国・ニューヨーク)を行ったほか、7月にムルキ-首相が訪日した。また、9月及び12月には河野外務大臣がヨルダンを訪問しサファディ外務・移民相と会談するなど、首脳・閣僚級の往来が頻繁に行われており、伝統的に良好な両国の関係がより一層深まっている。両国は、外交、安全保障や経済等、幅広い分野における二国間関係の更なる発展と中東地域の安定に向けた協力の進展に向け連携していくことで一致した。 日・ヨルダン首脳会談(7月14日、東京 写真提供:内閣広報室) 日本は地域安定の要であるヨルダンを重視し、難民やホストコミュニティーへの支援によるヨルダンの安定の維持と産業基盤の育成のために継続的に支援してきており、2017年もシリア難民が多いバルカ県の送配水網の改修・拡張のために約14億円の無償資金協力の支援を行うなど、ヨルダンの社会的安定に貢献している。 レバノンは、キリスト教やイスラム教を含む18の宗教・宗派が混在するモザイク国家である。2014年5月のスレイマン大統領の退位以来、約2年半ぶりの2016年10月にアウン前自由愛国運動党首が大統領に選出された。これに伴い、同年12月にはハリーリ内閣が成立した。ハリーリ内閣の下、各種政策への取組が行われ、特に、宗派間で合意に至らなかった選挙法改正については2017年6月にようやく新選挙法が成立し、2018年5月には2009年以来となる国会議員選挙が予定されることとなった。 2017年11月にはハリーリ首相がサウジアラビアで突如辞意を表明するという事案が発生したが、フランスを始めとする国際社会の仲介もあり、12月、レバノンに帰国した同首相は辞任を撤回した。 レバノンは、シリア情勢の影響等困難な諸課題に直面しているが、同国の安定は中東地域の安定と繁栄の鍵である。日本はレバノンに対しても、シリア難民及びホストコミュニティーへの人道支援等を行っている。 (7)トルコ トルコは、欧州、中東、中央アジア、コーカサス地域の結節点に位置する地政学上重要な地域大国であり、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として、EU加盟に向けた取組など欧米重視の外交を基本としつつ、中東・アジア・アフリカ地域への多角的な積極外交を展開している。また、1890年のエルトゥールル号事件2に代表されるように、歴史的な親日国である。 2016年7月15日に発生したトルコ軍の一部によるクーデター未遂事件では、トルコ政府は米国亡命中のイスラム運動指導者ギュレン氏が関与しているとして非常事態宣言を発出し、主に軍・治安当局、公務員等を対象にギュレン運動関係者の処分や取締を継続している。 外交面では、約330万人のシリア難民受入れを行っており、難民問題への対応等をめぐり欧米諸国との緊張が高まる一方、ロシア及びイランとアスタナ・プロセスを通じて緊張緩和地帯の創設などの協力を行っている。また、米国にいるギュレン氏の身柄引渡し、米国によるPYD/YPG(クルド独立運動を行うトルコのテロ組織PKKのシリアでの活動組織とされる)への武器供与等をめぐって対米関係が緊張している。10月に在イスタンブール米国総領事館のトルコ人職員がギュレン氏関係の容疑でトルコ当局に逮捕されると、米国はトルコ国内にある米国公館による査証発給を停止、トルコも同様の対抗措置を行った(12月末に査証発給は再開)。 日・トルコ首脳会談(9月20日、米国・ニューヨーク 写真提供:内閣広報室) 日本との関係では、9月に安倍総理大臣がニューヨークでエルドアン大統領と8回目となる首脳会談を実施した。また、6月にはチャヴシュオール外相の訪日、12月には河野外務大臣のトルコ訪問が実現した。 日・トルコ外相会談(12月28日、トルコ・アンカラ) (8)アフガニスタン アフガニスタンでは、2014年9月に発足したガーニ大統領率いる国家統一政府が、国際社会の支援を得つつ、汚職対策やガバナンス等の改革努力を進めているものの、引き続き課題は山積みである。とりわけ、タリバーン等の反政府武装勢力等の攻撃による国内の厳しい治安状況は継続しており、5月31日には、首都カブールにあるドイツ大使館付近(日本国大使館に隣接)にて、300人以上の死傷者を出す大規模テロが発生した。一方、国家統一政府は、6月に、主要国・周辺国を一同に集め、アフガニスタン政府と反政府武装勢力との和平の進展を目指すための「カブール・プロセス」会合を開催する等、国際社会と連携しつつ、和平に向けた取組を進めている。また、8月には、トランプ米国大統領が、アフガニスタンに関する新たな戦略「対アフガニスタン・南アジア戦略」を発表し、米国のアフガニスタンに対する引き続きの関与を表明した。 (9)エジプト アフリカ大陸の北東に位置し、地中海を隔てて欧州に接するエジプトは、中東・北アフリカ地域の安定に重要な役割を有する大国である。 経済面では、2016年秋からの変動相場制への移行、燃料補助金改革や付加価値税導入等の改革により、外貨準備高や海外直接投資を含むマクロ経済が改善傾向にある。治安対策では、コプト教徒を狙ったテロ事件が相次ぎ、シナイ半島北部のモスクに対する襲撃事件が発生する等の課題が残った。 日・エジプト関係は、2016年2月のエルシーシ大統領訪日以降、日本式教育の導入やエジプト人留学生及び研修生の受入拡大、エジプト・日本科学技術大学(E-JUST)への支援強化を含む「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」や大エジプト博物館建設計画等の協力案件が着実に進んでいる。 2017年は要人往来が活発であった。エジプトからは代議院(国会)議長、国軍参謀総長やコプト教皇が訪日した。日本からは、9月に河野外務大臣が外務大臣としては約5年ぶりにエジプトを訪問し、アラブ諸国外相との間で初となる「日アラブ政治対話」で、日本の対中東外交に関するスピーチを行ったほか、エルシーシ大統領表敬や日・エジプト外相会談を行った。 10月には日・エジプト間の直行便が再開され、12月にはナスル投資・国際協力相が訪日し、「エジプト投資セミナー」において日本からの投資拡大を呼びかけた。今後、観光、投資分野における二国間関係の拡大が期待される。 2 エルトゥールル号事件の詳細については、https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/da/page22_001052.html参照