第2章 地球儀を俯瞰する外交 4 南アジア (1)インド インドは、アジアとアフリカをつなぐインド洋に面し、シーレーン上の中央に位置するなど、地政学的に極めて重要な国である。さらに、世界第2位の人口、巨大な中間所得層を抱え、アジア第3位の経済規模を有する。日本とインドは、民主主義や法の支配等の普遍的価値や戦略的利益を共有するアジアの二大民主主義国である。 2014年5月のモディ首相就任以降、インド経済は7%台の高い経済成長率を維持している。株価上昇に加えて、消費や生産も改善し、モディ首相が重視する海外直接投融資も、規制緩和を背景に着実に増加している。 外交面では、モディ首相は「アクト・イースト」政策を掲げ、アジア太平洋地域における具体的協力を推進する積極的外交を展開し、グローバルパワーとしてますます国際場裏での影響力を増している。 日本との関係では、2017年は計3回の首脳会談を行った。特に9月の安倍総理大臣による現政権下で3度目となるインド訪問の際には、モディ首相の地元グジャラート州に招待され、異例ともいえる手厚い歓待を受けた。空港到着時には、沿道8キロにわたり約5万人の地元の人々に熱狂的な歓迎を受け、ムンバイ・アーメダバード高速鉄道に係る起工式典に出席したほか、モディ首相との間で通算10回目となる首脳会談を行った。首脳会談では、日本の「自由で開かれたインド太平洋戦略」とインドの「アクト・イースト」政策を一層連携させていくことで一致し、連結性協力、防衛装備協力、日米印連携の促進、ODAを通じた支援の継続、日本語教育の拡充及び観光・人的交流の抜本的拡大につき一致した。また、北朝鮮問題を含む地域情勢についても意見交換を行い、北朝鮮への圧力最大化で一致した。 モディ・インド首相を始め地元の人々から歓待を受ける安倍総理大臣夫妻(9月13日、インド・アーメダバード 写真提供:内閣広報室(首相官邸Facebook)) (2)パキスタン パキスタンは、アジアと中東を結ぶ要衝にあり、その政治的安定と経済発展は地域の安定と成長に不可欠であるとともに、国際テロ対策の最重要国である。また、約2億人の人口を抱え、そのうち25歳以下の若年人口が全人口の約6割を占めており、経済的な潜在性は高い。 治安面では、2017年8月に就任したアバシ首相がシャリフ前首相の政策を引き継ぎ、治安改善を最重要課題として取り組んでいる。2014年6月以来、パキスタン軍は、パキスタン・タリバーン運動(TTP)を始めとする武装勢力に対する軍事作戦を実施し、パキスタン政府は、テロ発生件数が大幅に減少したとしている。 外交面では、シャリフ前首相はインドを含む近隣諸国との関係改善を掲げていたが、2016年1月にインド空軍基地襲撃テロ事件が発生して以降、インド・パキスタン関係は緊張状態にある。また、中国との間では「全天候型戦略的協力パートナーシップ」の下、中国の進める「一帯一路」の重要な構成要素である中国・パキスタン経済回廊建設に向けて幅広い分野で関係が強化されている。アフガニスタンとの関係では、2016年1月から和平・和解プロセスについて協議する4か国調整グループ(QCG:パキスタン、アフガニスタン、米国及び中国が参加)を開始したが、和平・和解プロセスはいまだ道半ばであり、両国間には国境管理や難民問題など引き続き多くの課題がある。 経済面では、2013年9月からの国際通貨基金(IMF)プログラムにより経済の立て直しが行われた。公的債務の一層の削減や税収の拡大等、依然として取り組むべき課題はあるが、2016/2017年度の成長率は5%台で、過去10年間で最も高い成長率となった。 日本との関係については、2017年に外交関係樹立65周年を迎え、5月に岸外務副大臣がイスラマバード及びカラチを訪問した。同訪問では、シャリフ前首相等要人との会談で、二国間関係の更なる発展に向けた取組や地域情勢について意見交換を行ったほか、日本及びパキスタンのビジネス関係者との間で、両国の経済関係強化に向けた方策についての意見交換を行った。 (3)バングラデシュ イスラム教徒が国民の約9割を占めるバングラデシュは、ベンガル湾に位置する民主主義国家であり、インドとASEANの交点としてその地政学的重要性も高い。 ハシナ首相率いるアワミ連盟政権は安定しているが、2015年10月に邦人殺害テロ事件が発生、また、2016年7月にはダッカで襲撃テロ事件が発生するなど、治安当局によるイスラム過激派組織の摘発や各所での検問所設置などのテロ対策が進められているものの、依然として全土にテロの脅威がある。また、2017年8月以降、ミャンマー・ラカイン州の治安悪化を受けて、同州から、新たに60万人以上の避難民が流入し、人道状況が悪化している。 経済面では、後発開発途上国ではあるものの、繊維品を中心とした輸出が好調で、2017年も約7.24%の経済成長率を維持し、堅調に成長している。人口は約1億6,000万人に上り、安価で質の高い労働力が豊富な生産拠点であるとともに、高いインフラ整備需要など潜在的な市場として注目を集め、進出している日系企業数は61社(2005年)から270社(2016年10月)に増加している。しかし、電力・天然ガスの安定した供給やインフラ整備が外国企業の投資にとって課題となっている。 日本との関係については、1月の武井俊輔外務大臣政務官、9月の堀井巌外務大臣政務官に続き、11月には河野外務大臣が訪問し、アリ外相との間で外相会談を行い、「包括的パートナーシップ」の下での日・バングラデシュ関係強化、地域情勢・国際場裏での関係強化を確認したほか、ミャンマー・ラカイン州北部の情勢を受けてバングラデシュに流入してきた避難民のキャンプを視察した。 クトゥパロン避難民キャンプ視察(11月19日、バングラデシュ・クトゥパロン) (4)スリランカ スリランカは、インド洋のシーレーン上の要衝に位置し、その地政学的及び経済的重要性が注目されている伝統的な親日国である。2009年の内戦終結後、治安状況は大幅に改善され、日本人観光客は4万人(2016年)を超え、2008年比で約4倍増となった。 内政面では、2015年1月の大統領選挙の結果、就任したシリセーナ大統領が、同年8月の総選挙後に形成した統一国民党(UNP)及びスリランカ自由党(SLFP)による大連立を維持し、ウィクラマシンハ首相(UNP)と共に政権運営を行っている。 現政権は、内戦終結後の重要課題である国民和解に向け、国民和解局を設置したほか、人権侵害疑惑に関する真相追究、正義への権利、補償への権利及び紛争の再発防止に対応する4層体制メカニズムを設置する意向を示すなど、多様な方法で国民和解の促進に取り組んでいる。 経済面では、スリランカでは内戦終結後、年率7%の経済成長を遂げ、近年も年率4%以上を維持している。1人当たりのGDPは2016年に3、887米ドルを記録し、同国の地政学的重要性やインド市場へのアクセスを踏まえ更なる高成長が期待されている。 日本との関係については、2015年10月に続き、2017年4月にウィクラマシンハ首相が、現政権誕生後、2度目の訪日をし、安倍総理大臣との間で首脳会談が行われ、「包括的パートナーシップ」の深化と拡大で一致し、会談後に共同声明を発出した。また、2017年11月には、ウィジェワルダナ国防担当国務相が訪日し、小野寺五典(いつのり)防衛大臣や中根外務副大臣と会談を行い、両国間の海洋・安全保障分野での更なる協力の強化について意見交換を行った。 (5)ネパール ネパールは、中国・インド両大国に挟まれた内陸国として地政学的な重要性を有している。また、日本はネパールにとって長年主要援助国であり、皇室・旧王室関係や登山などの各種交流を通じた伝統的な友好関係を有している。 内政面では、2017年5月、ダハール首相が辞任を表明し、翌6月、デウバ・ネパールコングレス党(NC)党首が首相に選出され、新政権が発足した。2017年、ネパールでは、2015年9月に公布された新憲法が制定する連邦、州、地方の三層構造に移行するため、5月、6月及び9月に地方選挙が、11月及び12月に連邦下院・州議会選挙が実施された。日本は、長年ネパールにおける民主主義の定着を支援しており、12月7日に実施された連邦下院・州議会選挙の投票が自由で公正かつ透明な形で実施されることを監視するため、堀井巌外務大臣政務官を派遣し、日本政府選挙監視団はカトマンズ盆地内に設置された投票所を訪問した。投票は全体として大きな混乱なくおおむね平穏裏に実施された。新憲法が定める一連の選挙が終了したことを受け、ネパールでの今後の政治プロセスが円滑に進むことが期待される。 堀井巌外務大臣政務官によるネパール訪問(12月7日、カトマンズ) 2017年8月、震災復興交流として、2015年4月に大地震を経験したネパールからサッカー代表チームを招へいした。一行は、環境及び防災施設を訪問し、有識者との意見交換等を通じて日本の環境及び防災分野における取組への理解を深めるとともに、ヴィッセル神戸U-18との震災復興祈念試合を実施し、震災復興に向けた日・ネパール両国間の協力を発信した(コラム「スポーツを通じた外交」242ページ参照)。 (6)ブータン ブータンは2008年に王制から立憲君主制に平和裏に移行し、現在はトブゲー政権の下で民主化定着のための取組が行われている。政府は国民総幸福量(GNH)を国家運営の指針とし、第11次5か年計画(2018年6月まで)の課題である経済的な自立、食料生産、若者の失業率低下などに取り組んでいる。 日本との関係では、2011年のブータン国王王妃両陛下の国賓としての訪日を機に、日・ブータン間の交流は様々な分野とレベルで活発になっている。ブータンからは、4月に、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向け、スポーツ分野での協力関係を強化するため、ブータン王国オリンピック委員会会長であるジゲル・ウギェン・ワンチュク王子殿下が訪日されたほか、10月には、ソナム・デチェン・ワンチュク王女殿下が訪日され、京都大学主催シンポジウム等に出席された。 経済協力の分野では、12月に、災害用緊急時移動通信網整備計画に関する供与限度額9億7,900万円の無償資金協力のための書簡の交換が行われ、今後、通信状況の改善により自然災害時における緊急災害情報の速やかな発信及びこれによる災害時のリスク軽減に貢献することが期待される。 ブータンにおける日本週間及び花の博覧会 ~眞子内親王殿下による御臨席~ 1 日本週間「Japan Week 2017 in Bhutan」 迫力のあるバックミュージックに合わせ繰り出される柔道の投げ技、空手の組み手。ヒマラヤの青空に地元の子供たちの元気な声が響き渡り、技が決まる度会場からは大きな拍手がわき起こります。首都ティンプーの中心地に位置する時計塔広場で開催された日本週間のオープニング・イベントは、眞子内親王殿下御臨席の下、ドルジ外務大臣を始めとするブータン政府要人の出席を得て盛大に開催されました。ブータンの小・中校生による柔道・空手の演武のほか、子供たちによる「花は咲く」の合唱や、日本から招かれた牧澤神楽(岩手県一関市の無形民俗文化財)の公演が行われ、6月2日から4日間続いた日本週間の開幕を告げる象徴的な行事となりました。 地元子供たちによる「花は咲く」合唱(6月2日、ブータン・ティンプー) ブータンは、標高数百メートルから7,000メートル級の山岳地帯まで、標高差のある山脈に位置する王国です。九州とほぼ同じ面積の国土に約80万人の国民が暮らしています。稲作を中心とした田園風景は日本の農村を彷彿(ほうふつ)させ、両国民の似た顔立ち、「ゴ」や「キラ」といったブータンの伝統衣服と日本の着物の類似性など、様々な共通点が見られます。 日本とブータンの関係は、1986年に国交を樹立する遙(はる)か以前より、海外技術協力事業団(現JICA)の農業専門家としてブータンに派遣された故西岡京治氏を始めとする農業分野での協力に端緒をなす友好の歴史があります。両国間では、皇室と王室を始め様々なレベルと分野で交流が行われ、今日に至るまで非常に良好な関係を築いています。2016年には、日本とブータンは国交樹立30周年を迎えました。 日本週間は、このように伝統的な友好国であるブータンとの間で文化交流及び相互理解の促進を目的として、2012年より在インド日本国大使館が、国際交流基金ニューデリー日本文化センター及びJICAブータン事務所との共催で実施しています。今回の日本週間には、ティンプー市内の映画館における日本のショートフィルムの上映、日本語教師研修や日本ワークショップ等の行事も行われました。 イベント終了後に出演者と交流される眞子内親王殿下(6月2日、ブータン・ティンプー) 2 ブータン花の博覧会 6月4日、日本週間と時期を同じくして、ティンプーでは、第3回ブータン「花の博覧会」のオープニング・セレモニーが開催されました。ブータン政府から招待を受けた眞子内親王殿下が主賓となり、ワンチュク国王王妃両陛下を始めとする王族、閣僚等のブータン政府要人等が多数出席しました。眞子内親王殿下は記念儀式の後、色とりどりの花で飾られた会場を見学して回られ、日本人の造園家によって造られた日本庭園や国王陛下の盆栽コレクション等を御覧になりました。 花の博覧会は、国王陛下の発案により2015年から開始された花卉(かき)園芸に関する博覧会で、ブータン農業省主催の国を挙げての記念行事です。今回の花の博覧会は、第3代国王陛下に献げるために国立祈祷仏塔の敷地を利用し、王妃陛下の誕生日である6月4日に開催されました。このようにブータン人にとって格別な意味を有する花の博覧会のオープニング・セレモニーの主賓として日本の皇族が招待されたことは、日本とブータンの親密な友好関係を象徴しています。 眞子内親王殿下の御訪問の様子はブータン国内のみならず日本でも多く報じられ、両国民の互いに対する関心が一層高まる契機となりました。両国の友好関係が更に深化していくことが期待されます。 日本庭園を御見学になる眞子内親王殿下(6月4日、ブータン・ティンプー 写真提供:ブータン王室広報局) 国王陛下ほかブータン王族方との記念写真撮影(6月4日、ブータン・ティンプー 写真提供:ブータン王室広報局) (7)モルディブ インド洋の島嶼(とうしょ)国であるモルディブは、GDPの約3割を占める漁業と観光業を中心に経済成長を実現している。2011年には後発開発途上国を卒業し、1人当たりのGDPは南アジア地域で一番高い9,792米ドルに達している。 内政面では、2013年11月にヤーミン大統領が就任して以来、比較的安定した政権運営が続いているが、2017年3月及び7月に、継続的に野党4党による協力の下でマシーハ国会議長に対する不信任案が提出されるなど、ヤーミン政権に対抗する動きが一部で見られる。また、対外的には、インドなど近隣諸国との関係を重視する一方、近年、サウジアラビアや中国との関係も強化する傾向が見られる。2017年12月には、ヤーミン大統領が国賓として中国を訪問し、自由貿易協定を始めとする諸協定に署名した。 日本との関係では、2017年に外交関係樹立50周年を迎えた。11月には、アーシム外相が訪日し、河野外務大臣との外相会談が実施された。また、堀井巌外務大臣政務官がモルディブを訪問し、ヤーミン大統領及びアーシム外務大臣への表敬を行ったほか、外交関係樹立50周年記念式典に出席した。会談や表敬の機会を通じ、両国は、海上安全保障、防災、観光、スポーツ、文化など、幅広い分野で協力を推進していくことで一致した。また、外交関係樹立50周年の機会に、和太鼓グループによる公演が10月にマレで開催されるなど、両国間の文化交流の活発化も見られた。