第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 各論 1 自由で開かれた国際経済システムを強化するためのルールメイキング (1)経済連携の推進 経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)には、物品の関税やサービス貿易の障壁等の削減・撤廃、貿易・投資のルール作りなどを通じて海外の成長市場の活力を取り込み、日本経済の基盤を強化する効果がある。日本は、これまでに20か国との間で16のEPAを署名・発効済みである。日本の貿易のFTA比率(貿易総額に占める発効済み・署名済みのFTA相手国の貿易額の割合)を2012年の18.9%から2018年までに70%に高めるとの「成長戦略」の目標の実現に向け、アジア太平洋地域や、欧州等との経済連携を戦略的に推進している。こうした中で、2015年10月には環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉が大筋合意に至り、2016年2月に同協定が署名された。 EPA・FTA交渉等の現状 TPP協定によって作られる新たな経済秩序は、今後、更に大きな構想であるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)において、ルール作りのたたき台となるものである。日本は、TPP協定の発効に向けて取り組むとともに、今後も他の経済連携交渉を推進していく考えである。 ア 多数国間協定(メガFTA)等 (ア)環太平洋パートナーシップ(TPP)協定 TPP協定は、成長著しいアジア太平洋地域において、新たな貿易・投資ルールを構築する取組である。日本、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシア、メキシコ及びカナダの12か国が交渉に参加し、2015年10月のアトランタ閣僚会合(米国)にて大筋合意を実現し、2016年2月に署名に至った。TPP協定が発効すれば、世界のGDPの4割(3,100兆円)、人口8億人を占める巨大な市場において、自由で公正な「1つの経済圏」と大きなバリュー・チェーン(価値の連鎖)が生み出される。 この協定は、関税、サービス、投資、知的財産、国有企業など、幅広い分野で21世紀型のルールを構築し、日本企業が海外市場で一層活躍する契機となり、日本の経済成長に向けて大きな推進力となるものである。さらに、TPP協定により、基本的価値を共有する国々と共に経済面での法の支配を強化することは、日本の安全保障及びアジア太平洋地域の安定に寄与する戦略的意義を有する。 日本では、2016年12月にTPP協定と関連整備法案が国会で承認・可決され、2017年1月にはTPP協定の国内手続の完了に関して、寄託国であるニュージーランド宛てに通報を行った。ニュージーランドにおいても2016年11月に国内担保法が成立している。米国ではトランプ大統領がTPPから離脱する大統領覚書に署名し、米国通商代表部から、寄託国のニュージーランドを含む各国に対し、TPP協定の締約国となる意図がないとの通知が発出されているが、日米主導でアジア太平洋地域に自由で公正な経済圏を創る必要性については日米で一致しており、日本としては、日本がTPP協定において持っている求心力を生かしながら、今後どのようなことができるかを、米国以外のTPP協定署名国とも議論していく。 (イ)日EU・EPA 基本的価値を共有し、日本の主要貿易・投資相手でもある欧州連合(EU)とは、2013年3月の交渉開始決定後、2016年12月までに計17回の交渉会合を開催し、物品貿易、サービス貿易、知的財産権、非関税措置、政府調達、投資等の広範な分野について議論を行った。5月及び7月に行われた日・EU首脳会談のほか、5月のG7伊勢志摩サミットの際に発出した共同ステートメントにおいて、首脳レベルでの強いコミットメントを再確認した。11月には、交渉の早期妥結に向けて、主要閣僚会議(1)の開催が閣議決定され、同会議の下に萩生田内閣官房副長官を議長とする交渉推進タスクフォースの立ち上げが決定された。12月には、岸田外務大臣とマルムストローム欧州委員(貿易担当)との間で電話会談を行い、可能な限り早期の大枠合意に向け、実現を目指すことで一致した。それ以降も、間断なく精力的に交渉を継続している。 (ウ)東アジア地域包括的経済連携(RCEP) RCEPは、人口約34億人(世界全体の約半分)、GDP約20兆米ドル(世界全体の約3割)、貿易総額10兆米ドル(世界全体の約3割)に上る広域経済圏実現を目標とした交渉である。東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国とFTAパートナー諸国(日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド及びインドの6か国)は、2013年5月に交渉を開始し、物品貿易、サービス貿易、投資、知的財産、電子商取引等の分野について包括的でバランスの取れた質の高い協定の早期妥結に向け、交渉を進めている。2016年12月までに、閣僚会合(閣僚中間会合を含む)を6回、交渉会合を16回開催し、同年9月のASEAN関連首脳会議では、RCEP交渉の進展の重要性を再確認した上で、迅速な妥結に向けて交渉を強化するとの共同声明文が発出された。 (エ)日中韓FTA 日中韓FTAは、日本にとって主要な貿易相手国である中国(第1位、約21%)及び韓国(第3位、約6%)を相手とするFTAとなる。2013年3月に交渉を開始し、2017年1月までに11回の交渉会合を行った。2015年11月の日中韓サミットでも交渉の加速が確認されており、包括的かつ高いレベルのFTAを目指すとの3か国共通の目標の下、物品貿易を始め、投資、サービス貿易、競争、知的財産、電子商取引といった広範な分野について精力的に協議を行っている。 (オ)アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想 FTAAP構想は、その将来的な実現に向けて、APECにおいて、盛り込まれるべき「次世代型」の貿易・投資課題を議論したり、幅広い参加を可能とすべく、主に開発途上国・地域向けの能力構築を行うなどしている。2015年に開始された「FTAAPの実現に関する課題に係る共同の戦略的研究」は2016年に取りまとめられた。その結果を踏まえ、2016年のペルーAPEC首脳会議では、開発途上国・地域に対する更なる能力構築の必要性などを強調した「FTAAPに関するリマ宣言」を採択した。 アジア太平洋地域における国際的な経済枠組みの進捗 イ 二国間協定等(交渉開始順) (ア)韓国 戦略的利益を共有する最も重要な隣国である韓国との間では、貿易・投資を含む経済の相互依存関係が強固である。同国とのEPAは、安定的な経済枠組みを提供し、将来にわたり両国に利益をもたらし得るとの考えに基づき、2003年に交渉を開始した。この交渉は2004年以降中断され、その後、実務レベルの意見交換などが実施された。 日本の経済連携協定(EPA)の取組 (イ)湾岸協力理事会(GCC) GCC諸国は、石油・天然ガスの資源国として、また、インフラ等の輸出を展開する市場として重要な地域の1つである。GCC諸国との経済関係の強化に向け、FTA交渉を2006年に開始したが、2009年以降、交渉はGCC側の都合で延期されてきている。日本はGCCとの経済関係の一層の強化を図るべく、交渉の早期再開を求めている。 (ウ)カナダ 基本的価値を共有し、相互補完的な経済関係にあるカナダとは、2012年にEPA交渉を開始した。日本へのエネルギー、鉱物や食料の安定供給に資するEPAとすべく、2014年11月に第7回交渉会合を行ったが、それ以降は両国ともTPP交渉に集中することとしたため、二国間交渉は行われていない。 (エ)コロンビア 豊富な資源と高い経済成長を有するコロンビアとは、2012年にEPA交渉を開始し、2016年12月までに13回の交渉会合を行った。同EPAはコロンビアの平和定着や国造りにとっても重要であり、交渉は最終段階にある。 (オ)トルコ 高い経済的潜在性を有し、開放経済を推進するトルコとは、2014年1月に訪日したエルドアン首相と安倍総理大臣の会談においてEPA交渉開始に合意し、同年12月に交渉を開始した。2016年12月までに5回の交渉会合を行った。 ウ 発効済みの二国間協定 (ア)モンゴル 中長期的な高成長が見込まれるモンゴルとは、エネルギー・鉱物資源を含む投資環境の改善や更なる貿易・投資の拡大を目指し、2012年にEPA交渉を開始した。7回の交渉会合を経て、2014年7月、大筋合意に至り、2015年2月、サイハンビレグ首相の訪日時に安倍総理大臣と同首相との間で署名、2016年6月7日に日本、モンゴルそれぞれの所要の国内法上の手続を完了し、発効した。 (イ)発効済みEPA 発効済みのEPAには、協定の実施の在り方について協議する合同委員会に関する規定や、発効から一定期間を経た後に協定の見直しを行う規定がある。また、発効済みのEPAの円滑な実施のために様々な協議が続けられている。 エ 人の移動 EPAに基づき、これまでインドネシア、フィリピン及びベトナムから看護師・介護福祉士候補者の受入れを開始している。2016年はインドネシアから279人(看護:46人、介護:233人)、フィリピンから336人(看護:60人、介護:276人)及びベトナムから180人(看護:18人、介護:162人)が新たに入国した。また、2016年の国家試験においては、看護47人(インドネシア:11人、フィリピン:22人、ベトナム:14人)及び介護82人(インドネシア:48人、フィリピン:34人)が合格した。なお、ベトナムからの看護師・介護福祉士候補者については、2014年6月に第一陣、2015年5月に第二陣の受入れを行い、2016年5月の第三陣との累計で470人の受入れを行った。 オ 投資協定/租税条約/社会保障協定 (ア)投資協定 投資協定は、投資家やその投資財産の保護、規制の透明性向上、投資機会の拡大、投資紛争解決手続等について規定しており、投資を促進するための重要な法的基盤である。海外における投資環境の整備を促進し、日本市場に海外投資を呼び込むため、日本は投資協定の締結に積極的に取り組んできている。 投資関連協定の現状 2016年には、イランとの投資協定が国会で承認され、ケニアとの投資協定の署名が行われた。また、投資に関する規定を含むEPAとしては、日・モンゴルEPAが発効し、TPP協定が国会で承認された。現在、発効済みの投資関連協定が35本(投資協定23本、EPA12本)、署名済み・未発効となっている投資関連協定が6本(投資協定5本、EPA1本)あり、これらを合わせると41本となり、43の国・地域をカバーすることとなる。現在交渉中の投資関連協定を含めると80の国・地域、日本の対外直接投資額の約93%をカバーすることとなる(2016年12月末現在)。 5月に、外務省を含む7省庁(総務省、法務省、外務省、財務省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省)で今後の投資関連協定の締結方針を定めた「投資関連協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプラン」が策定され、2020年までに投資関連協定について100の国・地域を対象に署名・発効することを目指すことが定められた。同目標は「成長戦略」にも記載されている。 この目標の達成に向け、今後は、中東、アフリカ、中南米等の資源産出国等との間の投資関連協定の交渉を積極的に進める方針であり、今後とも海外投資により新興国等の成長を取り込むとともに、日本市場に外国投資を呼び込むとの観点から、投資関連協定を積極的に締結していく。 (イ)租税条約 租税条約は、国境を越える経済活動に対する国際的な二重課税の除去(例:配当等の投資所得に対する源泉地国課税の減免)や脱税・租税回避行為の防止を図ることを目的としており、二国間の健全な投資・経済交流を促進するための重要な法的基盤である。日本は、租税条約ネットワークの拡充に努めるとの政府の方針(「成長戦略」)に沿って積極的な拡充に向けて取り組んでいる。2016年には、インドとの租税条約の改正議定書(10月)、ドイツとの新租税協定(10月)、チリとの租税条約(12月)が発効し、パナマとの租税情報交換協定(8月)、スロベニアとの租税条約(9月)及びベルギーとの新租税条約(10月)が署名された。また、ラトビア(6月)、オーストリア(10月)及びリトアニア(12月)との間では、租税条約の新規締結・改正交渉がそれぞれ実質合意に至った。2016年末時点で、日本は66の租税関連条約を締結しているほか、台湾との民間取決めを合わせて107か国・地域に適用されている。 日本の租税条約ネットワーク (ウ)社会保障協定 社会保障協定は、社会保険料の二重負担や年金保険料の掛け捨て等の問題を解消することを目的としている。海外に進出する日本企業や国民の負担が軽減されることを通じて、相手国との人的交流の円滑化や経済交流を含む二国間関係の更なる緊密化に資することが期待される。2016年末時点で日本と社会保障協定を締結又は署名している国は19か国である。2016年には、トルコ、中国、スウェーデン及びスロバキアとの間で新規協定締結のための政府間交渉を行った。 (2)国際機関における取組(WTO、OECD等) ア WTO (ア)WTOとドーハ・ラウンド交渉の経緯 日本の経済発展は、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)及び世界貿易機関(WTO)を中心とする多角的貿易体制に大きく恩恵を受けてきた。その維持と強化はEPA/FTA交渉が盛んに行われている現在も、日本経済再生に向けた日本の貿易政策の柱であり、WTO交渉を通じた貿易自由化の促進やルール作りの重要性は不変である。その一方で、ここ十数年余り、交渉の進展は必ずしも順調なものではなかった。2001年に開始されたWTOのドーハ・ラウンド(DDA)交渉では8分野(農業、非農産品市場アクセス、サービス、ルール、貿易円滑化、開発、環境及び知的財産権)の一括妥結を目指してきたが、2008年以降、新興国と先進国との対立などにより交渉は膠着(こうちゃく)状態に陥ってきた。2013年12月の第9回WTO閣僚会議(MC9)において、DDA交渉の部分合意として@貿易円滑化、A農業及びB開発の3分野から成る「バリ合意」が妥結し、一定の進展は見られたものの、新興国と先進国との対立の溝は深く、DDA交渉妥結への道のりは遠い状況であった。 (イ)第10回WTO閣僚会議(MC10)及び第11回WTO閣僚会議(MC11) 2015年に開催されたMC10では、日本が議長国として主導した情報技術協定(ITA)品目拡大交渉が妥結し、複数国間の合意とはいえ、参加53か国・地域による201品目の関税撤廃を実現し、WTO加盟国全体に利益をもたらし得る大きな成果となった。また、交渉開始から15年となるDDAにおいては、長きにわたり何らの合意も得られなかった輸出補助金を含む農業分野の輸出競争等に合意した。これらの合意はWTOの交渉機能が完全に不全となっているわけではないことを示している。 一方、この会議に至るまでの議論で最大の争点となっていたDDAの継続の是非を含む今後のWTO交渉の在り方については、各国の主張の対立からいまだ見通しがついていない。DDAで扱われていた開発を含む8分野の個別の論点も引き続き重要であるが、DDA交渉という枠組みを超えて、時代に即した課題への対応を含め、WTOの交渉機能をいかにして再活性化・強化するかとの観点から、従来とは違った新しいアプローチを検討する必要がある。2017年12月にアルゼンチンで行われるMC11では、2016年10月のWTO非公式閣僚会合で確認されたとおり、実現可能な分野について「漸進的」な成果を作るべく交渉を進める必要がある。 (ウ)有志国による取組 DDA交渉が停滞する中、2011年の第8回WTO閣僚会議以降、有志国による以下の交渉が行われてきた。 a 情報技術協定(ITA:Information Technology Agreement)の品目拡大交渉 1997年から実施されているITA(2)に関し、その後の技術進歩により開発された製品など(3)をITAの対象とすべく、2012年から対象品目の拡大のための交渉が行われてきた。その結果、2015年7月に対象となる201品目が確定し、関税撤廃期間の交渉を経て、2015年12月にITA拡大交渉が妥結した(2016年12月末現在、拡大ITAには54の有志国・地域(4)が参加)。この対象品目拡大により、情報技術製品の貿易拡大や情報技術を通じた各国経済の成長・生産性向上の促進が期待される。 b サービスの貿易に関する新たな協定(TiSA:Trade in Services Agreement)交渉 サービス貿易の一層の自由化に向け、2013年夏以降、米国、EU(28か国)、オーストラリアなどを含む50の有志国・地域(5)(2016年12月末現在)によるTiSA交渉が本格的に行われている。この交渉に参加する国・地域の間では、交渉対象から特定分野をあらかじめ除外しないこと、時代に即した形でルールを強化してサービスの貿易に関する一般協定(GATS)の内容を進化させることなどで一致しており、日本も交渉に積極的に参加している。 c 環境物品に関する協定(EGA:Environmental Goods Agreement)交渉 2014年7月に交渉が開始されたEGAは、2012年にAPECで合意された環境物品リストや2013年のAPEC首脳宣言におけるコミットメント(約束)などを受け、環境関連物品の関税撤廃を目指すものであり、これまで46の有志国・地域(6)によって18回の交渉が行われている。日本は、交渉立ち上げ時から積極的に参加しており、この交渉により環境物品の貿易拡大、持続可能な開発が達成されることが期待される。2016年9月のG20杭州(こうしゅう)サミット(於:中国)では、残された懸隔を埋め、幅広い環境物品に対する関税撤廃を追求する未来志向のEGAを2016年中にまとめるため努力することが確認され、交渉を加速させていたが、12月3日及び4日に行われたEGA閣僚会合では、交渉参加メンバー間で立場の相違が埋まらず、交渉妥結には至らなかった。日本としては、早期妥結に向けて引き続き取り組んでいくことが重要である。 d 国際経済紛争への対応 WTO紛争解決制度(7)は、加盟国間のWTO協定上の貿易紛争を紛争解決手続に従い解決するための準司法的制度である。同制度は、WTO体制に安定性と予見可能性を与える柱として有効に機能しており、1995年のWTO発足以来2016年末までの紛争案件数(協議要請が行われた件数)は518件に上る。近年は紛争案件数の増加や案件の複雑化により紛争解決制度への負担が増大しており、その対応が大きな課題となっている。日本が当事国である最近の案件には以下のものがある。 中国による日本産高性能ステンレス継目無鋼管に対するアンチ・ダンピング措置(8):WTOの紛争解決機関によってアンチ・ダンピング税を協定整合的とするよう勧告を受けた中国は、2016年8月、アンチ・ダンピング税を撤廃した。 韓国による日本産水産物等の輸入規制措置(9):2015年9月パネル設置。現在、パネル手続が進行している。 ブラジルの税制恩典措置(10):2015年9月パネル設置。現在、パネル手続が進行している。 韓国による日本産空気圧伝送用バルブに対するアンチ・ダンピング措置:2016年7月、パネル設置。現在、パネル手続が進行している。 インドによる鉄鋼製品に対するセーフガード措置等(11):2016年12月、WTO紛争解決手続に基づく二国間協議要請を実施した。 日本はまた、DSU(12)改正交渉などにおいて、手続の明確化など、紛争解決制度の更なる改善に向け積極的に貢献してきている。 (エ)保護主義抑止・是正の取組 2008年以降、リーマン・ショック、欧州債務危機等を受け、世界中で保護主義措置を導入する国が増加している。G7、G20、APECなどでは首脳レベルで保護主義抑止に取り組むことで一致し、政治的コミットメントを行っている。WTOでは、貿易政策検討制度や紛争解決手続を通じた保護主義措置の是正に取り組んでいる。日本は、保護主義抑止・是正に引き続き積極的に取り組んでいく考えである。 イ 経済協力開発機構(OECD) (ア)特徴 OECDは、政治・軍事を除く経済・社会の極めて広範な分野(マクロ経済、農業、産業、環境、科学技術など)を扱う「世界最大のシンクタンク」として政策提言を行っているほか、各種委員会・作業部会で行われる加盟国間の議論を通じて、国際的な規範を形成している。日本は、東京オリンピックが開催された1964年に非欧米諸国として初めてOECDに加盟して以降、各種委員会・作業部会での議論や、財政・人的な貢献を通じて、これらに積極的に関わってきている。 (イ)アジアとの関係強化 OECDは、世界経済の成長センターとしての東南アジアの重要性の高まりを受け、同地域との関係強化を重視している。4月には、グリアOECD事務総長の訪日に合わせて、東南アジア諸国から議員が訪日し、日本が共同議長を務める東南アジア地域プログラムを通じ、OECD加盟国と東南アジア諸国の政策対話を進めている。また、OECD議員連盟との間で意見交換を実施したほか、OECDにおける議員交流の枠組みであるグローバル議員ネットワーク会合を東京で開催した。また、6月にベトナムで開催された東南アジア地域フォーラムにおいては、G7伊勢志摩サミットやOECD閣僚理事会における議論を東南アジア諸国の出席者に紹介するとともに、OECDと東南アジアとの橋渡し役として両者の協力を全面的に支援していく日本の立場を改めて確認した。 (ウ)2016年閣僚理事会 6月、「包摂的な成長に向けた生産性の向上」をテーマとし、議長国チリの下、閣僚理事会が開催された。日本は、フィンランド及びハンガリーと共に副議長国として、G7伊勢志摩サミット議長国としてのリーダーシップを最大限発揮しつつ、OECDにおける議論に貢献した。同閣僚理事会で採択された「閣僚声明」では、アベノミクスのキーワードでもある「成長と機会及び所得増加の好循環」の必要性について確認された。また、加盟国間で将来の新規加盟に係る「戦略的熟考」を行い、2017年の閣僚理事会にその成果を報告することで一致したほか、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)との協力の強化も含め、更なる取組の進展が歓迎された。 (エ)各分野での取組 2016年パナマ文書で国際的な注目を浴びた多国籍企業等による過度な節税対策については、既に2012年6月にOECD租税委員会(13)において、「税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクト」が立ち上げられ、対応策が議論されてきた。同プロジェクトでは、G20財相の要請を受けて15項目の「BEPS行動計画」に沿って議論が進められ、最終報告書は2015年10月に公表、同年11月のG20アンタルヤサミット(於:トルコ)にも報告された。現在は、BEPS合意事項の実施段階(「BEPS実施フェーズ」)であり、プロジェクトにおける合意事項を着実に、一貫して実施するため、2016年6月末に京都において「BEPS包摂的枠組み」が立ち上げられた。「BEPS包摂的枠組み」の参加国は94か国・地域(2017年1月5日時点)にまで拡大している。また、租税条約に関するBEPS対抗措置を実施するための多数国間条約の交渉が行われ、2016年末に署名開放された。日本は、OECDやG20などの国際場裏において議論に積極的に関与し、租税に関する国際的な取組を主導している。 (オ)財政的・人的貢献 日本は、OECDのI部予算(義務的拠出金)の10.79%(2016年、米国に次ぎ全加盟国中第2位)を負担しており、OECD事務局のナンバー2のポストである事務次長も歴代輩出している。また、日本はOECD開発センターにおいて最大拠出国(2016年、ドイツと同額)であるほか、7月から、開発センター次長を輩出している。日本は、このような財政的・人的貢献を通じてOECDを支えている。 (3)国際会議における取組(G7・G20サミット、APEC等) ア G7・G20サミット 日本が自らの取組を国際社会にアピールし、日本にとって望ましい国際的経済秩序を形成していく場として、G7・G20サミットは引き続き重要な役割を果たしている。 5月26日及び27日に日本がG7議長国として開催したG7伊勢志摩サミットにおいては、世界経済の下方リスク、国際秩序に対する一方的な行動による挑戦という喫緊の課題に対し、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値に立脚したG7として、連携して国際社会を主導していくことで一致し、G7伊勢志摩首脳宣言を採択した。 世界経済については、現下の世界経済の状況について議論を行い、新たな危機に陥ることを回避するため、現在の経済状況に対応するための努力を強化することで一致した。また、G7として、金融・財政政策及び構造改革の3本の矢のアプローチの重要な役割を再確認しつつ、@経済政策による対応を協力して強化すること、A世界的な需要を強化し、供給上の制約に対処するため、金融・財政政策及び構造改革の3つの政策手段を総動員すること、特に、機動的な財政戦略の実施と構造政策を果断に進めることについて協力して取組を強化することの重要性に合意した。また、日本の議長下における優先議題として、「質の高いインフラ投資」、「保健」及び「女性」を掲げ、これらの分野においてG7として国際社会を主導し、具体的な行動を取っていくことで一致した。 政治・外交分野については、8年ぶりにアジアで開催されるサミットであることを踏まえ、海洋安全保障や北朝鮮問題といったアジアの議題につき重点的に議論を行い、海洋安全保障について「法の支配の三原則」の重要性を再確認したほか、拉致問題・核・ミサイルといった北朝鮮をめぐる諸懸案の包括的解決に向けた緊密な連携を確認した。また、テロ・暴力的過激主義、難民問題など国際社会が直面する課題に関し議論を行い、国際的取組を主導していく必要性につき一致した。 日本としては、洞爺湖サミット以来8年ぶりに日本で開催されるサミットであり、サミットの最大のテーマである世界経済はもとより、日本の優先議題である「質の高いインフラ投資」、「保健」、「女性」といったテーマや海洋安全保障などで議論を主導し、具体的な成果に結実させ、国際場裏における存在感を印象付けることができた。 11月のG20杭州(こうしゅう)サミット(於:中国)では、世界経済が様々な下方リスクに直面している中、Innovative(創造的)、Invigorated(活力のある)、Interconnected(連結された)、Inclusive(包摂的)な世界経済を構築すべく、G20がいかに政策協調を強化するかについて首脳間で意見交換を行い、首脳声明が採択された。 G20として、金融・財政政策及び構造改革の全ての政策手段を個別にまた総合的に用いることへの決意を表明し、最新のマクロ経済政策・構造政策が盛り込まれた「杭州アクションプラン」、構造改革と共にイノベーション・新産業革命・デジタル経済等を扱った「革新的成長のためのブループリント」を策定した。また、BEPS(税源浸食・利益移転)プロジェクトを始め国際課税や腐敗対策などにおける協力に加え、保護主義への反対を再確認し、貿易・投資の自由化に向けて取り組むことで一致したほか、環境物品協定(EGA)交渉の年内完了や鉄鋼等の過剰生産能力問題に対する一層の取組についても合意した。 G20杭州サミットでは、G7伊勢志摩サミットに続き、世界経済が最大のテーマとなったが、日本はG7議長国として、G7伊勢志摩サミットにおける議論をベースに、様々なリスクに直面する世界経済に対して、国際協調を強化していく重要性を強調し、金融・財政政策及び構造改革の全ての政策対応を行っていく必要性を訴え、G20としてもこの点で一致した。中国を始めとする新興国も含め、過剰生産能力などの構造的な問題にもしっかりと取り組んでいくことが合意された。 イ アジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation) APECは、各エコノミー(14)の自発的な意思によって、アジア太平洋の持続可能な発展を目指し、地域経済統合と域内協力の推進を図る枠組みである。アジア太平洋地域の21か国・地域から構成されており、これらは世界の人口の約4割、貿易量の約5割及びGDPの約6割を占める「世界の成長センター」である。総貿易の約3分の2が域内貿易であるなどEU並みの密接な域内経済を構成しており、APEC地域の経済面における協力と信頼関係を強化していくことは、日本の更なる発展を目指す上で極めて重要である。また、APEC首脳・閣僚会議は、経済問題を中心に、国際社会の主要な関心事項について首脳・閣僚間で率直な意見交換を行う有意義な場となっている。 ペルーが議長を務めた2016年ペルーAPECは、「質の高い成長と人間開発」という全体テーマの下、@地域経済統合の推進、A地域フードマーケットの促進、B零細・中小企業の近代化及びC人材開発促進という4つの優先課題が設定された。11月に開催されたペルーAPEC首脳会議では、上記の全体テーマ及び優先課題に基づいた活発な議論が行われ、会議の成果として、APEC首脳宣言のほか、附属書として「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に関するリマ宣言」及び「APECサービス競争力ロードマップ(2016年-2025年)」が採択された。 2016年ペルーAPEC首脳会議の成果   首脳宣言のポイント 地域経済 統合の推進 世界経済 ●金融、財政政策及び構造改革といった全ての政策手段を用いることに引き続きコミット 自由貿易の推進 ●あらゆる形態の保護主義に対抗するとのコミットメントを再確認 ●開かれた市場の恩恵をより良く説明するため、社会のあらゆるセクターに働きかける必要性を認識 包摂的な成長 ●APEC地域における均衡ある、包摂的で、持続可能な、革新的で、安全な成長に向けた野心を再確認 アジア太平洋 自由貿易圏 (FTAAP) ●FTAAPの実現に関連する課題に係る共同の戦略的研究による提言「FTAAPに関するリマ宣言」を承認 ●FTAAPは、包括的で質が高く、次世代貿易投資課題を組み込むべきこと、TPPやRCEPを含めた地域的取組を基礎とするとのコミットメントを再確認 サービス ●「APECサービス競争力ロードマップ(2016年-2025年)」を承認。2025年までに、サービス市場へのアクセス環境を確保し、APECのサービス貿易を拡大するなどの目標を設定 デジタル貿易 ●デジタル貿易分野での経済成長の潜在力を探る各エコノミーのイニシアティブを歓迎。APEC越境プライバシールールシステム(CBPR)の実施の重要性を確認 質の高い インフラ ●持続的な経済成長にとっての質の高いインフラの重要性を再確認 地域 フードマーケット の促進 食料安全保障 ●持続可能な農業促進、食料市場の強化、食料生産者の食料バリューチェーンへの統合等を通じ、食料安全保障の課題に貢献可能 ●各エコノミーにおいて食料安全保障と気候変動の関係に対処する政策の実施についての協力強化にコミット 零細・中小企業の 近代化 グローバル・ バリュー・ チェーン (GVCs) ●零細・中小企業が質の高い成長と繁栄の実現にとって不可欠な要素であることを認識 ●GVCsにおける途上エコノミー及び零細・中小企業の更なる参加等を可能にする努力を奨励 人材開発促進 教育 ●アジア太平洋地域における教育向上のために協働することを奨励 女性 ●女性の起業家精神の支援、女性主導の零細・中小企業の成長、女性のデジタル・リテラシー強化、女性のキャリア開発促進、女性のSTEM(科学、技術、工学、数学)教育及び職業アクセスの強化等に対する努力を歓迎 保健 ●ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成に向け、強靱かつ持続可能な保健システム促進の重要性を強調 今後に向けて テロ ●あらゆる形態のテロ行為を強く非難 腐敗対策 ●腐敗行為防止の行動を奨励 2016年ペルーAPEC首脳会議(11月20日、ペルー・リマ(代表撮影) 写真提供:内閣広報室) 安倍総理大臣は、世界経済の見通しに対する下方リスクの高まりに対し、各首脳が金融、財政、構造改革等の政策を総動員しこれらに対処すべきであることを表明した。また、自由貿易こそが世界経済の成長の源泉であり、格差拡大等への懸念に由来する保護主義に対し、日本は「包摂的な成長」をもたらす経済政策を進めて自由貿易を推進していく考えを示すとともに、TPP協定は自由で公正な経済圏を作り出し、「包摂的な成長」の基礎となるものであること、そしてアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)も包括的で質の高い協定を目指すことで「包摂的な成長」の基礎となることを表明した。また、包摂的な経済の実現が、自由貿易に対する国民の持続的な支持を培うとして、日本が取り組む「一億総活躍社会」実現への取組を紹介し、これが「成長と分配の好循環」による成長戦略であると、その意義を強調した。さらに、サービス分野、デジタル貿易といった新たなビジネスに対応した、自由で公正なビジネス環境を整備する必要性を述べた。 2017年はベトナムがAPEC議長を務めることとなっている。 (4)知的財産の保護 知的財産保護の強化は、技術革新の促進、ひいては経済の発展にとって極めて重要である。日本は、APEC、WTO(TRIPS理事会)、世界知的所有権機関(WIPO)等における多国間の議論に積極的に参画している。3月、日本は「特許法条約(PLT)」及び「商標法に関するシンガポール条約(STLT)」の加入書をWIPOに寄託し、6月には国内においてもこれら条約の効力が発生することとなった。また、EPAにおいても、可能な限り知的財産権に関する規定を設けることとしており、偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)やTPP協定等の高いレベルの国際協定の規定を規律強化の基礎として有効に活用しつつ、国際的に調和した知財制度の整備と実効的な法執行の確保に努めている。さらに、知的財産保護の強化や模倣品・海賊版対策における開発途上国の政府職員などの能力向上のため、国際協力機構(JICA)を通じて専門家派遣などを行っている。 また、外務省は、海外における知的財産の保護強化、模倣品・海賊版対策などに関する施策を実施している。例えば、海外において模倣品・海賊版被害を受けている日本企業を迅速かつ効果的に支援することを目的として、ほぼ全ての在外公館で知的財産担当官を任命し、日本企業への助言や相手国政府への照会、働きかけなどを行っている。 1 構成員は、内閣官房長官、経済再生担当大臣、日EU・EPA交渉に関する総合調整を担当する国務大臣、総務大臣、外務大臣、財務大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣、経済産業大臣及び国土交通大臣 2 情報技術製品(半導体、コンピューター、携帯電話、プリンター、FAX、デジタルカメラ(静止画用)等)の関税を撤廃する複数国間の合意(「情報技術製品の貿易に関する閣僚宣言」)。1996年作成、1997年から実施。現在の参加国は日本、米国、EU(28か国)、中国、ロシア等82か国・地域(EU各国を含む。) 3 デジタルAV機器(ビデオカメラ、DVD、HD・BDプレーヤーなど)、デジタル複合機・印刷機、医療機器(電子内視鏡等)、半導体製造装置等 4 日本、米国、EU、オーストラリア、カナダ、中国、韓国、香港、台湾、シンガポール、イスラエル、コロンビア、コスタリカ、マレーシア、タイ、フィリピン、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン、モーリシャス、モンテネグロ、グアテマラ、アイスランド、アルバニア及びマカオ(EU各国を含めると54か国・地域) 5 日本、米国、EU、オーストラリア、カナダ、韓国、香港、台湾、パキスタン、イスラエル、トルコ、メキシコ、チリ、コロンビア、ペルー、コスタリカ、パナマ、モーリシャス、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、アイスランド及びリヒテンシュタイン(EU 各国を含めると50か国・地域) 6 日本、米国、EU、オーストラリア、カナダ、韓国、中国、香港、台湾、シンガポール、コスタリカ、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン、イスラエル、トルコ及びアイスランド(EU28か国を含めると46か国地域) 7 紛争解決制度の下での協議を通じて紛争が解決されない場合、問題をパネルに付託し、問題とされる措置と協定との整合性等についてパネルで争うことができる。パネルによる法的判断に不服のある当事国は、最終審に相当する上級委員会に対して上訴を行い、同判断を争うことができる。1995年のWTO発足時から2016年末までの紛争案件数(協議要請が行われた件数)518件のうち、日本が当事国(申立国又は被申立国)として関わった案件は38件。なお、上級委員会は7人の委員で構成されており、委員の任期は4年(一度再任が可能)。日本は1995年のWTO発足以降3人の委員を輩出している。 8 2013年5月、パネル設置を要請。石炭火力発電所のボイラーなどに使用される高付加価値特殊鋼管に対するアンチ・ダンピング(輸出価格が正常価格より低い場合にこれを不当な廉売としてその差額に関税を課す措置)に関する案件 9 韓国が、2011年3月の東京電力(株)福島第一原子力発電所における事故後導入し、2013年9月に強化した日本産水産物等の輸入規制に関する案件 10 自動車・情報通信分野における国産品を優遇する税制恩典措置、及び輸出企業に対する税制恩典措置に関する案件 11 インド政府は、2015年9月、熱延コイルに対し、暫定セーフガード措置を導入し、翌2016年から確定セーフガードに移行させた。またインド政府は、2016年2月から亜鉛メッキ、鉄棒等に最低輸入価額を導入し、同産品の輸入を禁止又は制限した。 12 紛争解決に係る規則及び手続に関する了解(Understanding on Rules and Procedures Governing the Settlement of Disputes) 13 BEPSプロジェクト開始時の議長:浅川雅嗣財務省財務官(在任:2011年6月から2016年12月) 14 中国香港、チャイニーズ・タイペイを含めたAPEC参加単位